第二百三十話 『紹介ムービー』
ひなさんの提案とは。
「おふたりの紹介ムービーを作ってご両親に見せたらどうかと」
「「「『紹介ムービー』??」」」
「結婚式でよくありますよね。『新郎新婦のプロフィール紹介』とか『ふたりの出会い』『ふたりの歩み』みたいな」
そう言われても結婚式なんて出たことないから知らないよ。
「あんな感じのものを、コウの『記憶再生』を使って作ってみたらどうかなと」
「「「は?」」」
「で、ご両親の『夢』として『視せる』。
それでトモさんのことを認め竹さんと暮らすことを認めるなら良し、それでも駄目ならそのままご両親の記憶から竹さんの存在を消します」
いきなり話が物騒になったぞ。
ニコニコ笑顔のひなさんに冗談かと思ったが、その目の奥に強い意思があるのがわかる。
晃に目を向ければこちらも穏やかに微笑んでいる。が、《やるよ》と思念で伝えてきた。
「もちろんトモさんが『紹介ムービーなんて恥ずかしい』『そこまでしなくていい』と言うならやめます。ですが、私としては悪くない手段だと判断します」
「……………」
自分の策を『絶対』とせず、こちらの意思を尊重してくれるところはさすがひなさんだ。尊敬に値する人物だと、ジジイまで生きた記憶を取り戻した今でも感じる。これほどの人物、なかなかいない。いい女性つかまえたな晃。
それはそれとして、改めて検証してみよう。
『紹介ムービー』ねぇ………。どんな内容になるかによるかな………。
「そもそもその『紹介ムービー』、どうやって作るの?」
そう質問すれば「黒陽様や蒼真様など、竹さんとトモさんに関わりの深い方の記憶を提供していただけたらコウの能力で作れます」という。
「多少の編集は必要でしょう。それは私がします」
できるのかよ編集。てか、ひなさん何者だよ。ただの『転生者』じゃなかったのかよ。
「私は元々、精神系能力者です」
俺の思念を読んだらしいひなさんが答える。
「同時にコウの『半身』です」
「『半身』であるコウがレベルアップしたのに引っ張られて私もレベルアップしました」
「特にコウに関する能力がレベルアップしています」
「『半身』だからでしょうね」の説明になんか納得した。
同じ『半身持ち』としてその感覚は理解できる。俺も竹さんとの関係が深まるに従って結び付きが強くなっていった。互いの霊力が循環するからか影響を与え合っているのもわかる。
俺と竹さんと同じように、晃とひなさんも影響を与え合っていると、そういうことらしい。
うーん、どうするかな……。
悩んでいたら、ひなさんがさらに提案してきた。
「ひとまずムービーを作ってみてもいいですか?」
「完成したムービーを『視て』トモさんが公開拒否されるならやめます。でも大丈夫そうだったらご両親に『視せる』というのはどうでしょう」
「ダメ元くらいのつもりで考えてもらったら」と軽く言われ『それもそうだな』と思った。
やる前からどうだこうだと思案してもなにも進まない。それならばダメ元でぶつけてみるのもいいのかもしれない。
事前に『紹介ムービー』を『視せて』くれるというなら、それから判断すればいいだろう。
「却下する可能性があるのに、晃が大変なんじゃないか?」と聞いてみたが、当の晃は「たいしたことないよ」とケロリとしている。じゃあ大丈夫か?
