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【番外編3】神宮寺槇範の黒歴史 2

 思春期真っ只中の、『厨二病』なんて揶揄されるまさに中学生だったおれは、高三になった今思い返すと恥ずかしくて穴の底で丸まっていたいくらいに自己中心的で身勝手で、なのにそんな自分に全く気がつかず『正義は我にあり!』みたいなガキだった。


 まさに『黒歴史』。

 思い返すたびに痛々しさにのたうち回りたくなる。


 ガキだったおれはいっちょまえに『自分はもう大人だ』なんて思っていて、ガキな自分に気がつかなかった。

 弟がどれだけがんばっているのかも知らず、両親祖父母が「思春期だから」と目こぼししてくれているのも知らず、ただただ表面的なことだけ見ては不平不満をつのらせていた。


 弟が「パソコンもらった」と聞いてムカついて突撃した。それが嫉妬や妬みだと気がつくことなく、交流することもなにもないおれにはそんなこと言う権利すらないことすら気づかず、ただただ『自分にはなにもしてくれてないのに』『えこひいきだ』と勝手な理屈と間違った正義感に似たナニカに突き動かされていた。


 そんなバカなガキだったから「トモくんから」と母にカッコいい上着を出されたらそれだけで機嫌が良くなった。

 上着を着て「カッコいい!」とはしゃぐおれを、両親が、祖父母が、弟が、どんな顔をして見ていたか、覚えていないのは幸運なのだろう。


 よく考えたらおれはあの上着の礼を言ってない。今更だけど言ったほうがいいかな。でも向こうももう忘れてるだろうことを掘り返すのも恥ずいかな。今はあの上着、弟が着てるし。……………うん。黙っとこう。



   ◇ ◇ ◇



 秋になりようやく少し涼しくなった頃。

 なんだか家族が忙しそうにしていることに気がついた。

  滅多なことでは出かけない両親が、祖父母が、頻繁にどこかに行っているらしい。おれは部活で帰りが遅いから詳しくはわからなかった。それでも夕飯がテキトーになり、両親祖父母の会話に翌日の予定が出たことで『なんか忙しそうだな』くらいのことは認識していた。


 冷蔵庫にクリップではさんだ紙の束が貼り付けてあった。日に日に厚みを増すそれを弟が時々読んでいることは知っていた。けれどチラッと見ても自分に関係するものだとは思えなくて放置していた。



 秋が深まったある日。「明日工事のひとが来るから」と言われた。「農場のほうでバタバタするよ」と。

「トモひとりじゃ手が回らない大きなものを設置するから」「夕方からはトモも立ち会う」

「マキも見るか?」と聞かれたけれど「おれ部活あるから」と拒否した。


 冬になると「事務を担当してもらう」というふたりを紹介された。よくわからないけれど挨拶だけして関わらなかった。


 年明けから農場の作業小屋の横にちいさな家を建てた。ひと月ちょっとであっという間に家が建った。パソコンや事務用品や棚なんかが全部入ったあとでのお披露目会でおれも見せてもらったけど、すごくオシャレでカッコいい家だった。仕事だけで使うのがもったいないって思った。


