閑話 ハロウィンデート
「次回ってハロウィンの日じゃん!」とあわてて書いていたら、娘に「ハロウィンは三十一日だよ」と指摘されました
今月は三十日までだと思い込んでました……
一日早いですがハロウィンです
『災禍』滅亡から三か月後
トモ高校二年生、竹十五歳(高校一年生相当)です
お久しぶりのトモ視点です
日が落ちた街に普段と異なる賑わいが起きている。
今日は十月三十一日。ハロウィン当日。
昔は存在しなかった西洋の祭礼が日本のイベント好きの国民性と商魂たくましい連中により国民的イベントになって久しい。
最近では十月に入った途端にハロウィン関連の装飾や『ハロウィン限定』なんてポップをあちこちで目にするようになった。
そう。十月。
十月は秋祭りの時期。
あちこちの神社仏閣で祭礼が行われる。
祭礼では神仏とヒトが近しくまじわる。
ヒトは神仏に感謝を捧げ、神仏はヒトの近くにおりてその神威を施す。
元々ヒトとヒトならざるモノが近くまじわる時期。
そんな時期に行われる、西洋から入ってきた『ヒトとヒトならざるモノとがまじわるマツリ』。
神社仏閣で執り行うマツリは『境界』が張ってある。その場所、その地域でのマツリとしてヒトとヒトならざるモノがまじわり、霊力がかわされ、その土地と人々を活性化する。その感謝が祈りとして献上され、神仏がチカラを増す。
そうやって何十年、何百年と営まれてきたヒトとヒトならざるモノとの暮らし。
ところがここ十数年、『境界』を無視したまじわりが生まれた。
それがハロウィン。
ハロウィンのエピソードが伝えられ、人々がそれを受け入れる。それは本人の意識の有無関係なく『信仰』に成る。
ひとりふたりならともかく、何百人何千人何億人の人間がそれを信じ、取り入れた。それは大きな『信仰』と成った。
一年、二年と続けることで『信仰』は『チカラ』に成る。
そうして十月に入り「ハロウィン」が口に上がるにつれヒトならざるモノは活性化していく。神も仏も精霊も妖精も邪気も悪魔も『ハロウィン』の名のもとに次々に顕現していく。最終日の十月三十一日には「どこにでもヒトならざるモノがいる」状況になってしまう。
古来から存在するマツリは注連縄を張り『境界』を明示することでヒトならざるモノとヒトのエリアは分かれている。
が、ハロウィンに関しては、ヒトのいるところならばどこででも発生する。そこに『境界』なんてものはなく、呼び寄せられたヒトならざるモノ達は好き勝手にフラフラする。
そうしてそこここで問題を起こす。
ヒトが集まれば霊力や思念が集まる。
そこに共通のキーワードがあればそれはチカラに成り『場』に成る。
良い『場』に成るならいいのだが、良くない『場』に成った場合、事故や事件が起きたり、邪気や悪意が人々に宿ったりする。
『能力者』としては正直『ハロウィンイベント』やら『ハロウィン仮装行列』やらはやめてほしい。以前通りかかったが、ヒトならざるモノがかなりまじっていた。邪気やらなんやらもフヨフヨと寄ってきていた。なんか起きたら誰が後始末するんだ。どうせ安倍家の扱いになるんだろ。
昔ながらのマツリでなんか起きたらそれはそこの担当者と関係者の責任で、後始末もなんもかんも関係者がやる。
けれどこういう新興の行事や信仰は扱いが明確でない。結果、京都全域に影響力のある安倍家が出ていかないといけないということになる。
そんなハロウィンはヒトならざるモノが参加しやすい。呼び寄せられてるヤツもたくさんいる。
それを神仏をはじめ高位の存在が「良し」とされているため、年々勢いが増してきている。というか、どうも高位の存在も嬉々として参加しているらしい。秋祭りと同時期とあって顕現しやすいようだ。
おかげで毎年十月はハルの機嫌が悪い。あっちこっちから無茶振りをされ後始末を押し付けられているらしい。
おまけに十一月に入ったら出雲に行かないといけないからその準備もある。何度も転生している大陰陽師は大変だ。
