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閑話 はるかかなたのひとつ星ー保志カナタと私ー 10(三上視点)

『バーチャルキョート』再稼働の見込みが立った。

 今後のゲームの方向性と経営方針を決める必要がある。

 創業の四人に目黒さんも加わってもらい、五人で話し合う。


 保志の『やりたいこと』を改めて目黒さんから聞く。その進捗状況も。どれも保志の希望どおりに進みそう。このまま進めてもらうことにして「よろしくお願いします」と目黒さんに頭を下げた。


 オンライン版『バーチャルキョート』の『クエストチャレンジ』で設定されているはずの『クリア条件』を知っているのは保志だけだった。野村くんも『ボス鬼』がどこにいるのか、どんな姿なのか「しらない」と言う。

『クエストチャレンジ』の『ミッション』を出していたのも保志だった。これらをどうするか決めないといけない。


 各種ゲーム筐体用のオフライン版『バーチャルキョート』のほうの『ボス鬼』は設定されている。ゲームクリアしたあとに流れるエンディングの最後に『真のボス鬼はもうひとつのキョートの街に潜んでいる』と文字が現れてゲーム終了となる。つまりは『この続きはオンライン版で楽しんでね』ということ。だからオンライン版の『ボス鬼』を明らかにして『クリア条件』を見つけなければいけない。


 崩壊したシステムを復旧させ、『悪しきモノ』とやらが忍ばせていたシステムについても確認したという目黒さんなら作業の中でそれらの情報を得ていないかとたずねてみたけれど「わからない」とおっしゃる。『ミッション』を出していたタイミングについても規則性は見当たらなくて「うーん」と五人でうなった。


「参考になるかわからないですけど」と目黒さんが息子さんから聞いたという話を教えてくれた。それは『悪しきモノ』が京都の二百人を『異界』とやらに連れて行ったときの話。

 保志の身体を乗っ取っていた『悪しきモノ』は預言者の格好をして現れて『ミッション』を提示した。


『ミッション』『ゲームのクリア条件を探せ』


 その『クリア条件』とは。

『ボス鬼を見つけること』

『見つけたボス鬼を倒すこと』

『その時点で出されているミッションをすべて完了させていること』


『異界』での『ボス鬼』は保志――正確には保志を乗っ取った『悪しきモノ』――だった。『異界』のなかのデジタルプラネット六階、保志の家族の遺影と一緒に飾っているあの桜の写真を『扉』にしたさらに別の『異界』のなかにいた。

 その『ボス鬼』を『倒す』条件は『ボス鬼が降参を宣言する』。

 殺すのは最悪手。「降参」と言えなくなるので永遠にゲームクリアできなくなる。

 普通『倒す』と言われたら『一定以上のダメージを与える』または『殺す』と受け取る。それを逆手にとった『クリア条件』に、ゲーム業界関係者として「ううむ」とうなった。


 ついでに『異界』で出されていた『ミッション』についても聞く。指定した女の子を探して「見つけた」とスマホを向けたらアイテムがゲットできる。門から出てくる鬼を倒す。宝玉を身に着けている鬼から宝玉を手に入れる。


「鬼が出てきたんですか? ホントに?」

 京都市中心部を囲む結界を展開し、そこに作った門から鬼を呼び出していた。その門はさらに別の『世界』とつながっていて、鬼はそこから呼び寄せていた。


 ……………『鬼』って、ホントにいるの………?

 いやでもまあ『安倍家』だのなんだのがホントにあるなら、鬼くらい、いるか………。


 思考がズレた。

 とにかく、連れて行かれた二百人は結界によって市内中心部に閉じ込められて鬼と戦っていた。

 その間『ボス鬼』は伏見のデジタルプラネットビルの最上階のさらに『異界』にいたわけで……。


「……よく『ゲームクリア』できましたね」

「ホントだよね」

 目黒さんも苦笑でうなずく。


「ゲームでそこまでの難易度はマズいかなあ」

「いや、案外そのくらいの難易度があったほうがいいんじゃないか」

「社長の部屋の写真てどれ」

 そういえば三人は見たことなかった。全員で移動して保志と家族の仏壇に案内する。壁一面の写真のなかから「これ」と桜の写真を指し示す。


「これだけの写真のなかからよくこれが『扉』だとわかりましたね」

「特殊能力保持者がいたからわかったって」

「あー」「なるほど」


『特殊能力保持者』って、ナニ??


