第二百二十一話 訪問者
翌日。金曜日。
前日彼女とイチャイチャしたおかげか、自分でも驚くくらいに絶好調で仕事がはかどりまくった。その甲斐あって明日の午前十時に『バーチャルキョート』の一部機能をオープンできることになった。
再オープンするのはゲーム機能のみ。とはいえそれでメッセージの送受信もアバターでの会議やイベントもできる。大半の利用者はこれで不便が解消される。はずだ。
金銭授受や企業のデータベースと直結している部分はもう少し検証と対策が必要。だから俺はまだここから離れられない。くそう。
八階層に広がるゲーム世界をすべて、路地の一本一本建物の内部ひとつひとつ確認し修復し、何億人というプレイヤーデータを確認し、破損が認められたプレイヤーひとりひとりについてその破損度合いを検証しデータ修復と同時に保障交渉をし。
ホントここまでよくやったよ俺達。
夕方タカさんが再オープンを宣言した途端、あちこちで雄叫びが上がったのも無理からぬことだよな。
今は明日の再オープンに向け最終調整中。広報担当者はあちこちにアナウンスで忙しそう。そっちは俺は関係ない。放置だ。
とにかくシステムに問題を起こさないこと。あれだけのシステム崩壊起こした直後にまたトラブルが起きたなんてなったら恥もいいところだ。企業としてもゲームとしても終わりだということは俺でもわかる。企業だけの問題なら俺は関係ないとほっとけるが、ことは俺個人の、一エンジニアとしての信用問題にも関わる。システム崩壊後の復旧に失敗したエンジニアなんて終わりだ。
タカさんもデジタルプラネットに詰めて陣頭指揮を執っている。夏休みのひなさんと晃までタカさんの補助に来た。ふたりともスーツに眼鏡で社会人にしか見えない。
どうにかなりそうなところまでクリアし、今夜も二時間だけ自由時間を許された。
黒陽に転移で迎えに来てもらい北山の離れに移動する。
今日も今日とて風呂に放り込まれ飯を食えと座らされた。
「今日はベッドから出られた」
嬉しそうな守り役の話を飯を食いながら聞く。
昨日あれだけイチャイチャした効果は彼女にもあったらしい。今朝目が覚めて自分からベッドを降りた。
が、一週間高熱に苦しめられた身体は正直で、立とうとしたのに膝から崩れ倒れた。
あわてて黒陽が支えて事なきを得たが、ベッドから降りようとしただけでも進歩だとみんなが喜び彼女を褒めた。
一週間以上飯を食っていない彼女のためにとアキさんが重湯を作ってくれた。桃も食べた。そうして薬を飲んでまた眠り、ちゃんと昼に起きた。その事実もまた周囲を喜ばせた。
昼食にとまた重湯と桃を口にし薬を飲んだ彼女のもとに来客があった。
彼女の今生の両親だった。
彼女の今生の両親は彼女がこの離れに運び込まれてから二日に一度は見舞いに来ていた。そういえば『宗主様の高間原』から戻った日にそんな話聞いたな。でも俺これまで一回も見かけてないんだが。
「あの二人が来るのはたいてい午後だからな。お前は姫と出かけていたから会うことはなかった」
そもそも彼女と鉢合わせそうな場合には黒陽が結界を張って隠していたという。
そうしてなにも知らない彼女の今生の両親は別室に寝させている彼女の姿をした式神に対面しアキさんから様子を聞き、帰っていたと黒陽が教えてくれた。
「なんでそんなことしてるんだ?」
あのときに聞き忘れたことを聞けば黒陽はあっさりと答えた。
「姫がそう望んだから」
「いつもそうなんだ。覚醒したらそれまでいた家を出る。家族に迷惑がかかるのを姫は嫌がる」
そういえばそんな話も聞いたな。
今回も安倍家で覚醒したときに彼女は「死んだことにしてくれ」とハルに頼んだ。が、アキさん達が「待った」をかけた。
「今無理に死んだことにしなくてもいいじゃない」
「まだ目覚めていないことにしたら?」
同じ子供を持つ親としての気持ちが、それ以上に余命宣告されたヒロと関わってきた経験が、アキさん達に竹さんを止めさせた。
渋る彼女を説得し、ハルに彼女そっくりの式神を作らせた。そうして二日に一度、彼女の両親を迎えている。
そんな手間も時間もかける必要はない。頻繁にこの離れに通わせることがリスクにつながることだってあるに違いない。それでもアキさん達は二日に一度彼女の両親を受け入れた。
