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【番外編1】神宮寺祥太朗の嘆き 6

 いつもの安倍家の離れにお邪魔して、まずは娘の様子を見に行く。

 娘は穏やかに眠っていた。


「さっきまで起きていらしたんですよ」

 リビングダイニングに落ち着いて、明子さんが今日の様子を教えてくれる。

 我々が来るだろうからとがんばって起きていたらしいが、舟をこいでいたので横にさせたと。


 そんな我々の横で、目黒くんは土下座のまま動かない。


 カウンターキッチンのある広いリビングダイニングの椅子に座っている俺と妻。

 目の前には主座様と明子さん。

 そして目黒くんは椅子に座ることなく、床で土下座をしている。


「報告」

「ハイッ!」


 呆れたような主座様にうながされ、目黒くんが土下座のまま話を始めた。


「神宮寺さんお父さんに『娘と結婚してくれ』と言われました。

 思ってもみなかったことを迫られて、つい、『竹さんのお相手はぼくじゃない』と、『トモだ』と、言ってしまいました! 申し訳ありません!」


 さらに深く頭を下げる目黒くんに、呆れたようにため息を落とす二人。

「まだまだねぇヒロちゃん」

「再教育だな」

「申し訳ありません!」


 なにやら厳しいようだ。

 だが問題はそこではない。


「貴方が、娘に男を近づけたのですか?」

「お父さん」

 妻にたしなめられたが、止まらない。


「ここは直属の者しか来ないから安全だと、そう言いましたよね?」


「『おかしな者はいないからその点は安心してほしい』と申しました」

 明子さんが横から訂正してくる。


「『おかしな者』が娘にちょっかいをかけていたんですか?」

「神宮寺さん」

「お父さん」


 女性達にたしなめられるが、やはり止まらない。

 そんな俺に主座様はひとつため息を落とした。


「おっしゃる通りです」

「ハルちゃん」


 明子さんの呼びかけがいつもと違うことに気がついた。が、それどころではなかった。


「結果的に、ご両親の知らないところで娘さんに知らない男を近づけた。

 それはご両親にとっては、特に男親にとっては不愉快なことだ。

 それに関してはお詫び申し上げます」


 主座様が頭を下げた。

 明子さんも目黒くんも苦しそうな顔をしたことから、主座様に頭を下げさせることは大変なことなのだと理解できた。

 理解はできたが、許せるかはまた別の話だ。


「まずは経過説明をさせていただきます」


 そうして主座様は二人の出会いを話してくれた。



 主座様の直属の中でも特に親しくしているのが、目黒くんを含めた五人。

 その五人に、娘の回復を依頼したという。


 この世には五つの属性があり、それぞれに特化した五人が同時に霊力を注ぐことで高霊力保持者の霊力が安定することがあるんだと説明される。意味がわからない。


 とにかく、主座様の依頼を受け、五人が集まった。

 そこで『トモ』が娘に一目惚れをした。


 娘のためにと『トモ』は色々としてくれたという。

 肉体から離れた『魂』の状態の娘に話をしたり。『魂』が肉体に戻るよう薬の材料を探しに行ったり。


「正直、トモがいなければ、今お嬢様は生きていません」

 そこまでの働きをしたと説明されても「で?」としか感想がない。

 妻はなにやら感激しているが。


「お嬢様もトモのことを『唯一』と思っています。

 想い合っている二人を、我々は応援しております」


 ウンウンとうなずく目黒くんと明子さんにムッとする。

 つまりこのふたりはウチの娘に男がつきまとっていたことを知っていたのか? 知っていておれ達に黙っていたのか?


