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閑話 はるかかなたのひとつ星ー保志カナタと私ー 4(三上視点)

『ここまで来れたのは、お前のおかげだ』

『ありがとう三上』

「保志…?」

『あとは、お前の好きにしたらいい』

『おれの目的は(つい)えた』

『じゃあな』



 常にない保志の言葉に、穏やかな声に『おかしい』と思った。

 頭の中で警鐘が鳴っている。おかしい。おかしい。なにかある。


 自分では勘が鋭いほうだとは思わないけれど、こんな気持ちになるときはなにかある。これまでもそうだった。ヤバい案件。ヤバいひと。『危険』と感じるナニカを察知して警鐘が鳴る。


 危険。危険。ナニが? ――保志が?


「―――ちょっと保志の様子見てくる」

 周囲にそう告げて扉に向かった。


「三上さん!」

「問い合わせにはどう回答しますか!?」

「この桜吹雪、デジタルプラネット(うち)がやったって公表しますか!?」


「公表はちょっと待って。ホントに保志がやったのか、やったのならどうやったのか、確認してくる」


 あちこちからの質問にそう答える。

「問い合わせには『現在社長に確認中』と答えといて」と指示し、部屋を飛び出した。




 エレベーターの扉が開き、六階フロアに足を踏み出したそのとき。

 非常階段につながる扉がガチャリと開いた。

 なにがと驚いて目を向けたときには目の前にひとが立っていた。


「! 三上さん!」

 若い男の子。黒髪の、すごいイケメン。

 こんな子一目見たら忘れないと思うくらいのハンサムが切羽詰まったように私に話しかけてきた。


「鍵を! 鍵を開けてください!」

「は?」


 君、誰? なんで『鍵を開けろ』なんて言うの?


 疑問が言葉になるより早くさらにひとが来た。

「三上さん!」

「!? 目黒さん?」


『目黒』副社長の目黒隆弘さんだった。その後にいる女性は――前川印刷の日崎さん?

 なんでこのひと達がこんな時間にここにいるのか、なんで非常口からでてきたのか、疑問ばかりが浮かぶ。けれどそれを口に出す余裕はなかった。三人が寄ってたかって「鍵を開けて!」と言うから。


「早く! 三上さん! カナタになにかあった!」


 目黒さんの叫びに息を飲む。

 やっぱりなにかあった。なにが?

『カナタ』? なんでそんな呼び方してるの?

 とにかく中に入って確認しなきゃ。鍵を開けないと。


 ()かされるままに網膜認証の鍵を開けて室内に入る。三人は私を追い抜いて社長室に飛び込んだ。

 あわててその後を追う。

 保志はいつもの椅子に座って眠っていた。


 ――なんだ。寝てる。

 ホッとした。

 三人の剣幕に不安を(あお)られてたけど、保志の無事を確認して知らず入っていた肩の力が抜けた。


 もう。いつも『ベッドで寝ろ』って言ってるのに。また椅子に座ったまま寝て。

 最近特に多いわよね。椅子でうたた寝してること。


 そう思っていたのに、目黒さんも黒髪の青年も必死の様子のまま保志のそばに駆け寄った。


「カナタ!」「カナタ!!」眠る保志に目黒さんが必死で叫び呼びかける。大きな声なのに保志は眉一つ動かさない。目を覚ますことなく、気持ち良さそうにただ眠っている。


 肩を揺する目黒さんの反対側で黒髪の青年が保志の手に触れた。その青年に日崎さんが寄り添い、彼の腕に触れる。

 目を閉じたふたりはすぐに瞼を開け、息を飲み――痛そうに顔を伏せた。


「起きろ! 起きろカナタ!」

「タカさん!」

 保志の肩をつかみつばを飛ばして叫ぶ目黒さんに日崎さんがつかみかかる。


「もうカナタさんは亡くなってます!」


 ―――今、なんて?


 今、あの子は、なんて言った?


 亡くなった? 誰が?

 ―――保志が?


 死んだ?

