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久木陽菜の暗躍 106 シスコン『世界』を救う

ひな視点です

竹の両親と和解した話し合い(本編第231話・番外編1 10~12話)が終わった直後からスタートします

 竹さんがご両親と和解した。



 お父様が「帰らない」と言い張る竹さんに激高して安倍家やトモさんへの失礼発言をしてしまったことを受け、竹さんがブチ切れた。

 正直ナメてました。温厚な竹さんがあんなになるとは。普段穏やかなひとほど怒らせてはいけないと改めて身に沁みました。気をつけます。


 まあとにかく。

 瓢箪から駒で竹さんの過去を改めて確認させていただき『紹介ムービー』を作った。調子に乗って恋愛映画風に仕立てたのがよかったのか、あのお父様ですら「娘を救ってくれた男」「この男ならば娘はしあわせになれる」と心底トモさんを信頼してくれるようになった。

 おかげで同居だけでなく、お付き合いも結納も婚約も認められた。万々歳だ。



   ◇ ◇ ◇



 ご両親が出立されて「やれやれおつかれさまー」と一同で再びリビングに戻った。お茶を煎れていただきおやつも出していただいて「うまくいってよかったねー」「結納の段取りしないとねー」なんて話をしていた。

 どうなったか心配されていた千明様とタカさんが顔を出されたので、みんなでおやつをいただきながら今回のやりとりをおふたりに説明した。


「よかったわね!」と千明様は大喜び。

「結納は当然振袖よね!」


「暑くないですか?」とツッコミを入れたが「エアコンあるから大丈夫でしょ!」と千明様はもう竹さんに振袖を着せることを決めてしまわれた。

 こうなったら千明様はもう聞かない。仕方ない。竹さんには多少暑いのは我慢してもらいましょう。


「竹ちゃんのご家族って、どんなひと?」


『紹介ムービー』で顔やなんとなくの雰囲気は知ったけれど実際には会ったことのない千明様がそう質問された。

「いいひと達です」と竹さんが言えば黒陽様も「真摯に農業に向き合っている家族だ」とおっしゃる。


「父親は姫に対して過保護な面もあるが、それだけ慈しみ愛して育ててくれた。もちろん母親も祖父母も姫を大切に守ってくれたんだ」


 お祖母様のご実家やお母様のご実家から干渉されそうになったときも自分達を卑下してかわし、黒陽様の存在に気付いても絶対によそに漏らすことはなかったと。

 お祖母様は竹さんが『黒の姫』だと気付いていた。「『信じていた』という程度だろうがな」と黒陽様。

 それでもお祖母様がお祖父様とご両親に「竹ちゃんは『黒の姫様』だ」と言い、お祖父様とお母様もそれを信じた。

 お父様は『黒の姫様』と言われても「だから?」くらいで気にしていなかったらしく「うっとうしいくらいの愛情を注ぎまくっていた」と黒陽様はため息をつかれた。


 楽しそうに話を聞いておられた千明様だったが、ふとなにかに気付かれた。


「竹ちゃん、具合悪くなってきたのって小学生の高学年って言ってたわよね?」

「はい」

「そのときにおうちを出ようとしなかったのは、やっぱりご家族と離れたくなかったから?」


 そういえば。

 指摘されてはじめて気付いた。


 竹さんはこれまで三歳から五歳で生家を出ていた。それは『自分がいては災厄を招く』と信じていた竹さんがご家族を守るためでもあり、『災禍(さいか)』を滅するという責務を果たすためでもあった。


 百五十年ほど前に『半身』の記憶を封じてからは思春期――正確には初潮を迎えるあたり――に記憶を取り戻すようになった。そのぶん出ていく年齢は高くなったけれど、記憶を取り戻したらすぐに生家を出ていた。


 記憶を取り戻すにつれて増える霊力が生家に(わざわい)を呼び寄せると思っていた竹さんは「誰にも迷惑をかけないように」と山奥に異界を展開して(こも)り、完全覚醒して霊力コントロールができるようになってから活動を再開していた。


 ところが今生は『記憶の封印』が解け始めた(きざ)しが見えても、記憶と霊力が戻ってきても竹さんは生家にとどまり続けた。ついには倒れ、偶然ヒロさんがとおりかかったから安倍家が竹さんの存在を知ることとなった。


 これまでの竹さんは覚醒しても極力安倍家に連絡をとっていない。毎度毎度とっても良くしてくれる安倍家に竹さんはものすごく感謝してるけれどそれ以上に恐縮していて、できるかぎり「迷惑をかけたくない」とギリギリまで連絡をとらないようにしていた。

