第二百二十五話 ヒロのやらかしと千明さんの提案
翌日。日曜日。
今日も今日とてデジタルプラネットにカンヅメにされている。早く解放して欲しいのにタカさんが次から次へとタスクを積み上げてくる。くそう。竹さんとの今後の話を詰めたいのに。
その竹さんの熱はなかなか下がらない。俺がくっついていたことで高熱は治まったが微熱が続いている。
「高熱が続いて体力落ちたからね」「まあこのくらいならそのうち治まるよ」と蒼真様が言っていたと黒陽が教えてくれる。
実際微熱はあるが以前よりは起きていられる時間が増えてきた。本にも手が伸びるようになった。飯も食えている。明らかな回復の兆し。黒陽がホッとしていた。
「元気になったら俺と出かけたい」と彼女がアキさんにもらしたらタウン情報誌をこれでもかと持ってきてくれた。
起きている間は生真面目にそれを見ているらしく、俺が帰ったら付箋まみれになった情報誌をキラキラした目で差し出してくる。クソかわいい。
一緒に見ながら「ここいいね」「これ見てみたい」と話をする。楽しそうな彼女にしあわせな気持ちになる。そのおかげか少し寝ただけでものすごく回復する。そうしてブーストかけて仕事に取り組んだ。
火曜日。
今日も早く彼女のところに帰ろうと必死でキーボードを叩いていたら、スマホが鳴った。忙しいのに誰だよと画面を見る。―――ヒロ?
メッセージアプリを開くと『今電話で話せる?』とあった。
なんでヒロがこんなメッセージを? ヒロなら緊急の用事があれば札を飛ばす。急ぎでなければタカさんや黒陽に伝言するか夜俺が帰るのを待ち構えるはず。
―――まさか、竹さんになにか―――。
そう気付いたときには電話をかけていた。
『も、もしもし』
「ヒロ!? 竹さんに何かあったのか!?」
『……イヤ、その、あの』と煮えきらないヒロにイライラする!
『竹さんは、大丈夫。変わりない』
その言葉を聞いた途端、キレた。
「そうか。じゃな」とだけ言って通話をブチ切った。
なんなんだよこの忙しいときに。イタズラか?
イライラしながらも再び仕事に没入した。
どのくらい時間が経ったのか。またスマホが鳴った。今度は着信。誰だよと画面を見るとタカさん。―――進捗確認か? それとも新しいタスクか?
面倒くせぇと思いつつも電話に出る。
「ハイ」
『トモゴメン。三分くれ』
「……また電話する」
面倒くさそうだな。が、仕方ない。
どうにかキリのいい所まで片付けてからタカさんに電話をかける。
『はいよ』
「三分」
『さっさと済ませろ』と言外に込めるとタカさんは単刀直入に告げた。
『竹ちゃんのご両親にトモの話をした』
………それか。
さてはさっきのヒロの電話もそれだな。
『挨拶するか?』と聞かれたので「する」と即答する。
『今一緒にいるから。どうぞ』
いきなりすぎだろう!『今』ってなんだよ! 心の準備をさせてくれよ!!