昨年までは「大変だな」「がんばれ」と他人事だった。ところが今年はそう言っていられなくなった。
夏に『災禍』が滅びたとき。
『災禍』の持っていた霊力や構成していたなにもかもを極微量の霊力を含んだ桜の花びらに変え京都中に還元した。
それで神仏をはじめとするヒトならざるモノが活性化した。
もちろん『場』も、土地も川も池も山も、なにもかもが活性化した。そのおかげで『災禍』が懸念していた問題のほとんどは解決。
封印が解けたり活性化したりで『悪しきモノ』やそれに近いモノが出現したりもしたけど、そんな大したヤツはいなかったから安倍家の実働部隊で対処できた。
『災禍』を滅するという責務が果たせたのも、姫と守り役にかけられていた『呪い』が解けたのも、妻が今生きているのも、事前にあちこちに『お願い』にあがったおかげだと理解している。
だから菊様から「竹と智白で挨拶回りをしろ」と命じられたときも『まあそりゃ必要だよな』と大人しく従った。
そのご挨拶に伺うときの手土産に「普段の参拝では献上できないものが喜ばれるんじゃないか」とアイスやゼリーなどの氷菓を持参した。
予想通りどなたもが喜んでくださった。
が。
ここで思ってもなかった問題が起きた。
神仏や『主』や神使や、それまでヒトの暮らしにさほど興味を持っていなかったヒトならざるモノ達が、ヒトの食い物に興味を持ってしまった。
酒や米や果物なんかはしょっちゅう献上されている。最近はチョコや菓子なんかも。けれど溶けてしまう氷菓は知らなかった。もっと美味いものもあるんじゃないか。もっと知らない食べ物飲み物があるんじゃないか。出来立て煎れたては味が違うとこのまえ参拝者が言っていたそれを是非味わってみたい。
俺達がご挨拶に行くときは直接神域にお邪魔するから氷菓も溶ける前にお渡しできた。通常の参拝やお勤めではなかなかそういうのを口にはできないだろう。
そう言ったら、それぞれの『愛し児』や『守護者』に『おねだり』をしだした。それはまあいい。当事者同士でうまくやってくれ。
俺や妻の知り合いが「聖水作りに来い」「そのついでに美味いもの持って来い」というのもまあ、いいだろう。それだけの恩を受けたと理解している。
ではなにが問題か。
「おまえと姫宮も出来うる限り『ハロウィン』と名の付くイベントに参加しろ」
このハルの命令だ。
◇ ◇ ◇
九月の三連休。毎年の『目黒』の大整備に、今年は竹さんも参加した。
あの結婚式のお礼を伝え、「元気になりました」「皆様のおかげです」「結納を済ませ、婚約者になりました」「十八歳になったら入籍します」と報告をした。結婚式に関わってくれたひと達みんなが喜んでくれた。
「恩返しに」と参加を希望した竹さん。ひなさんについて女性ばかりの台所で料理の手伝いをした。
そんな一大行事が終わってすぐ、アキさんが出してきたのが『ハロウィン関係イベント一覧表』。
いつどこでどんなイベントがあるか、事細かに書かれていた。その日だけのイベントだけでなく、アフタヌーンティーやディナーなどの一定期間のものまで入っていて、かなりの枚数になっていた。
要は『ヒトならざるモノが集まりそうなところに出向き、見守れ』ということ。任務だ。
なにかやらかしそうになったら止め、無銭飲食しようとしていたら代わりに金を払い、揉め事を起こしたら仲裁し、ヒトもヒトならざるモノもみんな楽しく過ごし気持ちよく帰れるよう目を光らせろと。
そんなの俺達のデートにならないじゃないか。ハロウィンにかこつけてデートしようと思ってたのに。
不満を口にしようとするより早く愛しい妻が「わかりました」と了承してしまった。生真面目なお人好しには『デートがデートにならなくなる』ということは思いもしないらしい。仕方ない。諦めよう。
「竹ちゃん。行ってみたいのがあるか、目を通してみて!」
