第二百二十八話 あなたを、ずっと
「パジャマで出かけるのはさすがにちょっと」と彼女はいつもの巫女服に変えた。これならアイテムボックスから着替えられるからな。
それならと俺も黒陽から借りたままの『黒』の鎧装束に変えた。これならロマンチックも及第点だろう。
もしかしたらリビングにまだ誰か残っているかもしれない。うるさく言われては敵わない。彼女をお姫様抱っこで抱き上げ、窓から飛び出した。
「どこなら星がよく見えるかな」
まずは試しにと離れの屋根にのぼってみた。見晴らしはいいが不安定だな。
「いつもの池に行ってみてもいい?」とたずねれば彼女が「いいよ」と言ってくれる。縮地であっという間に池のほとりに降り立った。
ここなら安定してるし星もよく見える。
池のほとりに投げてあるベンチ代わりの倒木にタオルを敷き彼女を座らせる。その横に座り、彼女の肩を抱いて俺にもたれさせた。
「大丈夫?」
「うん」
額に触れてみたが熱は出ていない。よかった。
見上げれば満天の星。このあたりは民家もないからよく見える。
「ほら。天の川見えるよ」
指差せば彼女も一緒に星空を仰ぎ見た。
「綺麗」
「天気が良くてよかったね」
『風』を使って池から彼女に向かって涼しい風を送っている。夜で気温が下がっていることもあって彼女も快適に天体観測できている。
「あれがベガ。あれがアルタイル」
退魔師の修行の一環として天文学も教わった。夜活動することの多い退魔師にとって方角の判断材料となる天文学は必須だった。『智明』のときも『青羽』のときもそれぞれに理由があって学んでいた。だから星にはちょっと詳しい。
どんくさい彼女は見つけられないらしい。「どれ?」と焦ったように聞くのが可愛くてなるべく視線が同じになるよう顔を寄せた。
「ほら。あの樹からこう伸びて、あそこの」
「ええと……あれ?」
「そうそう」
星を指差す彼女がうれしそうに微笑んだ。楽しそうな様子に俺までうれしくなる。
あのときは死に往く彼女を抱いていた。彼女はただ星を見上げ、俺は最期に向かって一歩ずつ進んでいた。つらくてかなしくて、それでも彼女の『願い』を叶えなければと、鉛のような足を動かした。
だが、今は違う。彼女は生き延びた。ふたり並んで未来に向かって指差している。俺達には『これから』がある。これまで得られなかった『未来』を目指すことができる。
「あれが彦星。で、天の川をはさんでこっちが織姫」
「『七夕伝説』ね」
「天の川の両岸に隔てられた夫婦を鵲が架け橋となって会わせるんだよね」
そう話せば彼女が生真面目に「鵲はどれかなあ」と探しはじめた。かわいい。
「もう七夕終わったからいないんじゃない?」とテキトーなことを言ったら「そっか!」と納得するチョロいひと。間抜けでかわいい。
引き裂かれた夫婦が再び巡り逢う。まるで俺達のようだ。
何度も『死』に引き裂かれた。それでも逢えた。何度も。何度も。
きっとこれからも巡り逢える。鵲はいないだろうが、俺達には鵲よりもっと頼りになる亀がいる。
昔の感覚でそう考えていて、ふと気付いた。そういえばもう亀じゃなかった。それに黒陽も『呪い』が解けたからもう導いてもらえない。
それでもきっと俺達は巡り逢う。何度死に別れても。何度生まれ変わっても。
「………まさか、こんなふうに星を見られると思わなかった」
星を見上げたまま彼女がつぶやく。
「ホントだね」
肩を抱く手に力を入れて彼女の身体をさらに密着させれば彼女は甘えたように俺の肩に頭を乗せた。コテンて! かわいい! あざとい!
