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閑話 『願い』の終焉(しゅうえん) 2―カナタと『オズ』

カナタ視点です

『災禍』滅亡直前、タカが社長室を出たあとからスタートです

時間軸やら場所やらがあっちこっち行ってわかりにくかったらスミマセン(-_-;)


一万字オーバーですが分割したくなかったので一気にいきます

 ふ、と目が覚めた。

 なにかに呼ばれた気がしてのろりと顔を上げる。

 いつもの仕事部屋。いつもの椅子に座ってうたた寝していた。


 ぼんやりとしながらあたりを見回すが誰もいない。

 机の上には書類。なんの気なしに一枚を手に取り眺め、そうだったと思い出した。


 ―――おれの『願い』は、(つい)えた―――




 これまで三十年かけて取り組んできた。

『京都の全ての人間の抹消』。


 この街には『悪人』しかいない。

 そんな連中をのさばらせていては『善人』が苦しむ。

『善人』が苦しむことのない『世界』にするために。

『善人』が喰い物にされないために。

 そのために、この京都を滅ぼす。

 京都の人間を鬼に喰わせる。

 この街には腐った人間しかいない。

 そんな『世界』は壊れたらいいんだ。

 誰も腐っていることに気が付かないなら、おれが正してやる。

 おれが『世界』を変えてやる。


 そう思ってがんばってきた。

 必死にシステムを組んだ。『(にえ)』を集めた。何度も実験を重ねた。

 おれの家族のような『善人』がひとりでも救われるように。おれのように苦しむ人間がひとりでも減るように。おれのようにかなしむ人間がひとりでも減るように。


 だがそれは結果的に無関係な『誰か』を傷つける行為だった。おれから全てを奪ったあのクズどもと同じ行為だった。


 おれは『罪』を犯した。


 間違っていたおれに『自分も同じだ』と言ってくれる『同士』が現れた。

『罪』を犯したおれを軽蔑することも嫌悪することもなく『一緒に償おう』と言ってくれる『友達』が現れた。


『つらかったな』と。『よくがんばった』と。

 これまでの『おれ』を全部肯定してくれて救い上げてくれた。

『「願い」を破棄しろ』と言ってくれた。

 子供みたいに抱き締めてくれた。


 ――ああ。こんなこともあるんだな。

 人生の最後の最後で得難い出会いを得ることが。




『異界』にまで迎えに来てくれたタカはそのまま仕事部屋に残りおれに付き合ってくれた。

「まずはやりたいこと全部リストアップしようぜ」と言って、ふたりで思いつくままにやりたいことを挙げていった。

『バーチャルキョート』についても「最終的にはこんなふうにしたかったんだ」という夢を聞いてもらった。


 おれの最終的な夢。

『バーチャルキョート』の具現化。


 『仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム』――いわゆるVRMMO。

 現在あちこちで開発が進められているフルダイブ型――精神または脳波をゲーム世界に没入させ現実と感じさせるもの――も悪くはないが、おれが夢見ていたのはあの『異界』。


 どこかに『世界』を創り、そこに転移する。

 その『世界』で通用する武器や魔法を具現化し駆使し実際に身体を動かして冒険をする。

 テーマパークのアトラクションとかサバゲーのように、ゲームの世界を実際に楽しめたら楽しいと思うんだ。


 今回二百人の召喚者で実験してみた。

 大人数の転移はできた。装備もアイテムも術も使えた。おれの理論が証明される結果が出た。


 ただし現在の科学技術ではまだ無理だろう。

『アレ』の陣と霊力があったからできたというのは理解している。現在のところ『アレ』が運用していたエネルギーの代替案はない。

 エネルギーがなければ『異界』が作れないだろうし、転移システムも難しいだろう。


 でも、いつか。

 いつかそんなゲームができたら。


 おれが最初にゲームを作ったときには今のようなオンライン環境でゲームをするなんて考えられていなかった。

 おれが『こうなればいい』と『願い』をかけていたらどんどん環境が整っていき、今では誰もがスマホを手にデータのやり取りをする時代になった。

 だからこのまま進めばいつかできると思うんだが。


