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閑話 はるかかなたのひとつ星ー保志カナタと私ー 2(三上視点)

 高校生活は順調だった。

 親しい友達もできた。勉強もついていけた。部活も入って先輩にも良くしてもらった。先生達もいいひとでクラスの雰囲気もいい。楽しい高校生活だった。


 そんな中で異彩を放っていたのが保志だった。


 授業は真面目に受けるし提出物もキチンと出す。けれど休憩時間になったらすぐに専門書を読んでいる。昼食も専門書を読みながら。当然授業が終わるやいなやいなくなる。掃除当番はしたことがない。クラスメイトと会話したこともない。球技大会や野外活動は欠席。

 これでもかと他人を拒絶する態度に、クラスメイトの中には反発するひとも嫌悪するひともいた。


 個人情報管理がザルな先生も保志が天涯孤独ということを言いふらすことはよろしくないと理解していたようで、保志の家庭の事情を知るクラスメイトはいなかった。唯一知っていたのは先生から聞いた私。それもあって先生はなにかと私を頼りにしてきた。


 元々小学校時代からクラス代表やら委員長やら任されてきた私だったから、保志のお世話くらいは大したことはなかった。

 掃除当番をサボるのならば最初から組み込まなければいい。不満が出たけれど「その分保志は内申が悪くなるよ」と言えば「ペナルティがあるなら」と納得された。

 提出物の回収は私が声をかけた。移動教室も連絡事項も私が連絡役になった。保志はうっとおしそうにしていたけれど根が育ちのいいお坊ちゃんだから素直に聞いてくれた。


 球技大会と野外活動を欠席した保志に「なんだよあいつ」と不満が爆発したのは本人不在の野外活動。

「協調性がないやつがいるとしらけるんだよな!」と言う彼に、だから言った。


「『同じ同級生』だと思うから腹が立つんじゃない?」

「『教室に住み着いてる座敷わらし』くらいに思っておけば?」


「三上ひでー」なんて言われたけれど、『保志(イコール)教室の座敷わらし』はクラスメイトにハマったらしく、その後文句が出ることはなかった。


 クラス対抗戦も文化祭も保志は最初から除いた。

「保志は『教室の座敷わらし』だから教室から出られない」と言うひとの中には侮蔑を持っているひともいたけれど保志本人が気にしていないから放置しておいた。



 高校生にもなって異性をファーストネーム呼びはあらぬ噂を呼ぶと理解していたから「カナタくん」ではなく「保志」と呼んだ。


 保志は私のことを覚えていなかった。幼稚園時代だけでなく小学校時代も中学時代も同級生に誰がいたか覚えていなかった。


「ねえ保志」話しかけても無視。

「なに読んでるの?」なにを言っても無視。

「ごはん食べてる?」どうあっても無視。

「次移動教室だよ」そういうのはちゃんと聞いて従ってくれる。


 多分だけど、高校の授業をちゃんと出て勉強もちゃんとするのはご家族のため。キチンと高校生をしていたらご家族が喜んでくれると思っているから。

 そんなところは昔のままで、かわいいと思う反面可哀想だと思った。



「いつもなに読んでるの?」

 ある日、ちょっと突っ込んで聞いてみた。

 いつものように無視されていたけれど、その日はなんとなく踏み込んでみる気になった。


「これってなんの本?」


 そう聞けばうっとうしそうに背を向ける保志。反応があったことがうれしくて、回り込んでのぞき込んでみた。

 丁度開いていたページの見出しが目に入った。


「ゲーム? の、作り方?」


「ゲームって、あのゲーム?」

「え? それを、作るってこと?」

「え? ゲームって、作れるの?」


 あまりにもびっくりして、頭に浮かんだことがそのまま口から出てしまった。

 だって、ゲームってどうやって作るの? パソコンかなんかで専門のひとが作るんじゃないの? そんな『作り方』なんて雑誌で紹介してるもんなの? 読んだらできるもんなの?

 ていうか。もしかして。


「え? もしかして、保志も作ってるの?」


 思わず聞いたら、保志は珍しくうなずいた。

 褒められたと思ったのか、なんかドヤ顔をしていた。


 ―――反応、した!


