表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
460/574

第二百三十二話 家族

前前回(第二百三十一話)のラストから十年後のおはなしです

 愛しい妻と結婚し子供を授かり、しあわせな日々を過ごしている。

 しょっちゅう『異界』や『神域』に出入りしている俺達は暦上の年齢よりも実年齢は上になっている。はっきりと計算したことはないが、三十歳になった妻は三十五歳くらいにはなっているだろうし『宗主様の高間原(ところ)』で三年過ごした俺は四十歳前にはなっていると思う。

 それでも変わらず妻は可愛らしく愛らしい。何年経っても妻への愛情は薄れることはなく、むしろ年々深くなっていくように思う。


 俺の妻、女神。

 こんな愛らしい女性が俺の妻だなんて。神仏に深く感謝を捧げよう。



 その愛しい妻との間には娘がひとり。

(アン)』と名付けたこの娘は、申し訳ないくらい俺にそっくり。

 二重のタレ目。眉は妻に似たおかげで俺のように始終怒ったような顔にはなってない。が、他は鼻も耳も、ほとんどのパーツが俺似。

「貴方似だからきっと将来美人さんになるわ!」なんて妻は喜んでいるが、俺としては妻のほうがかわいいくてイイと思う。


「母に似なくてスマンな。アン」

「きにするな父。アンはきにいっている」


 この娘、中身まで俺似。喋り方まで俺似。せめて中身は妻に似ればよかったのに。


「それはダメだ父。母ににたせいかくでは母をまもれない」

「なるほど。一理ある」


 なにしろウチの愛しい妻はアラサーになっても変わらずお人好しでうっかり者。規格外な自分を理解せず、ただひたすらに他人のために行動する。

 仮に娘までそんな性格だったら……。うん。俺似でよかった。


 この娘も母親である妻が大好き。普段はこんなふうに冷めた印象なのに、妻といるときはデレデレと子供らしく笑顔があふれている。友人達によるとそんなところも「トモ()そっくり」ということらしい。


 暦上は三歳の娘だが、俺と妻と一緒にあちこちに出入りしているので実年齢は四歳、もしかしたら五歳になっているかもしれない。

 そのために暦上の同級生と比べて身体も大きいし落ち着いている。喋り方もしっかりとしたものだ。


 だからだろう。うっかり者の母を守ろうという意識が強い。それもあってよりしっかり者になってしまった。

 またそんなしっかりした娘を妻が誇らしく自慢したり頼ったりするものだから、ますますしっかりしていく。

 頼もしくはあるが、親としてはちょっとは甘えてくれてもいいのにとも思わないでもない。


「同級生よりも成長することになってスマンな」

「きにするな父。どうきゅうせいとおなじであるよりもアンは母といっしょにいられるほうがいい」

「なるほど。一理ある」


 なんだかんだと娘には謝らなければならないことだらけだ。本人は気にしていないようだが父親としてはやはり申し訳ない。

 そしてこのたび、新たに謝らなければならないことができた。



 先日ナツのところにまた子供が生まれた。なんと六人目だ。ナツの育った環境を考えると家族が増えたことは喜ばしい。が、呆れてしまうのは止められない。

 お前ら何人子供作るんだよ。よく育てられるな。

 ガキがわちゃわちゃと新生児に群がる様子に、妻はどこか申し訳なさそうにしていた。

 またマイナス思考が仕事をしている。困ったひとだ。


「よそはよそ。ウチはウチ。ウチにはアンがいるんだから。アンを大事に、しっかりと育てていこ?」

「不足を言ったらアンが可哀想だよ?

