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【番外編1】神宮寺祥太郎の嘆き 10

 ―――目が覚めたらいつもの寝室だった。


 ……………なんか、壮大な映画を観た気分………。

 ぐるぐると浮かぶのは先程まで見ていた夢の記憶。――夢? 本当に?

 あんなにリアルで、あんなに納得いくものが、夢?


 だが、とも思う。

 寝る前に安倍家で聞いた話をまとめ、妻と話し合っていた。だからあんな夢を観たんだと言われたらそんな気もする。


 それでも。

 ほんとうに娘が救われたのならばいい。娘が赦されたのならいい。

 きっと夢で観たあの過去は本当に娘に降りかかったことだ。理屈も理由もわからないけれど、それは間違いないと思う。

 あんなにつらい想いをして何千年もがんばってきた娘が『しあわせ』になれないわけがない。ようやく『半身(あいつ)』に逢えたんだ。ずっと「あいたい」と言っていた『半身』に。『あいつ』なら竹を『しあわせ』にしてくれる。竹も『あいつ』のそばにいられるのがなにより『しあわせ』だろう。


 火曜日に目黒くんからトモの話を聞いたときには怒りしかなかったのに、おれの元から娘を手放すなんて「とんでもない!」と思っていたのに、今では早くふたりを一緒にさせてやりたいと思っている。そんな心境の変化に気付き、自分で自分に驚いた。