 保志が?


 死んだ?


 意味がわからない。どういうこと? 保志は寝てるだけじゃないの?


 だってたった今話をしたばかりだし。おかしいとは思ったけど声はしっかりしてた。そんな、死ぬような感じじゃなかった。

 昨夜だって変わりなかった。ごはん持ってきたけど「置いとけ」なんて言うから叱りつけて、目の前で食べるの見届けて。「私忙しいから」「また明日ね」って言って。保志も「さっさと行け」っていつもどおりで。

 そりゃ同年代より老けてたけど。不健康極まりない生活だと思うけど。でも特に持病とか聞いてないし。昨日も一昨日も具合悪いなんて聞いてないし。


 なんで?


 なんで?


 なにが?


 疑問は声にならずに頭の中でぐるぐるする。ガンガンと頭痛が起こる。血の気が引いていくのが自分でもわかる。

 そんな私を視界に入れていないのか、日崎さんは目黒さんに食いかかる。


「カナタさんは自ら望んだんです! これはカナタさんの意思です!」

「―――!」

「それより、やるべきことがあります! これから――」

「―――知るか!」

 日崎さんの言葉を(さえぎ)り、目黒さんは叫んだ。


「カナタの意思!? そんなもん知るか!」


 バッと日崎さんの手を振りほどき、目黒さんは保志の頬をペチペチと叩いた。


「おい! カナタ! 死ぬな! 息しろ!!」

「タカさん!」

「カナタ!」

「タカさん!!」


 日崎さんが目黒さんの腕を引っ張って保志から離そうとする。


「もう魂はありません!」

「それがどうした!!」


 叫ぶ日崎さんに目黒さんは()えた。

 見たことのない鋭い目つきで。

 その目は真っ赤になっていた。


「魂は無くとも! たとえ抜け殻でも!

 生きて欲しいんだ! 生きてて欲しいんだよ!!」


 バッと日崎さんを振りほどいた目黒さんは保志を担ぎ上げた。

 はじかれた日崎さんは黒髪の青年に抱きとめられ、それでも叫んだ。


「死者への冒涜(ぼうとく)です!」

「冒涜でもなんでも!」


 担ぎ上げた保志を床に横たえながら目黒さんは叫ぶ。


「生きてて欲しいんだ! 死んでほしくないんだ!」


 日崎さんに視線すら向けず、目黒さんは保志の胸に組んだ両手を当てた。


「あんまりじゃないか!」

「これからなのに! これからだったのに!!」


 目黒さんは真っ赤な目で叫びながら保志の胸部をグッと圧迫する。――心臓マッサージ。


「ふざけんなよカナタお前! なに死んでんだ!」

「これからじゃないか! これから償うって言ったじゃないか!」

「オレと『やる』って言ったじゃないか!! なに勝手に死んでんだ!」

「かえってこい! かえってこいカナタ! 死ぬな! 死ぬな!!」


 その様子に、身体が(しび)れた。電流が機能停止していた頭を動かす。

 ――救急車!


