【番外編3】神宮寺槇範の黒歴史 1
【番外編】第3弾
竹の上の弟視点です
全4回です
穏やかな春の日差しを受け、造花の枝垂れ桜が揺れている。
その中を着飾った姉夫婦が歩いている。満面の笑顔で。
今日は姉夫婦の結婚式。入籍は二年前に済んでいて一緒に暮らしているふたりなのに、姉が二十歳になったからと改めて結婚式をしている。
親族席から姉夫婦をぼんやりと眺め、義務的に拍手をする。隣の弟はこれでもかと手を打ち合わせているし、両親も祖父母も涙を浮かべている。
誰もが姉と義兄がこの日を迎えたことを心から喜んでいる。
そんな中おれだけが浮いている。
おれは神宮寺槇範。高校三年生。姉と弟との三人兄弟の真ん中長男。
三歳年上の姉は中学卒業前の冬に倒れ、家を出て療養をしていた。そこで出逢った男と結ばれ、元気になった。ふたりは姉が十八歳になってすぐに籍を入れ、夫婦となった。
姉が療養先から初めて家に帰ったのは結納のときで、そのときに初めて義兄となる男と顔を合わせた。そのときから男が姉にベタ惚れなのは誰が見ても一目瞭然。しあわせそうな姉に誰もが「よかったね」と祝福を送った。
あの結納から五年。今日はふたりの結婚披露宴。両親も祖父母も弟も感極まって泣いている。姉の友人義兄の友人みんな喜んで楽しそうにしている。誰もが姉夫婦に祝福を贈る中、おれはいまだに姉夫婦を素直に祝福できない。
何故か。
それは、あのふたりを目にすると、嫌でも思い出してしまうから。
おれの『黒歴史』を。
◇ ◇ ◇
物心ついたときにはもう「家を継ぐ」と考えていた。
京都では家業を継ぐのは当たり前で、おれもそのことに疑問を持つことはなかった。
だからちいさい頃から農場の手伝いをしていた。褒められたらうれしかった。「役に立った」と誇らしかった。
そんなおれに対して三歳歳上の姉ときたら。
手伝いをすれば失敗ばかり。虫にかまれ草にかぶれる。なにをさせてもどんくさく、とても役に立たない。
おれはそんな姉を見て「役立たずだなあ」「どんくさいなあ」と馬鹿にしていた。
母の実家でも祖母の実家でも「竹は大したことない」と言っていた。
「それにくらべて槇範はまだマシだ」「成長すればもっと霊力が増えてくるに違いない」そう言って大人達がおれに期待していた。
まわりの大人は誰もがおれを褒めてくれた。「すごい」「えらい」と。
だからおれは得意になっていた。
『おれは有能だ』と。『おれは優れている』と。
それが勘違いだと思い知らされたのは、中学生の頃。
義兄という名の魔王が、おれのなにもかもをへし折った。
◇ ◇ ◇
役立たずの姉は成長してもどんくさくて役立たずで、本ばかり読んでいる地味で暗い女だった。どう考えても誰からも好かれずにひとりでミジメに暮らす未来しか見えないような女だった。
そんな姉が中学に入ってから「具合が悪くなった」という。
しょっちゅう部屋で寝てる。親が病院に連れて行っても「特に大きな問題はない」と言う。
それ、ただのズルじゃん。
おれは思った。
ただ単に寝てるだけじゃないか。ぐうたらで体力ないから寝てるんだろ?