 今日は土曜日。それでも仕事はある。

 昨夜遅かったこともあり寝坊したかと思ったが、時計を見るといつもの時間だった。

 身支度をして畑に行くと親父とスタッフ数人が「大丈夫か?」と心配してくれた。

「大丈夫」と仕事をし、朝食を食べてまた仕事に戻る。時間通りにやってきた目黒くんも「大丈夫ですか?」と心配してくれた。


 早く娘に会いたくて懸命に仕事に取り組んだ。目黒くんががんばってくれたおかげもあっていつもより早く安倍家へ向かうことができた。


 車の中で目黒くんにトモの話を聞く。

 目黒くんの話してくれるエピソードは夢で観たものと一致するものがいくつもあった。ということは、やはりあれはただの夢じゃなかったんだろう。


 目黒くんからトモの話を聞いていたらあっという間に安倍家の離れに着いた。

 娘は昨日からまた熱が上がったと明子さんが教えてくれる。おれのせいか。おれのせいだろうな。昔から興奮したら熱出すもんな。あれだけ怒らせたから熱も出すよな。


 娘の部屋にはいつもの黒髪のベテランがいた。

 ただ椅子に座っているだけなのに貫禄のあるその目に、そのたたずまいに、ふとナニカが引っかかった。


「………黒陽?」

 妻がベテランに向けて呼びかけた。

 ベテランはニヤリと口の端を上げた。


 何も言わないベテランに、察した。

「………『呪い』が、解けたのね………」

 妻のつぶやきにベテランは楽しそうに目を細めた。


「―――いつも娘を守っていただき、ありがとうございます」

 姿勢を正し、改めて感謝をのべ頭を下げた。妻も一緒に頭を下げた。


「貴公らが気にされることはない」

 そう言ってベテランは慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。


「私は守り役だ。守るのは当然だ」

 おれ達が『知っている』ことを知っている顔だった。


「―――お名前をうかがっても?」

 そうたずねたら「名乗るほどのものではない」と返ってきた。ならばと「ではなんとお呼びすればいいですか?」と聞いてみた。

 彼は驚いたようにまばたきをし―――ニンマリと笑った。


「『黒陽』と」


「それと、普段のしゃべり方でいいぞ。――ショウ。ユキ」


 なんだか『家族』と認めてもらえたようで、うれしくなった。



   ◇ ◇ ◇



 ようやくふたりきりになった車内で妻に「へんな夢みたんだ」と話せば「私もみた!」と言う。妻もずっとおれと「話がしたかった」という。

 お互いに夢の話をしてみると、どうもおれ達は同じ夢を一緒にみていたらしい。

「そんなことできるんだね」ふたりで驚いた。


 きっと安倍家の誰かがなにかしておれ達に娘の過去を観せたんだ。ありがたい。

「早くトモくんに会いたいね」妻はそう言って笑った。



   ◇ ◇ ◇



 翌日。日曜日。

 娘の熱は微熱にまで下がったと明子さんが教えてくれた。

 が、おれ達が部屋に入ると娘は頭から布団をかぶり徹底抗戦の構えになっていた。


 完全に拒絶された。


「竹」声をかけても反応がない。

「熱はどうだ」聞いても答えはない。

 ベッドの上の団子からは不穏な気配がにじみ出ている。………完全に敵認定されている。


「トモくんの悪口言うから」

 妻の指摘に「ぐっ」と詰まる。だってあのときはおれも頭に血がのぼってて。トモがどんなヤツか知らなかったし。


「無理しないでね竹」妻の呼びかけにも娘は反応しない。

「姫は私がついているから」「心配するな」黒陽がコソリと耳打ちしてくれる。おそらくは竹に聞かせないように。


「トモにうまく話してもらうよう頼んでおく」「トモの言うことならおそらく姫も聞くだろうから」

 そういう黒陽に「黒陽の言うことは聞かないのか?」と聞いてみたら「………わかるだろう?」と遠い目をされた。


「明日の午後にはトモくん戻ってくる予定です」

 落ち込むおれにコーヒーを出してくれた明子さんが言う。

「うまく時間が合えば顔合わせしましょう」

「私達も同席しますね」と言ってくれたので「お願いします」と頭を下げる。


「大丈夫ですよ。竹ちゃんはわかってくれます」

 気休めでも励ましがありがたかった。



   ◇ ◇ ◇



 そうして迎えた月曜日。

 いつものように目黒くんと離れに降り立つと、明子さんが玄関で出迎えてくれた。


「トモくん戻ってますから。どうぞ」

 案内されたのはいつものリビング。そこに数人が座っていた。


 初めて目にする不機嫌な顔をした娘の隣に座っていた青年が、おれ達が顔を出した途端に立ち上がった。

『あいつ』だった。


「はじめまして。お嬢様とお付き合いさせていただいております、西村 (とも)です。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」

 凛々しい挨拶をし、きれいなお辞儀をする。くそう。カッコいいじゃないか。


 こちらも自己紹介をし、明子さんに勧められた席につく。トモの正面。妻は娘の正面。

 トモの隣に黒陽。娘の隣にひさきさん。おれの隣に安倍弁護士。妻の隣に明子さんが座った。

 黒陽と安倍弁護士の間、一番上座に主座様が座る。目黒くんは明子さんとひさきさんの間、一番下座に座りノートパソコンを広げた。黒髪の青年が護衛のようにひさきさんと娘の後ろに立った。


 目の前の娘を見つめるも、全然目が合わない。

 おれ達が姿を見せたときにはわかりやすく不機嫌を顔に出していた娘が今は氷のように冷たい表情で固まっている。口角は上がっているが笑みの形を作っているだけ。何も映していないとわかる目は全く笑っていない。


 これは、アレだ。よく映画とかでいる冷徹な上位者だ。


 完全に拒絶されている。他人以下になっている。その事実にメンタルがザックザック削られていく。

 助けを求めて黒陽に目を向けたが、あわれみを込めた視線を返されただけだった。

 ならと安倍弁護士に救いを求めたがこちらも苦笑を浮かべただけ。

 泣きそうになりながらももう一度娘に目を向けると、おれの動揺なんか微塵も気に掛けることなく冷徹な笑みを貼り付けたまま、背筋を伸ばして座っていた。


 ああ。駄目だ。完全に拒絶された。


 言い訳したくてもこの場で発言していいのかわからない。なにか言ってさらに拒絶されるかもしれない。どうしよう。どうしたら。


 助けを求め妻に顔を向けた。おれの視線に気付いた妻は『あきらめろ』と口パクしてきた!


