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【番外編2】神宮寺桐仁の奮闘 6

『神宮寺桐仁の奮闘4』の続きです

 新学期が始まった。

 トモさんは来なくなったけど、ぼくは毎日時間どおりに起きて走り込みをしている。


 黒陽さんが言った。今は「最初の一段目」。次の段階にたどり着くまでには長い長いみちのりがある。

 でもこれを積み重ねていけば、トモさんみたいになれる。

「基礎体力と精神力。このふたつが次の段階に必要なんだ」

 黒陽さんは言った。

「トモも晃も最初は地道な鍛錬からだった」

「だから今はがんばれ」

「地味でも。地道でも。単調でつまらなくても。退屈で飽き飽きしても」

「積み重ねれば、ふたりのようになれる」


 あんなふうになれる。ぼくも。

 積み重ねれば。続ければ。

 

 春休み最後の日、トモさんが言った。「時々は見にくるから」

 そのときになにも成長がなかったらがっかりされちゃう。

 次にトモさんにチェックされるときに「がんばったな」って褒めてもらえるように。

 がんばろう。がんばる。

 地道でも。地味でも。退屈でも。


 トモさんが「英語の音楽聴きながらやれば英語の勉強にもなる」って音楽プレイヤーとイヤホンを一緒に買いに行ってくれた。

「ホントはスマホ買えばいいんだけどな」トモさんがそう言うのは両親や兄に気をつかってるから。

 ぼくもそれがわかるから、音楽関係一式のお金は自分のお年玉から出した。


 毎朝音楽聴きながら走る。同じ時間でも走れる距離が伸びてきた。息苦しさも楽になってきた。もう少しペースを上げても大丈夫そう。

 夜寝る前は腕立てと腹筋。こっちも回数が増えてきた。見た目にはぜんぜん効果ないけど、ちょっとずつ成長してるって自分でも思う。


 体力作り。パソコンの勉強。英語の勉強。仕事の手伝い。学校に行って宿題もして。やることいっぱいで毎日必死で過ごしていた。



   ◇ ◇ ◇



 ゴールデンウィークといってもウチは仕事があるから出かけたりしない。それは生まれたときからだからあきらめてる。

 そんなぼくに声をかけてくれたのは黒陽さんだった。


「私が世話をしている子供達の修行をはじめようかと思っていてな。もし桐仁が希望するなら一緒に教えよう」


 ひなさんを(とお)して家族に面会申込をして、ひなさん晃さんとウチにきた黒陽さんは「どうだ?」ってぼくに聞いてくれた。

 そんなの、答えは決まってる。

「やりたいです!」「お願いします!」


 ウチのリビングで両親だけでなく祖父母も兄も同席して話を聞いた。ひなさんと晃さんはぼくがそう言うのをわかってたみたいでニコニコしてた。


「桐仁はこう言っているが、どうだ?」

 黒陽さんが父さんに顔を向けた。父さんが答えるより先におじいちゃんが返事をした。


「ありがたいお話ではありますが……。黒陽様のお手をわずらわせるのは……」


 おじいちゃんとおばあちゃんは黒陽さんのことを『黒陽様』って呼ぶ。父さん母さんは『黒陽』って呼んで家族かきょうだいみたいな態度で接してるけど、おじいちゃんおばあちゃんにとって黒陽さんは『すごくえらいひと』で『敬意をはらわないといけないひと』らしい。

