久木陽奈の暗躍 105 生存者八名のその後
ひな視点です
色々暗躍してました
私の名は久木 陽奈。吉野の高校二年生。
―――と、数カ月前までは堂々と言えていた。
なんでこうなった。
いや後悔はしてないけど。全力で取り組んだ結果だけど。
今の私は『人生三回目の転生者』で『元・社会人』で『元・伊勢の「日の巫女」』で『なんかやたら裏話を暴露したい集団とご縁を持った』『高間原の西の女王の駒』。
盛りすぎでしょう。
「おれの『半身』で『彼女』っていうのをはずさないでよ?」
おっとそうだ。それが一番大事な肩書だ。
私の大事なわんこを守る。それが私のすべてなんだから。
夏休みの間ずっと安倍家に滞在し、後始末に携わっていた。
竹さんとトモさんの結納の手筈を整えトモさんの祖父母の法事に出席した。菊様に命じられてあれこれしたり、安倍家関係の相談に乗ったり、目まぐるしく日々を過ごしていた。
あの決戦からひと月経ち、お盆が明けて企業も官公庁も再始動するタイミングで、改めてあちこち確認をすることになった。『災禍』が介入していたシステムを消した影響は。再稼働した『バーチャルキョート』の状況は。極微量の霊力を固めた桜の花びらの影響は。京都各地の封印や結界の状況は。安倍家をはじめとする能力者のその後。各地の『守護者』からの報告。そして、あの『異界』に連れて行かれたひと達のその後。
二百人の転移者のうち、安倍家の関係者及び梅様蘭様を除くひと達は無事に日常に戻っていた。PTSDになりそうなひとや危険人物になりそうなひとは菊様が記憶を消した。ひと月経過したが問題なさそうだ。
官公庁関係者はあの日すぐにそれぞれの所属部署に報告をあげた。その後安倍家から公式発表が出され納得され、この件は公にされることなく各省庁で機密扱いされることになった。
記憶を持ったままの官公庁関係の転移者はその経験を活かし業務に邁進している。
記憶を消さなかった一般転移者は、あの『異界』での出来事を『夢』と認識しているひとと『現実に経験したこと』と認識しているひとがいる。どちらにも『関係者以外への情報公開の禁止』の『制約』をかけている。だからネット上でもあの出来事は公開されていない。今のところは。
転移者からの書き込みやおかしな単語はピックアップするようにタカさんがナニヤラしてるらしいけど、今のところ「引っかかったものはない」とのこと。このまま何事もないことを祈るのみです。
ナツさんの同僚が三人転移者として連れて行かれていた。
十七日は休みだったナツさんが明けて十八日に出勤したら、三人につかまって事情説明を求められた。
「ナイショね」とナツさんは自分が安倍家の関係者なこと、『悪しきモノ』が京都を滅ぼすために『バーチャルキョート』を利用していて、たまたま京都在住の一人暮らしの二百人が『異界』に連れて行かれたことを明かした。
「覚えてること、言えないことがつらくなったらいつでも仲間に記憶を消すよう頼むから」「いつでも言ってね」とナツさんは言った。けれどその後は特になにも言われることなく普通に過ごしている。ただ「それまでよりも仲良くしてくれている」とのこと。
「それ『安倍家関係者だ』ってバラしたからじゃない?」とヒロさんが心配したけど、ナツさんは「そんなんじゃないよ」とカラリと笑った。
「『秘密を共有した』『苦労を共にした』っていう仲間意識だな」「ゲーム一緒にプレイしたり、四人で遊びに行ったりしてる」
『視える』思考からも良い関係を築いているようだ。
『大丈夫』の意味を込めてうなずきを向けるとようやくヒロさんは肩の力を抜いた。
姫様方の状況、守り役様方の状況、神様方への御礼行脚について、ほかにも細々と確認していく。
そんな中気になったのが『異界』の生存者八名について。
比較的直前にカナタさんと個人的に契約を結びエンジニアとして働いていた七人は、『異界』にいる間そこが『現実世界』とは違う『世界』だと知らず、普通に仕事をし普通にごはんを食べ普通に寝ていた。ずっと会社にカンヅメで出歩くことがなかったけれど、バージョンアップ直前の一番大変なときだと認識していたから「そんなもん」と受け入れていたから不満を抱くこともなくカンヅメになっていた。そのおかげで怖い思いをなにひとつすることなく『現実世界』に帰還した。