 そんな! おれはこんなに娘を大事に想ってるのに!!


 あの子が『黒の姫様』だろうが何千年生きていようが竹は竹だ。おれ達の娘だ。

 あの夢を見たとお互いにわかってから妻と話し合った。その前の話し合いから『おれの娘に変わりない』と思っていたが、より強く認識した。

 実際なにを聞かされても観せられても「あの子はおれの娘」という認識は揺らがない。いつでも、どんなときでもあの子はおれの娘だ。かわいいかわいいおれの娘だ!


 そんなかわいい娘に男ができたらムカつくよ。当然だろ? 男親だったら誰だって娘に虫がついたらイヤだろう。

 そりゃあ、よく知りもしないのに一方的な言い分だったとは今ならわかるけど。反省してるよ。反省してるから、話をさせてくれ竹!!!


 祈るようにすがるように見つめても娘は無反応。『こっち向け』と念じても反応なし。ああ。愛情の反対は無関心だとどこかで聞いた。おれはもう娘に関心を持たれることすらなくなったのか。


 色々な娘の姿が浮かんでは消える。あんなにかわいい娘が。おれの娘が。ううううう。


「………それでは改めまして、神宮寺竹様の今後についての話し合いをはじめたいと思います」

 声に顔を上げると、ひさきさんがおれに目を合わせ目礼してきた。つられて軽く頭を下げる。


「司会進行は(わたくし)ヒサキヒナがつとめさせていただきます。皆様、よろしくお願い致します」


 ひさきさんはテキパキと話を進めていく。

「竹様のご両親に、改めて自己紹介させていただきます」とひさきさんが言うには、ひさきさんは三月末から娘の世話係に加わった。年齢は娘の一学年上。目黒くんやトモ達とは同学年になる十七歳。目黒くんといいひさきさんといい、最近の高校生はしっかりしてるんだな。もう成人だと思ってた。

 年齢が近いこと、お付き合いしている後ろの青年がトモと目黒くんの仲間だという縁で娘と「親しくさせていただいております」と微笑んだ。


「ね」と娘に顔を向けたひさきさんに、娘の表情が少しやわらいだ。本当に親しく思っているとわかった。


「本日(わたくし)は司会進行、あくまで中立の立場を取らせていただきます。皆様、どうぞご了承ください」


 つまり娘の味方もおれの味方もしないと。


 それからもひさきさんはテキパキと話を進めた。これまでの経緯。娘の現状。トモと結婚を前提としてお付き合いしていること。

 それから安倍弁護士がトモの略歴を聞かせてくれた。祖父母の話、両親の話。システムエンジニアとして活躍していること。主座様直属の能力者。若いながらもそれと知られた実力者。娘のそばにいられるだけの能力があることを黒陽が保証する。


