閑話 はるかかなたのひとつ星ー保志カナタと私ー 6(三上視点)
目黒さんから「話がしたい」と声をかけられたのはシステム崩壊が起こった日の深夜。もうすぐ二十三時になろうという時間。
前日の今頃はバージョンアップ直前で盛り上がっていたのに今は崩壊を起こしたシステムの復旧と各方面への謝罪でてんやわんやになっている。
正直泣きたい。疲れた。頭痛い。眠い。
それでも私がやらなければ。私が話を聞かなければ。
どうにか気力をかき集めて「なんの話ですか」と聞けば「カナタの死因と遺言について」と目黒さんが言う。
そんなことを言われたら眠いとか疲れたとか言っていられない。
「明日にしますか?」と聞かれたけれど「今から行きます」と答えた。
深夜の六階応接室に集まったのは私と野村くん、芦原くん、佐藤くん。
保志とふたりで始めた会社がふたりだけでは足りないとなって加わってもらった三人。
システムエンジニアの責任者の野村くん。経理を中心に事務全般をまとめてくれている芦原くん。税務と法務を見てくれている佐藤くん。
創業メンバーを一同に集めて説明してくれるのは目黒さんの息子さん。隣に目黒さんも座る。
目黒さんはともかく、なんで目黒さんの息子さんがこの場にいて話の主導権を握っているのかとちょっと浮かんだけれど、私達がシステム崩壊で対応に追われているときに警察に対応してくれてたのがこの青年だった。きっと目黒さんが私達の状況を見かねて息子さんを呼んで対応させたんだろう。だから彼が話をするのだろうと判断した。
野村くんも芦原くんも佐藤くんですら黙っていたから三人も同じように考えたんだと思う。
死亡診断書を見せられた。保志の死因は急性心筋梗塞だった。妙に納得した。きっと不規則な生活と無茶がたたったんだ。だから言ったのに。ちゃんとベッドで寝ろって。座ってうたた寝じゃなくて横になってしっかり寝ろって。
次に見せられたのは遺言書だった。会社の全権は私に移譲すること。保志の個人資産も権利もぜんぶ私に一任すること。ただし『やりたいこと』のための資金は都合してほしいこと。目黒さんに協力を依頼していること。会社に関してもその他に関しても困ったことがあれば目黒さんに協力を依頼するよう指示がしてあった。
あとから書き足したらしい手書きで、目黒さんを会社の外部顧問として雇用すること、自分の『やりたいこと』のために目黒さんに動いてもらいたいので資産の一部を依頼料としたいことが付け足してあった。間違いなく保志の字だった。拇印まで押してあった。
その『保志のやりたいこと』のリストも見せてもらった。保志の過去を知っている私から見たら納得しかない項目が並んでいた。
「……………いつこんな話を?」
税務と法務を担当する佐藤くんが目黒さんに厳しい目を向ける。
その問いかけに気が付いた。目黒さんが自分に都合のいいように書類を作成した――偽造した可能性に。
でも同時に『このひとはそんなことするひとじゃない』とも思う。心臓マッサージのときの慟哭を見ているから尚更。それでも佐藤くんの指摘はもっともだとも思う。
目黒さんが口を開こうとするのを息子さんが視線で制した。
そして私達ににっこりと穏やかな笑顔を向ける。
「それについてはぼくからご説明致します」
そこからの息子さんの説明は荒唐無稽なものだった。
「皆さんは『安倍家』についてご存知でしょうか」
「『京都のアヤシイ事件を解決している』とか『京都を裏から牛耳っている』とか言われている、あの『安倍家』です」
「ぼくはその安倍家の人間です」
「当主よりも上位に当たる『主座様』直属の者です」
「主座様は約千年前にお生まれになって以降、現代まで何度も転生を繰り返しておられます」
「そのお力でこの京都を、ひいては『世界』を守護しておられます」
「その主座様は千年前からとある尊き方々の責務に協力しておられます」
「『姫』とその『守り役』と伝わる方々です」
「その尊き方々の責務とは、とある『悪しき存在』を滅すること」
「このたび、その『悪しき存在』が保志社長を利用している可能性に気付き、調査していました」
「今年に入ってぼくの両親――目黒千明とこの目黒隆弘ですが――両親が『バーチャルキョート』の参入を検討していました。
ぼくは主座様の直属ですので、ある日の雑談でその話を主座様にお聞かせしましたところ、主座様が『あやしい』と反応されました」