 スマホでダイヤルするとすぐにつながった。

『はい。火事ですか? 救急ですか?』

「救急です!」

 叫ぶ私に日崎さんが息を飲んだ。『しまった!』とその顔にはっきりと書いてあった。

 手を伸ばそうとする日崎さんが私のスマホを取り上げようとしているとわかったので一気に叫んだ。


「四十九歳、男性です! 意識がありません! 今、心臓マッサージをしています!」


 日崎さんが顔をしかめ舌打ちした。伸ばした手を拳に握り自分の頭に押し付けている。その間も目黒さんは保志に呼びかけながら心臓マッサージを続けている。

 私は電話相手から問われることに必死に答えていく。

『そのまま心臓マッサージを続けて』『救急隊が入れるように扉を開けて』の指示を受け、玄関に走った。


 玄関を大きく開けて、閉まらないようにドアストッパーをかける。すぐに事務方のひとりに電話をかける。

「保志が倒れてる!」

 返事を待たずに指示を飛ばす。

「救急車要請したから! 今から救急隊が来るから! 誰かひとり玄関に立って! 六階に案内して!」


 話しながら社長室に戻る。電話を切った途端、着信が入った。

「はい!」

 もう救急車が来たのかと出てみたら、違った。

『三上さん!』

 野村くんだった。

『データが消えていってる!』

「は?」


 意味がわからない私と違い、声が聞こえたらしい日崎さんは顔をこわばらせた。


『「バーチャルキョート」が崩壊する! ぼくらじゃ止められない! 目黒さんを呼んで!』

『目黒さんなら――「伝説のホワイトハッカー」なら、きっと止められる!』


 野村くんが叫んでいる間に日崎さんはスマホを取り出し操作し、顔をしかめた。

 すぐに顔を上げた。と思ったら。


 ドゴォッ!!


 保志に心臓マッサージをしていた目黒さんの背中を蹴り飛ばした!?


「コウ!」

 横たわった保志に覆いかぶさるように倒れた目黒さんが顔を上げるより早く日崎さんが叫ぶ。そばにいた黒髪の青年が顔を上げた目黒さんに駆け寄り額に手を添えた。


 それだけで目黒さんの気配が変わった。

 目を見開き青ざめる目黒さんの正面に移動した日崎さんが胸ぐらをつかみ、その目をまっすぐに覗き込む。


「やれ!」

「保志叶多を、守れ!」

 

 喝を入れられた目黒さんは飛び跳ねるように保志の椅子に座った。と思ったらすごいスピードでキーボードを叩き出した!


「コウ!」

 一声呼ばれただけで黒髪の青年は保志の心臓マッサージを再開した。

 必死の様子に私も保志の横に膝をつき呼びかけた。

「保志」

「三上さん!」

 そんな私に日崎さんは厳しい声をぶつけてきた!


「今『バーチャルキョート』にログインしてるひと達をすぐにログアウトさせてください!

 データが消失していっていることを公表して! しばらくログインしないよう呼びかけて!」


「―――あ―――」


 そうだ。対処しなきゃ。なにを? どうやって?


 考えないといけないのに頭が動かない。ココロが凍りついてる。『バーチャルキョート』が消失? 保志は? 私はどうしたら。


 呆然としたのは一瞬。

 でもその一瞬を日崎さんは見逃さなかった。


 ガッと両手で襟をつかまれた。

 鼻がつくんじゃないかというくらい顔を近づけられて、まっすぐに目を覗き込まれた。


 日崎さんの瞳に『火』が燃えていた。

 まるで漫画の熱血主人公みたい。

 頭の片隅でそんなことを考えていたら、その熱と光が私に注がれた! なんでかわからないけど、そう感じた。


「やれ!」


 凄味のある命令に「はい」としか答えられない。

 私の襟から手を離した日崎さんが厳しい視線で再度命じてきた。


「今『バーチャルキョート』にログインしてるひと達をすぐにログアウトさせる! データが消失していっていることを公表! しばらくログインしないよう呼びかけ!」


 やるべきことを改めて指示され「はい」と答えたけれど、なにをどうすればいいのか。まだ頭が動かない。手が震えてる。

 そんな私に日崎さんは鋭く命じる。


「野村さんに指示!」

「―――! はい!」


 日崎さんの迫力に押されるように野村くんに電話をかける。

「データ消失については目黒に任せて!」

「はい!」


 電話に出た野村くんに日崎さんに言われたとおりのことを伝える。今ログインしてるひとをログアウトさせること。ログインしないよう呼びかけること。データ消失を公表すること。データ消失については目黒さんが対応していることも任せることも伝える。