 父さん母さんの態度に最初は叱ってたけど、当の黒陽さんが「ショウとユキはそれでいい」「今更態度を変えられたらこちらも気まずい」っておじいちゃんを説得した。


 そして今も、恐縮するおじいちゃんに黒陽さんは軽く言った。


「気にするな。先程も言ったが、他の子供のついでだ」

「ですが」

 さらになにか言おうとしたおじいちゃんを「まあ聞け」と黒陽さんはなだめた。


「我が姫は現在ほとんど出かけることはない。ゆえに私の手が空いた状態だ。それならばと世話になった者達への恩返しとしてその子供の世話役を秋から請け負っているんだ」

「その子供達へ、そろそろ護身術を身につけさせようと話が出てな。指導するならばふたりも三人も変わらない。そこで桐仁を思い出したというだけだ」


「どこの誰?」

 気楽に聞く父さんに「ヒロの双子の妹と弟だ」と黒陽さんはあっさり答えた。


「『ヒロ』?」

「こちらにお手伝いに来ていた、目黒弘明さんです」

 ひなさんの説明に全員が納得した。


 目黒くんは中学校からの帰り道で倒れたお姉ちゃんを助けてくれたひと。神野のおじさんの知り合いのところにお姉ちゃんが療養に行ったときも目黒くんのおかげでとってもとっても好待遇でお世話してもらってたらしい。トモさんの親友で、トモさんとお姉ちゃんが結ばれるのにも協力してくれたって。

 目黒くんだけじゃなくて、目黒くんのご両親も、目黒くんのお母さんの従姉妹家族もお姉ちゃんとトモさんのことずっと応援してくれてたってひなさんが説明してくれた。


 お姉ちゃんのことを『我が姫』ってかわいがってくれてる黒陽さんも目黒くん達にすごく感謝してて、それで去年の秋から目黒くんの弟妹の世話役をしているって。


「差し当たりゴールデンウィークの間は午前と午後の二時間ずつを考えている。ゴールデンウィークが終わったら放課後に週に二、三度だ」

「どの程度まで強くなれるかは本人次第だが、なんでも身につけて損はないと思うぞ」


 ぼくにそう説明した黒陽さんは、おじいちゃんに顔を向けた。


「桐仁が加わらなくても子供達への指導はするから。私の手をわずらわせるなどと気にすることはない」


 そこまで説明されておじいちゃんは飲み込んだ。「よろしくお願いします」って頭を下げてくれた。


「あの、お礼は――」

 母さんの言葉に黒陽さんは「不要だ」と言い切った。


「言っただろう。『世話になった者達への恩返し』だと。『恩返し』として子供達に修行をつけるのだから、あちらからも対価は受け取らない。なのに神宮寺から対価を受け取れば不公平になる」

「私に『恩返し』をさせてくれ」


 そう言われたら大人達はもうなにも言えなくて「お願いします」って頭を下げた。


「その『修行』って、おれも行っちゃダメですか」

 めずらしく兄がそう言い出した。


「別に構わない」黒陽さんはあっさり答えた。「ひとり増えるのもふたり増えるのも同じだ」って。


「だがおまえは部活があるのではないか?」

「だから誘わなかったのだが」っていう黒陽さんに兄は答えた。

「部活は毎日じゃないです」

「なので、部活のない日に参加させてもらうことはできませんか?」


 珍しく真面目な顔で言う兄。「構わんぞ」と黒陽さんは軽ーくOKを出した。


 そうして兄とふたり、ゴールデンウィークに黒陽さんに修行をつけてもらうことになった。



   ◇ ◇ ◇



「めぐろさちです! さんさいです!」

「めぐろゆきたかです! さんさいです!」

「「よろしくおねがいします!」」


 かわいいふたりがペコリとお辞儀をする。


 目黒くんはパッと見大学生か社会人に見えるけど、トモさんと同い年の高校三年生。その弟妹と聞いて、中学生とか、下でもぼくと同じくらいだと勝手に思ってた。だからぼくを誘ってくれたんだと。

 まさか三歳だとは。


「サチ。ユキ。このふたりが竹様の弟達だ。こちらが上の弟の槇範。中学二年生。こちらが下の弟の桐仁。小学五年生だ」


 呆然としてたら黒陽さんがふたりにぼくらを紹介してくれた。あわててぼくも挨拶をする。

「神宮寺桐仁です。よろしくお願いします」


 ひなさんやトモさんはいつも年齢(とし)が下でも子供でも丁寧に接している。ぼくはそうやって一人前扱いされてとってもうれしかったし誇らしかった。だからぼくも初対面のひとは歳下でもできるだけ丁寧に接するように心がけるようになった。