 仕事関係で大人が忙しそうにしていたけれど、おれは「関係ない」と自分勝手に過ごしていた。部活に励み、学校の課題をし、友達と遊んでいた。

 だからその間弟がなにをしていたのかまったく目に入っていなかった。


 表面的なことしか目を向けず、なにも気付くことなく。

 おれはまさしく馬鹿で無知なガキだった。



   ◇ ◇ ◇



 正月。

 年末年始も料亭や飲食店は営業しているから、当然ウチも収穫出荷がある。

 それでも時間を作って祖母の実家と母の実家に挨拶に行くのは毎年のこと。

 この年はその挨拶に姉とあの男が同行した。


『親戚の集まりに彼氏連れて行くなよ』と思ったけれど、結納を交わして婚約者になっているから「問題ない」と当のあの男が言い切った。

「挨拶に行くのは今年だけ」「来年以降は神宮寺家しか挨拶に行かない」そう言うから『そんなもんか』と思って黙って付き合った。


 祖母の実家の神野のおじさん家では、これまでにないことの連続だった。

 襖を開けるなり中にいたひとみんなこっちに向けて土下座した。プルプル震えてるひともいる。

「トモ」って父さんが責めるようにあの男を呼んだ。あの男がなにかしたのかもしれない。けど、呼ばれた本人はシレッとしていた。


 祖母がこれまでにない扱いをされた。

 いつも入口に近い席でおれ達家族固まって座ってたのに、いつもおじさんが座ってる位置に座らされようとしてた。

「いつもの位置でいい」と一悶着あって、どうにか席についた。


 いつもならおじさんが新年の挨拶をして食事をいただくのに、この日はあの男の挨拶から始まった。

 一番末席で姉と並んで座っているのに、その場で一番偉そうにしてあの男は挨拶をした。

「初めてお目にかかる方もおられるので、改めてご挨拶致します。こちらの竹の夫の、西村智と申します」

『まだ結婚してないだろ』というツッコミはどこからも上がらなかった。むしろウチの家族以外全員ペッタリとひれ伏した。

「私と妻がこちらにご挨拶にあがるのは今回限りと致します」

「以降は我らは神宮寺家とも、当然神野家とも無関係とご承知おきくださいますようお願い申し上げます」

 それを言いに来たんだとおれでもわかった。


 いつもなら「がんばってるか」とか「期待してるぞ」とか声をかけてくれるおじさん達が軒並み借りてきた猫みたいにちいさくなっていた。お年玉をもらうときもなんか気まずげに渡された。

 さっさと食事を済ませた姉とあの男は「お先に失礼します」とさっさと帰って行った。


 次の日の母の実家への挨拶も同じ調子だった。

 母方の祖母は玄関を開けるなり土下座した。母がどうにか立たせてリビングに行った。待っていた祖父も伯父伯母もいとこ達もピシリと固まったあと土下座で震えた。

「………トモ」

 ため息まじりに父があの男に声をかけた。途端に土下座していた全員が身体を崩しハアハアと息をついた。


 どうにか全員席について、父があの男を紹介した。姉が元気になったことや結納したことは母が伝えていたらしい。

 そうして神野の家でしたのと同じ挨拶をした男。

「加藤本家にもよろしくお伝えください」とニヤリと笑った。何故か伯父さんが震え上がっていた。




 三月の姉の誕生日にはおれも参加させられた。というか夕食が食事会だったから仕方ない。

 どうも姉達が来たときにいろんなひとに目撃されたらしく、週明けの月曜日にはまた姉達の話でもちきりになっていた。やっと静かになってきていたのに。


 何故か姉とあの男は『お姫様』と『王子様』扱いになっていた。

 登校中も、教室に入っても、女子が寄ってきて「お誕生日会したんでしょ!?」「お姉さんとお兄さん、どんな感じだったの!?」と話を聞きたがる。

「別に」「普通にメシ食っただけだよ」と答えたら、つまらなそうに離れていった。


 なのに次の日には「すごいラブラブだったんでしょ!?」とまた寄ってきた。どうも弟が小学校で余計なことを話したらしい。



 その弟が春休みに入ってからランニングを始めた。あの男が一緒に走っている。

 遠目で見えるふたりはまるで本当の兄弟のようで、なんでか胸の奥がモヤッとした。

 その『モヤッ』がなにかわかりたくなくて、部活で身体を動かした。


 学校が始まったらあの男は来なくなった。それでも弟は毎日ランニングをしている。

『そんなことしても弱っちいのは変わらないだろうに』なんて思いながらおれは弟を見ていた。



   ◇ ◇ ◇



 四月の終わり。

 弟が「ゴールデンウィークに修行しないか」と誘われた。

 誘ってきたのは黒陽さんという大人。何者なのかはよくわからないけれど、姉と一緒に暮らしている大人のひとりで、なんかえらいひとらしい。「護衛」と言っているのをチラッと聞こえたことがある。