 最終的には他の姫様に怒られて安倍家に連れていかれるんだけど、黒陽様も竹さんのそんな気持ちを尊重して他の守り役様や姫様とは連絡をとっても安倍家とは連絡を取らないようにしておられた。


 そんな竹さんと守り役様が今生も安倍家に連絡を取らなかったのは理解できるけど、そんなギリギリまで生家に留まっていたというのは確かにおかしい。

 竹さんならば覚醒が始まった五年生の終わり、遅くても明らかな兆しが現れはじめた六年生の夏には生家を出るための行動を始めていたはず。

 なんで倒れるまで神宮寺家にとどまっていたの?


「ええと、それは、別に『離れたくなかった』というわけではなくて……」

 モゴモゴと竹さんは困ったように口を開いた。


「実はあの頃、よく下の弟に言われてたんです。『どこにも行かないでね』とか、『ぼくを置いていかないでね』とか」


「「「え??」」」


「ちいさな子にそう言われると、出ていきたくても出ていけなくて……ズルズルと留まっているうちに、出ていくタイミングを見失ってしまって……」


 思いも寄らない答えに全員が虚を突かれた。


「ええと………『下の弟』というと………桐仁(きりひと)くん、でしたか」

 読み込んだ資料を思い出しながら質問すると、竹さんは「はい」と答えた。


「竹さんが六年生のとき、桐仁くんは―――」

「幼稚園の年長さんでした」


 ………なるほど。『幼子』に『おねだり』。

 竹さんの弱みが揃って攻撃してきたわけですね。それは竹さんには無視できませんね。


「弟さん、竹さんの霊力感じられるくらいの霊力あったの?」

「いえ。弟はそこまで霊力があるわけではなかったです」


 ヒロさんの質問に笑顔で答えた竹さんだったけど、ふとつぶやいた。


「そういえば、なんできりちゃんあんなこと言ったんだろ?」


「桐仁はあのころまだ幼かったですから。

 幼子は気配に敏感です。それで姫の『家を出よう』とする気配を察したのではないですかね?」


 黒陽様の説明に「そうかも」と竹さんは納得を見せた。


「一般人でも幼少期は『神の子』扱いとなる子が多いですね。視えないモノが視えたり、気配察知に長けていたり。姫宮の弟御もそのクチでしょう」


 主座様もそうおっしゃる。私も同感。幼稚園児だったら竹さんの霊力が増えていくのも家を出ようとするのも察していた可能性が高いですね。


「確かにこれまでの姫であれば、記憶を自覚した小学六年生の夏時点で死んだことにして家を出ていただろうな。そうして山奥に『異界』を作ってこもり、数か月後には完全覚醒を迎えていた」


 長年の守り役様が断言なさる。


「が、そうすると桐仁が泣くだろうと姫にも予測ができたため、家を出る決心がつかなかった」


 そう言った守り役様はシブいお顔を渋くさせ、苦々しげに説明してくださった。


「桐人に散々『出ていかないで』『置いていかないで』と懇願されだすと余計に家を出られなくなり、しかし記憶は戻るし霊力は増えていくしでムリに抑えようとして負担が増え、結果体調不良におちいった。そうしているうちに梅様特製の薬が効かないくらいの霊力過多症を引き起こしてしまったんだ」


「なるほど」「それで」とあちこちで納得の声があがる。竹さん本人は恥ずかしそうに情けない顔でうなずいていた。

 そんな竹さんにトモさんが「大変だったね」なんてやさしく声をかけている。


 黒陽様によると、竹さんの記憶の封印の解け方はとってもゆるやかになっていて「五年生の冬に過去の記憶を夢で見だした」。

 毎晩毎晩少しずつ夢で過去にあったことをみることでゆっくりゆっくりと記憶を取り戻す。そうして五年生の冬時点では「おかしな夢みちゃった」と言っていたのが「夢だか現実だかわからない」状態になったのが「小学六年生の夏」。

 その頃はまだ霊力は取り戻していなくて黒陽様の結界と認識阻害がバッチリ効いていた。

 いままでだったらこの曖昧な時期に生家を出て黒陽様の作った『異界』に引きこもり、眠り続けて記憶と霊力を取り戻していた。

 ところが今生は幼稚園児の弟さんが「どこにもいかないで」とすがりついてきたために家を出ることにためらいが生まれ、そのうちにどんどんと具合が悪くなってしまい霊力過多症を引き起こしてしまった。