そのまま崩壊した『バーチャルキョート』のシステム復旧に突っ込まれ、普通に働いている。
この七人は問題ない。
問題なのは、生存者八名。
いつもどおりに歩いていたら突然鬼に遭遇し、たまたまコンビニに飛び込んで助かった。鬼のいない隙にコンビニを出たけれど警察には誰もいない。お店にもビルにも民家にもひとがいない。電話もメールも通じない。ウロウロしているうちにまた鬼に遭遇。コンビニに逃げ込んだ。
コンビニには鬼が入ってこれないと気が付いた。幸いコンビニにはトイレがある。水も食料もある。不思議なことに消費したものは勝手に補充される。だから安心して飲み食いした。けれど、ここがどこなのか、他の人間はどうなったのか、自分はどうなるのかわからない。このまま誰にも会うことなく死ぬんじゃないか。孤独が、先の見えない恐怖が精神を苛む。じっと外を見つめる日々。たまにひとを見かけあわてて追いかけたらその人間は鬼に追われ喰われた。目の前でひとが喰われた恐怖に急いでコンビニに戻り頭を抱え膝を抱え震えた。
そんな暮らしを何年も続けた八名。
精神が壊れかけていた。
実際あの『異界』で亡くなったひとの死因は『鬼に喰われた』だけでなく『精神が崩壊して』というのがかなりいた。コウが『視た』『災禍』の記憶を分析していて知った。
生き残れたのは運が良かったのかどうなのか。
そんな八名の記憶は当然消去した。
病院のベッドで目覚めた彼ら彼女らは「街を歩いていたはずなのになんでここにいるの?」と驚いていた。
安倍家関係者の看護師から「意識不明で倒れていたのを通りすがりのひとが通報して病院に搬送された」「身元不明でどこにも連絡できず困っていた」と聞かされ、また驚いていた。
さらには自分の記憶にある日付から数年、ひとによっては十年以上経っていることにさらに驚いていた。
その様子を私とコウは病室の蔭からそっとみていた。『視える』思念からはあの『異界』での記憶は残っていないと断言できた。あとは家族と再会させ、身体機能を戻すためのリハビリをすればいいだろうと判断した。
私の中でこの案件は『解決済』となっていた。
ところがひと月経って確認したところ、どうも様子がおかしい。
身体機能はリハビリにより徐々に戻ってきている。歩行ができなかったひとや内臓の数値が悪くなっていたひとも回復に向かっている。退院の目処が立ちはじめたひとも現れてきた。
身体機能的には順調だ。
けど。
ベッドから出られないときがある。部屋の隅にちいさくなって震えている。意味もなく突然泣き叫ぶ。そんな内容が報告書に記されていた。
「記憶消去ができてないのかしら」
そう考え、主座様の依頼を受けコウとふたりで生存者八名にひとりずつ面談した。
行政から派遣されたカウンセラーという名目で面談し「困っていることはないですか?」などと当たり障りのない会話をしながら様子を確認した。
結果、記憶消去はちゃんとできていた。
ならなんで突然恐怖に襲われるのか。
よくよく『視る』と、『魂』が傷ついていた。
身体にまとわりついていた瘴気は黒陽様が封印を解く前に梅様が浄化していた。恐ろしい体験の記憶はコウが燃やした。だから『問題なし』と判断したんだけど、『魂』がここまで傷ついているのは気付かなかった。
はっきり言おう。私の見落とし――ミスだ。
ちょっと考えればわかることだったのに。あれだけの恐怖を長期間経験していたならば当然考えられるべきことだったのに。『忙しかったから』なんて言い訳だ。自分の未熟に臍を噛む。
「過ぎたことは仕方ないよヒナ。挽回するためにこれからなにをするか、だよ」
愛しい『半身』が励ましてくれる。そうだ。気付いたからには対処しなければ。
主座様菊様に報告し謝罪。今後の目標は八人全員の社会復帰と定める。