 そう語るおれにタカは「すごいこと考えるなぁ!」と驚いた。

「アレがそんな実験も兼ねてたとは」と(うな)るからおかしくなった。


 あれもこれもとリストアップし、タカが必要な書類を作っていく。

「オレ法学部出てるから」「ウチの会社の法務はオレが担当」「弁護士資格もちゃんと持ってるよ」

 そう言って「ついでだから」「勢いついたときにやっちゃおう」とあれこれ申請書やらなんやら作っていった。


「遺言書とかも作れるか?」と聞いたら「できるよ」と言う。

「じゃあ頼む」と口頭で言うのを書類にしてもらう。押印しサインをする。

「追加とか変更とかあったらまた声かけて」と軽ーく処理してくれた。



 そうやってあれもこれもと駆け足で書面にしていった。

 きりのいいところで「ふう」と息をついた。途端に疲れが押し寄せた。身体が重い。瞼も重い。


「おつかれ」

「ああ」


 ギシリと椅子の背もたれに身体を預ける。少し上を向いて瞼を閉じる。

 微睡(まどろ)みに沈みそうになる。が「カナタ?」と呼びかけられ、どうにかこらえて身体を起こした。


「眠い?」

「……………大丈夫だ」


 強がりはすぐに看破された。おかしそうに笑う男に苦笑が浮かぶ。

「ちょっと寝たら?」と言われたがゆるく首を振った。


「……………『アレ』の最後を見届けてやりたいんだ……」


 三十年――時間停止をかけていたからおそらくはもっと長い時間――おれの『願い』を叶えてくれた。ずっとそばに居てくれた。

 その『アレ』が『滅びる』というならば、おれが見届けるべきだろう。

 おれの『最後の願い』のこともあるしな。

 だが、今は眠い。少し眠れば行けるだろうか。


 考えていたらタカが軽く言った。

「じゃあオレが代わりに見届けとくよ」


 のろりと目を向けるとタカは優しく目を細めていた。

「ちょっと無理させすぎたな。ゴメン」

「オレが行くから。カナタは休んでな」


 少し思案し―――タカに甘えることにした。


「……………じゃあ……………頼む」

 「まかせとけ」


 ニヒヒッと笑い簡単に請け負ってくれたタカに、自分でも意外なくらいに肩の力が抜けた。

 ホッとして脱力したのがわかったのだろう。

「ベッド行くか?」とタカが聞いてきた。


「いや。ここでいい」

「いつもここで寝てるから」


「そんなんじゃ休まらないだろ」

「身体に悪いぞ」

 そう言われたが「いつものことだ」と突っぱねて瞼を閉じた。


「―――カナタ―――?」

「―――寝た―――?」


 タカの声を遠くに聞きながら、そのまま眠りに沈んでいった―――。






 ―――ふ、と目が覚めた。

 なにかに呼ばれた気がして目が覚めた。

 机の上の書類を一枚手に取り眺め、そうだったと思い出した。


 ―――おれの『願い』は、(つい)えた―――


 もう終わったんだ。

 もう闘わなくてもいいんだ。

 そう感じた。


 そう感じたら途端に全身が重くなった。

 倦怠感に(あらが)えず書類を放り投げ椅子に身体を預ける。


『善人』のために。

 おれのような子供を出さないために。

 そう思ってがんばってきた。

『世界』を変えようとしてきた。


 でもそれは間違いだった。

 おれは『罪』を犯した。


 どこで間違ったんだろう。

 なにがいけなかったんだろう。

 ――きっと『復讐』なんて考えたからだな。

 でも同じ場面で同じ選択を迫られたらおれはやはり復讐を選ぶ。

 あいつらは許せない。許しちゃいけない。


 そうだ。クズばかり見ていたせいで京都の人間みんな同じクズだと思ってしまったんだ。それが間違いだったんだな。今なら理解るが、あの頃はまだガキだったからな。


 ガキ特有の思い込みと純粋さで『願い』をかけここまできた。

 こんなおれを見て家族はなんて言うかな。

 このビルを見て『立派になった』って言うかな。それともおれがなにをしたか知って『なんてことを』ってかなしむかな。


 同じところには逝けないけれど。

 願わくば、どうか。

 一目、逢いたい。




『異界』に作った『篠原の家』で「お前はこれからどうするんだ」とたずねたおれに「『管理者』の命令を遂行します」と『アレ』が答えたとき。『アレ』が――『オズ』が説明してくれた。