 病院めぐりをしているときも、家で寝込んでいるときも、竹さんも黒陽様も「どうにか家を出よう」と何度も考えていた。けど弟さんによる「どこにもいかないで」攻撃を受け「きりちゃんが言うならもうちょっとだけ……」とためらっているうちに出て行きそびれた。そしてある日、下校中にうずくまっているところにヒロさんが遭遇した。

 安倍家の関係者に見つかったことで竹さんも観念した。それでそれまで気を張っていたのがゆるみ、眠り続けて安倍家に依頼が入った。

 そうして竹さんは安倍家で完全覚醒した。


 なるほどなるほど。

 黒陽様と竹さんの説明に全員が納得した。


「小学六年生時点で家を出て『異界』に引きこもって覚醒を迎えたならばあそこまでの不調にはなりませんでした?」

「ならなかったな」


 ヒロさんの質問にもきっぱりとお答えになる守り役様。

 その様子に、ふと、なにかが気になった。

 なに? なにが引っかかる?


「小学六年生――の、夏頃――」

 つぶやきが漏れた私に「おれ達中一だね」とわんこが補足してくれる。


 コウ達が集まるきっかけとなった『(まが)』の封印が解けたのは中一から中二にかけての春休み。竹さんは小学校を卒業して中学に入る前。

 もしも小学六年生の夏に竹さんが家を出ていたとしたら、もっと早く完全覚醒していたわけで――?


「―――覚醒が始まって生家を出て、『異界』で霊力を馴染ませて完全覚醒をする、いえ、していた、ということですよねこれまでは」

「そうですね」

「それってどのくらいの期間で完全覚醒するもんですか?」

「ええと……」

「覚醒の兆しが現れて生家を出て、完全覚醒するまで、こちらの時間でだいたい三か月くらいだったな」


 ―――となると、六年生の夏に家を出ていたら年内には完全覚醒していた――。それから数ヶ月は体調と霊力を馴染ませるためにあちこちご挨拶に行ったりして―――。


 ―――あれ?


 そうなってたら、もしかしたら、『(まが)』の封印が解けたその瞬間に竹さんが再封印したんじゃない?

 仮に再封印が間に合わず封印が解けたとしても、竹さんがすぐに駆けつけて封印しちゃってたんじゃない???


 あれ??


 そうなってたら、白露様が『(まが)』に呑まれるなんてこと起こらなくて、コウは京都に行かなかった。ナツさんは今でもあの家から(のが)れられていない。ヒロさんの余命宣告は違うカタチで降り掛かった可能性がある。

 霊玉守護者(たまもり)五人は揃うことはなく、主座様による修行もなし。当然緋炎様の修行も。


 あれ??? てことは???


 トモさんが強くなる機会がなくなってたわけで。

 そうなると、竹さんはどうする―――?


 ―――『半身』の記憶のない竹さんなら。

『半身』に気付けない竹さんなら。


 ―――トモさんに関わらない。


 仮にトモさんと顔を合わせる機会ができてトモさんが猛アタックをかけても、竹さんならばスルリとかわして逃げる。迷惑になるから。自分が関わっては危険だから。


 弱いトモさんは竹さんにとって庇護対象でしかない。どれだけトモさんがそこから努力しても、最初についた印象をひっくり返すことは難しい。実際四百年前に出逢ったとき、竹さんは十歳の青羽(前世のトモ)さんとすぐに別れ死ぬまで会うことはなかった。


 トモさんがどれだけ竹さんを求めても、そもそもスタートラインに立てない。それほどの修行をあの『(まが)』との戦いの前に(ほどこ)してもらった。その後の遊びを兼ねた修行で実力がさらに上がった。


 竹さんが早い段階で生家を出ていたら―――。

 あの『(まが)』の騒動がなかったとしたら―――。


 まだまだ経験不足の状態のトモさんと出逢うことになった竹さんはトモさんを守ろうとして距離を置く。そうしてトモさんがどれだけがんばっても竹さんはトモさんを受け入れず、ひとりで責務を果たそうとする。そうしていつものように疲弊していく。


 コウは『記憶再生』なんて特殊能力を持っていることを知らず、当然特殊能力を磨くこともなく埋もれさせていた。そうなるとカナタさんの記憶を『視る』こともできない。


 コウの修行に私が呼び出されたのは『半身』に興味を持った蒼真様が観察したがったから。トモさんが竹さんに相手にされていなかったら蒼真様が『半身』に興味を持つこともなかった。私がコウの修行に呼ばれることもなくなり、姫様達の責務について知ることもなかった。当然作戦立案に加わることもない。


