【番外編2】神宮寺桐仁の奮闘 4
十一月の半ばからトモさんにくっついて機材を組み立てたり設置したりしている。
トモさんは学校が終わってからウチに来る。一日の作業時間は長くても二時間くらい。ちょっとずつ、ちょっとずつ進めていた。
土曜日はひなさんがきて進み具合を確認したり話し合いをしたりする。だからやっぱりあんまり時間がとれない。じゃあ日曜日にやればいいんだけど「日曜は竹さんを補充する」ってトモさんが言って「仕事しない」宣言をした。
『お姉ちゃんを補充』って、ナニ? って思ってたら、ひなさんが「聞かない方がいいよ」って仏様みたいな顔で言った。
ぼくがずっとくっついているから、父さんがトモさんに「仕事の邪魔じゃないか?」って聞いた。そう言われて初めて『邪魔かも』って気が付いたけど、トモさんはケロッとして「大丈夫」って言う。
「俺もこうやってタカさんに育ててもらったから」
「それに神宮寺家のシステム背負うのはキリだろうから。今から育てておいて損はない」
「な?」って笑うトモさんは、ぼくが『できる』って信じてた。
ぼくはそんなこと考えたこともなかったのに。ただただトモさんにくっついていろんなこと教えてもらうのが楽しいだけだったのに。
「キリはまだ十歳だぞ?」
父さんが言った。
ぼくも思った。ぼくまだ十歳なのに。まだ小学生なのに。
そんなぼくたちにトモさんははっきり言った。
「もう十歳だ」
その一言に、ヒュッと息を飲んだ。
強いナニカがぼくのナカに灯った。
「俺が今生、退魔師として現場に出たのも、ホワイトハッカーの試験受けて合格したのも十歳だった」
「そりゃおまえは有能だから」そう笑う父さんにトモさんは言いきった。
「関係ない」
「年齢も才能も能力も関係ない」
「必要なのは本人のやる気と覚悟」
「努力し続けられるか。どれだけつらくとも諦めずにがんばれるか」
「それができれば年齢も育ちも関係ない」
関係ない。年齢も。才能も。能力も。
十歳でも。小学生でも。
やる気と覚悟があれば。努力して、あきらめずにがんばれば。
トモさんは十歳でナニカをなしとげた。『たいまし』とか『ほわいとはっかー』とかがなにかはわからなかったけど、なにか成果を挙げたのはわかった。
なら、ぼくもできる? ぼくもナニカできる?
このカッコいいお兄さんに、少しでも近づくことができる?
―――こんな男になりたい。
はじめて強く、強く思った。
こんな男になりたい。自信があって、なんでもできて、頼もしくて、強い男に。
それはあこがれ。それは目標。
道がスウーッと伸びていく。ぼくの進みたい道が。
その先にいるのはすぐ横に立つお兄さん。ぼくを導いてくれる、頼もしい先生。
なんだかわかんないけどおなかの底からナニカが湧き上がってくる。ソレがぐるぐる動き回ってあちこちでボンボン爆発してる。鳥肌立ってる。全身の毛が逆立ってるってわかる。暴れだしそうなそいつらを抑えようとグッと拳を握った。
そんなぼくに気が付いたのか、トモさんはニヤリと笑ってぼくの頭を撫でた。
「あとは――運だな。いい師匠につけるかどうかという」
そう茶化して笑った。
それなら大丈夫だ。ぼくの師匠は最高だ。
『師匠』。なるほど。師匠。いいな。『先生』より『先輩』より『師匠』のほうがカッコいい。
そうしてぼくはトモさんのことを時々『師匠』と呼ぶようになり、ぼくはトモさんの弟子になった。
「俺の弟子を名乗るならそれなりの結果を見せてくれよ?」
ニヤリと笑ってそんな悪ぶったことを言うのもカッコいい。
「まかせてよ」
そう言ってトモさんの真似をしてニヤリって笑った。
ぼくの顔を見たトモさんは一瞬きょとんとしたけど、すぐに楽しそうに大笑いした。
◇ ◇ ◇
ひなさんとトモさん主導で我が家の改革を進めている。
いろんな機材を導入して設置して設定して、農場のどこからでも電波が取れるようになった。実験として農場の端っこでデータ入力してはデータがメインコンピューターに届くか確認する。土の水分量とかpH値とかがグラフになるか確認する。あれもこれもと確認しては修正する。
積み木を積み上げるみたいな地道な作業。それでも確実に進んでいるとわかる日々に、ぼくもやりがいを感じていた。
◇ ◇ ◇
十二月のある日。ひなさんが来た。
「事務担当候補の面接をしてください」
ひなさんはわりと早い段階から「専任の事務担当者を置いたほうがいい」って言ってた。
