第二百十九話 カンヅメ中
トモ視点に戻ります
ただいまカンヅメ中。
正直一秒でも時間が惜しい。
そのくらい、切羽詰まっている。
くそう。あのクソジジイ。
やり逃げしやがって。
イタチの最後っ屁のつもりか、それとも嫌がらせのつもりかはわからないが、システムぐちゃぐちゃにして勝手に死にくさった阿呆に悪態をつきながら必死に修復にあたる。
あれから。
『災禍』消滅を見届けたあと。
ひなさんに追い詰められ、タカさんに協力することになった。
タカさんとふたり無我夢中で取り組み、どうにかシステム崩壊を食い止めたのは数時間後。陽があるうちに止められたがかなりのデータが消失してしまった。
飯を食い仮眠を三十分取っただけで今度はシステム復旧をやらされた。タカさんは全体指示に回り、俺を含むデジタルプラネットのエンジニアを総動員して復旧に当たらせた。さらには『ホワイトナイツ』にも救援要請を出したとかで、最低限の作業人数の確保ができた。
俺が参戦した時点で、システム崩壊がすぐに止められるものではないと判断したひなさんが動揺する三上女史をけしかけて対応を指示させていた。おかげでゲーム内に残っていたプレイヤーは全員退去。企業や個人で契約しているテナントも完全休止できた。想定される最悪の被害にまでは至らなかったが、いつ復旧できるか予想も立たない状況に変わりはない。
幸いバージョンアップに備えてバージョンアップ直前までのデータはバックアップが取ってあった。階層仕立にしたバージョンアップ後のデータもあった。それらも使い、復旧作業に勤しんだ。
早く竹さんのところに帰りたければ早く作業を終わらせなければならない。どのみち早く復旧させなければ信用問題になる。とはいえ元々緻密でえげつない量のデータを扱っていた上に今回のバージョンアップで階層仕立にしやがったせいで単純計算で七倍のデータ量になっている。それのどこが消えてどこが壊れているかを調べるだけでも時間を取られた。
愛しい妻が苦しんでいるのにそばにいられないことが悔しくもあり腹立たしくもある。だが黒陽もヒロもアキさんも「こっちは心配するな」「そっちを頼む」と言う。
「早く終わったらその分早く戻れるぞ」と言うタカさんにいいように使われている自覚はある。が、愛しい妻に早く会いたいから必死で取り組んだ。
山鉾巡行の翌日には『異界』で働いていた七人のエンジニアが復旧作業に投入された。
あの七人は基本的に『異界』のあのビルから出ることはなかったそうで、「社長に直接依頼された仕事をしていた」と言っている。食事は『現実世界』と同じく食堂に行けば用意してあったし仮眠室もそのまま使えたからなんの違和感も持たなかったらしい。
竹さん救出で壁が壊れた記憶をはじめ辻褄が合わなくなりそうな部分は「晃が記憶をいじった」とのこと。連れてきたタカさんがこっそりと教えてくれた。
コンビニに避難していた八人はどうしたのかと聞いたら「『異界』に迷い込んでからの記憶をすべて消した」「今入院中」と返ってきた。
山鉾巡行の翌々日。安倍家が関係している病院に八人を運び込んだ。個室のベットにそれぞれ寝させた状態で黒陽が順に封印を解き、晃が『異界』に迷い込んでからの記憶を消した。そうして目覚めたところで看護師が個人情報を聞き出した。
「あなたはずっと眠っていたんですよ」「意識がない状態で安倍家が保護した」「どこの誰かわからないから家族に連絡が取れなかった」と、いかにもな説明を聞き、八人共納得していたらしい。
八人共かなり衰弱していたから入院治療は必要だった。それぞれに家族と連絡がつき再会できて現在は回復に向かっているという。
飯を食いながらそんな報告を聞く以外はずっとパソコンにかじりついている。他のスタッフと共同での作業だからひとりだけ時間停止かけての作業ができない。竹さんのところに帰りたくても移動の時間が取れない。黒陽かハルに転移で迎えに来てもらいたくてもハルも守り役達も忙しいから頼めない。竹さんは予想どおり山鉾巡行の日の午後から発熱して今も高熱を出して寝込んでいる。だから会いに来てもらうこともできない。声も聞けない。ツラい。
社長室を占拠してマシンパワーのあるパソコンでメインの作業をやらされている。保志のポジション。そう思うだけでムカツク。
だが現状この仕事ができるのは俺かタカさんだけだと理解はしている。他のスタッフではちょっと無理。
仕事をしているデスクに竹さんの写真をこれでもかと並べて必死に作業に取り組んだ。
そのタカさんは全体の確認と指示をしている。プロジェクトリーダー兼プロジェクトマネージャー。さらに死んだ保志の後始末や保志と話をしていた『罪を償うためのあれこれ』を実現するためにも動いている。かなり多忙らしく、一日に会えるのは三十分程度。それも飯を食いながら打ち合わせをしながら。
「ちゃんと休みなよ」と言ったが「お前もな」と返されて終わった。
寝るときに時間停止かけられたらと思うのだが、初日にハルが来て時間停止の結界が込められた石を取り上げられた。
「手元にあると気軽に使うだろう」
そりゃ使うよ。使えるものを使ってなにが悪い。
「これまでは仕方なかったがな。あまり多用しすぎるとお前だけ歳を取ることになるぞ」
「仲間の中でひとりだけジジイになるのは嫌だろう?」
ちょっと想像してみる。………確かに嫌だな。
「多用していたら姫宮より先に寿命が来るぞ」
それは嫌だ! 一日でも長く竹さんのそばにいたい!
