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久木陽菜の暗躍 107 思春期少年の後始末

ひな視点です


【番外編2】神宮寺桐仁の奮闘7 【番外編3】神宮寺槇範の黒歴史2 の、竹とトモが神宮寺家にお盆のお参りに行って槇範ともめた直後からおはなしスタートします

トモ・コウ・ヒナ大学一年生、竹十七歳(高校三年相当)、槇範中学三年生、桐仁小学六年生

『災禍』消滅の夏から二年後です

 バン! ダンダンダン!


 離れのリビングでまったりとおやつを食べていたら、なんだか荒々しい足音と禍々しい気配が近付いてきた。これは――トモさん??


 今日トモさんは竹さんとお盆のお参りで神宮寺家に行ったはず。

 なにがあったのかと顔を見合わせていたら、憤怒のトモさんが顔を出した。竹さんをお姫様抱っこで抱えている。


「ちょっと、()もる」

 座りきった目でそれだけを言い、トモさんは姿を消した。


 唖然としてたけど、どうにか再起動。

 あれだけ霊力乱して怒り狂ってたおかげで思念もダダ漏れだった。だいたいの事情を察し、わんこに目を向ける。『記憶再生』の特殊能力持ちのわんこが他の面々に対して説明。神宮寺家で竹さんの上の弟である槇範くんがなにを言ったか。それを受けた竹さんがどんな状態か。


「はあ〜」誰からともなくため息が落ちた。

「思春期男子らしいというか」「よりにもよって竹様にぶつけなくても」「いやー。竹様の不運が仕事したんじゃないの?」「あーそうかも」


 守り役様達が口々に考察するのに対し、黒陽様はどんよりされた。


「確かに……。桐仁ばかりを気にかけて、槇範のことは頭になかった」「私の落ち度だ。申し訳ない」


「いやいや。黒陽様だけのせいじゃないですよ」

 あまりにもしょげ返っているイケオジが気の毒で思わず口をはさんだ。


「確かに『恩人』である桐仁くんに集中して、もうひとりの弟である槇範くんのことを気にしていませんでしたね」


 私もあの結納のときに見かけただけで、それ以降槇範くんには会うことも話をすることもなかった。なので槇範くんの存在自体うっかり忘れていた。

 正直にそう打ち明け「すみません」と頭を下げる。他の守り役様達も「確かに」「そうね」と同意された。


「私も、桐仁には双子との修行で会うが、槇範には昨年のゴールデンウィーク以降会うことがなかった」


 そのゴールデンウィークでどんな様子だったか、どんなやり取りをしたのかを聞いた。思春期男子そのものとしか言えない態度に呆れしかない。


「中学生男子に『幼稚園児と一緒の修行』なんて、そりゃ()ねますよ」

 そう指摘したら黒陽様は一瞬ポカンとした。が、すぐに絶望を顔に張り付け、がっくりと肩を落とした。


「………つまり、私の配慮不足が今回の事態を招いたということだ……」

「いやいやいやいや」


 落ち込むイケオジにあわてて声をかける。


「黒陽様は関係ないですって。本人の資質の問題ですよ」

「そうよ。あの頃合の男の子なんて大半が自惚(うぬぼ)れた馬鹿よ。高間原(たかまがはら)にだって、これまでの五千年間だって、そんなのいくらでもいたじゃない」


 緋炎様のご指摘にも黒陽様はうなだれたまま。「それはそうだが」とぶつぶつ答えながらも納得しない。

 仕方ない。黒陽様は放置だ。


「差し当たり、槇範くんが今どんな状態か確認したほうがいいですかね」


「そうねぇ」と言いながらも緋炎様も白露様も思案顔。

「この時期の男子にはつける薬がないから」「昔だったら軍とか前線とかに突っ込んでたけど、今は軍も戦もないしねぇ」「思春期がこじれて態度悪いだけなら、私達がなにかするのもねえ……」


「それもそうですねえ」と応じながら私も考えを巡らせる。


 大恩人の桐仁くんと違い、槇範くんは取り立ててなにかする必要はない。槇範くんはそもそも基本竹さんと関わってないし。

 一応『竹さんの身内』なので、どこで利用されるかわからない。そこで最低限の守護をかけ竹さんのお守りを見えない形で貼り付けている。『それで十分』と菊様主座様も判断しておられる。私も同じ判断。


