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【番外編1】神宮寺祥太朗の嘆き 5

 眠っていると思っていた娘が高熱に苦しんでいた。


 おれにできることはなにもない。わかっている。

 あのひさきさんという娘さんが言っていた。「娘の『魂』は肉体に戻っている」「そのために肉体に影響が出て発熱している」「霊力が身体に馴染むかどうかが問題」「おれ達にできることはない」


 主座様直属の方が何人も手を貸してくれている。

 明子さんも言っていた。主座様が「問題なし」と言っていたと。

 だからきっと大丈夫。竹は、大丈夫。


 そう考えようとしても不安はぬぐえない。

 じわりじわりと黒い影がせまってくる。

 じっとしていられない。『万が一』という思いがぬぐえない。

『万が一、竹がこのまま死んだら』

『万が一、竹に二度と会えなくなったら』

 そんな思いが浮かんできて、仕事どころではない。


 それでも野菜は待ってくれない。やらなければならないことが次から次へと降ってくる。

 必死に身体を動かした。目の前の仕事に集中することで娘のことを考えないようにした。少しでも立ち止まると暗闇に足を取られそうで。少しでも考える余地があると苦しむ娘の姿が浮かんできて。


 妻も同じ状態だった。必死に仕事をし、家事をしていた。

 父や母が「きっと大丈夫」「無理せず休みなさい」と声をかけてくれたが、おれも妻も断ってただただ働いた。



   ◇ ◇ ◇



 水曜日。

 どうにか時間を捻出して娘の元へ駆けつけた。

 娘はまだ高熱に苦しんでいた。

 それでも娘に付いてくれている『主座様直属のベテラン』という黒髪の男が「一昨日よりも快方に向かっている」と教えてくれた。


『いい加減な気休め』『なぐさめ』『ごまかし』チラリとそんな考えが浮かんだ。

 顔が勝手にしかめ面になった。そんな態度の悪いおれに黒髪の男は怒ることも不愉快を現すこともなく、穏やかに微笑んだ。

「貴公が娘を心配される気持ちは十分理解できる」

「だからこそ、嘘偽りは口にしない」

「『証を出せ』と言われても出せるものではないから、そこは信頼してもらうしかない。が、ひ……お嬢様、は、間違いなく快方に向かっている」

「我が名にかけて断言する」


 そこまで言ってもらって、ようやく安心した。

 頼もしいひとだと感じると同時に、なんか時代劇みたいな喋り方のひとだなあと思った。




 娘の部屋を出たおれ達を明子さんがリビングダイニングに誘ってくれた。

 黒髪の男はそのまま娘についている。あのひさきさんも一緒にいるから安心してまかせられる。

 リビングダイニングで久しぶりに目黒くんに会った。


「お久しぶりです」と声をかけてくれた目黒くんに「色々手を尽くしてくれてありがとう」と妻とふたり頭を下げた。

 そんなおれ達に目黒くんは心配そうに眉を下げた。


「……ご無理、されてますね」

「……………」


 妻もなにも言えず、ただ頭を下げた。

「ご心配ですよね」とやさしくいたわられ、目頭が熱くなった。


 言葉が出なくなったおれ達に明子さんが「どうぞ」とアイスコーヒーを勧めてくれた。

 濃く煎れてくれている。寝不足なのもバレバレらしい。


「お仕事、大丈夫ですか?」

 明子さんが心配そうに声をかけてくれた。


「先日『最盛期だ』とおっしゃっていたでしょう?

