【番外編1】神宮寺祥太朗の嘆き 1
本編完結しました
本日より本編で描ききれなかったあれこれを色々な人物の視点でお送りします
【第一弾】は竹の父視点です
全16話でお送りします
これまでと同じ、一日おきのペースで投稿します
「あなたは私の『父』ではありません」
最愛の娘が別人のような顔をしておれをにらみつける。
「あなたは私の『家族』ではありません」
これは誰だ? ウチの娘はひとをにらむような娘じゃない。穏やかでやさしい娘だ。一体これは誰だ。おれの娘はどこに行ったんだ?
「私の家族は『あのひと』です」
「『あのひと』と『黒陽』だけが私の家族です」
『黒陽』
昔聞いた『名』に戦慄が走る。
母に言われていた。「あの子は『特別』な子」「我が家に『来ていただいた』子」「いつか手放さなければならない子」
母の言葉でもそんなこと信じられなくて、信じたくなくて「冗談やめてよ」と言っていた。
それでも母は頑なに言い続けた。
「『黒陽様』がおそばにおられるならば、あの子は『黒の姫様』だ」
「たとえ霊力は少なくても。『黒陽様』が私達には感じられなくても。あの子はいつかいなくなる子だ」
「『大きな責務』を抱えて生まれた子だ」
◇ ◇ ◇
中学高校と同級生だった彼女と結婚してすぐに授かったのが娘。すくすく育つようにと祈りを込めて『竹』と名付けた。
その娘がお腹にいるとき、正月の集まりで母方の親戚達が妻に口々に言った。
「強い『護り』をかけてるんだな」「さすが弥生さんだな」
意味のわからない言葉に首をかしげるおれの横で母は「私じゃない」と言っていた。「私も安産守護をかけたけど、こんなに強いものはかけられない」と。
母の実家は上賀茂の社家のひとつ。代々神職を勤めていて、伯父も従兄達も親戚一同も神職や神社関係の仕事に就いていた。母も嫁に来るまでは神職として奉職していたと聞いている。
その神野家に伝わる話。
黒い亀を連れた姫の話。
母の母――おれの祖母が幼い頃、妖魔に喰われそうになった。そこを助けてくれたのが黒い亀を連れたお姫様。
名を聞いてもお姫様は教えてくれなかったが、亀が紹介してくれた。『黒の一族の姫だ』と。
幼い祖母は『黒の姫様』と記憶した。その『姫様』が亀を『こくよう』と呼んだことも。
そうして『黒の姫様』は祖母にお守りをくれた。
そのお守りのおかげで生き延びた祖母はその話を事あるごとに子供に、孫に話して聞かせた。
祖母が嫁いだ神野家にも『黒い亀を連れた姫』の話が伝わっていて、その姫様手ずからのお守りを持った祖母は婚家で大切にされたという。
おれも幼い頃に神野の家に行ったときに祖母から話を聞いた。「恐ろしい鬼をあっという間に消してしまわれた」「そのときにいただいたのがこのお守り」盆正月の集まりのときには誰からともなく「『お姫様のお守り』を見せて」と祖母にせがむ。そうしてお守りを皆の前に出した祖母が『お姫様』の話をするのだった。
祖母が出した『お姫様のお守り』を順に手にし、大人も子供も「素晴らしい」「ありがたい」と満足そうにする。でもおれは手にしても別になにも感じない。普通のお守りとなにが違うのかわからない。
「祥太朗は『霊力なし』だから」誰もがそう言って嗤った。
なんでもこの世には『霊力』というものがあって、強い『霊力』を持ったヒトはいろんなすごいことができるらしい。特別な能力を持ったヒトは『能力者』と呼ばれるらしく、神野の家長である祖父も後継者の伯父も『能力者』だという。
かたやおれは『霊力なし』らしい。『霊力』というものが極端に少ない。『霊力』というものを感じ取ることができない。
なんで『そう』なのかは誰もわからない。ただ、昨今はどこの家でも『霊力なし』が増えているという。
「『安倍』の当主の一人息子も『霊力なし』なくらいだから」
そう言いながらも誰もが『霊力なし』なおれを蔑んでいる。言葉や態度に出されたことはないが、目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、そういうのはしっかりと伝わってきた。
そんな神野の親戚達に会うのは幼いおれにはひどく気の重いことだった。
◇ ◇ ◇
中学に入り、ひょんなことから同じつらさを持った女子と仲良くなった。
定番の入学式後の自己紹介。京都は古い街なうえに伝統を重んじるところがあるからか、小学生中学生でも「お前が跡継ぎだ」と言われて育つやつがおおい。そういうおれも家の農業の跡を継ぐ気でいる。だから「◯◯家の跡取りです!」とか「将来は◯◯の当主になります!」なんてのがいくつも発表される。それを隣の席の女子が冷めた目で見ているのに気がついた。
その目がなんでかしらないけどどうしても気になって、翌日の掃除時間に思い切って声をかけた。
「加藤さんは将来の夢とかあるの?」