「でもゲームとしては『アリ』だよね。これだけの写真のどれかが『扉』になってるっていうのは」

「ストーリーの中にヒント入れ込むか」

「だとするとシナリオは」

「待て待て。結局『ボス鬼』はどうするんだよ。社長にするのか?」

「それも『アリ』じゃないか?」


 わあわあと話をし、大まかなところまで結論づけた。

 保志が設定していたかもしれない『ボス鬼』と『クリア条件』について探ることは諦める。「多分システム崩壊のときに『悪しきモノ』が入れ込んだシステムと一緒に消したんだと思う」「それか『悪しきモノ』が敢えて設定していなかったか」との目黒さんの意見に納得し、改めて『ボス鬼』と『ゲームのクリア条件』を定めることにした。


『ボス鬼』は保志にする。『バーチャルキョート(この世界)』を創った創造主が『ボス』というのは、ストーリー性を考慮したときに「納得されるだろう」と一致した。保志が聞いたら嫌がるだろうけど、先に死んじゃった保志が悪いんだから好きにさせてもらう。

 保志は『ボス鬼』だけど同時に『預言者』にもなってもらう。基本はあの桜の写真から行ける『異界』にいてもらうけど時々あちこちに行ってもらう。バージョンアップで八階層になったキョートのすべての時代のあちこちに。そうして誰かに話しかけられてクリア条件について聞かれたときにだけヒントを与える。「『鍵』は『社長』」「『鍵』は『桜』」

『鍵』が聞ける確率は恐ろしく低いけど、攻略サイトとかで情報が飛び交っている現代ならそのくらいの難易度でも『アリ』だろうと意見が一致した。

 そこで『ボス鬼』こと保志に「降参」と言わせたらゲームクリア。殺しちゃダメ。保志のHPが残り5になったらボス部屋のプレイヤー全員別のどこかに転移させるようシステムを組むことにした。


『キョート中心部を囲う結界と鬼が出る門』は『ミッション』のひとつとして出現させる。市内中心部だけじゃなくて他のエリアでも出現させる。突発イベントにして、そのとき結界の中にいたひとだけが参加可能。この中限定のドロップアイテムとか倒した鬼の強さによって得られるアイテムとか結界解除に成功したひとへの報酬とか、意見を出し合った。


『アイテムがひとの姿でうろうろしている』のもおもしろい。八階層のどこにいるかわからなかったら長期ミッションになりそう。ひとの姿だけじゃなくて犬猫とか鳥とかでもいいよね。それぞれの特性に合わせた術やアイテムに変化するようにして。


 バージョンアップ直後の今なら、新しい案件も立ち上がっていない今なら、開発スタッフを確保できる。企画専任チームを立ち上げ、私達の意見を参考に現状から改めてストーリーを組み上げてもらうことにした。

 ストーリーがしっかりとできたらそこに枝葉をつけていく。色々な『ミッション』を考えたり。アイテムやイベントを考えたり。

 そうして最終的には運営専任チームに『ミッション』の発令をさせる。

 要はこれまで保志がひとりでやっていた業務を分担して行う形。


 誰をチームに選ぶか。責任者は誰にするか。期日は。就業時間内で終わるように。健康管理も忘れずに。必要な機材は。資料は。それまでの保守は。防御システムは。プレイヤーへの対応は。


 話し合う議題は次から次へと出てくる。問題は山積み。なにもかも手探り。でもなんだか楽しい。まるであの安アパートで保志と五人で話し合っていたときみたい。

 創業当時の気持ちを思い出し、なんだか若返った気分になった。

 すぐ隣に保志がいるような、そんな気持ちになった。




 保志はいつも未来を見ていた。

 今でこそひとり一台以上の携帯端末を持ちデジタルツールでやり取りするのは当たり前になったけど、私達が高校生のあの頃そんなのはまだまだSFの世界の話でしかなかった。

 その保志が計画していた話を目黒さんから聞く。

 ゲームを『鍵』として展開された『異界』へと移動し、ゲームの装備と能力で戦う計画。実際の街並みや庭園の散策を『バーチャルキョート』で行う計画。

 保志は『仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム』――いわゆるVRMMO を違う形で実現させようとしていた。そのために京都の詳細データを求めていた。


 現実世界では立入禁止だったり観光客が多かったりでゆっくり楽しめないことも『ゲーム世界』だったら世界中どこからでも楽しめる。今の『バーチャルキョート』もそんな楽しみ方はできているけど画面越しでしか楽しめない。それをフルダイブ型ではなく『異界』という別空間を作ることで叶えようとしていた。