 それも納得の強そうな外見と雰囲気のあるひと。立ち姿がカッコいい。腕も太ももも太いし胸板も厚い。こんなひとに『修行』つけてもらえるなんて。

 まるで映画や漫画みたいなシチュエーションに弟がうらやましくなった。


「目黒くんのきょうだいのついで」「二人も三人も同じ」そう聞いて、思い切って言ってみた。


「その『修行』って、おれも行っちゃダメですか」




 はっきり言って、がっかりだった。

『目黒くんのきょうだい』は三歳だった。

 明らかに幼児向けの『修行ごっこ』。

 おれはまったくついていけていないことを棚に上げ、子供扱いされたことに憤慨した。


 それでもゴールデンウイークに予定されていた分は参加した。毎回幼児向けの低レベルな運動にうんざりした。

 おれが思ってた『修行』はこんなんじゃないのに。だまされた!


 本気で、そう思っていた。

 まったくついていけていなかったのに。




 それから数か月経った秋のある日。

 とある大会での待ち時間。女子の声に意識が引き寄せられた。

「あ!『サチユキ』載ってる!」「かわいー!」


『サチユキ』?


 ふと、あの双子の挨拶が思い出された。

 気になって顔を向けると、どこかの中学の制服を来た女子数人が雑誌を見ていた。


 ……向こうから回り込めそう。

 そう気付き、こっそりと彼女達の後ろに回り込み、そーっと雑誌を覗き見た。

 そこに載っていたのは、間違いなくあの双子だった。


 え? あの双子、有名人なのか!?


 女子達の話をまとめると、どうやらあの双子は赤ん坊の頃からモデルをしていて、熱心なファンもいるらしい。双子が着た服の売上はすごいし、載った雑誌もすぐ売り切れると。

 この春に幼稚園に入園して、防犯対策をしっかりしている幼稚園なのに誘拐未遂とか不審者侵入とかがあったらしい。その都度双子専任の護衛がやっつけたと。


 ………その『護衛』、黒陽さんだろ。

 え? おれ、そんな有名人と仲良くなれるチャンスをのがしたのか?

 弟は夏休みも「双子と修行する」と出かけたらしいけど、おれは「バカバカしい」って断った。


『失敗した』そう思った。

『もったいないことした』そう思った。

 けど、『だからどうした』とも思った。


 有名人だからなんだよ。しょせん子供じゃないか。

 有名人だからってコビ売るのは違うだろ。

 あんなつまんない幼児向けの修行を中学生ができるかよ。

 いろんな文句が浮かんだけれど、なんだかソワソワムズムズする。モヤモヤが消えない。

 それでも今更「やっぱ入れて」なんてカッコ悪いこと言えるわけないって思って、でも気になって双子のことを調べて人気のすごさにびっくりして、またモヤモヤソワソワした。



   ◇ ◇ ◇



 あの結納から一年半経ち、おれは中学三年生になった。

 中学二年の一年間で姉とあの男に会ったのは三回だけ。お盆。正月。姉の誕生日。

 両親は月に二回は野菜を持って行っている。弟はもらったパソコンでメールのやりとりしたり、黒陽さんの修行で会ったりしているらしい。おれだけがいつまでもあの男と接点がないまま、最終学年を迎えた。




ゴールデンウイークが終わって運動会も終わってしばらくしたら、学校で進路の話が本格的に始まった。

 三年生全員集められてザッとした説明を受けた。二年のときに受けたのとそう変わらなかったけれど「進路調査票を提出しろ」と用紙を配られた。


 おれは長男だから家を継がないといけない。

 逆に言えば、就職先は決まってるんだから学校なんてどこでもいいだろう。

 そう軽く考えて、両親に進路調査票を出した。


 両親は泣いて喜んでくれると思った。

「家を継ぐ決心をしていてえらい!」って。「おまえがいてくれるから安心だ!」って褒めてくれると思った。

 なのに両親は顔をしかめ、言った。

「ちゃんと考えろ」


 意味がわからなかった。

 家を継ぐって言ってるんだから別に学校なんてどうでもいいだろ? 農業なんて植えて雑草むしって収穫するだけだろ? なら別に学歴とかいらないじゃないか。なんでそんな頭ごなしにおれの言うこと否定するんだよ。


