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第二百二十三話 会議の結論の報告

 土曜日。

 予定どおり午前十時にオンライン版『バーチャルキョート』は再稼働した。しばらく警戒したが一時間経っても二時間経っても問題は起こらなかった。大きな山場をひとつ越えた喜びに全員でバンザイした。


 だからといってそれでお役御免とはならない。

 次のタスクの打ち合わせをし、今日も今日とてパソコンにかじりついた。


 デスクの上には愛しい妻の写真。俺のやる気とモチベーション維持のためにタカさんが並べていってくれた。なかでも一番目立つのはあの結婚式のときの写真。目にするだけであのしあわせな時間を思い出し、昨夜の彼女を思い出す。


 愛おしい。俺の妻。俺の最愛。

 早く仕事終わらせて帰らなくては。

 それでどこで暮らすか打ち合わせしないと。


 ふたりで――正確には守り役と三人で――のしあわせな未来が浮かんでくる。

 ――やるぞ。やってやる。こんな仕事、さっさと片付けてやる!

 怒涛の勢いでキーボードを叩き、データを処理していった。




 ブーストかかったからか、今日は自由時間として三時間確保できた!

 喜び勇んで黒陽に連絡を取り転移で離れに連れて帰ってもらう。いつもなら風呂に突っ込まれるのに、今日はそのままリビングダイニングに連行された。


 そこにいたのはハルとヒロ、保護者の四人、ひなさんと晃、そして三人の姫と守り役だった。


「おかえりなさいトモくん。座って座って」

 アキさんにうながされ、黒陽とふたり着席させられる。

 何事かと辺りをうかがい、察した。


「ではこれまでの会議で竹さんについて話し合って出た結論についてご報告します」


 ひなさんの声に『やっぱりか』と納得する。

 いつもより一時間早く帰れたおかげで解散前に戻れたと。ならついでに話を聞かせておこうということのようだ。


「基本的には竹さんの希望に沿うようにしますが」と前置きするひなさんはまだ竹さんと話ができていないと言う。ひなさんが顔を出すときはいつも寝ていると。まあまだ熱あるしな。


「まず、竹さんの今後についてです」


 うなずく俺にひなさんは淡々と説明する。


「竹さんをご自宅に戻すことは推奨できないという意見で一致しました」


 黒陽から「『姫は帰せない』と結論が出ている」と聞いていたから「はい」とうなずいた。


「その理由としては、第一に竹さんの存在が知れ渡ってしまったこと」


 今回の一連の騒動への対策として彼女は京都中の結界や封印を確認して回った。そのときに神社仏閣関係者だけでなく安倍家やあちこちの能力者達にも目撃された。神使をはじめとする『ヒトならざるモノ』も竹さんの存在を認知した。

 その竹さんが一般家庭にいたら「間違いなくあちこちから干渉があるでしょう」とひなさんが断言する。


 ………そこまで考えが至らなかった。


 俺が『宗主様の高間原(ところ)』から戻ってすぐに彼女付になり、護衛としてあちこちの調査やご挨拶に同行した。

 そのときはただ一緒にいられるのがうれしかった。彼女の負担にならないよう気を配る以外は気を付けることを思い付かなかった。


 黒陽は一応元の家族への影響を配慮していて、彼女が母胎に宿った時点で竹さんの実家と家族には何重もの守護結界やら運気上昇やらをかけている。竹さん自身が無意識にかけている結界だけでなく黒陽も生まれ落ちたときから彼女に結界を展開していて、完全覚醒前は一般人よりは多めの霊力を一般人でも低めと認識されるようにしていた。だからこれまでに彼女の生家やその周囲に彼女を狙うモノは寄り付かなかった。


 だが今は完全覚醒して高間原(たかまがはら)にいた頃の霊力を取り戻している。おまけにあちこちにご挨拶に行ったり結界のチェックや修復をしているので広く存在が知られた。