 トモさんや竹さん、黒陽様としょっちゅう会うことのある桐仁くんと違い、槇範くんは竹さんに会うこともない。だから竹さんの気配がつく心配もない。

 ならばナニカに目をつけられるとか、厄介事が寄ってくるとかないわけで。それならこの対応で十分だろうと放置してきたわけだけど。


 うーん。なんだろう。なんか気にかかるんだよなあ。さっきのトモさんと竹さんの様子から判断するに、どうもイヤな予感がするというか………。


 でも確かに神宮寺家にナニカあれば黒陽様の結界や護衛につけてる式神がなんか反応するだろうし。それがないってことは、現状様子見でいいかしら。

 でも、なーんか、引っかかるのよねえ……。


 うーんうーんと腕を組んで思案していたら、わんこがそっと顔を寄せてきた。

「ヒナが気になるなら、おれ、ちょっと行って『視て』こようか?」


「そうね……」と悩んでいた、そのとき。


 バッ!

 机に突っ伏してウジウジしていた黒陽様が顔を上げた!

 鋭い視線でどこかを睨み付けておられる。――戦闘モードに入ってる!


 黒陽様の変化に他の守り役様もわんこもピリッと気配が変わる。

 視線で何があったのかの問いかけに、黒陽様はようやくこちらに意識を戻された。


「――神宮寺家の敷地に『邪気』が侵入した」

「「「!!」」」


「竹さんの結界をすり抜けるほどの『邪気』ですか――!?」


 竹さんの結界は妖魔や『悪しきモノ』は当然として、神宮寺家に対して悪意や害意を抱くモノは全てはじく。泥棒も、詐欺師も、当然『邪気』も。


『邪気』は実は酸素と同じくらいそのへんにフヨフヨしている。『善気』も同様。そのフヨフヨしてるのが時々集まる。『邪気』同士が集まって固まることもあれば、ヒトや動物を『核』として集まることもある。それがたくさんたくさん集まると、妖魔や『悪しきモノ』に成るきっかけになる。


 普通のヒトが普通に生活してるぶんには『邪気』を取り込んでもイライラしたり具合が悪くなったりするくらいだけど、『核』になっちゃうと話は別。

『核』にどんどんと『邪気』が引き寄せられていき、最終的には退魔師やら祓い師なんかが出動する事態になる。


 黒陽様が「侵入した」と表現するならば、おそらくは『核』に取り憑いているか集まって個体に成っている。竹さんの結界をすり抜けられるなんて、かなりの『邪気』だ。

 一体どうやって侵入したのか、どんなモノなのか、黒陽様からの情報を待った。

 と、ナニカを探っていた黒陽様が驚愕に目を見開いた。が、すぐに情けないお顔になり、頭を抱えてまた机に突っ伏ししてしまわれた。


「なに?」「どしたの?」口々に問われ、黒陽様は突っ伏したままようやく声を絞り出した。


「……………槇範だ」

「「「は??」」」

「槇範が『邪気』の『核』に成った」


「「「―――はあああぁぁ!???」」」



   ◇ ◇ ◇



 黒陽様の転移で神宮寺家に向かい、隠形で槇範くんの部屋へ。―――おおう。『邪気』が渦巻いておる。

 すぐさま黒陽様が槇範くんの部屋に結界を展開。これでこの部屋から『邪気』が漏れだすことも、これ以上『邪気』を呼び寄せることもない。


 槇範くんはベッドの上で丸くなってブツブツなにか言っていた。時々ダンダンと布団を殴る。

「おれは悪くない」「悪いのはまわりだ」「なんでわかってくれないんだ」「なんでみんなおれが悪いみたいに言うんだ」


 ブツブツつぶやく言葉は言霊になり呪詛になる。その呪詛が周囲の『邪気』の栄養になり『邪念』に成る。『邪念』が充満する空間にいるから槇範くんが内側から(けが)れていく。そうして吐き出す言葉がまた呪詛になり――と、悪循環に(おちい)っている。


 私達はそれぞれ身体の周りに結界を展開しているから自衛できている。けどこれ、かなりヤバい状況では?