ひなさんに説得されて大人達もようやくその気になって「じゃあ誰に頼もうか」って話をついこの間したばかり。
きっとひなさんが探してくれてたんだな。「仕事が早い」「有能」ってトモさんが何度も言ってたけど、ほんとすごいひとだな。
候補者はふたり。
「ひとりだけ選んでも、ふたりとも採用しても、ふたりとも不採用でも構いません」ひなさんは言う。
その面接をするときに「できれば桐仁くんも同席してください」って頼まれた。
「私も同席させてもらいますが、子供がいたほうが安心するでしょうから」って。
ふたりを採用したあとで、ふたりはとってもとっても怖いことがあって、その記憶を消したけど消えきってなくて、普通のひとより臆病になってるって聞いた。だからひとりずつ面接するのに大人四人が取り囲むより子供がいたほうが「安心するだろう」って。
実際ひとりずつ会ったとき、中島さんもミカちゃんもガッチガチだった。けどぼくが「次男の桐仁です。十歳です」って挨拶したらなんかポカンてして力が抜けたのがわかった。
採用されて毎日来るようになってからは「桐仁くん」ってよく構ってくれる。
ぼくがパソコンの勉強してること話したからパソコンのことも教えてくれるし、事務のことやシステムのことや、いろんなこと教えてくれる。
そのうちトモさんが「ふたりに英語教えてもらえ」って言い出した。
「パソコンやるなら英語は必須だ」「言語は『習うより慣れろ』だ」「せっかく有資格者がふたりもいるんだ。鍛えてもらえ」「まずは日常会話から」
そう言って、ふたりにも「キリに英語教えてやってください」って頭を下げてくれた。
そうしてぼくは過去十年間のデータ入力が終わった二月半ば頃から、ふたりから英語を学ぶことになった。
事務担当者がふたり増えたからと、ひなさんのアドバイスで作業小屋の横にちいさな家を建てた。
事務スペースは二階。一階にはお客さんとお話する部屋を作った。応接室、打ち合わせ室、キッチンスタジオ。キッチンスタジオは採れた野菜を料理してお客さんに食べてもらったり写真を撮ったりできる。前から時々あったマスコミ対応に「余裕を持って応対できるようになる」って母さんが喜んだ。
さらにシャワー室、脱衣場、トイレも完備。トイレは内トイレと作業中に外から靴を履いたまま使える外トイレを用意。お昼寝できる休憩室も用意。スタッフのみんなに少しでも楽に働いてもらえるように考えた。
ちょうどそれが完成して、部屋にパソコンやら棚やら設置しようっていう時だった。
パソコン設置や設定はぼくも手伝った。「やるね桐仁くん」ってふたりともぼくの仕事ぶりを認めてくれた。
「じゃあこれの入力も手伝ってもらってもいい?」って、やっぱり過去十年間のデータ入力を手伝った。お金に関わるデータばっかりで、ダブルチェックもした。
そんな仕事やお手伝いの間の会話は全部英語。なんていったらわからないときに日本語使ったら「イングリッシュ、プリーズ」って知らんぷりされる。身振り手振りでがんばって伝えたら褒めてくれて「こういうときはこう言うといいよ」って英語で教えてくれる。
「とにかく語彙を増やさなきゃ」って単語集と例文集をくれた。勉強する本が増えた。
学校から帰ったらすぐに新しくできた事務所で英語と事務仕事の勉強兼お手伝い。父さん達の仕事が終わったら今日の作業報告書を入力。夕ごはんを食べてお風呂を済ませて学校の宿題をしてトモさんに出された課題をする。
とにかく忙しい。めちゃめちゃ忙しい。時間が足りない。
学校の休憩時間も単語集やパソコンの本を読んでいた。
「遊ぼうぜ」って誘われたけど「今忙しいんだ」って断って本を読んだ。
トモさんに言われた。「同じ本を何度でも、何十回でも読み込め」「その本の内容全部頭に入れろ」
だから同じ本を何度も何度も読んでる。読んだら読んだだけ理解が深まるのがわかる。わかるから面白くて何度も何度も読み返す。
英語もどんどん会話できるようになってきた。発音なんかデタラメでもとにかく話す。間違ってたときは事務のふたりが直してくれる。それをまた覚え直して、ちゃんとできたらふたりが大袈裟なくらい褒めてくれる。それがうれしくてもっと勉強した。
◇ ◇ ◇
四年生最後が近づいたある日。担任の先生にひとりひとり呼ばれて成績表の話や生活態度なんかの話をした。