 これまで積み重ねてきた信頼が一気に崩れる。不信感でいっぱいになる。

 文句をぶつけようと口を開くより早く、声がかかった。


「トモを現在の特別任務に向かわせたのは私です。

 ご両親にご挨拶できなかったのは私の過失です。

 どうか、トモを悪く思わないでいただきたい」


 再度頭を下げる主座様。

 明子さんも、目黒くんも頭を下げてくる。

 妻はあわてて頭を下げたが、おれとしては納得がいかない。


 そんなおれに、主座様は皮肉げに笑った。


「トモの任務についてですが――もうすぐ詳しい者が来ますので――」

 そう話していたその時。

 ガチャリと奥の扉が開いて、男が入ってきた。


「おつかれー……って、あれ?」

 おれと同年代に見える茶髪の男は軽く挨拶をして、すぐに部屋の様子に口を閉じた。

 目が合ったおれに黙礼をしてきたので礼を返す。


「タカ。こちら、竹さんのご両親だ」

 主座様のその言葉に、男はチラリと床に正座している目黒くんを見た。

「あー」とだけ言い、主座様の隣に座った。


「トモのこと?」

「そうだ。いつまでかかる?」

「そうだなぁ……」


 うーん、と腕を組んでうなり、男は「どんなに早くてもあと一週間はいる」と言った。


「今話せるか?」

「竹ちゃん関係だと言ったら、アイツは何をおいても優先するよ」


 ニヒヒッと笑う男も『トモ』とやらが娘を優先すると断言する。

 男親として複雑な気持ちでいると、男はさっさとスマホを操作した。


『ハイ』

「トモゴメン。三分くれ」

『……また電話する』


 ブチッと切れた電話にムッとする。

 そんなおれに男は挨拶してきた。


「はじめまして。目黒 隆弘といいます。このヒロの父親です。

 いつもヒロがお世話になってます。お野菜もありがとうございます」


 ペコリと頭を下げる男に、こちらもあわてて挨拶をする。


「こちらこそ。目黒くんには本当にお世話になってます」


 息子を褒められて嬉しそうな男。

 そこに主座様が事のあらましを説明した。


「ブハハハハ!」と爆笑する男を、目黒くんは初めて見るキツい顔でにらみつけた。


「イヤー。神宮寺さん、お目が高い! ウチのヒロはいい子でしょー! 婿に欲しくなるでしょー!」


 目尻の涙を拭いながらウンウンと同意してくれる男にこちらもうなずいた。


「でもダメですよー。竹ちゃんはトモのものです。他の男は竹ちゃんが受け入れません」


『娘が受け入れない』と言う言葉よりも『娘が他の男のもの』だという言葉にカチンときた。

 それが伝わったようで、男は「ヤベ」とちいさくこぼした。


「ええとですね。竹ちゃんとトモは――」

 そう言いかけたとき、電話が鳴った。


「はいよ」

『三分』

「竹ちゃんのご両親にトモの話をした」

『……………』

「挨拶するか?」

『する』

「今一緒にいるから。どうぞ」


 そう言って目黒くんの父親はスマホをテーブルの中央に押しやった。

『……もしもし』というスマホの男の声に妻がすぐさま応える。


「は、はじめまして。竹の母です」


 おれにも『何か言え』と小突いてきたが無視する。

「もう」とちいさく文句を言って「お父さんも一緒にいます」と余計なことを言った。


 電話の向こうで相手が息を吸い込んだのがわかった。


『――はじめまして。電話越しで失礼します。西村 智と申します。竹さんとお付き合いさせていただいております』


 礼儀正しい挨拶に「ム」となる。


『ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。近々、改めてお伺いしてご挨拶させてください』

「は、はい」

『日程等はまた改めてご連絡させていただきます。ヒロ――目黒から連絡させます』


「わかりました。お待ちして――」「待ってない!」

 妻の言葉にムッとして思わず声をあげてしまった。

「もう! お父さん!」と怒られても知るか!