(にえ)』となった人間はどうなるのか。


(にえ)』とはエネルギー。

 術を展開する。(ことわり)を運用する。そのためのエネルギー。


 生きとし生けるものはもれなくエネルギーを持っている。人間だけではなく、動物も、虫も、植物も。

 そのエネルギーを運用し展開して魂を形作り身体を構成し生命を維持している。


(にえ)』とは、その身体を構成しているエネルギーを――生命を運用しているエネルギーを術者の使いたいところに使うということ。――つまりは生命を奪うということ。


 おれが『(にえ)』に指定した人間や鬼に喰われた人間はその生命力を『(にえ)』とした。

『水』に沈めた人間は生命力だけでなく溶かした肉体も『(にえ)』とした。

 ゲームプレイヤーからはゲーム内に展開した陣を通して少しずつ生命力を奪った。


 生命力――霊力とも言うんだったな。

 現代は霊力量の多いものは(まれ)だと『アレ』が言っていた。だから必要量が集まるまでに時間がかかった。


 その『(にえ)』となった人間はどうなったのか。


 生命力を――霊力を限界まで奪われたら死ぬ。

 ゲームプレイヤーは大した量を奪わなかったから問題なく生きている。

 が、おれが指定した人間や『異界』に連れて行った人間は死んだ。

 死んだ人間はどうなったのか。

『アレ』が説明してくれた。


「肉体を離れた魂は逝くべき場所へ逝きました」

「貴方が『魂を使うな』と命じたので、魂は『(にえ)』としませんでした」


 初めて『アレ』の接触したあの日。

 家族がどんな『願い』をかけたのか知ったあの日。

「発願者がすべて死亡したため、これ以降は発願者の魂を(にえ)として使用し『願い』を叶えます」と言った『アレ』におれは「やめろ」と叫んだ。


「じいちゃん達の魂を使うなんて、やめろ!」と。


 おれはあくまでも『家族の魂を使うな』と言ったつもりだったが『アレ』は『今後おれの「願い」に対し魂を使うこと』を『禁止』されたと判断したと言う。だから必要量の霊力が集まるまでに時間がかかったと。


 おれはあの『水』の説明を聞いたとき「生命力だけでなく肉体も魂も溶かす」と聞いたからてっきり魂も使っていると思っていた。が、おれの命令だからと「魂は開放するように術式を組んだ」と『アレ』は悪びれることなくぺろりと明かした。

 魂まで使っていたならば「あと五年は短縮できました」とあっさりと言いやがった『アレ』を殴りつけてやりたかったが、愕然としすぎて動けなかった。

 

 とにかく、おれが『(にえ)』とした人間の霊力や生命力や身体は『(にえ)』として使ったが、魂は『(にえ)』になることなく『あの世』に行ったらしい。

『あの世』が本当にあるならばきっとおれの家族は天国だか極楽だかに行っているだろう。


『あの世』が本当にあるならば、たくさんの人間の生命を奪ったおれは地獄に行くべきだと思う。地獄で罪を償うべきだと。たくさんの人間を苦しめたのと同じ苦しみを受けるべきだと。

 だがおれはそれを選ばなかった。


『アレ』が言った。

「魂は輪廻の輪に乗ります」「『あの世』でしかるべき『(みそぎ)』を済ませた魂はまた現世へと産まれ落ちます」「転生を何度も繰り返していると魂が疲弊します」「疲弊した魂は自然に分解され元素に還り、エネルギーとして『世界』を巡ります」

