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閑話 竹さんの変化(ヒロ視点)

前回の仁和寺門前の翌日の朝です。

ヒロ視点です。

「おはようございます」

 転移陣の刻んである扉から姿を現した竹さんはいつもと様子が違っていた。

 なんていうか、元気いっぱい。

 最近は白くなる一方だった顔色も良くて頬っぺもなんだか赤みがさしている。

 何よりもその目。

 しっかりとした目におだやかな笑みを浮かべている。

 ここ数日はなんかうつろな目をしていたのが、生気が満ちている。


 あ。この子、こんな子だったんだ。

 改めてそう思わせるような、それほどの変化だった。


「おはよう竹ちゃん。アラどうしたの? 今日は体調良さそうね」

 アキさんに声をかけられて「はい」と返事をするその声にもなんだか張りがある。


「ゆうべ、久しぶりにすごくいい夢をみたんです。そのおかげか、なんだかすごく良く寝たみたいで……」


「へえ? どんな夢?」


 席に座る竹さんにミルクたっぷりのカフェオレを出しながらアキさんが聞く。

 すると竹さんは『よく聞いてくれました!』みたいににこーッ! と笑顔になった。


 なに? めちゃめちゃかわいいんだけど?


「すごく信頼できるひとに『大丈夫』って言ってもらう夢です」


「「「……………」」」


 ……………それだけ?


「………へぇ〜。それは素敵な夢ね」

 かろうじて、というような、絞り出すようなアキさんの声にも竹さんは「はい!」と満面の笑顔だ。


「その『信頼できるひと』って、誰?」

 父さんの質問に竹さんはちょっと困ったように微笑んだ。


「それが……わからないんです」

「知らないひと?」

「それもわからなくて……」


 こてん、と首をかしげて、それでも「ただ」と続ける竹さん。


「ただ、なんでかわからないんですけど『このひとになら甘えてもいい』って思うんです。

『私を全部預けてもいい』『寄りかかっても大丈夫』って思えるんです。

 ――夢だから、願望が出てるんですかね? 私『誰かに甘えたい』って思ってるんですかね?」


「ダメダメですね」と恥ずかしそうに笑う竹さん。


 ………それって、トモのことじゃないの?


 ハルが、黒陽様が話してくれてた、前世のトモのことじゃないの?


 チラリと机の上の黒陽様をうかがう。保護者達もハルも黒陽様をうかがっていた。

 黒陽様はそれはそれは困ったように口をへの字に結び、コクリと深くうなずいた。



「……その『信頼できるひと』の夢は、今生覚醒してから見るの?

 それとも前世も、前前世も見てるの?」


 母さんの質問に「ずっとずっとずっと前から時々見るんです」とケロッと答える竹さん。


「どうしてなのか、誰なのかもわからないんですけど。

 私が苦しかったりしんどかったりしてるときにはいつも『そのひと』が夢に出てきてくれるんです。

『大丈夫』『がんばれ』って、ぎゅうってしてくれるんです。

 それで、またがんばれるんです」


 照れくさそうに目を伏せてモジモジと話す竹さんは『かわいらしい』の一言に尽きる。


 ……気付いてないのかな? めっちゃ『恋する乙女』みたいな顔になってるよ?