 それなのに電話の向こうの男は何も言わない。

 サッと目黒くんの父親がスマホを回収した。


「トモ。あとどれくらいかかる?」

『三日で終わらせる』

「イヤイヤ。一週間はいるだろ?」

『やる』

「無茶すんな。竹ちゃんが泣くぞ」

『………』

「一週間。メシも食え。で、ちゃんと寝ろ。睡眠不足は判断低下になる」

『………』

「竹ちゃんに言いつけるぞ」

『……わかった』

「今から進捗確認に行く」

『野村さんに連絡しといて』

「了解」


 プツリと通話を切りひとつため息を落として、目黒くんの父親はおれににっこりと微笑んだ。


「という具合に。トモは竹ちゃんにゾッコンなんです。なんでも言うこと聞きます。もう言いなりです」


 アハハーと笑う男に安倍家の面々がウンウンと真顔でうなずいている。


「こちらで日程調整しますので。申し訳ありませんが、もう一週間時間をください。

 仕事内容はちょっと言えないんですが、今アイツが抜けると京都の経済がエラいことになるんです」


 意味がわからないが妻が勝手に了承してしまった。


「どんな子なんですか?」との妻の質問に、目黒くんの父親はスマホを操作して写真を出した。


「これ、一年前の写真ですけど」と見せてくれたのは、高校の制服を着た青年の写真だった。


「あらハンサム」妻のつぶやきに「そうでしょー」と目黒くんの父親がドヤ顔になる。


「これ、入学式のときの写真です。この時からまた背が伸びて――。今、何センチかな? オレが百八十三だから、トモは百八十五? 七?」

「そんなもんだろうな」


 この背の高い男よりも背が高いという。生意気な。


 垂れ目は二重で眉は吊り上がっている。飄々とした雰囲気で生意気そうだ。とても娘に釣り合うとは思えない。娘には目黒くんのような穏やかな男が似合う。


「ま、あんまり外野か詳しく話しても良くないでしょう。あとはまた後日、本人を交えて話をしてください」


 あっさりとそう言って、目黒くんの父親はスマホをしまった。


「ただひとつ」

 おれにまっすぐ視線を合わせ、目黒くんの父親は言った。


「オレはトモを幼いときから見てきました。オレの息子だと思っています。

 トモはオレの期待以上の男に成長しました。

 あれほどの男はまずいませんよ」


 ニヒヒッと笑う男にムカついた。



   ◇ ◇ ◇



 帰宅してから両親に竹の様子を話すのは娘を預かってもらった初日から毎回のこと。

 今日もおれ達を待ちかまえていた両親が「どうだった?」と聞いてきた。

 車の中でずっと「態度が悪い!」と妻に怒られていたが無視していた、そのままの雰囲気で帰宅したおれ達に両親が戸惑っているのがわかったが口をききたくなくて黙っていた。


 そんなおれに呆れたように妻が両親に話を聞かせた。

 竹が良くなってきていること。竹に主座様直属の男が惚れたこと。『魂』の状態のときからずっと助けてくれていて、その男のおかげで竹は良くなったらしいこと。竹もその男を好きになって『お付き合い』しているとのこと。