かわいい子供が、大切な子供が死んでしまうかもしれない。なのに自分にはできることがない。
その痛みを、苦しみを、つらさを知っているから。
最終決戦前はさすがにアキさんの時間が取れず来訪を遠慮してもらったそうたが、先週の土曜日に彼女の両親からアキさんに連絡が入った。
「娘の状態はどうでしょうか」「まだお伺いしてはいけませんでしょうか」
「すっかり忘れてた」とアキさんが関係者を招集し、土曜日の夜に『第一回竹さん対策会議』が開かれた。
「聞いてないぞ」
「呼んでないからな」
「呼べよ」
「タカが『まだ抜けさせられない』『呼ばなくていい』と言った」
くそう。確かにそうだったけど。
本人不在『半身』不在の対策会議って、どうなんだよ。
とにかくその対策会議で、彼女の両親を本物の彼女に会わせてもいいだろうと結論が出た。
これまでは『災禍』との戦いで彼女は生命を落とすと誰もが思っていた。
それが最終決戦が終わり『災禍』消滅を成し遂げても彼女は生きている。おまけに『呪い』もなくなった。ならば彼女の存在を隠す必要はないんじゃないか。まだ高熱は続いているが『半身』が離れているということは死の可能性はないんじゃないか。菊様とハルが『先見』をし、竹さんが死ぬ可能性はないと出た。なら会わせてもいいんじゃないか。
そんな結論に達したという。
そうして彼女のご両親は十日ぶりにこの離れに来た。
ご両親はあの結婚式の前に来たのを最後に来てなかった。本来ならあの結婚式をした日曜日が彼女のご両親が来る日だったが、アキさんが結婚式の準備でてんやわんやで、ついでだからと「祇園祭の関係で急に忙しくなった」「お迎えできるようになったら連絡するのでしばらくご遠慮ください」と断った。
ご両親も七月は祇園祭関係と夏野菜の最盛期とで忙しい時期。だからアキさんの説明に納得してしばらく仕事に集中していた。が、娘に関してなんの連絡もないことに心配を募らせてアキさんに連絡がいった。
で、対策会議の結果『会わせてもいいだろう』となった。
そうして十日ぶりにこの離れに来たご両親。
アキさんがこれまでどおり竹さんの姿をした式神のところに案内していた。
そこにタイミングよく本物の竹さんの部屋から晃が出てきた。「竹さん、またね」との台詞付きで。
部屋の中に向けていた顔を廊下に向けた晃が目にしたのは、引きつった笑顔で固まったアキさんとポカンとした竹さんのご両親。
「娘はこちらの部屋に?」の質問にアキさんがどうごまかすか迷った一瞬に、テンパった晃が「はい!」と扉を大きく開けてしまった。
そうしてご両親は高熱で苦しんでいる竹さんと対面した。
十日ぶりに会った娘が高熱で苦しんでいる。その姿を目の当たりにしてご両親はものすごく憔悴した。
「もっと早く来ていれば」と嘆き「なにかできることはないですか」とアキさんにすがった。
「大丈夫です」「専任の薬師をつけています」「主座様の『先見』でも『問題なし』と出ています」
アキさんがなだめ説得し、どうにかその日は帰らせた。
ちなみにやらかした晃はあちこちからがっつり怒られた。「危機感がない」「気配察知はどうした」「緊張感が足りない」「修業が足りない」
散々に怒られ、再修行中だという。
で、二日後の水曜日。現れたご両親はわかりやすくやつれ果てていた。顔色は真っ白、目の下は隈が出来、頬はこけていた。
娘が心配で居ても立っても居られず、でも野菜は待ってくれず、心配を仕事にぶつけがむしゃらに働いた。身体はクタクタになったのに高熱で苦しむ娘が浮かんでなかなか寝つけず、結果夫婦揃ってやつれ果てたということらしい。
そんなご両親を気の毒に思ったのがヒロ。
お人好しのヒロが「午前中だけ手伝いに行きましょうか?」「で、帰りぼくを離れまで送ってくれませんか?」「ぼくも離れの鍵持ってますから。毎日竹さんの顔見れますよ」と提案し、採用された。
「ヒロも忙しいんじゃないのかよ」
「一時ほどではなくなったぞ。農家の仕事は九時からの三時間だけだしな。午後からで十分対応できているようだぞ」
