第二百二十六話 蘇った記憶
目が覚めた。
うっすら開けた瞼を再び閉じて、夢でみたことを反芻する。
『智明』だったときのこと。
『青羽』だったときのこと。
『トモ』となってからのこと。
思い出しながら身体に霊力を巡らせるうちにまたうとうとと眠りに落ちる。
それを何度繰り返したのか。
そうしてやっと、色々なものが馴染んだ。
リビングで倒れたはずなのにベッドに横たわっていた。ここは――離れの俺の部屋か。黒陽かヒロが運んでくれたんだろうな。
なんとか起きて軽く身体を動かす。どこも問題なさそうだ。
―――さて。
話をしようと部屋を出てリビングへと向かう。今何時だ? まだハル達いるかな?
顔を出すと先程のメンバーが全員いた。ん? 蒼真様と晃とひなさんがいる。どうした?
「トモ!」「トモくん!」口々に驚く中、ガタッと椅子を倒し黒陽が立ち上がった。
「トモ! 無事か!?」
血相を変えて駆け寄る様子がおかしくてちいさく笑ったら、安心したのか黒陽からチカラが抜けた。
「心配かけたな」
「まったくだ!」
ぷりぷり怒る黒陽がおかしくて笑ったら「何がおかしい!」と怒られた。そんな俺達にハル達も笑うから最後には黒陽も「まったく」とブツブツ言いながら笑った。
ハル達の話によると、俺が指輪を握った途端ふらりと倒れた。慌てて蒼真様を呼び出し診察してもらったところ「ただ寝てるだけ」との診断。そこに顔を出したのがひなさん。
ひなさんも夏休み開始からこの離れで寝泊まりしている。俺が倒れたときに騒がしくしたことで目が覚め、なにか起きたと様子を見に来た。
そしてなにがあったかを聞き、晃を連れて来た。
晃はひなさんと同室。「一緒のベッドでなくていいから同じ部屋で寝させて!」と懇願し床に布団を敷いて寝ている。その晃がひなさんの命令に飛び起き俺の様子を『視た』。
そして「なんか記憶の整理中みたい」と判断。「しばらくかかるだろうから寝させとこう」と。
「それなら」と黒陽が俺の部屋に運びベッドに寝かせ、部屋に時間停止の結界を展開した。
俺が扉を開けるまで時間停止が効いていたから黒陽達にとっては『俺を部屋に運び込んですぐ』――俺が倒れてから十分ちょっとしか経っていないと説明される。
「どのくらい寝てたんだ?」と聞かれてもわかんないよ。寝てたから。
「で? 何があった?」
問われたので、正直に答えた。
「記憶が戻った」
「―――は?」
「前世と前前世の記憶が、戻った」
ぽかんとしていた一同だったが、みるみる目を大きくさせ。
「「「―――は、はああああ!?」」」
大きく叫んだ。
しばらく『智明』と『青羽』のときの話をして、問われるままに質問に答えて、やっと黒陽とハルと蒼真様が信じてくれた。三人が信じてくれたから周囲も信じた。
精神系能力者の晃とひなさんには説明しなくても理解できたらしい。「魂が成熟してます」と周囲に説明してくれた。まあな。『青羽』のときはかなりジジイまで生きたからな。
「指輪に触れたからか?」
黒陽が腕を組んで首をひねる。
「おそらくな」と自分なりの推測を話す。
「この指輪、長いこと竹さんと黒陽が持っていたんだろう?」
「ああ」
「『黒の一族』は『封印や結界に長けている』と話していたただろ?