「どこの誰だ?」と父が聞いてきた。父も娘をかわいがっているから『男ができた』と突然聞かされて不愉快になっているようだ。

「聞くの忘れてた」という妻に、目黒くんから聞き出した情報を明かす。


「『鳴滝の青眼寺の親戚』と目黒くんが言っていた」

「『鳴滝の青眼寺』!?」


 途端に両親の様子が変わる。

「名前は?」と聞かれ「確か『トモ』と」と答えたら「名字は!?」とさらに聞いてくる。

 名字。なんだったか。確か電話で名乗ったな。

 思い出そうとしていたら妻が先に思い出した。


「『にしむら』。『にしむら とも』と」


 途端に両親は「まさか」「そんなことが」と驚いている。

 なにを驚くことがあるのかと思っているおれをよそに両親はふたりにだけわかる話をする。


「偶然かしら」

「調べてみないといけないだろう」

「でも、まさか本当に」

「本当ならこんなにうれしいことはない」


「まさかあのサト先生の(ゆかり)の子が、私達の孫とお付き合いするなんて……」


 しみじみするふたりに「なに!?」「知り合い!?」と詰め寄ると、ふたりは話を聞かせてくれた。

 ふたりが結ばれるまでの話を。



   ◇ ◇ ◇



 物心つく前から母は上賀茂社で巫女をしていた。母は『(いと)()』というやつだったとかで、神野の後継者候補に挙げられるほどだったという。

 そのとき神野の後継者は母の長兄の泰典(やすのり)伯父だった。でも霊力量は母のほうが多かったうえに『(いと)()』だった母を後継者にという声は多かった。

 まだ小学生に入る前の幼い頃からそんなふうに周囲に騒がれ、母は兄に気を遣って暮らしていたという。兄妹といってもお互いにどう接したらいいのかわからず、常にピリピリしていた。


 父は泰典(やすのり)伯父の友達だった。中学で意気投合し、お互いの家に行き来するようになった。

 そのときに兄妹の関係に気付いた。神野の家に遊びに行ったときには母と話すこともあり、互いの言い分と気持ちを聞いた父が結果的に仲立ちをし、兄妹は仲良くなった。


 そのうちに母は父に惹かれていった。『兄の友達』でなく『ひとりの男性』としてみるようになっていった。

 父も母を好ましく思い、泰典(やすのり)伯父や他の友人達の手助けもあり、ふたりは付き合うようになった。


 しかし神野の両親――おれの祖父母はそれを良しとしなかった。

 両親は『(いと)()』である娘を社家から出す気はなかった。

「婿に入り神職になるならば付き合いを認める」と条件を出してきた。

 両親のそんな態度に腹を立てた母は「駆け落ちするつもりだった」。そして父は「家を捨てて婿に入る覚悟だった」という。



「お義父さん、神職になってたかもしれないの!?」妻のツッコミに「そういう可能性もあったねえ」と父は笑う。


 なんでも当時の父は「泰典が遊びがてら色々教えてくれて」『能力者』と名乗ってもいいレベルになっていたという。

「子供の頃からちゃんと修行してたら多分泰典兄さんよりも実力のある『能力者』になってたでしょうね」母がそう太鼓判を押す。

 だからこそ『婿に』という話にもなったと。

 そうでなければ問答無用で別れさせられていたと。


「でも、お父さんがおうちを継ぐためにがんばっていることも、おうちの畑を大事にしていることも知ってたから」


 父から「畑を取り上げたくなかった」「自分が畑の手伝いをしたかった」「一緒に父の夢を叶えたかった」と母が言う。

「お父さんを神野にしばりつけたくなかった」と。

 そう言う母に父は照れくさそうな、それでも愛おしいというのをこえらきれないような目を向けていた。


「ぼくは婿に入っても構わなかったんだけどねえ」

 そういう父に「ダメよ!」と母がプリプリ怒る。息子の前でいちゃつくな。



 父が農業という仕事に誇りを持っていることも、家を大切に思っていることも知っているおれは驚いた。

 大切にしていた家も夢も捨てる覚悟で母を選んだのかと、初めて聞いた自分の親のコイバナに尻のあたりがこそばゆくなった。



 そんなふたりに救世主が現れた。

 それが『鳴滝の青眼寺』の住職夫妻。



 ある日上賀茂社で献茶会が開かれた。母も手伝いに出たそこに来ていたのが青眼寺の住職夫妻。

 妻の『サト先生』はお茶の先生で、夫の住職は妻の手伝いとして来ていた。

 そのサト先生に母が声をかけられた。

「早まっちゃダメよ」と。


 まるで自分の考えを見透かしたような言葉に絶句した母にサト先生はお茶を点ててくれた。

 そのお茶をいただいた母は「身体の中にうごめいていた黒くてイヤなものがスッと消えた」という。

 不思議なことにココロが軽くなり、口まで軽くなり、気が付いたら洗いざらいぶちまけていた。


「それは大変ねえ」とのんびり言ったサト先生が「ちょっとご両親とお話しましょうねえ」と言い出した。

「そこまでしてくれなくても」「聞いてもらっただけで十分」と母は固辞したが、やはり神職だった母の父をご夫君が見つけ「ちょっとお話させてください」と茶席に引っ張りこんだ。