なのに親も祖父母も弟も大騒ぎする。必要以上に心配する。
そんな周囲に「大丈夫」なんて言う姉は悲劇のヒロインぶってるとしか見えなかった。
わがままな姉の『悲劇のヒロインごっこ』に振り回される周囲も馬鹿だと思った。
そのうち姉は眠り続けた。
けど、おれは知っていた。学校で介護の話を聞いたから。
人間は眠り続けている場合、栄養や水分を補給しないといけない。排泄物のケアをして、身体を拭いてあげたりしないといけない。
姉はそんなケアをなにひとつしていない。なのにぐーすか寝てるのは、絶対夜中とかにこっそり起きてトイレ行ったりなんか飲み食いしてるからだ。
そう思った。
だから「どうせズルだろ?」「学校行きたくないから具合悪いフリしてんだ」と思っていた。
周りをだます、卑怯なナマケモノだと思った。
ずっとずっとあとになって、おれが学校に行ってる日中に看護師さんが来て寝たきりになった姉のケアをしていたと知った。
でも当時のおれはそんなこと全然知らなくて、ただただ『ズルい姉』に嫌悪感を持っていた。
おれはそのとき小学生だった。中学生の姉とは当然顔を合わせることはなかったけど、姉と同学年に兄姉がいる同級生から「おまえんちのねーちゃん、ズルしてんだろ」と言われたり、顔しか知らない中学生から「おまえサボりの神宮寺の弟だろ」ってからかわれることがあった。
小学一年生から参加した少年野球のチームでもチームメイトや卒団した先輩や保護者から「あの神宮寺さんの弟」みたいに言われて「おまえもズル休みしなくていいのか」とか言われることもあった。
そんな話を耳にするたびに母さんや父さんは「ズルじゃない」「娘はそんな子じゃない」「本当に具合が悪いんだ」って言い訳してた。
でもおれは「ズルだ」って思ってた。
「ズル」の姉ちゃんのせいでおれまで悪く言われて、すごく嫌だった。
そんな姉がいつの間にかどこかに行った。でもおれの生活には全然関係なくて、姉がいたことすら最初からなかったみたいな感じになっていた。
春に入学した中学校には姉のことを知っている先生が何人かいて「お姉ちゃん、どう?」とか聞いてくることもあったけど「おれは何も知らないです」って答えてた。
実際両親も祖父母もなにも言わなかった。両親は数日おきにお見舞いに行ってるらしいけど、どうだったかとか全然言わない。だからおれもひとに聞かれないかぎりは姉のことを忘れて過ごしていた。
そんな夏のある日。
父が言った。
「お姉ちゃん、目が覚めたよ」
『ふーん』と聞いていたら、父がさらに言った。
「お姉ちゃんのことを好きになった男がいて、近々婚約することになった」
「「は!?」」
『好きになった男』!?『婚約』!?
「やっぱり『寝てた』なんてウソだったんじゃないか!」
つい叫んだけど、父も母も無視して話を続けた。
弟が飛び出していったからついていくと、最近手伝いに来てる男が色々話をしていた。
すごく優秀な男が姉にベタ惚れになっているって。
『ウソだろ』そう思った。
あの姉のどこに『男が惚れる』要素があるっていうんだ。
どんくさくて役立たずで地味で暗い、どう考えても誰からも好かれずにひとりでミジメに暮らす未来しか見えないような女なのに。
そう思っていた。
ところが。
「結納だ」と帰ってきた姉は、別人になっていた。
輝くような笑顔。背筋の伸びた姿勢。綺麗な着物を着て綺麗な髪飾りをつけて、まるでお姫様のようだった。
雰囲気が全然違う。いつもオドオドして遠慮していたのに、堂々として余裕があるように見える。
いつもうつむいていた顔をしっかり上げている。周囲ににこにこ笑顔をふりまいて、『しあわせいっぱい!』と言葉にしなくても示している。
おれの知っている姉の面影はどこにもなかった。
さらにびっくりしたのは相手の男。
男のおれから見てもカッコいいイケメン。自信満々な態度。一目見ただけで「強そう」と思わせる雰囲気。こんな芸能人みたいなカッコいい男が、あの根暗な姉に『ベタ惚れ』!?