 思わず息を飲んだ。

 びっくりして固まっていたら保志はなんだかチラチラと私の様子をうかがっている。まるで野良猫が構って欲しそうにしてるよう。褒めて欲しそうにしているのがおかしくてかわいくて。


「――すごい! すごいよ保志!」


 気がついたらそう叫んでいた。

 実際すごいと思う。高校生でゲームを作るなんて。それでいつも専門書を読んでたのか。すごい。

 大声を出す私に保志は一瞬目を丸くしたけれど、すぐにニンマリと口角を上げた。

 頬を赤く染めて得意げに笑うその顔は昔のカナタくんの面影が残っていた。


 調子に乗って「見せて!」と言ったら途端にいつものムッツリ顔に戻ってしまった。

「断る」

「いいじゃない。見せてよ!」

「嫌だ」

「見せてってば!」

「嫌だね」

「見ーせーて!」


 しつこくしつこく頼んでもオーケーをもらえなかった。

 帰る保志に無理矢理ついていったら『仕方ない』と言いたげに部屋にあげてくれた。

 玄関先で門前払いされると思ったのに。こういうところが育ちのいいお坊ちゃんなのよね、とおかしくなった。


 昨年母と訪ねたのとは違うアパートだった。カナタくんパパが亡くなったときにマスコミがつめかけていたから居辛くなって引っ越したんだろう。


「お邪魔します」と部屋に入る。ちいさなキッチンと八畳ほどの一間のみ。多分あの扉の向こうがトイレとお風呂。ちいさな冷蔵庫。一口だけのガスコンロ。あの大きなお屋敷からかけ離れたおうちに喉の奥がツンとした。


 部屋は綺麗に片付けられていた。ていうか、片付けないと布団が敷けない。

 部屋の四分の一がパソコンが置かれた机。その周りに高く積まれた本。どの本も読み込まれたとわかる。

 そうして。

 一畳分ほどのスペースに、それがあった。


 白い布をかけられた台。

 その上に箱が三つと位牌がふたつ。

 ごはんとお水、お花と水晶玉が供えてあった。


 遺影はなかった。

 私も見たことがある家族写真とあの桜の樹の写真が額装のまま置いてあった。


 パソコンをいじっている保志は私がその一角をじっと見つめていることに気づいていない。それをいいことにこっそりと正面に座り、手を合わせた。


 お久しぶりです。

 なにもできなくてごめんなさい。


 カナタくんは元気です。

 私、同じクラスになりました。


 保志にバレないように一瞬でご挨拶をし、何事もなかったかのような顔をして保志の後ろからパソコンをのぞいた。

 完成間近だというゲームを見せてもらい説明してもらった。


「――すごい! すごいよ保志!

 同じ高校生なのに、こんなものが作れるなんて、すごい!」


 お世辞でも贔屓目でもなく、心の底からそう思った。

 ちゃんと『ゲーム』になっている。それだけじゃない。面白い。

 現実の京都そっくりな『世界』に鬼が出てきて、それを倒すなんて。

『架空のどこか』でなく『現実世界』で戦うなんて、ドキドキする!


「これはまだ足がかりなんだ」

 自分の得意分野だからか、保志がいつになく饒舌に説明してくれた。


 今は簡単な作りのマップだけど、ゆくゆくは現実と遜色のない『世界』を作りたいこと。

 そこに世界中の誰でも簡単に訪れることのできる『キョート』を作りたいこと。

 ただのゲームでなく、日常を楽しめるような、そんな『世界』を作りたいこと。


 保志の説明に、しびれた。目からウロコが落ちるのがわかった。

 ポロポロポロポロとウロコが落ちた視界はキラキラと光り輝いていた。

 安アパートの狭い部屋。薄暗いそこで、保志は『未来』を見ていた。


「すごい! すごいよ保志!」


 心の底から叫んだ。


「そんなの見たことも聞いたこともない! 天才なの!?」


 これが、天才。

 天賦の才を持った人間。


 自分にはできない。

 自分は『一』を十にも百にもできる。それだけの能力があると自負している。だからこそ優秀だと思っていた。

 でも、私には『一』を生み出すことができない。


 自分は『ただ優秀なだけ』の人間。

『ただ優秀なだけ』の凡人。

 本当の『優秀な人間』は『未来』を創り出せるこの男。


 全身に鳥肌が立った。ゾクゾクと奮い立った。

 ああ。私はこのために生まれたんだ。保志の創り出すこの『世界』を世の中に広げるために。この天才を活かすために!


