久木陽奈の暗躍 100 その後の報告
ひな視点です
『災禍』消滅後、トモ視点のラストからスタートです
この日――七月十七日のニュースは大賑わいだった。
【京都市内で祇園祭の山鉾巡行が行われた】
【京都市内を中心に雹が降った】
【雹は偶然桜の花びらに見える形だった】
【『バーチャルキョート』でも山鉾巡行が行われた】
【『バーチャルキョート』でも同じ時間に桜吹雪が降った】
【社長であり開発者の保志叶多氏が以前から公表していた『びっくりすること』が『山鉾巡行と桜吹雪』だったのか】
【『バーチャルキョート』が謎のサイバー攻撃を受けシステムダウンしている】
【現在『バーチャルキョート』へのアクセスはできない】
【復旧の見込みは現時点では立っていない】
お昼のニュースで表向きの発表がされた。その後各局のワイドショー、夕方、夜のニュースと一日中これらの件が報道された。
特に『バーチャルキョート』のシステムダウンは大きな影響を与えた。
メッセージ機能が使えない。会議ができない。金融取引ができない。
目に見えた大きな損害こそ出ていないものの、社会的影響は計り知れない。
三上さんは謝罪文を出し謝罪会見を開き、他の事務方と一緒に鳴りやまない電話に応対した。
「現在対策本部を設置し、外部専門家の協力をいただきながら対応にあたっております」
「サイバー攻撃に関しては『バーチャルキョート』のシステムのみと推測されております。個人データの流出やお取引企業様への影響があるかは現在調査中です」
「被害の全容解明はシステム復旧と同時に行い、わかり次第ご報告いたします」
そうして「誠に申し訳ございません」と頭を下げた。
「社長を出せ」の声に、カナタさんが亡くなったことを明かした。
「死因は現在調査中」「分かり次第ご報告させていただきます」と説明し、何度も「誠に申し訳ございません」と頭を下げた。
そんな謝罪とマスコミ対応の間にカナタさんの死亡に関する手続きも入ってきた。
身寄りのないカナタさんの処遇に対応できるのは三上さんしかいなかった。亡くなる直前にタカさんと作った遺言書に「あとのことはすべて三上に」と指名があったから余計に。
警察からの説明を聞き、いくつもの書類に目を通しサインをし、葬儀について話し合った。
ほとんどの話し合いや手続きはヒロさんが受け持ったけど、最終的な決定権は遺言書で指名された三上さんが持たされていた。
ボロボロになっていく三上さんを気の毒がったヒロさんが「こう進めたいと思いますが、いかがですか」と最終決定だけにした状態で話を持って行き、三上さんはうなずいてサインするだけだった。
結果、通夜は翌日の十八日の夜。葬儀はその翌日の十九日に行うことにした。
会社がこんな状況だから通夜に立ち合うのは三上さんだけ。タカさんは「どんな手を使ってでも時間を調整する」と立ち合うことを希望した。
祇園祭の山鉾巡行、その注連縄切りのあとに京都市内を中心に桜の花びらが降ってきたのは『上空の大気が不安定になり局地的に降った雹が偶然桜の花びらに似た形だった』とされた。
実際手に乗せた花びらが溶けたように消えたこと、最初に『災禍』が上空に集めていた花びらの塊が『雹を作り出した雲』だと認識されたことから科学的な説明がついて納得された。
動画とか出回ったけれど『珍しい現象』『説明可能な現象』として納得され『不可思議現象』とする意見はほとんどなかった。
これも運気上昇の効果か。それとも神様方のご加護か。どちらにしてもありがたい。
同じ時間に『バーチャルキョート』にも桜吹雪が降ったことから『社長は雹が降ることを予知していたんだ』とか『社長は預言者だ』とかいう意見が飛び交った。
『バーチャルキョート』で桜吹雪が降って少ししてからシステム崩壊が始まったことから『社長がシステム崩壊を起こしたんだ』という意見が多く出た。
このシステム崩壊が『びっくりすること』だったのだと。
そのシステム崩壊が食い止められたのは夕方。
タカさんとトモさんが中心となって「なんとか止まった」とのことだった。
私にはよくわからないけれど、システムエンジニアの責任者である野村さんが「こんな短時間であの崩壊を止められたなんて」「さすがは『伝説のホワイトハッカー』とその弟子」と感嘆していた。なんかすごいことはわかった。
システム崩壊中も崩壊を止めたあとも『花びら型ウイルス』の解析をしようとあちこちからちょっかいがかかった。らしい。勝手にシステムに侵入しようとするひとも増えた。らしい。それらをタカさんが文字通り一蹴した。『伝説のホワイトハッカー』の名は伊達じゃなかった。