あとで聞いたところによると、そのとき彼女はものすごくムシャクシャしていた。同い年の従妹が入学式の前日に「バカみたいにあおってきて」、親までそのバカ従妹に同調して自分をバカにしてきて「目に入るものなにもかもがムカついていた」という。
だから、つい、彼女はこぼした。昨日同じクラスになったばかりの、親しくも仲良くもないおれに。親しくも仲良くもないからこそ。
「………『霊力』と関係ない仕事に就くこと」
普段学校で『霊力』について話すことも聞くこともない。それでもつい口に出たくらい、彼女は機嫌が悪かった。
彼女も『霊力なし』だった。
そこから親しくなるのはあっという間だった。お互いの事情を話し親戚一同について暴露しあい、文句を言い合った。
「『霊力』があるのがそんなにえらいのか!」「そーだそーだ!」「『霊力なし』でなにが悪い!」「そーだそーだ!」
片方が叫べば片方が同調し、おれ達はストレスを発散し合った。
そうやって親しくしているうちにいつの間にか友情は愛情に変わり、友人だったおれ達は恋人同士になった。
大学を卒業して家に入るのをきっかけに結婚しようと予定していたら、例の神野の祖母が亡くなった。まだ式場の予約前だったこともあり「喪に服す一年間は結婚を待ってくれ」と言われ、仕方なく翌年まで待って結婚式を挙げた。
結婚後すぐに授かったのが娘の竹。
とにかくかわいい。ひたすらかわいい。赤ん坊だからというだけではなくかわいい。
丸々ふくふくしたほっぺ。ぷにぷにのお手々。おれと同じ一重のタレ目。妻と同じちいさめの鼻。
『目の中に入れても痛くない』とよく言うが、おそらくそのとおりだろう。やろうとしたら止められたのでやったことはないが。
娘のためにとより一層仕事に熱が入った。おれの作った野菜が妻の母乳になり娘の栄養になる。離乳食はおれの作った野菜を食べさせたい。娘に「おとうさんのおやさいおいしい」と喜んでもらいたい。
育児にも積極的に関わった。抱っこも寝かしつけもおれにはご褒美だ。かわいくてかわいくてたまらない。
そんな娘には心配なことがあった。
時々どこか違うところを見つめている。誰もいないところに手を伸ばす。話しかける。まるでそこに誰かがいるかのように。
「『見えないおともだち』がいるのかも」
育児書を妻が見せてきた。そこに書いてあったのが『見えないおともだち』――『イマジナリーフレンド』
『幼児期に特徴的な空想や想像の一つ』『空想上の友達の事』『長子、ひとりっ子、女の子に出やすい』
なるほど。ウチの娘に当てはまる。
「きっと竹を守ってくれているのよ」妻はそう言って笑った。
ウチの娘は手のかからない赤ん坊で手のかからない子供だった。泣いても少しあやせばすぐに泣き止み、夜もよく寝る。それこそ専任の子守が――『見えないおともだち』がついていると信じてしまいそうなくらい、手のかからない子だった。
そして手のかからないまま成長し、しゃべりだすと『見えないおともだち』を紹介してくれた。
「こくよー」
それが娘の『見えないおともだち』の名。
「誰を一番に呼ぶか」と楽しみにしていた。娘が最初に呼んだのは「とーさん」「かーさん」ではなく、「じー」「ばー」でもなく、「こくよー」の「よー」だった。
最初は意味がわからなくて、たまたま発した声が意味あるように聞こえただけかと考えた。が、何度も何度も「こくよー」を呼ぶ娘に「これは例の『見えないおともだち』が本当に『いる』」「『こくよー』が『見えないおともだち』の名だ」と理解した。
もう少し大きくなりおしゃべりも達者になった頃、妻が聞いた。
「『こくよー』ってどんな姿なの?」
「くろいかめさん。このくらいの」
その答えに、一緒に聞いていた母は顔色を変えた。
「竹ちゃんは『黒の姫様』だ」母が言う。
「『こくよう』という名の黒い亀。それは『黒の姫様』の守り役様だ」と。
母の実家に伝わる伝説の姫様。祖母を――母の母を助けた姫様。
その伝説によると、姫様は何度も転生しておられるという。伝説の『安倍家の主座様』のように。
そして姫様はなにか『大きな責務』を持って生まれて来られるという。
「『こくよう様』がおそばにおられるならば、あの子は『黒の姫様』だ」
「たとえ霊力は少なくても。『こくよう様』が私達には感じられなくても。あの子はいつかいなくなる子だ」
姫様は『大きな責務』を果たすために若くして生家を出られるという。
「あの子は『特別』な子だ」
「我が家に『来ていただいた』子」だ
「いつか手放さなければならない子だ」
「十分承知のうえ、覚悟を持ってお育てしましょう」
おれと妻、父を前に母はそう言った。
そうして誰もいない空間に向け話しかけた。
「こくよう様、聞いておられますでしょうか」
「私共で『黒の姫様』をお育てしてまいります」
「不足もありましょうが、精一杯勤めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる母に『ボケるにはまだ早いだろう』と思ったが口に出すと怒られるのがわかっていたから黙っていた。