『アンだけじゃ足りないのか』って悲しむよ?」

 その説明でようやく後ろ向きな妻は前を向いた。

 ついでだからと家族計画について再度しっかりと話し合った。そうして『我が家の子供はアンひとり』と改めて決めた。



「アン。話がある」

 話し合いをした翌日。妻とふたり並んで娘と向き合った。


 アンを授かったときに妻が重い悪阻(つわり)に苦しんだこと。熱を出し寝込んでいたこと。出産時も大変だったこと。俺は彼女にもう二度とあんな負担をかけたくないこと。

「だから俺達はアンにきょうだいを作ってあげることはできない」

 正直に、飾ることなく伝えた。

 娘は「わかった」とあっさりうなずいた。


 あまりにもあっさりとしすぎて逆に拍子抜けした。妻も同じ思いだったようで、思わずふたりで顔を見合わせた。


「いいのか? アンは『ひとりっ子』ということが確定してしまうわけだが」

「かまわない。アンはそれでいい」

「……でも、アンちゃん、昨日赤ちゃん見せてもらったときにうらやましそうにしてたでしょ?『かわいいなぁ』って言ってたでしょ……?」

 妻の問いかけにも「それはそれ。これはこれ」と俺そっくりな口調で言い切った。


「あかちゃんはかわいい。でもアンはおとうともいもうともいらない」

「アンは父と母がいればいい」


 きっぱりと言い切る娘がどれだけ俺達を慕ってくれているか示され胸に喜びが広がる。愛しい妻も同じようで、感極まったように口元をおおっていた。


「それに、きゃっかんてきにかんがえて、父と母のこどもはアンひとりでじゅうぶん。これいじょうふえるのはマズい」

「「……ん?」」


『マズい』とは、どういうことだ?

 虚をつかれた俺達に対しジトリと座った目を向ける娘。


「……まさか、わかっていないのか?」

「「……ん??」」


 首をかしげる俺達に、四、五歳の娘は姿勢を正し説教の構えを取った。


「いいか父。いいか母」

「「はい」」

「父も母も、じぶんたちがどんなそんざいか、わかっていないのか?」

「と、いいますと?」


 たずねる俺を娘はジトリと一睨みし「はあぁぁぁ…」と大袈裟なため息をついた。

 まるで大人のように『やれやれ』といわんばかりに首を振り、ビシッと俺を指差した。


「いいか父」

 黒陽そっくりの言い方に「ハイ」と大人しく返事をする。


「父はぞくせいとっかのこうれいりょくほじしゃ。せんとうりょくもたかい『ごうまのけん』のつかいて。

 それだけではない。あべけのしゅざさまちょくぞく。システムエンジニアとしてもいちりゅう。しごともできる。

 そんなゆうしゅうでじつりょくのあるおとこのこども、とりこみたいモノはゴマンといる」

「よく知ってるなアン」

「あべのしゅざさまがいってた」


 なるほどハルの受け売りか。ハルめ。余計なことを。


「そして母はけっかいやふういんにとっかした『くろのひめ』。たくさんのかみさまにあいされてる『いとしご』。やはりぞくせいとっかのこうれいりょくほじしゃ。

 そのこどもとなれば、とりこみたいモノだけでなく、くらおうとするモノもかならずあらわれる」


「そんな!」と顔色を変える妻。敢えてその可能性は隠していたのに。アンめ。余計なことを言いおって。


 俺の表情から言いたいことを察したらしいかしこい娘はギッと俺をにらんできた。

「それではダメだ父。ちゃんとおしえないと、母がじぶんをまもれない」

 もっともな苦言に「……おっしゃる通りです」としか言えない。

 ウチの娘、ホントにしっかりしてるな。ハルと黒陽の影響受けすぎじゃないか?


「とにかく。父も母もそれぞれがすごいのうりょくしゃなのだ。そのふたりのあいだに生まれたこどもとなれば、ヒトもヒトでないモノもかみさまたちもほしがる。うばいあいになる」