「話をお聞かせするまで主座様は『バーチャルキョート』についてはご存知ありませんでした。
ぼくが両親のことをお話したことで興味を持たれ、少し『視て』みられたそうです。
そこで『あやしい』と判じるだけのモノを感知されました」
「すぐさまぼくら直属が調査を命じられました。『バーチャルキョート』自体が『アヤシイ』のか、会社が『アヤシイ』のか、社長本人が『アヤシイ』のか、その時点ではわからなかったので、いろんな方から話を聞き多方面から調査をしました」
「父の友人のお嬢さんが『バーチャルキョート』をプレイしていると聞き、協力を要請しました。――先日前川印刷の社長さんと来られた、日崎雛さんです」
「日崎さんが御社への納品に同行できることになったと聞きましたので、会社の様子を見てもらうよう、あわよくば社長に面談するよう依頼しました。――そのときは社長には会えませんでしたが――」
「その後父が社長に会えたとき、ぼくが父にかけていた術によって主座様の『眼』が全容を解明しました」
「保志社長が作ったゲーム『バーチャルキョート』。現実の京都に限りなく近い『世界』。これに『悪しきモノ』が目をつけました」
「『ゲーム』という新しい概念は『姫』様にも『守り役』様にも気付かれることのない『異界』を作るにうってつけだと。その『異界』にヒトを連れて行き喰らおうと」
「ヒトを喰らいチカラを増やし、最終的にはこの『世界』を瘴気立ち込める魔の『世界』にしようとしていました。手始めにこの京都の人間すべてを喰らい、京都を『魔都』としようとしていました」
「『姫』様と『守り役』様は元々違う『世界』に生きておられた『落人』です。
生まれ育った『世界』を『悪しきモノ』に滅ぼされた方々てす」
「この『世界』に『落ちて』からも、同じくこの『世界』に『落ちて』いた『悪しきモノ』を滅するべく追っておられました」
「その『姫』様方によって『悪しきモノ』はチカラを失っていました。そこで『姫』様方に気付かれないようにチカラを取り戻そうとしていたときに目に止めたのが『バーチャルキョート』だったのです」
「より効率よく利用するために『悪しきモノ』は保志社長の身体を乗っ取ろうとしました。保志社長も抵抗したようですが結局は身体を乗っ取られた。そうして保志社長の知識を得た『悪しきモノ』は『バーチャルキョート』のシステムに『異界』を作り出す術を入れ込み、自分の都合のいい『異界』を作り出しました」
「そこに一般人を連れて行き、喰らい、自分のチカラとしました」
「ここ三十年の京都の行方不明者は、ほとんどがその『悪しきモノ』に喰われたことが今回判明しています」
「保志社長は完全に乗っ取られたわけではなかったようです。おそらく乗っ取られた初期は一日の半分以上、最近でも一日の数時間は保志社長自身の意識があった。そのときに自分と関係のあったエンジニア達が『悪しきモノ』に喰われたと気付き――」
「『悪しきモノ』に対抗するようなシステムを作ろうと必死に取り組まれたようです。同時に社員達や自分が関わる人間に手出しをさせないために外部との接触を完全に断った」
「保志社長は、皆さんを――『世界』を守るために、たったひとりで闘っていたんです」
「『悪しきモノ』は時間を操る術を持っていました。具体的には『異界』で一週間過ごしてもこちらでは一日しか経っていない、といったものです」
「そのために保志社長の体内時間は皆さんよりも早く進んでいました。――主座様によると、保志社長の年齢は現在八十代後半に相当するそうです。検死官も同意見です」
「今回のバージョンアップと同時に二百人が『異界』に連れて行かれました」
「我々はそのことを主座様の『先見』によりあらかじめ予見していました」
「幸い安倍家の者が数名、その二百人の中に入っていました。ぼくとは別の主座様直属の者も」
「その者が『姫』様と『守り役』様を『異界』にお招きし、『悪しきモノ』の計略は破られました。連れて行かれた二百人は無事に元の場所に戻りました」
「計略破れた『悪しきモノ』は再起を図ろうとこの社長室に戻ってきました」
「ぼく達主座様直属は『姫』様より『悪しきモノ』を保志社長から引きはがせる可能性を示唆されていました。『悪しきモノ』の意識の奥に沈んでいる保志社長の意識を覚醒させられたら、もしかしたら引きはがせるかも――と。沈んでいる意識をはっきりさせるためにはココロを揺さぶる説得が必要だと。なので、『異界』から戻った『姫』様にぼく達が同行するときに父と日崎さんにも同行を依頼しました」