そう言われ、生真面目な妻が生真面目に書類を読み込んだ。が「どれも楽しそう」「貴方と一緒ならどれも行ってみたい」なんてかわいいことを言って結局決まらなかった。
なので、俺がザッと見て彼女の負担になりそうなものにチェックを入れ「チェックの入ってないものは日程調整して行けるだけ行く」と答えた。
アキさんの出してきた書類は他の姫達や守り役達にも渡されていた。そうしてあちこち調整し、俺と妻の十月のスケジュールはパンパンに詰められた。
◇ ◇ ◇
スケジュールが決まっていない段階から母親達が「衣装を決めよう!」と迫ってきた。
「仮装行列に参加するにしても、デートで見に行くだけにしても、ハロウィンぽい服にしないと!」と色々見せてくれた。
情報量に妻が目を回しだしたので「考えとく」と言って撤収した。
翌日。夕食に顔を出したら箱や紙袋が山と積まれていた。
「これ、カフェのデート用!」「こっちは黒猫コス!」「バンパイヤ!」「悪魔!」
いくつも出して見せては「着てみて!」と言う。
仕方なく夕食が終わってファッションショーに付き合った。
◇ ◇ ◇
くっっっそかわいい。
俺の妻、かわいすぎ。
俺の妻は全体的にぽっちゃり気味の体型。頬はふっくら。胸はたわわ。腰、というか尻もぷりんとしているからウエストが細くなくても女性的なシルエットになる。
本人は胸がデカいのもウエストが太いのも気にしているから隠したがって普段は体型のわからないゆったりした服装が多いが、今回母親達が用意したのはそんな体型を生かすようなものが多かった。
黒のハイネックTシャツに黒のスパッツ、その上に着たショート丈のランニングとショートパンツは黒猫の毛皮のように厚い起毛、同じ生地の手袋とブーツ(肉球付き)。ショートパンツからは長い尻尾。
殺す気か。
猫耳を装着すれば、愛らしい黒猫に変身した妻。
母親達に言いくるめられて「に、……にゃー」とあざとかわいいポーズを披露してくれる。
抱きしめなかった俺、偉い。
ベッドに連れ込まなかった俺、偉い。
そんな俺もお揃いの黒猫仕様。ただし俺は黒のシャツとスラックス、黒のベストに猫耳と尻尾をつけ妻と同じ手袋をしているだけ。
そこまで仮装っぽくないと思っていたが、妻は照れ照れと猫手袋で自分の顔を押さえた。
「トモさん……………すごく、………カッコいい」
――― 殺 す 気 か ー !!!
ああもう愛おしいが過ぎる! なんだそのあざとかわいいポーズ天然か天然だった。そんなに俺のことカッコいいって思ってくれるの俺のこと好きなの俺も大好きだ! なんで人前なんだよ拷問かよかわいい妻をかわいがりたい抱きしめたいあとでふたりきりになったらまた着てもらおう俺の膝に座らせてかわいがろう。
もだえている間に妻は母親達に回収され、次の服を着て出てきた。
クラシックドレスのようなワンピース。黒基調で、レースがふんだんに使ってある。オレンジ色のリボンやカボチャがうまく使ってあり、俺でも『ハロウィン用だな』とわかった。
それに対になる俺の衣装は今着ている服の猫耳と尻尾を取って、オレンジ色のポケットチーフとネクタイをしただけ。
なるほど。この程度なら街中デートするのにおかしくないな。
その後も着せ替え人形にされた俺達。悪魔やら狼やら色々着たりつけたり、そのたびに妻のかわいらしさに身悶えた。妻は妻で俺を見ては「カッコいい」と頬を染めた。照れる妻がこれまたかわいらしくてさらに身悶えた。
最終的にハロウィン仮装行列はバンパイヤ衣装で参加することになった。
黒のロングドレスにマントをつけた妻はただただかわいらしい。本番は濃いめのメイクをして杖を持たせようと母親達が盛り上がる。妻も俺も牙を口につけられるらしい。
ちなみにミニスカ衣装も何パターンかあった。が、俺が全部却下した。
こんなかわいらしい妻を他の男に見せてたまるか!
あとでふたりきりになってから着てもらった。めちゃかわいい。めちゃセクシー。ありがとう母親達! グッジョブ!
