表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/571

閑話 鬼の裏側

 その男がじっと見つめるモニタにはいくつかの映像が分割画面に映されていた。

 横断歩道を進む人。バス通りを歩く人。

 ごく普通の街並みの、ごく普通の日常が映し出されていた。


「――変化なし、か……」

 ため息とともに言葉を落とし、頬杖をつく。



 部屋には男ただひとり。

 二十畳はあろうかという部屋にあるのは大きな机ひとつだけ。


 その机には大きなモニタが五台並び、それぞれに映像を映していた。

 一台は文字ばかりが流れる画面。

 他の四台はすべて分割画面になっており、街並みや会社の中の様子などが映されていた。


 ひとつだけのおおきな窓にはカーテンがかけられ陽の光をさえぎっている。照明も落とした薄暗い部屋に、五台のモニタからの光だけがぼんやりと浮かんでいた。



「どうやら今回は失敗だったらしいな」

 腕を組み「なにが悪かったのかな」とモニタをにらみつける男に返事をするモノがあった。


「霊力を感知するカメラを搭載したドローンが移動していることから、召喚は成功したものと思われます」


「フム」

 言葉にうながされるようにキーボードを操作する男。

 モニタのひとつが切り替わり、地図が表示される。

 地図の上を赤いラインが進んでいた。


「どういうことだ?」

「おそらく、高霊力保持者がそばにいたのではないかと。

 鬼は人を喰いますが、高霊力保持者であればあるほど美味いと知っているのでしょう。

 その高霊力保持者が逃げたのを追っていると思われます」


 赤いラインをじっとみつめていた男がつぶやいた。


「――下鴨神社に入ったな」

「神社仏閣は『神域』です。

 その周囲も結界が張ってあることが多く、妖魔などに襲われた場合に逃げ込むにはふさわしい場所と言えます」


 その説明に「なるほど」とうなずく男。


「鬼も糺の森に入ったようだが?」

「鬼のほうが森の結界よりも強かったのでしょう」


「フム」


 しばらく待ったが、糺の森の一点から動きがなくなった。


「ドローンとの通信を開始します」

 その言葉のあと、しばし無言が広がる。

 が、すぐに再び声がした。


「映像を確認しました。鬼の存在を確認しました」


 ギシリと椅子に身体をあずけ、男は肘掛けに手を組んだ肘をかける。

 声の反応を待ちながら見るともなしに画面を眺める。


「鬼が消えました」

「何?」

 ようやくかかった声に驚きを隠せない。


「ドローンを回収します」

 声にうなずきを返し、しばし考える。


「――糺の森の中には防犯カメラはなかったかな…」

 タタタッとキーボードを操作する男。

 森の中にカメラを見つけることはできなかった。

 ならばと赤いライン上のカメラを探る。

 パッ、パッと分割画面に映像が映る。


「――この男、さっきのカメラにも映っていたな……。

 なるほど。この男が『高霊力保持者』か」


 モニタに分割された画面すべてに走る男の姿があった。

 地図の赤いラインに沿うように走っていることを確認し、男はさらにキーボードを叩く。


 パッ、パッと画面が切り替わる。

 走る男の顔がはっきりと映っているものを探すが、速すぎてうまく映っているものがない。

 それでも横断歩道の映像からそれらしき男を見つけた。

 その顔を大きく映し出し、さらに操作を進める男。

 カチカチとキーボードとマウスの音だけが響く。


「……『西村(にしむら) (とも)』。高校生か…」


 複数の画面にその男の情報が映し出される。


「……預金額が多いな……。なにをしている男だ……?

 親は……研究者か。それでこの預金額なのか……?」


 ブツブツ言っていると『ピロリン』と音が鳴った。

 ドローンが帰ってきた合図だ。


 窓を開けてドローンを招き入れる。

 自分から机の上に見事に着地したドローンからカードを抜き取りスロットに差し込む。


 ファイルを開く。動画を再生する。

 そこには、CGさながらの映像が映っていた。


 巨大な鬼が突然出現した。


「召喚は成功したようだな」

 成果に満足しながら画面の続きを鑑賞する。


 先程の西村という男が驚いている。

 自転車を壁に立てかけ、何かを投げた。

 そのまま鬼をにらみつけている。


「なにをしているんだ?」

「おそらくは結界を張っています」

「結界?」

「鬼の瘴気を抑えているのでしょう。

 そのために他の人間に影響が出なかったものと思われます」

「フム」


 腕を組み、感心したようにうなずく男。


「そんなことができる者がいるのか」

「います」

「そういう人間は多いのか?」

「多いとは言えませんが、少ないとも言い切れません」

曖昧(あいまい)だな」

「能力者と呼ばれる人間が一定数います。

 現在の京都では、安倍家が取り仕切っています」

「安倍家か……」


 再びタタタッとキーボードを叩く男。

 別のモニタに文字や数字の羅列が流れていく。


「業種としては『能力者の取り仕切り』というのはないな」

「記録には残さない可能性が高いです」

「フム」


 その間に映像のほうに動きがあった。

 鬼が腕を振った。

 と、西村という男が建物の壁を蹴って高く跳んだ!