竹さんが触れただけで『災禍』の封印が解けたわけだし。
そのチカラが、この指輪に込められてたんじゃないかな?」
「なるほど」と周囲は納得の色を見せる。
「製作者の『智明』のときだけでなく『青羽』のときの記憶まで戻ったのは、多分、時系列的に『智明』と『トモ』の間にあったからじゃないかな」
「なるほど」とこれにも納得してもらえる。多分間違いないと思うんだが。どうかな。
「とりあえず菊様に報告して相談してみよう」と黒陽が言う。が。
「報告する必要あるか?」
「………」
「俺の個人的な問題だろう? 別に菊様は関係なくないか?」
「………」
黒陽はしばらく考えていたが、ひなさんが口を挟んだ。
「ご自身の把握していないことがあると菊様はご不快になられるのではないかと推察しますが、いかがでしょうか」
その問いかけに「違いない」「言っとかないと絶対怒るよ」「ですね」と付き合いの長い三人が断言する。面倒くせぇなあの女王。
そう考えていたらハルが聞いてきた。
「記憶が戻ったことで何か変化はあるか?」
「うーん」と腕を組むと途端に全員が心配そうな顔を向けてきた。
「特に問題は感じない。しっかり眠って記憶の整理がついた。『智明』も『青羽』も、『今の俺』の過去だと受け入れている。馴染んだというか……。
そのへんはお前のほうがわかるんじゃないか?」
俺の言葉に「まあな」とハルも納得していた。
「ただ、『智明』のときと『青羽』のときに身につけた技が使えるかを、これから検証しないといけない」
「フム」
『今の俺』がまだ身につけていなかった技術を『昔の俺』は使えていた。
錬成術。体術。風を使った戦闘術。薬学。その他諸々。記憶を取り戻したから知識はあるが、実際使えるかは確認しないといけない。
「まあ、ぼちぼち慣らしていくよ」
俺の結論に「そうだな」「それがいい」と口々に納得した。
「記憶が戻ったなら、差し当たり挨拶に行かないといけないところがあるぞ」
何の話かと首を傾げる俺に、ハルはニヤリと笑った。
「あちこちの『主』様方に聖水を作りに行け。
向こうは随分と待っていてくださっていたぞ」
前世と前前世で出会った『主』達を思い出し「あー」と声がもれる。
「またこき使われるのかー」
「いいじゃないか。姫宮の分の聖水ももらってこい」
「私も一緒に行ってやる。
ついでにさっき言ってた昔の技の修業をすればいいじゃないか」
楽しげな二人に「まあいいか」と俺も笑った。
「トモくんと黒陽様は竹ちゃんとあちこちに御礼行脚に行ってもらう予定でしょ。そのときにご挨拶するのじゃダメなの?」
「トモに前世の記憶が戻った話聞いたら、竹さんの記憶の封印が解けるんじゃない?」
不思議そうにコテンと首をかしげる千明さんにヒロが答える。「それはまずいんじゃない?」と。
「確かにな」とハルも腕を組みおとがいに手を当てて思案する。
「トモの記憶が戻ったとなると、姫宮の記憶も戻る可能性があるな」
「確かに」
ハルの指摘に黒陽は心配そうだ。
「でも別に問題なくないか? 俺が側にいるし。もう『呪い』が解けたから『記憶を持って転生』することはないわけだし」
「――確かに!」
何故かうれしそうなスッキリしたような晴れ晴れとした顔で黒陽がうなずいた。
「まあ姫宮に関しては成り行きだな」
ハルの言葉に誰もがうなずく。
「竹さんにかけられている『記憶の封印』をわざわざ解く必要はないけれど、自然に解ける可能性は高い。もし解けたとしても疲弊の原因となった『半身』がそばにいるからこれまでのように疲弊することはない。
『記憶を持って転生』することはないから来世以降のことは考慮に入れなくていい。
ゆえに成り行きにまかせるということですね」
ひなさんのまとめに「そうですね」とハルが同意する。
「ではここまでのことを菊様にご報告するようにしましょう」
そう告げたひなさんはヒロとどちらが報告書を書くか打ち合わせ。やらかした当事者のヒロが作成、ひなさんが確認することになった。
「じゃあトモくん! その指輪でプロポーズよろしくね!」
千明さんの激励にひなさんが「なんのことですか?」と作った笑顔を浮かべる。手早くヒロが説明すると「なるほど」とひなさんも納得の色を見せた。
「悪くないかもしれませんね。お父様に『見せつける』というのは」
ひなさんに肯定されて「でしょ!? でしょ!!」と千明さんがテンション高く喜んでいる。
「ただ、竹さんはぶっつけ本番とか臨機応変とかに弱いですから。プロポーズは事前にしておいたほうがいいかもしれませんね」
確かにな。あのひと予想外の事態が起こるとテンパってナナメ上に突っ走るからな。どんなトラブル引き起こすかわかったもんじゃない。
「本来なら竹さん本人にご両親を説得してもらうのが一番だと思うんですが」
ふう。とため息を落とすひなさん。
「どうも不運属性が仕事してるようで、うまくいかないんですよね」
「そうなのよね」「やっぱりそうだよね」と口々に同意が上がる。そんなに苦心してくれてんのか。なんかすみません。
「まあトモさんがそばにいたら竹さんも安定するでしょう」