 お嬢様がご心配なのは十分理解していますが、ご両親が体調を崩されるほうがお嬢様は悲しいと思いますよ?」


「お嬢様は私達が看ていますから、おふたりはしっかりと休んでくださいね」とやさしくねぎらわれ、喉の奥が詰まるようだった。


 黙ってうつむいていたら「あのう」と目黒くんが声をかけてきた。


「ぼく、お手伝いに行きましょうか?」


 目黒くんの言葉の意味がわからなかった。

 どうにか顔を上げて目黒くんに目を向けると、目黒くんはにっこりと笑った。


「ぼく、今、夏休みなんです」

 ということは、この青年まだ学生なのか? てっきりもう社会人だと思ってた。


「夏休みの間だけでよかったら、収穫のお手伝いに行きましょうか?」

「………は?」


「午前中だけなんですよね?」と確認され、のろりとうなずく。


「午前中お手伝いをして、で、帰りぼくを離れ(ここ)まで送ってもらうっていうのは、どうでしょう?」

「ぼくひとり程度では戦力にならないかもしれませんが、猫の手よりは役に立つと思いますよ?」

「ぼくも離れ(ここ)の鍵持ってますから。立ち入り許可だせる権限もあります。毎日竹さんの顔見れますよ」


 ニコニコとそんな風に言う。


「そうね。少しでも早くお仕事が終わったらお二人もここに来やすくなるわね」なんて明子さんも後押ししてくれる。


「ですが……」

 伯父達が言っていた。目黒くんは『すごいひと』だと。目黒くんも言っていた。『主座様直属』だと。そんな青年をウチの手伝いに使っていいのか? なんかどっかから文句が来るんじゃないか?


「ぼく、主座様直属のなかでも側近候補なんです」


 突然そんなことを言う。やっぱりすごい青年なんじゃないか。


「だから、いろんな仕事を経験してるんです」

「どんな事態にも対応できるよう、知見を深めるよう、ちいさい頃からいろんな経験してるんです」

「でも、農業は未経験なんです」


「林業は経験したんですけど」という青年の言葉に嘘はなさそう。そんなことまでしないといけないのか。エライひとの側近になるのって大変なんだな。


「できればこの機会に、農業のお仕事を経験させてもらえるとありがたいんですけど………ダメですか?」


 お茶目に「お願いします」と両手を合わせる目黒くんがおれ達を気遣ってそんなふうに申し出てくれたことは十分に理解できた。

 なんてやさしい青年だと、素晴らしい青年だと感銘を受けた。

 ますます目黒くんのファンになった。



   ◇ ◇ ◇



 そうして翌日から目黒くんが手伝いに来てくれるようになった。


「猫の手よりは役に立つ」と言っていたが、なかなかどうして。彼は十分戦力になった。


 一度説明しただけで仕事を理解した。

 二、三度確認しただけで品質を理解した。

 手際もいい。作業も早い。おかげでいつもよりも一時間も早く仕事が終わった。


 安倍家に向かう車で目黒くんを褒めると「お役に立てたならよかったです」とニコニコ笑う。


「本当にバイト料はいらないのかい?」

「もらってるじゃないですか」


 彼がそう言うのは出荷できない野菜の山。


「現物支給、最高です。神宮寺さんのお野菜はどれも美味しいですから!」


 確かに形が悪いだけで味は変わらない。それでも商品価値のないものだ。それをこんなに喜んでくれると、申し訳なさを感じつつも嬉しくなる。


「これまでにいただいたお野菜はアキさんや料理人をしている仲間が料理してくれました。とっても美味しかったです」

「これはぼくが初めて収穫したお野菜ですから、ぼくがなにか作ってみようと思います」


「目黒くんが料理するの?」驚いて思わず聞けば目黒くんは楽しそうに笑った。

「しますよー。アキさんが忙しいときはぼくがごはん作るんです」


 目黒くんはいい青年だ。

 気が利く。穏やかで周囲を明るくする。仕事ができる。そのうえ料理もできるなんて。

 何より、娘を大事にしてくれる。

 最初、倒れた娘を連れて帰ってくれたときからそうだった。ずっと娘を心配して、ずっと娘を支えてくれていた。俺達家族にまで心を砕いてくれていた。


 こんな青年が娘の婿になってくれたら。

 ちらりとそんなことを考えた。




 娘のところに顔を出して驚いた。

 あの高熱が下がっていた。


「今朝から熱が下がりました」ひさきさんが教えてくれる。

「まだ三十七度少しと微熱がありますが、落ち着いたと言っていいと思います」


 ひさきさんの言うとおり、娘の呼吸は安定していた。

 安堵で膝からくずれた妻を目黒くんが支えてくれた。

 おれもドッと力が抜けた。

 どうにか娘の枕元にすがりつき、様子をうかがった。


「竹」

「竹」


 呼びかけても答えない。熱が下がったからか深く眠っているように見える。

 それでもあの危険な状態から脱したとわかり、深く深く息を吐き出した。


 仕事の合間に目黒くんは何度も何度も「竹さんは大丈夫ですよ」と声をかけてくれた。自信に満ち溢れた目黒くんになぐさめられ、そうして実際娘の高熱が下がっているのを目の当たりにして、その日の夜、本当に久しぶりにぐっすりと眠った。