ぼくの番になって先生に成績表を見せてもらった。「よくがんばってます」って言われた。「神宮寺くんは学校の勉強だけでなく、いろんなことをがんばっていますね」「この調子で五年生もがんばってね」「けど、がんばりすぎないようにね」
帰って父さん母さんにも事務のふたりにも先生に言われたことを伝えた。「キリは本当にがんばってるからな」「えらいね」ってみんなが褒めてくれた。
「けど、先生のおっしゃるとおり。ムリはするなよ」って心配もしてくれた。
ムリはしてない。大変なのは大変だけど、それ以上に楽しい。
新しいことを覚えるのが。どんどん上達するのが。勉強したことが実際に役に立つのが。
そう伝えたらなんでか「時々は休め」って言われた。「九時には寝ろ」って。
「休む時間がもったいない!」って言ったら父さんが「パソコン取り上げるぞ」って脅してきた。
仕方なく九時にはベッドに入った。そのぶん早起きして勉強した。
◇ ◇ ◇
誕生日パーティーに来たトモさんとお姉ちゃんにもその話をした。
お姉ちゃんは褒めてくれた。
「きりちゃんのがんばりをわかってくれる先生でよかったね」って言われて、確かにそうだなって思った。こういうことに気が付くところがお姉ちゃんのすごいところ。ぼくはそんなこと考えもしなかったよ。
「親父さん達の言うとおりだ」ってトモさんは言った。
「キリはまだ成長期前だから。しっかり寝てしっかり食わないと大きくなれないぞ」
「どの口が言うんだか」一緒に来てた黒陽さんがそっぽを向いてボソリと言った。
「なんだよ」
「確か昔いたな。『しっかり寝ろ』と世話役達に言われてたのにこっそり抜け出して修行に励んでいた男が。あいつも確か十歳だった」
「………ああ………」
「そんな男がいたなあ」ってそっぽを向くトモさんに、お姉ちゃんがクスクス笑ってる。そんなお姉ちゃんにトモさんもうれしそう。
「そうだなあ………。じゃあ、クタクタになって寝ざるを得なくさせるか?」
ニヤリと笑うトモさんは、なんだか獲物を見つけたみたいな目をぼくに向けている。
「いい考えだ」黒陽さんまでうれしそう。
「桐仁はおまえにくっついている時間が多いからな。おまえを通じて姫の気配が若干とはいえついている。自衛のためにも護身術くらい身につけさせておいて損はないだろう」
途端にお姉ちゃんがあわてだした。
「きりちゃんにお守りを」「もう作ってるでしょ?」
「じゃあ、守護の術を」「もうかけてるでしょ?」
あわてるお姉ちゃんをトモさんがやさしくなだめる。
「大丈夫大丈夫。キリは俺が鍛えるから」
「でも」
「あんまり過剰にかけすぎたら逆に目立つよ?」
その言葉にお姉ちゃんはわかりやすくシュンとした。よくわかんないけど、お姉ちゃんなりにぼくを守ろうとしてくれたのはわかった。
「そういうわけで、キリ」
ぼくに顔を向けてトモさんはサラッと言った。
「おまえ、強くなれ」
「は?」
「ちょうどもうすぐ春休みだ。そうだな……朝六時から一時間、俺にくれ。体力つけて護身術覚えさせる」
そうしてトモさんはぼくの意思を無視して修行することを決めた。
「ぼくの覚悟ができるまで待ってくれるんじゃなかったの!?」って叫んだら「竹さんが心配するんだから仕方ないだろ?」って言い切った。
どこまでもお姉ちゃん中心のトモさんには何を言っても無駄だ。あきらめて強くしてもらうことにした。
「きりちゃんに無理させなくても、私が」「貴女が出たらキリが厄介事に巻き込まれるからね?」
「! ………やっぱり私が『災厄を招「違うからね? 貴女はなにも悪くないからね?」「でも」
しばらくお姉ちゃんとトモさんで押し問答が続いた。
「ちょっと席をはずそう」って黒陽さんがぼくを連れ出してくれた。
◇ ◇ ◇
春休みの最初の日。
朝早くからトモさんが来た。
「じゃあ、やるか」って簡単に言ったトモさんに言われるままに柔軟体操をする。
「こんなところを意識して」「ここ伸びてるのわかるか?」そんなアドバイスをもらいながら柔軟体操をする。たったそれだけで暑くなった。身体がポカポカを通り越してカッカしてる。
それから農場の周りを走る。最初は「キリのペースで走ってみろ」って言われて普通の早さで一周走った。次の周は「もう少し早く」その次は「俺について走れ」って、段々早くされた。
「終わり」って言われたときにはもうヘロヘロだった。
朝はそれだけだったけど、トモさんが夜にふらりと来た。珍しいって思ってたら「腕立てと腹筋をやれ」ってぼくの部屋に連れて行かれた。
