久木陽菜の暗躍 101 公式発表
姫様方がダウンされた。
菊様梅様蘭様については奇しくも身代わりの式神のとおりになったわけで、式神を消して本人がベッドの住人となった。
診察して投薬してくれた蒼真様の見立てでは「一晩寝たら大丈夫だろう」とのことだった。
『白楽様の高間原』に長時間滞在して戻ってきたことによる『霊力酔い』もあるかもしれないけれど、やっぱり気が抜けたことが大きいんだろう。
あれだけこまめに食事と睡眠を取ったから肉体的疲労とか術の使いすぎとかはないと思う。
『呪い』が解けた影響だとしたら守り役様達も影響がでるだろうけど、守り役様達は皆様ピンピンしておられる。基礎体力の違い? 覚醒したばかりで無理した反動? 色々原因は浮かぶけれど、なんにしても実際発熱しておられるのだから大人しく横になってもらっておこう。
竹さんは安倍家の離れの竹さんの部屋でひとり寝込んでいる。トモさんをつけられたらそもそも熱も出なかっただろうけど、トモさんにしかできない仕事があるから仕方ない。そして渋るトモさんを説得するために「黒陽様をつける」と約束したから黒陽様も竹さんのそばからはずせない。
というわけで姫様達と黒陽様は戦力外通告。
姫様達の看病で蒼真様も戦力外通告。
その分白露様と緋炎様ががんばってくださった。
あの霊力を固めた桜の花びらを受けて活性化したのは神様方や妖魔だけではなかった。人間や動物にも影響が出たモノが現れた。
野生動物が凶暴化したモノは白露様の『風』で首チョンパになった。南無。猪や鹿など食用にできるものはちゃっかり回収に行かれた。そうでないものは緋炎様が式神経由で灰にされた。
鳥達は緋炎様からの使役命令を受けたことで緋炎様との『つながり』ができて体内霊力がうまいこと循環したらしく凶暴化するものは出なかった。
ペットや動物園などの動物には白露様が作った霊力排出の術式を書いた札を緋炎様の式神が貼り付けた。街中にはさほど花びらが落ちなかったこともあって、それでうまいこと収まった。多少具合が悪くなるだろうけど、そこは獣医さんがどうにかしてくれるだろう。
活性化した妖魔は引き続き能力者さん達やナツさん佑輝さんが対応。そちらも大きな問題にはならなかった。
能力者さんで花びらを取り入れすぎて霊力過多症になったひとが十数人出た。そちらは烏丸御池に用意した本拠地に運んでもらい蒼真様が診察投薬した。
暴走したり凶暴化したひとは他の能力者さんが制圧した。手に負えないひとはナツさんが制圧。佑輝さんだとやりすぎちゃうから。で、本拠地に運ばれ蒼真様の薬で鎮静化された。
花びらを取り入れすぎて凶暴化したり暴走状態になったひとは一般市民にも出た。そちらも式神と鳥達による情報収集をしている緋炎様がいち早く気付いてくださった。報告を受けた主座様が晴臣さんに警察に連絡させ、警察官さんが出動し取り押さえた。
捕まったひと達は留置場の中でも暴れていたけれど、派遣された安倍家の能力者さんが鎮めた。霊力抜き取ったパターンと精神系能力で精神に干渉したパターンがあったらしい。なんにしてもおつかれさまです。
そうか。こうやって安倍家の存在感が増すわけか。常人では手に負えない事態を目の前で収められたらそりゃ「すげー」ってなりますわな。
今回の件で読み漁った報告書によると、この三十年だけでも京都はしょっちゅうテロやら阿呆のやらかしやらにさらされていた。それを未然に防いだり的確に対処したりしてたのが安倍家。
安倍家からの連絡を受けた警察官が半信半疑で現場に向かい、今まさにやらかそうとしている犯人をあわてて現行犯逮捕なんてことが何件も起きていた。
だから特に警察は安倍家への信頼度が高い。『落人』としてどこかから『落ちて』きたひとの対応やらいなくなったひとの追跡やらも安倍家が関わるし。
だから今回の件に関しても「安倍家が調査した結果は次の通り」の説明で納得された。
その説明とは。
とある『悪しきモノ』が京都にいた。
そいつが約三十年前に『バーチャルキョート』というゲームに目をつけた。
実際の京都にそっくりな『世界』。これを利用すれば誰にも気付かれない『異界』が作れると。
そうして『ゲーム』という新しい概念の『異界』を作り上げた『悪しきモノ』。そこにひとを連れて行き鬼に喰わせた。そうすることで『悪しきモノ』のエネルギーにしていった。