「父はなんと言いますか……『人たらし』とでも言いますか……ひとの懐に入るのがうまいんです。皆さんも父と話をされたならご理解いただけるかと……。
なので、同じシステムエンジニアでもあり、同年代の同性である父ならば保志社長を説得できると判断しました」
「同様に、日崎さんもそのお人柄と『バーチャルキョート』に詳しいことから説得に向いていると思いましたので同行を依頼して保志社長の説得にあたってもらいました」
「こちらの部屋には安倍家の能力者の特別な能力でお邪魔しました」
「父と日崎さんが説得し、保志社長は沈んでいた意識を取り戻しました。そうして『姫』様方が『悪しきモノ』との引きはがしに成功しました」
「保志社長から引きはがされた『悪しきモノ』は逃げ出しました。『悪しきモノ』を完全に滅するために『姫』様方とぼくら主座様直属の能力者は追いかけ、屋上で滅することに成功しました」
「ぼく達が屋上で戦っている間、父と日崎さんは保志社長と話をしました」
「もう『悪しきモノ』はいないこと。安心していいこと。
そのときに保志社長から『もう長く生きられない』と話があったそうです。――『悪しきモノ』が『そう言っていた』と」
「『悪しきモノ』に保志社長が示された余命は三か月」
「ならば、意識のはっきりしている今のうちに遺言書をはじめとした意思表示を遺しておきたいと望まれたそうです」
「父はこれでも法学部を出ておりまして。弁護士資格も持っています。会社の法務を担当しておりますので。
なので保志社長の希望を聞きながら父が書類を作成しました。それが先程お見せしたものです」
「書類が完成したあと、保志社長は寝てしまったそうです。かなりお疲れになったそうで。
そこで父と日崎さんは『悪しきモノ』がどうなったのか、ぼく達の様子を見るために屋上へ向かいました」
「ちょうどぼく達が『悪しきモノ』の消滅を確認し、その後の打ち合わせをしていたときに父と日崎さんが来ました。
お互いになにがあったか報告しあっているときに、ぼく達の仲間のひとりが保志社長の異変に気付きました。
その気付いたひとりと父と日崎さんが社長室に向かい、三上さんと会い――あとは三上さんもご存知のとおりです」
「以上です」
「身内のぼくでは証言として成立しないとは思いますが……。今朝未明から保志社長が父と話し合い、合意の上でこれらの書類を作成したことは間違いありません」
目黒さんの息子さんは最後に私達ひとりひとりと目を合わせ、ペコリとお辞儀をした。
言葉が出ない。理解が追いつかない。それでもこのひとが嘘を言っていないことはわかる。ごまかすことなく、真摯に話をしてくれたとわかる。
誰も口を開かない。開けない。
動揺する私達を目黒さんの息子さんはじっと見つめている。私達が落ち着くのを待ってくれている。
呆然としていた、そのとき。
「―――カナタは」
目黒さんがポツリと言葉を落とした。
「カナタはずっとひとりで闘っていました」
「『世界』を変えるために」
これまでの目黒さんからは聞いたことのない、落ち着いた、どこか寂しそうな声で、目黒さんは続けた。
「オレには、カナタの気持ちがわかりました。――オレも同じだったから」
顔を伏せた目黒さんからは表情が見えない。
それでもこのひとがなにかつらい過去を抱えているのだと理解できた。
「オレになにがあったか、どう感じてなにをしてきたのか、全部カナタに伝えました。
そうしてオレとカナタは―――友達に、なりました」
伏せた顔の口角が上がったのがかろうじて見えた。
「これまでカナタになにがあったのか、なにをしてきたのか、全部聞きました。
あと三か月しか生きられないことも。
だから提案したんです。『やりたいこと全部やろう』って。『今からでも遅くない』って」
「あいつの『やりたいこと』を全部やるために作ったリストでした。あいつが『作れるか』と聞いてきたから作った遺言書でした。
とりあえず叩き台のつもりで。カナタの目が覚めたら詳細をもっと詰めるつもりで。遺言書だって三上さんや皆さんにちゃんと話をするつもりで。あとでもっと細かいところまでちゃんと作ろうなって、言って――」
そこまで言って目黒さんは言葉を詰まらせた。
膝の上に置いている手が固く握られた。
そんな目黒さんの姿に目頭が熱くなって、私も顔を伏せた。