梅様と蒼真様にもアドバイスをいただく。『魂』レベルに効く薬は「まだ再現できてない」とのことで、地道に食事療法と浄化をしていくことにする。
全員まだ同じ病院に入院中だから都合がいい。提供される水やお茶を『竹さんの水』にする。食事も安倍家から提供する。『竹さんの水』を使って作ってもらった。
加えて毎晩私とコウが隠形で訪問し、浄化をかけたうえに『火』と『光』を注ぐ。
一週間続けたところ、かなりの改善が見えた。「これなら退院しても大丈夫だろう」と判断し、八月末に全員退院した。
連れて行かれた当時、八人は全員一人暮らしだった。行方不明の間に部屋を解約されていたひとは家族の住む家へ、行方不明になっていることに気付かれず口座から家賃が引かれ現在も部屋があるひとは自分の部屋へ、行く場所がないひとは安倍家の紹介するアパートへと居を移した。
家はどうにかなったけれど、仕事はさすがに籍がなくなっていた。そのことに八人全員がホッとしていた。
落ち着いてから『災禍』の『記憶』を少しずつ分析していってわかったことだけど、あの『異界』に『実験』としてつれて行かれた人間には共通点があった。
一人暮らしであること。そして、『現実世界』に絶望していること。
『災禍』は今回のバージョンアップのために京都市内に大がかりな陣を展開したけれど、それよりも前から京都中の情報を得られるようにしていた。
情報端末からの情報。官公庁をはじめとする各企業のデータベース。監視カメラ映像。そんなものを『災禍』は掌握していた。
様々な端末から「もう死にたい」とか「どこかに行きたい」などのつぶやきをキャッチ。家族構成を照会し、一人暮らしだと確認がとれた人間だけを『異界』に連れて行っていた。
おそらくはカナタさんの無意識の制限を受けてそんなことをしたんだろう。カナタさんが依頼して『異界』に連れて行ったエンジニアさん達も一人暮らしのひとばかりだったし。
まあとにかく『災禍』が「自ら死を望んだ」と判断したひとだけが連れて行かれていた。生き残っていた八人も、ブラックな職場で過労死寸前になっていたとか、パワハラで首をくくろうかと考えていたとか、恋愛関係で手ひどい裏切りにあったとか、なかなかにギリギリの状況で連れて行かれていた。
だから最初の面談で「これまでの職場は籍がなくなってるんで、元気になったら再就職を考えましょう」と伝えたらものすごくホッとしていた。
最初の面談から二週間経ったところで再びひとりずつ面談をした。退院後の生活について聞き取りをする。再就職について具体的な話をする。
と、まだ完全には『魂』の修復がなされていないことが明らかになった。
家にいても自室にいても、ひとりになると突然意味もなく恐怖に襲われる。外がこわい。支給された水を飲むと落ち着く。もらったお守りを握っていると落ち着く。八人が八人ともそんな話をした。
ちなみに『支給された水』は『竹さんの水』、『もらったお守り』は竹さんに作ってもらった守護石で、『精神浄化』『精神安定』『運気上昇』『霊的守護』が込められている。
「外に働きに出るのはこわい」というので「オンラインでならどうですかね」と試してもらった。けど、どうも『ひとり』というのが恐怖の引き金になってるみたい。
家族と同居のひとも仕事中はひとりなわけで。普段家族といるからこそ反動でひとりになったら恐怖に襲われるらしい。
ひとりぼっちで何年もコンビニで過ごしていたのが『魂』に沁みついている。菊様や梅様、守り役様達にも相談したけれど、私の『光』とコウの『火』でも解消せず、『竹さんのお守り』でもどうにもならないなら「取れる手はこれ以上ない」と言われた。「時間とともに自然に癒えるのを待つしかない」と。
とはいえ、私とコウも学校始まったから、そうそう八人に構えないんですよね。それもあって退院してもらったところもありますし。
『竹さんのお守り』を常に身につけさせ、定期的に『竹さんの水』を届けて飲んでもらうことでどうにかなるかと思ったんですが、考えが甘かったですかね。ううーん。
「どこか清浄なところに放りこんだらどう? 神社とかお寺とか」