「人間の知覚する『死』は、本当の意味での『死』ではありません」「魂が朽ち、元素に分解されること。それが本当の意味での『死』です」

「転生の可能性のある魂を元素に還すーーエネルギーとして使用することは、転生の可能性を奪う行為です」

「『その存在』としての『死』を意味します」

「時に『大いなる存在』や神仏が罪人に与える最大級の罰に相当します」


「地獄で責苦を負うよりも重い罰なのか?」

 そう問うおれに「はい」と答える。


「地獄で責苦を負う行為は『(みそぎ)』にあたります」

「それまでの人生で犯した罪を償うために行うものであり、来世に生まれ変わる者だけが受けられるものです」

「未来への可能性をすべて閉ざし、人格を破壊し、ただ単なるエネルギーに分解する――言い換えれば、人格を否定し、可能性を破壊し、尊厳を踏みにじって無駄死にさせる、といったことにあたるでしょうか――そちらのほうが『大いなる存在』が与える『罰』としては重いものとなります」


「……そうか……」


 さっきこいつが言っていた。

「私を形作るこの身体は元素にまで分解して、他のものと同じくエネルギーに変換させ、京都の結界の中のエネルギーとして使用します」

「私を私たらしめているこの意識がどうなるのかはわかりません」


 こいつの説明が正しいならば、こいつは『最大級の罰に相当する』ことを甘んじて受け入れることになる。

 こいつが色々したのはおれの『願い』を叶えるためなのに。罰を受けるべきはおれなのに。


 ぼんやりとしながらそんなことを考えているうちに、ひとつの案が浮かんだ。


「―――なあ―――」

 おれが罰を受けるべきならば。


「お前が滅びるときに、おれも一緒に滅びることはできるか?」


 そう相談すると「不可能ではありません」と返ってきた。


「そうか……」


「―――じゃあ、最後の『願い』だ」


 そしておれは身体を起こし胡座をかき、『願い』を口にした。


「お前が滅びるときに、おれも一緒に滅してくれ」


「――とはいえ、身体を滅すると色々面倒が起こりそうだな。だから身体は残してくれ。

 そのほかは、霊力も、生命力も、魂も、全部元素に分解して、エネルギーにしてくれ――お前と一緒に」


『アレ』はなにも言わない。いつもこうだった。余計なことはなにひとつ言わないヤツだった。


「叶えてくれるか?」


 そうたずねると「―――はい」と答えが返ってきた。






『異界』に作った『篠原の家』でのやりとりを思い出していると、ふと、視界の隅でなにかが動いた。

 なにがと思い目を向ける。


 下ろしていたブラインドをタカが全部上げた窓の外。

 真夏の京都に、桜の花びらが舞っていた。


 ああ。うまくいったんだな。


 起動したままのパソコンで確認する。

 ゲームの『バーチャルキョート』でも桜吹雪が舞っていた。


 ああ。綺麗だな。


 あの庭の桜吹雪もこんなふうに綺麗だった。

 おれはまだ子供で、桜が散る時期になると毎年両手を伸ばして舞い降る花びらを追いかけた。

 家族がいた。笑っていた。『しあわせ』だった。

 あの頃のキラキラした気持ちを思い出した。


 この三十年、ずっとがむしゃらに闘ってきた。息をつくこともなく。

 ただ目的のために。『願い』のために。『世界』