「―――浄化しますか」

 わんこが黒陽様に耳打ちする。

 黒陽様は「ううむ」と(うな)って決断できないご様子。

 まあお気持ちはわかります。今浄化をかけたとしても槇範くんが心の底から気持ちなり考え方なり性根なりを入れ替えないと同じことの繰り返しになりますもんね。

 わんこが『浸入(ダイブ)』したらココロに巣食った『邪気』や『邪念』を燃やすことはできるけれど、思春期男子に関してはそれでココロを入れ替えるかどうか……。



 この『世界』には『霊力』がある。

 生きとし生けるものに宿り、大自然の中に、大気中に、ありとあらゆる場所に存在する。

 霊力の多い人間は『高霊力保持者』と呼ばれ、霊力を使った術や技を行使し活躍する者は『能力者』と呼ばれる。


 そんな『高霊力保持者』や『能力者』は現代ではその数を減らしている。一般の人々は霊力を感じることも修行する機会もなく、ごく普通に暮らしている。


 それでも『人間が集まる場所』はイコール『霊力の集まる場所』となる。だからデパートや会社などの屋上には祠を建てて場を鎮め清めている。大きなイベントやコンサートなんかに動員される警察や警備会社には『邪気』『邪念』を祓い散らせるスタッフが必ずいるし、学校には一校に最低ひとりは『守護者』がいる。一般には知られてないけど。


 そう。

 学校は『人間が集まる場所』。

 それも『不安定な人間が多く集まる「場」』


 小学校。中学校。高校。大学。

 同年代の集団によるちいさな社会。

 当然、霊力が集まる。

 霊力だけでなく、思念も『気』も。


 その中でも問題なのが思春期の集団。

 思春期は身体と精神が成長し、ホルモンバランスが崩れたり精神的に不安定になったりする。当然霊力にも変化が起きる。

 少なかった霊力が増えたり、逆に多かった霊力がなくなったり。それまで視えなかったモノが視えるようになったり、いろんなモノを引き寄せるようになったり。


 そんな不安定な思春期は『己の根幹』が不安定だから、外界からの影響をめちゃめちゃ受ける。テレビやネットの人気者の真似をしたり、どこかで聞きかじったことをさも自分で考えたかのようにとらえたり。

 家族や先生よりも友達とのつながりが大事になったり、大人が言うことを聞かなくなったり、いい加減な噂やデマをあっさり信じたり。


 そうしてデタラメな正義を振りかざし、薄っぺらい自己を大きくみせようと空回りし、大人から見たら若々しくも痛々しい少年少女が無駄にパワーをまき散らす。それが思春期。



 ダメ元で浄化をかけたけど、予想通りすぐに新たな『邪気』が槇範くんから吐き出される。こりゃマズい。

根本(こんぽん)からどうにかしないとだね」

「ね」

 ささやき合う私達に黒陽様はがっくりしておられる。《自分がもっと早く気付けば》《去年の修行で対応を間違わなければ》なんて落ち込んでおられる。ちょっとちょっと。高霊力保持者がこんな『場』で陰気出さないでくださいよ。影響受けて『邪気』が活性化するでしょうが。


 わんこが荒ぶる槇範くんにそっと触れ、彼の記憶を『視た』。

 一旦離れに戻りわんこの『視た』ものを共有し、私が分析。

 その結果を今回の報告と同時に披露した。



 場所は離れのリビング。御池でいつものように夕食をいただいたときに「ご報告したいことが」とお時間をいただいた。


 竹さんはショックから熱を出した。夕食も食べずに寝込んでいる。トモさんだけが会議のために部屋から出てきた。


 生まれたときの槇範くんの霊力は『それなり』だった。けど、『霊力なし』と思われていたご両親と黒陽様が完璧に霊力を感知させない結界を展開していたことで『霊力なし』と判断された竹さんがいたことで『それなり』でも周囲は期待をかけた。


 ここで言う『周囲』とは、お祖母様のご実家である神野家と、お母様のご実家である加藤家。


 竹さんや槇範くんが生まれる少し前は高霊力保持者がどんどん減っていく事態を重く見るひとが一定数いて「ひとりでも多く高霊力保持者を確保しよう」と各家がそれぞれに迷走していた。高霊力保持者同士を無理矢理結婚させたり。若く霊力のある娘は早い者勝ちとばかりに子供を産ませたり。公になってないだけで、かなりの数の犯罪行為が横行していた。

 そんな中で『霊力なし』の夫婦から主座様がお生まれになったものだから「もしかしたら『霊力なし』とは自分の『霊力』を子供に引き渡すためなのでは」とか言われ出した。

 で、タイミングよく『霊力なし』の夫婦である神宮寺家のご夫婦に子供が授かったものだから「もしかしたら!」といろんなところから竹さんを見に来た。


 けど竹さんはお母様のお腹にいるときから黒陽様が結界を展開して本来の霊力がわからないようにしていた。だから『勝手に期待した連中』の人々は赤ん坊の竹さんのことを「『霊力なし』」「期待はずれ」と切り捨てた。