そうすればご両親が来たときにもちゃんと起きて対応できるだろうとひなさんが予測する。ハルも守り役も同意見のようだ。
「お父様に『見せつける』のは、普段のラブラブっぷりだけでも十分だと思いますよ」
……………そんなに『ラブラブ』かな俺達……………。一応人目をはばかってたつもりだったんだが……………。
……………ちょっと自制しよう。
「でも意外だよね」
突然の晃の言葉に「ん?」と意識を持っていかれる。
「なにが?」
「トモはそういう、ご挨拶とかちゃんとするタイプだと思ってた」
「確かに」と同意するのはヒロと保護者達。
「竹さんのご両親のことは前から聞いてたんだろ? なのに、一回も『ご挨拶しなきゃ』とか『仲良くしなきゃ』とか思わなかったの?」
「……………言われてみれば……………」
物心つく前からじーさんばーさんに「礼を尽くすように」と厳しく躾けられてきた。なにかしてもらったら御礼。節目節目のご挨拶。他にも細々と指導されてきた。
『竹さんのご両親』ならば何を置いてもご挨拶せねばと普段の俺なら考えそうだ。なんで思いつかなかったんだろうな。『災禍』のことがあってそれどころじゃなかったからかな。
そう伝えたら一同は納得を見せた。が、黒陽だけは沈鬱な表情でうつむいた。
「……………おそらくだが――」
「――姫にとって親は『親』ではないんだ」
その声色に、全員が黒陽に注目した。
「確かに姫はあのふたりを『自分の両親』だと認識はしている。が、『仮初の両親』だと考えている」
「自分がこの世に生まれ落ちるためにたまたま選ばれただけだと。自分が甘えてもいい存在ではないと。むしろ庇護するべき存在だと思っている」
ああ。昔そんな話も聞いたな。
「まあ、『転生者あるある』ですよね」とひなさんがつぶやく。
「姫はどこまでも『黒の姫』なんだ」
「たとえ記憶は封じられていても。たとえどんな家に生まれ落ちても。
姫にとっては何度生まれ落ちても自分は『高間原の黒の一族の姫』で『災厄を招く娘』なんだ」
「だから、言い方は悪いが、姫はあのふたりを『両親』と――『父親』『母親』だと認識してはいるが『本当の親』だとは認識していない」
「そうだな……。『養子縁組した子供と保護者』とか『捨て子と養い親』とか、そういう感覚が近いか?」
黒陽の独り言のような説明に保護者達は気の毒そうな顔で黙っていた。
「……なんだかさびしいね」晃がぽつりとつぶやく。
「つまり、竹さんにとっての『本当の親』は『高間原のときのご両親』ということですか?」
「……………どうだろうか。あの頃も姫は借り物のように過ごしていたから……………」
ひなさんの質問に黒陽はかなしそうに顔を伏せてしまった。
そんな黒陽にひなさんは一瞬眉を寄せたが、すぐに俺に顔を向けてきた。
「竹さんのそういう感覚を『半身』であるトモさんが敏感に感じ取っていたのかもしれませんね」
「それはあるかも」
指摘され、ふと思い出した。
「俺、高間原に『紫吹』を――『降魔の剣』を取りに行ったとき、『黒』の王の残留思念と対峙したんだ」
「そうなの!?」とヒロが驚く。そういえば詳しく話してなかったな。まあまた機会があったら説明しよう。今はスルーで。
「確かにあのときは『彼女の親だ』と強く感じた。『礼を尽くさねばならない』と」
「で、一応挨拶した。試練も受けて、それで『紫吹』を手に入れたんだ」
「へー」と感心するヒロと晃に対し、ハルからは『あとできっちり説明しろよ』という思念を感じる。そういえばハルには『紫吹』紹介してないな。スマン。また落ち着いたらな。
「今日竹さんのご両親と電話で話したけど、そんな感覚にはならなかった」
「『一緒に暮らすのを邪魔するなら敵だ』とか『どう潰してやろうか』とかしか思わなかった」
「わあ物騒」とヒロが声をあげる。
「『黒の王』に挨拶して済んだ気になってたのか。竹さんの無意識下の意識につられてたのか。
そこはちょっとわからない」
正直に白状したら全員が「それもそうだ」と納得した。
「まあ竹ちゃんがご両親やご家族をどう思ってるかとかは置いといて。
今のご両親は『ご両親』で間違いないんだから、礼儀は尽くさないといけないよ?」
オミさんの苦言には説得力しかない。
「……わかってる」と絞り出したが、不満の色がでてしまった。
そんな俺に一同が苦笑をうかべる。
「まあ今後の交渉がうまくいっての話になるけど」と前置きし、オミさんが続ける。
「基本は竹ちゃんとは没交渉になるだろうけど、お盆とお正月くらいは挨拶に行くべきだろうね」
「その程度なら姫の影響もないだろう」
「姫宮も了承するでしょうね」
黒陽とハルも同意する。まあ、そのぐらいなら。常識の範囲内だし。
しぶしぶと同意すればオミさんも苦笑でおさめてくれた。
「まあまずは仕事終わらせて。ご両親に会うときにはペアリングして会えばいいんじゃない?」
オミさんのその言葉に千明さんのテンションが再び燃え上がってしまった。
「そのためにもその指輪渡さないと!」
「プロポーズよプロポーズ!」
やいのやいのと励まされ、ようやく彼女の部屋へと向かった。