紹介が終わって男が立ち上がった。背が高い。足長い。カッコいい。
すぐさま姉の隣についた男は、途端にでろりと表情を変えた。姉に向ける眼差しがやわらかい。さっきまでの態度はなんだったのかと聞きたくなるくらいに甘々な態度で姉に接する。本当に『ベタ惚れ』なんだと理解させられた。
こんなにカッコいい男を『ベタ惚れ』させるなんて。
驚いたけど『きっとこの男の趣味が悪いんだ』と自分を納得させた。
◇ ◇ ◇
それからなにもかもがおかしくなった。
「神宮寺さんてあんな子だったのね」あちこちでそんな声が上がった。
「あんなに綺麗だったなんて」「中学時代は本当に具合が悪かったんだね」「そういえば幼稚園とか小学校低学年のときとか、明るくておだやかなかわいい子だったわ」
「あんなカッコいい男性をあんなにメロメロにするなんて」「神宮寺さんの魅力に気付かなかった」「惜しいことをした」「あんなに愛されてうらやましい」
姉の評価は百八十度変わった。
中学時代の「サボり」「ズル」「根暗」という評判はすべて「本当に具合が悪かったんだ」という認識になった。
「眠り続けて療養している」というのも「本当だった」と広まった。
「療養先で惚れられて」「目覚めさせるために男が尽力してくれたおかげで元気になった」という話もいつの間にか広まっていた。
「姉ちゃんに会わせて」と言ってくる男が増えた。野球部の先輩。おれの同級生。姉の同級生。中には顔も知らない男も。
結納をした数日後、夏休み中の中学校に姉が挨拶に行った。姉の三年生のときの担任や校長先生が「元気になった姿を見たい」と言ったから。
そのときに姉を目にしたひとが「お話したい」となり、そいつらがあちこちで話をして「会いたい」という男が増えた。
姉の中学校訪問には当然のようにあの男が付き添った。もちろん両親もいたけれど、姉にべったりくっついて周囲の男を威嚇しまくる男と、そんな男に囲われてキラキラニコニコしている姉が目立ちすぎてて両親は影になってた。
おれも野球部のみんなとのぞきにいったけど、姉だとわかっていても「誰あれ」ってカンジだった。
とにかくキレイになった。もう別人。顔かたちは変わってないはずなのに、よどんでた目がキラキラになって、青通り越して白かった顔色がほっぺバラ色になって、表情もいつもうつむいていたのが『しあわせでたまらない!』みたいになって。
だからこそ、中学時代の三年間「具合が悪かった」というのが「本当だったんだ」と誰もが納得した。納得せざるを得なかった。それくらい姉は変わった。
おまけにそばについてる男が過保護なくらい姉をかばう。「無理したら熱が出る」と言う。「階段くらい歩かせろ」って思うのに抱き上げて移動する。声をかけられて立ち話が始まったら「長くなりますか? なら椅子に座らせてください」って注文つける。とにかく姉に負担をかけないようにと目を光らせている。
「すごい溺愛」と言いながらも「それくらい体調に気をつけないといけない」というのも伝わって、「ホントに中学時代は具合が悪かったんだ」「今でも療養中なんだ」と理解させられた。
今年赴任してきた保健の先生が姉のことを話す他の先生に「思春期にはよくある症状」と説明しているのを聞いた。「その生徒さんほどひどいのは滅多にないけど」「自分がいたら専門家に紹介した」「一般の病院じゃ対処できないんだよ」「でも良くなってよかったね」「そのまま死んじゃう子もいるんだよ」と。
つまり、姉は「ズル」でも「サボリ」でも「ナマケモノ」でもなく、「本当に病気だった」ということ。
その話はあっという間に広まった。
「おまえ知らなかったのかよ」「弟なのに」何故かおれが責められた。
「知らないよ」「親がなにも言わなかったんだ」そう言っても誰も信じてくれない。
あの頃両親がどれだけ「娘は本当に具合が悪いんだ」って言っても誰も信じなかったくせに。今になってそんなこと言うなんて。おれが『悪者』みたいに言うなんて。
さらには姉の相手のあの男のことも広まった。
『地元で知らない人間はいない』くらい有名な男。勉強は常に学年トップ。模試ではいつも全国トップ5入り。スポーツ万能。『強い』と有名なお祖父さんから直接指導を受けた強者。でもいばったりえらそうにしたりすることなくて、飄々としてて、すごくいいヤツ。男からも女からも人気だけど、本人はそんなこと知らなくて普通にクラスメイトに接している。ただし、好意を向けてくる女は毛嫌いする。
『女嫌い』で有名な男が、おそろしく優秀な男が、姉にはあの態度。