 なのに、二人目が授かったと聞いて、()りずに期待を寄せた。


 そうして生まれた槇範くん。黒陽様は必要以上の干渉をしなかったから、当然生まれ持った霊力が明らかになる。その霊力量は『そこそこ』。当時の一般人と同じくらい。

 けど「『霊力なし』の夫婦から霊力のある赤ん坊が生まれた」という事実は『霊力至上主義』の人々に新たな議論と過度の期待を生んだ。


 元々祖母の弥生さんは末っ子でありながらも神野家の当主にと望まれたほどの人物。祖父の範久(のりひさ)さんも当時の神野家当主に「婿に」と認められた人物。その孫ならば『霊力なし』の子供でも高霊力を持つ可能性は「有り()る」となり、槇範くんは神野家でも加藤家でも「期待の星」扱いだった。


 物心つく前からから「おまえはすごい」「期待してる」と持ち上げられ、反面姉や両親は「『霊力なし』」「期待はずれ」「無能」だと聞かされる。

 もちろん当人達の前では言わない。けど槇範くんにはこっそりと告げていた。毒のような言葉を注がれ、判断材料の乏しい幼児は洗脳された。「おれはすごい」「おれはえらい」と。「姉ちゃんは役立たず」「姉ちゃんはダメなやつ」と。


 それに加えて小学校一年生から少年野球チームに入った。

 幼い阿呆男子の独善的で身勝手な理屈を『正しいこと』と信じた槇範くん。見本のような『脳筋馬鹿男子』に成長した。


 ご両親も祖父母もそんな槇範くんを「やんちゃ」「男子らしい男子」と受け入れた。「そういう個性」だと。まさか自分達の悪口を吹き込まれ、姉や両親を見下してるなんて思わなかった。多少考えが足りなかったり自己中心的なのは「男子だからそんなもん」だと、「成長すれば色々身につく」と思っていた。小学校高学年あたりからの眉をしかめるような言動も「思春期だから」「今に落ち着くだろう」と。


 神宮寺家の大人はどなたも基本『いいひと』。相手を認め受け入れることのできる、人間の(うつわ)の大きなひと達。


 それが裏目に出た。


 槇範くんは自由奔放に過ごし、自分に都合のいい意見だけを受け入れた。苦言や注意は無視し、自分勝手な正義を振りかざす少年になった。


 そんな彼に転機が訪れた。


 それまでどこでも持ち上げられていたのに、竹さんが「元気になった」「有能な男に惚れられた」と噂が広がるにつれ槇範くんの評価はどんどん下がっていった。褒めそやしてくれていた神野家でも加藤家でも腫れ物に触れるかのようにそっけなくされるようになった。トモさんが『ガツン』とやったせいで。


『おれ、えらい!』『おれ、期待のホープ!』と得意になっていた少年が生まれて初めて味わう反応に、槇範くんは動揺した。動揺し、その原因を他人に――竹さんになすりつけた。『自分は悪くない』と。『悪いのは姉ちゃんだ』と。


『邪気』や『邪念』はそういう考えの人間が大好きだ。自分勝手なだけならまだそうでもないんだけど、なんでも他人のせいにしたり自分の非を認めないとかは『陰気』に成る。『悪意』に満たないそんな気持ちは、積み重なることでどんどん増えていく。『陰気』が身体に染み付いていく。そうして『陰気』は『悪意』に成り、周囲の『邪気』や『邪念』を引き寄せる。そうしてますます『陰気』を増し、『悪意』を増やし……と、『負のスパイラル』に突入する。


 思春期真っ只中なのも悪かった。槇範くんの『負のスパイラル』はジェットコースターばりに加速した。

 かつて神職だったお祖母様が気が付いて祓おうとされたけど、反抗期も合わさって槇範くんはお祖母様を近付けなかった。それでお祖母様にも手を出せなかった。


 それでも今日まではまだ『邪気をちょっとまとってる』程度だった。視えないように貼り付けている『竹さんのお守り』がかろうじて槇範くんを守っていた。


 それが今日、事態が動いた。


 竹さんの姿を目にしたことで色々爆発しイチャモンをつけた槇範くん。憤怒の大魔王と化したトモさんに一蹴され、家族にけちょんけちょんに責められ、癇癪(かんしゃく)を起こした。

