久木陽菜の暗躍 104 やらかし報告と今後の方針
ひな視点です
「それでは改めまして竹さん関連のご報告を致します」
先週と同じメンバーでの報告会。今日から『バーチャルキョート』が再稼働した話をし、この一週間のあちこちのあれこれについて報告をし、他に議題がなくなったところで竹さんについての話を切り出した。
隣の席では阿呆がシュンとうなだれている。
先週の会議で竹さんのご両親への面会許可が出た。竹さんをおとりに罠を仕掛けることも。
そうして翌日から皆様がせっせと罠の作成に取り掛かられた。
罠の出来によって自分達の平穏無事な生活が左右されるとあって、姫様方も守り役様もノリノリでこれでもかと罠を作成された。試験的にいくつか設置したところ、ソッコーでひっかかった馬鹿がいた。
その馬鹿を始末し、同時に「これは予想以上に効果がある!」とさらに張り切ってしまわれた皆様。いろんなパターンの罠をもりもりと作成しておられるらしい。
タカさんのほうの罠もうまく設置できたとご本人が報告された。今のところは竹さんにたどり着いた馬鹿はいないらしく、罠の効果は見られない。けど「多分大丈夫」とのこと。「効果が楽しみね!」と姫様方も守り役様方も楽しそうだ。
で、そんな罠の設置があったから日曜日に連絡を取った竹さんのご両親が「すぐに行きます!」と言うのを「今日は都合が悪いので明日のいつもの時間にお願いします」とアキさんが押し留めた。
そうして十日ぶりにこの離れに来られたご両親。
アキさんがこれまでどおり竹さんの姿をした式神のところに案内した。
そのとき本物の竹さんのところには護衛の黒陽様と私とコウがいた。
黒陽様は竹さんの護衛件お世話があるので基本的に竹さんの部屋から出ない。なので黒陽様に用事があるひとは竹さんの部屋に出向く。
食事も基本的に竹さんの部屋でとる黒陽様のために私とコウが昼食を持って行った。
「もうすぐ竹ちゃんのご両親が来られるから」とアキさんに昼食を届けるよう頼まれた。「晃くんとひなちゃんも一緒にどうぞ」と。
高熱で苦しんでいる竹さんが心配な黒陽様はなかなか食事に手を伸ばさない。高霊力保持者なのでごはん食べなくても「問題ない」で済ませてしまう。これまでもそうやって過ごしてこられたそう。困ったひとですね。守り役様がそんなんだから竹さんもごはん食べないんですよ。
だから誰かが報告がてら一緒に食事をとるようにしている。主座様やヒロさんが多いけど、今日はたまたまお出かけなので私達に白羽の矢が立った。
ということで黒陽様と三人で昼食をいただいた。デジタルプラネットで三上副社長の補佐をすることになった話をし、烏丸御池の本拠地で金曜日から開催中の千明様の個展の話をし、黒陽様からは竹さんの様子を聞いた。もうすぐ来られる竹さんのご両親やご家族の話を聞いた。話を聞く限りはよいご家族、よいご両親のようだ。多少過保護のきらいはあるけれど、竹さん相手ならば仕方ないと思ってしまう私も竹さんに対して過保護になりつつあるんだろう。
食事を終え「ごちそうさまでした」と三人で手を合わせる。
食器を重ねてまとめたトレイをわんこがひょいと持ち上げた。
「じゃあおれ、ハルのとこ行ってくる」
「ついでに食器片付けるね」
「ひなはこのままここで待ってて」というわんこに「ありがと」と見送り――。
ハッと気付いたときにはもうコウが扉を開け、部屋を出る前に眠る竹さんに声をかけた。
「竹さん、またね」といつものように。
そのコウの向こうにひとが立っていた。
アキさんと、その奥に男女。
時間が止まった。
時間停止の結界的な意味ではなく。比喩的な意味で。
―――なんてタイミングだ!!!!
絶句した私に気付いたコウが私の視線をたどり、固まるアキさんと竹さんのご両親を見つけた。
《―――》
《―――!!》
《―――や、やっちゃったー!》
《ひいいいい!》と叫ぶコウの心の声に私も黒陽様もつられてテンパった。どうしようどうごまかそうええとええと。
そう慌てふためいていたときに「娘はこちらの部屋に?」と問われ、テンパった晃が「はい!」と扉を大きく開けてしまった。
そうしてご両親は高熱で苦しんでいる竹さんと対面した。
「以上です」
「大変申し訳ありませんでした」
コウとふたり立ち上がり九十度で頭を下げた。申開きもございません。まさかこんな初歩的なミスを犯すとは。
コウが気配察知ができていなかったのが一番の要因だけど、私もコウに注意するよう指示していなかったし、黒陽様も結界を張るとか隠形を取るとかができていなかった。ご両親が来られると知っていたのに。油断してたとしか言いようがありません。反省してます。申し訳ありませんでした。
ちなみにコウはやらかし報告直後から緋炎様白露様による再修行を受けさせられている。私と黒陽様が「自分達も悪かった」「油断があった」と減刑をお願いしたけれど、それはそれはイイ笑顔で却下された。
「まあ仕方ないわね」
菊様がお許しくださる。
「『愛し児』である晃が『やらかした』というのは、案外神々のお導きかもしれない」
「それか竹の不運が発動したか」
菊様のご説明には説得力しかない。確かにそのとおりですね。
ともかく当初の計画では眠る式神に会わせる予定だった竹さんのご両親は高熱に苦しむ娘と対面した。
そのせいで心労をつのらせてしまった。
心配したヒロさんがお手伝いを申し出て木曜日から午前中だけバイトをしはじめた。ヒロさんを送り届けるついでという形でご両親はそれから毎日竹さんのお見舞いに来ている。
そして昨日の金曜日、ついに目覚めた竹さんと対面した。