最終的には京都中の人間を喰わせ己のエネルギーにしようとした『悪しきモノ』。効率よくエネルギーを得るために『バーチャルキョート』の開発者である保志叶多の身体を乗っ取ることにした。
自分の身体が乗っ取られそうだと気付いた保志叶多だったけれど抵抗むなしく身体を奪われた。
そうして『悪しきモノ』は保志叶多の知識を利用し、より一層ゲームの『バーチャルキョート』を利用していった。
今回の大型バージョンアップに大きな仕掛けを組み込んだ『悪しきモノ』。
それは『現実世界』の京都と『異界』に同じ陣を展開し、陣の中の人間を『現実世界』から『異界』に連れて行く、というもの。
これまではひとりずつ連れて行って鬼に喰わせていたが、今回はこれまでためたエネルギーを使い、一気に二百人の人間を連れて行った。
この二百人のエネルギーを使いまた次の数百人を連れて行く。その数百人のエネルギーを使いまた次の数百人を連れて行く。
そうして京都中の人間を喰らい尽くす計画だった。
だが主座様の『先見』によりその計画を知った安倍家が事前に対策を取った。運良く『連れて行かれた二百人』の中に安倍家の人間がいた。その安倍家の人間を目印にして主座様の直属の能力者が複数名『異界』へ行き『悪しきモノ』を討伐。
『悪しきモノ』――『ボス鬼』が討伐されたことにより二百人の人間は開放された。
京都中に展開されていた陣と『悪しきモノ』がためていたエネルギーは『悪しきモノ』が討伐されたときに開放された。
エネルギー開放によって低級霊や妖魔が活発化しているが、各所の守護者や安倍家の能力者で対処する。結界やらなんやらはしばらくの間主座様が見守ってくださるとお約束いただいた。
同じくエネルギー開放によって一部の一般人にも影響が出ていることが確認された。その場合も安倍家で感知できるので、能力者を派遣して対処する。間に合わない場合は警察に取り押さえてもらいたい。
『異界』に連れて行かれ殺されたひとの遺品や遺骨は安倍家の能力者達が持ち帰った。その遺物を安倍家の能力者が『視て』どこの誰のものか判明した。遺物のないひともいるが、そのひとが『異界』で亡くなったことは安倍家の能力者による卜占と他の遺物からの情報で知ることができた。
『行方不明者』とされていたひと達のご遺族への連絡などは警察におまかせする。
保志叶多は長年『悪しきモノ』に身体を乗っ取られいた。と同時に生命力を奪われ続けていて、本来ならば四十九歳なのに八十代後半の身体になっている。そのため余命三か月だったが、『悪しきモノ』が討伐されたときに絶命した。おそらくは身体を乗っ取られた影響だろうと考えられる。
身体を乗っ取られた保志叶多だったが、せめてもの抵抗として最後の最後まで足掻いた。
現在起こっている『バーチャルキョート』のシステム崩壊は保志叶多が『悪しきモノ』に『バーチャルキョート』を利用されるくらいなら――これ以上生命を奪われるくらいなら、『利用されないように壊してしまおう』として引き起こした。ということが安倍家の能力者によって判明している。
この三十年、多くの生命が奪われたことについては保志叶多本人が意図してやったことではなく、また立証もできないため罪を問うことは難しい。が、本人は「なにか償いを」と考えていたようで、その遺産の一部を社会に役立つよう寄付することが遺言として遺されていた。
今回のようなモノは現在のところ他に存在が確認されていない。だから今後今回のように数百人規模の人命が危険にさらされるような事態が起こる可能性は低いと考えられる。
とはいえ万が一に備えて安倍家は能力者の育成とアイテムの作成を今後も続けていく。
実際各省庁に通報が何十何百と入っていたこと、『異界』に召喚された各省庁の関係者から報告があがっていたこともあり、この安倍家の説明は納得された。
『姫と守り役』について知っているひとが多くいたことも後押しになった。特にうっかり主従に関わる伝説が広く伝わっていることが判明した。
高間原から『落ちて』五千年、あのお人好し主従が気の向くままココロのおもむくままに行動した結果、救われたひとが多くいた。そのひと達が律儀に子に孫に伝え、そのまた子や孫が子に孫に伝え、結果『幼い姫と黒い亀の守り役』の伝説を知るひとは多いと。
なにやらかしてんですか。
隠れる気、あったんですか?