 あれよあれよと話が進み、気が付いたら自宅にサト先生とご夫君をお招きしていた。

 そうして母の両親の前でサト先生が言った。


「お嬢様はこちらの家を出たほうがいいです」

「もう霊力がほとんどありません」



 その半年前、泰典(やすのり)伯父が神事で落馬した。

 誰もが死を覚悟した。が、伯父は運良く一命を取り留め元気になった。

 そんな死の淵にいた状態から何故助かったかというと、母が『黒の姫様のお守り』を使って祈りを捧げていたからだった。

「どうか兄をお助けください」と。



「その『お守り』、『運気上昇』が込められていたみたいです」

「『(いと)()』であるお嬢様がその『お守り』を使い、ご自身の霊力のほとんどを『対価』に捧げたことでご子息は一命を取り留めた」

「ご子息はそのときに命を落とす『運命』でした」

「それが『お守り』のおかげで変化しています」

「今のところは長生きしそうですよ」

「ご子息のためにお嬢様の霊力はもうほとんどありません」

「ならば、それこそが神々のご意思と受け止め、お嬢様はこの地からお出しになられたほうがよろしいかと」


 なんでも『サト先生』というひとは有名な『能力者』で、特に『先見』に優れたひとだったらしい。

 そのひとにそんなことを言われたもんだから、母の両親はあわてて父との付き合いも家を出ることも結婚も認めた。


 あとで父と母がそろって『サト先生』にお礼に行くと「気にしないで」「『困ってるモノを助ける』のは私達の成すべき『対価』だから」と笑顔を向けられた。




「私達が結ばれたのも、今日まで農業にたずさわれたのも、サト先生のおかげ」

「そのサト先生の(ゆかり)の男性が孫の竹ちゃんのお相手だなんて」

「『ご縁』があったんだね」


 ニコニコとうれしそうにしている両親は、その男が『サト先生』の血縁だと信じているらしい。

「そういえば」と母がなにかに気が付いた。

「あれって、そういうことかしら」


 ひとり納得している母に「なに?」とたずねると母はうれしそうに言った。


「サト先生がおっしゃったの」

「『あなた達の子か孫が、もしかしたら我が家の待ち望んだ方かもしれません』って」

「きっとあのとき、ご自分のお孫さんか曾孫さんと私達の孫が結ばれると『先見』されてたのね」



   ◇ ◇ ◇



 翌日。

 やってきた目黒くんを両親と妻が取り囲んだ。仕事しろよ。


 やはり『トモ』は『サト先生』の孫だった。

 ウチの両親が『サト先生』と縁があったことに目黒くんが驚いていた。

 鳴滝の青眼寺は今は『サト先生』の養子が継いでいること、『トモ』は『サト先生』の実子の息子で『サト先生』自ら育てたことも教えてくれた。


 残念ながら『サト先生』もご夫君もすでに亡くなられているという。両親がひどくがっかりしていた。

「お参りに行きたい」と言う両親に「先方に伝えておきます」と請け負ってくれた。



「トモのご両親も法要で帰ってくる」という目黒くんに詳しく話を聞けば、『トモ』の両親はアメリカで研究者をしているという。そういえばそんなこと言ってたな。


 祖父母である『サト先生』とご夫君と三人暮らしだった『トモ』だったが、中学三年のときに『サト先生』を、昨年高校一年のときにご夫君を亡くし、現在はひとり暮らしだと目黒くんが言う。