「見たか!?」

「はい」

「なんだ!? 体操選手か!?

 さっきの防犯カメラの映像にはなかったぞ!」


「おそらく隠形を取っています」

「隠形? とは、なんだ?」

「姿を消す術です。これをとると防犯カメラにも映りません」

「それはすごいな! それも能力者とやらならばできるのか!?」

「可能です」


 声の返事に男は口元を手で覆って考えはじめた。


「……そんな存在がいるとなると……おれの計画の弊害となるか……?」


 ブツブツ言う男に「問題ありません」と声が答える。

「安倍家及び能力者の存在は折り込み済みです。

 妨害されないためにこの計画を立てました」


 声の答えに「――なるほど」と返す男。


「計画の実行に問題はない、と?」

「問題ありません」


 声はどこまでも平坦に答える。


「仮に『姫』達が邪魔をしようとしたとしても、あの『異界』の存在に気付かない限り手出しはできません」

 

「それなら安心だ」


 ホッとしたように再び椅子に身体をあずけ、男は映像の続きを見る。

 西村という男が必死で走るのを鬼が追いかけていた。


「他にも人間がいるのに、何故この男にこだわっているんだろうな?」

「高霊力保持者だからだと思われます」

「ああ。さっき言ってたな。美味いんだったか?」

「はい」

 その答えに「フム」と納得を示す男。

 

「それと、狩猟本能もあるかと思われます」

「なるほど」


 ふと気付いた男がキーボードを操作し、別のモニタに目をやる。


「このあたりからは監視カメラにも映っているな」

「隠形を解いているのでしょう」

「何故?」

「鬼を自分に引き付けていると思われます」

「鬼を!? 自分に!?」


「ハハハッ!」と男は楽しそうに嘲笑(わら)った。


「他の人間を守ろうとしてか!?」

「おそらくは」


「ハッ」今度は吐き捨てるように短く嘲笑(わら)うと、馬鹿にしたように男は問いかけた。


「自己犠牲というやつか! それとも勝算あってのことか!?」


 声は淡々と答える。

「応援を呼んでいる可能性はあります」

「なるほど。どこかで合流して数人で立ち向かうと?」


 クククと(わら)って男は確認を取る。


「ジャミングは効いているのだろう?」

「効いています」


 端的に返事をし、さらに声が説明する。


「電話回線を始めとする一般回線も。

 霊的な連絡も。

 それぞれに対策を講じ、このドローンの半径一キロに効果のある妨害を施しています」


「つまりこの男がどんな手段で連絡を取ろうとしても繋がらないということか」


「ハハハッ!」楽しそうに腹を抱えて男は嘲笑(わら)った。


「いいな! 実にいい!」


 モニタには必死で駆ける男とそれを追う鬼。

 その様子を眺め、男は口角を上げた。


「助けを求めても求めても誰にも助けてもらえない。

 そんな絶望を味わうなんて、実にいいな」



 やがてモニタには森を背景に鬼と西村という男が対峙している映像になった。

 どこからか刀を取り出し斬りかかる西村。

 が、鬼は平気な顔であしらう。

 吹き飛ばされ、地べたに這いつくばる男の姿に「ハハハハ!」と男は大喜びだ。


「見ろ! 虫ケラのように払われて潰れたぞ!」


 足を持たれ宙吊りにされる様子に「ハハハハ!」と男は手を叩いて喜んだ。


 と、意外なことが起きた。

 西村が鬼の片目を潰したのだ。


 鬼が西村を投げ捨てる。

 痛みからか怒りからか鬼が吠える。

 ドローンの映像がブレた。


「? なんだ?」

「覇気と呼ばれるものを出したようです」


 立ち上がり刀を構えた西村が再び鬼に斬りかかるが、またしても地面に叩きつけられる。

 血反吐を吐き、自分の血だまりの中で西村はうずくまる。


 それなのに西村はまだ立ち上がった。

 その目に闘志を燃やして。


「――嫌な目だな……」

 チッと、ちいさく舌打ちをした。


「諦めればいいんだ。

 さっさと負けを認めればいいんだ。

 みじめにあがいてどうなるというんだ。

 どうせ死ぬのに、あがいてどうなるというんだ。苦しみが長引くだけじゃないか」



 と、再度ドローンの映像がブレた。


「――おそらくこの二度目の覇気でジャミングが壊れました」

「フム。もう少し耐衝撃を持たせなければいけないな」


 そう話していた、次の瞬間。


 鬼の姿が消えた。


「――なんだ?」


 代わりのように巫女がひとり立っていた。

 その袴の色は若竹色。初めて目にした色合いだった。


「異世界の『姫』――『北の姫』です」

「――『例の』か?」

「はい」

「―――!」


 声の言葉を理解し、男は息を飲んだ。

 モニタをじっと見つめ、それが間違いなくそこにいるのを確認すると「ハハ」と笑いがもれた。


「――ハハ、ハハハ、ハハハハハ!!」


 大きく笑いながらガタリと椅子から立ち上がった。


「『願い』どおりだ!