『男の趣味が悪い』のではなくて『姉にそれだけの魅力があった』と広まった。
姉の評価が上がるにつれ、おれの評価はどんどんと下がっていった。
おれはずっと姉は「ズル」で「サボってる」と思ってたし、周りにそう言われたときにも「そうなんだよ」「ナマケモノの姉で恥ずかしい」なんて言ってた。それが「本当に病気だった」と広まると同時に「じゃああのときの槇範の態度はひどいんじゃないか」みたいに言われるようになった。
「そんなこと言われても、おれも知らなかったんだ!」そう反論したけど、同じ立場の弟が毎日お地蔵様に必死にお願いしているのを見たってヤツが何人もいて「弟はお祈りしてたじゃないか」って責められた。
両親も祖父母も「竹は病気で具合が悪いんだ」「ズルやサボリなんてするような娘じゃない」ってずっとあちこちで言っていて、周りはそのことも知ってたから「家族がみんなそう言ってたのに、なんで槇範は『知らなかった』なんて言うんだ」って言われた。
だっておれは本当に知らなかったんだ。姉は昔から役立たずでどんくさくて、周りの大人はみんな「竹はダメ」「槇範はすごい」って言ってたんだ。
そうだ。おれは「すごい」んだ。姉とは違うんだ。ダメな姉なんて気にかける必要なかったから知らないだけなんだ。
そうやって自分で自分を納得させてた。
それでも周囲からの雑音が耳に入ってくる。
「西村さんてどんなひと?」「なんか教えてもらったりすんの?」知らないよおれ部活があるんだから。
「お姉ちゃんやさしいんだろ?」「いいよなあ綺麗でやさしいお姉さん」知らないよもう家にいないんだから。
姉達が中学校に挨拶に行った日。姉の部屋を弟の部屋に変えた。姉は「もうこの家には戻らない」と。
おれはその数日前に話を聞かされた。「お姉ちゃんの部屋をマキかキリが使えばいいってお姉ちゃんが言うんだけど、マキはどうしたい?」って。
おれはあんな女くさい部屋嫌だったし自分の荷物動かすのも面倒だったから「今の部屋がいい」「動くならキリが動けばいい」って答えた。
部活から帰ったら弟の荷物がなくなってて広々していた。もともとふたり部屋だったのをひとりで使える開放感に得意になった。
女部屋に押し込められた弟はさぞみっともないことになってるだろうと楽しみに見にいったら、どういうわけか姉の部屋はオシャレな男の部屋に変わっていた。
「なんで!?」って思った。「これならおれがこっちがよかった」って。
「トモさんが手伝ってくれた」ってうれしそうに言う弟にムカついた。「ひいきだ」って思った。
おれにはなんにもしてくれないのに。ロクに話もしないし、なにも教えてくれないしなにもくれないのに。
成長した今にして思えばおれから話しかければよかっただけの話なんだけど、思春期真っ只中だったおれには自分から話しかけるなんて考えもつかなくて、ただただ『なにもしてくれない』『気にかけてくれない』ことに不満をつのらせていた。
夏休み明けてすぐにテストがあった。あまりいい点じゃなかった。
「お姉ちゃんはあれだけ具合悪くてもそれなりの点取ってたのに」誰かが言った。
「全国トップのお義兄さんができたのにこの程度なのか」誰かが言った。
夏休みが終わって学校が始まったら、姉の噂が再燃した。知らなかった人間に知ってる人間が話をする。聞いた人間が「そういえば」とかって新たな燃料を投下する。そのたびにおれはチクチクした視線を向けられて、なんだか肩身が狭くて居心地が悪かった。
なにもかもうまくいかない。誰もが役立たずで地味根暗な姉と、そんな姉を選んだ見る目のない男を褒める。そうして言う。「弟のあいつは」「あいつは弟なのに」。
同じ立場の弟はあちこちで姉と男の話を披露しているらしい。同級生とかが「弟くんが言ってたらしいけど」っておれにも話を聞こうとする。
「おれ部活出てたから知らない」って言った途端に軽蔑したような目をして去っていく。
なんでそんな目で見られないといけないのかわからなくて、なんでみんな急におれをないがしろにしだしたのかわからなかった。
成長した今振り返ればそれはそれまでのおれの行いがそのまま返ってきただけのことだと理解できるんだけど、あのときは理不尽な周囲の反応に傷つき腹を立てていた。
そんなある日。父が言った。
「トモが『パソコンの勉強したいなら教えてやる』って言ってるけど、どうする?」
カッとした。
なにが『パソコンの勉強』だよ。その前に学校の勉強教えてくれるべきだろう!?