「トモさんに『視て』もらう前に姫様方や主座様、守り役様にも『視て』いてだいてご意見いただきます。それはご了承いただけますか?」
なるほど。ひなさんひとりの監修でなく姫達にも監修させるならばおかしなものを作ることも『観せる』ことで都合が悪くなることもないだろう。
「まあ、いいですよ」と答え、『紹介ムービー』の作成を承認した。
「じゃあトモさんは竹さんのところで寝てきてください。その間にムービー作っときます」
「そんな短時間でできるの!?」と驚けば「『記憶再生』使えば一瞬ですから」とひなさんが答える。
これまで晃が『浸入』するのを何度も見たが、確かに一呼吸二呼吸で済んでいた。記憶を『視せる』のもおそらくは一瞬だろう。
ならもう俺が考えることではないと判断し、さっさと竹さんの部屋へと向かった。
愛しい妻は話の通り高熱を出して寝込んでいた。
ふうふうと苦しそうな息を吐く彼女。その目元が濡れていた。
苦しそうな声は熱によるものだけてはなさそう。また以前のように悪夢にうなされているらしい。
アイテムボックスからタオルと洗面器、聖水と氷を取り出す。洗面器に聖水と氷を入れ、冷たい濡れタオルを作る。しっかりと絞ったそれで彼女の顔を拭いてやる。それでも涙を落とす彼女にキスをし「大丈夫だよ」とささやく。
隣に横になり抱き締めて「大丈夫」「大丈夫」と繰り返す。『智明』のときにもこうしていたなあと思い出し、また辛い過去が上書きされた気になった。
霊力を循環させながらキスしまくり「大丈夫」とささやき、頭や背中を撫でているうちに彼女の表情が落ち着いてきた。
そんな彼女に安心し、俺も眠りに落ちた。
「時間だ」と黒陽に叩き起こされリビングに連れて行かれた。そこにいたのはひなさんと晃とアキさん。
四時間確保していたおかげであれだけ話をしたあとでも三時間近く眠れた。
その三時間でひなさんはあちこちと交渉し、晃が記憶の提供を受け『紹介ムービー』を作り上げたという。すでに姫と守り役全員の合格を得ていると。仕事早いな。有能め。
ハルとヒロ、保護者達にも『視て』もらったが「どこからも修正は入らなかった」という。むしろあちこちで大号泣となり、改めて俺達のしあわせを祈念してくれたと。なんだよそれ。次どんな顔して会えばいいんだよ。
「では早速ですが、完成したムービーをご確認ください」
ひなさんにそううながされ、椅子に座らされた。
目の前に晃が立ち「目を閉じて」と指示される。
言われたとおりに目を閉じる。と、額に晃の指が触れ、意識が沈んでいった―――。
ふ、と意識が浮上した。
「どうですか?」のひなさんの声にギロリとにらみつける。
「……………なんですかコレ」
「『紹介ムービー』です」
「どこがですか」
「一大ラブロマンス作品に仕上がってるわよね」
アキさんが楽しそうに言う。「感動したわ!」なんて言われてもどう反応すればいいんだよ。
『紹介ムービー』は確かに『紹介』がしてあった。
高間原で彼女が産まれたところから始まり、『封じの森』で『災禍』の封印を解いたこと、『呪い』をかけられこの『世界』に『落とされた』ことが説明された。
黒陽が人間から亀になったこと。その後ふたりで過ごした日々。降りかかる厄介事にココロを痛め幼くして家を出たことも、少しでも役に立ちたいと願いながらも上手くいかず落ち込む様子も紹介してあった。
『災禍』による二度の国の崩壊。多くの死者を出した事実に「自分が『災禍』の封印を解いたからだ」と罪を背負ってしまったこと。少しでも罪滅ぼしがしたいとがむしゃらに生真面目にがんばってきたこと。
そうして出逢った『智明』。ゆるやかに愛をはぐくみ結ばれた。三度の蘇生を経て別れた。その別れのシーンは客観的に『視せ』られても涙が落ちた。
そこから再びがむしゃらに責務に取り組む日々。しかしそれまでとは明らかに変わった。いつも指輪を身に着け「自分はあのひとの妻だから」と前向きにがんばっていた。明らかに『智明』が彼女の支えになっていた。
そんな頃に出逢った『智也』。幼いながらも彼女のために強くなろうと無茶な修行に取り組んだ。『青羽』と名を改め退魔師になることを決めた。そんな青羽と別れた彼女。責務があるから。青羽には前世の記憶がないから。自分はもうじき死ぬから。