「ねえ!私にも協力させて!」

 気が付いたら保志の手を握りそう叫んでいた。

「そんなすごいもの、世の中に広めるべきよ!」


「保志の考えていることが現実になったら、それは世界を変えるものだわ!

 常識を、文化を、歴史を変える。間違いない!

 私にもその手伝いをさせて! お願い!」


 その手を握り熱く乞う私に、保志は喜ぶことも感謝することもなかった。

『めんどくさいヤツにからまれた』顔中にそう書いていぶかしげにしていた。




 そうして夏休みに入るなり私は動いた。

 目下の問題は販売までの道筋がわからないこと、販売経路がないこと。


 わからないことは専門のひとに聞けばいい。

 有名ゲームメーカーに電話をかけ「夏休みの自由研究としてゲームについて調べています。教えてください」と頼み込み営業のひとの話を聞いた。「友達がゲームを作ったんですけど、どうやったら販売できますか」と直球でたずねた。

 ゲーム業界はまだ生まれたばかりと言ってもいい業界で、裾野が広がることを願ったそのひとから色々な話を聞けた。

 なにが必要か。どうやって流通させるか。売れるゲームにするためにどうすればいいか。どんな勉強をすればいいか。


「作ったゲーム持ってきてよ」と言われたので持参しようと保志に頼んだけれど「嫌だ」と断られた。


「そいつがおれを搾取しないと言い切れるのか」

「お前を騙してそいつが作ったゲームとして売り出す可能性が絶対にないと、お前は断言できるのか」


 保志は猜疑心と警戒心の塊だった。

 家族があんな目に遭ったのならば無理もないと思えた。

 だからそのひとにゲームを持っていくのは諦めた。

「すみません」と頭を下げたら、途端に態度が急変して罵詈雑言を浴びせられた。

 保志の言うとおり、無名の素人が作ったゲームをさも自分が開発したように見せかけて売り出そうとしていたんだとわかった。


 自分は世間知らずだと思い知らされた。

 多少優秀でも所詮はただの学生で、狭い世界しか知らないのだと突き付けられた。


 初めて正面から悪意にさらされて正直泣きそうだった。大の大人に上から押さえつけるように怒鳴られて、怖くて怖くて黙っているしかできなかった。

 どうやってその場から(のが)れられたのか、どうやって家に帰れたのか覚えていない。

 気がついたら自宅の自分の部屋のベッドで突っ伏して泣いていた。

 自分は弱いと思い知らされた。


 それでも一晩寝て起きて感じたのは使命感だった。

 あんなヤツに負けない。私が保志の語った『未来』を作るんだ。

 きっとそのために私は生まれたんだ。

 保志を支えることが私の使命。世の中を変えることが私の使命。


 負けない。負けない!

 力をつける。知識をつける。人脈を作る。

 保志のために。

『世界』を変えるために。



 なにもかもを手探りで進め、どうにか保志の作ったゲームを販売にこぎつけた。

 完成品を手にしたときは感動で涙が出た。

 お店に並べられたのを目にしたときには叫び出したかった。

 細々と売り出したにも関わらず、手作りしたポップを目に止めてもらい初日に数人が買ってくれた。

 そのひと達が他のひとに紹介してくれたとかで別のひとが買ってくれ、また別のひとに紹介してくれて、と、少しずつ、少しずつ売れていった。


「第一作でしょ? 素人が初めて作って売り出したのなら、出来過ぎなくらいだよ」

 ゲームを置いてくれた店長さんはそう言って褒めてくれた。


「まあ、最初だからな。こんなもんだろ」

 保志もそう言った。

「流通まで乗せて、どういうものか、なにが足りないか、わかった。次はもっと良くする」


 でも私は不満だった。

 もっとたくさんのひとに手にしてもらいたかった。もっとたくさんのひとに認めてもらいたかった。保志の創る『世界』はこんなにすごいのに。世の中を変えるチカラがあるのに!