「そんな小説みたいな」と思ったけれど、初めて保志の話を聞いたときも同じことを思ったのを思い出した。

 きっと今は突拍子もないことでも、数年後、数十年後には誰もが手軽に日常使いしている技術になるんだろう。

 保志はもう見ることはできないそんな未来を、私が代わりに見届けようと思った。


 はるかかなたのひとつ星。

 私達はいつもそこを目指していた。


 つかめそうと思ったらすり抜けて、たどり着いたと思ったらまた遠くでまたたくひとつ星。


 いつでも保志は未来を見ていた。目指す『世界』を見つめていた。

 いつでも私達は目指していた。保志の目指す『世界』を。


 はるかかなたのひとつ星を。



 そっと胸元のネックレスに触れる。

 いつも胸に下げている、保志のゲームを売り出すときからつけている、ちいさなちいさなダイヤモンドのネックレス。

 母が退職金代わりに篠原の奥様からいただいたネックレス。高校入学祝いに私が譲り受けて、それから『ここぞ』というときにはお守り代わりに身につけていた。大学に入ってからはほぼ毎日。

 かなしいとき。不安なとき。負けそうなとき。このネックレスに触れてパワーをもらってきた。

 篠原の奥様が、篠原家の皆様が、カナタくんを守るパワーをくれている気がして。


 これもきっとヒントだったのにね。

 保志は気付かなかったでしょうね。



 いつでもがむしゃらに取り組んでいた。他の何にも目を向けず、ただ夢見た『世界』を実現することだけを願っていた。

 そんな保志の夢を叶えるのが私の夢。保志の夢見た『世界』を見てみたいと願った。


 今でも思い出す。あの興奮。あの(たかぶ)り。

 全身に鳥肌が立った。ゾクゾクと奮い立った。

 自分はこのために生まれたのだと確信した。

 保志の創り出すこの『世界』を世の中に広げるために生まれたのだと。この天才を活かすために生まれたのだと。保志の頭脳が『世界』を、常識を、文化を、歴史を変えると。

 それは間違いじゃなかった。


 天才 保志 叶多。

『世界』を変えた男。


 その保志が『まだ先がある』と言うならば。

 保志に『やりたいこと』があるならば。

 私はそれを実現するためにがんばらなくては。


 私は保志を『手伝う』と言ったのだから。

 私は保志の『助け人』だから。


 見てなさい保志。 

 私ひとりじゃなにもできないけれど、私にはみんながいる。

 私達みんなで保志の『夢』を叶えてあげる。


 はるかかなたのひとつ星に向かって、あんたはひとりで走っていた。私と出会って私達ふたりで走っていた。

 でもこれからは。

 私達みんなで走る。


 あんたは天才。私達凡人には到底追いつくことなんてできない。

 でもね。私は秀才なの。ゼロから一を生み出すことはできないけど、一を十にも百にもすることはできるのよ。

 あんたができなかった『他人(ひと)を巻き込んで協力してもらう』ことをやってきたのは私なのよ。

 だから。


 見てなさい保志。

 私達があんたの夢見た『世界』を作る。


 あんたのかわりに。

 私達が『世界』を変える。




 いつか私も死んだとき。あんたに会えたら言ってやるわ。

「どうよ保志。びっくりした?」ってね。




   ――――――――――――――――――




 世界的に広がったゲーム『バーチャルキョート』。

 創始者 保志叶多が亡くなったあとも発展を続け、世の中になくてはならないツールのひとつとして定着した。

 保志叶多が亡くなったときに起きた大規模システム障害の後は大きな問題もなく、より使いやすいシステムになったと好評を博した。

 またゲーム内容もバージョンアップ以降各段に難易度が上がり、比例してユーザーの熱も上がり『バーチャルキョート』人気をさらに押し上げた。

『キョート』人気が広まるに伴い、実際の京都への来訪者も増加。移住希望者も増え、京都はますます栄えていった。


 また保志叶多の遺産を基に社会貢献活動団体を複数設立。中小企業への支援活動や貧困家庭への支援活動、ひとり親家庭や保護者のいない未成年への支援活動などを行った。

 最初は知られていなかったそれらの活動が広く世間に知られていくにつれ、保志叶多とデジタルプラネットの名が上がっていった。


 後継者の三上香織社長はインタビューにいつもこう答えている。

「今はまだ通過点」「保志の抱いていた夢を叶えるのが私達の目標」「保志は『バーチャルキョート』のなかで生きている」

 その言葉がゲームクリアのヒントになっていることに気付くプレイヤーは現時点で現れていない。

三上視点はこれで終わりです

カナタがいなくなっても『バーチャルキョート』は残ります

三上をはじめとした社員みんなでがんばっています

タカとひなが暗躍してサポートを続け、カナタの希望を次々に実現させていきました


次回からはひな視点でお送りします

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