「どうせあと数年で死ぬから」「もう生家には帰らないから」と守り役も完全覚醒後は特に彼女の存在を隠すことなく過ごしていた。

 まさか『呪い』が解けて二十歳よりも長生きできるなんて誰も考えることすらなかった。だから生家への影響を考えることはなかった。ハルでさえも。


「……その『干渉』って、どのレベルだと推測する?」


 質問してみると「軽くて『ただ見てみたい』レベル、重くて『生命を奪う』レベルだと推測します」と答えが返ってきた。


「当然竹様に言うことを聞かせるためにご家族は人質に取られるでしょうね。

 それはどんなモノがどんな要求をするにしてもまず考えられることだわ」


「口だけの脅しやお仕事への影響ならまだマシ。誘拐や直接的な暴力もあるでしょうし、モノによっては不幸が重なることもあるでしょう。最悪は身体がバラバラになった家族を竹様に突きつけるとかも有り得るわ」


 緋炎様白露様の説明に頭を殴られた心地がした。

 そうだ。十分あり得る。なんで考えなかった!

 そんなことになったら彼女はかなしむ。また『罪』を背負い込む。そんなことさせられない。


「『転生を繰り返す姫』と『その守り役』の伝説は、京都の旧家や神社仏閣だけでなく、あちこちに伝わっていました」


 ひなさんの説明にどうにかうなずく。


「『黒の姫』『北の姫』に関しても伝わっています」

「『強力なお守りを作ってくれる』『幸運を招く』ただし『利用しようとした者には不幸が訪れる』」


 ………なるほど?

 チラリと守り役に目を向けると、どこか自慢げにうなずいていた。いやウンウンじゃなくてな?


「どれだけ隠そうとしても情報というものは必ず漏れます。一般家庭ではとても守りきれません。――お仕事も、ご家庭も、人間関係も――ココロも、身体も、尊厳も、生命も」


 ここにいる面々は最低最悪のことまで想定できている。俺はそこまで考えが及ばなかった。

 それは確かに竹さんには聞かせられない。なるほど本人不在で話し合わないといけないわけだ。


「ですので、竹さんをご自宅に戻すことは推奨できません」

「納得です」


 真顔でうなずく俺にひなさんが続ける。


「幸い竹さんは覚醒前と覚醒後で霊力の量も質も変わっています。覚醒前は封印がしっかりと効いていたようですね。なので現在知られているモノ達に関しては、竹さんがこのまま神宮寺家に戻らなければ神宮寺家に対して危害を加えることはないと判断します」


「今後関わりをもつであろうモノ達には、念の為に竹さんの外見を変えて対応してはどうかという意見が出ました。外見を変えるのは『人化の術』の応用でいけました」


 高間原(たかまがはら)にいたときの姿ならば竹さんもイメージしやすいし現在の姿と違うのでオススメだとひなさんが言う。

 なんで竹さんの高間原(たかまがはら)にいたときの姿をひなさんが知っているのかと聞けば「菊様に『視せて』いただいた」とのこと。納得しました。

 俺は知らないんだが。くそう。


 俺の知らない竹さんを知っているひとがいるというだけでムカついてくる。が、表面上はなんでもない顔を作って黙っていた。


「竹さんを帰せない理由の二つ目は、竹さんが希望していないこと」


 俺の内心などお構いなしにひなさんが話を続ける。


「竹さん本人には聞けていませんが、守り役様から竹さんの希望をうかがいました」


 竹さんが起きたときに黒陽が話をしたと。


「『元気になったら家に帰りたいか』の質問に対し、竹さんの答えは『帰りたくない』だったそうです」


 昨夜もそう言ってたもんな。ニュアンスはちょっと違ったが。


「『死んだことにしてくれ』とも希望されたそうですが、それはおすすめしません」


「なんで?」


 彼女はこれまでに何度も生まれ変わっている。毎回毎回幼いうちに家を出ていたが、そのときにはいつも死んだことにして家を出ていたと聞いている。

 今回はアキさんが『待った』をかけ彼女の姿をした式神を身代わりにしていた。その式神を彼女の代わりに遺体として渡したら簡単に死んだことにできるだろうに。

 やはり保護者達が彼女のご両親の気持ちを考えて反対しているのか?