   ◇ ◇ ◇



 翌日。金曜日。


「……お父さん……? ……お母さん……?」


 娘が。


 目を覚ましていた。起きていた。


 七ヶ月眠り続けていた娘が。

 目をまんまるにして、おれを見ていた。

 弱々しくも呼んでくれたことに、号泣した。


「竹!」

「竹ぇぇぇ!」


 妻とふたりベッドに座る娘を抱き締めわんわん泣いた。

「よかった! よかった!」と撫でまわした。


「現時点で霊力は安定しています」「今日はじめてベッドから出られました」「重湯と桃を召し上がりました」ひさきさんがなにか説明してくれていたが頭に入らない。娘が目を覚ました。「お父さん」と呼んでくれた。それだけでうれしくて、ありがたくて、涙があとからあとからあふれた。


「もう大丈夫ですか!?」と聞けば「大丈夫だと思います」とひさきさんが答える。ならば。


「なら、連れて帰ります!」


 そう叫べば全員がびっくりしたような顔をして固まった。

 なにを驚くことがある。大丈夫ならウチに帰るべきだろう。

 なのに妻も娘も驚いた顔で絶句していた。


「………連れて帰るのは、まだちょっと………」

 ひさきさんの言葉に「なんで!?」と噛みつけば明子さんがとりなすように声をかけてきた。


「さすがに歩けるようにならないと」

 それもそうかと思った。が、連れて来たときは眠っていたんだから同じように連れ帰ればいいだろう。


「まだ目覚めたばかりですから」「微熱とはいえまだ熱があるんです。動かすのはお嬢様に負担になります」「もう少し体調が安定するまではしっかり休ませないと、また具合が悪くなってしまいます」


 ……………それは……………そうかもしれない………。


「普通のお食事を三食取れるようになるまではこちらでお預かりします」

「それまではこれまでどおり、専任薬師とこちらのベテランに体調を診てもらいますね」


 そう説明され、それもそうだと思った。

「また明日様子を見に来てください」と言われ、帰路についた。



   ◇ ◇ ◇



 翌日。土曜日。

 いつものように娘のもとへと向かった。

 今日は娘は目を覚まさなかった。

 それでも呼吸も安定しているし顔色も良くみえる。

 明子さんもひさきさんも昨日からどれだけ食事を()れたか、どのくらい目を覚ましていたか教えてくれた。明らかに良くなっている。


「これならすぐに帰れますね!」

 うれしくてそう言ったが、明子さんも目黒くんも笑顔を浮かべただけでなにも言ってくれなかった。


 帰るときには自分で歩けるだろうか。帰ってから体調は安定するだろうか。

 体調が安定して元気になったら学校へも行けるだろう。夏休み明けからは無理か? なら来年度からか? となると受験しないといけないか?