ていうか、そうか。妻の両親に挨拶は当然か。綺麗さっぱり頭になかった。あれだけ今生のご両親の話が出てたのにな。うっかりしてたな。
ううむ。どうにか好印象を与えられるよう挨拶しないといけないよな。なんて言おう。ひとまず誠実に。真摯に挨拶。
「……もしもし」
『は、はじめまして。竹の母です』
「!」
すぐに向こうから反応があった。
『もう』とちいさな声のあと『お父さんも一緒にいます』と告げられた。
息を飲んだのは一瞬。
詰めた息を吐き出し、すう、と吸い込み気合を入れる。
「――はじめまして。電話越しで失礼します。西村 智と申します。竹さんとお付き合いさせていただいております。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」
ええと、それからなんて言おう。
電話であれこれ言うのは失礼だよな。やっぱ面と向かって挨拶しないと。
「近々、改めてお伺いしてご挨拶させてください」
そう提案したら『は、はい』と女性の声が答えた。
「日程等はまた改めてご連絡させていただきます。ヒロ――目黒から連絡させます」
『わかりました。お待ちして――』『待ってない!』『もう! お父さん!』
噛みつくような男の声。これが例の『過保護な父親』か。頑固者のニオイがプンプンするな。
なるほどな。竹さんがためらうような萎縮しているような様子を見せていたのはこの父親のこういう反応がわかっていたからか。こいつを攻略しないと竹さんと暮らせないわけか。
いいだろうやってやる。好青年を演じろと言うなら演じ切ってやる。弱みを握って脅せばいいならばいくらでも調べてやる。覚悟しておけ。
『トモ。あとどれくらいかかる?』
タカさんの声に切り替わった。ご両親との話は終わったと判断していいだろう。
「三日で終わらせる」と言えば『イヤイヤ。一週間はいるだろ?』と返ってくる。が。
「やる」
早く終わらせてご両親問題にケリをつける。でないと竹さんが安心できないだろう。
そう闘志を燃やしていたらタカさんが呆れたような声で言った。
『無茶すんな。竹ちゃんが泣くぞ』
………そう言われると………。
『一週間。メシも食え。で、ちゃんと寝ろ。睡眠不足は判断低下になる』
………それは………そうだけど………。
黙っていたら『竹ちゃんに言いつけるぞ』と言い出した。仕方なく「わかった」と了承すればタカさんも納得したらしい。
『今から進捗確認に行く』と言うから「野村さんに連絡しといて」と頼んで電話を切った。
その日の夜。
いつものように黒陽に迎えに来てもらい離れに戻る。急いで風呂を済ませリビングに戻るとヒロが土下座をしていた。
「申し訳ありませんでした」
ヒロの奥にはハルと保護者達。苦笑で座っていた。
「まあ座れ」とハルにうながされいつもの席に座る。
「どうぞ」とアキさんが食事を出してくれる。つまり食いながら聞いていいということだろう。
「いただきます」と手を合わせ箸をつける。その間もヒロは土下座のまま。目障りだな。
「ヒロも座れよ」と声をかけるとのろのろと上半身を起こした。が、頭はうなだれたまま。「ごめん」とへこみまくった姿に気の毒になり「いいから」「説明してくれるんだろ?」とうながした。
晃がやらかしたせいで本物の竹さんが高熱で苦しんでいるところに面会した竹さんのご両親。十日ぶりに会った娘のそんな状態に心労を重ねたご両親の疲弊ぶりに気の毒になったヒロが手伝いを申し出た。そうして午前中の三時間バイトをしているヒロ。「竹さんは大丈夫」と話して聞かせ、毎日この離れまで送り届けてもらっている。
そのヒロには密かな任務があった。
それは俺のことをご両親に説明すること。
最初は竹さんの姿をした式神にご両親を会わせ、頃合いをみて俺のことを少しずつ明かす計画だった。そうして最終的には俺と竹さんの同居を認めさせる計画だったのだが、晃がやらかしたおかげで計画が狂った。ご両親――特に父親が話を聞かない。「連れて帰る」しか言わないらしい。そこで接触時間の長いヒロが少しずつ信頼を得て俺のことを話して聞かせる計画に変更になった。
ところが、ここに大きな誤算があった。
ヒロが信頼されすぎた。
性格良し。顔も良し。人当たりもよく穏やかで仕事もできるヒロを竹さんの父親はすっかり気に入り「娘と結婚してくれ」「ウチの婿になれ」と言い出した。
どうも竹さんの今後を案じて暴走したらしい。思い詰めて明後日の方向に突っ走るのは血筋なのか?