そうやってハロウィンに向けて準備をしていたとき、蒼真様が言った。
「そんな、耳とか牙とかつけなくても『獣化の術』使えばいいんじゃない?」
◇ ◇ ◇
『獣化の術』。
それは『災禍』に教えられた、肉体を変化させる術。
姫達の『呪い』を解くときに『災禍』にあれこれ確認しているとき、ヤツは言った。
「高間原の四方の国の人間は元々獣の姿」
「最初の発願者のときに『災禍』が伝えた『人化の術』でヒトの姿を取るようになった」
「ヒトの姿で過ごすことが多くなるにつれ無意識でも『人化の術』をかけられるようになった」
「なので、守り役達が無意識に己にかけている『人化の術』を解き、再度かけられないようにした」
実際『異界』から戻った直後に検証したら、守り役達は人間の姿も獣の姿もどちらも取れるようになったのが確認された。
そのときはあれこれ忙しくてそれ以上の確認検証はしていなかったが、ようやく落ち着いた頃「見落としはないか」とひなさんを中心に再検証していたときに「そういえば」と気が付いた。
「『人化の術』は守り役達で検証したが『獣化の術』は検証してない」と。
万が一守り役達が人間の姿に戻れなかったときのために『人化の術』と『人化の術を解く術』を教わった。そのときに「ついでに」と姫達が獣の姿になるための『獣化の術』も教わった。あのときはどこでなにが必要になるかわからなかったから教わったが、あれから一度も試したことがなかった。
そんな話を定例会議の議題にだした。「そういえばそうね」と菊様も梅さんも納得。「試しに」と姫達が『獣化の術』を試した。どなたもが鳥や龍の姿になることができた。
俺の妻は手のひらサイズの黒い亀に変化できた。めっちゃかわいい。これこのままポケットに入れといたら駄目かな。
『獣化の術』は『イメージした獣の姿になる』と『災禍』が説明していたとおり、姫達は色々な獣になることができた。サイズも自由自在だった。
手のひらサイズの子ウサギに続いて子リスになるなんて。俺の手に乗ってきゅるんと首をかしげるなんて。俺の妻は俺を殺そうとしてるのかな?
守り役達も『獣化の術』が使えた。本来の姿以外の獣になることができて面白がっていた。
俺達も使えるか実験したら、ちゃんと使えた。
あやふやなイメージで術式を展開したら、何故か黒い狼になった。
「多分高間原にいたときの本来の姿なんでしょう」と菊様に言われた。
「トモさん………!」妻が両手で顔をおおって悶えていた。
しっかりとイメージして術式を展開したらそのとおりの獣になれた。他の仲間達も変化できた。
「これかなり便利かも」とヒロが喜んでいた。
その後も折を見ては『獣化の術』に関する検証を行った。どんな獣になれるか。大きさは。維持時間は。消費霊力は。人間形態に戻った後の影響はあるか。
そのときにひなさんから「半獣人とか耳だけとかできますか」と色んな画像を見せられてやってみた。ひなさんの希望どおりの姿形を取ることも、もちろん元の姿に戻ることもできた。
ちなみに『人化の術』の応用で人間の姿も変えることができた。
「術を行使するときはどれだけはっきりとしたイメージを持てるかが重要」ということを証明するように、イメージがしっかりできたときはうまく変化できた。
それを利用して、妻と俺が「異世界の姫とその伴侶」として人前に出るときには高間原のときの姿をとっている。俺は、何世前になるか、そもそも本当に俺の生まれ変わる前の人間なのかわからないけれど「間違いなく昔のアンタだ」と菊様が断言する『白』の国の『智白』という男の姿。菊様と白露様の記憶を晃が『視せて』くれた。
鏡で確認したが、不思議なくらい違和感がなかった。
◇ ◇ ◇
そんな経緯もあり、蒼真様の指摘を受けて改めてあれこれやってみた。
結果、仮装系は「犬や猫や狼の半獣人の姿を取ってフォーマルな洋服を着よう」となった。
母親達のリクエストにこたえてあれこれやっては服を検討し、かなりのバリエーションができた。
「この日はこれ」「ここはこの格好で」とリストにまとめた。愛しい妻が『やりきった!』とばかりに満面の笑顔になってかわいかった。
そうして迎えた十月。
初日からあちこちにヒトならざるモノがうろうろしてやがる。
害のなさそうなのは放置。話しかけてきたモノは適当に対応。明らかに厄介なのはハルに丸投げ。
土日のたびにあちこちで秋祭りが行われ、早目のハロウィンイベントも行われる。
