【番外編2】神宮寺桐仁の奮闘 2
そして結納当日。
お姉ちゃんは「療養先で準備してから来る」らしい。早く会いたかったのに残念だけど、それでもお姉ちゃんが帰ってくるのがうれしかった。
待ってる間落ち着かないから学校から持って帰ったタブレットでゲームを作っていた。
小学校にはひとり一台のタブレットがあって、空き時間には好きに使える。その中にゲームを作るソフトがあって、ぼくらはオリジナルのゲームを作っては友達同士で見せあいっこしていた。
夏休みとかの大きな休みのときには学校からタブレットを持って帰る。
まだお姉ちゃんが起きていられたときに持って帰ったタブレットで作ったゲームを見せたら「これ、きりちゃんが作ったの!?」ってすごく驚いてた。「きりちゃんはすごいねえ」って褒めてくれてすごくうれしかった。
あれからいっぱい作ったゲームをお姉ちゃんに見てもらいたいんだけど、今日は見せる時間あるかなあ。
そう思いながらゲームを作っていたら、なんか玄関がにぎやかになった。
「来た!!」黒いスーツに白いネクタイの父さんがピョン!って飛び上がって玄関に向かった。すぐに父さんと一緒に知らないお姉さん達が来た。
「本日はおめでとうございます」って挨拶してくれてぼくもお辞儀をした。
お姉さん達は『お手伝いのひと』らしい。なんか色々してくれてた。
お姉ちゃんはまだかなあって待ってたら、また玄関がにぎやかになった。
父さんも母さんもソワソワする中、お手伝いのお姉さんが「お嬢様をお連れしました」って部屋に入ってきた。
続けて入ってきた着物のお姉さんが誰か、わからなかった。
なんかすごく堂々としていて、すごくキラキラ光ってた。
ものすごく綺麗なお姉さんに、母さんもおばあちゃんも「素敵」「綺麗」と褒めている。
おじいちゃんは顔をタオルで押さえているし、父さんは目頭を押さえて動かない。
大人がみんな感動しているその中心で、綺麗なお姉さんは輝く笑顔を浮かべた。
その笑顔に、やわらかな雰囲気に、ようやくこの綺麗なお姉さんが『ぼくのお姉ちゃん』だと気が付いた。
「………お姉ちゃん?」
おそるおそる声をかけたら綺麗なお姉さんはぼくを見て「きりちゃん」って言った。
目を細め、ちょっと小首をかしげた、お姉ちゃんの笑顔。
あ。お姉ちゃんだ。
スコンと納得した。
「元気になったの?」
「うん。元気になったよ。心配かけてごめんね」
そう答えてすぐに「きりちゃんは元気だった?」って聞いてくるお姉ちゃん。いつでもぼくを優先してくれるお姉ちゃんのままで、こんなに綺麗になったのにお姉ちゃんが全然変わってないってわかってうれしくなった。
「元気だよ」って答えたら「よかった」って笑うお姉ちゃん。その笑顔がなんだか軽やかに感じた。なんだろう。元気になったからかな???
「お姉ちゃん、めっちゃ綺麗だね。びっくりした」
「ホント? ありがとう」
「うふふ」って笑うお姉ちゃんは『しあわせいっぱい!』って顔中に書いてある。そんなに家に帰れてうれしいのかな。もしかしてぼくに会えてうれしいのかな。そうならいいな。
もっとお姉ちゃんと話したかったのにお姉ちゃんとの撮影会が始まってしまった。
「ご両親だけご同行ください。他の皆様はお呼びするまでこのままこちらでお待ちください」
お姉さんにそう言われてお姉ちゃんと父さん母さんが部屋から出ていった。
見送ったおじいちゃんおばあちゃんが「はあ〜」って満足そうに息を吐いて椅子に座った。
「竹ちゃん、綺麗だったなあ」
「しあわせそうだったねえ」
うれしそうなふたりにぼくもうなずいた。
と、兄が呆然としているのに気が付いた。
いつもお姉ちゃんを馬鹿にしている兄が目をまんまるにして固まってる。どうしたのかと思ってたら、しばらくしてようやくポツリと言葉を発した。
「……………いまの……………だれ……………?」
「? 竹ちゃんよ?」
「お姉ちゃんじゃないか」
おばあちゃんおじいちゃんにそう言われても兄はポカンとしている。なんだろ?