「こうして、こうして」ってお手本を見せてくれたあと、ぼくの腕立て伏せと腹筋に付き合ってくれた。十回でヘロヘロになった。
「今は十回だが、確実にやれ」「時間を見つけて何回でもやれ」って言ってトモさんは消えた。
そうしてトモさんは毎日朝と夜にぼくの運動に付き合ってくれた。
「トモさん忙しいんじゃないの?」心配になって聞いたけど「今はそこまででもない」って返ってきた。
「お姉ちゃんのそばにいなくていいの?」
「朝は竹さんが寝てる間に来てるから大丈夫」
「夜は?」
「風呂に入ってるときに来てる」
「………移動時間どうなってんの?」
「企業秘密」
意味がわかんないけど、トモさんとお姉ちゃんがいいならいいかって思って運動に付き合ってもらった。
実際ひとりだと「やんなくてもいいかな」とか「今日はちょっとめんどくさいな」とか思っちゃう。けどトモさんが「やるぞ」って来るから仕方なく付き合う。
正直しんどい。めんどい。
でもトモさんがぼくのためにしてくれることも、トモさんホントはぼくに付き合うような時間ないくらい忙しいことも知ってる。
だから「やるぞ」って来られたら、しんどくてもめんどくてもがんばらないといけない。
「エンジニアは体力勝負だぞ」走りながらトモさんが言う。
「二徹とか三徹とか当たり前にある」「脳みそ使うのは案外体力削がれる」「なにするにしても体力がないと」
トモさんの言葉には実感がこもっていた。
それはそうだと思うからぼくもがんばってトモさんについていった。
走りながらいろんな話をする。腕立てしながら、腹筋しながらいろんな話をする。
「俺も昔は弱っちかったよ」「弱っちい自分がイヤでがんばったんだ」「少しでも竹さんにふさわしい男になりたくて」「竹さんの隣に立てる男になりたくて」「がんばったんだ」
「キリを見てると昔の俺を見てるみたいだよ」「だから余計に気になっちゃうんだろうな」
そういうトモさんはなんだかずいぶんとおじさんくさくて『へんなの』って思った。
それでも。
ぼくが『昔のトモさんみたい』なら。
ぼくもトモさんみたいになれるかな。
教えてもらってる運動続けたら、トモさんみたいにカッコよくなれるかな。
「続けられたらな」
ニヤリと笑うトモさんはぼくのなまけ心も弱いココロも見透かしてるみたい。
「学校始まったら俺もなかなか来れないかもしれない」「春休みにトレーニングの基礎は作るぞ」
そう言ってトモさんは毎日来てくれた。
◇ ◇ ◇
三月の半ばで我が家の改革は「一旦完了」ってひなさんが宣言した。今は導入したいろんなものを使って試している段階。ひなさんが大学受験があるから、それが終わるまでは今用意したものを使ってみる。
そのひなさんは春休み中どこかのお仕事をしてるとかで京都にいる。「ついでに」ってウチにも時々顔を出してくれた。
「桐仁くん、姿勢が良くなりましたね」
久しぶりに会ったひなさんがそう言ってくれた。
「ホント!?」
トモさんとの運動の成果が出てるのかな。それならうれしいな。
喜んでたらひなさんがニヤリと笑った。
「桐仁くん」
おいでおいでって手招きされて、なんだろうと近寄った。
ひなさんがぼくの耳元でコソコソッとささやいた。
「トモさんがどのくらい強いか、知ってる?」
「………知らない」
トモさんが『強い』っていうのは噂で聞いた。でもぼくが見たことあるトモさんは、パソコンいじってるか料理してるかお姉ちゃんを抱っこしてるくらい。そんな『強い』場面なんて見ることない。
「どのくらい強いか、知りたくない?」
「! 知りたい!」
そう言ったらひなさんは「じゃあトモさんに言っとくね」って帰っていった。
どうするんだろうと思ってたら、その日の夜トモさんが来た。
「キリのメニュー終わらせたら、ちょっと付き合ってほしい」
「? なに?」
「………ひなさんがな………」
なんでもひなさんがトモさんにアドバイスしたらしい。
「地道なトレーニングもいいけど、実践もさせないと」
「まだキリは身体作りの段階だから。実践はもう少し先にするつもりだったんだよ」
そこでひなさんが提案したのが「トモさんの強さを見せる」ことだった。
「『修行を重ねればこうなれる』っていう目標があったほうがいい」って。
そうしてぼくの腕立てと腹筋ノルマを終えたトモさんが父さん母さんに「ちょっとキリ借ります」って外に出た。
玄関出てすぐひょいって抱き上げられてびっくりしたのも束の間。ピョーン! ってトモさんは飛び上がった!