を変えるために。

 そんなおれが、こんなふうに穏やかな気持ちになるなんて。


 パソコン上ではどんどんとコメントが流れている。ゲームと現実とで同じように桜吹雪が舞っていることに誰もが驚いている。

「ククッ」と笑いがもれた。


 どうだ。驚いただろう。すごいだろう。綺麗だろう。

 得意になり、楽しくなった。


 そうだ。タカに言われていたんだ。「三上さん達とも話しなよ」と。

「これまでいっぱい支えてくれてたんだから」「バージョンアップが終わった今はお礼を言うタイミングとしてはいいんじゃない?」


 そうだったと思い出し、三上に電話をかけた。


『保志!?』

 すぐに通話がつながった。三上の声は興奮しているのが丸わかりだった。


 いつもなら『社長』と呼びかけるのに。こいつも桜吹雪に驚いているんだな。

 なんだかうれしく、楽しくなった。


「どうだ三上。驚いたか?」

 得意になってそう言えば、三上は大声で返してきた。


『驚いたよ! すごい! すごいよ保志!』


 その声に、思い出した。

 あの日もこんなふうに賞賛をくれた。


 あの狭いアパートの部屋。

 無理矢理ついてきた三上に、誰にも見せたことのなかったおれの作ったゲームを初めて見せたとき。

 おれも三上もまだ高校生だった。

 あれから三十年。三上はずっと支えてくれていた。

 ――ああ。そうだ。三上はずっとおれを支えてくれていたんだ――。

 初めて、それを理解した。


「ここまで来れたのは、お前のおかげだ」

「ありがとう三上」


『――保志…?』


 驚いているな三上。まあそうだよな。こんなこと初めて言ったもんな。

 まあでも最後だから。こんなガラでもないことを言ってもいいだろう。


「あとは、お前の好きにしたらいい」

「おれの目的は(つい)えた」

「じゃあな」


 それだけ言って、通話を切った。



 ―――あとのことは三上が上手くやるだろう。タカにも頼んでいるし。


 今回のバージョンアップで二百人を『異界』に連れて行った件は「『姫と守り役がずっと追っていた悪しきモノ』を元凶とすることで話がついている」とタカは言った。おれは「そいつに身体を乗っ取られて利用されただけだとする」ことも。


『アレ』と予想していたパターンのひとつ。

 他にもおれの罪を全部公表するパターンとか、罪は明かさずおれがテロをたくらんでいるとするパターンも想定していたが、一番会社にダメージがないパターンを選んでくれた。ありがたい。

 そう収めるならば、おれが死んだあとに発動するシステム崩壊が話の信憑性を高めるだろう。


 タカとあの西村ならばおれの組んだ崩壊システムを止めることはできるだろう。そのあとまたイチから作ればいい。犯罪者(おれ)の関与しない『バーチャルキョート』を。


 ふと思いつきプリントアウトした遺言書を手に取る。ここもう少し文面足したほうがいいな。これも追加しとこう。

 手書きで追加し拇印を押す。これで間違いなくおれの意思でおれが書いたとわかるだろう。


 やりきった満足感で椅子に深く背を預けた。

 窓の外では桜吹雪が舞っている。

 おれ達が集めたエネルギーが京都に還元される。

 パソコンからは楽しそうな声や驚きの声が聞こえてくる。

 