 その状態でもタカさんならばデジタルプラネットの存在に気付けたかもしれない。けれど私とコウが加わらなかったらカナタさんが『宿主』だという確証は得られなかった。

 

 そうして『災禍(さいか)』を見つけることもできず、なにが行われているのかも知らないまま七月十七日を迎える。注連縄切りと同時に『災禍(さいか)』が張り巡らせた陣が発動。四人の姫様とその守り役様が動くがすべてが後手後手にまわり、姫様は四人とも亡くなった。

 京都は『災禍(さいか)』の計画どおり死の街になり、『宿主』保志叶多の『願い』は満願となる―――。



 私の特殊能力『看破洞察』がそんな『起こり得た未来』を映し出す。

 竹さんが再封印した『(まが)』もまた封印が解ける。万策尽きた主座が断腸の思いで霊玉守護者(たまもり)を招集する。けれど高校二年生時点でヒロさんはいない。ナツさんは戦闘力がない。トモさんと佑輝さんは今よりもずっと劣っている。そしてコウは戦闘力も特殊能力もない状態でも戦いに向かう。そして―――帰ってこない。


 コウが。

 帰ってこない。


 真っ黒に淀んだ京都の街を俯瞰で見下ろしていた。どこもドロリと重苦しい空気で、一歩動こうとするだけでも粘っこい空気が(かせ)になり行く手を阻む壁となる。

 それでも探さなきゃ。コウを見つけなきゃ。連れて帰らなきゃ。コウが帰れないなら私が迎えに行かなくちゃ。


 淀んだ空間を必死に探す。あちらでひとが妖魔に喰われている。こちらで妖魔同士が喰い合いをしている。コウはどこ? 私のコウは。誰か助けて。私のコウを。誰か。誰か!


 せっかく姫が四人揃ったのに。数百年に一度のチャンスだったのに。なんでダメだった? なにがダメだった? 次のチャンスはあるの? こんなになにもかも揃ったのは奇跡に近いのに。なんで活かせなかった。なにが悪かった!


 ボタンをひとつかけちがえただけで、運命はひどく大きく変わってしまう。ボタンはどこにあった? どうすればコウを助けられた―――


「ヒナ!!」


 コウの声にハッと意識が覚醒した。

「大丈夫。おれはここにいるよ」


『火』を宿した愛しい瞳が私を見つめていた。

 ああ。コウがいる。生きてる。

「大丈夫」

 手を握ってくれてる。霊力を注いでくれてる。大丈夫。コウは生きてる。今『視た』のは『あり得た未来』。『現実(ホントウ)』じゃない。大丈夫。大丈夫。


 コウに抱きつきたかった。抱き締めてもらいたかった。けどコウが《みんないるけど、いい?》って思念で伝えてくるから踏みとどまった。

 どうにか顔を向けるとどなたも心配そうにしておられる。


「……………とんだ醜態をお見せしてしまいました。すみません」

 頭を下げたけれど千明様とアキさんに「疲れてるのよ」「少し休みなさい」と部屋から追い出された。

 私の思考を『読んだ』らしい主座様と黒陽様が固い表情で見送ってくださった。



   ◇ ◇ ◇



 時間停止をかけた部屋でわんこに甘えに甘えて一眠りして、ようやく少し回復した。

 回復したらやるべきことが浮かんだ。


 菊様に連絡を入れ、お時間を頂戴する。詳しくお話をする前にお願いをした。

「私の『分析』が『有り得た』か『否』か、『視て』ください」


 菊様のお答えは『有り得た』だった。


 それから菊様に私の『思念』を『視て』いただいた。『看破洞察』で予測した『有り得た未来』を。


 菊様は頭を抱えてしまわれた。


「―――つまり、竹の弟が竹を引き止めたからこそ、この結果になった、と……………」

 黙ってうなずく私に、菊様は深く深くため息を落とされた。


「―――この件は次回の会議で発表しなさい。竹の弟に対する『褒美』を考えましょう」



   ◇ ◇ ◇



「大恩人じゃない!!!」

 バン! 机を叩き立ち上がり梅様が叫ぶ。竹さんとトモさんは顔色を悪くしていた。


 定例となりつつある土曜夜の会議。出席者は四人の姫様と守り役様、主座様と保護者の皆様、霊玉守護者(たまもり)達と私。大人数なので机についているのは姫様と守り役様、主座様とトモさん。他の面々は壁際に椅子を並べている。