ヒロは突発的な事態に弱い。考えてもなかったことを言われ、有無を言わさぬ勢いで迫られ、つい「竹さんの相手は自分じゃない」「トモだ」と叫んでしまった。
そうして最低最悪の状況で俺の存在が一番面倒くさいひとにバレた。
その足で離れに来たご両親とヒロ。ハルとアキさんで応対した。
そうしてご両親に謝罪をし、俺のことを話した。
中学校に入学した頃から徐々に体調を崩していた竹さんは昨年末に倒れた。たまたま通りかかったヒロが自宅に送り届けてからは眠り続け、同居の祖母の伝手で安倍家に連絡が行き、安倍家の離れで保護することになった。
そのときにご両親には竹さんは『霊力過多症で眠り続けている』――詳しく言うと『霊力過多で暴走状態になり満足に動かせない肉体から「魂」が抜け出ている状態』であると説明していた。『霊力が肉体に馴染み「魂」が肉体に戻ってこない限り目覚めない』と。
その『魂』が抜け出ている状態だった竹さんと出会ったのが主座様直属の能力者である俺。『魂』だけの存在になっていた竹さんに惹かれ、想いを交わし愛し合い、彼女の霊力が肉体に馴染むよう協力してきた。俺のために竹さんもがんばり、肉体に戻り目覚めた。
「正直トモがいなければ、今お嬢様は生きてません」
ハルがそこまで言ったが父親の怒りは収まらなかった。
目覚めた竹さんは高霊力で安定し、結界や封印に特化した存在になった。それはつまりあちこちから狙われる存在になったということ。周囲に危険が及ぶので一般家庭では暮らせない。今後は引き続き安倍家で暮らし、安倍家の能力者として活動してもらいたい。その竹さんの護衛として俺を置く。主座様直属になるほど優秀な俺ならば竹さんのそばにいても自衛できるし竹さんも守れる。
ふたりは愛し合っていて、もうお互い夫婦のつもりでいる。年齢の問題で今すぐ入籍はできないが、結婚を前提に一緒に暮らしたいと言っている。
俺という『夫』がいるならば竹さんを狙うモノは俺を狙う。であれば竹さんと暮さない神宮寺家や周囲が狙われることは少ないと思われる。その状態ならば年に一、二度程度ならばご両親が竹さんに会うことは可能である――。
そんな説明も父親には通じない。母親はなんか感動してくれて俺に好意的だというが『竹さんを帰さない』という方針に一番うるさい父親が態度を硬化させている。
「もうね。竹ちゃんのアンラッキーが仕事しているんじゃないかって思っちゃうの」
はあ、とアキさんがため息を落とす。ホントにな。話を聞く限り竹さんに関することがことごとくうまくいってないな。
「どうにかお父様を説得して納得させないといけないんだけど」
今のところ「どうすればいいのかわからない」という。
「最後の手段としては晃か菊様に依頼して父親を洗脳するしかないと考えている」
「洗脳て」
「そのくらい絶望的なんだよ」
珍しくハルが疲れ果てたようなため息を落とす。
「姫宮を家に連れて帰って高校に行かせると、『普通のしあわせ』を与えなければいけないと、そんな考えに凝り固まっているんだ」
父親として深くて重い愛情を娘に抱いているらしい。愛情を持ってくれているのはいいことなんだろうが、竹さんの意見を聞いてないじゃないか。
「ご両親が来られるタイミングで竹ちゃん寝てるから、竹ちゃんにお父様を説得してもらうっていう手が使えないのよ」
「いつもがんばって起きてようとしてるんだけどね」
やっぱりアンラッキーが仕事してんじゃないか。困ったな。
どうにか父親を丸め込んで竹さんとの同居を認めさせないと。で、なんの気兼ねもなくのびのびと暮らすんだ。
一緒に出かけたいと言ってくれた。情報誌を付箋まみれにして楽しみにしてくれている。教授にも紹介しないと。