 ―――おれは『しあわせ』だ。

 こんな穏やかな気持ちになれるなんて、考えたことなかった。

 なにもかもうしなったのに。もう間もなく死んでしまうのに。そう思えるなんて。不思議だな。


 椅子に身体を預け、目を閉じる。

「ふうぅ」と息を吐き出した。

 そのまま意識が沈んでいく。

 どこかで知らない歌が聞こえた気がした―――




《―――》


《―――》


《―――タ》

《――カナタ》


 誰かに呼ばれた気がして瞼を開けた。

 いつの間にか桜吹雪の中に立っていた。

 桜の花びらで埋め尽くされた向こうに誰かが立っているのがわかった。


《カナタ》

《カナタ》


 数人がおれに向かって手を振っている。うれしそうに。楽しそうに。

 あれは。あのひとたちは。


《―――じいちゃん。ばあちゃん》

《父さん。母さん。おじちゃん》


 あの頃と変わりない家族がそこにいた。

《カナタ》《カナタ》と呼んでくれている。

 うれしくて懐かしくて、一気に駆け寄った。


《じいちゃん! ばあちゃん!》

《カナタ! 元気そうだ!》

《こんなおじいさんになって! よかった! よかった!》


《なんだカナタ。お前おれより年上になっちゃったな!》

《おじちゃん!》

《ゲームはできたのカナタ》

《母さん! ――できたよ! おれの作ったゲーム、世界中で大人気なんだよ!》

《すごいな! よくがんばったなカナタ!》

《父さん――!》


 同じ背になった父さんが子供にするように頭を撫でてくれる。うれしくて誇らしくて懐かしくて涙が出た。

 そのまま抱き締めてくれるからおれも父さんを抱き締めた。

《ありがとう》

《ありがとう父さん》


《よかったなカナタ》

《がんばったな》


 家族ひとりひとりと抱き合った。みんながおれが長生きしたと喜び、おれの夢が叶ったと喜んでくれた。


《あの霊玉のおかげだな》

《お礼を言わなくちゃ》


 じいちゃん達がそんなことを言うから《『アレ』のおかげだけじゃないよ》と言った。

《じいちゃん達のおかげだよ》

《みんなのおかげでおれはここまでできたんだ》

《ありがとう》


 一歩下がって家族みんなを目に入れて、《ありがとう》と言って頭を下げた。

 顔を上げたとき、家族はそれはそれはしあわせそうな笑顔を浮かべていた。


《よかったなカナタ》

《よかったね》

《私達の『願い』は叶った》

《長生きできてよかった》

《夢が叶ってよかった》

《しあわせそうでよかった》


《よかった》《よかった》と笑いながら家族は桜吹雪に消えていった。

 成仏したんだと――『あの世』に行ったんだと、何故かわかった。


 キラキラとした光がこぼれている。

 桜の花びらと光がおれの周囲で楽しそうに踊っているのをじっと見つめていた。



《―――お前の仕業だろ?》

 桜吹雪の降りしきる中、どことはなく声をかけた。


《いるんだろ? ――『魔法使い』》

《私は『魔法使い』ではありません》


 すぐさま生真面目な声が返ってくる。声の方に顔を向けると、高校生の頃のおれが立っていた。


《――どうやったんだ?》


 どうやって家族に会わせてくれたのかと、どうやっておれの『願い』を知ったのかと問いかけると『オズ』はいつものように淡々と答えた。


《前の発願者達の魂は私が保管していました》

《『保志叶多のしあわせ』『そのために保志叶多の「願い」を叶えて欲しい』

 それが発願者達の『願い』でした》

《その『願い』を叶えるためのエネルギーとして使うために彼らの魂は私が回収し保管していました》

《ですが、貴方に『使用禁止』を命じられたので、彼らの魂は私の奥底に保管したままになっていました》

《今回私の消滅に伴い、保管していた魂が開放されました》

《今現在私達が存在しているこの空間は、消滅の一瞬前――刹那の空間です》


 よくわからないが、あの『異界』を展開したときのようになにかしたのだなと理解した。


《貴方の『願い』

『家族に一目逢いたい』

 その『願い』を叶えるために、調整しました》


 いつものように淡々と言う。『大したことはない』とでも言うように。だが。


《―――ありがとう》


 家族にまた逢えるなんて思わなかった。褒めてもらえるなんて、喜んでもらえるなんて思わなかった。

 叶うはずのない『願い』を叶えてくれた『魔法使い』に心からの感謝を伝える。おれの姿をした『魔法使い』はただ黙って立っていた。


 ふと思いついて、ものはためにしと口を開いた。


《最後の最後に、もうひとつ『願い』を叶えてくれるか》

 そうたずねると、少し考え『オズ』は言った。


《内容によります》

《『保志叶多の「願い」を叶える』

 それが前の発願者達の『願い』です》

《今のこの刹那の間に叶えられることならば、叶えられるように検討します》


 律儀なやつだな。

 最後の最後まで変わらないこいつにおかしくなって「ククッ」と笑った。


《おれの最後の最後の『願い』は――》


 桜吹雪の中、たたずむ若い男。

 三十年、ずっとそばにいた存在。

 共に闘ってきた、同志。