 今回の報告が一段落したところで皆様に話を聞いてもらった。

 竹さんの下の弟である桐仁くんが竹さんを引き止めていなかったらどんな結末になっていたか。


 トモさんと竹さんは結ばれなかった。竹さんは早い段階で死んでいた。『災禍(さいか)』を滅するどころか手がかりすらつかめなかった。そうしてカナタさんの『願い』どおり京都は『死の都』になった。当然ここにいる人間は全員死んだ。


『自分達が結ばれなかった』『「半身」が死んでいた』可能性に竹さんがガクガクと震えはじめた。その肩を強く抱くトモさんもきつく歯を食いしばっている。


 保護者の皆様もヒロさんも顔色が悪い。主座様と黒陽様は前回私の思念を『視て』おられるので表面上は落ち着いておられる。守り役様達は黙っておられるけれど精神系能力者の私には動揺されているのがわかる。


「竹の弟のおかげで今回の結果となったことは間違いないわ」

 菊様が断言なさる。

「『恩人』と認定して然るべきでしょう」


 そのお言葉に梅様蘭様も守り役様達も激しく同意される。竹さんは首がもげるんじゃないかというくらいにコクコクとうなずいている。


「弟、今何歳(いくつ)!? 今後どんな薬でも提供するわよ!」


 ()える梅様に対し竹さんは口をパクパクさせていた。まだ動揺していて声が出ないらしい。固く握り合わせた両手が震えている。

 

「―――梅の薬も含めて、竹の下の弟には最大限の感謝をすべきだわ」

 菊様がおっしゃる。


「表立って『ありがとう』なんて言うわけにはいかないから。なにか本人のためになることや喜ぶことがあったらすぐに報告しなさい。いいわね。竹。智白」


「はっ」と短く答え頭を下げるトモさん。竹さんはまだ震えている。


「差し当たり『竹のお守り』を渡しなさい。それから守護の術だけでなく運気上昇もかけて、護衛の式神をつけましょう」

 テキパキとお命じになる菊様に黒陽様が答える。


「現在、姫の家族全員に守護の術はかけております。が、このあとすぐに桐仁のもとに向かいもう二段階強い守護をかけてまいります」


「『姫のお守り』も家族には渡しております。が、こちらは『見えない状態で貼り付けている』だけなので、近々はっきりとわかるものを贈ります」


「桐仁は現在十歳――小学四年生です。

 これから成長するにつれ必要な学びも出てくるでしょう。

 護身術や霊力操作などの修行を桐仁が望むならばこの黒陽が責任をもって教え導きます」


 黒陽様の回答は菊様のご満足いくものだったらしい。満足げにうなずかれた菊様はさらに命じられた。


「竹の下の弟に関しては定期的に報告をあげなさい」

「はっ」

「そのうえで、必要と思われることがあればすぐに言いなさい。私達の全力で応えるわ」


 なんだかオソロシイ気がするのは私だけですかね。供給過剰な気がプンプンします。

 けど結果をみればそれだけの働きを桐仁くんはしている。


 まあチカラも守護もあって困るもんじゃないし。あんまりにも桐仁くんや神宮寺家の皆様が困るようなら私が()めよう。

 そう心に決めて、楽しそうな皆様を見守った。



   ◇ ◇ ◇



 そうして『桐仁くんへの恩返し』が始まった。


 竹さんとトモさんの結納で堂々と神宮寺家に訪問し、桐仁くんを確認。素直そうな少年に「これは磨きがいがありそうね」と白露様緋炎様が乗り気になってしまわれた。


『桐仁くんが竹さんを引き止めていなかったら自分達は結ばれなかった』『竹さんが死んでいた』と聞かされたトモさんは、桐仁くんに会う前から好感度MAXになった。なので『竹さんに近寄る男』でも許容しているし、色々と気にかけて面倒を見ている。そうでなかったらたとえ『半身』の身内でも、『半身』を喜ばせるためであっても、あそこまで手をかけないし接近を許さない。『恩人』だと認識しているからこそ細かく気を配り、竹さんにくっつくのも許している。