 ぐるぐると色々なことが頭に浮かぶ。

 おれも高校生活は楽しかった。クラスマッチで盛り上がった。合唱祭では流行りの歌を歌った。文化祭に体育祭、修学旅行。楽しいことがたくさんあった。

 娘にも高校ならではの楽しいことを経験させてやりたい。青春を謳歌させてやりたい。中学校生活は散々だったんだから、せめて楽しい高校生活を送らせてやりたい。

 そのためにはなにが必要だ? 差し当たり受験だな。


「できれば高校受験に間に合うように帰らせたいです」


 そう口に出したが、明子さんも目黒くんもひさきさんもなにも答えてくれなかった。


「娘は中学三年間ずっと体調不良で、学校生活を楽しむなんてできませんでした」

「せめて高校でその楽しさを経験させてやりたい」

「友達と遊んだり、学校行事を楽しんだり。

 そういう、普通の青春を送らせてやりたいんです」

「今から勉強すれば、竹ならきっと合格できます」

「なんなら編入でもいい。九月から高校に(はい)れたら同級生と同学年になれる」


 なにを言っても、どれだけ言っても誰もなにも言ってくれない。

 なんで賛成してくれないんだ。元気になったなら高校に行ったほうが竹だってきっと楽しい。これまで中学三年間、体育祭も文化祭もろくに楽しめなかったんだ。これから普通の学校生活を楽しませてやりたいじゃないか。


「娘に『普通の青春』を経験させてやりたいんです」

「『楽しい学校生活』を送らせてやりたいんです」


 そう訴えたが、誰もなにも言わない。なんでだと思っていたら、ひさきさんがぽそりと言った。


「………焦らないほうがいいです」


 どういう意味かとひさきさんに目を向けると、ひさきさんはにっこりと微笑んだ。


「あくまでも『今は』安定している、というだけです。

 今後どうなるか、まだ確実ではありません」


 ……………それは、そうかもしれないが………。


「それに今安定しているのはここにいるからかもしれません」

「ここは主座様が自ら場所を選定してお建てになった、特別な場所です。市内中心部と比較して高霊力なこの地の中でもさらに霊力の集まる特別な『場』です」

「だからお嬢様が安定している可能性はあります」

「焦ってご自宅に連れて帰って、逆にさらに具合が悪くなる可能性も、あります」


 そう言われたら連れて帰れない。

「ぐぬぬ」とうなっていたら明子さんがやさしく声をかけてくれた。


「ご心配なのは十分わかりますが、焦らず、ゆっくりと見守っていきましょう」

「私達がお世話していますから。どうぞご安心ください」


 そう言われても納得できない。暗闇に差した光に希望が捨てられない。

 苦悩していたら明子さんはいたわるようにやさしいまなざしを向けてくれた。


「お父様がお嬢様のことを心配されるのは当然です。『楽しい学校生活を』と願われるのも十分にわかります」


 肯定されて意識が明子さんに向いた。

 きっとおれはすがるような目をしていたんだろう。明子さんは困ったように微笑んだ。


「ですが、まずはお嬢様が元気にならないと」

「元気になって、『もう大丈夫』ってなってから、今後のことはお話しましょう」


 ………そう言われたら、確かにそうかもしれないが………。

 黙っていたら明子さんがさらに言った。


「まずは今日を無事に過ごすことを目標にしましょう?」

「ごはんを食べること。起きてお話できること。

 そんな『今日』を繰り返していけば、きっとお嬢様も『普通』の生活リズムを取り戻していくと思います」

「焦ってはいけません。急かしてはお嬢様に負担になります」

「せっかく良くなってきたのです。このまま良くなるよう、見守っていきましょう?」


 納得しかない言葉に「はい」としか言えなかった。

 そうしてこの日も帰路についた。




 帰ってから両親にだけは娘の話をした。回復の兆しに両親も喜んだ。

「きっと大丈夫」「このまま良くなっていくよ」そう声をかけられ『そのとおりだ』と思った。



   ◇ ◇ ◇



 日曜日も月曜日も目黒くんが来てくれた。

 ベテラン並に働く彼はもう主戦力のひとりになっていた。頼もしい彼が仕事の合間に「大丈夫ですよ」「きっと竹さんは良くなりますよ」と声をかけてくれ、より心が軽くなった。


 娘を連れて帰る未来が近づいているように思えた。



 そうなると新たな心配が浮かんできた。

 娘を連れ帰って、それからどうする?

 来年度の高校受験を受けさせるか? 今から受験勉強して間に合うか? 一学年下の子と同級生になると娘が疎外されたりいじめられたりしないか?