「え!? へ!? え!?」
「歯食いしばってろ。舌噛むぞ」
「ひぎゃあぁぁぁぁ!」
屋根をぴょんぴょんして森を抜けて、気がついたら知らないところにいた。
「きりちゃん大丈夫?」
お姉ちゃんの声にどうにか顔を上げる。心配そうなお姉ちゃんがいた。その向こうにはひなさんと晃さんも。
「さ。では、お願いします」
誰になにを言ったのかと思って顔を向けたら黒陽さんがいた。
「きりちゃん。これどうぞ」
お姉ちゃんが出してくれたお茶を飲む。おいし。ようやく息をつけた。
「ここ、どこ?」
「ええと「竹さんが暮らしてる家についてる道場よ」
「え?」
びっくりしてまわりを見た。テレビで見た剣道の道場みたいな、広い部屋だった。
床は板。壁にはなにもない。その真ん中でトモさんと晃さんが向かい合ってペコリとお辞儀をした。
「さ。見てろ」
黒陽さんがぼくの頭を撫でてくれた。
なにが始まるのかとトモさんと晃さんを見た。
と。
ドガガガガ!!!
ふたりがすごい殴り合いを始めた!
殴るだけじゃなくて蹴りも出してる。それを防いでは反撃して、もう、迫力で押しつぶされそう!
戦うふたりは楽しそう。回し蹴りしてきたのをバク転で避けたり、腕を取って投げ飛ばされてもゴロゴロ転がってすぐに起き上がったり。もう、すごすぎる!
どのくらい戦っていたのか。
「それまで!」
黒陽さんの声でふたりがピタッと止まった。
そうしてふたりは元の位置に立って、キチンとお辞儀をした。
「無手は久しぶりだったが、どうにかなったな」
「やっぱトモは強いね」
「なに言ってんだ。ずいぶんヒヤヒヤさせられたぞ?」
楽しそうに笑いながらこっちに戻ってきたふたり。
「ひな! 見てた?」
「見てた見てた。カッコよかったわよ」
犬みたいにひなさんに飛びついた晃さん。ひなさんに頭撫でられてニコニコしてる。
トモさんはトモさんでお姉ちゃんに「おつかれさま」「すごかった」って言われてデレデレしてる。
「さて桐仁」
黒陽さんに突然呼ばれてピッて気をつけする。
「今のふたりの戦いを見て、どう思った?」
「すごかったです!」
先生みたいな話し方に、正直に答えた。
「今お前が重ねている鍛錬を続ければ、お前もあのようになれる」
「!」
「今おまえが行っている鍛錬は、非常に地味で、地道で、退屈なものだろう」
「だが、物事には段階というものがある」
「おまえの今の段階は『最初の一段目』だ」
「これが、ひどくつらい」
「次の二段目にたどり着くまでが長い。平坦で退屈な道程に、ほとんどのものは飽きてしまう。終わりの見えない道程にほとんどのものが投げ出してしまう」
「だが、これをがんばれたものは、基礎体力だけでなく強い精神力も得ることができる」
「基礎体力と精神力。このふたつが次の段階に必要なんだ」
「トモも晃も最初は地道な鍛錬からだった」
「だから今はがんばれ」
「地味でも。地道でも。単調でつまらなくても。退屈で飽き飽きしても」
「積み重ねれば、さっきのふたりのようになれる」
積み重ねれば。がんばれば。
ぼくも、ぼくでも、トモさんみたいになれる――!
「はい!」
大きな声で答えるぼくに、黒陽さんは「うむ」ってうなずいた。
お姉ちゃんは「ムリはしないでね」って心配そうにしてたけど、トモさんも晃さんもひなさんも「がんばれ」って応援してくれた。