「無理にウチを継ぐことはない」

 そう言われて、カッとなった。


「なんだよ! おれはもう『いらない』ってことかよ!」


 知らない間に積み重なっていた不平不満が一気に爆発した。

 おれはこんなに家のことを考えてるのに。『長男だから』ってがんばってきたのに。野球だって体力のいる農家になるために始めたのに。

 仕事仕事で忙しいのはわかるよ。それでももっと『おれ』を見てくれてもいいじゃないか。『おれ』を理解してくれてもいいじゃないか!


 知らないうちに抑え込んでたいろんなものが爆発して勝手に口から飛び出していく。自分でも止められない。両親も、祖父母も、弟も、ただ呆然とおれのことを見つめていた。


 叫んで叫んで叫び続けて爆発し続けていた、そのとき。

 ユラリ。父の気配が変わった。


「………ここまで馬鹿だとは思わなかった」

「どこまで自分勝手なんだおまえは―――」


 ガッと椅子から立った父を弟が止めた。続いて母も。

 ふたりがかりで止められている父の目には怒りしかなくて、余計に腹が立った。

 おれは家のことを考えてるのに! 今どき『農業継ぐ』なんて言う息子いないぞ! おれは『いい息子』なのに! なんでそんな目で見るんだよ!!


 おれに怒りを向ける父にムカついた。

 それ以上に、父を止める弟にムカついた。

 弱っちいくせにいっちょまえに仲裁しようとしやがって。


「弱っちいグズのくせに、口出しするな!」

 腹が立って殴りかかった、次の瞬間。


 ダン!

 突然視界がぐるっと回り、背中と右腕に激痛が走った!


 なにが起こったのかわからないまま「痛い痛い痛い!」と叫ぶしかできなかった。なにが起きた? おれはどうなった?


「暴れない?」

 弟の声が背中から聞こえる。怒ることも、ムリしている様子もない、平坦な声。

 どうにか首をまわして後ろを見たら、呆れ果てた弟がおれを見下ろしていた。


 ―――弱っちいグズだったはずなのに―――。


 ゾクリと感じたのは、恐怖。

 おれは、おれではこの男にかなわない。

 男の本能がそう告げる。


 どうにかうなずくと弟はおれの背中からどいた。それだけでなく手を貸して起こしてくれた。

 床に座り込んで見上げたそこには、家族の顔があった。

 怒り。呆れ。侮蔑。落胆。そんなものが浮かんでいた。


 ―――おれは有能なのに。家を継ぐ長男なのに。誰からも褒められるいい息子なのに。

 なのに、なんでそんな顔で見るんだよ。

 なんでそんなダメなヤツ見るみたいな目をしてんだよ。

 なんで。なんで。なんで!


 わけがわからなかった。ただただ身体の中も頭の中もぐちゃぐちゃで、あちこち爆発して、叫んだ。暴れた。地団駄ふんで床を殴りつけてひっくり返って暴れてうつ伏せて泣いた。


 気がついたら誰もいなかった。

 誰からも心配されていない現実にまたくやしくなって泣き叫んだ。それでも誰も来てくれなかった。誰からも相手にされていないと思い知らされた。


 部屋に帰ってベットに潜り込んだ。

 なんでこんなことになったんだろう。なんでみんなおれを無視するんだろう。おれの何が悪かったっていうんだ。

 おれは悪くない。おれは有望で有能で家想いの良くできた長男なんだ。ならなにが悪い?

 ―――あいつだ。あの西村が来てからおかしくなった。

 地味で根暗でグズな姉ちゃんがやたら褒められるようになった。弱っちいキリがえらそうになった。

 ―――そうだ。姉ちゃんが悪い。キリが悪い。

 ふたりしておれを悪く言ってるんだ。おれがデキるヤツだから。おれがみんなに期待されてるから。(ねた)んでおれのこと悪く言ってるんだ。

 いつから悪くなった? なにがきっかけだった?