タカさんのお友達でもあるホワイトハッカー集団『ホワイトナイツ』の社長さん達も協力してくれて、外部からのあれこれは対処済。
現在はシステムの復旧とデータ流出がなかったかの確認、関係機関にサイバー攻撃が飛び火していないかの確認などに力を注いでもらっている。
トモさんをメインエンジニアに指名し、タカさんは全体の確認と指揮にまわった。システム復旧のため、その他の確認事項のためにあれこれ指示を出すと同時に安倍家に報告を上げ一連の事態の進捗を確認。さらには会社としてのデジタルプラネットのサポート、カナタさんの死亡にまつわるあれこれ、カナタさんの遺言を果たすための手配など、八面六臂の活躍をしている。
正直身体が心配だけど、忙しく動いていたい気持ちもわかるのでやりたいようにさせている。千明様が「休むときは抱き枕になる」とおっしゃっていたからまあ大丈夫だろう。蒼真様も特製回復薬を飲ませていたし。
『災禍』消滅後。トモさんに協力を了承させたあと。
『バーチャルキョート』のシステム崩壊を食い止めるためにタカさんとトモさんがパソコンにかじりついている間に、私達――四人の姫と守り役、ナツさん祐輝さん、コウと私――はデジタルプラネットをあとにした。みんなでくっついて安倍家の離れの神棚の部屋に転移した。
待機してくださっていた主座様と保護者のお三方にこれまでのことを報告。途中経過は主座様直通の札で報告していたけれど改めて報告し、ヒロさんが警察と消防に話をするために居残ったところまで話をした。
そうしてそれぞれに動いた。
竹さんと黒陽様は式神を使ってあちこちの結界の確認。ほころびがあったり弱くなっていたりしたら「転移して修復しよう」と言っていたけれど、幸いどこも問題はなかった。
菊様と白露様は『白楽様の高間原』からの皆さんのところへ。陣が起動したか、白露様が『風』で運んだ霊力の花びらはうまく届いたかなどの確認をした結果、当初の予想以上の霊力が送られたことが判明した。まあね。京都中に開放される霊力の一部を取り込む予定だったのが『災禍』が気を利かせてごく微量の霊力を花びらに固めた、それをかなりの量陣につぎ込んだんだもんね。
大量の霊力を注げたとわかったのちは「『白楽の高間原』で仕上げをしてくる」とお出かけになった。『白楽様の高間原』から来た十人のうち技術者一名と護衛兼助手一名は『こちら』に残ってこちら側の陣の維持と調整。他八名は菊様白露様と一緒に『白楽様の高間原』に帰って行った。
その送迎役になったのは蒼真様。
時間調整して戻ろうと思ったら蒼真様か主座様が同行する必要があった。
けど、主座様は安倍家及び京都全体の指揮のためにお出かけは不可能。というわけで蒼真様が皆様の送迎役になった。
「じゃあついでに」と梅様蘭様も白楽様に転生のご挨拶をするために同行された。
緋炎様はこちらに残って主座様とともに全体確認と情報収集をしてくださった。
式神を京都中に展開し、そのへんの鳥達も多数使役し、ちいさな変化も見逃さないようにしてくださった。
『災禍』消滅前に緋炎様が作った『炎の龍』で低低級妖魔達は消滅していた。低級以上は危険を感じて深く深く隠れていた。
でもあの『異界』崩壊後の『現実世界』の陣からのエネルギー放出に反応したり刺激されたりして一定数が動き出した。そうしてあの霊力の花びらに気付き、吸収しようと働きかけその身に霊力を取り入れた。
結果、時間が経つにつれ妖魔がごそごそと動きだした。
緋炎様がこれでもかと情報網を張ってくださっていたので、そんな動きはすぐさま感知された。主座様と緋炎様が話し合い、近くに待機していた能力者を向かわせたり安倍家の実働部隊を派遣したりされた。レベルの高いのが何体か出てきそうだったけど、ナツさんと佑輝さんに動いてもらって瞬殺した。
はあ。ナツさん祐輝さんがいるから蘭様がおでかけになるのを止めなかったと。
「現世のことは私達が手出ししないほうがいいのよ」
なるほど。レベル差がありすぎてすぐに頼りにされちゃうと。そうやって頼りにされて祀り上げられて依存されてなにもできない集団になっちゃうと。これまでの五千年のうち最初の千年くらいは何度もそんなことがあったと。だからむやみに実力を見せるようなことをしたり関わったりしないようにするようになったと。納得です。
ナツさん達はいいんですか?