 電話を切り、ただスマホを見つめる。あとなにしないとけない? 私はどうすれば。


 そんな私の動揺を見透かしたように日崎さんからさらに指示が飛ぶ。

「広報担当に連絡!」

「! はい!」

 広報担当の責任者に電話をかける。野村くんにしたのと同じ話をする。

 電話を切るとすぐに次の指示が来た。

「事務方全員使って契約企業と行政に連絡!」

「! はい!」


 連絡を入れる私に日崎さんはさらに言う。

「エンジニアは目黒が指示を出してます! システムは目黒に任せて!」

「十時を回るとアクセスも取引も増えます! 十時までに連絡を完了させて!」

「はい!」


 あちこちに連絡を入れていたそのとき。

「ダメだ!」

 目黒さんが叫んだ。


「ひなちゃん! トモを呼んでくれ!」

「オレひとりじゃムリだ!」


 目黒さんがキーボードを叩きながら叫ぶ。日崎さんはすぐさまスマホを操作し、叫んだ。

「ヒロさん! 六階社長室です! すぐ来て! トモさんと! 来て!」


『ヒロさん』『トモさん』知らない名前になんのことかと頭の片隅で疑問を(いだ)く。けれど思考のほとんどは今現在の状況を必死で受け入れようとしていた。


 保志が、死んだ。

『バーチャルキョート』システム消失。

 ようやくそれらが現実味を帯びて感じられてきた。


 なんで。なんでそんなことに。

 ――原因は後回し。今はとにかく被害を食い止めないと。


 システムは目黒さんに一任。日崎さんの言葉どおり目黒さんは必死の形相でモニタをにらみつけている。高速で指を動かしながらエンジニアに口頭で指示を出している。私はあとなにをすればいい?


 ぐるぐるしながらも横たわる保志の顔を見る。皺だらけで頬がこけたその顔には生気を感じない。なんで。どうして。やっとここまできたのに。まだまだ先があるのに!


「保志」

「保志!」


 黒髪の青年は心臓マッサージを続けてくれている。日崎さんはお札みたいな紙を口元に近づけてなにやらブツブツ言ってる。目黒さんは必死の形相でパソコンに向かっている。


「保志!」


 (ひざまず)いて保志に呼びかける。いつもむっつりして不機嫌を隠さない顔が初めて見る穏やかな表情になっている。瞼を閉じて薄く微笑んでいるその顔は篠原の社長さんによく似ていて、ああ保志は間違いなくあの社長さんの孫なんだなあとこんなときなのに浮かんだ。


「保志!!」

 必死で呼びかけていたら、遠くから足音が近づいてきた。――救急隊が来た!?

 そう思って顔を上げようとしたらぐらりと目眩がした。ぎゅっと瞼をきつく閉めてぐらつくのをこらえる。深く深呼吸したら少し落ち着いた。


「大丈夫ですか」

 声に顔を上げると、見知らぬ青年が私を覗き込んでいた。茶髪の穏やかそうな青年。身に着けているのはスーツ。――救急隊、じゃ、ない。


「あなたは……」

 浮かんだ疑問に青年はにっこりと微笑んだ。

「目黒の息子です。はじめまして」


「父がご迷惑をおかけしております」なんてのんきに挨拶されて虚を突かれる。

「いえそんな」「こちらこそ目黒さんにはお世話になって……」

 条件反射みたいに返しながら頭の中はハテナマークが浮かぶ。

 そんな私に目黒さんの息子と名乗った青年は穏やかに微笑んだ。


「これから救急隊が来るんですね?」

「は、はい」

「では入口に待機してもらえますか? 救急隊をこの場所に連れてきてください」


 そう指示されて、そのとおりだと気付いた。六階まではエレベーターで上がれるけど、部屋に入ってすぐは応接室だ。社長室に案内しないと。


「わかりました」と応じ、立ち上がった。

 部屋を出ようとしたときにふと気が付いた。

 いつも保志が座っていた椅子に目黒さんが座り必死にキーボードを叩いている。その横に別の男性が座っている。誰?

 どこから持ってきたのかノートパソコンにかじりつくようにしている。指示を出す目黒さんとやり取りしている様子から彼もシステム消失を食い止めようとしてくれているのだろう。

『お願いします』の気持ちを込めてペコリと一礼し、玄関に走った。

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