 アンの話は納得しかない。妻も生真面目にうなずいた。

 おそらくはハルや黒陽あたりから色々言われているんだろう。言い方や言葉の選び方にふたりのものを感じる。


「さいわいなことにアンもこうれいりょくほじしゃだ。いまはまだよわいが、しゅぎょうをかさねればきっとつよくなる。

 母のおまもりもある。父も母もまもってくれる。ほかにもたくさんのひとがアンにちからとちえをかしてくれてる」


 その甲斐あってこんなこまっしゃくれた大人びた子供になってしまったんだがな。

 そう思ってつい苦笑を浮かべる俺と違い、生真面目な妻は生真面目にうなずいている。


「だが、もしも父と母にもうひとりこどもができたとしたら。

 かならずあらたなひだねになる。うばいあいになる。

 もしそのこどもがこうれいりょくほじしゃでなかったばあい、じぶんをまもることもできずすぐにねらわれてしぬ」


 パカリと口を開け青ざめる妻。そのことには考えが至っていなかったらしい。うっかりな彼女らしい。

 他にも二人目を得ることによる問題点は色々とあるのだが、気の弱い彼女にはとても聞かせられない。


「こどもがふくすうになったばあい、いまアンひとりにしゅうちゅうしている『まもり』がぶんさんする。それではまもりきれないこともあるかもしれない」


 その可能性も当然ある。

 納得しうなずく俺とは反対に妻は「守る!」と反論した。


「アンちゃんは母が絶対に守ります! たとえ他に子供がいても、みんな母が守る!」

「そうしてムリをして母がしんだら?」


 淡々と告げられた言葉に妻は絶句した。


「そのほうが、アンはかなしい」


 心底かなしそうにうつむく娘に愛しい妻はくしゃりと顔をゆがめた。ぷるぷると震えていたがハッとなにかに気付き、あわてて「ごめんなさい」と謝った。素直か。かわいいか。

 しゅんとする母親にアンもそっと顔を上げた。


「……母」

 娘の呼びかけにそっと顔を上げる妻。


「母は、アンだけでは、いや?」


 妻がヒュッと息を飲んだ。

 そのまま呼吸を忘れたように固まる。

 が、すがるように娘に見つめられ、あわてて首を横に振った。


「アンは、母と父がいればいい」

「おとうともいもうとも、いらない」


 きっぱりと告げる娘に、妻はそれでも申し訳なさそうにしていた。そんな母親に娘はまたしてもきっぱりと断言した。


「そんなのがいたら、母をひとりじめできなくなる」


 妻の口がパカリと開いた。


「それでなくても父にとられてるのに」

 ぷう、とふくれて俺をにらむその顔は年齢(とし)相応の幼いもので、つい、プッと吹き出した。


「それは仕方ない。アンの母は俺の妻だから」

「おとなげない」

「それとこれとは別だ」

「ちょっとはこどもにゆずれ」

「十分譲歩していると思うが?」

「たりない」


 軽口の応酬をする俺達にポカンとしていた妻だったが、やがてちいさく息をつき、ふわりと微笑んだ。俺の好きな、やさしい笑顔。


「―――そうね」


 ようやく納得したらしい妻はにっこりと微笑んだ。


「私にはトモさんがいてくれるだけでも十分だったのに、アンちゃんまで来てくれたんだものね」


 席を立ち、椅子に座る娘の頭をやさしくなでる妻。娘は目を細め気持ちよさそうに笑みを浮かべている。


「ごめんなさいアンちゃん。大好きよ」

「アンも母がだいすきだ」


 ぎゅう、と抱き締められ、娘がうれしそうに妻に抱きつく。俺の妻なんだが。まあ仕方ないか。


 ため息をつく俺に気付いた娘がジトリとにらみつけてきた。そして『やれやれ』と言いたげにため息をつく。なんだ?


「……父よ。アンが『むすめ』でよかったな」

「ん?」

「おとこのこだったら、じふんのこどもでも父はしっとした」

「……………」


 ………『そんなことない』とは、言い切れない………。

 そっと視線を逸らす俺に娘は『仕方ない』といいたげにため息を落とし、愛しい妻はキョトンとした。


「これだから『はんしんもち』は」

 その言い方はハルだな。余計なこと教えおって。今度文句言っておこう。


 そんなことを考えていたら、娘が妻に抱っこをせがんだ。すぐに応じて娘を抱き上げる妻。抱かれてニマニマと笑み崩れる様子は年齢(とし)相応に見える。そんな娘に妻もうれしそう。しあわせそうなふたりに俺もうれしくなる。