「あの子達は『晴明の直属』だから」
なるほど。主座様が矢面に立たれるわけですね。主座様はそのへんよく理解しておられますものね。「その程度なら自分達で処理しろ」とかおっしゃいますものね。どうしてもダメなときは対価や報酬をたんまり請求しておられますものね。素晴らしいです。
主座様と緋炎様の調査と指示により、京都中のあれこれは問題なく片付いていった。
神様方も霊力の花びらを受け取ってパワーアップされたとのこと。あちらこちらからお喜びの声が式神経由で緋炎様に届いた。
ヒロさんだけはあのあともデジタルプラネットに残った。
時間停止が効いている間に戦闘服からスーツに手早く着替えたヒロさん。警察や消防に「安倍家の者です」と明かし、カナタさんの死亡に関するその後の調査や手続きに加わった。
主座様から他の官公庁への連絡やらなんやらまで押しつけら……げふん。命じられて、あちらこちらへと忙しく働いてくださった。
都度主座様と私に報告を上げ、タカさんと三上さんにもカナタさん関連の報告を上げた。お昼時と夕食時にはデジタルプラネットの社員食堂のスタッフに食べやすい食事内容を指示し各部署へと持って行き「手を止められるひとから食べてください!」と社員の皆さんのサポートまでした。
ホント素晴らしい。ヒロさんが細かいところをサポートしてくれたおかげであちこちがうまくまわった。ありがたい。
その間私はなにをしていたかというと。
ひたすら上がってくる報告を確認し、書類にしていた。
安倍家の離れのリビングの大きなテーブルに京都市の地図を広げ、レポート用紙にかじりつき、緋炎様が報告してくださることを紙に落としていった。
主座様からの報告も緋炎様が伝えてくださったのでそれもまとめていく。ヒロさん晴臣さんからの報告はスマホのメッセージに届くからそれも。
地図上に番号を書いた付箋をつけていき、レポート用紙に詳細を記入していく。
いろんな術や陣や神域やらがおしくらまんじゅうしている京都の街だから、ひとつの事象がドミノ倒しに別の現象を引き起こす可能性があった。離れた場所で起こった事象が偶然陣を成してなにかが起こるとか。近くのナニカを刺激してなんか引き起こすとか。
だから俯瞰で、全体を確認する必要があった。
結界の確認を終えた竹さんと黒陽様にも同席してもらい、緋炎様と私と一緒に考察してもらう。コウは私の護衛もだけど『火継の子』の神託と直観力を期待して同席させている。だから現場に出られるのはナツさんと佑輝さんだけ。とはいえコウ達が出る必要があるようなのはそんなにいないから、広い京都といえどおふたりだけで十分対応できている。おふたりも縮地が使えるしね。
『白楽様の高間原』に行かれた皆様が帰ってこられたのは十七日の昼過ぎ。あちらの問題はうまく解決できたとのことで「よかったね」とみんなで喜び合った。
お昼ごはんをナツさんが作ってくれてみんなで大喜びでいただいた。
「簡単なものしか作れなくてごめん」と出してくれたのは親子丼と味噌汁。「うまあぁぁ!」「美味しい!」とあちこちから声があがる絶品だった。
こんな美味しい親子丼初めて食べた。玉子のトロトロ加減が絶妙! 最高!
「おかわり!」「ぼくも!」と大騒ぎの中、竹さんだけ食が進まないのに気が付いた。他の人の四分の一くらいしか量がないのに全然減ってない。
……………もしかして。
「蒼真様」
二杯目の親子丼を平らげてしあわせそうにしている少年に声をかけ耳打ちする。きりっと表情を引き締めた薬師様が竹さんに声をかけ熱を計り―――。
「竹様。これ飲んで。で、ベッドで寝て」
やっぱり発熱してましたか。
無理矢理薬を飲まされている竹さんを見ていて、ふと気が付いた。お食事を終えられた姫様方も様子がおかしい。
蒼真様に診てもらう。三人とも発熱していた。
「疲れかな。『白楽の高間原』に行って戻ったせいで『霊力酔い』になったかな」
「でも『竹さんの水』で炊いたごはんだったんですけど」
「姫達はお前達とは『器』の大きさがちがうからなあ」
ぶつぶつ言いながらも手早く解熱鎮痛剤と霊力回復薬をそれぞれに飲ませる蒼真様。
それぞれの守り役様が転移でそれぞれのお部屋に連れ帰ってベッドに寝させることとなった。