「死んだことにしたら――戸籍から死亡による除籍をされたら、トモさんと結婚するときの手続きが面倒になるからです」

「!」


 思ってもみなかった理由にテンションが一気に上がった!


「新しい戸籍を作るとか、安倍家や目黒家と養子縁組するとか、色々手段はあるとは思いますが、出生からの戸籍があるところから入籍するほうが簡単かと思います」


 淡々と説明するひなさん。が、具体的な結婚の手続きの話題に身体の奥底から血液が湧き上がっている気がする!


 結婚! 彼女と! 入籍!! 彼女と!!


「余計なお世話でしたかね?」

「いえ! ありがとうございます!」


 ニヤリと笑うひなさんに食い気味に礼を述べた。何故か周囲が生ぬるい笑みを浮かべている気がするが放置だ。


「黒陽様が聞いた竹さんの希望は『トモさんと暮らしたい』だけでした。トモさんが一緒ならば暮らす場所はどこでもいいと」


 昨夜の話を思い出す。俺のそばにいられるだけで、俺がそばにいるだけで「うれしい」と言っていた。「しあわせだ」と言っていた。「俺がご褒美だ」と言っていた。俺も同じ。彼女のそばにいられるだけで、彼女がそばにいてくれるだけでうれしくてしあわせ。


「ならば、神宮寺家を出て安倍家の庇護下でトモさんと暮らしていただくのが最良ではないかというのが会議での統一見解です」


 コクコクとうなずく俺にひなさんは呆れたような顔をしたが、すぐにそっと目をそらした。


「たとえ二度と逢えないとしても。

『死んだ』のと『お嫁に行って元気で暮らしている』のとでは、違いますから」


 おそらくは竹さんの今生の家族には『竹さんは死んだ』と説明するほうが簡単だった。そう説明して納得できるだけの状況はそろっていた。

 家族へのリスクも、安倍家の手間も、竹さん自身にとってもその他諸々考慮しても『神宮寺竹』という人物は『死んだ』と処理したほうが後顧の憂いはなくなるに違いない。

 だがこのひと達は娘を喪った家族の嘆きを優先させた。

 それはきっと同じ痛みを知っているから。

 ヒロを喪う恐怖とずっと闘ってきたから。


『戸籍手続き上の手間』も『竹さんの希望』も、きっと言い訳。このひと達にかかればそんなものどうとでもなる。


 このひと達がその気になれば家族や親類縁者、近所のひとまで竹さんの記憶を――存在を消すこともできるはずだ。

 そんな手段も取らず、竹さんを死んだことにもせず、一番手間がかかって面倒な道を選択した。

 それはこのひと達の『甘さ』であり『強さ』なのだろう。


『子を持つ親』の心情を押し出した保護者達は『安倍家主座様の側近』としては落第かもしれない。『主座様の側近』ならばもっと冷徹で非情である必要があるはずだ。

 だがその主座様も根っこは甘いからな。特に竹さんに関しては。


 まあ菊様が――『白の女王』である『先見姫』が承認しているならば問題ないだろう。


「ということで、竹さんはご自宅に帰さず、安倍家の能力者としてトモさんと暮らしてもらいたいと思います。いかがでしょうか」

「とてもいい考えだと思います」


 即答する俺に何故か誰もが呆れたようにため息をついた。なんだよ。


「トモさんのご希望はなにかありますか?」


 こちらの意見を聞いてくれるところがひなさんの尊敬できるところだよな。

 そう思いながら即答した。


「彼女と暮らせるならば特にありません」


「でしょうね」とひなさんが苦笑を浮かべる。他の面々もこれに関しては承認の様子。彼女と暮らせる未来にまた一歩近づいたようでうれしくなる。

 そうだ。ついでに昨夜の話を聞いてみよう。


「昨日も彼女と話をしたんですけど」と言うとひなさんも他の面々も聞く姿勢になる。


「どこで暮らすのがいいかな、と」

「と言うと?」


 ひなさんに先をうながされたので説明する。


「黒陽と三人で暮らすのに、鳴滝の俺の家で暮らすか、このままこの離れを使わせてもらうか、新しくこの近くに家を建てさせてもらうか。パッと考えつくのはそのくらいかな、と話してたんです」