 そんな話の間、トモは顔色ひとつ変えることなく飄々とした様子でおれ達に顔を向けていた。娘も隣で黙っていたが、トモの情報になんだか浮足立っているのがわかる。


「ではトモさん」

 きりのいいところでひさきさんがトモに声をかけた。

「改めて自己紹介をどうぞ」


 その言葉にトモは立ち上がり、キチンとお辞儀をした。


「改めまして、西村 智です」

「突然私のことを聞かされ、ご両親は驚かれたことと思います」


 なんと反応したらいいかと黙っていたら、トモは淡々と話を続けた。


「竹さんに出逢ったのは偶然でした」

「たまたま通りかかった先で出逢い、とらわれました」

「先程話にありましたとおり、私はこちらの主座様直属です」

「主座様に呼び出され、竹さんと再会し、そこから必死でアピールしました」

「竹さんが『黒の姫』だということも、転生を重ねていることも知っています」

「知ったうえで、共に在りたと思っています」


 断言したトモはそっと娘に目を向けた。

 チラリと見上げた娘と目が合ったトモは、ちいさく微笑んだ。

 おれ達に向けていたのとは大違いの、やさしい目を娘に向けていた。


 娘が恥ずかしそうに目を逸らすのをおかしそうにくすぐったそうに笑ったトモは、おれ達に視線を戻した。さっきのやさしい表情は消え、淡々としたものに戻っていた。


「ご両親が竹さんを心配されるのは当然だと思います。連れて帰りたいお気持ちも、手元に置いて守りたいお気持ちもわかります」

「ですが、その役目を私にお任せ願えませんでしょうか」

「若輩者の私ではご両親は頼りないと思われるかもしれませんが、これでも主座様直属です。竹さんといられるだけの実力はあると自負しています」

「家事も問題ありません。これまでもひとり暮らしをしていました。竹さんになにひとつ不便はかけません」


 そう断言するトモの目には覚悟が宿っていた。こいつは本当に娘に不便を感じさせないだろうと信用できる目だった。不便だけでなく不満も不自由さも感じさせないと、少しでも娘がそんなものを感じたならば即刻改善するだろうと簡単に予想できた。


「先程も話に出ましたが、竹さんをご自宅にお返しするのは危険を伴います」

「竹さんはこのままこちらの離れに暮らすか、鳴滝の私の家で同居してはという話が出ています」

「どこに住まいするとしても、私は竹さんと暮らすつもりです」

「竹さんが十八歳になったら入籍したいと思っています」


 ツラツラとしゃべり、トモはおれと妻をしっかりと見つめた。覚悟のこもったまなざしに、こちらも背筋が伸びた。


「ご両親にとっては突然現れた男だということは理解しています」

「これから信用と信頼を得て、それからお願いするべき話だとは承知しています」

「ですが、勝手ではありますが、今、お願いをします」


 そうしてトモはピッと背筋を伸ばした。


「私達の結婚を前提としたお付き合いと、同居を認めてください」

「お願いします」


 きっぱりと言い、トモは頭を下げた。

 九十度の綺麗なお辞儀に、こいつの誠実さが現れているようだと思った。

 頭を下げるトモに娘がすぐさま立ち上がった。

 トモの横に並び、これまた綺麗なお辞儀をした。


 ふたり揃った九十度のお辞儀に熟年夫婦の(おもむき)を感じてしまい、ああもうお似合いだなあと目頭が熱くなった。


 チラリと隣に目をやると、妻が目を赤くしていた。鼻も頬も赤くなってるぞ。きっとおれも似たようなことになってるんだろうな。

 お似合いのふたりの姿に感動し、娘を手放すさびしさを感じ、それでも娘が『しあわせ』ならこんなにうれしいことはないと思い。


 うなずくおれに妻もうなずきを返してきた。

 立ち上がると妻も立ち上がった。


 そうして、ふたりで頭を下げた。


「娘をよろしくお願いします」




 おれ達が、というよりもおれがふたりの仲を認めると思っていなかったのだろう。娘がびっくりした顔でおれを見つめてきた。なんだか照れ臭くなって顔を逸らした。ぶすっとした顔になってる自覚はあるよ。でもどうしたらいいんだよ。