 このふたりが三歳でも、子供でも、キチンとご挨拶しなきゃ。


 ペコリとお辞儀をしたらふたりは声を揃えて「「よろしくおねがいします!」」ってキチンと返してくれた。

 なんだかうれしいな。気持ちいい。


 兄はブスッとして「槇範だ」って言っただけだった。

「ちゃんと挨拶しろよ」って言ったけど無視された。

 それなのにふたりはキチンと「「よろしくおねがいします!」」ってきれいなお辞儀をした。ウチの兄よりよっぽど人間ができてると思った。


「それでは早速護身術の修行をはじめる」

 黒陽さんがそう言ったら「はい!」って双子は良いお返事をした。ビシッて気をつけして、すごく気合入ってる。


「まずは身体をほぐすぞ。四人とも、少し広がれ」

 黒陽さんの指示を受けて少し空間を取る。それから言われるままに身体を動かす。腕を伸ばして。ひねって。ラジオ体操みたいなかんじ。

 黒陽さんは指示をしながら「ここが伸びてるか?」とか「もっと指の先まで伸ばせ」とか教えてくれる。


 体操が終わったら柔軟。ふたり一組に分かれるとなると身長の関係でどうしても双子とぼくら兄弟のペアになる。身体を押したり押されたり引っ張り合ったりするのを黒陽さんが指導してくれる。


「うむ。よくほぐれたな」

 うなずいた黒陽さんは「では次」って言った。


「次は腕立て伏せだ」

 またも基礎練習だと聞いて兄が「えええー」って不満げな声をあげた。でも双子は「はい!」っていいお返事で腕立て伏せの構えを取る。ぼくも遅れないように構えた。


「うむ。サチもユキもいい体勢だ」

 黒陽さんの声にチラリと見たら、双子は『ビシッ』と効果音が聞こえてきそうなくらいにしっかりと構えていた。黒陽さんが背中を押してもその体勢のまま。

 ぼくのところに来た黒陽さんは同じようにぼくの背中を押した。あわてて腕にグッと力を入れたおかげでつぶれなかったけど、ちょっとぐらついた。


「桐仁はもう少し鍛錬が必要だな」

 双子を真似て「はい!」って返事をした。

 そのまま黒陽さんは兄のところに行ったみたい。足だけが見えた。


「………槇範」

 一声かけただけで黙ってしまった黒陽さんに、なんだろうと目を向ける。と、黒陽さんはため息をついた。


「できないなら『できない』と言え」

「できないこと、知らないことは恥ではない」

「! できるよ!」


 どうも兄は突っ立ってたらしい。なんだろ?

 腕立て伏せの構えを取ったみたいだけど、すぐに「ぐえっ」って声がしたから多分黒陽さんに背中押されて潰れたんだろう。

「もっと鍛錬が必要だな」って言われてた。


「では私の合図で腕立て伏せをしろ。いいか?」

「「「はい!」」」


 それから黒陽さんの声に合わせて腕立て伏せをした。最初はぼくがやりやすいリズムだったけど、途中から突然早くなったり、かと思ったらむっちゃ遅くなったり、普通にやるよりも腕や背中に負担がキた。

 しかも「姿勢が崩れているぞ」とか「もっと深くおろせ」とか言われる。キツい。めっちゃキツい! 地味なのにキツい!!


「終わり」と言われたときにはベッショリと潰れてしまった。ハアハアと息が乱れる。それでも「よくがんばった!」って褒められたら嬉しい。

 チラリと目を向けたら双子も座り込んでゼエハアしてた。兄はうつ伏せで倒れてる。


「ではその状態で次の訓練だ」

 え。もう? もうちょっと休ませて!?

 そう思ったのに双子が「はい!」って声を出すから仕方なくぼくも「はい!」って叫んだ。三歳に負けられない。


 次はどんな厳しい訓練かと思ったら。

「そのまま転がる訓練だ」

 ……………は?

「身体を一直線にして、向こうの木まで転がれ!」


 言うが早いか黒陽さんは地面にガバリと横になり、伸ばした両手を頭の上で合わせ、それは見事な一直線を作り出した。そのまま豪快にゴロゴロゴローッ! と転がっていった!