「お姉ちゃんが綺麗すぎてびっくりしたか?」
おじいちゃんは冗談めかしてそう言ったけど、多分図星だな。
兄はお姉ちゃんをずっと馬鹿にしてたから、お姉ちゃんが綺麗だって知らなかったんだな。馬鹿だなあ。
◇ ◇ ◇
しばらくして「どうぞ」って呼ばれた。
床の間には初めて見る飾りがいっぱい並べてあった。こっち側にお姉ちゃんと父さん母さん、反対側にカッコいいスーツ姿のお兄さんとおじいさん、若いお姉さんがいた。
すぐにわかった。
このカッコいいお兄さんが『トモ』さんだ。
え。めっちゃカッコいいんだけど。
正座してるから背はわかんないけど、なんか、シュッとしてる!
入ってきたぼくらに向けた目は二重のタレ目。眉が吊り上がってるからパッと見怒ったみたいな顔に見えるけど、誠実なひとなんだろうなってわかる凛々しい顔をしてる。
おじいちゃんとおばあちゃんがお辞儀するのに応えてお辞儀するのもカッコいい。え。お辞儀だけでカッコいいって、なに!?
ぼくらは父さん達の後ろに座った。チラッと目が合ったお姉ちゃんがニコッて笑ってくれたからちょっと緊張してたのが落ち着いた。
すぐにお姉ちゃんは前を向く。お姉ちゃんもお外モードでいつもと違う。
スーツのおじさんと着物のおばさんが「改めましてご紹介致します」ってみんなを紹介してくれた。
両手をついて「西村 智です」ってお辞儀する『トモ』さん。かぁっこいい〜!!
え? なんで? なんでお辞儀するだけでカッコいいの?? ピッて正座に戻ってもカッコいいの、なんで!?
で、となりのおじいさんが『トモ』さんのお父さん!? お姉さんはお母さん!? 意味わかんない!!
こっちの家族も自己紹介していった。ぼくも「次男の桐仁くん」って紹介されて「桐仁です。もうすぐ十歳です」って挨拶した。
と、『トモ』さんが少しだけ目を細めた。
笑いかけてくれたってわかって、なんだかうれしくなった。
「お食事会場に移動しよう」って言われて、大人から部屋を出た。
お姉ちゃんが立ち上がったらすぐに『トモ』さんがそばに来た。素早くてびっくりした。
でももっとびっくりしたのは、『トモ』さんの表情。さっきまでと全然違う。お姉ちゃんを見る『トモ』さんはすごくやさしい顔つきに変わった。
「お疲れ様」ってお姉ちゃんにかける声もすごくやさしくて、ああ、このひとホントにお姉ちゃんのこと大好きなんだなってわかった。
ポカンとしてふたりを見つめてたら、お姉ちゃんがすぐに気が付いてくれた。
「きりちゃん」っていつもどおりのやさしい声で呼んでくれるから寄っていった。
近くに行ったら『トモ』さんの背の高さがすごくわかった。
「トモさん。きりちゃん」
お姉ちゃんがうれしそうにぼくを紹介してくれる。そのお姉ちゃんを見る『トモ』さんときたら、デレデレってこういうことかってくらいにデレデレしていた。
「うん」って返事してるけど、ぼくのこと見ないでお姉ちゃんばっかり見てる。
「きりちゃん」
呆れてるぼくに気が付かないお姉ちゃんがぼくに『トモ』さんを紹介してくれる。
「こちら、トモさん。私の、その………夫、なの」
最初は堂々と紹介してたのに、照れくさそうにもじもじして「オット」って言うお姉ちゃん。
『オット』? て、あの『夫』?