「―――トモさん」
「ん?」
「―――ありがとう」
星を見上げたまま彼女が言う。
「貴方がいてくれなかったら、私、死んでた」
「貴方のおかげで責務を果たせた。『呪い』だって解けた」
そこまで言ってようやく俺に目を合わせた愛しいひとは、やさしい目を細めた。
「―――ありがとう」
うるんだ瞳に映るのは俺への感謝。俺への深い愛情。万感の込められた一言に、どれだけ彼女が俺を想ってくれているのかが伝わってきて、胸がギュウゥンと締め付けられた。
「―――お礼を言うのは俺のほうだよ」
そっと手を取る。彼女は俺を見つめたまましたいようにさせてくれた。
まっすぐに彼女を見つめ、両手で彼女の両手を握った。
「がんばってくれて、ありがとう。俺のところに帰ってきてくれて、ありがとう」
ますますうるんでいくその目で俺を見つめ、彼女はにっこりと微笑んだ。俺といたいと、俺といられてうれしいとその表情が語っていた。
「竹さん」
「はい」
「ずっとそばにいてね」
「うん」
うれしそうにやさしく微笑んでくれるから俺もデレデレと笑み下がってしまう。俺の妻が愛おしすぎる。愛が尽きない。
「俺の妻。俺の唯一」
「俺には貴女だけだ」
口から勝手に気持ちがあふれて言葉になる。彼女も「私も」と応えてくれた。
「私も貴方だけなの」
「貴方だけが、私の―――」
一生懸命にそこまで言って、彼女は言葉を止めた。言葉を探すように逡巡していたがうまい言葉が見つからなかったらしい。赤くなっていく顔であわあわと口を震わせるていたが、ようやく絞り出すように言葉をつむいだ。
「―――だいすき」
万感の込められた『大好き』にズギュンと胸を貫かれた。
涙目ですがるような上目遣いで、頬を赤く染めて必死で『好き』と言う妻が愛おしすぎる!
愛おしいが過ぎて死にそう。いや死んでる場合じゃない。この愛しいひとをしあわせにしなくては! ふたりでしあわせにならなくては!!
「―――俺も」
「大好き」
そう言って唇にキスをする。ちゅ、と軽く触れただけなのに彼女はそれはそれはしあわせそうに笑った。
ああ。言わなくては。今伝えなくては。
ずっと言いたかったあの言葉を。
「竹さん」
呼びかけに「はい」と答えてくれる愛しいひと。握った両手をしっかりと包み、まっすぐに瞳を見つめた。
「俺の妻でいてください」
これが俺のプロポーズ。
愛しい『妻』への、本気のプロポーズ。
『青羽』のときも。先日の結婚式でも。同じ言葉で求婚した。
『毎回同じじゃないか』とか『ちょっとは違うこと言えないのかよ』とか思うけれど、何度繰り返してもやはり同じ言葉になってしまう。『智明』のときにしつこく『願って』いたからかな。
何度出逢っても、いつも感じる。『半身』だと。『唯一』だと。『俺の妻だ』と。
だから生まれ変わってまた出逢っても『妻になって』よりも『妻でいて』のほうがしっくり来るんだよな。
何度生まれ変わっても変わらない。彼女は俺の妻。俺は彼女の夫。
俺達は『半身』。魂を分け与えあった、愛する唯一。
何度『死』がふたりを引き裂こうとも必ず生まれ変わってまた出逢う。俺達は『半身』だから。彼女は俺の愛する唯一だから。
真剣な俺の告白に、彼女はあの結婚式のときと同じく、照れることもふてくされたような顔をすることもなく、ただまっすぐに俺を見つめてくれた。
その目に涙をいっぱいにたたえて。
「――はい」
「貴方の妻で、いさせてください」
真摯な返事に、まなざしに、胸がいっぱいになっていく。つないだ手から、そのまなざしから彼女の『水』が俺に注がれる。俺の『風』も彼女に流れ込む。彼女は素直に受け入れてくれる。ふたりの霊力がまじる感覚。満たされる。
ああ。俺、しあわせだ。
また言えた。また受け入れてくれた。また出逢えた。また結ばれた。
しあわせで、ただしあわせで、胸がいっぱいになった。胸だけじゃない。身体中エネルギーが充満している。指の先、髪の毛の先にまで重なったふたりの霊力が満たされているみたい。
「―――ありがとう」
勝手にゆるむ口でそう伝えれば、彼女はそれはそれはしあわせいっぱいな笑顔になった。愛おしい。愛してる。大好き。
神様、仏様、ありとあらゆる全ての皆様、ありがとうございます。彼女に再び逢わせてくださって。彼女をここまで守ってくたさって。
感謝が身体の底から湧き出てくる。世界中のありとあらゆるモノに感謝を捧げたい。彼女がいる。生きている。俺を受け入れてくれた。愛してくれた。なんて奇跡。