―――そういえば。
ふと思い出した。彼女と話した『これから』のこと。
黒陽には日曜の夜に話したが、ちゃんと報告してるかなこのうっかり。
「……竹さんとこの前話したこと、伝えたか?」
ぼそりと黒陽に問いかけると「なんのことだ?」と返ってきた。
「教授のところで古文書読む話」と言えば「おお」と手を打つオッサン。
「なんのことですかね?」と笑うハルの様子から見て言ってなかったらしい。
「い、いや。まだ先の話だと聞いていたから」「トモの時間が取れてからだと言っていて」と言い訳しているが、完全に腰が引けている。一応悪かったとは自覚しているようだ。
仕方なく俺からハル達に説明する。
彼女に会うきっかけになった教授の存在。古文書読解ボランティアについて。竹さんが「恩返しになるなら!」とやる気になっていること。
「いいじゃないか」
長い付き合いのあるハルから見ても「姫宮にぴったりの仕事だ」と言う。
「『ひとの役に立つ仕事』で、しかも『恩人のため』となれば姫宮は喜ぶ」
「だよな」
「是非やらせよう」と喜ぶハルの横からアキさんが声をかけてきた。
「その研究室、若い男性はいないの?」
「いないことはないだろうけど、俺が会うのはじーさんばーさんばかり」
そう答えたら「いいじゃない!」と保護者達はさらに喜んだ。どうもこの間の会議で指摘された俺の独占欲を心配してくれたらしい。
そこまで心狭くないよ。……………多分。
ちょっと気まずくなって飯をかきこんでいたらヒロがふとつぶやいた。
「でも通うのは大変じゃないかな」
「確かにそうだな」
実際は転移で一瞬だろうが、教授にはそんなこと言えない。俺もじーさんばーさんから非常時以外の縮地は禁止されてる。となると公共交通機関か自転車での移動になる。が、どんくさい彼女は自転車は無理だな。公共交通機関……。バス何本乗り換えになるんだ?
「じゃあオンラインでできるようにシステム組もう」
「は?」とヒロが目を丸くするから説明を付け足す。
「学生かバイトに古文書の画像撮らせて、竹さんには画像データ送るようにしたら家で解読できる」
「タブレットなら竹さんも使いやすいだろう。ペンで書き込む形にして、手書き文字をテキストに変換するようにシステム組めば竹さんでもイケるだろう」
「キーワードも自動生成するようにするか」
「検索システムも搭載して」
思いつくままに挙げてみたが、実現できたらかなりいいものができるんじゃないか?
「結果的に教授の役にも立つだろうから恩返しにもなるだろ」
「……能力の無駄遣いに見えるのは気のせいか……?」
ハルが口元を引きつらせてそんなことをつぶやく。が、使えるものを使ってなにが悪い。彼女の快適な暮らしのためなら俺は自分の持てる能力全部使うぞ。
「もし本当に姫宮がそこに出入りすることになったら、その教授と研究室に出入りする人間には念の為に守護かなにかかけておいたほうがいいかもしれない」
今回のご挨拶行脚で竹さんのことが広く知られてしまった。もしかしたら竹さんを狙う馬鹿が定期的に出入りする場所の人間を狙うこともあると指摘される。確かにな。
その意見に対して黒陽が答えた。
「姫がどこかに行くときは私が同行する」
「姫自身も己の霊力を封じているし、認識阻害も普段からかけているから大丈夫だとは思うが………。
そうだな。油断は禁物だ。晴明の言うとおりにしよう」
「忠告痛み入る」と生真面目に頭を下げる守り役。
「出入りする場所の人間にすら守護かけないといけないなら、ご家族とかはどうなんだよ」
気になってツッコミを入れたら黒陽は当たり前のことのように答えた。
「家族や近所の者、クラスメイトなどは都度私が守護の術をかけてきた」
