【番外編1】神宮寺祥太郎の嘆き 13
神野の伯父と従兄への挨拶は竹だけでなくトモと黒陽も同行してくれた。目黒くんと安倍弁護士はあの日一緒だったからわかるが、トモはまた後日でいいんじゃないか?
そう言ったら「面倒は一度で済ませたほうがいいでしょう」と言う。それもそうか。
「『また』となったらそれだけ竹さんに負担になります」
それが本音か。
どこまでも娘第一主義の男に呆れ半分頼もしさを感じてしまった。
◇ ◇ ◇
神野の家に着き、玄関を開けるなり伯父と伯母が土下座していた。プルプルと固まるふたりに首をかしげていたら「トモが威圧をぶつけている」と黒陽が耳打ちしてくれた。なるほど。「最初にガツンとやる」と言っていたヤツか。
盆正月にいつも集まる広間に行ったら親戚一同が集まっていた。なんでこんな大事にと眉をしかめたのは一瞬。またしたもその場の全員が土下座で固まった。
「………トモ?」
「最初が肝心ですよ」
トモの後ろにいる娘は気が付いていない。おれと妻は『霊力なし』だから気にならないと黒陽が教えてくれる。
「………なんか言ったのか?」黒陽にそっと耳打ちしたが「別に」と返ってきた。
「おまえ達が『霊力なし』なことはトモならばすぐにわかる」「『霊力なし』が霊力至上主義の家でどう扱われるかも、トモは知っている」
なるほど。おれ達が軽んじられていると察したからこそ『最初にガツンと』やったわけか。
目黒くんと安倍弁護士が安倍家の主座様直属ということは伯父と従兄だけでなく親戚みんな周知のことらしい。だからだろう。普段はあり得ない上座に座らされた。
中央に座っても平気な顔の目黒くん。その隣に安倍弁護士。おれと妻。反対側にトモと娘、黒陽が座った。
「本日はこのような場を設けていただき、ありがとうございます」
卒無く挨拶する目黒くんに親戚一同は土下座のまま。まだトモの威圧とやらは続いているらしい。
「ですが、驚きました」
ジワリと、目黒くんの気配が変わった。
「ぼくが面談を申し出たのは、ご当主と後継者殿のおふたりだけだったはずなのですが」
ミシリと空気が重くなった。ような気がした。
なんだろうとチラチラあちこちを見てみたがなにもない。なのに前に居並ぶ親戚一同はへちゃげた蛙のようになっている。
またトモがなにかしたのかとチラリとのぞき見たが、トモはスンッとしている。娘は娘できょとんとしているから関係なさそう。黒陽がチラリと目黒くんに目を向け、おれにむけてちいさくうなずいた。
つまりこれは、目黒くんの仕業?
穏やかでいつもニコニコしている青年が?
いやまさか。トモみたいにキツいヤツならともかく、目黒くんがこんなことするわけないだろう。
「――まあ、お話が一度で済むから良しとしましょうか」
重苦しい空気がパッと散った。
ゼエハアと虫の息の親戚一同に構うことなく目黒くんは話を進めた。
神野家の依頼により保護した娘が目を覚ましたこと。霊力は無事身体の内に納まったこと。保護しているときに同じ主座様直属のひとりが娘に一目惚れしてしまい、目覚めるために協力してくれたこと。それが同行している男であること。
目を覚ました娘に男はさらに惚れ込み、娘も男を受け入れた。結婚を前提にお付き合いすることになった。
娘はまだ体調が万全でないため実家に帰すことはできない。そもそも男が離さない。なので引き続き安倍家で生活する。
娘が目覚めたことで神宮寺家と安倍家で結んだ契約は満了となること。両家の橋渡しとなった神野家には神宮寺家が深く感謝していること。今日は目覚めた娘とともに感謝を述べにきた――。
「ということで、ここからは祥太郎さん。どうぞ」
『どうぞ』と言われても。
伯父と従兄だけのつもりだったから挨拶なんて考えてない。ここの連中は『霊力なし』のおれに対して基本馬鹿にしている。そんな相手になにをどうすればいいんだよ。
「他の方のことはお気になさらず。ご当主と後継者殿にだけ感謝を述べられたらいいと思います」
「お持ちになったものも渡してしまいましょう」
目黒くんにそう勧められ、それならと伯父に手をついた。隣で妻が同じようにしてくれたのが心強かった。
「泰典伯父さん。泰孝くん。このたびは本当にありがとうございました」
「これ、気持ちばかりのものですが、どうぞお受け取りください」
宮内府に納めるレベルの賀茂茄子と、高級素麺。賀茂茄子は高級品だかすぐに食べないといけない。だから日持ちのする素麺もつけてみた。
それと謝礼金も包んだ。安倍弁護士が「このくらい」と相場を教えてくれたから間違いないだろう。
だが、親戚一同が集まっているとなると茄子が足りないんじゃないか?