「『ぎゅう』って、ハグのこと?」

「そうです」

 アキさんの質問にケロッと答える。


「『ぎゅう』してもらって、よしよししてもらって、『大丈夫』って言ってもらって。

 それでなんだか元気チャージできるんです。

 ――ゆうべ今生初めて夢に出てきてくれて。

『あ。そういえばいつも夢でこうしてもらってたな』って思い出して。

 いっぱい甘えて、いっぱい元気チャージしてもらいました」


「えへへ」と笑う竹さんに、母さんとアキさんが胸を押さえている。


「わかるよー。甘えると元気チャージできるよね」

 オミさんがウンウンと深く同意している。

 同意されたことがうれしかったのか竹さんが「はい!」と元気よくうなずく。


「――っもう! そんなことくらい、いくらでもやってあげるわよ!」

 ガッと椅子から立ち上がり竹さんに駆け寄った母さん。

 ガバリと竹さんを抱き締めた。

「ひゃ」と驚きながらも竹さんもうれしそうだ。


「もう! もう! 竹ちゃんはかわいいんだから! 大丈夫よ! 私達がついてるわ!」

「そうよ竹ちゃん! 竹ちゃんはよくがんばってるわ! 少しくらい甘えてもいいのよ!」

 反対側からアキさんも抱き締める。

 二人のオバサ……ゲフンゲフン、二人の美女にはさまれ抱き締められ、竹さんはあわあわとうろたえていた。

 でも二人から抱き締められよしよしとなでられ、照れくさそうに、うれしそうに笑った。


「なになにー。サチもー」

「ゆきもー」

 さらに双子まで参入してしまった。

 両側に美女、膝の上に幼児二人を乗せ、もみくちゃにされる竹さんは我が家に来て初めての笑顔を浮かべていた。



 竹さんが双子にせがまれて絵本を読んでくれている間に、黒陽様を別室に連れて行った。

 保護者達とハルに取り囲まれた黒陽様は昨夜なにがあったのかを話してくれた。


 意識のない状態で『半身』を探しに夜の仁和寺に行き、たまたま通りかかったトモに会ったと。

 抱き締めてもらって「大丈夫」と言ってもらったと。


「……それ、竹ちゃん、『半身』に気付いたんじゃないですか?」

 父さんの指摘に「……気付いていない」と黒陽様がボソリと答える。


「夢だと思っている。現実に存在する人間だと、多分思っていない」

 その意見に全員が苦いものを飲み込んだような顔をした。多分ぼくもそんな顔をしている。


「はあ〜」とそろってため息をついてしまう。


「……ハグしてもらって『大丈夫』って言われただけで、あんなに元気になるなんて……」

 アキさんが「いじらしい? 健気?」なんて言葉を探している。


「もうトモくんをそばに置きましょうよ」

 母さんがそう言ったけれど、黒陽様とハルは難色を示した。


「正当な理由がないと姫は他人を巻き込むことはない。

 お前達は『晴明の家族』だから一緒にいるんだ。

 晴明にしたって『昔の借りを返すため』という理由がなければ巻き込むことはなかった」


「ですよね」とハルがうなずく。


「姫宮はとにかくお人よしで甘っちょろくて、やさしいんだ。

 たから『借りを返したい』という私のわがままをしぶしぶでも受け入れてくれたし、『世話になったから』と律儀に対価を渡してくる。

 今生だって『保護してもらったから』『服やスマホをもらったから』と安倍家の用事をしてくれるのにここを拠点にするのが都合がいいからいてくれるだけで、いつ出ていくか、正直わかったもんじゃない」


「……遠慮なくもっと甘えてくれたらいいのに……」

 アキさんのつぶやきに保護者達が同意を示す。


「じゃあトモを離れに寝泊まりさせるのはどお?

 ホラ、霊玉無くして元に戻すための強化合宿とか言ってさ!」


 ぼくが提案してみたけど「それもどうかな」とハルが腕を組む。


「『修行の邪魔をしてはいけない』って近寄らないんじゃないか?」

「そこは黒陽様が修行つけるようにして、竹さんもそばにいてもらったら」

「その場合、私だけが修行をつけることになるな」

 ハルも黒陽様も「無理だろう」と言う。


「そもそも男の子が離れに寝泊まりしたら、竹ちゃん遠慮しないかしら?」

「……可能性は高い……」


 アキさんの指摘にハルは渋い顔だ。

 そっか。そうかも。

 ぼくらが離れに寝泊まりしたら「自分は邪魔しないように他所(よそ)で寝る」くらい言いそうだなあのひと。


「……なんか用事作ってトモん家に行かせる……?」

「それもなぁ」

 うーん、とハルがうなる。


「『霊玉を渡すよう説得する』のは日曜にタカがしてしまったからもう使えないし、そもそも霊玉渡したし。

『バーチャルキョート』関連もトモから出せる情報は全部出させたし。こっちで調査中だから姫宮もトモも関わる必要はない。

 姫宮も霊玉を受け取ったことで結界関係で忙しくなったし。

 行かせる口実も時間もない」


「……そうだよねぇ……」

 それで今週はトモん家行けてないんだもんね。

 父さんもオミさんもなんか調べることがあって忙しいし。

 だからハルも忙しいし。

 竹さん自身も火曜日に霊玉受け取ってから忙しいし。


「とりあえず今日明日の修行で、なんとか顔を合わせるようにしよう」

 ハルがそうまとめる。

「頼む」と黒陽様も頭を下げた。


「竹ちゃんのごはんも離れに用意しましょうか?」

 アキさんの提案に「そうだな」とハルがうなずく。



 ああ、もどかしいなぁ。

 トモが竹さん好きなのはバレバレだし。

 竹さんだって前世の記憶なんかなくたってトモのこと絶対好きになるのに。

 ふたりがくっついたらいろんな問題が一気に解消するのに。

 さっさとくっついたらいいのに。


 でも、仕方ない。

 竹さんは『そういう子』だ。

 生真面目で、責務に一生懸命で、他人を巻き込むことを良しとしない子だ。

 他人に甘くて自分に厳しい子だ。


 そんな竹さんを攻略するのは、かなり難易度高い。

 正面から突撃すれば間違いなく逃げられる。

 周囲を固めようとすれば気付かれた瞬間に逃げられる。


 うう〜ん。どうしたらいいんだろう?


 とりあえずぼくにできることは、竹さんにそれとなくトモのことをアピールするくらいかなぁ。

 あとはふたりがくっつくように祈ることくらい?


 はあ。

 ため息がもれる。

 ホント困ったひとだよね。

 さっさと『しあわせ』になってくれればいいのに。



 がんばれよトモ。

 心の中でエールを送った。

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