これからも共に生きられる。共に歩める。ふたり一緒に。ずっと一緒に。
「大好きだよ」
そっと顔を寄せれば彼女はしあわせそうに瞼を閉じた。
そっと唇に唇で触れる。それだけで満たされてしあわせで、涙が落ちた。
ああ。あのときと同じようなキスなのに、あのときとは全然違う。
『智明』のときの最期のキスを思い出し、余計に歓喜と感謝でいっぱいになった。
そっと離れると彼女はゆっくりと瞼を開けた。
俺を見つめるその瞳はあのときと同じ。
やさしい、穏やかな瞳。愛しい唯一。俺の妻。
照れたように「うふふ」と笑うその笑顔がまた可愛らしくてまたしても胸を鷲掴みにされた。
デレデレと笑み下がっていて、ふと思い出した。
そうだ。指輪。
あのとき作った指輪、渡さないと。
「竹さん」
「ん?」
話しかけると彼女はしあわせそうに小首をかしげた。かわいい。
「受け取って欲しいものがあるんだ」
そう言ってアイテムボックスから預かった指輪を取り出した。
俺の手のひらに乗せたふたつの指輪に彼女はキョトンとした。
「指輪?」
「うん」
「これ、どうしたの?」
「黒陽がくれた」
「黒陽が?」
キョトンとする彼女にまわしていた腕をゆるめ彼女を解放する。キチンと膝に手を乗せ聞く姿勢になる生真面目な妻が愛おしくてデレデレと顔が勝手にゆるむ。それをどうにか引き締め、話をする。
「俺達の指輪、献上しちゃっただろ?」
俺の言葉にうなずく彼女。かわいい。
「またそのうち、前みたいにふたりで作ろうって思ってたんだけど。ホラ。俺、なかなかデジタルプラネットから解放してもらえないだろ? それで黒陽が『これ使ったらいい』って、くれたんだ」
「黒陽が………」
じっと指輪を見つめる彼女。きっとまたなんか余計なこと考えていらない気をまわしてるぞ。
だから先回りして言った。
「黒陽がずっと持ってた指輪だって」
「『俺と竹さんに使ってもらいたい』って、出してくれたよ」
「霊力で作ってる指輪だからサイズも勝手にちょうど良くなるって」
「ふーん………?」
どこか訝しげにする彼女にそれ以上考える余地を与えないために間髪入れずたずねる。
「竹さん、これ使ってもいい?」
いつもなら『いいよ』と言ってくれるはずの彼女は不満げな顔で黙っている。
え。そんなに嫌なのか?
「……………竹さん?」
『どうしたの?』という気持ちを込めて呼びかければ、愛しい妻はそっとうつむいた。
「……………あの指輪が、うれしかった、から……………」
「……………新しいのにする、なら………、また、一緒に………作りたい……………」
―――ぎゃあぁぁぁ!!!
妻が! 俺の妻が!! 愛おしすぎる!!!
なんだそのシュンとした態度! そんなにあの指輪を喜んでくれてたのか! 俺のこと愛してくれてるのか!! 俺も大好きだ!
ああ。好きが過剰供給される! 供給過多で死ぬ! いや死んでる場合じゃない! この愛しい妻をさらに愛でなければ!! 一生涯、いや何生でもかけて愛しぬかなければ!!!
「……じゃあさ」
どうにか呼吸を整え、彼女にそっと提案する。
「俺の時間が取れるまでの間だけこれを借りておく、ていうのはどう?」
うつむいていた彼女がゆっくりと顔を上げる。キョトンとした表情がかわいくてまたヘラリと笑みがこぼれた。
「やっぱ指輪がないとさみしいんだよね」
わざとぼやけば彼女は真剣な表情でうなずいた。そんなに俺とのつながりを求めてくれてるの!? そんなに俺のこと好きなの!? 俺も大好きだ!!
「でも指輪作る時間もないし、買いに行く時間もないし」
困ったようにうなずく彼女。俺が拘束される一因になったから強く言えないらしい。
「今日飯食いながらそんな話をしたら、黒陽が『じゃあこれ使え』って出してくれた」
「せっかく黒陽が出してくれたんだし、実際指輪がないとさみしいし。だから使わせてもらおうって思ったんだ」
「そうなんだ」
その説明に彼女はようやく納得した。
「どうかな?」
「もちろん俺の時間が取れるようになったら新しいの作ってもいいよ」
「でもそれまで、これを使わせてもらわない?」
重ねて言えば彼女はようやくうなずいた。
「………うん」
「わかった」
「じゃあ、新しい指輪作るまでね」
そんなにふたりの霊力から指輪作りたいの。そんなに俺とのつながりを求めてくれてるの。俺、愛されてる!!!