最近では『百鬼夜行行列』なんてものも盛んに行われていて、そっちにもいろんなモノが集まった。
あっちのイベント、こっちの仮装行列、できる範囲で半獣人に変化して参加する。
耳と尻尾だけの変化はさほど注目されないが、顔つきから指の先まで変化した『二足歩行の獣』バージョンではかなりの注目を浴びた。
最近の仮装は本物と見間違うようなのが多いから、俺達のそんな姿も「リアルですね!」と受け入れられた。「何時間かかったんですか」と聞かれたりもしたが「それを聞くのは野暮ですよ」とニンマリすれば楽しそうに引いてくれた。
時々ギョッとされることもあったが、スマホ決済で支払いしてたら「だよね!?」「そうだよ! 仮装に決まってんじゃん!」と勝手に納得して立ち去って行った。
ヒトならざるモノには気配で俺達とわかるモノもいて、近寄ってきたり声をかけられたりすることがあった。そのたびに『ヒトの世のルール』を伝え、「欲しいものや食いたいものがあったら自分に言ってください」「俺が支払いします」と念押しした。そしたらあっちこっちから声をかけられ金を払わされた。
「あれはなんだ」「これは美味いのか」と屋台を回らされ買わされた。少し広いスペースで妻に待機してもらい、いろんなモノの応対をしてもらった。
『ふたりきりのデート』にはならなかったが、どなたも楽しそうにされていたし妻もうれしそうにしていたから、これはこれでいいかと思った。
ホテルのデザートバイキングもヒトならざる皆様を引き連れて行った。軽くルールを教えたが、結局は皆様には着席してもらい俺がサーブして回った。妻が「どれも美味しい」と喜んでいたので俺としては満足だ。
そんなスケジュールの合間に神宮寺家の訪問も組み込まれた。
デジタル導入について検討する親父さんにひなさんを紹介し、以降毎週ひなさんと神宮寺家の皆さんは面談している。それに俺と妻も付き合っている形。
「『大丈夫だった』という実績を積み重ねていけば、竹さんの考えも変わっていくと思うんです」
「二度と神宮寺の家に行かない」と悲壮な覚悟を決めていた妻のことを考えてくれるひなさん。半ば無理矢理同行させて、他愛のない話をして帰る。そのたびに「特に問題ありませんでしたね」なんて、いかにも『神宮寺家に異変がなかったかの確認をした』みたいな言い方をしてくれるひなさん。妻の先の先のことを考えてくれるひなさんには頭が上がらない。
そうやって毎週神宮寺家に行くことで妻の頑固に固まっていた考えも最近はやらかくなってきたように感じる。この調子なら自然な交流ができるだろう。そうなれば妻は喜ぶに違いない。妻のしあわせのためなら手間を惜しまない。今後もせっせと神宮寺家に行こう。
そのひなさんからある日「ちょっと犬種を指定してもいいですか?」と言われた。その日は犬型半獣人の予定の日だった。
ひなさんが画像を見せてきた。妻は茶色の大きな垂れ耳のビーグル。俺は黒い垂れ耳のボーダーコリー。画像をしっかり見てイメージを固め、変化。ひなさんから「もうちょっと耳を大きく」とか「鼻を高く」とか細かい指示を受け、完成した。
ビーグル犬の妻もかわいい。ひなさんの指定で人間の手に毛が生えた手になっている。その左手薬指にはいつもの指輪。
「完璧です」と言うひなさんがバシバシ写真を撮る。またなんかの漫画かアニメのキャラクターか? えらい指示が具体的だった。まるで見てきたかのよう。
質問しようとしたら「じゃあそれで手を繋いで」と指示され、質問が吹き飛んだ。
「そのままイベント行ってください」と送り出された。「パレードでは手を繋いでてくださいよ!」と念押しされた。やっぱりなんかのキャラクターなんだろう。大丈夫か? コスプレイベントじゃないんだぞ?
そう思ったが、手を繋いだ妻がそれはそれはうれしそうだったので『まあどうでもいいか』と気にするのをやめてパレードに参加した。
◇ ◇ ◇
姫達も守り役達も保護者達も、もちろん安倍家の能力者達も総出でハロウィン対策に追われた十月。
「ここまで大変なのは今年だけだろう」と菊様が言っていた。あの『災禍』による桜吹雪の影響で今年は活性化しているが、ここまで発散させたから来年以降は「比較的落ち着く」と。
「今年人間のルールや支払い方法教えたから、来年以降は自分達でどうにかできるでしょ」
……………。
それ、一定数は俺にたかりにくるんじゃないか?