 散々泣き叫び暴れた槇範くんをご家族は放置。ひとりになったと気付いた槇範くんは、その勢いのまま外へ飛び出した。


「ちくしょう! ちくしょう!」と叫びながら泣きながら闇雲に走り回った。感情を持て余した脳筋の野球少年は走ることで発散させようとした。

『発散させよう』『落ち着こう』とか考えての行動ではなく、これまでの経験からくる反射行動または本能から来た行動で、感情が爆発するのに突き動かされて闇雲に身体を動かし走り回った。


 怒りで火の玉みたいになっている槇範くんは『悪意』や『邪気』にとってはご馳走だった。強い感情――それも自分本位な怒りや嫉妬は、同じような存在を引き寄せる。


 そうして『邪気ホイホイ』と化した槇範くん。

 自分から自らの意思で危険に飛び込む分には『お守り』は守れない。今回の槇範くんも『自己判断』『本人の希望』と判断され、『お守り』は『邪気』を跳ね除けられなかった。


 神宮寺家の敷地内に留まっていたら竹さんの結界が『邪気』を防ぎ、浄化が少しずつでも槇範くんを浄化しただろうけど、結界から飛び出し、さらにあっちこっちに走り回ることでフヨフヨしていた『陰気』や『邪気』をくまなく取り込んでしまった。

 結果、槇範くんは『核』と成り、さらに『邪気』や『邪念』を引き寄せた。


『核』と成った槇範くんが竹さんの結界を突破できたのは『結界への立ち入り許可のある者』だから。

 神宮寺家のご家族は無条件で承認していたから槇範くんは帰宅できたというわけ。竹さんの結界に問題が起きたわけでも、竹さんの結界を無効化するほどの大きな『邪気』が侵入したわけでもなかった。黒陽様が『邪気』の侵入を感知したことからも、結界はちゃんと仕事をしている。私達もさっき確認したけどちゃんと機能していた。


「現在は黒陽様が槇範くんの部屋に結界を展開し、『邪気』が外に出ないようにしています」

「一度『核』に成ってしまったため、槇範くん自身を根本(こんぽん)から清めなければ同じことの繰り返しとなってしまいます」


「そんなに呼び寄せちゃったの」呆れたような緋炎様のお言葉に「そうなんです」と答える。


「思春期と反抗期が暴走しました」

「「「あー」」」


 私の端的な表現に、どなたもが諦めたような呆れたような表情。ただひとり、トモさんだけはムッツリと眉を寄せていた。


「僕が幻術を視せて根性叩き直しましょうか?」

 主座様がご提案くださる。が、ウチのわんこが止めた。

「ハルの幻術って、いつもおれ達に『修行だ』って視せてるアレだろ? 普通の男の子には無理だよ。精神崩壊するよ」


 あんた達は普段どんな修行をしてるんだ。それは本当に『修行』なの?

「修行ですよ」

 私のわんこへの思念を『読んだ』らしい主座様が、それはそれは美しい笑みでお答えくださる。

「ご覧になりますか?」とご提案くださったが丁重にお断りした。


「コウの『火』で巣食った『邪気』を燃やすことはできると思います。けど、魂の根本(こんぽん)というか、性格というか、思春期男子にありがちな、思い上がった自己中心的な考え方とか、狭く歪んだ正義感とかを矯正した上で清めないと、ただ浄化しただけでは問題解決にならなそうなんてすよねえ……」


 実際私の『光』と黒陽様の『水』で浄化をかけた。部屋の中と槇範くんの浄化に成功した。けど、すぐに槇範くんの内側からジワジワと『邪気』が染み出してダメだった。

 その話も報告し、「うーん」とみんなで頭をひねっていた、そのとき。


「―――俺がやる」


 冷たい声に一同が注目した。


「―――槇範を『根本(こんぽん)から清め』ればいいんだろう?」

 ニヤリと笑うトモさんに、背筋が凍った。



   ◇ ◇ ◇



「俺は退魔師なので」とトモさんが取った方法は「外身(そとみ)をちょっとずつ削る」だった。

 肉体を削ぐときに一緒に『邪気』も削ぐのだと。『核』がなくなれば『邪気』が再集結することはなくなると。


「妖魔や『悪しきモノ』の討伐ではよくやりますよ?」

 いやアンタ、仮にも愛しい妻の身内を妖魔と同列にするとか、いいの??