 その『トモ』の父親も両親は知っていた。

「トモのお祖父さんもお父さんも特級退魔師でした」と言う目黒くんに父が名前を聞き出した。

「自分達世代で知らない者はいない」という。

「まさかあのひとがサト先生の息子だったなんて」と両親はなんだかテンション上がっている。


 そんなすごい祖父母と父を持つ『トモ』に両親はすっかり信頼を寄せてしまった。

 目黒くんが写真を見せ「ハンサム!」「しっかりしてそう!」とさらに好意的になった。


「トモは本当に竹さんのことが大好きなんです」

 目黒くんがいかに『トモ』が娘を好きか、どれだけ大切にしているかを披露する。『魂』になった娘を助けるためにどれだけ努力してきたか、も。

 そんな話に両親だけでなく妻まで『トモ』に好意的になってしまった。


 おれの味方はいないのか。



   ◇ ◇ ◇



「あんないい子のどこが気に入らないのよ」

 夜。寝室で妻が呆れたように言った。

 そう言うが、おまえ会ったことないじゃないか。


「目黒くんがあそこまで褒めるのよ?『親友だ』って言うのよ? いい子に決まってるじゃない」

「電話で話したときも礼儀正しくてしっかりしてたじゃない」

「それに竹のこと助けてくれたって言ってたじゃない。『その子がいなかったら竹は生きてない』って言われたじゃない」

「そこまでしてくれた恩人で、しかも竹のこと好きな子なら、文句ないじゃない」


 妻の言うことは全部その通りで、でも認められない、認めたくないことばかりだった。

 だから返事をせずに黙っていたら「ショウ?」と声をかけられた。『返事しろ』と。


 こういうとき同級生はいけない。お互い対等で、付き合いが長いから逃がしてくれない。ごまかされてもくれない。


 それでも言葉がでなくて黙っていたら妻がため息を落とした。

 呆れてるのがわかるため息。それでもなにも言えないでいたら妻は黙って横になったおれの頭を撫でてくれた。


 黙って撫でてくれる感触が気持ちいい。すさんだどこかが(なら)されていくみたい。

 妻に背を向けたまま壁を見るともなく目に入れていた。そうしているうちにポロリと言葉が落ちた。


「でも黙ってた」


 自分でもふてくされた声だと思った。

 それでも言葉にしてはじめて、不満に感じていたことが形になった気がした。


「そんな男がいたことも、竹に近寄ってたことも」

「おれ達は一日おきに竹のところに行ってたのに。明子さんも目黒くんもなにも言ってなかった」

「もう信じられない」


 ポロポロこぼれる言葉は、確かにおれが感じていたことで、それでもあやふやで形になっていなかった不満だった。

 そう。おれは信じてたんだ。目黒くんを。明子さんを。

 それなのに急に『娘を好きな男がいる』と聞かされて『聞いてないけど!?』って思ったんだ。


『なんで今まで言ってくれなかったの!?』『今までに言う機会あったよね!?』『わざと黙ってたの!?』『だましてたの!?』


 それは不信感。

 それは裏切られた痛み。


 信頼していたひと達がおれを騙していた。おれが娘を心配していると知っていたのに、娘にちょっかいかける男の存在を黙っていた。娘が男と交流していると知っていたのに、おれに黙っていた。


 おれはさぞ滑稽(こっけい)だったろう。

 なにも知らずただ娘を想うおれを、あのひと達は(わら)っていたんだ。

 おれをなぐさめてくれたあの言葉も、おれをねぎらってくれたあの眼差しも、全部全部ウソだったんだ。


 そう理解したらくやしくなった。

 なんだかむなしく、かなしくなった。

 横を向いたまま自分の手足を引き寄せて丸くなる。なんだかさびしくて、かなしくなった。


 涙が込み上げてきているとわかったけれど、泣くのもくやしくて我慢していた。ユキがずっと頭を撫でてくれていた。


「……………なんか事情があったんだと思うよ?『安倍家』だし」


 ポツリと、やさしい声色でユキが言う。


「『トモ』くんは『主座様直属』って目黒くん言ってたじゃない?