 ―――そうだ。姉ちゃんが具合悪くなってからだ。

 姉ちゃんが具合悪くなって、そのせいで父さんも母さんもじいちゃんもばあちゃんもみんなが姉ちゃんにかかりきりになった。だからおれは放っとかれた。姉ちゃんのせいでおれはないがしろにされた。姉ちゃんのせいでおれはずっと我慢してばかりだった。姉ちゃんのせいでおれは学校でも部活でも肩身が狭くなった。姉ちゃんのせいで。姉ちゃんのせいで。



 部活を引退した夏休み。じいちゃんに言われて農業の手伝いをした。

 スタッフのおばちゃん達にまぎれてバリバリ働いているのが最初誰かわからなかった。また新しいバイトかと思ったら弟だった。

 えらそうな態度がムカついた。仕事ができてるのがムカついた。頼られてるとわかる態度にムカついた。

 おれが長男なのに。おれが跡取りなのに。


 じいちゃんに怒られた。これまで一回も怒られたことられたことないのに。

 本気で怒ってるとわかる態度にビビった。こわかった。情けなかった。


 なんでこんなことになった? おれは跡取りなのに。

 なにが悪い? 誰が悪い?

 ―――姉ちゃんが悪い。


 そうだ。おれは悪くない。全部姉ちゃんが悪いんだ。

 おれがかまってもらえないのも。怒られるのも。バカにされるのも。なにもかもうまくいかないのも。全部全部姉ちゃんが悪いんだ。

 姉ちゃんがあの男を連れて来たから悪いんだ。そのせいでキリが生意気になったんだ。農場の仕事だっていつの間にかやり方変わってるし。全部全部姉ちゃんが悪いんだ。


 そう思って自分をなぐさめた。モヤモヤドロドロしたモノが腹の底にたまっていくようだった。



   ◇ ◇ ◇



 モヤモヤドロドロしたモノが腹の底に巣くっている。

 ドロドロは時に指先まで広がる。

 気持ち悪くて、嫌で、でもどうしていいかわからない。どうにもできない。

 部活引退したから身体動かしてドロドロを吐き出すとかもできない。勉強してみたけどなにも頭に入らない。


 なにもかもがうまくいかない。

 自分が黒くにごっていく。

 どうすればいいのか。どうしたいのか。

 なにもわからず、ただモヤモヤドロドロしたモノをかかえてうなっていた。



 そんなある日。

 お茶でも飲もうとリビングにおりたら、姉ちゃんがいた。隣にはあの男。そういえば「お盆のお参りに来る」って母さんが昨日言ってた。


 のんきにしあわせそうに笑う姉ちゃんを目に入れた途端、カッとした。おれはこんなに苦しいのに。なにもかも姉ちゃんのせいなのに。なんで姉ちゃんがそんなにしあわせそうな顔で笑ってんだよ。地味で根暗なグズのくせに。


 ―――ああ。わかった。

 姉ちゃんがしあわせになったからおれがこんなに苦しいんだ。

 姉ちゃんが地味で根暗でグズなときはおれは明るくて人気者でみんなから期待された男だった。それが立場が逆転したんだ。なんで? なんで?

 ―――姉ちゃんがなんかしたんだ。



 ―――高校三年生になった今思い返すとトンデモ理論だけど、そのときは本気でそう思った。そう思ったらその考えは間違いないと思えた。

 まさに『厨二病』。『黒歴史』。

 そして『厨二病』に(おか)されたおれは、それをそのまま姉にぶつけた。


 あの魔王のいる前で。



   ◇ ◇ ◇


 

「姉ちゃんが悪いんだ」


 単刀直入にそう言えば、姉はポカンと間抜けな顔をした。

 姉しか目に入ってなかったおれは、周囲が、姉の隣の男がどんな反応をしたのか気付くことなくさらに姉を責め立てた。


「姉ちゃんが具合悪いって言い出してからなんもかんもおかしくなったんだ!」

「姉ちゃんが悪いんだ!」


 弟が飛んできて「ちょっと黙って」とおれをその場から押し出そうとする。それを無視して姉に向け叫んだ。


「姉ちゃんのせいでおれはずっと我慢してたんだ!」

「黙れって」


 弟を押しのけてさらに文句を叫ぼうとした時。目の前にあの男が立った。

 と思ったら顔の下半分に激痛が走った!