 黒陽さんはトモさんと同じくらい背が高い。胸板も厚いし腕も太くて、見るからに『戦う男』。肩より少し長い髪をひとつに結んでる。目も眉も吊り上がってるけどカッコいい顔の、俳優さんみたいなひと。そんなイケオジが真面目な顔して高速でゴロゴロ転がっていく姿はシュールとしか言いようがないんだけど、双子は真面目な顔で「はい!」って声をあげた。

 そしてスチャッ! と地面に横になり一直線のポーズを取ると、迷うことなくゴロゴロゴローッと転がっていった。


 なにこれ?


「うむ! 見事だ! では次! 桐仁!」

 名指しされて「はい!」って返事した。ええと、こうかな?

 見様見真似で地面に横になって転がった。地味に痛い。それに双子と比べても遅い。


「曲がってしまったが、最初ならばこんなものだろう。次! 槇範!」

「えええぇぇ………」

「槇範!」


 黒陽さんにキツく名指しされ、兄はしぶしぶというように横になって転がった。黒陽さんや双子と違って、モタモタしててイモムシみたいだった。

「もっと真剣にやれ!」って怒られてた。


「いいか!? これは襲撃者から逃げるための訓練だ!」黒陽さんが説明してくれる。

 ぼくらは子供だから、誰かに襲われても立ち向かおうとしちゃいけない。まずは自分の身を守ること。助けを呼ぶこと。逃げることを考える。

 転がるのは低い姿勢で逃げられるので有用だと。

 ただし、慣れてないと目が回ったり気持ち悪くなったりして次の行動に移せない。だから日頃からこうして訓練する必要があると。


「まっすぐに素早く転がることが大切だ」

「同時に、どれだけ自分がクタクタでも動けるようにしておく必要がある」

 転がって逃げる隙を見つけても、疲れて身体が動かなかったらすぐに捕まってしまう。

「だからクタクタになった状態で訓練をするのだ」

 なるほど。実戦を想定してるのか。


「わかったらもう一度! 今度は元の位置に戻れ!」

「「「はい!」」」


 そうして何回も何回も地面をゴロゴロ転がった。時々不意打ちで黒陽さんが蹴りを入れて来ようとするから緊張感ハンパなかった。


 午前中はひたすら転がって終わった。

「午前の修行は終わり!」

「「「ありがとうございました!!」」」

 ビシッと挨拶を終えた途端、双子はへにょりとその場に座り込んだ。


「つかれたー」

「もううごけないー」

 ぼくも同感。もう動けない。


「よくがんばったな。やり遂げて、立派だぞ」

 黒陽さんが褒めてくれる。なんだか誇らしい。

 黒陽さんは双子を片腕ずつで抱き上げた。

「昼食にしよう。食べたら回復する」

 ぼくたちが修行していたここは広い野原。そこにいつの間にかタープテントが立ててあって、椅子とテーブルがセットされてた。

 そこに綺麗なおばさんふたりと、お姉ちゃんがいた!


 双子は綺麗なおばさんにひとりずつ抱っこされ褒めてもらった。さらにお姉ちゃんにも褒めてもらい、ふたりまとめて抱き締めてもらっていた。

 それを見てぼくもフラフラとタープテントに向かう。


「きりちゃん」

 お姉ちゃんがにっこり笑って迎えてくれた。

「おつかれさまきりちゃん。よくがんばったね」

 お姉ちゃんに褒められたらがんばった甲斐があるよ!

 お姉ちゃんに言われるままにタンクの水で手を洗う。席についたら綺麗なおばさんがおにぎりを勧めてくれた。

 兄は黒陽さんが小脇に抱えて連れてきた。

「まきちゃんもおつかれさま」ってお姉ちゃんが言ったけど兄は無視してた。


 おにぎりもお茶も、玉子焼きも唐揚げもめちゃめちゃ美味しかった。食べたら元気になった。

 元気になったらお姉ちゃんのそばにトモさんがいないことに気がついた。

「トモさんは?」って聞いたら「あっちで別のお仕事頼まれてる」って教えてくれた。


 しっかり食べてトイレも済ませて少し休んだら、午後の修行。

 柔軟体操をして、まずは横に四人が並んでジャンプをした。

 最初は普通にピョンピョンしてたけど、だんだん「もっと高く」とか「足を引き寄せて」とか黒陽さんから指示が入るようになった。


「体幹がブレてるぞ」「まっすぐ()ぶんだ」「同じ位置に着地しろ」

 やってることはただのジャンプのはずなのに、すごく難しいし厳しい!