「あとはまあ宗主様のところに定住させてもらうのもアリかな、と」


「ふーむ」とそれぞれに考えを巡らせはじめた。


「白楽のところには行かないほうがいいわね」

「そうね。竹にはこっちで神々に定期的にこれまでの御礼をしてもらいたいから」


 宗主様の高間原(ところ)はこちらと時間の流れる早さが違う。だからうっかり忘れただけで数年単位の無礼になる可能性がある。「それはマズい」と姫達も守り役達も言う。


「竹さんひとりに押し付けないでくださいよ」

「皆様も行けばいいじゃないですか」


 文句を言ったら「もちろん自分達も折を見てうかがう」と菊様が言う。

「でも今回の件で京都中の神々に実際ご挨拶したのは竹でしょ? だから竹が御礼にうかがうのが『筋』なのよ」


 実際に祈願をかけたモノが御礼に行くべきだと。


「竹だからあれだけの加護をいただけて幸運続きになって、結果『今』よ」

「祈願したのが竹でなかったら、きっと今頃全員死んでるわよ」


 それは……………確かに。


 護衛として、夫として彼女のご挨拶に同行した俺は彼女がどんな奉納をしてきたのがつぶさに見てきた。笛も舞もそんじょそこらのプロが裸足で逃げ出すレベルだった。それに加えてとんでもない量の霊力を奉納。さらには自分か作った聖水や霊玉を献上。どこでも大歓迎され、大喜びされた。


 黒陽に聞いたが、神仏や『(ヌシ)』という存在は人間が考えているほど万能の存在ではないらしい。なにもしていないのに加護がもらえることはないし、こちらが捧げる祈りや奉納品によって叶えるための労力が決まる。対価に応じて、というヤツだ。

 つまり今回『災禍(さいか)』を滅することができ、さらに『呪い』まで解けたのは彼女が生真面目にご挨拶にうかがった成果。だからこそご挨拶にうかがうのは彼女でなくてはならない。納得です。


 さらにこれだけの成果をくださった神仏への御礼が「一度では足りない」と言うのも納得するしかない。それだけの『幸運』をいただいた。あの『水』に沈められた彼女を生きた状態で救えたのも、時間停止が間に合ったのも、高間原(たかまがはら)に『紫吹(しぶき)』を取りに行けたのも、『賢者の薬(エリクサー)』が彼女を蘇生させたのも、きっと事前にあれだけのご挨拶と奉納を行っていたから。もしかしたら他にもサポートしていただいていたのかもしれない。


「………わかりました」

「どの順でどのタイミングでご挨拶に行くべきか、またご指示ください。俺も同行します」


 しぶしぶながらそう言うと、隣の黒陽が「私も同行する」と言ってくれた。

 どちらにしても彼女が元気にならなければご挨拶にはうかがえない。決まったら指示が来るということでご挨拶に関しての話は終わった。


「じゃあ宗主様のところに行くのはナシで」

 そう言ったらヒロが苦笑を浮かべた。


「宗主様、残念がるだろうなぁ」

「黙ってようね」

 晃とヒロが顔を見合わせクスクスと笑う。


「このままこの離れにお世話になればいいじゃない」と言ったのは緋炎様。「私達も今お世話になってるのよ」と。


 獣の姿のときはそのへんの山や自分の展開した『異界』や(あるじ)のそばで寝起きしていた守り役達。現在は人間の姿になっているのでそういうわけにはいかなくなった。獣の姿も取れるからこれまでどおりでもいいが、アキさんが「せっかく戻ったのだから」と離れの二人部屋を守り役達の部屋にしてくれた。