「そういうところなら『魂』の浄化も早いわよ」
「善良な人間がそばにいればより早いでしょうね」「神社仏閣なら善良な人間もいるでしょ?」
毎週恒例となった夜の会議で梅様がそうおっしゃった。
なるほど一理ある。けど、どうやって神社仏閣に紹介しましょうかねえ……。中途採用なわけですし、そもそも神職でも僧侶でもないわけで……。事務員……掃除スタッフ……大きい神社仏閣なら観光ガイド……はムリか……。
「うーん」と考えていたら、千明さんとボソボソやっていたタカさんが挙手した。
「『目黒』で雇いましょうか?」
「「「え?」」」
驚く一同にタカさんは軽ーく言った。
「ちょうど後を任せられるシステムエンジニアが欲しかったんだよねー」
「オレ忙しくなっちゃって、サポートしてくれる事務方も欲しかった」
確かに、タカさんはカナタさんの『やりたいこと』を叶えるために手を広げていて仕事が増えた。だから「数人、なんなら八人全員『目黒』で雇いますよ」という。
『目黒』の敷地一帯は、双子が生まれてから主座様がより強力な結界を展開しておられた。それに加え、先日の竹さんトモさんの結婚式のためになんかすごい陣が展開された。「またなんか使うことがあるかもしれないから」とその陣は完全撤去されておらず、もうすぐ二ヵ月という現在、『目黒』の敷地はなんかやたら清浄になっているという。
「あの桜の花びらの影響で、同じように清浄になったり『チカラ』が増した『地』はたくさんありますから、まあ、そこまで目立ってはないです」
主座様がそうおっしゃる。ですが主座様、なんか悟り切ったような目をしておられますよ? それは本当に大丈夫なんですか??
まあとにかく。
そんな『清浄な地』となった『目黒』なら『魂』の修復にはもってこいではないかと。雇用主の千明様タカさんが事情を知っているので配慮もしやすい。同時に雇った生存者を見張ることもできる。
「試しに今度の九月の集まりに来てもらう? それでどんな反応示すかみてみたら?」
タカさんの提案に「ダメモトでやってみよう」ということになった。
◇ ◇ ◇
九月最初の三連休の初日。
開会式の前に『行政から派遣されたカウンセラー』という皮をかぶった私とコウが八人を集めざっと話をし、タカさんを紹介した。
「再就職説明会」として一乗寺の『目黒』に来てもらった八人は、初めて見るホッとした表情をしていた。どうやら『目黒』の空気は合うようだ。
面接官として紹介したタカさんは誰もが認める『人たらし』なので、あっという間に生存者達のココロをつかんだ。
そうして会社の事業内容を説明し、求める人材の話をし、仕事内容と雇用条件について話をした。
少し離れてタカさんが八人に話をする様子を見守っていると、ウチの父と兄が寄ってきた。今年も『目黒』の大作業に参加するため、ふたりは今朝早く現地入りしていた。
「タカはなにしてんだ?」と聞かれたから「事務職とパソコン担当者の採用面接」と答えた。そしたら。
「え! パソコン担当者!?」
「ウチも欲しい!」
「すいません! 奈良県の山奥でも来てくれるひと、いませんか!?」
阿呆共は私が止めるよりも早く突撃していった。悔しいが日々修験者として鍛えている父と兄には私では敵わない。
「ひな、おまえ馬鹿か!」
「使える人材を引っ張ってこれるチャンスに、なにボーッとしてんだ!」
「アピールしろよ! ウチに連れて来いよ!」
「おれらの誰がパソコンの面倒見れると思ってんだ!」
「現状がわかってないんじゃないか!?」
阿呆共に正論で責められる。阿呆のくせに生意気な!
「仕方ないよひな。おれも吉野は選択肢になかった」
やさしいわんこがなぐさめてくれる。
けど確かに久木家で雇うのは『アリ』だ。ウチも事務方を強化したいと考えていた。自画自賛になるがウチもなかなかに清浄な土地だ。父と兄は修験者だし、母もまあまあの能力者。なにより『火継の子』のコウがいる。
京都にこだわらず、田舎でもいいと言ってくれるなら、これは両方にとっていいことになる可能性が高い!