母は続けておれ達に厳命した。「『こくよう様』のことは絶対に他でしゃべってはいけない」「友達にも。知り合いにも。先輩後輩にも。親戚にも隣近所にも。誰一人としてしゃべってはいけない」「家の外で話をしてもいけない」「神野にも、加藤にも絶対に黙っておくように」
竹が生まれる二年ほど前に『安倍』の当主の一人息子に子供が産まれた。その子供が転生を繰り返しているという伝説の『主座様』だった。
『安倍』の当主の一人息子は『霊力なし』で有名だった。その妻も一般人並の霊力しかなく、夫婦揃って一族からも『能力者』達からも馬鹿にされていた。
そんな夫婦から『主座様』が産まれたとあって、京都の『能力者』や旧家は騒然となった。
昨今『霊力』の多い子供が生まれる確率は年々低くなっている。少しでも『霊力』の多い子供を作ろうと『霊力』の多いもの同士を結婚させていたが結果はかんばしくなく、『霊力』の多い子供を得るには遺伝や血統以外の要素があるのではと思案されていたところに『霊力なし』から『主座様』が産まれたというニュースが入った。
「もしかしたら『霊力なし』とは自分の『霊力』を子供に引き渡すためなのでは」とか言われ、タイミングよくおれ達夫婦に子供が授かったものだから「もしかしたら!」といろんなところから勝手に期待した連中が押しかけてきた。
『安倍家』がどうこういう話も全部そんな押しかけてきた連中が勝手にしゃべっていた。
ところが産まれた娘を一目見て、押しかけてきた連中は軒並みがっかりとした。
「一般人よりも少ない」「たいしたことない」「やっぱりか」「がっかりだ」
勝手に期待したくせに勝手なことばかり言って帰っていく連中に「二度と来るな」と心の中で悪態をついた。その連中の中には神野の祖父も妻の祖父母もいた。
そんな連中に『こくよう様』のことがバレたら「絶対に竹ちゃんは連れて行かれる」と母は断言した。
「竹ちゃんが本当に『黒の姫』様かどうかは私達にはわからない」
「『こくよー』と竹ちゃんが言っているのは本当にただの『見えないおともだち』で『黒の姫様の守り役様』ではないかもしれない」
「それでも『こくよう』という名の『黒い亀』がそばにいると聞けば、誰もが『黒の姫様だ』と判断する」
「そうなれば竹ちゃんは絶対に連れて行かれる」
「神宮寺では竹ちゃんを守れない」
母の言葉におれも妻も父も納得した。
そうして娘にも「『こくよう』のことをよそでは絶対に話してはいけない」と厳しく言い含めた。
「父さん母さんと、じいちゃんばあちゃん以外のひとに言ってはいけないよ」
「『こくよう』のことがバレると竹が知らないところへ連れて行かれちゃう」
「おそとでは『こくよう』とはなるべくおしゃべりしないようにして、バレないようにするんだよ」
よくよく言い含めればかわいい娘は「わかった」と意気込んだ。その端から「ナイショね!」と見えない『こくよう』に話しかける娘の真剣な態度がかわいくもあり心配でもあった。
〈ちょっと長い蛇足〉
・竹が生まれる前からの黒陽の動きについて
姫が母胎に宿ると守り役にはわかります
(わかるように『災禍』が『呪い』をかけました)
黒陽は竹が生命を落とすと後始末をちょっとしてから休眠に入ります。そうして母胎に宿ったと気付くことを鍵として目覚めます。
今生も竹が母に宿った瞬間に目覚め、すぐさまそばに付きました。その瞬間からおなかの中の竹に守護結界と認識阻害をかけ、母に安産守護をはじめとする守護をかけまくり結界を展開しまくっています。もちろん家や畑、隣近所、地域に至るまでじわりじわりと守りを固めていきました。いきなり全力でかけるとあちこちにバレるから、バレないギリギリを攻めてジワジワと守護体制を完成させています。
なので、竹の親戚関係や隣近所の霊力感知にすぐれたひと達も、竹が生まれた病院関係者も、誰一人として竹が本当に持つ霊力量に気付くことはありませんでした。
高霊力を持って生まれる胎児や赤ん坊にありがちな妖魔が襲い来ることもなく、ヒトならざるモノの干渉もなく、竹は神宮寺家でのんきに穏やかに普通の生活を送っていました
が、竹も黒陽もうっかり者なので、うっかり普通にやりとりをして家族にバレるという……。
黒陽「ほう。『見えないおともだち』か。最近はおもしろいことを言うのだな。これは好都合だ」「姫についている私は隠形をかけているから視えないし声も聞こえない。ならば話しかけても大丈夫だろう」
幼児竹「こくよーがおはなししてくれるからおへんじする」(←素直)
黒陽「記憶はなくとも我が姫は変わらず素直で礼儀正しい。この素晴らしい資質は伸ばさなくてはならん。今からあれこれ制限をかけては姫が窮屈だろう。あとのことはどうにでもなる。今は伸び伸びと過ごさせたい」(←親馬鹿)
・竹とハル達の年齢差について
竹とハル達は学年で数えると一学年違いです。
が、ハルは四月生まれ、竹は三月生まれなので、月齢で数えると約二年違いになります