 私は人生三回目だけど、伊勢の神道系の術と吉野の修験者系の術しか知らない。退魔師とかの戦闘系とは関わったことがない。だからそういう手段があるなんて知らなかったんだけど………トモさんの言うことは本当に『退魔師としてよくある手段』なんですか? 竹さんを傷つけた槇範くんへの報復じゃないですか??


 判断ができなくて主座様に目で問う。トモさんの説明を聞かれた主座様の判断は「悪くない」だった。ならいいか。………いいか? 本当に? 過剰暴力じゃない???


 黒陽様に思念で問う。

「………そのくらいでないと、あの状態の槇範は救えまい」

 自分を納得させるように絞り出す黒陽様。それは本当にいいんですか??


「手加減はしろよ?」と黒陽様がトモさんに注意された。それに対するトモさんの答えは「殺しはしないよ」


 ……………。


「殺したら竹さんがかなしむ」


 そこはちゃんとわかってるんですね。それなら最悪のことにはならないですかね。

 黒陽様が「浄化が終わったら私が責任持って治癒をかける」とおっしゃる。それならお任せしましょうか。確かにトモさんも発散させないとヤバそうてすしね。


「ついでだからサチとユキにも見学させるか」主座様のご提案にけんけんがくがくの議論が起きたが、結局最後は双子に見学させることが決定した。ついでに桐仁くんも。


「すぐ近くにいる人間が『邪気』に(おか)されているのに気付けないのは問題じゃないか」と桐仁くんに対してご意見が出た。それはそうかも。


 ということで、桐仁くんには現在修行させている護身術だけでなく、霊力訓練と気配察知、いくつかの術の訓練も追加されることが決まった。南無。

 桐仁くんも思春期に突入したから、今訓練始めたら霊力増えるでしょうね。高霊力保持者とまではいかなくても、それなりの能力者にはなりそうですね。自己防衛のためにもがんばってもらいましょう。



   ◇ ◇ ◇



 そうして。

 槇範くんは文字通り身を刻まれボロボロにされた。


「トモさんがやらかすんじゃないか」「イザとなったら()めよう」と私とコウも立ち会った。黒陽様がおられるとはいっても、黒陽様も基準がオカシイ。信頼しているウチのわんこだって戦闘特化した修行に慣れきってるからギリギリまでトモさんを放置するに違いない。一般人の私から見て『やりすぎ』と判断したら止めようと立ち合いを希望した。


 案の定。

 トモさんのは『浄化』や『祓い』ではなく『私的暴力(リンチ)』だった。

 私的(わたしてき)には。


 ヲタクで古今東西の作品に親しんで来た私だから多少のグロ耐性はある。けど、本やテレビで見るのと目の前でリアル感満載で見るのとは全然違った。

 コウの修行に引っ張り出されるたびに殴る蹴るの暴力や血みどろは目にしてきたけれど、あれは『修行』だった。一方的だったのは確かにそうだったけど、コウには立ち向かえるだけの実力があったし、蒼真様には怒りや恨みといった『負』の感情がなかった。

 けど、今回のは。


 怒りが、威圧が、まっすぐに槇範くんに降りかかる。その余波が部屋中に充満する。そして痛めつけられている槇範くんの感情が精神系能力者である私に突き刺さる。自衛はトモさんの威圧で吹き飛んだ。黒陽様があわてて結界張ってくださったけど、間に合わなかった。


 いっそ倒れたり気を失ったりできたらよかったのかもだけど、幸か不幸か持ちこたえてしまった。ぶつけられるいろんな衝撃に、目と耳をふさいで震えていた。わんこがずっと抱きしめてくれていた。


 私、人生三回目なのに。

「ヒナは乱世の記憶はないだろう? 無理もないよ」「伊勢も吉野も祈祷が中心で討伐はないから」


 わんこの言うとおりだけど、ちびっこだって平気な顔して勉強してるのに、私、情けない。

「ヒナはそれでいいんだよ」「荒事に慣れる必要はない」「それはおれが受け持つことだ」


「ひなは『光』だから」「ひなに暴力は必要ない」


 あんた、わかってたのね。こうなるって。トモさんがどんなことをするか。槇範くんがどうなるか。私がそれに立ち合ってどうなるか。だから私が立ち合うのに最初反対したのね。


「トモはまえに前世を思い出しただろ?」「トモは前世でも前前世でも過酷な時代で生きてきてるから」「戦国乱世でも退魔師だったトモとヒナでは、価値観が違って当たり前だよ」


「トモにしては手加減してるよ?」とわんこは言うけど、私はこわくてこわくて振り返ることも顔を上げることもできない。

「ヒナはそれでいいよ」「ヒナは『戦う人間』じゃないから」「戦うのはおれがする」「ヒナは『光』だから」


 とにかく、トモさんは槇範くんをバッキバキに半殺しにした。………半? もしかして……全殺し??