 おれの『願い』どおりに事が進む!

 こんなことがあるか!?」


 信じられなくて自分の頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。


「封印を解くために必要な『姫』が生まれていた!

 おれの前に現れた!

『願い』どおりに! なんということだ!」


「ハハハハハ!!」と天を仰いで大きく笑った。


「間違いない。これは神仏がおれを導いてくれているんだ。

『間違った人間達を懲らしめろ』と。

『正しい世界に導け』と」


 うっとりとどこかを見つめ、男はグッと拳を握った。


「異世界の『姫』が生まれていたことが何よりの証拠だ! そうだろう!?」


 同意を求めたが、声は何も言わない。

 気にすることなく男はモニタを見つめる。

 そこでふと気付いた。


「他の『姫』はいないのか?」

「現段階では感知できません」


 声は淡々と答える。


「封印が解けない以上、現段階の私の能力では『姫』の存在を感知することができません。

『北の姫』の存在も感知していませんでした」


 その言葉に男はスッと表情を固くする。

 ドカリと乱暴に椅子に座り、机に肘をつき両手を組んだ。

 その手で口元をおおい、思考に沈む。


「――やはりお前の封印を解くことが計画を実行に移すための最優先事項か――」


 ボソリとそう結論付け、ギシリと椅子に背を預けた。


「『北の姫』は何故現れたんだ?」


 足を組んでだらしなく座り、声に問いかける。

 声はすぐに答えを出した。


「先程の鬼の覇気の衝撃でジャミングが破壊されました。

 そのために鬼の覇気が感知されたものと思われます。

『姫』達は『大きな霊力のゆらぎ』に反応して駆けつけていると思われます」


「何故?」

「私を探しているようです」


 淡々と答える声。


「探してどうするというんだ?」

 意味がわからなくて問いかけると、再び淡々と答えが返ってくる。


「壊されそうになったことが数度あります。

 そのことをふまえると、おそらくは私を破壊しようとしているのではないかと」


「お前を破壊してどうするんだ?」

「わかりません」

「それもそうか」


 身体を起こす。

 組んだ足に肘を乗せ、顎に手を当て考える。


「『(にえ)』はどの程度集まった?」


「計画を進行するために必要な最低限の量には到達しています」


 声は淡々と答える。


「現在進行している計画を維持する量を除くと、封印を解くために必要な量の十パーセントまで貯まっています」


「まだまだだな」

 ふぅ、とため息を落とす男。


「『北の姫』が加わればどうなる?」


「『北の姫』の状態にもよりますが、封印を解除できる可能性は高いです」


「封印を解除すれば、例の計画を実行できるか?」

「可能です」


 その答えに男はうなずいた。

 そしてじっとモニタを見つめる。


「――あの娘……。一刻も早くこちらに確保したいな……」


 カタカタとキーボードを操作し画像分析を計る。

 が、まとう布が邪魔をしてうまく顔が映っていない。

 これでは個人を特定できない。


 チッ。

 舌打ちが洩れる。


「どこの誰か、わからないか?」

「現段階で調べることは不可能です」


 はっきりと声が答える。


「封印により能力の低下が見られます。

 封印を解除すれば個人を特定することが可能です」


「つまり、何を置いても封印を解くことが先決か……」


 ブツブツと考えていた男だったが、ふと気が付いた。


「『北の姫』の『状態にもよる』というのはどういうことだ?」


 この質問にも声は淡々と答える。


「『北の姫』は転生するたびに弱っています。

 元の世界にいたレベルまで回復していれば間違いなく封印は解除できます。

 が、前回よりもさらに弱った状態だと、『(にえ)』にするには足りない可能性があります」


 声の説明に「なるほど」とうなずく男。


「つまり『北の姫』が『全盛期まで回復すること』を次の『願い』とすればいいわけか」


 画面の中では西村が倒れている。

 慌てたように姫が駆け寄り、なにやらしている。

 その様子に「ん?」と思った。


「知り合いか?」

「可能性はゼロではありません」


 声は淡々と答える。


「『姫』達は困っているモノや傷ついているモノをこれまでも多く手助けしています。

 今回のこの行動も、傷ついた人間に対するいつもの行動と判断します」


「つまり、知り合いではないと――」


「可能性はゼロではありません」

「フン」

 決まりきった答えにムッとする。


 ポツリと、言葉が落ちた。


「――『困っているモノを助ける』か――」


 昔の記憶が蘇る。

 困っていた自分達の記憶が。


「――もう少し早く生まれてきてくれていたら、おれ達も助けてくれたかな――」


「可能性はゼロではありません」

「ハッ」


 決まりきった答えしか出さない声に、吐き捨てるように(わら)った。


「――そうだな。言っても仕方のないことだ」


「もう過ぎたことだ」


「終わったことだ」


「おれがすべきは、助けを求めることではない」


「あのときの復讐を」

「あの日誓った『願い』の成就。

 それこそが、おれのすべきことだ」


「こんな腐った人間ばかりの世界は壊れたらいいんだ

 誰も腐っていることに気が付かないなら、おれが正してやる」


「おれが『世界』を変えてやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