結納したら『彼氏』じゃなくて『夫』になるの???
よくわからなくて首をかしげた。トモさんはなんか感動したみたいに口を押さえてプルプルしている。
けれどすぐに呼吸を整えて、ぼくににっこりと微笑んでくれた。
「はじめまして。トモです」
「あ。えと。桐仁です。はじめまして」
トモさんが手を差し出してくれたからその手を握った。大きくて、ゴツゴツしてる手だと思った。
と、トモさんがニッと笑った。
「聞いてるよ。きみがずっと竹さんを支えてくれてたんだってね」
びっくりして、口が勝手にパカリと開いた。
お姉ちゃんが小学校六年生のとき。ぼくがまだ年長のとき。
お姉ちゃんは具合が悪くなった。
そのころはまだ母さんも「夏バテかなあ」って言ってるくらいだったけど、ぼくにはお姉ちゃんがものすごくしんどいってわかった。
だからいつもくっついてた。
甘えるフリをしてお姉ちゃんに言うことを聞かせていた。
「一緒に食べよ」「お昼寝しよ」「エアコンつけて」
「どこにも行かないでね」
そのころのお姉ちゃんは、なんか思い詰めてるような顔をしていた。ここでないどこかをいつもにらみつけていた。やさしいお姉ちゃんらしくないその表情は『お姉ちゃんがいなくなる』ってなんでかぼくに思わせた。
だから、何度もお願いした。「どこにも行かないでね」「おうちにいてね」「ぼくを置いていかないでね」「一緒にいてね」
バカな兄はぼくのことを「甘えん坊」「弱っちいグズ」なんて言ってたけど、実際今も言ってるけど、誰になにを言われたってかまわなかった。
ぼくにとって大事なのはお姉ちゃんで、お姉ちゃんさえいてくれるならそれでよかった。
でも、お姉ちゃんはどんどん具合が悪くなっていって、ついにいなくなった。
さびしくて泣いた。なにもできない自分がくやしくて泣いた。泣いてもどうにもならない現実に泣いた。
ぼくはなにもできなかった。お姉ちゃんを助けられなかった。お姉ちゃんを支えられなかった。それがくやしくてかなしくてさびしくて、自分がなにもできない弱っちい人間だと思った。
でも。
目の前でカッコいいお兄さんがニヤリと笑う。
ぼくがお姉ちゃんを支えてた? ぼく、支えられてた?
信じられなくてお兄さんになにか言おうと思うのに言葉が出ない。ぼくの手を離したお兄さんはそのままその手をぼくの頭にわしっと乗せ、わしゃわしゃとなでた。
「きみがいたから竹さんはギリギリまでこの家にいた」
「おかげであの日あの時間に俺達は出逢えた」
「きみは俺達の恩人だ」
びっくりしてトモさんを見上げたら、やさしい笑顔で「ありがとう」って言われた。
なんだか誇らしい! 身体の中でエネルギーが爆発したみたい!
「『キリ』って呼んでいいか?」って言われたから「はい!」って答えた!