 着心地のいいパジャマや使い勝手のいい日用品まで揃えてくれて、人間生活を楽しんでいると言う。


「元々この離れは姫様方と守り役の皆様のために建てたものです。使っていただくのは本来の用途に適しています」


 四つの個室は四人の姫の部屋。二つの二人部屋と二つの四人部屋は姫の世話をする人間のための部屋。そういう目的で建てたとハルが説明する。


 そのときはまさか守り役が人間の姿に戻るなんて考えられてなかったから守り役はそれぞれの姫と同室のつもりだった。

 が、現在は白露様と緋炎様が同室、蒼真様と黒陽が同室を使っているという。


 と言っても黒陽は竹さんの部屋にずっと詰めている。俺が戻ったときだけ部屋を出ている。いつ寝てるんだこのオッサン。


「ちゃんと夜に寝てるぞ。気にするな」

 思念を読んだらしいオッサンがボソリと耳打ちしてくる。ああそうかい。ならいいよ。


「言ってみれば竹ちゃんのために建てた家なんだから。竹ちゃんとトモくんも一緒にここに住んだらいいわ!」


「そしたらずっと一緒ね!」とうれしそうにアキさんが言う。

「安倍家の仕事をお願いするのにも都合がいいね」とオミさんも喜んでいる。確かにな。


「でも、トモが学校行くのが大変じゃない?」

 晃のツッコミに『そういえば』と思い出す。俺、高校休学してたんだった。


 面倒くせぇな。もうこのまま退学しようかな。そしたら竹さんとずっと一緒にいられるし。


「高校は卒業しろよ」

 俺の考えを見透かしたようにタカさんがツッコミを入れる。

 ギクリとこわばる俺にタカさんが苦笑で続ける。


「で、大学も行け。学歴も『チカラ』だ」

「竹ちゃんを守りたいんだろ?」

「ならどこからも文句が出ないよう『チカラ』をつけておけ」


 ……………説得力しかない。


「……………わかってる」と答えたが不貞腐れたような声になった。


「トモの高校に通うことを考えると、鳴滝の家のほうがいいかな?」

「いや、別にここから通えばいいじゃないか。トモなら関係ないだろ」

 ああだこうだと意見が出たが、差し当たり夏休み中はこのまま離れ(ここ)でお世話になることだけを決めた。


「トモの復学の手続きも行かないとな。――タカ。トモはあとどのくらいかかる?」

 ハルの質問に「盆前には間違いなく解放できる予定」とタカさんが答える。そんなに拘束されんのかよ。もっと早く解放してくれよ。


 と、そこでふと気付いた。

「竹さんは学校行かせるのか?」


 彼女は昨年末から完全覚醒のための休眠に入り、高校受験どころではなかった。だからどこの高校にも籍はない。もし学校に行かせるならば編入試験を受けさせるか来年度の受験を受けさせる必要がある。


「そのことですが」

 ひなさんが説明をはじめた。



「今日来られた竹さんのお父様が高校進学について言及されました」

「が、我々としては竹さんの高校進学は推奨できかねます」


 高校に行かせないと。

「なんで?」とたずねるとひなさんは先程同様淡々と説明してくれた。


「第一に、先程のご家族と同じ、関わったものにどんな被害があるかわからない点」


「なるほど」

 納得です。


「第二に、竹さんが人見知りだという点」

「それでなくても人見知りで臆病なのに、一学年下で面識皆無、ある程度のグループができているところに竹さんがひとりで突撃するのは自殺行為です」


 ………確かに。


「第三に、高校進学するとなれば今から受験勉強に励まなければいけません」

「でも、本人が『行きたい』と希望するならともなかく、そうでないひとに受験勉強を強いるのは気の毒です」


 確かに。


「これまでの五千年、がんばってきたのですから、やりたいことだけをやらせてあげたらいいと思うんです。やりたくないことを強要することはないと思うんです」


 そのとおりだな。無理させることはない。


「第四に、竹さんには安倍家からの依頼を受けてもらいたいと思っています」

「そのときに高校に通っていたら都合の悪いことも出てくると予想されます」


 実際今回の件でハルもヒロも晃もひなさんもそれぞれの学校に虚偽申請をして休みを獲得している。なにかあるたびに虚偽申請をしたり体調を崩したとしていたら生真面目な彼女が気に病むに違いない。


「第五に、トモさんの存在」

「俺?」


 思いも寄らない発言に思わず自分を指差す。


「竹さんがあなたの知らないところで同級生の男に話しかけられて、許せますか?」

「許せません」


 即答。

 うん。彼女は高校に行かせない。行かなくていい!