 と。「ぷっ」と誰かが吹き出した。誰だよと思ったらトモだった。

 口元に手を当てている。にらみつけてやったらさらに笑いやがった。


「すみません」と言う声は震えている。

「あまりにも竹さんそっくりで」


「「は?」」


 思ってもいなかったことを言われきょとんとしたらあちこちから「ぶっ」と笑いがもれた。

「と、トモくん。笑わせないでよ」

 明子さんの文句に「いや俺じゃないよ」と言うトモも笑っている。

「『娘は父親に似る』とよく言いますけど……」と言う安倍弁護士も口元を隠している。主座様はうつむいたまま動かない。目黒くんに至っては震える背中しか見えない。


「貴女がね」やさしい声でトモが娘に話しかける。

「照れくさいときとかどうしていいかわからないとき、今のおとうさんみたいな顔と態度するんだよ」


「へ!?」と驚く娘にトモが目を細める。愛おしくてたまらないというように。


「親子で良く似てるね」と指摘され、娘はぽかんとした。が、すぐにぶすぅっとした顔になり、ぷいっと反対を向いた。

 途端。

「ぷーっ!」「ぷはははは!」「―――ッ!」

 あちこちから笑いが起こった。


「た、竹ちゃん! もう! 笑わせないで!」

「わ! 笑わせてません!」

「だって……! あはははは!」

「もう! アキさん!!」


 真っ赤になって怒る娘なんて初めて見た。トモは机に両手をついてぷるぷる震えている。安倍弁護士は遠慮なく笑っているし、主座様はさらに深くうつむいてしまった。黒陽だけが呆れたような顔で、それでもうれしそうに微笑んでいた。


 怒っていいのか突っぱねればいいのかわからなくなったらしい娘が「ううう」とうなっていると、復活したトモが椅子を引いた。

「竹さん」

 どうぞ。とうながされ、ふてくされたような顔をしたまま娘が素直に座る。

 どこからか新しいコップとペットボトルを取り出したトモが娘に茶を出す。

「ほら。お茶飲んで」

 ぶすっとした顔のままトモをにらむ娘。にらまれてもトモはニコニコしている。

 自分も椅子に座るトモに娘はしぶしぶといった様子でコップに手を伸ばし、お茶に口をつけた。お茶を飲む娘を見つめるトモの目はどこまでも甘くやさしい。どれだけ娘を愛しているか、その態度が語っていた。