「俺は『トモ』でいいよ」って言われた。
「はい! トモさん!」って答えたらくすぐったそうにトモさんは笑った。
「じゃ、行こうか」
そう言ったトモさんはひょいっとお姉ちゃんを抱っこした。
「トモさん。おうちの中はお着物汚れないと思うよ?」
「そう? まあいいじゃない」
あんまりにも当たり前に、軽々とお姉ちゃんを運ぶトモさん。スタスタと歩くトモさんを呆然と見送っていたらトモさんが立ち止まった。
「キリも抱っこしてやろうか?」
振り返って意地悪そうに言うから、あわてて先に玄関に向かった。
◇ ◇ ◇
食事会は行ったことのない立派な料亭だった。
なにをどう食べればいいんだろうって心配だったけど、ぼくの御膳はお子様ランチみたいにしてあった。ウチの野菜がいっぱい使われてるって父さんが言ってた。どれも美味しかった。
それよりもトモさんがずっとお姉ちゃんにベッタリなのに驚いた。目黒くんが言ってたとおり、お姉ちゃんにベタ惚れなんだってわかった。
お吸い物のお椀を取ろうとしたお姉ちゃんに「熱いよ。気をつけてね」って言ったり。「美味しい」ってうれしそうにするお姉ちゃんに「美味いね」ってニコニコしたり。お姉ちゃんの苦手な食べ物をササッと自分のお皿にうつしたり。
一応気を遣ってるのか父さん達とも話をするけど、ずっとお姉ちゃんを気遣っているのが見ててわかる。とにかく『お姉ちゃんが大好きなんだ』って伝わってくる。
このひとならお姉ちゃんを大事にしてくれるって思えて、なんだかぼくも安心した。
◇ ◇ ◇
結納のあと、近所のひとやスタッフのひとからお姉ちゃんとトモさんの話が広まった。
お姉ちゃんが元気になったこと。ものすごく綺麗になっていたこと。お相手がものすごくカッコいいひとだったこと。お姉ちゃんにベタ惚れだったこと。
ぼくも時々「お姉ちゃん、元気になってよかったね」なんて声をかけられた。
「ところで、お相手の方って……」って話が続くのはいつものこと。だから正直に、見たままを答えた。
「すごくカッコいいお兄さんです」「お姉ちゃんのこと、すごく大事にしてくれてます」
父さんも母さんも、おじいちゃんおばあちゃんもそれぞれに話を聞かれていた。でもみんな自慢げに話すものだからそのうち聞かれなくなった。
◇ ◇ ◇
あの結納からしばらくして。
「明日お姉ちゃんがトモくんと来る」母さんが言った。
「中学校に挨拶に行ったあとウチに寄る」って。
「帰ってくる」じゃなくなっていることに引っかかったけど、お姉ちゃんに会えるのがうれしくて楽しみに待っていた。
次の日。お姉ちゃんが帰ってきた。もちろんトモさんも一緒。
父さん母さんと一緒に中学校にご挨拶に行ってきたお姉ちゃんとトモさん。みんなで一緒にお昼ごはんにした。みんなっていっても兄ちゃんは部活でいないんだけど。
お昼ごはんを食べながらいろんな話をする。中学校はどうだったか。最近の体調は。
やっと家に帰るのかと思ってたのに、お姉ちゃんは「引っ越しする」って言う。「今日は荷物を取りに来たんだ」って。
「もうこのおうちには帰ってこない」
「今の療養先でトモさん達と暮らす」
そう言われて、ショックで思わず「やだ!」って叫んだ。
「やだ! お姉ちゃん、いなくなっちゃやだ!!」
「……ごめんねきりちゃん」
「やだ! やだやだやだ!!」
お姉ちゃんにしがみついて駄々をこねていたらトモさんにベリッとはがされた。
「俺の妻に触れるな」
両脇をつかまれて持ち上げられて、足がぶらんぶらんしてる。びっくりして涙が引っ込んだ。
「竹さんには俺がついてる。心配するな」
「……心配してるんじゃなくって……」
『さびしいんだよぅ』と言うより早くトモさんが言った。
「竹さんの部屋、キリの部屋にするって親父さん言ってたぞ」