どうせ律儀に名乗りをあげたんだろうあの生真面目ども。
まあそのおかげで話が早かった。
家によっては『姫と守り役』が長年『悪しきモノ』を追っていることも伝わっていた。だから今回の説明に深く納得を示した。そんな家ほど有力社寺だったり名家だったりするものだから他家や各省庁も納得した。
今回の公式発表に『姫と守り役』のことは入れ込まなかったけれど、そんなわけで聞くひとが聞けば『姫と守り役』様が現代におわし、今回の件に関わっていたこと、安倍家と関係していることは簡単に理解できた。
竹さんと黒陽様が今年の春からあちこちに出向いてはご挨拶をしたり結界や封印の確認をしていることは能力者や守護者には広く知られていた。今回の件であちこちに竹さん黒陽様作のアイテムも配られているから社寺関係や能力者関係には『姫様と守り役様が顕現され安倍家におられる』ことは知られていたけれど、それ以外の家にもこの公式発表で『姫』様方の存在が明らかになってしまった。
「ご挨拶を!」と言ってくる家やお偉いさんが数多く出たけれど、そこは安倍家がうまく対処した。そもそも主座様にさえ会えないレベルのひと達がなんで『姫』に会えると思うのか。図々しいとか思わないのか。思わないんだろうな。
そんなこんながありつつ、七月十七日の夜は無事更けていった。
翌十八日。私達は学校がある。白露様に直接学校へ転移してもらった。
放課後確認したところによると大きな問題は起きていなかった。竹さんを除く三人の姫様方も無事回復され学校に通われた。霊力の花びらによるトラブルも十八日未明までにあらかた片付いていた。あとは経過観察でよさそう。
各省庁への対応も問題なし。『異界』から移動させた遺品や遺骨もリストとともに警察に無事渡され、現在ご遺族への連絡を始めているという。
『白楽様の高間原』にも問題はないとのこと。居残っていたおふたりがやり取りしている。そのおふたりも問題なし。あとは関係者で対応してもらおう。
神様方へのお礼については菊様が一斉送信で行われた。
「無礼とは承知しておりますが、取り急ぎ」と、鏡の能力でお礼を申し上げるべき神様方すべてと映像をつなぎ、竹さんを除く姫様方と守り役様方、そして主座様がご挨拶された。
「竹が回復しましたら代表して竹が個別に直接ご挨拶にお伺いします」と菊様が勝手にお約束された。
土曜日からは夏休み。金曜日の放課後、白露様に迎えに来ていただき、私とコウは後始末に加わった。
デジタルプラネットで三上さんのサポートに入ったり。カナタさんの希望のために動くタカさんの手伝いをしたり。
そうやって忙しくしていたその夜。
アキさんから新たな問題が提起された。