そう思ったが黙っておいた。
死ぬまでたかられても文句言えないくらいの恩を受けているんだ。むしろこちらから支払いに行くくらいの気概でいないと。
改めて気合いを入れ、最後のパレードに向かった。
夜空にはヒトならざるモノ。
パレードの行列にも観客にもヒトならざるモノがたくさんまぎれている。
そんな中を愛しい妻と歩く。時折ヒトならざるモノから声をかけられる。こちらからご挨拶をする。「写真撮らせて」のリクエストは丁重にお断り。困っているモノには手を差し伸べ、迷子は一緒に連れを探す。
楽しく愉快な任務ももうじ終わり。長かったような、短かったような。
「竹さん、楽しかった?」
「楽しかった」
愛しい妻がほにゃりと微笑む。今日はバンパイヤコス。調整して歯だけを狼のものにしている。獰猛な牙が口からのぞいていても俺の妻はかわいらしい。
ふたり手を繋ぎ、ゆっくりと歩く。母親達に指示されたとおりえらそうに。マントをひるがえし、威風堂々と。
そうすると『女王とその配下』みたいになる。せめて『王配』くらいに見えているといいんだが。
そう考えながら愛おしい女王をエスコートしながら歩く。と、凛としていた妻が俺をまじまじと見つめてきた。
「? なに?」
問いかけると、愛しい妻ははにかむように微笑み、思いも寄らないことを口にした。
「最後がこの格好でよかった」
「ん?」
そんなにバンパイヤコスが気に入ったのかと思ったら。
「貴方のお顔がはっきり見える」
そんなかわいいことを言い、彼女は頬を染めて笑顔を浮かべた。
その目が『俺が好き』だと言っている。全身で『俺が好き』だと表現している。クソかわいい。愛おしい。俺の妻、世界一。
「半獣人の俺は、イヤ?」
わざと甘えてたずねたら「イヤじゃない」といつもの答えが返ってくる。
「どんな姿形でも貴方ならなんでもいい」
「こうして貴方のそばにいられるなら。貴方とこうして手をつないでいられるなら」
「でも、『今の私』にとっての貴方はそのお顔だから。
そのお顔でこうして一緒に過ごせて、うれしい」
「俺も」
しあわせそうな妻の笑顔に満たされる。繋いだ手をぎゅっと握れば妻はさらにうれしそうに目を細めた。そんな彼女に俺の口角が勝手に上がる。
「ハロウィンのおかげで貴女のいろんな姿が見れて楽しかったな」
「私も」
「どの服も、どの姿も、みんなかわいかった」
正直に告げれば「ありがとう」とうれしそうに微笑む妻。
「貴方もカッコよかった」なんて言ってくれる。
「惚れ直した?」
冗談めかしてそう言えば「うん」と答える素直な妻。うれしい。しあわせ。大好き。俺の妻、天使。
「トモさん」
「ありがとう」
「だいすき」
真っ直ぐに伝えてくれる好意に、愛情に、身体の奥底から満たされていく。繋いだ手から彼女の『水』が注がれる。ふたりの霊力が循環する。
「俺も」
「大好き」
満たされて、しあわせで、言葉が勝手にこぼれ出た。
「どんな姿でも。どんな格好でも。大好きだよ」
「貴女は俺の唯一」
「俺の『半身』」
「愛してる。どんな姿形でも」
きっとこれまでに何度も出逢った。きっとこれからも何度でも出逢う。
どんな姿形でも、何歳でも、違う種族でも、彼女が彼女である限り俺は必ず好きになる。必ず出逢い恋をする。
根拠なんてなくてもわかる。魂に刻まれている。俺は彼女の『半身』。彼女は俺の『半身』。俺は彼女の夫。彼女は俺の妻。何度死んでも、何度生まれ変わっても、求めるのは彼女ただひとり。
「好きだよ」
「私も」
牙のある口でそっとキスを交わす。
歩きながら、一瞬触れるだけのキス。それでもしあわせで胸がキュンキュンと締め付けられる。愛おしい。愛してる。ずっとそばに。ずっと一緒に。
恋人繋ぎにした手をさらに深くからめた。離れないように。
ヒトとヒトならざるモノがまじわる夜。非日常の夜風はふわふわした気持ちに心地よかった。
◇ ◇ ◇
こうして今年のハロウィンは大きな問題を起こすことなく全日程を終えた。
「大変だったね」「でも楽しかった」「そうだね」
ハルへの報告も終え風呂も済ませ、部屋に戻ってベッドでふたりで抱き合い「おつかれさま」とキスをした。
数週間後に出雲の神議に参加させられるとは、またしても無茶振りに振り回されるとは、このときの俺達はまだ知らなかった。
次回も閑話をお送りします