「もういいよ」とわんこが腕をゆるめてくれたときには、槇範くんがトモさんに土下座していた。あれだけ濃く染み込んでいた『邪気』は綺麗さっぱり消えていた。トモさんの言うとおり、うまく浄化できたみたい。


 槇範くんは『一回死んだ』と思っていた。『殺されて、生まれ変わった』と。

 実際は気を失っただけ。『だけ』と言っていいのかはわかんないけど。

 気を失った槇範くんに黒陽様が蒼真様特製の薬をかけて治癒術をかけ、肉体を完全回復させた。それから浄化をかけ、完全に『邪気』を祓えたと判断したところで槇範くんを目覚めさせた。

 で、『もういいだろう』と判断したわんこがようやく私を抱いていた腕をゆるめたと。


「馬鹿なガキ相手に本気で暴力ふるいませんよ」

 ケロリとトモさんは言うが、『半身』を傷つけられた『半身持ち』ほど信用ならないものはないでしょうが。


「俺、前世では僧侶として八十過ぎまで生きました」「ガキに我を忘れ怒り狂うほど未熟ではないつもりです」


 ……………。


 飄々としているトモさんはもういつものトモさんだ。さっきの悪鬼羅刹のようなのは演技だと? とてもそうは見えませんでしたよ?

 恨みがましくジトリと睨み付けたけど、乱世を生きたおじいさんの記憶があるひとには全然効果がなかった。



   ◇ ◇ ◇



 その後。


 ココロを入れ替えた槇範くんがこれ以上濁らないようにと、念の為に私の『光』とコウの『火』も注いでおいた。これで槇範くんのココロに『太陽』が宿った。また『邪気』が寄ってきても燃やせるだろう。そもそも『陰気』や『負』の感情も抱きにくくなった。はず。


 その甲斐があったのか、槇範くんは桐仁くんについて勉強に修行にがんばるようになった。

 学校が始まって友達と接するようになったけど、それまでみたいに周りの言うことを鵜呑みにし影響をモロ受けすることはなくなった。

 私達の『太陽』が奇しくも彼の『根幹』として宿ったことで、フラフラしていたのが落ち着いた。

 黒陽様のアドバイスを真摯に受け止め、地道にがんばれるようになった。


 そんな彼のがんばりをトモさんは見ていた。


 秋になり冬になり年末の気配が近付いてきたある日。

「もう、いいか」とトモさんは黒陽様と話し合い、一乗寺の目黒家に向かった。そこで改めて槇範くんと挨拶を交わした。

 私とコウは離れたところから見守ってたけど、トモさんは『年齢を重ねた高僧』の(たたず)まいだった。


 実力も、風格も、『黒の姫』である竹さんの夫にふさわしい。これほとの人物ならば竹さんも遠慮なく甘えられるだろうと安堵した。



   ◇ ◇ ◇



 強制的に思春期終了となった槇範くんは、あの日から少し大人になった。

 調子に乗ることもなく、思い込みで行動することもなくなった。

 学校の勉強も部活もがんばりながら、家業のことも自分のこととして考えるようになった。

『跡を継いでやる』という(おご)りは消えた。たくさんの将来の選択肢の中から自分の意思で家業を継ぐことを決断した。


 神宮寺家のコンサルタントとして私が出向いたときには槇範くんも同席するようになった。半年ごとにお会いする神宮寺家の皆様は顔を合わせるごとに良い顔をされる。


 きっと槇範くんの思春期は必要なことだったのだろう。彼にとっても。神宮寺家にとっても。

 槇範くんと神宮寺家がどうなっていくのか、今後も見守っていこう。


 私の暗躍はまだまだ続く。

前回の後書きで「閑話のあと【番外編4】」としていましたが、「次回ってハロウィンの日じゃん!」と気付いて今大急ぎで書いています。(汗)


閑話二話をはさんで【番外編4】をお送りします

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