「え?」
びっくりして父さんをみたら「そのつもり」って言う。
今ぼくは兄ちゃんと同じ部屋。単に部屋がなかっただけなのもあるけど、ぼくがまだちいさかったから「一緒でいいでしょ」ってひとまとめにされていた。
お姉ちゃんが小学校の間はお姉ちゃんと兄ちゃんが同じ部屋、ぼくはまだ幼稚園児だったから父さん母さんと同じ部屋だった。
だけどお姉ちゃんが中学生にあがるときに「中学生になるから」「女の子だから」って日当たりのいい部屋をもらった。そしてぼくが兄ちゃんと同じ部屋になった。
そのお姉ちゃんの部屋を今日からぼくの部屋にするってトモさんが言う。
ちなみに父さんが先に兄ちゃんに聞いたらしい。「お姉ちゃんの部屋、マキとキリどっちが使う?」って。
兄ちゃんは「荷物動かすのが面倒」「あんな女っぽい部屋嫌だ」って権利放棄したらしい。
で、自動的にぼくがお姉ちゃんの部屋を使うことに決まった、と。
「机もタンスもこのまま置いていくから。竹さんがいるつもりで過ごせるんじゃないか?」ってトモさんが言う。でも、そんなの関係ない。
「自分の部屋なんかいらないよ。お姉ちゃんがいてくれるほうがいい」
父さんに、母さんに、お姉ちゃんに訴えたけど、三人とも困ったみたいに黙るだけ。
「お姉ちゃん」
「帰ってきて」
「行かないで」
お姉ちゃんに一生懸命言ったけど、お姉ちゃんは黙ったまま。
お姉ちゃん、困ってる。
困らせたくない。でも、お姉ちゃんがいなくなるなんてさびしい。でも。でも。
トモさんにつかまったままお姉ちゃんを一生懸命見つめてたら、トモさんがぼくを床に降ろした。
そうしてポンってぼくの頭に手を乗せて、やさしく撫でてくれた。
それからトモさんはしゃがんでぼくの肩に両手を乗せて、まっすぐにぼくの目を見つめた。
「おまえの大事な姉さんは俺が絶対にしあわせにするから」
「俺にまかせてくれ」
その目がとても真剣で。誠実で。
『このひとは嘘を言わない』って、わかった。
本当に、なにがあっても、お姉ちゃんを『絶対しあわせにしてくれる』って、信じられた。
そして、気がついた。
子供のぼくにも誠実に向き合ってくれてること。
ほくみたいな子供の意見なんか放っとかれることがほとんど。聞き流されたり、ごまかされても仕方ないと思う。
それなのにこのひとは『ぼく』に誠実に向き合ってくれている。『ひとりの人間』として、『ひとりの男』としてちゃんと対応してくれている。『一人前の男』扱いしてくれてる。
このひとなら。
そう、思った。
このひとなら、お姉ちゃんをまかせられる。
このひとなら、お姉ちゃんを『しあわせ』にしてくれる。
ウチにいるよりも、このひとのそばにいるほうがお姉ちゃんのためになる。
お姉ちゃんのためになるなら。
「……………わかった………」
しぶしぶだけど、なんとか声に出せた。
お姉ちゃんのためになるなら、ぼくが我慢しないと。さびしいけど。かなしいけど。
でもこのひとがぼくのことを『一人前の男』として扱ってくれるなら、ワガママ言ってがっかりさせたくない。このひとが認めてくれる『一人前の男』にふさわしい行動を取らなきゃ。そう、思った。
それでも顔が勝手に下を向いちゃう。ぶう、ってふてくされた顔になっちゃう。情けない。情けなくてまた下を向いちゃう。
トモさんはそんなぼくにちょっと笑った。困ったみたいな、それでもどこか親しみを感じる笑顔だった。
お姉ちゃんに向けるのとは違うけどやさしい笑顔にびっくりした。目をパチパチしてたらトモさんはニヤリと笑った。
「よし。いい子のキリには特別にこれをプレゼントしてやる」
そう言ったトモさんが取り出したのは、大きなウサギのぬいぐるみ。え? どこに持ってたの??