困ったように微笑む彼女が愛おしすぎる。胸がギュンギュンする。心臓が爆速で早鐘連打している。好きが過ぎて死にそう。いやだから死んでる場合じゃない。
どうにか精神を立て直し、彼女に指輪を乗せた手のひらを差し出した。
「じゃあ、俺のは竹さんがつけてくれる?」
甘えて問えば愛しい妻は「うん」と微笑んだ。かわいい。
「ここね」と左手を広げて出せば彼女がそっと薬指に指輪を通してくれた。
―――ああ。やっと戻った―――。
『智明』のときにずっと薬指にあった指輪。彼女を喪ってからずっと支えだった指輪。しっくりと馴染むそれを、左手を目の高さに上げてまじまじと見つめる。
感慨深く指輪を見つめていたが、そんな俺を彼女がじっと見つめているのに気付いた。
おっとイカンイカン。彼女にも指輪をつけてもらわないと。
「………ゴメンね。つい、うれしくて」
「ううん」
正直に謝まれば彼女はうれしそうに微笑んだ。
俺が指輪を喜んでいることを彼女も喜んでくれているとわかって、ますます胸がギュウンと締め付けられる。俺の妻、天使。
「じゃあ今度は竹さんのね」
「俺がつけてもいい?」
たずねると彼女はコクリとうなずき、左手を差し出してくれた。
なにもかも俺に差し出してくれているようで、なにもかも俺に預けてくれていると、それほどに信頼と愛情を向けてくれているとわかる仕草に、脳味噌をガツンと殴られた気がした。
妻の愛情に倒れそう。もう死にそう。いやだから死んでる場合じゃない。
どうにか左手を動かしてそっと彼女の左手を取る。ゆっくり、ゆっくりとその薬指に指輪を入れていく。
まるで結婚式みたいだ。
あの結婚式を思い出し、胸がいっぱいになった。
降り注ぐ祝福。舞い踊るフラワーシャワー。しあわせで、ただしあわせで、ふたり笑顔があふれていた。
ふたりだけの結婚式。
ふとそう感じた。
あの別れを上書きする結婚式。これからふたりで歩むことを誓う結婚式。
そうだ。ふたりで歩むんだ。これから先を。ずっと一緒に。
愛してる。俺の妻。俺の唯一。もう離さない。もう離れない。ずっと一緒に。これから先もずっと一緒に。
彼女の薬指の根本に指輪が収まった。
カツン。
彼女の手を支えていた俺の左手の指輪と彼女の指輪がちいさくぶつかった。
やっと、戻った―――。
彼女の指から目が離せない。
うれしくてしあわせで胸がいっぱいで、じわりと涙がにじんだ。
彼女と俺の涙から錬成した指輪。
彼女を喪ってからずっと身につけていた。いつかまた彼女に会いたいと願っていた。それが。
また会えた。また夫婦になれた。やっとこの指輪を彼女に戻せた。
うれしい。うれしい。うれしい!
うれしくてしあわせで、思わず彼女の手をぎゅっと握った。
彼女は嫌がることなく、逆にきゅっと握り返してくれた。
つないだ手。霊力が循環する。ひとつになろうとする。昔のように。いつものように。
ああ。俺の妻。愛おしい『半身』。愛してる。愛してる!
感極まって泣きそうなのをどうにかこらえる。握った手の親指でそっと彼女の指輪を撫でた。
あの頃のふたりの涙から錬成した指輪。ずっと支えだった指輪。ようやく彼女に返せた。ようやくふたりに戻った。
うれしくてしあわせで、身体中が震える。ああ。泣きそう。こんな顔彼女に見せられない。
じっと指輪を見つめたまま顔を伏せていた。
と。
「―――トモ、さん?」
疑問形で呼ばれた。
なんだろうと顔をあげると。
彼女はその目を大きくして、ただじっと俺を見つめていた。
「―――智明、さん?」
「―――! 竹さん――?」
なんでその『名』を!? ―――まさか。
記憶が――戻った!?