トモさんが自由時間を獲得して竹さんのもとに戻れるようになったのが今週の月曜日。たとえ数時間でも『半身』がくっついていたことで、あれだけなにをやっても意識が戻らなかった竹さんが水曜日に意識を取り戻した。
とはいえそれでもほとんどの時間を寝て過ごしていたのだけれど、昨日はたまたまご両親が顔を出したタイミングで目を覚ました。
ほんとなんて間の悪いひとでしょう。アンラッキー値がカンストしてんじゃないですかね。
寝起きに予想外の人物と強制対面した竹さんは案の定テンパって、せっかく下がってきていた熱がまた上がった。
そのときにご両親――というかお父様が「連れて帰る」と主張された。が、これを認めるわけにはいかない。
「現在は『まだ熱があるから動かせない』と言ってなだめています」
アキさんが皆様にご説明くださる。
今日はご両親がおられる間に竹さんが目覚めることはなかったけれど、お父様が「高校受験に間に合うように帰らせたい」とアキさんに詰め寄った話も披露された。
「そういえば竹は高校どうなってんの? 行ってないの?」
梅様の質問にお答えくださったのは主座様。
「先日ご説明しましたとおり、姫宮は昨年末に倒れてから現在までずっと眠り続けていることになっています。――つまり、高校受験ができていません。
ですので、どこの高校にも通っておられませんし、籍もありません」
そのご説明に梅様と蘭様が気まずそうに眉をひそめられた。
そんなおふたりに黒陽様が「気になさることはございません」と断言された。
「我が姫は元々人付き合いが苦手です。これまでもこの黒陽とふたりで問題なく過ごしてまいりました。
今更知り合いのいない集団に入れなど、我が姫には苦役でしかありません」
「それもそうだ」と誰もが納得した。
「トモと暮らし、責務も『罪』もなくのんびりと過ごすのが我が姫の『しあわせ』です。高校など、無理をして行く必要はありません」
守り役様の過保護発言には説得力しかない。確かにそれが間違いなく竹さんにとっての『しあわせ』だろう。
「時々あちこちの神々にご挨拶にうかがったり、晴明の用事をしたりはするでしょうが、基本的に姫は家でじっとしていることを好みます。これまでも、今生も」
「本を読んだり、手仕事をしたりして過ごすでしょう」
「なるほど」「確かに」「それがいいわね」と誰もが同意するなかウチのわんこがボソリとつぶやいた。
「確かに竹さんは高校には行かないほうがいいだろうね」
また『神託』かと目を向けるとわんこがあっさりと説明した。
「高校には同年代の男がいるだろ?」
「絶対にトモが黙っていない」
さすが毎日やらかしてる男は言うことが違うわね。
阿呆の堂々とした発言に、ある方は呆れ、ある方は『いくらなんでも』と眉をひそめられた。
「女子校ならいいんじゃない?」と言ってみたが、阿呆は逆に聞いてきた。
「女子校には男の先生や職員いない? 仲良くなった娘に男兄弟がいないって言える?」
「……………それもダメなの……………」
どんだけ嫉妬深くて束縛系なの『半身持ち』。
「……………じゃあまあとにかく」
呆れ果てて声も出ない皆様のためにも話をまとめよう。
「また明日以降、竹さん本人にも改めて意思確認しますが」
私が顔を出すときは竹さんいつも寝ているからまだ本人の意思確認ができていないんですよね。
「先週話し合ったとおり、竹さんはご実家に帰さずトモさんと暮らさせる方向で進めていいですかね?」
守り役様にたずねると「うむ」「それで頼む」とお返事が返ってきた。
「で、高校は行かない」
「姫が『行きたい』と言うなら別だが、おそらく姫は行かなくていいならば行かないだろう」
でしょうね。
「ではご両親にはどう対応しましょうか」
先週の対策会議では『頃合いをみてトモさんのことを説明』し『ふたりの同居を認めさせる』計画だった。が、その『頃合い』を見失ってしまっている現状どう対応すべきか。
あのお父様が目覚めた娘に暴走気味で話を聞いてくれないのよね。話どころか娘以外目に入ってないというのが正解か。
説明の場を設けて無理矢理説明する? でもあのお父様が怒り狂うイメージしか出てこないのよねえ。
「どこかでトモのことは説明しないといけないでしょ。同棲する気なら尚更」
「ですよねぇ」
梅様のおっしゃるとおりです。
「トモに挨拶に行かせる?」の意見にはタカさんからストップがかかった。
「トモを解放できるのはもう少しかかります」
「じゃあ、竹に説明させれば?」の意見には守り役様が「あの父親が話を聞くとは思えないのですが……」と渋いお顔。
うーん。困りましたねぇ……。
「ぼくがバイトの合間や車の中とかでそれとなくふたりの話をしてみましょうか」
「話ができるかどうか自信はないですけど」
ヒロさんの意見に「それがいいかも」となり、ヒロさんにお任せすることでまとまった。
どちらにしても竹さんが動けるようにならないと話は進まない。その竹さんの状態は「だんだん良くなっている」と守り役様がうれしそうにお話くださる。
「トモが色々話をしてくれているらしい」
「『一緒に暮らすためにがんばって元気になる』と言っていた」
「やっぱり『半身』は違うね」
これまで竹さんを回復させようと苦労しておられた蒼真様がどこか呆れたように笑われた。梅様が「そんなすぐに影響出るの」と驚いておられる。
アキさんも食事内容について報告された。回復の兆しに全員で喜んだ。
「竹はこれまでずっと苦しんできたんだもの。これからいっぱい『しあわせ』になってもらわないとね」
そう笑う梅様の目尻が光っていたけれど、どなたも指摘することはなかった。