 それなら編入ができないか? 編入試験を受ければ同級生と同じ学年になれる。だがその編入試験はどのくらいの難易度だろうか。半年以上勉強していない娘が合格できるだろうか。


 いろんな考えがムクムクと浮かび、余計なことと理解しつつもスマホで検索してしまい、コワイ記事を見つけては頭を抱えるということを繰り返していた。




 そんなことをしていたある日。


 その日ふと、仕事中に目黒くんの姿が目に入った。

 そうだ。この青年と結婚したらどうだろうか。

 娘は家でじっとしているのが好きなタイプだから、家庭に入ることは喜ぶはずだ。

 何ならウチの近くに新居を建てて、子供ができるまではウチの手伝いとして雇って――。

 子供ができたら子供を連れて手伝いに来てもらって――。

 何なら目黒くんもこのままウチに就職してもらって――。


 妄想が一気にふくらんだ。娘夫婦と孫に囲まれて仕事をする妄想。なんてしあわせなんだ! もうそれしかないだろう!


 穏やかな目黒くんは娘にぴったりだ。目黒くんも最初から娘を『気にかけていた』という。今日までずっと側にいて面倒を見てくれていたわけだし、きっと娘が好きに違いない!

 目黒くんなら身元もしっかりしている。俺達家族にも親切だ。これは、もう、これしかないんじゃないか!?


 結婚してウチで働くなら中卒でも問題ない。目黒くんならきっとそんなことで娘を見下すようなことはしない。きっと娘を大事にしてくれる。


 二人の子供ならきっとかわいいぞ。素直でやさしい子に違いない。

 男の子もいいなぁ。女の子もかわいいなぁ。男の子と女の子ひとりずつ……いや、孫は何人いてもいい! 三人でも四人でも産んでもらおう!「じいちゃん」と呼ばせようか。いや、最近は「じいじ」と呼ぶのが多いな。それもいいな。


 そんなことを妄想していたらあっという間に仕事が終わった。

 片付けをする目黒くんと二人きりになっていた。


「――目黒くん」

「ハイ」


 素直ないい青年だ。彼になら娘を任せられる。


「よかったら、君、娘をもらってくれないか」

「……………は?」


 自分の考えに夢中になっていたおれは、彼の表情に気づくことなく自分の考えを吐き出した。


「娘は君のおかげで元気になった。感謝しかない。

 だが、これからどうなるのかと考えると心配なんだ。

 君のような青年が娘と結婚してくれたら、きっと娘はしあわせだと思うんだ!」


「け、結婚!?」


「もちろん最初はお付き合いからだ! 君さえよかったら卒業したらウチに就職しないか!? それで、娘と結婚して、二人でウチで働いたらいい! この近くにいい物件があるからそこに家を建てて――」


「ま、待って! 待ってください!!」


 目黒くんに肩を押さえられ、やっと彼に迫っていたことに気がついた。


「結婚って! なんで!?」

「君なら娘を任せられる!」

「イヤイヤ! ぼくじゃないですから! 竹さんのお相手はぼくじゃないです!!」

「何を言う! 君ならウチの竹にぴったりだ! ずっと気にかけてくれていて、面倒見てくれてたじゃないか!! 君なら娘を任せられる! ウチの婿になってくれ!」

「竹さんのお相手はぼくじゃないです! トモです!!」


 ―――な、に?