だから「これまでに問題は起きていない」と。そこまでしないといけないのかよ。いけないんだろうな。
「………苦労してきたんだな………」
「なに。大したことはない」
あんたじゃないよ。竹さんだよ。どんだけ間が悪くて不幸体質なのか垣間見えたぞ。
「……まあ教授に連絡するのはデジタルプラネットから解放されてからだな」
「俺が竹さんを連れていく必要があるし」
そう言えばヒロがすぐに反応した。
「じゃあ竹さんのご両親への挨拶はいつにしようか」
それに対する回答はタカさんから出た。
「とりあえずは仕事が終わってからだな」
つまりまだ拘束されるんだな。
「終わり次第打ち合わせよう」
へいへい。俺次第ですね。早く終わらせるようがんばりますよ。
「予定といえば」
オミさんがふと思い出したらしく声をかけてきた。
「トモにはサト先生と玄さんの法事の案内も来てるよ」
俺を休学させるためにハル達がでっち上げたのが『降臨した子供の龍の世話係』というものだった。
今回『異界』に俺とナツが連れて行かれたあと、竹さん達が追いかけてきたときに蒼真様がこの離れから飛び立った。そのときは全員テンパってたから隠形かけるのを忘れていたとかで、京都中の能力者が天に向かって駆け上がる龍を目撃した。
当然安倍家に問い合わせが来た。ちょうどいいからと「先日降臨された龍が天に帰られた」と説明し、納得された。
叔父さん達も当然そのことは耳にしていて「じゃあトモの任務は終わったんだな」と判断した。そして法事の日程をオミさんに連絡してきた。
「『今はまた別任務に当たってる』から『行けるかどうかわからない』って伝えてるよ」
「ちなみになっちゃんは出席するって」
「トモのご両親もアメリカから帰ってこられるらしいよ」
「ちょうどいいじゃない」と言い出したのは千明さん。
「トモくんのご両親に竹ちゃん紹介できるじゃな
い」
「ついでだから両家の顔合わせもしたら?」
「釣書も持っていったら」
「結納までは無理かしら」
顔合わせ? 釣書? 結納?
聞き慣れない単語になんのことかと首をかしげたら「結婚するなら必須よ!」と母親達が鼻息荒くまくしたてる。
さらには「竹ちゃんにも法事に出てもらったらトモくん側の親族の皆さんに紹介できるじゃない」なんてことも言い出した。そんな竹さんに負担になるようなことさせるわけないだろう。
「なんだか結婚に向けて動いているみたいだね」とオミさんが笑うからテンション上がった。
と。
「そうよ!」
千明さんが叫び立ち上がった。
「結婚よ!」
「プロポーズしたらいいじゃない!」
またいきなりナニ言い出した。
呆れている俺に気付かないのか、千明さんは周囲に向けてアピールする。
「竹ちゃんのご両親の前でプロポーズするの!」
「いやー、それはさすがに反感買うんじゃない?」
「火に油でしょ」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
タカさんとヒロにツッコまれても千明さんはテンション高くまくしたてる。
「トモくんにプロポーズされたら竹ちゃん絶対に喜ぶでしょ?」
「恋する乙女の顔で、あんなにうれしそうにプロポーズ受け入れたら、さすがにあのお父さんでも理解するんじゃない?『ああ、娘はこの男が本当に好きなんだ』って。『この男といさせるのが娘のしあわせだ』って」
「頑固親父に目の前で見せつけてやるのよ!」
拳を握りしめ腕を突き上げる千明さん。そうか!? 竹さん、そんな表情してくれるか!? 千明さん達から見ても竹さん俺のこと好きなのわかるのか!? うれしい! 俺、客観的に見ても愛されてる!!