なのに生まれ変わりまた巡り逢った。死にかけの青羽と。
必死の看病の日々に再び夫婦と呼び交わし、穏やかに甘く暮らした。しかし彼女は青羽と別れた。『災禍』を封じるために。
彼女と死に別れた青羽の慟哭。童地蔵を彼女の形代として生きた日々。
そして青羽の死後生まれ変わった彼女は気付いてしまった。再び『半身』に出逢える可能性に。
会いたい。会えない。会ってはいけない。でも、会いたい。
そうして彼女は壊れていった。見かねた守り役が彼女の記憶を封じた。『半身』の記憶を。
その影響で『呪い』が変質したらしく、彼女はそれまでの記憶と霊力を封じた状態で生まれ落ちるようになった。
だが『呪い』の影響は強く、思春期になると記憶と霊力を取り戻し、生家を出て責務に邁進し二十歳を迎えることなく亡くなった。
その後何度も生まれ何度も死んだ彼女。やがて一組の夫婦のもとに生まれ落ちた。
そこは京都市の北部。上賀茂の農家。家族の愛情に包まれた穏やかな生活。それがある時期から崩れた。
覚醒が始まり彼女のココロは傷ついていく。体調も崩し増え続ける霊力に耐えきれず霊力過多症を発症する。安倍家に保護され、どうにか落ち着いたが魂が肉体から離れてしまった。
それでも完全覚醒した彼女は責務を果たそうとする。そこで出逢ったのが『トモ』。
咲き誇る枝垂れ桜の森での出逢い。安倍家での再会。なんだよこの赤い顔の挙動不審な男。俺こんなだったのかよ。
健全な交流のなかでも惹かれ合うふたり。互いに『半身』の記憶はないのに。そんなとき、トモが死にかける。必死の告白に彼女は別れを決意。
壊れていくふたりのココロ。持ち直したトモは修行に励む。そうして再会。鬼ごっこのあとの『恋人ごっこ』の提案。彼女のためにと尽くす彼と、そんな彼に次第にココロを許していく彼女。
彼女のためにと彼が薬を作る。薬? ああ、聖水か。そういえば錬成の修行で作ったな。そのへんが『編集』というやつか。
彼女の体力作りのためにと散歩をする。穏やかな日々に彼女は肉体に戻り目覚める。そうして迎えた結婚式。しかしそのときには主座様の『先見』により『悪しきモノ』の復活が予言されていた。
決戦の日。連れ去られたトモを追い彼女は龍に乗る。必死で求め再会したふたり。しかしすぐにまた引き裂かれる。
彼女を救おうと駆ける彼。ビルを破壊し救い出した彼女は彼に愛を語り生命を落とした。
その彼女を救うために彼は『異界』に刀を取りに行く。真っ暗闇の中を龍に乗り、刀を手に入れる。そうしてできた蘇生薬を彼女に飲ませ、彼女は生き返った。
そして彼らは鬼と戦う。彼女が動きを封じ、彼が斬る。無数の鬼を倒し、ついに『悪しきモノ』を討伐。龍に乗って帰還すれば黒い亀がヒトになる。『呪い』が解けた。
安堵からか無理がたたったからか寝込んだ彼女を彼が連れ出す。守り役からもらった指輪を互いにつけたそのとき、記憶が蘇る。涙を落とし愛を告げあい抱き合ったところでムービーは終わった。
恋愛映画かよ。
「これまでの説明と齟齬がないようにしたつもりですが、いかがですか?」
「問題はそこじゃないよね?」
「他の姫様方や霊力守護者達も顔バレしないようにしてみました」
「そこも問題じゃないよね?」
「なにか問題が?」と首をかしげるひなさんに頭痛を押さえる。
「なにあの恋愛映画」
「わかりやすくしてみたつもりですが」
「どっからあんな映像持ってきたの」
「主に黒陽様から」
「青羽のときのは」
「主座様と蒼真様からご提供いただきました」
「俺と竹さんのプライベートや思い出が丸裸な点は?」
「ご不満でしたらご両親に『視せる』のはやめますよ?」
ケロリと、なんの悪気もなくひなさんが答える。が、もう関係者には公開済だろうが。
「梅様からは大変お褒めいただきました」
「その上でトモさんに伝言があります」
「『竹をしあわせにしてやってね』『あんたになら竹を任せられる』だそうです」
イイ笑顔でサムズアップするひなさんに「ぐわあぁぁぁぁ!!」と頭を抱える。この確信犯!