そう思ったとき、黒陽の声が届いた。
《おまえがキチンと礼を尽くして返礼したとわかるほうがいい》《茄子の分配にまでおまえが気を配る必要はない》
そういうもんか? まあ黒陽がそう言うならいいか。
安倍弁護士がスッと立ち、おれが差し出した返礼品をまとめて持ち上げた。そのままきれいな所作で伯父の前に進み、スッと差し出した。
伯父が震えながらもさらに深く頭を下げた。今のは『受け取った』ということでいいのか?《いいだろう》そうか。ならこれで終わりか。
「では続いて竹さん。ご挨拶をどうぞ」
目黒くんにうながされた娘はピッと姿勢を正し、伯父に向かって手をついた。
「このたびはご尽力いただき、ありがとうございました」
「おかげさまでこのように元気になりました」
深々とお辞儀をする。顔を上げにっこりと微笑む。ウチの娘、かわいいな。
そう思っていたら。
「……………その………」
伯父が娘に話しかけた。
「霊力は………」
ああ。伯父は増え続けてた霊力をみてるもんな。
おれは『霊力なし』だからわからないが、娘と黒陽はとんでもなく霊力が多いらしい。それこそトモよりも、主座様よりも多いと。
だがふたりは結界や封印に特化した『黒の一族』なので、そんなとんでもなく多い霊力を『霊力なし』レベルまで封じられるそうだ。
それだけでなく、五千年かけて霊力操作も鍛えてきたので、封じるまでもなく霊力を一般人以下に抑えることもできると。
今日安倍家の敷地から出るにあたり、高霊力保持者だとバレては「また災厄が降りかかるかもしれない」と霊力を抑えてきたという。この状態なら神宮寺の家に寄っても街中をウロウロしても「差し当たりの危険はないと思う」と言っていた。
娘と黒陽のこれまでの苦労に涙が出そうだった。
そんな気遣いをしてきた娘に伯父は疑問が浮かんだらしい。
娘も気付いたらしい。「ああ」と微笑み、答えた。
「落ち着きました」
「「……………」」
黙ってしまった伯父達の後ろから「話が違う」と声が上がった。
「神宮寺の竹が高霊力保持者になったと聞いたのに!」
それを皮切りにあちこちから上がった話を統合すると、どうやら神野家がお仕えする神様に奉職する高霊力保持者が今は少なくなっている。だから竹が高霊力保持者になったのならば奉職させようと、それだけの霊力があるか見極めようと集まっていたらしい。あと『安倍のコウメイ』こと目黒くんを「一目見てみたい」というミーハー心。
「………勝手なことを………」
ゾワリとトモからナニカが吹き出た。
おれ達は横にいたからかどうもないが、前面に対している親戚一同は「ヒッ」と引きつった声をあげガタガタと震えだした。
「俺の妻を、勝手に使おうとしたと、そういうことか?」
ユラリと立ち上がるトモに「トモさん」と娘がズボンを引っ張り止めようとする。が、そんな娘にトモはにっこりとやさしい笑みを浮かべ「ちょっと待っててね」とだけ言った。
「責任者は誰だ」
全員がザッと伯父に目を向けた。
「ひうっ」とおかしな声をあげた伯父にトモは凄味のある笑みを向けた。
「あなたですか」
侮蔑を含んだ声でトモが嗤った。
「―――聞いていますよ。竹さんのお祖母さん――弥生さんのおかげでここまで生きていられたんですってね」
トモの言葉に誰もがキョトンとしている。当の伯父さえも。
「いいことを教えてあげましょう」
いっそ凶悪とも言える笑顔でトモが語る。
「あなたは本当なら今ここにいなかった」