「悪くはない、のか………?」
「可能性としては『アリ』だけど………うーん………」
「リスクが高すぎるかも……」
ブツブツ言うハルとオミさん、アキさんに千明さんは叫ぶ。
「でも、思い出してみてよ!」
「トモくんといるときの竹ちゃんの顔! ものすごくしあわせそうな顔してるじゃない!」
「ウチに来たばかりのときの竹ちゃんを思い出してよ! 全然顔違うわよ!」
その意見に「確かに」と全員が納得した。
「ね!」と千明さんは鼻息荒くさらに叫ぶ。
「だから、見せつけてやるのよ!」
「ガツンとやってやるのよ!」
「ラブラブをアピールするのよ!!」
ひとり燃え上がる千明さんに周囲は諦めモードになっている。なるほどいつもこうなのか。こうなると千明さんは聞かないと。
「………まあ、ダメ元でやるだけやってみようか」
ため息まじりにハルがそう言う。
「最悪の場合には晃を控えさせておいて記憶を消そう」
サラリと恐ろしいことを計画に入れるな。
「あ。じゃあ指輪がいるんじゃない?」
ヒロの言葉にようやく保護者達が俺の指に指輪がないことに気が付いた。
「そういえば指輪どうしたの?」と問われ、対価として献上したことを説明する。
「竹さんの具合がもうちょっと良くなったらまた作ろうか」
献上した指輪はふたりの霊力から錬成したものだった。だからまた作ればいいと考えたら、黒陽がハッとした。
「もしよければ、この指輪を使ってくれないか?」
そう言って黒陽が机の上に握った手を伸ばした。その手をどけると、そこにはふたつの指輪があった。
シンプルな銀色の指輪。
ひとつは大きく、男女のペアリングだとわかる。
黒陽と妻のものかと思ったら黒陽は思いも寄らないことを言った。
「昔智明が錬成した、智明と姫の指輪だ」
驚きに黒陽をまじまじと見つめると、黒陽は指輪をじっと見つめたままポツリポツリと話してくれた。
智明――前前世の俺がどれだけ竹さんを愛していたか。竹さんのためにとせっせと聖水を作り、錬成能力が上がったこと。三度蘇生させたこと。それでも竹さんの死が避けられないとなり、最後の別れのときにふたりの涙から錬成したのがこの指輪だと。
「姫はずっとこの指輪を心の支えにしていた」
生まれ変わるたびに側に置き身につけ「智明に恥じない自分で在るように」と懸命にがんばってきたのだという。
「自分は『智明の妻』だ」ということをこの指輪が証明していて、それだけでしあわせそうだったと。
「だが、青羽に逢えた」
再び出会えた『半身』に、それでも竹さんは別れを選んだ。
『災禍』を追わねばならないと。
だが、再度生まれ変わって『半身』に再会した。
死の淵にいた『半身』に。
必死で看病する日々で、梅様に諭された。
「『半身』と出会えることがどれほど貴重なことか」と。
「『しあわせ』になってもいい」と。
一年半近い看病の日々の後、竹さんは『災禍』を封じて生命を落とした。
再び生まれ変わったときには、もう青羽はいなかった。
でも。
再び会えたのだから、また会えるかもしれない。
会いたい。会えない。会ってはいけない。でも会いたい。
己に課した責務と、罪の意識と、それでも捨てられない『半身』への想い。
生まれ変わるたびに『会えるのではないか』と期待する。
生まれ変わるたびに『会えなかった』と落胆する。
そうやって竹さんは、ゆっくりとこわれていった。
見かねた黒陽が他の守り役と姫に相談した。
同じようにこわれていった南の姫の記憶を封じる話が出て、東と南の姫の記憶を封じて様子をみたあと、竹さんの記憶も封じることにした。
『半身』に関する記憶を。
指輪があると思い出すかもしれない。
だから、記憶を封じてから彼女の指輪はずっと黒陽が持っていたのだという。
智明の指輪は「墓から取り出した」と話す。