「父」

 唐突に呼ばれなにかと視線で問うと、娘は手招きしてきた。それに従い椅子を立ちそばに向かう。


「父。母をだっこしろ」

「!」

「アンちゃん!?」

 驚く俺達に娘は淡々と説明する。


「アンをだっこした母を父がだっこしたら、アンはふたりにだっこされてることになる。父にも母にもだっこされたらアンはうれしい」

「母はアンをだっこできてうれしい。父にだっこされてうれしい」

「父は母をだっこできてうれしい」

「みんながうれしい」


「天才だな! アン!」

「そうだろう」


 褒める俺に娘は妻の腕の中でえっへんと胸を張る。めずらしく子供っぽい様子を見せる娘に妻が驚いている隙にサッと抱き上げる。

「ひゃ」と驚きアンをぎゅうっと抱き締める妻。娘はといえば、母親に抱き締められてうれしそう。


 なるほど娘の言うとおり。これならふたり同時に抱き上げることができる。俺の構いたい欲も満たされる。


「いいなこれ。今後出かけるときはこうしようか?」

 そう言うと娘は喜び恥ずかしがり屋の妻は怒った。


「たまにはいいでしょ母。アンはしてもらいたい」

 娘のあざといおねだりに「……たまになら……」としぶしぶ答える妻。チョロい。


「アンはかしこいな」

 片腕に妻を座らせるように抱え、空いた右手で妻に抱かれた娘の頭をグリグリと撫でる。得意げに気持ちよさそうに笑う娘に頑固な妻も微笑んだ。


「これが『ウチ』の『形』なんだろうね」

 顔を向ける妻ににっこり笑って続ける。


「貴女がアンを守って。アンも貴女を守って。俺は貴女とアンを守る。

 三人で支え合って『家族』になってるんだ」


 俺の説明に妻はうれしそうに微笑んだあと、ハッとした。


「――私だって貴方のこと、守る!

 私じゃ頼りないかもしれないけど、がんばるから! 困ったときやつらいときは、言ってね?」


 生真面目にすがるように訴える妻。ああもう! かわいい! 俺、愛されてる!

「ありがと」ささやいて頬にキスを贈ると、愛しい妻はくすぐったそうに笑った。


 アンが呆れたようなため息を落とした。あわてて離れようとする妻をグッと両腕で抱き支える。


「しかたない。母のついでに父もアンがまもってやろう」


 生意気な台詞に思わず妻と顔を見合わせた。

「ぷっ」とふたり同時に吹き出す俺達に娘はどこか得意げに笑った。


「そうだな。頼むよアン」

 ちゅ、と頬にキスをするとうれしそうにする娘。「まかせろ」なんてえらそうに答える。

 妻もそんな娘の頬にキスを贈る。


「ありがとうアンちゃん。大好きよ」

「アンも母がだいすきだ!」

 ぎゅうっと妻に抱きつく娘を妻がさらに抱き込む。うれしそうな、しあわせそうな妻の笑顔。それだけで俺もしあわせになるよ! 俺の妻、マジ女神。


 ニマニマと腕の中の妻を愛でていたら娘が顔を向けてきた。

 ニヤリと、友人達曰く『トモ()そっくりな笑み』を浮かべた娘。

「父もすきだぞ!」

「そりゃどーも」

 グリグリと頭を撫で「俺もだよ」と答える。

「きゃはははは」と声を立てて笑う娘につられるように妻まで「あはははは」と笑う。


 笑顔あふれる『しあわせ』な毎日。

 こんな日々が送れるなんて。

 あのときがんばってよかった。

 これからもがんばろう。

 この『しあわせ』を守るために。




 こうして生真面目な彼女にとらわれた俺は、妻と娘に愛されて、ずっとずっとずーっとしあわせに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。

これにて本編完結です!

長い間ありがとうございました!


とはいえ、まだ「完結」にはしません。

本編で語らなかったその後を引き続き投稿していきます。

よろしくお願いします。


明後日から【番外編1】竹の父視点でお送りします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