彼女は俺を見つめたまま、ポロリと涙を落とした。
「青羽、さん?」
ああ。これ間違いない。封印していた記憶がもどっている。ある意味予想どおりだが、ここでか。多分俺と同じ、指輪の効果だな。
「――うん」
両手で彼女の左手を包み、うなずく。
「『智明』で、『青羽』で、『トモ』だよ」
にっこりと笑って言う俺の言葉に、彼女はさらに目を大きくした。
その目からポロポロポロポロと涙が落ちる。
「トモさん」
「うん」
「トモさん」
「うん」
彼女が手を動かそうとしたのがわかったから握った左手を解放した。彼女はすぐに両手を俺に向けて伸ばし、そっと頬に触れてきた。その手が震えていた。
指先でちょっと触れビクリと離し、またそっと指先で触れる。俺の存在を確かめるように輪郭をなぞり、頬を撫で、ようやく両手で頬を包んでくれた。
その間ずっと俺の目を見つめていた彼女。ポロポロとこぼれる涙が綺麗で俺も目が離せなかった。
互いに見つめ合えることがうれしくて、それだけでしあわせで満たされる。
俺もそっと彼女の頬を両手で包んだ。
「トモだよ」
「昔『智明』だった、『青羽』だった、貴女の夫だよ」
勝手にヘラリとゆるむ口で告げれば彼女はまたも大きく目を見開いた。
理解が頭に届いたらしく、くしゃりと顔をゆがめた彼女。口をわななかせボロボロと涙を落とした。
「トモさん」
「うん」
「青羽さん」
「うん」
呼びかけに答える俺に彼女は頬も耳も赤く染めていく。親指で涙をぬぐうけれど彼女の涙は次から次へとあふれて落ちてくる。
「会いたかった。ずっと、ずっと、会いたかった」
「俺も」
涙を流しながら顔をぐしゃぐしゃにしながら彼女が一生懸命に伝えてくれる。
かわいくて、愛しくてたまらない。
「トモさん。トモさん」
「うん」
「トモさん」
「うん」
手を離して彼女の身体ををギュッと抱きしめると、彼女も俺の背に手を回して抱きついてきた。
「会いたかった。会いたかったの」
「うん」
「ずっと、好きだったの。ずっと、会いたかったの」
「俺も」
彼女の頭に自分の頭をもたれさせ、肩を抱く腕にさらに力を込める。
「俺も、ずっと会いたかった。ずっと探してた」
「トモさん」
彼女もギュッとさらに抱きしめてくれる。
「ずっと好きだった」
「私も」
「また会えて、うれしい」
「わた、し、も」
俺の胸に顔を埋め、彼女が泣きながら応えてくれる。
うれしくてしあわせで、満たされる。
ひとつに戻ったと、強く強く感じる。
俺の『半身』。俺の唯一。俺の妻。
ただひとりの、俺の妻。
「――竹さん」
そっと彼女の身体を俺から起こし、彼女の目をまっすぐに見つめる。
「もう一度言わせて」
「何度でも言わせて」
そうして彼女の頬を両手で包み、告げた。
「俺の妻でいてください」
彼女は涙でぐしゃぐしゃの顔で微笑んでくれた。
しあわせそうに。
「―――妻です」
「私は、貴方の、妻です」
「ずっと貴方の妻です」
「これまでも、これからも、ずっと、ずっと」
彼女もその両手を伸ばし、俺の頬を包んでくれた。
「貴方の妻で、いさせて、ください」
「―――!!」
互いの視線が絡まる。満面の笑顔の彼女が愛しくてたまらない。
やっと結ばれた。やっと戻った。ココロの底から理解した。魂の根幹が歓喜に震える。
俺の『半身』。俺の唯一。ただひとりの俺の妻。
何度も死に別れた。つらく苦しい日々を何年も重ねた。それが、ようやく。
うれしくて愛おしくて、叫びだしそう! ああ!! 俺、しあわせだ!!!!