ぼくの身長とほぼ同じくらいの真っ白いウサギは、首に緑色の大きなリボンをつけていた。結び目のところに水晶みたいな石がつけてある。黒い大きな目はタレ目気味で、どことなくお姉ちゃんに似ていた。
「これを竹さんだと思え」
「……………」
「竹さんに似てるだろ?」
「……………似てるけど………」
納得いかない気分でいたら、トモさんはウサギをぼくの胸に押し付けた。反射的に抱っこしたら、なんだか落ち着いた。
お姉ちゃんに抱きついてるみたいだった。
「………仕方ないなあ………。わかったよ………」
ウサギに顔を埋めてそうこぼした。
トモさんは黙って頭を撫でてくれた。
「ごめんねきりちゃん」お姉ちゃんも頭を撫でてくれた。
「じゃあ、さっさと引っ越しと模様替え済ませよう」
トモさんがそう言ったことでパッと空気が変わった。
「『模様替え』?」
なんのことかとウサギから顔を起こして首をかしげたら、トモさんはやっぱりニヤリと笑った。
「さすがに竹さんの部屋そのまんまはキリが可哀想だろ」
父さん達はそこまで考えてなかったらしい。トモさんに色々言われて「それもそうか」って納得して、「じゃあまかせる」ってトモさんに丸投げした。
お姉ちゃんの持って行く荷物はほんのちょっとだけだった。服はもうサイズが合わなくなってた。トモさんがテキパキとダンボールに詰めて、いるものいらないものを分けた。
それからぼくの荷物を移動させた。タンスとか机はお姉ちゃんのをそのまま使う。お姉ちゃんはシンプルなのが好きだから木の色の家具ばかり。だからぼくが使っても違和感ない。
タンスに服を入れ、本棚に本を入れる。教科書にランドセルに、って運んでは入れてたら、トモさんがタブレットに気が付いた。
「学校の?」
「うん」
「へー。………ちょっと見ていいか?」
「いいよ」ってトモさんにタブレットを渡す。
「どのくらいのスペックの使ってんの」とトモさんは楽しそうにタブレットを見た。「へー」「ふーん」なんてひとりで納得してる。
「きりちゃんはすごいの。自分でゲーム作ったりしてるのよ」
お姉ちゃんがトモさんに言う。お姉ちゃん、覚えてくれてたんだ。うれしい。
「あれからまたゲーム作ったんだよ。見て!」
トモさんからタブレットを返してもらって起動させて、作ったゲームをお姉ちゃんに見せた。
「すごい」「すごい」ってお姉ちゃんはたくさん褒めてくれた。
「この絵はどうしたの? きりちゃんが描いたの?」
「ここはぼくが描いた。これはフリー画像からひっぱってきた」
「そんなこともできるの!? きりちゃんはすごいねえ!」
そんな話をしていたら、黙って見ていたトモさんが口を開いた。
「………キリはこういうの、興味あるのか?」
「『こういうの』?」って、なに?
「ゲーム作ったり、パソコンいじったり」
「うん」って答えたら、トモさんは顎に指を当てたまま「ふーん……」って言った。なんか言いたそうな、考えてるみたいな感じだったけど、なんにも言わないからぼくも黙ってた。
◇ ◇ ◇
それから近くのショッピングモールにお姉ちゃんとトモさんと三人で出かけた。父さん達は仕事があるから「全部トモに任せる」って。
トモさんがテキパキ動いてくれて、カーテンとベッドのカバーを決めた。「これで部屋のイメージはずいぶん変わるぞ」って。楽しみ。
机はそのまま使うけど「椅子は変えよう」って椅子も選んだ。何個も何個も試しに座って、納得のいくのを選んだ。
「身体が出来上がったらまた新しいの買いな」ってトモさんが言った。
フードコートで三人でジュースを飲んで、家に戻って買ってきたカーテンやらを取り付けた。お姉ちゃんの部屋なのに男の子の部屋に変わってびっくりした。
「家具がシンプルだからな」トモさんが平然と言う。
新しく買った椅子を机にセットした。お姉ちゃんが使っていた女の子っぽい椅子は机の横に移動させて、その上にウサギを座らせた。なんだかお姉ちゃんが座ってるみたいだった。
トモさんとお姉ちゃんが帰ってから兄ちゃんが帰ってきた。新しくぼくの部屋になった元お姉ちゃんの部屋を見てポカンとしていた。多分ぼくが女の子っぽい部屋にいるのを笑いに来たんだろうけど、普通にカッコいい部屋になっててびっくりしたみたい。トモさんのセンスのおかげだね。
「これならおれがこっちがよかった」とかブツブツ言ってたけど聞こえないフリをしといた。