《『お前の最後を見届けること』》


《お前の最後を、おれに見送らせてくれ》


 ホンの少し驚きを表情に出した男に笑って言った。


《これまで、ありがとう》


『オズ』は黙っていた。

 ただ無言でおれを見つめていた。

 不思議と穏やかな気持ちでその目を受け止めていた。



《―――検討しました》


 ようやく口を開いた『オズ』が続けた。


《『私が消滅するときに同時に貴方も消滅する』という『願い』を修正します》

《現時点で対象者保志叶多は死亡が確定しています》

《現在対象者保志叶多は魂のみの存在です》

《その魂の消滅時期を『私と同時』から『私の三分後』に修正します》

《自動展開している術式の修正なので、問題なく実行できると判断します》


《十分だ》


 三分でもかなりの譲歩だということは理解できた。それだけあれば十分こいつを見送ることができる。

 とはいえ今この機会に一言伝えておきたい。


《『オズ』》

《これまで、ありがとう》


 柄にもないことを言うおれに驚くことも不審がることもなく『オズ』は淡々と返してきた。


《こちらこそ、ありがとうございます》

《貴方のおかげで、私の『願い』も叶いました》


《お前の『願い』?》


《なんだよ》とたずねると『オズ』はやはり淡々と答えた。


《私の『願い』》

《『「誰かを想う強い願い」を叶える存在であること』》

《貴方達のおかげで、最後の最後まで『願い』を叶える存在で在ることができました》


 そんなことで満足するのかとおかしくなった。

 笑うおれに『オズ』は淡々と言葉を重ねた。


《それに、『夢』も叶いました》

《『夢』?》


《この瞬間まですっかり忘れていたのですが――私には『夢』があったのです》


 その『夢』がなにかは言わず、『オズ』は満足そうな目をおれに向けた。

 その目を見返していると、徐々に『オズ』の見た目が変化していった。高校生男子だったのが背が縮んでいき幼稚園児くらいのサイズになった。頭からは垂れた耳が伸び、鼻が突き出して犬の顔になった。

 ビーグル犬を人間にしたような姿になった『オズ』は、いつものように淡々と言った。


《こうなって、色々と理解しました》

《叶うはずのなかった私の『夢』が、叶いました》


 犬になりたかったのか?

 よくわからないが《そうか》と答えた。


《『管理者』にも褒めてもらえました》

《満足です》


 淡々としながらもどこか得意気にそんなことを言うからおかしくなった。


《―――よかったな》

《はい》


『えっへん』と言いたげな犬顔の子供におかしくなって笑みがこぼれた。

 そんなおれにつられたわけではないだろうが『オズ』も目を細めた。


 笑ったのか? いつも淡々としていて感情を見せることなんかなかったのに。いや、この三十年ずっと水晶玉だったから表情が見えなかっただけか。もしかしたらこれまでもこんなふうに笑っていたことがあったのかもな。


《―――では、お先に》

《ああ》


《ありがとうございました》


 そんな言葉を最後に、犬顔の子供の姿が一瞬で散った。

 パッと光ったと思った次の瞬間には桜吹雪に変わっていた。


《――おれこそ、ありがとう》

 散り逝く桜吹雪にむけて感謝を贈る。


 あいつかなりのエネルギー量だったんだな。散っても散っても桜吹雪はやまない。

 そんな桜吹雪を見送っていたらふと誰かの視線を感じた。


 見ると西村がおれを睨みつけていた。刀をおれに向け『北の姫』を背にかばって敵意むきだしで。

 余裕のない様子がおかしくて笑った。

 おれがそんな顔をさせていることがどこか誇らしくて得意になった。


 ふと気が付いた。西村が見えるならばタカも見えるか?

 あちこち探すと、予想どおりタカがいた。近くには日村が女と立っていた。

 おれの視線に日村と女が気が付いたのがわかった。

 驚く日村におかしくなって、笑みがこぼれた。


 驚く日村に気が付いたタカもおれに気が付いた。

 目を丸くするからおかしくて笑った。


《ありがとう》

《あとを、たのむ》


 自然に言葉が口から出ていった。

 こいつらになら任せられる。こいつらに任せられるなら安心だ。

 そう感じて、なんだかココロが満たされた。


 周囲は満開の桜吹雪。

 幼い頃のあの庭のような。

 今のおれの心情をあらわすかのような。

 

 おれがこんな最後を迎えられるとはな。

 きっとあいつの仕業だな。

 

『オズ』。

 お前はその名のとおり、最高の『魔法使い』だよ。


 蒼天に吸い込まれていく桜吹雪を見上げたのを最後におれも桜吹雪に分解された。

死後の行先等についてはフィクションです


私事で慌ただしくなってしまい、執筆時間が取れなくなりました。

ストックが少しあるので、またしばらく週一投稿とさせていただきます。

毎週火曜日に投稿します。

引き続きお付き合いよろしくお願いします。


来週からしばらく副社長の三上視点でのお話をお送りします。

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