そうして最終的に、八人のうちの四人は『目黒』に、二人は吉野の我が家に仮採用となった。
吉野の田舎に来てくれるひとがいるとは思わなかった。ありがたい。
「勇吾さんのそばはなんだか安心します」と言われ、単純な父は「息子がふたりも増えた!」と喜んでいる。しばらくは同系統のシステムを使っている『目黒』で研修を受けてもらい、タカさんの合格が出たら吉野に来てもらうことになった。それまでに受け入れ体制整えないと。主に住処を。
「研修期間中になにか体調や精神面で不調が出たらまた話し合おう」「本採用になってからも、なにかあればすぐに言ってね」人たらしの言葉に採用が決まった六人はホッと肩の力を抜いた。
タカさんとウチの父と兄に囲まれて楽しそうな六人。それを残ったふたりがどこかさみしそうに眺めていた。
タカさんは「ぜひ来てよ!」と誘ったけれど、このふたりは「『目黒』まで通うのが難しい」と断った。吉野に引っ越すのも抵抗があると。
そう言われたら無理強いできなくて、タカさんも父も諦めた。
◇ ◇ ◇
「せっかく誘ってもらったのに、すみません」
情けない顔でうなだれるのは中島さん。三十代後半の男性。外資系の一流企業で働いていたけれど上からのプレッシャーに限界ギリギリの精神状態にまで追い詰められていた。そこを『災禍』に感知されて連れて行かれ、十年孤独に過ごしていた。
元々生真面目なひとらしく、今回の再就職説明会も前向きにがんばろうとしていたけれど、がんばりすぎたらしくかえって精神をすり減らしてしまった。
もうひとりのミカさんもしょげかえっている。背の低いかわいらしい印象の女性なのにどんよりオーラを背負ってかわいそうなくらい。
二十台後半――アラサーのミカさんは二年間『異界』で隠れていた。結婚するつもりだった男の浮気の現場に遭遇し――一方的に義務づけられた家事をするために男の家に行ったらすっぽんぽんの男が知らない女といちゃこらしていたと――問い詰めたら勢いで共同資金の使い込みをカミングアウトされ、口汚く罵倒され、部屋を追い出された。
尽くして尽くして尽くしてきた男の裏切りにココロが壊れ、そこを『災禍』に感知されて連れて行かれた。
基本が『尽くすタイプ』のミカさんも真面目に再就職しようと意気込んでいたけれど、ほかのひとが前向きになる様子に譲ってしまった。
そんなふたりは目の前に出された茄子の浅漬けをつまむ手がとまらない。ポリポリポリポリ、あんた達ウサギかなんかかとツッコミたくなるくらい食べ続けている。
採用の誘いを断って気まずいのか、はたまた口さみしいのかと思ったけれど、どうも違うみたい。
「………お茄子、おいしいですか?」
「すごくおいしいです」
この茄子は――神宮寺家の茄子か。
安倍家からの入院中に届けていた食事にも神宮寺家からもらった野菜を使っていた。――もしかして――。
その可能性に気付き。
コウに探ってもらったところ、間違いなかった。
神宮寺家の野菜が浄化の手助けになっている。
なんでやねん。
どうも竹さんを守るために黒陽様が展開したあれやこれやが農場に影響を与えているらしい。最近は竹さんもなんやかんやしているというし。そのなんやかんやが野菜に影響を与えてとんでもない代物になっているようだ。
そりゃ神様方も喜ばれるわ。
竹さんのご両親は二日に一回面会に来られているときからなんだかんだとお野菜をたんまり持ってきてくれていた。「商品にならないものですが」と言いながら「規格外品のなかでも良品を持ってきてくれていた」とヒロさんが言っていた。『黒の姫』とカミングアウトしてからはそんな規格外品に加えて正規品のなかでも特級品を持ってきてくれてる。アキさんをもってしても「これを料理する度胸はない」と言わしめる美しいお野菜様は神様方への献上品となった。
高級野菜だから喜ばれてると思ってたけど、それだけじゃなかったらしい。
なんてこったと考えていて、ふと思いついた。
チラリと隣のわんこに目をやる。《さすがヒナ》とにっこり微笑む最愛。じゃあちょっと提案してみようか。
「―――おふたりは今日まだお時間ありますか? 大丈夫でしたらちょっとつきあってもらいたいところがあるんです」
◇ ◇ ◇