 そんなことは知らない桐仁くんは素直に義兄になつき、尊敬している。子犬のように慕われてトモさんも悪い気はしていないらしい。


 黒陽様ががっちり守護陣を展開している竹さんの部屋を桐仁くんの部屋にすることに成功した。新しく取り付けたカーテンには防御結界を竹さんが刻んだ。これで外からの侵入者の心配はない。さらに霊玉も部屋に設置できた。ウサギのぬいぐるみのリボンの中央に取り付けた霊玉はピンポン玉大。トモさんの持っていた童地蔵につけていた霊玉は『お守りサイズ』のビー玉大だったけれど、今回の桐仁くんへの霊玉はそれより大きいわけで、当然込められている霊力量が違う。霊力補充できなくても長期間効果があるだろう。


 霊玉に込められているのは『運気上昇』『健康維持』『霊的守護』『空間浄化』。

 自分の部屋で寝起きするだけでこれらの効果が染み込み、桐仁くんに影響を与える。


 そのウサギのぬいぐるみ本体も竹さんの気配をしっかりとつけている。桐仁くんの守護案を立てているときにウチのわんこが『トモさんの童地蔵』のことを思い出し、「桐仁くんにも竹さんの『形代』となるモノを置いてはどうか」と提案した。例として修行に持って行ったままわんこのアイテムボックスに入れっぱなしだった私のウサギのぬいぐるみを見せたところ採用された。

 それから竹さんトモさんとわんこの四人でぬいぐるみを買いに行ったところ、なんとも竹さんに似た雰囲気のぬいぐるみを発見。トモさんが、桐仁くん用だけでなく自分用にも購入した。

 桐仁くん用のぬいぐるみは購入直後から竹さんが常に抱き、霊力も込めた。そうしてしっかりと竹さんの気配をつけたぬいぐるみは『形代』とまではいかないけれどそれに近い存在に成った。これならシスコンの桐仁くんもさみしがることもないだろう。


 ウサギ以外にもランドセルにつけるお守りを渡し、筆箱に守護陣を刻み、黒陽様の式神を護衛につけた。桐仁くんはそこらの政治家なんかよりも余程ガッチガチに守られた存在になってしまった。


『浄化』と『運気上昇』が効いたのか、桐仁くんは少しずつ、少しずつ様々なことを吸収していった。

 信頼される話し方、聞き方。パソコンの知識。英語。話のまとめ方。周囲との協調。

「これはなかなかイイ男に育つんじゃない?」と皆様毎回楽しそうに報告を聞いておられる。


 私が神宮寺家のコンサルタントとしてIT導入に協力することになったので、桐仁くんの様子を近くで見ることができた。

 初めて対面した結納のときはただただ『お姉ちゃん大好き!』なシスコン少年だった。けれど、少しずつ、少しずつ彼は成長していった。


 素直に前向きに、地味な鍛錬も地道にがんばる。会うたびに成長が見られる。将来が楽しみな少年になっていった。

 そうやって成長していっても桐仁くんのシスコンは変わらない。いつでも「お姉ちゃん大好き」で、同じくらい「トモさんみたいになりたい」と思っている。



 それにしても。

 改めて顛末を思い返す。

 幼い子供が姉を慕ってぐずっていただけなのに、そのことがこんなバタフライ効果を生むとは。


 これだから『世界』はおもしろい。



 神様方にご披露する機会があったら是非面白おかしくお話しよう。

『甘えん坊の男の子が「世界」を救い、イイ男に成長する話』

 きっと皆様もそういうお話は大好物に違いないから。



   ◇ ◇ ◇



 竹さんとトモさんの結婚式。

 久しぶりに桐仁くんに会った。

 中学三年生になった彼は背が伸びていた。

 今でも毎日鍛錬を続けていて、週に二、三回は黒陽様から指導を受けている彼は「それなりにはなってきた」と黒陽様から聞いている。

「学校はどう?」と聞いたら「女子がウザい」と心底嫌そうな顔で言った。

 そんなところまで義兄を真似なくていいのにとおかしかった。


 報告書によると、中高一貫校に通う桐仁くんは優秀な生徒が集まる中でも頭角を現しているという。明るく人懐っこく、運動も勉強もできる桐仁くんに好意を寄せる女子も多いと。

「どんな女の子ならいいの?」と聞いたら「お姉ちゃんみたいなおだやかなひと」と返ってきた。

 シスコンは健在だった。


 でもまあ桐仁くんがシスコンだったから京都もこの『世界』も救われたのよね。


 自分がどれだけのことを為したかを知らず、シスコン少年は成長しても変わらずシスコンのまま大好きな姉を見つめる。


 大好きな姉と尊敬する義兄に「お幸せに!」と声をかけ、シスコン少年は満面の笑みを浮かべていた。

次回から【番外編3】竹の上の弟のおはなしをお送りします

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