爆発しそうな勢いのままガバリと彼女を抱きしめる。彼女もギュッと抱きついてくれた。
「竹さん」
「トモさん」
愛おしい、俺の唯一。
「好きだよ」
「――私も」
彼女は俺の腕の中でさらに抱きついてきた。
「大好き。大好き。私のトモさん」
しあわせすぎて、愛おしすぎて、涙がポロリと落ちた。
慌てて止めようと思うのに、落ちた涙は一向に止まらない。
次から次へとポロポロと落ちていく。
ああ。彼女の前では頼りがいのある男でいたいのに。カッコ悪い。
でも、まあいいか。彼女は俺の胸に埋まっているから見えないし。
そう思っていたら、竹さんがゆっくりと顔を上げた。
ヤバ。泣き顔見られた。
慌てて顔を腕で拭う。
腕をはずしたとき、しあわせそうな彼女の顔がそこにあった。
ズキュゥゥゥーン!!
ナニそのかわいい顔!!
これ以上好きになるとか、ある!?
ああもお! 好きだ! 好きすぎてつらい!!
「好きだよ」
「私も。大好き」
「ずっと側にいてね」
「うん」
「もう置いて行かないでね」
「うん」
「勝手にいなくならないでね」
「うん」
ポロポロポロポロこぼれる言葉に、ひとつずつうなずいてくれる竹さん。
かわいい。愛おしい。甘えたい。甘やかしたい。
「ずっと側にいたい」
「私も」
そっと彼女の頬に手を添えて、軽く上を向かせる。
彼女は黙って俺のなすがままに従ってくれる。
顔を寄せ、目を閉じ、そっと唇を重ねる。
一瞬触れるだけの口付けに、それでも身体の底からしあわせがあふれ出て腹の底から熱くなった。
そっと目を開けると、彼女も同じようにゆっくりと瞼を上げた。
視線が絡まる。
どちらからともなく笑みが浮かんだ。
そのまま再び唇を重ねる。
ちゅ、と触れるだけのキス。
それだけでもしあわせでしあわせで、胸がいっぱいになる。
「好きだよ」
俺の言葉に、彼女はしあわせそうに微笑んでただうなずく。
細めた目から涙があふれる。
「ずっと一緒にいてね」
ウンウンとうなずく彼女に再びキスで触れる。
「死ぬまで一緒にいてね」
「うん」
「もう絶対離さないから。覚悟してね」
「うん」
「約束してね」
「うん。約束」
にっこりと微笑む彼女がかわいくて、約束してくれたことがうれしくて、またギュッとその身体を抱きしめた。
彼女もギュッと抱きついてくれる。
ああ! うれしい!
俺、今、世界で一番しあわせだ!!
「竹さん」
「はい」
「いなくならないでね」
「うん」
「ずっと側にいてね」
「うん」
「大好きだよ」
「私も」
彼女が頭を動かそうとするのがわかったから腕を緩める。彼女はそっと顔を上げ、まっすぐに俺を見つめた。
「大好き。私のトモさん。私の『半身』」
ポロリと、また涙がこぼれた。
うれしくてしあわせで、また彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「好きだよ」
「大好き」
「もう離さない」
ポロポロポロポロ言葉がこぼれる。
彼女はただ「うん」「うん」と応えてくれる。
しあわせで、満たされて。
キスしたくなって腕を緩めた。
じっとお互いの目を見つめ合う。
大好きな俺の妻。俺の唯一。俺の『半身』。
どちらからともなく顔を寄せて――。
ピピピピピ ピピピピピ
突然聞こえたアラーム音にビクゥッと跳ねる。
あと数センチの位置まで近づいた顔をふたり同時に音の鳴るほうへ向けると、木立の中に隠れている集団がいた。
最前列にしゃがんでいるのはグスグスと泣いている千明さんとアキさん。白露様と緋炎様も涙を流している。いつの間に!?
その後ろにヒロ。キラッキラの目をしていやがる。そしてひなさんと晃。蒼真様と黒陽は呆れたような表情をしている。
最後列にハルとオミさんタカさん。
そのタカさんが鳴り続けるアラームを止め、スマホの画面を俺に向けた。
「タイムアップだ」
「は?」
「もう。タカ。もーちょっと待てないの?」
「ゴメンねちーちゃん。これでもギリギリ粘ったんだよ?」
「え?」
「アキちゃん。竹ちゃんをよろしくね」
「まかせて」
「へ?」
「黒陽様。お願いします」
「ウム」
意味がわからずふたりでポカンとしている間に黒陽がサッと俺の腕を取った。
「え?」
「へ?」
俺達が疑問を言葉にする間もなく、気が付いたらデジタルプラネットに転移させられていた。