あの真夏の桜吹雪から一年経った。
『異界』の生存者八名はそれぞれの人生を歩いている。
『目黒』に採用された四人は今ではなくてはならない戦力となっている。千明様に振り回されながら毎日生き生きと働いている。
我が家に来てくれた二人も吉野に馴染んだ。同世代の兄達の地域おこしグループに積極的に参加してくれて、毎日楽しそうにしている。
神宮寺家に採用されたふたりも順調だ。もともと能力があったひとが、活躍の場と理解ある上司を得たらこんなに活躍するのかと驚かされた。
神宮寺家の事務の効率化。デジタル処理の導入。インターネットを活用したPR。これまでになかった取引先の開拓。
なにをしても「すごいな!?」と驚いてくれ、ちいさなことでも「ありがとう!」と感謝してくれる祥太郎さんはじめ神宮寺家の皆さんに、どれだけふたりが喜んでいるのか。どれだけ感謝しているのか。それはふたり以外にはわからない。
「おひるごはんがおいしいからぼく、太っちゃいました」
ほにゃりと笑う中島さんの頬は確かに少しふっくらしてきた。削げて骸骨みたいだった一年前が嘘のようだ。
「あれから一年経ったから」と『行政から派遣されたカウンセラー』の顔で面談すれば、ふたりはそれぞれにしあわせそうに笑っていた。
「当たり前のことをしただけで感謝してくださるんですよ。こんな上司も世の中には存在してたんだって、毎日感謝しかありません」
そんな中島さんは本人が知らないだけでハイスペックな人材だ。元居た会社では中島さんが行方不明になったのは「上司のパワハラと過重労働が原因」と認定されて、働き方改革やらコンプライアンスやらが徹底された。十年経った今ではなかなか働きやすい環境になっていると聞く。
「やったらやっただけ『ありがとう』って言ってくれるんです!『すごいね!』って褒めてくれるんです! もう、毎日うれしくてうれしくて!」
幼少期から毒親に押しつぶされ続け、ようやく社会人になり独り立ちしたもののクズを引いたミカさんはこれまでの人生で『褒められる』ことがなかった。それが神宮寺家ではみんなが褒めてくれるものだから当初「ここは天国ですか?」「私、死にましたか?」と言っていた。そんな反応を祥太郎さんは「冗談のうまい愛嬌のあるお嬢さんだなあ」とのんきに受け取っていた。
ちなみにミカさんを捨てたクズは私が制裁した。ミカさんの毒親にも手を回して縁を切らせた。どっちも弁護士の晴臣さんに出てもらってサクッと処分。
身軽になったミカさんは神宮寺家で毎日楽しそうに働いている。
竹さんを嫁に出してさみしがっていた神宮寺家の皆さんもミカさんのことを「ウチの娘」と言ってかわいがっておられる。
『異界』の生存者八名のそれぞれの様子を確認し、『魂』の状態も『視た』。
全員無事『魂』の修復が完了していた。
「任務完了ね」
肩の荷が降りた気分でそう言えば、愛しいわんこが「そうだね」と笑ってくれる。
「みんなこれまで大変だっただろうけど、きっとこれからは『いいこと』がいっぱいあるよ」
そうね。結果だけ見てみたら『目黒』も『久木ファーム』も『神宮寺農園』も有能な人材つかまえて成長してるし、みんな楽しそうだし、万々歳よね。
不遇な目に遭っていたひとが、つらいつらい時間を乗り越え、しあわせになる。
そんな王道テンプレなおはなしのように、八人それぞれに『しあわせ』になってほしい。
「―――じゃあ、任務完了のお祝いを兼ねて」
両手を合わせ『光』を集める。
どうか彼らがこの先『しあわせ』でありますように。
どうか彼らの行く先に『明るい未来』がありますように。
「ヒサキヒナの名にかけて」
祈りを込め、空に向けて両手を差し出した。
「新たな一歩を歩む彼らに、『日の巫女』の言祝ぎを」
合わせていた手をそっと開く。
蛍が飛び立つように、ゆらりと『光』がこぼれた。
◇ ◇ ◇
私のこの『祝福』の効果か。
その後八人それぞれが、出逢いがあったり恋が芽生えたりくっついたりして家庭を持ち『しあわせ』に暮らした。
王道テンプレはやっぱこうでないと。
最後は『みんなみんな、しあわせに暮らしましたとさ』で締めないとね!
次回からは竹の下の弟視点の【番外編第二弾】をお送りします