 娘が着席しお茶を飲みだしたのでおれも妻も着席した。そのタイミングでスッと新しいグラスがでてきた。

 いつの間にか姿を消していたひさきさんが「どうぞ」とお茶を勧めてくれた。お言葉に甘えてグッと飲む。よく冷えた緑茶は甘く、うまかった。


 笑いに震えていた面々もお茶を飲んで落ち着いた。


「竹ちゃんはお父様似ねえ」

 のほほんとした明子さんの言葉に、落ち着きかけていた娘の表情がまたこわばった。

「竹さん」すかさずトモが声をかける。いつの間にか肩が触れそうなくらいに寄っていた。


「昨日も言っただろ? おとうさんはびっくりしてるだけなんだよ」

「急に俺の存在を知ったからびっくりして、それであんなこと言っただけなんだよ」


「ですよね?」と話を振られ、反射的にうなずいた。


「ね?」

「だから、これから俺のこと知ってもらお?」

「ヒロやアキさんも協力してくれるって言ってるし」


 ちろりと目を向ける娘に明子さんが自信満々にうなずいた。目黒くんもコクコクとうなずいている。


「おとうさんは、竹さんのことが大好きなんだよ」


 ぺろっと軽く言うトモを娘がムッとしてにらみつけた。それでもトモは平気な顔。

「今日初めてお会いしたけど、俺にもそれは伝わったよ」

 やさしい声で娘に語りかけるトモ。おれが娘を愛おしく想っている気持ちを認められた気がして、照れ臭いと同時に誇らしくなった。


「昨日も言ったけどね」と前置きしてトモが娘に話しかける。

「たとえば俺が貴女に『俺のところに帰らない』って言われたら、俺、ショックで倒れるよ?」

「『家族じゃない』なんて言われたら、自分で自分の喉を掻っ切るよ?」


 息を飲み顔色を変える娘にトモは安心させるように笑い「『たとえば』の話だよ」と言い聞かせる。


「大好きな貴女に『帰らない』って突然拒絶されて、おとうさんかなしかったと思うよ?」

 トモの言葉に娘はわかりやすくシュンとした。


「だからね」

 トモがやさしい手つきで娘の背中を撫でる。

「おとうさんに謝ろ?」

「俺も一緒に謝るから」


 その言葉に娘はおずおずといった様子で顔を上げ、すがるような表情でトモを見つめた。トモはやさしい顔で微笑み、娘をうながして立たせ、自分も一緒に立ち上がった。


 つられておれも立ち上がる。なにを言われてもいいように覚悟を決め、拳を握った。

 しばらく逡巡していた娘だったが、トモがちいさく「竹さん」と呼び掛けると、うつむいたまま頭を下げた。


「……………ひどいこと言って……………ごめんなさい……………」


 隣でトモも「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


「竹は悪くない」

 思わず出た声に娘が顔を上げた。きょとんとした顔をしていた。


「竹は悪くない。悪いのはおとうさんだ」

「なにも知らなかったのに、ひどいことを言った」

「ごめん」

 言い切ってガバリと頭を下げた。


「ではこれで『おあいこ』ということで」

 軽い声に頭を上げると、ひさきさんがニコニコしていた。

「お互いに謝罪し、お互いの謝罪を受け入れた、ということで。よろしいですか?」


「………許して、もらえるのか………?」

 そう聞けば娘はチラリとトモに目を向けた。やさしい表情でうなずくトモに、娘はおれに顔を向け、黙ってうなずいた。


「―――!」

 ドッと全身の力が抜けた。ドサリと椅子に座り、両手で顔を覆った。

 よかった。よかった。娘に捨てられずに済んだ!


「先日の絶縁宣言は取り消しでよろしいですね竹さん」

 ひさきさんの念押しに娘は黙っていた。が、じろりとおれをにらみつけている気配がしたのであわててキチンと座り背筋を伸ばした。


「………もう、トモさんのこと、ひどく言わない………?」

「言わない」

「………安倍家の皆様のことも………?」

「もちろん」


 指摘されて思い出した。おれはあの暴言の謝罪をしていない。

 あわてて立ち上がる。ええと誰に謝罪すればいいんだ?

 とりあえず一番偉いひとに謝っておけば間違いないかと思いつき、主座様に身体を向けた。


「先日は安倍家に対し、ひどいことを口走りました。誠に申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げれば主座様が「謝罪を受け入れる」と鷹揚に言った。

「いいな。オミ。アキ」

 主座様の言葉に安倍弁護士と明子さんも「もちろんです」「気にしておりませんから、そちらもお気になさらず」と許してくれた。ホッとした。


 ホッとしたら目の前の男にも謝罪しなければと気が付いた。

「君にも」

 声をかけられると思っていなかったのか、トモがおれに顔を向けた。


「直接ではないとはいえ、君にも失礼なことを言った。申し訳ない」


 トモに向けて頭を下げた。トゲトゲしていた娘の気配が少しやわらいだ。


「そもそもは俺がもっと早くご挨拶にうかがわないといけなかったのに(おこた)っていたことも一因なので」

 トモはそう言い、頭を下げてきた。

「こちらこそご挨拶に行けず、申し訳ありませんでした」


 頭を下げるトモに娘が驚いですがりつく。

「トモさんは悪くない! 私が」

「いいんだよ」

「よくない!」

「まあまあまあ」


 言い合うふたりを止めたのはやはりひさきさんだった。


「なんでもいいですから。竹さん。絶縁宣言は取り消しでよろしいですね?」

 重ねて言われ、娘が「うっ」と詰まった。

 ひさきさんを見、トモを見、安倍家の皆さんや黒陽を見た娘は迷うようにおれと妻に目を向けた。


「……………でも……………」

 なにかをためらっているらしい娘。そんなにおれに腹を立てているのか。

 ショックでがっくりきていると、ひさきさんが「大丈夫です」と断言した。


「竹さんが神宮寺家に戻らないのであれば、ご両親及びご家族に影響はないと考えます」

「たまに会うくらいなら、今展開している守護陣とこれからお渡しするお守りで十分でしょう」

「『半身』であるトモさんがそばにいれば竹さんは安定します。そうなればこれまでのように『災厄を招く』ということはないと思いますよ」


 どうやらおれ達の心配をしてくれていたようだ。やさしい娘らしい。


 と。「あのう」と妻がひさきさんに話しかけた。

「発言してもよろしいでしょうか」

「もちろんです。どうぞ」


 うながされた妻は娘をまっすぐに見つめ「竹」と呼び掛けた。

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