学校の勉強教えてくれてテストでいい点とれたら「あの男が教えてくれたんだ」って自慢できるのに。なにもしてくれないからおれは学校でビミョーな立場になってるのに。
だから言った。
「なんでおれがそんなことしないといけないんだよ」
父はムッとした。気がする。けどそんなこと当時のおれは気に止めることできなくて「やらない」と断言した。
反対に弟は「やりたい!」とうれしそうに答えていた。
そんなやりとりをしたのも忘れていた頃。
「マキはパソコン勉強してないのか?」
教室でユータに聞かれた。
ユータは同じ野球部で少年野球からずっと一緒。ユータの弟がウチの弟と同じクラスで、弟から聞いた姉のあれこれを広めたのはこいつ。
そんなユータだからパソコンの話も弟経由で聞いたんだろうと思った。
「しないよ」そう答えたら「ふーん。もったいないなあ」と言う。
「せっかくあの西村さんが教えてくれるチャンスだったのに」
そう言われたら急にもったいなかった気がした。
けどおれは別にパソコン興味ないし。勉強とか言っても普通に使えたらそれでいいし。あの男が「ぜひ!」って頭下げてくるんならやってやってもいいけど。
そう思ってたら。
「ポンッとパソコン一台くれたんだろ? 太っ腹だよなあ」
「……………は?」
初めて聞く情報にユータを見つめたら「え?」「知らなかったの?」と逆に驚かれた。
「桐仁くん、西村さんから高いパソコンもらって勉強してるって」
「なんか本ももらって、休憩時間も必死で読んでるらしいぞ?」
「おまえはなにももらってないの?」
きっとユータは何の気なしにそう言ったんだろう。
でもそのときのおれには『おまえは気にかけてもらえてない』『ないがしろにされてる』って聞こえた。
そのことがひどくショックで、なにも言い返すこともできずただ震えていた。
その日帰宅してすぐ弟の部屋に行った。
ユータの言ったとおり、弟の机にはテレビモニタがあってキーボードがあった。
なんでキリばっかり。
そう思った。
なんでキリばっかりかわいがってもらってるんだよ。同じ弟なのに。キリはかっこいい部屋にしてもらってパソコンもらって教えてもらって。なんでおれにはなにもしてくれないんだよ。おれだって同じようにしてもらう権利あるはずなのに。おれはキリよりすごい男なのに。姉ちゃんよりもすぐれているのに。
姉の結納の日から積み重なっていった不平や不満やいろんなものが爆発した。弟に文句を言っていたら親が来て説教しだした。ウザい。ムカつく。「やっぱりパソコン教わりたい」んじゃないんだよ。なんでわかってくれないんだよ!
理解してくれない。おれを尊重してくれない。おれを馬鹿にしてくる。いろんな気持ちがぐちゃぐちゃぐるぐるで、ただ爆発している。言葉にならなくて弟を殴ったら父さんに殴られた。
痛くてかなしくてくやしくてぐちゃぐちゃで。
「もういい!」捨て台詞を吐いて自分の部屋に飛び込んだ。
枕を殴って殴って文句を叫んだ。
「おれはすごいヤツなんだ!」「姉ちゃんなんか役立たずのくせに!」「キリだって泣き虫の弱虫のくせに!」「なんであいつらばっかり褒められるんだ!」「おれだっていいものもらいたい!」「なんで誰もわかってくれないんだ!」
……………ホント、思い返すだけで恥ずかしくて穴に入りたくなる。
けどそのときは真剣で、本当に傷ついていた。
その考え方が自己中心的で利己的なものだってことにも気付かず、ただただ自分を守ることしか考えられなかった。
それが『若さ』なんだと言えるくらいには今のおれは大人になった。だから今はその頃のおれのことを『思春期真っ只中男子の迷走』なんてラベリングできるけど、思い返すとやっぱり恥ずかしい。『黒歴史』だ。