 あんまり大っぴらにしたらダメなのかもよ?」

「目黒くんも最初の日に言ってたじゃない。『本来は名を明かすことはない』って」

「だから、なんか言えない理由があったんだと思うよ?」


 ………それは……そうかもしれない……。

 ユキの落ち着いた口調で説明されたら、なんだか納得してしまいそうになる。

 それでも不満は消えなくて、黙って丸まっていた。

 ユキがずっと頭を撫でてくれる。こういうとき同級生はありがたい。付き合いが長いからなにも言わなくても察してくれる。

 そうやってユキに甘えているうちに取り留めもなく色々なことが浮かんできた。


 生まれたばかりの娘。幼児の娘。小学生の娘。最近の娘。そして、未来の娘。

 娘がウチで働いて。目黒くんと結婚して。娘夫婦と孫に囲まれて―――。

 でもその妄想は妄想でしかなかった。

 目黒くんとならずっとおれのそばにいてくれると思ったのに。


「……………目黒くんがよかった」


 ボソリとつぶやけば「気持ちはわかるけどね」とユキは笑った。


「仕方ないじゃない。目黒くんは竹のこと『妹』だとしか思えないんでしょ?」

「犬猫じゃないんだから。そんなこっちの都合よくいかないわよ」


 ユキの言い分は全くその通りとしか言いようがない。それでも、消えてしまった未来がもったいなくて泣き言を重ねた。


「……………竹には目黒くんみたいな、おだやかでやさしい男がいい」

「『トモ』くんだって『おだやかでやさしい』かもしれないじゃない」


 すぐさま返してくるユキに反論できず黙っていた。


「………まあ、目黒くん以外からも話を聞いたほうがいいかもね」

 ため息をついたユキが言う。それは確かにそうだ。目黒くんが言うのが本当かどうか、もうおれにはわからない。


「お義父さんとお義母さんにもお願いして、あちこちから話集めてみよ」


「ね?」と言われ、黙ってうなずいた。

 ユキはおれの頭をぐしゃぐしゃにかき回してからペシンとひとつ叩き「おやすみ」と横になった。



   ◇ ◇ ◇



 目黒くんがすぐにアポを取ってくれ、翌日の夕方、鳴滝の青眼寺を訪問した。

 娘のところに様子を見に行き、一旦帰宅して両親を拾って向かった。目黒くんが付き添いで同行してくれた。


 現在の住職夫妻が出迎えててくれた。『サト先生』とご夫君の位牌に線香をあげ、手を合わせる。

 両親が『サト先生』に受けた恩のことを話し「これまでご無礼していて申し訳ない」「亡くなったとは知らず、お参りが遅くなって申し訳ない」と何度も頭を下げた。

 それに対し住職夫妻は「義母(はは)らしい」「お気になさらず」と鷹揚に受け入れてくれた。


 住職夫妻によると、先代住職夫妻――『サト先生』とご夫君――は、あちこちで『人助け』をしてきたらしい。「自分達も『助けられた』ひとり」だと。

 なんでも先代が若い頃、安倍家の『主座様』に助けられ、その『対価』として『困っているモノを助ける』ことを『誓約』したのだと言う。


「ですからどうぞ、お気になさらず」

「自分達が手助けした若いふたりが結ばれて、お子様とお孫様に囲まれて暮らしていると聞いたら義母(はは)義父(ちち)も喜びます」

 住職夫妻はさらに言う。

「むしろ何十年もよく覚えていてくださいました」

「わざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます」


 住職夫妻の言葉に、態度に、両親はすっかり感動した。母は涙を落としていたし、父も顔を手で押さえて動かなくなってしまった。


 そこから目黒くんがうまく話を回してくれ、トモのことを色々聞いた。

「特級退魔師だった義父(ちち)が手ずから教え育てた実力者」「主座様直属」「今は我が家の仕事はしていない」「義母(はは)は茶道家でもあり古文書解読や美術品の鑑定もできた有識者で、『先見』以外にもいろんな術が使えた術者」「その義母(はは)が自分の持つ知識を全部詰め込んだのがトモ」