「よし休憩」って言われたら座り込んでしまった。


 それを何セットか繰り返して、クタクタになったら次は「私の合図でしゃがめ」と言われた。

「こうだ」ってお手本を見せてくれた。ピョンピョンピョンピョンって跳んで、突然頭を抱えてしゃがみ込む黒陽さん。

 言われるままにやってみる。「パン」って黒陽さんが手を打つのが合図。サッとしゃがめるときもあればモタモタッとしちゃうときもある。

 何回かそれをやって、次は「パパン」って二回手を打ったら頭を抱えて丸くなる訓練をした。丸くなったらじっとして動かない。黒陽さんがつついても横から押しても動かないようにがんばる。


「丹田に力を入れるんだ」って教えてくれる。

「できれば気配を消せ」それはどうやるの??

「息をひそめて………。そう。サチ、上手いな。ユキもできているぞ」

 ぼくは息ハアハアゼェゼェでそんなのできない!

「無理にでも呼吸を整えろ」

「でき、ま、せん!」

「最初から『できない』と思ってはなにもできないぞ。まずはやってみろ」

「一瞬息を止めて。鼻で息をしろ」

 やってみたけどやっぱりうまくいかない。

「今はできなくてもいい。何度もやってみることが大切なんだ」

 そう言われて何度もがんばってみる。


 ピョンピョン跳ぶ合間に「パン」と「パパン」を混ぜられた。動きは簡単なはずなのにめちゃめちゃハードだった。


 最後に柔軟と体操をして今日の修行は終わった。

 帰りの車の中で寝てた。

 帰って大人達に「どんなことしたの?」って聞かれたから正直に答えた。


「転がって跳んでしゃがんだ」

「は?」


 大人達のポカンとした様子に、それまで黙っていた兄がまくしたてた。

 やれ「三歳児と一緒だった」「バカにされてる」だの「単純な運動しただけだった」「つまらない」だの。


 どうも兄は大人達の態度から黒陽さんが「とってもえらいひと」だと察していたらしい。その見た目からも「とても強いひと」だと。

 そんなひとが「修行」なんて言うから「カッコよくて強くなれるもの」だと勝手に思ってたらしくて「あんなに地味でつまんないと思わなかった」とぶーぶー言った。


 好きなだけわめいて気が済んだらしい兄はドスドスとお風呂に行った。

 そんな兄に大人達は「今度黒陽に会ったらお詫びしないと」とため息をついていた。


 兄の態度の悪さは大人達も気にしているみたい。時々注意してるけど兄はぜんぜん聞かない。

「思春期だから」「男の子だし」と言う大人達は、なんか諦めてるかんじ。ぼくももうあの兄は放っとこう。


「きりちゃんはどうだった?」

 母さんに聞かれたから答えた。


「すごくハードだった」

「単純だけど一個一個の動きに注意しないといけなくて、とにかく大変だった」


 そうしてジャンプをやってみせた。言われた気をつけることを添えて。

 父さんがやってみた。「これ、は、キツい、な」って、すぐにギブアップした。


「毎日少しずつでも復習しろって言われた」

「そうか」


 そういうぼくを見る大人達はなんだかまぶしそうで。

「きりちゃんは『がんばれる子』ね」

 おばあちゃんが言った。

「地味でつまらないことを続けるのは、ものすごく大変なことだ。だからこそ続けられたら、それは必ずきりちゃんの力になるよ」

 おじいちゃんはそう言って「応援してるよ」って頭を撫でてくれた。



   ◇ ◇ ◇



 黒陽さんの修行はゴールデンウィーク期間中毎日あった。ぼくは毎日参加したけど兄は野球部があるから三回しか参加しなかった。

 兄が参加するときには新しい運動を教わった。地面に置いたひもの上をグラつかずに渡る訓練。切り株の上にピョンと飛び乗る訓練。鉄棒にぶら下がる訓練。縄跳び。

 どれも簡単そうに思えたけど、黒陽さんの指導どおりにしようと思ったらすごくハード。