そうして時間停止が使えない状況で戦っている。寝るのは机に突っ伏して。気が高ぶっているからか脳が休まらないからか三十分くらいで目が覚める。
飯はタカさんが進捗確認と打ち合わせを兼ねて持って来てくれる一食だけ。その分コーヒー飲んだり栄養補助食品バーを食ったりしている。ああ。竹さんのおにぎり食いたい。
竹さんがどうしているか心配だが「なにかあれば連絡する」「早く竹ちゃんのところに帰れるように今はがんばれ」とタカさん言われ教えてもらえない。時々『風』を展開して視る限りはずっと北山の離れの部屋で寝ている。まだ熱が下がらないらしい。蒼真様が様子を診てくれている。
そんなふうに毎日必死にシステム修復に取り組み、山鉾巡行から六日目の月曜日、ようやく大きな山場を越えた。
全員が歓声を上げ健闘を称え合った。
タカさんにより二時間の自由時間を許可された俺が向かったのは当然北山の安倍家の離れ。夜中なのをいいことに最速の縮地で駆け彼女の部屋に飛び込んだ。
なのに彼女の顔を見るより早く黒陽に首根っこをつかまれ風呂にぶち込まれた。
「汚い格好で姫の前に出るな!」
「一応毎日浄化はかけてたぞ!」
「ヒゲを剃れ! 頭を洗え! 歯を磨け! 話はそれからだ!」
あああ! くそおぉぉぉ! 二時間しかないのに!
怒涛の勢いで風呂を済ませ身支度を整えた。
時間停止かけられないのが無駄に感じる!
急いで彼女の部屋に向かおうとしたのにやはり黒陽につかまってリビングダイニングに座らされ飯を食わされた。
「飯なんかいいよ!」
「いいから食え! お前が具合が悪くなると姫が悲しむだろうが! 姫のために食え!」
「………くっそおぉぉぉ!」
「時間停止かけてくれよ!」と頼んだが「晴明に禁止された」と取り合ってくれない。くそうハルめ。抜かりないな。
そうこうしていたら残り一時間。帰りのことを考えたら三十分しかない。
飯を食いながらそう文句を言えば帰りは黒陽が転移で連れて行ってくれることになった。それなら残り一時間丸々使える。ありがとう。
そうしてようやく竹さんの部屋に戻れた。
五日ぶりに顔を見た。『宗主様の高間原』から戻ってからこんなに離れていたのはあの『異界』に連れて行かれたときだけ。愛しくて、愛おしくて、胸がいっぱいになった。
「………竹さん」
そっと頬に触れてみる。熱い。
苦しそうに荒い息を吐いている。
額の冷却シートを貼り替えてから彼女の隣に潜り込んだ。
彼女は目を覚まさない。苦しそうにしている。かわいそうだと思うと同時にようやく逢えた喜びでいっぱいになった。
熱い彼女の身体をぎゅうっと抱き締める。黒陽は時間まで別室待機してくれている。久しぶりのふたりきりの状況にうれしくてしあわせで安堵に包まれた。なのに蓄積された疲れのせいで意識を失ったらしく、あっと思う間もなく黒陽に起こされ彼女から引き剥がされ転移で社長室に連行された。
久々の竹さんだったのに! 悔しい!!
それでも無意識に霊力を循環させていたからか愛しい妻に触れられたからか寝る前よりも回復していた。怒涛の勢いで仕事に励み、また翌日も二時間を確保できた。今度は黒陽に連絡を入れ転移で送迎してもらった。
やっぱり風呂に突っ込まれ飯を食わされた。
まだ熱い彼女の隣に潜り込んだらスコンと意識を失い、またも彼女を堪能する間もなく黒陽に引っ張り出され社長室に連行された。
さらに翌日。水曜日。
必死に仕事に励み、再び二時間を確保した。
黒陽に連絡を取り転移で迎えに来てもらった。
「今日姫が目を覚ました」
いつもどおり風呂に突っ込まれ飯を食べようとしたところで黒陽が教えてくれた。
あの山鉾巡行のあとに寝込んでからずっと高熱が続き意識のなかった彼女が、あれから初めて目を覚ましたという。明らかな回復の兆し。ホッとして肩の力が抜けた。
「やはりお前がいると違うな」
たとえ一時間程度でも『半身』である俺がくっついていたことで彼女の回復に役立ったようだ。無意識に霊力循環してたからかな。俺も短時間でも彼女と寝たおかげでめっちゃ回復したしな。
意識がなく高熱が続く彼女には蒼真様特製栄養剤と解熱剤が投与されている。黒陽が彼女の胃に直接転移させ与えていた。それでどうにか生命を繋いでいたが思うように回復せず、ふたりはやきもきしていたらしい。
今日一瞬ではあるが彼女の目が覚めて、ふたりともものすごくホッとしたと話してくれた。
「俺がずっとついててもいいんだぞ?」
そうすれば彼女が元気になるだろうと守り役に進言させようとしたのに「お前はお前のやるべきことがあるだろうが」と逆に説教された。
「私はなにも協力できないが、がんばれ。一日も早く姫のところに戻って来い」
そう励まされ、やる気が出た。