 考えただけでムカついてくる俺にひなさんはどこか諦めたようなため息を落とした。


「家が隣で登下校も一緒、同じクラスで学校中に恋人だと認知されているウチの阿呆でも大なり小なりの揉め事を起こしているんです。違う学年になる竹さんの周囲に対しトモさんが揉め事を起こさないわけがありません」


 ……………晃……………。お前……………。


 チラリと晃に視線をやったがサッと逸らされた。


「あなたを大量殺人犯にするわけにはいかないので。竹さんには今後も若い男性との接触は極力避けてもらいたいと思っています」

「ありがとうございます」


 同じ『半身持ち』としてひなさんは『半身持ち』の特性をよく理解してくれている。ひなさんが配慮してくれるなら悪いようにはしないだろう。


「高校や大学に進学するひとの多くは、夢や希望を叶えるため、学生生活を楽しむため、知識や経験を得ることを目的としています。そして特に大きな目的として、進学や就職に必要だから――ぶっちゃけて言えば日々の糧を得るために知識と経験と経歴を積み重ねているわけです」


 ひなさんが淡々と説明する。


「でも竹さんの場合、安倍家の仕事をすれば大卒の初任給程度は軽く得られます」


 だから「そういう意味で高校に行く必要がなくなるわけです」とまとめる。確かにな。


「それに時期がきたらトモさんと正式に結婚しますよね」

「!」


 ごく当然のようにサラリと出された発言に、テンションが一気に上がった!!


「? しないですか?」

「イエ! します!」

「そうなればトモさんが竹さんを養いますよね」

「当然です!」


 勢いよく答える俺に周囲がドン引いている気がするが放置だ。


「ならまあ、高校に進学する必要はないのではないかと」

「異議なしです!」


 学歴なんか関係ない! 収入なんてなくていい! 彼女が彼女であるだけで十分だ! 彼女が俺のそばにいてくれたらそれだけでいい。俺が守る。俺が養う! 俺が彼女をしあわせにする!!


「確かに青春とか経験とか若い時のあれこれとか、高校に行く意味はあると理解はしています。学生生活を楽しむのも有意義でしょう。が、竹さんに限ってはそういう諸々よりもトモさんといられることのほうが大事でしょうから」

「!!」

「様々なリスクを負ってまで行く必要はないだろうというのが話し合って出た結論です」

「ありがとうございます!!」


 竹さんの特性をちゃんと見極め考慮し、竹さんにとって一番『しあわせ』な道を考えてくれたことがよく理解できた。少しでも俺と過ごせるよう考えてくれたことが伝わってきた。ありがたくて胸がいっぱいになった。


 立ち上がりキチンと姿勢を正し、全員に向けて改めて感謝を伝えた。

「――色々とご配慮いただき、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる俺にあちこちから声がかかる。

「気にすんなよ」「竹を頼むわよ」「しあわせにしてやってね」

「はい!」と答える俺にどなたもがやさしい笑顔をくださった。



「まあそうは言っても最後は本人次第ですが」


 あくまでもこれは『皆さんの希望』であり、最終的には竹さん本人の希望を優先したいとひなさんが説明する。

「こうしろ」と決定事項として命ずることもできるはずなのに。ありがたくてまた頭を下げた。


「私達も竹さんと話す機会を見つけて話をするつもりですが、トモさんも可能であれば竹さんと話をしてみてください」


 ひなさんの依頼に「了解です」と答える。


「では今日のところは以上で。皆様、長時間おつかれさまでした」

 ひなさんの締めの挨拶にそれぞれが返事を返し解散となった。

『罠』のことはトモにはナイショです。頭では必要だと理解しても感情で竹をおとりにすることを許さないと誰もがわかっているので今後も秘密にします。

竹の周囲に危険が及ぶ可能性があることをトモに教えたのは敢えてです。注意喚起しておけばトモは自分で気を付けて竹を守る行動をとるとわかっているので。

どこまでの情報を開示してどこからを秘密にしておくか、ということも会議で話し合われ意思統一されています。

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