「バイト料として出荷できない野菜をもらってきている」と教えてくれる。
そのバイトは昨日の木曜日から始め、今日は二日目。すでに仕事も覚え他のスタッフとも仲良くなっているという。さすがヒロ。
ヒロが作業中に「竹さんは大丈夫」と何度も話して聞かせた甲斐があったらしく、ご両親も少し落ち着いた。そこに今日目が覚めた娘に会えたものだからご両親は大爆発。彼女を抱き締め大泣きに泣き、それはそれは喜んだ。
「そりゃよかったな」
「………それが」
途端に顔をしかめる守り役に話の先をうながす。
約七か月ぶりに目覚めた娘にご両親は号泣された。その勢いで父親が「連れて帰る」と言い出した。
「さすがに歩けるようにならないと」とアキさんがなだめ「まだ目覚めたばかりだから」「休ませないと」と説得し、今日は帰らせた。そんなやり取りを黒陽は黙って見守っていたという。
「まああの父親は過保護だから」
「アンタが言うなんて相当だな」
「とにかくそれで姫が色々衝撃を受けたようでな」
うっかり者の彼女はうっかり今生のご両親のことを忘れていたという。
それなのになんの予告もなく突然現れ、抱き締められ号泣され「連れて帰る」宣言をされた。
わけがわからない状況にパニックになり、案の定また熱が上がった。
「ずっと寝込んでいたが夜にはちゃんと目が覚めて食事が取れた」
少し濃くした重湯と桃を食べ、薬もちゃんと飲んだという。
「お前がいる間に目を覚ましたら、ちょっと話をしてやってくれないか」
「わかった。……が」
彼女の今生の父親が「連れて帰る」と言ったという。それは―――どうなんだ?
突然不快感が湧き上がった。彼女を『家に帰す』。それはつまり『俺から離す』ということか?
ムカムカしてくるのをなんとか隠し、表面上はなんともない顔をどうにか作って問いかけた。
「家に帰すのか?」
「それなんだがな」
俺の質問に黒陽はムッツリとして腕を組み、言った。
「私としては帰さないほうがいいと思っている」
長年の守り役の見解としては、家を出た彼女は「もう戻らないだろう」と言う。
たとえ責務が果たせたとしても『呪い』がなくなったとしても彼女が高霊力保持者であることも数多の神々の『愛し児』であることには変わりはない。ならば今後も彼女の周辺には厄介事がやって来る可能性が高い。家族が大事だからこそ家族から離れたいと彼女は考えると守り役は断言する。まあそうだろうな。
「それに、せっかく『半身』と生きられるんだ。ならば一緒に暮らせばいいと思うんだ」
「!」
暮らす。一緒に。
―――そうだ。
あの決戦からずっとカンヅメで働かされていたからすっかり頭から抜けていたが、彼女の今後を考える必要がある。彼女がどこで暮らしどうやって過ごすかを。
ずっと夢見ていた。ずっと願っていた。
彼女と暮らすことを。
穏やかに、のんびりと、ふたりで日々を重ねることを。
その夢が、その『願い』が、叶う―――!
「お前はどう思う―――と、聞くまでもなかったな」
苦笑を浮かべる守り役に黙ってうなずく。
「前回の会議でも『姫は帰せない』と結論が出ている」と黒陽が教えてくれる。
前回の会議では今生の両親には竹さんが元気になるまではこれまでどおり式神のほうに面会させ、頃合いを見て俺のことを説明し、彼女と俺を同居させることを穏便に説明する計画を立てた。
が、晃がやらかし、ご両親は高熱で苦しむ娘との対面となり計画が狂った。
「今回の晃のやらかしを受け、明日の夜、また姫に関しての対策会議を開く予定だ。そこで何らかの結論が出るだろう」
『第二回竹さん対策会議』が明日の夜開催されるらしい。
「俺も出るか?」
「お前は呼ばれていない」
「竹さんは?」
「姫は呼ばない」
「本人不在の対策会議ってなんだよ」
そう文句を言えば「あちこちしがらみがあるのだが、そんなものを姫に教えるわけにはいかない」と返ってくる。
「過保護すぎないか」
「なんとでも言え」
年季の入った過保護には何を言っても効かないようだ。
そんな守り役だからこそ「悪いようにはしない」という言葉は信用できる。
「じゃあもし目を覚ましたら話をしてみるよ」と請け負い、彼女の部屋へと向かった。