「体幹がブレているぞ」「目線を遠くに」「足を揃えろ」「反動をつけるな」


 厳しい訓練を一緒にやっているサチちゃんとユキくんとはすぐに仲良くなった。

「おにいちゃんたちみたいになりたい」そう言うふたりは修行ができるのが「うれしい」と言う。

 これまでは「『遊び』しかしてくれなかった」そうで「身体ができないと修行はできない」と言われていたらしい。


 この四月から幼稚園に通うようになって、何回か「あぶないことがあった」。

 黒陽さんがついていたからふたりはこわいおもいをすることはなかったけれど「身体ができるまで待っていられない」と修行をはじめることになった。


「ヒロにいちゃんはにさいからしゅぎょうはじめたんだって」

「だからぼくらもにさいからしたかったのに『まだはやい』ってやらせてもらえなかったんだ」


 ………二歳から修行………。

 目黒くん、何者………?


 トモさんも晃さんもとんでもなく強かった。そういえば聞いたことなかったけど、なんであのひとたちあんなに強いんだろ?



 黒陽さんに聞いてみた。


「なんでトモさん達あんなに強いの?」

「毎日修行を重ねたからだ」


 そうだけろうけど、聞きたいのはそういうことじゃないんだけどなあ。

 そう思ったのは伝わったみたいで、黒陽さんは「ふむ」って言い直してくれた。


「例えば桐仁は縄跳びができるな」

「はい」

「自転車も乗れるな」

「はい」

「それと同じだ」


「たまたまトモ達の周囲に良い指導者がいた。指導者が手本を見せ、やり方を教えた。だからできるようになった。それを毎日繰り返し、精度を上げた。だから強くなった。それだけだ」


 ………わかったような、わかんないような………。


「あまり難しく考えなくていい」

「積み重ねていけばわかる」


 そう言われたらそうかもって思った。


「積み重ねたらぼくも強くなる?」

「なるとも」


 黒陽さんはぼくが強くなるって疑ってないみたいに笑った。うれしくて誇らしかった。



   ◇ ◇ ◇



 ゴールデンウィークが終わってからは集まるのは週に二回とか三回とかに減ったけど、言われたノルマは毎日こなした。柔軟。体操。ランニング。腕立て伏せ。腹筋。ジャンプ。バランス。

 毎日やっているうちに腕の力がついた。バランス感覚も良くなった気がする。


 兄は「野球部があるから」って家では運動していない。部活でやってるんだろう。

 部活があるから一緒に修行することもないけど、兄は「別に参加しなくていい」って言ってるから放っといてる。


 少しずつ、少しずつ修行はレベルアップしていった。

 ゴロゴロ転がっていたのが受け身の練習になり、ピョンピョン跳んでたのが高さのあるところに飛び乗る修行になった。

 秋にはアスレチックコースを走るようになった。

 冬には障害物を避けながら走る訓練が始まった。


 そんな修行の合間にトモさんや目黒くんが様子を見に来てくれることがあった。

 初めてふたりが双子を抱っこして「高い高い」をするのを見たときにはあごがはずれるかと思った。

 ポーンって放り投げた、その高さが、二階建ての屋根よりも高かった。双子は楽しそうに喜んでた。

「キリもやってやる」ってトモさんに放り投げられた。おしっこチビるかと思った。


 なのに黒陽さんについて修行を重ねているうちに、そのくらいの高さから飛び降りるのは当たり前になった。慣れってすごい。

 黒陽さんは少しずつ少しずつ難しくしていく。「ちょっとがんばればできるかも」って思わせるのが上手。で、できたらものすごく褒めてくれる。それがうれしくて誇らしくて、またがんばっちゃう。



 そうして一年が経つころ。

 ぼくと双子はいつの間にか忍者もびっくりな動きを身につけていた。 

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