 万力でしぼられてるんじゃないかって痛みに叫びたかったけど口をふさがれてて声も出ない。

 痛い。痛い! 痛い!! 骨がくだける! 歯が取れる!!


「―――黙れ」


 重苦しい声に、息を飲んだ。


 目の前にいる男は―――魔王だった。


 姉ちゃんの横でいつもヘラヘラしていたのと同じ人間とは思えない、冷たい目。おれを人間(ひと)と思ってない、虫ケラを見るみたいな目をしていた。

 怒り狂ってるのがはっきりわかる。おれのあごを握る手にどんどんと力が込められて、このままあごくだかれるって思った。殺されるって、本気で恐怖した。


 痛いよりも恐怖で頭真っ白になったおれを、魔王は突然バッと放り投げた!

 倒れ伏し、床にうずくまってハアハアと息をしていたら、視界に足が何本も入ってきた。

 ぼんやりと顔を上げると、両親と祖父母がおれを取り囲んでいた。それぞれ怒りや悲しみやらを顔に乗せていた。


「―――もうこれ以上黙っていられない」

 父の言葉に祖父がうなずいた。

「ここで矯正しないと槇範はクズ以下になる」


『クズ以下』? 誰が? ―――おれが!?


「――おれが『クズ』だって言うのかよ!」


 怒りで、震えていた身体が動いた。祖父に飛びかかろうとしたら背中になにかが乗っかってきて身動きが取れなくなった!

 なに!? と振り向いたら、いつかのように弟がおれの背中に乗っていた。

 弟はさして苦労する様子もなく見える。なのに全然身動きが取れない。なんで!? どうなってる!?

 

 どうにか立とうと身体をよじったけれど全然動けない。そんなおれに大人達が寄ってたかって大説教を浴びせてきた。

「自分がうまくいかないのをひとのせいにするな!」

「ひとのせいになんてしてない! おれは悪くない!」

「自分の怠慢を棚に上げてなにを言う!」

「誰が『怠慢』だよ!? おれはがんばってるよ! そっちがちゃんと見てくれてないだけだろ!?」

「変わるチャンスがあったのにそれを捨てたのは自分だろう」

「なにが『チャンス』だよ! そんなの知らないよ!!」

「あんたみたいなのを『傲慢(ごうまん)』ていうのよ」

「そう言う母さんのほうが傲慢じゃないか!」


 大人の勝手な言い分に反論してたけど、なにを言っても誰も聞いてくれない。

「なんでだよ!?」

「なんでわかってくれないんだよ!」

「おれは悪くない! 悪いのは姉ちゃんだ!!」


「竹は関係ない!」

「自分が悪いのをひとのせいにするな!」

「思春期だからってまわりが見えてなさすぎる!」

「もっと客観的にまわりを見ろ!」


 どれだけ言っても、なにを訴えても、大人達は聞いてくれない。理解してくれない。

 結局大人達は言いたいことを言いたいだけ言って「反省しろ!」と吐き捨てた。


 誰かの指示があったのか弟がおれの背中からどいた。自由になったとわかったけれど動けなかった。押さえつけられていた背中が、肋骨が痛い。あの男にアイアンクローされたあごが痛い。叫びすぎて喉が痛い。泣いたから目が熱い。身体中がギシギシで、ドロドロで、爆発してる。なのに誰もそんなおれを気にかけてくれない。手を差し出してくれることもなく、声をかけてくれることもない。床に倒れたおれを無視してどこかに行った。くやしくてかなしくてひとりで泣いた。


 おれは有能なのに。優秀なのに。期待されてるのに。なんでこんな目に遭わないといけないんだ。

 おれは跡継ぎなのに。長男なのに。なんでこんなにないがしろにされないといけないんだ。

 なにが間違ってる? どこが間違ってる?

 もう、なにもわからなかった。

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