黒陽が目覚めたとき――竹さんが生まれ変わったときには、智明は死んでいた。
まだ生きていた智明の知り合いや『主』達にその後の智明の様子を聞き、埋葬地を聞いた。
そこで、竹さんの持っていた指輪の片割れを探す形で探索の術をかけて、取り出したそうだ。
「『いつか必ず生まれ変わる』と言っていたから。
そのときにこの指輪が必要だと、そう、思ったんだ」
かなしそうに笑う黒陽に「そうか」としか返せない。
「お前と姫の揃いの指輪ならば、これを使ってもらえると私はうれしい」
黒陽がどれほど智明を大切に思っていたのかが伝わってきて、記憶のない俺も胸が締め付けられた。
智明と竹さんの涙から錬成した指輪。
その後も竹さんがずっと側に置いていた、黒陽がずっと持っていた指輪。
長い時間ふたりの霊力に触れていたからだろう。指輪には強い霊力が染み込んでいるようだった。これなら竹さんの『護り』にもなりそうだ。
デザインもシンプル。
ただの輪ではなく一箇所だけわずかにふくらんでいるのは涙から錬成したからだろうか。
まるで雫になろうとしているようなデザインで、水属性の竹さんにぴったりだと感じる。
黒陽はずっとこの指輪を竹さんに返したかったのだろう。
でも、竹さんには『責務』があった。
この指輪を手にすることで記憶を取り戻した場合、またココロがこわれていく可能性があった。
だが、今は『災禍』はいない。
竹さんの『責務』は果たされた。
それなら、竹さんに万が一記憶が戻っても、昔のようにこわれることはないと黒陽は判断したのだろう。
何より『半身』が側にいる。
彼女がこわれることはないと断言できる。
確かにいい機会かもしれない。
この機会を逃すと、この指輪を竹さんが手にする機会は訪れないかもしれない。
他の男が創り贈った指輪というのが多少ひっかかるが、昔の俺だと思えばなんとか納得できなくもない。
それに、俺達がこの指輪をつけたら黒陽は間違いなく喜ぶだろう。
「――わかった」
了承すると、黒陽は予想どおりうれしそうに顔をほころびせた。
「これ、使わせてもらう」
「元はお前が創ったものだ。遠慮せず姫に渡せ」
フン。といつものようにエラそうに言う黒陽に笑みを返し、指輪に手を伸ばした。
指輪をふたつまとめて握りこんだ。――その途端。
大きな黒い亀。
姫君。竹。
そばにいた。ずっと一緒にいた。
しあわせで。愛おしくて。
毎日、うれしくて。
別れたくない。ずっと側にいたい。
別れが避けられないならば、必ず生まれ変わる。
生まれ変わって、貴女を探す。
必ず再び会って、また恋をする。
「俺の妻でいてください」と、必ず言う。
必ず。
必ず。
川で亀を助けた。
再び会えた。
姫様。竹さん。
側にいたかった。
でも、俺は子供で。
悔しかった。早く大人になりたかった。
必死でチカラをつけた。
でも間に合わなくて。
会いたい。会いたい。側にいたい。
やっと大人になって、チカラもついたのに。
貴女は、また行ってしまった。
会いたい。会いたい。側にいたい。
いつか必ず生まれ変わる。
生まれ変わって、必ずまた貴女に会う。
今度こそ貴女を助ける。
今度こそ貴女の側にいる。
必ず。
必ず。
「―――! ―――モ! トモ!」
黒陽の声にハッと意識が覚醒した。
いつの間にかうつ伏せていた机からのろりと身を起こす。ハルもヒロも保護者達も心配そうに俺を見守っている。
「どうした!? 何があった!?」
心配そうに顔を覗き込んでくる男。
昔からそうだ。黒陽はいつも俺のことを見守ってくれていた。
修業をつけてくれて、無茶ばかり押し付けてきて、竹さんの側にいることを許してくれて――。
あのとき人間だとこんな顔してたのかもな。
そう思うとなんだかおかしくなって、つい、昔の呼び名がこぼれた。
「―――亀―――」
驚愕を貼り付けた黒陽の顔を最後に、意識が暗転した。