「あの神事で落馬したときに生命を落とすはずだった」
息を飲むのは伯父達世代のみ。それより下の者は「え?」「なんのこと?」とキョトンとしている。まあおれもこの前聞いたばかりだしな。
「本来のこの家の跡取りは『愛し児』である弥生さんだった」
「あなたは落馬して死に、もうひとりのお兄さんは水の事故で死ぬはずだった。お姉さんは嫁ぎ、残った弥生さんが家を継ぐはずだった」
「だが、『愛し児』である弥生さんが『黒の姫様のお守り』を使い、自分の霊力全部を対価として差し出したからあなたは助かった」
「そのために運命が変わった」
「死ぬはずだった人間が死ななかった。生まれるはずのなかった人間が生まれた」
「弥生さんの子供は『霊力なし』で生まれた」
「なのにあなたは、あなた方は、大恩を受けたにも関わらず、弥生さんをあなどり祥太郎さんを馬鹿にしていましたね」
「あなたのせいで弥生さんは霊力を失ったのに」
「あなたのせいで祥太郎さんは『霊力なし』になったのに」
「そんな男を、そんな一族を、神様がどう思われると思いますか?」
伯父はガタガタと震えている。そろそろとめようと声をかけるより早く「知っていますか」とトモが話を続ける。
「霊力を失っても『愛し児』は『愛し児』なんですよ」
「あなたは、あなたの一族は、『愛し児』とその息子を数十年にわたり虐げてきたんですよ」
「大恩があるにも関わらず」
その事実は親戚一同には衝撃だったらしい。
伯父が落馬したことを知っている者はいても母が助けたことは知られていなかった。まさか兄を助けたために『霊力なし』になったとは、そのために息子が『霊力なし』で生まれたとは誰も、当人である伯父ですら気付いていなかった。
そして母がいまだに『愛し児』であるということも誰も知らなかった。
「竹さんにあふれていたあの霊力量が、弥生さんの系譜に本来受け継がれるはずだった霊力」
「それが『落ち着いたら消えた』というのは――『誰』の『何』に対する『対価』になったんでしょうねえ」
ガクブルと震える親戚一同にトモはにっこりと微笑んだ。嫌味なくらいに爽やかな笑顔だった。
「今後神宮寺家をないがしろにしないように」
「行いは自分にかえってきますよ」
「あと、俺の妻に手を出そうとするなら――どうなるか、わかりますね?」
◇ ◇ ◇
「やりすぎだろ」
神野家を出てからトモにそう言ったら「『無知は罪』ですよ」とペロリと言い切った。
「ちなみにですけど」とトモが『耳を貸せ』と手招きをしてくる。
なんだと顔を寄せるとヒソヒソと話をしてきた。
「どうもですね。『とあるひと』がワガママを言ったらしいんです」
「……………ん?」
なんの話かと首をかしげるおれにトモはヒソヒソと話を続けた。
「『とあるひと』が次に生まれ落ちる家を探すときに目をつけられたのが『愛し児』である弥生さんだそうで」
「あの『お守り』のせいで『縁』が『結ばれた』らしいですね」
「旧い名家だし、暮らし向きも豊かだし、神職の一族だし、『いいじゃないか』となったそうです」
「ところがまだ魂の状態だったその『とあるひと』が『神職の家はいやだ』『普通の家で普通に暮らしたい』と希望したらしいんです」
「で、弥生さん本人の希望とも合致するからって、弥生さんを家から出すために兄を助けた、と」
「……………」
チラリと娘に目をやる。トモは黙ってうなずいた。
「……………つまり?