「―――『トモ』……?」


 目黒くんの叫びに、冷水をぶっかけられたようにすうっと引いた。

 目黒くんは目に見えて『ヤバい』という顔をして目を逸らした。


「…………目黒くん…………?」

「…………は、ハイ…………」


「その、『トモ』というのは、………なんだい?」

「……ええと……その……」


「……………」

「……………」


「………君は、娘を気にかけてくれていたんじゃないのかい?」

「それは……妹のようなつもりで……」


「……………」

「……………」


「……恋愛対象ではない、と?」

「……ハイ」


「……………」

「……………」


「………我々にまで親切だったのは……?」

「……困っている方に親切にするのは、ひととして当然かと……」


「……………」

「……………」


「……………『トモ』、とは?」

「……竹さんの………お相手です」


「……………」

「……………」


「どこの誰だ?」

「……ぼくと同じ……主座様直属の能力者で……ずっと竹さんを支えてきた男です……」


「……………」

「……………」


「もっと詳しく」

「……ぼくの親友で……鳴滝の青眼寺の親戚で……。ご両親はアメリカで研究者してて、今は一人暮らししてます……」


「……………」

「……………」


「………おれは、会ったこと、ないんだが?」

「……その、時間帯が違ったので。トモが側についているのはたいてい夜で……」


「夜にウチの娘にどこの馬の骨ともわからない男を近づけたのか!?」

「馬の骨じゃありません! 信頼できる、いいヤツです!」

「ならなんでおれに挨拶がない!?」

「今はまだ手が離せなくて……」

「は!? その程度の誠意しかない男か!?」

「違います違います! 誠実でいいヤツです!

 ただ今はホントに、トモにしか任せられない案件で離れられないだけで……。

 その、向こうが落ち着いたら、ご挨拶に伺うと……」


「……………」

「……………」


 目黒くんはダラダラと汗をかいている。叱られた犬のような目を向けている。

 おれのしあわせな妄想がガラガラと崩れていく。


「………君は、娘に恋愛感情はない、と?」

「ハイ」


「……………」

「……………」


「………で? 娘を好きな男が別にいる、と?」

「………ハイ」


「……………」

「……………」


「………なんで黙っていた?」

「………聞かれませんでしたので………」

「……………」

「………その、説明しようとは、思ってたんですが……………」

「……………」

「………その、皆さん竹さんのことで思い詰めてらしたので……。そっちが落ち着いて、皆さんに余裕ができてからお話しようと、思ってて………」

「……………」


 黙ってしまったおれに、目黒くんは続けた。


「その、こんな形でバラすつもりはなかったんです。

 竹さんが元気になって、落ち着いたらご挨拶に伺うハズだったんです。

 トモは本当に竹さんのことを大切に思ってますから。竹さんのためにも、絶対にご家族へのご挨拶はします。

 ただ、今はホントにトモは時間が取れなくて……。文字通り寝食を惜しんで働いてまして……」


「……………」

「……………」


「………何をしている男だ」


 なにがそんなに忙しいのかと問えば「システムエンジニアです」という。


「何歳だ」

「十六歳です。十月に十七になります。ぼくと同じ、高校二年生です」


 目黒くんがまだ高校生だということに驚いた。勝手に大学生だと思っていた。そういえば年齢も学年も聞いたことがなかった。


 教えられた学校名は京都屈指の高学力の学校だった。


「その、四歳からシステムの勉強してて。今はもう一流らしくて。

 今回、いろいろあって、とある会社の依頼が来て。トモしかできないってなって。それで、今、カンヅメになってます……」


 言葉の端々から優秀な男であることは伝わってくる……。

 だが! どれだけ優秀でも、娘にふさわしいかは別だ!!


「連絡して」

「は?」


「友達なら、連絡できるでしょう?

 話がしたい。今ここで連絡して」


 そう迫れば目黒くんは目に見えてうろたえた。


「い、イヤ。その。今はホントにマズいっていうか、ムリだと」

「その程度の男ということか?」

「イエ! そんなことはなくて! でも、その、」

「連絡しろ」

「あの、えと」

「連絡しろ」


 ズズイとさらに迫っていくと「……わかりました……」とスマホを取り出した。


 メッセージを送った目黒くんに「何で電話しない」と文句を言っていたその時。

 電話がかかってきた。


「スピーカーにしろ」と命じると、しぶしぶ電話に出た。


「も、もしもし」

『ヒロ!? 竹さんに何かあったのか!?』


 即座にそう聞いてくる男の声。


「……イヤ、その、あの」

 チラリとおれを見る目黒くん。


「竹さんは、大丈夫。変わりない」

『そうか。じゃな』


 ブチッ。切られた。


「……………」

「……切られました」

 エヘヘ。とごまかすように笑う青年に「繋ぎ直せ」と命じる。


 目黒くんは視線をさまよわせたあと、泣きそうな顔で、がっくりとうなだれた。


「……主座様に報告してからでもいいですか……」


 すぐさま妻と三人で安倍家に向かった。

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