 話の端々から優秀な男だということが伝わってくる。そもそも『安倍家の主座様直属』というだけで「すごいひと」だということは目黒くんを連れて来た伯父と従兄が散々に言っていた。

 だがそれは身内贔屓かもしれない。


 帰宅してから思いつく知り合いに片っ端から連絡を取った。鳴滝に住んでいる農家友達や同級生。高校生の子供を持つ知り合い。出入りのメーカーや取引先。取材に来たマスコミ関係者。


「両親が恩を受けたひとが亡くなったと聞いた」「今は孫がひとり暮らしらしいが、お参りに行っても迷惑じゃないだろうか」そんな切り口で話をし、『トモ』について聞き出した。



 両親と妻の聞いた話も総合すると、『トモ』はとにかく優秀な人物だった。

 常に学年首位。むしろ全国トップレベル。全国模試では常に名前がある。

 見せてもらった全国模試上位者名簿には主座様と目黒くんの名前もあった。まさか本当に高校生だったとは。最近の高校生は落ち着いてるんだな。それとも安倍家の関係者だからか?


 部活には入っていない。委員会活動などもやっていない。学校では特定の誰かとつるむことはあまりなく、それでも飄々とした態度は男女問わず好感を持たれている。

 一部女子から熱狂的に慕われているらしいが、それを本人に見せるとゴミムシ以下の扱いをされ破滅することになるからと女子は密かに想いを寄せている。


 ……………。

『ゴミムシ以下』?『破滅』?


 小学校高学年のとき。ストーカー化した同級生はクラスで吊し上げられ親は圧力をかけられ逃げるように京都を出た。

 中学では『男子生徒と恋愛関係にある』と噂を広めた相手をひとり残らず探し出し裁判に引きずり出そうとした。どうにか示談で済ませたが、対象者とその保護者全員が誓約書と詫び状にサインさせられた。


 優秀さと同時にその苛烈さが広まっていて、『鳴滝青眼寺の元住職直系の孫』について聞けば簡単に情報が入ってきた。

 真面目で誠実。勉強もスポーツもできる優秀な男。唯一の難点が『女嫌い』。

 同級生として、先輩後輩として接する分には問題ないが、一瞬でも異性としての好意を出した途端に拒絶される。とことんまで嫌悪され、侮蔑され、女の子達は絶望のどん底に突き落とされるという。


「……………」

「……………」

「……………」


「………噂だから、話が誇張されている可能性はあるわよね………」

 妻が言うが、両親は口元をひきつらせ黙っている。


「………でも、竹ちゃんには『ベタ惚れ』だって、目黒くんが言ってたわよね………」

 母の言葉に目黒くんの話を思い出す。


『トモが竹さんに一目惚れして』『とにかくベタ惚れで』『もう別人です』『ぼくらもびっくりです』

『トモほど竹さんを大事にする男はいません』『どんな苦難も「竹さんのために」って乗り越えてきたんです』


「「「……………」」」


 沈黙を破ったのは妻だった。


「……………竹は確かにかわいいし、いい子だけど………。

 ………正直、そんな優秀な男の子を惹きつけるだけの魅力があるかと言われると………」


「おまえそれでも母親か」

「ウチの竹は天使だぞ?」


 そう文句を言ったら「バカは黙って」と一蹴された。失礼な。


「………とりあえず、身元がはっきりしたし、評判も悪くないようだし………。

 あとは本人に会って、実際にその人となりを見て判断しよう」


 父の言葉に全員賛成し、その日の話し合いは終わった。

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