『とあるひと』のワガママのおかげで伯父は助かった、と?」
「結果的には」
「おれが『霊力なし』なのは?」
「霊力の量に生まれも親も関係ありません。霊力量は生まれ持った『魂』と『器』で決まります」
……………それは、つまり……………。
「……………さっきの話は?」
ニヤリと笑うトモ。
「……………ハッタリか?」
「人聞きの悪い」
爽やかな笑顔を浮かべ、トモは言う。
「ちょっとした『解釈の違い』ですよ」
どこでそんな話を聞いたのかと聞けば「『とある筋』としか言えない」という。
「神野家に行くにあたって『ひとつでも武器が多いほうがいい』と教えてくれました」
主座様か? また借りが増えたな。今度行くときは最高級の賀茂茄子用意しよう。
「これで竹さんが高霊力を失った話が広まるでしょう」
「結果的には満点です」
竹が高霊力を持てなかったと今回の件で知られた。この話が広がれば『黒の姫』と娘をイコールでつなげるものは「ほとんどいないだろう」とトモが言う。
「本日の第一目標達成です」
そんな目標知らんぞ。おれは純粋に感謝を述べに来ただけだ。あんな親戚一同を地獄に落とすつもりはなかったぞ。
「それは俺のせいじゃない。向こうが勝手に墓穴に落ちたんだ」
ケロッと言い切るトモに呆れてしまう。が、このくらいの男でないとウチの娘は支えられないだろう。
なにせウチの娘はクヨクヨメソメソいつまでも後悔してるから。五千年メソメソしてたんだから筋金入りだ。
そんな娘にはこのくらい図太い男でないと無理だろう。たとえ執着がひどくても。束縛系でも。娘が『しあわせ』ならそれが一番。
「娘を頼むぞ」
そう言えば頼もしい男は「当然」と答え、自信満々に笑った。
竹の祖母の弥生さんは幼いときから高霊力保持者で『愛し児』でした。落馬した兄が死の淵にいるときに母(祥太郎の祖母)に頼んで『黒の姫様のお守り』を貸してもらい「自分の霊力を対価として差し出します」と『願い』をかけました。竹のお守りにかけられていた『運気上昇』が持ち主と設定した弥生母の系譜の霊力に反応して起動、『愛し児』だったこともあり神々に『願い』が届きました。
たまたま竹の転生先が検討されていたときで、本編にあったやりとりの末、弥生さんの『願い』が聞き届けられ兄は助かりました。
弥生さんが『自分の霊力を対価に』していたことは弥生さんの両親以外誰も知りませんでした。(両親もサトに言われて知りました)。弥生さんの霊力がなくなったのは思春期だからだと、よくあることだと判断されていました。
霊力を失っても『愛し児』であることに変わりはありません。兄を助けてもらい家を出られて好きなひとと結ばれた、弥生さん的には『願い』を全部叶えてくださった神様に弥生さんは深く深く感謝していて、家を出てから現在まで毎月一回はお礼にうかがっています。
『愛し児』が毎月来てくれてめっちゃ感謝を捧げてくれるので神様は喜んでいます。トモの脅したようなことはありません。
神野の家族親戚一同は弥生さんが今でも毎月神様にご挨拶しているとは知りません。
霊力がなくなっても霊力がなくても神様へ奉職できますし、術も使えます。術の効きが悪かったり神様方の反応がわからないだけです。
なので、弥生さんは家を出てからも非常時には札を書いたり奉納品を作ったりというお手伝いをしていました。弥生さんが作成したものにあとから別のひとが霊力を込める形です。弥生さんが回路作成、べつのひとが電池をセットするイメージです。