『なにが足りないかわかった』保志はそう言った。

 そう。足りない。なにもかも。

 なにが足りない? どこが足りない?

 一番足りないのは、私のチカラだ。


 ――マーケティングをもっと勉強しよう。ゲームのことももっと勉強しよう。人脈も作らなきゃ。資金も足りない。今回は保志がお金を出したけど、保志と私の資産では大きな流通を産むには足りない。


 なにから手を付ければいいのかわからなくて、とにかく手当たり次第に本を読んだ。関係ない業界のでも『成功者』といわれているひとの話を聞きに行った。親にも親戚にも話も聞いた。いとこ達はとこ達の話も聞いた。同級生先輩後輩にも話を聞いた。無我夢中で駆け抜けて一年。高校二年生の夏、『バーチャルキョート』を発売。大ヒットになった。



 それからも無我夢中で走り続けた。

 仕事ばかりの私に親は心配した。

「そこまで篠原さんに義理立てしなくていい」

「篠原さんに恩があるのは私であってカオちゃんじゃない」


 まだ小学生だった叔母が不治の病に入院したとき。同級生の保護者達から見舞金をもらった。当時は恐ろしく高額だった手術費用の足しにしてくれと。当時祖父母はあちこちからお金をかき集めていたけれど全然足りなくて、その見舞金もとてもありがたかったけれどまだ足りなくて頭を抱えていた。そのとき篠原さんが手術費用を全額出してくれた。

「返せない」と断ろうとした祖父母に「すぐに返してくれなくていい」と言い「私達には病気を治してあげることはできない。お金で解決することなら手助けさせてくれ」「後悔しないためにできることは全部したほうがいい」と言って。

 叔母は数年生命を永らえた。娘を見送り、祖父と挨拶に行った祖母に奥様が「ウチで働かないか」と誘ってくれた。娘を喪いココロを壊しかけていた祖母はそうして救われた。


 私が生まれて間もなく、父が仕事で事故に遭った。職場復帰は絶望的で、母は自分が働くと決めた。そのときに手を差し伸べてくれたのが篠原さんだった。

 それだけではなく、父の負担にならない在宅でできる仕事も紹介してくれた。そのおかげで父は伝統工芸士にまでなった。


「我が家は篠原さんに恩がある」

 祖父母は、両親は、常々私に話して聞かせていた。

 だからこそカナタくんにそこまでの献身をしているのだと家族は思っていた。


 そんなんじゃない。恩返しで保志に協力しているんじゃない。保志の描く未来を私も見たいから。保志の創る『世界』を実現させることができたらきっと『世界』を変えることができるから。

 保志の夢を叶えることが私の夢。私は自分自身のために闘っているんだ。


 そう説明してもなかなか理解してもらえなかった。


 親も親戚も友達も付き合った男も言った。

「そんなに保志が好きなのか」「カナタくんと結婚したいの」

 そんなんじゃない。私と保志の間に恋愛も親愛もない。保志は私を見ていない。私も保志を見ていない。私達が見ているのはずっとずっと先。同じ方向を見て横に並んで走っている。

 かなた先にある輝くひとつ星。そこを目指して私達は走っている。

 それだけ。それだけの関係。


 愛も恋もないからこそ、ただ同じ目標を目指しているだけだからこそ、なによりも固く結ばれた絆。

 保志の描く未来を実現させる。それこそが私の目標。私が成すべき仕事。

 私達は『世界』を変える同志だ。


 そう説明してもやっぱり理解してもらえなかった。


 それでも五年経ち十年経ち、世の中にデジタル環境が整っていくに従って『バーチャルキョート』が世の中に浸透していくと、周囲も私の言葉を頭ごなしに信じないということはなくなった。

 十五年経ち二十年経ち、行政や観光協会と提携するようになるとようやく私の仕事を理解してくれるようになった。


「ホントに『世界』を変えたね」

「あのとき言っていたのはこういうことだったのか」


 あの日、あの狭いアパートで保志が語ったことが現実になっていた。

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