「白露様と緋炎様もトモさんに激励を送りたいとおっしゃってましたが、今日のところはご遠慮いただきました」
「ちぃちゃんとヒロちゃんもトモくんのこと応援したいって泣いてたわ! もちろん私も応援するわ!」
恥ずか死ぬわ! なんだこの公開処刑! 俺なんか悪いことしたか!?
確かにわかりやすくまとめてあったよ。彼女の過去を『視る』ことができてうれしかったよ。想像以上に苦しんでたこともつらい想いしてきたこともわかってよかったよ。
もうひとりの主演が俺でなければな!!!
ストーリーが恋愛メインでなければな!!!!
「トモさんとの同居を認めさせる目的でご両親を説得するには、恋愛メインのストーリーが共感されやすいかと思いまして」
「そりゃそうかもしれないけど!!!」
ダン! 机に八つ当たりをしてひなさんをにらみつける。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
「自分達だったらと考えてみなよ! あんなイチャイチャした場面他人に見られたらイヤだろう!?」
そう。
『紹介ムービー』にはこれでもかと甘々シーンが登場していた。『智明』のとき。『青羽』のとき。『トモ』のとき。どこでこんなに見られてたんだというくらい、イチャイチャベタベタした場面が出ていた。客観的にそれらを見せられて俺の羞恥心は爆発寸前だ。なんだよあのだらしない顔! 俺あんな顔彼女にさらしてたのかよ!!
「イチャイチャラブラブシーンがあるからこそ別れがいかにつらかったかがご理解いただけるかと思ったのですが」
「合理主義者か!」
「大丈夫だよトモ! トモはいつでもかっこいいよ! デレデレしたトモでも竹さんは惚れ抜いてるよ!」
「問題はそこじゃない!」
ひなさんと晃にかみつき「イチャイチャシーンを消せ!」と迫った。が、ひなさんも晃もアキさんも「あれがあるからイイんだ!」と聞かない。
「普段のトモさんとのギャップがどれだけ竹さんに惚れ込んでるかを示していてイイんじゃないですか」
「トモ、すごくやさしい顔してるよ! あれならご両親も安心して竹さんを任せられるよ!」
「トモくんがどれだけ竹ちゃんを大事にしてるかよくわかるイイシーンだわ! 絶対にはずしちゃダメよ!!」
「こんなの親に見せるとか、逆効果だろ!? ケンカ売るつもりか!?」
「イヤイヤ、そこは娘を大事にしてくれると感涙にむせぶところですよ」
「『娘を頼む』とか言われちゃうわ!」
「確かに男親としては素直に祝福しづらいかもだけど、あれだけ娘を大切にしてくれる男なら任せられるって思うよ! 信頼勝ち取れるよ!!」
「トモさんと竹さんのイチャイチャはイヤラシさがないですからね。愛はあってもエロはないからセーフです」
「エロなんかあるわけないだろ! 守り役に殺されるわ!」
「だからこそ尊いんですよ。推しカプです」
「なんだ『おしかぷ』って!?」
「トモくんの誠実さがよくわかるいい映画だったわ!」
「映画じゃない!」
「ご両親も絶対トモのファンになるよ!」
「なられてたまるか!」
三人がかりでギャンギャン言われ。―――負けた。
「好きにしろ!」と吐き捨てる俺をよそに三人は楽しそうにハイタッチをし、黒陽は気配を消してただ黙っていた。