第三十八話 タカさんとの話のあと
それからおやつを食べる間、タカさんがずっと俺に話をさせようと話題を振ってくれた。
が、「うん」とか「そう」とかしか答えられなくて、全く会話にならなかった。
自分で自分に腹が立つ。
そんなポンコツな態度の俺でも竹さんは楽しそうにしてくれて、ますます胸がキュウゥゥン! となる。
黒陽となら話せるのにな。なんでだろうな。
ひたすらタカさんが俺達の話をして、竹さんはそれを楽しそうに聞いていた。
中二の頃あちこち遊びに行った話は「楽しそう」と目を細め、双子の育児にまつわるあれこれには目を丸くしていた。
かわいすぎるんだが。
キュンキュンしすぎてもう心臓が痛いんだが。
そんな俺にタカさんは困ったように笑った。
「ホントトモはオミそっくりになっちまってまぁ……」
あのオミさんが今の俺みたいだったなんて信じられない。
だから黙っていたら竹さんが「晴臣さん?」と話を聞きたがる素振りをみせた。
そこからタカさんが大学時代のオミさんの話をしてくれた。
どこまでが本当かわからないような頼りない青年の話を、竹さんは楽しそうに聞いていた。
そうして三人は転移で帰っていった。
どっと疲れが出た。
カップもテーブルも片付けることなくベッドに倒れ込んだ。
うつ伏せに倒れ込んでから彼女が使っていたのを思い出してハッとしたけれど、やっぱりそのまま倒れ込んだ。
怒涛すぎるんだよ。
話重すぎるんだよ。
考えること多すぎるんだよ。
くそう。情けない。
弱っちくて、何ひとつ覚悟できなくて、ポンコツで。
久々に自分の未熟さに落ち込んだ。
「ゔゔゔ」とうなっていたら、ふと、胸元からあたたかな霊力を感じた。
なんだっけと手を当ててみて、気が付いた。
彼女がくれたお守りだった。
ごろりと仰向けになって胸の守護石を握ってみる。
あたたかなぬくもり。
わかる。
彼女の霊力が込められている。
目を閉じて、石に向けてじっと感覚を研ぎ澄ませる。
トクン、トクン、と心臓が打つのに合わせて守護石も拍動しているように感じた。
『がんばれ』『がんばれ』と励ましてくれているよう。
――そうだよな。がんばらないとな。
自然にそう思えた。
タカさんが言っていた。「昔のオミさんのようだ」と。
昔のオミさんがどれだけポンコツだったか聞いた。
世間知らずの甘ちゃんのお坊ちゃまが『安倍の黒狐』と呼ばれるまでになった。
なら、俺だって変われるはずだ。
『がんばれ』『がんばれ』と響くあたたかい霊力。
そういえば。
懐かしい響きに、ふと思い出した。
これ、あの童地蔵と同じだ。
製作者が同じなのだから同じで当然なのかもしれない。
でも、子供の頃すがりついていたあの感覚を思い出し、甘えたくなった。
のろりとなんとか立ち上がり、カップやらを盆に乗せ下りる。
流しに適当に洗い物を置いて、一番奥の客間へ向かった。
いつもの床の間で、変わらず童地蔵は笑っていた。
正座で向かい合わせになり、そっと抱き上げて、きゅっと抱きしめた。
それだけでなんだか元気になる気がする。
ガキの頃、修行がつらくて泣きたくなったとき、この地蔵を抱きしめた。
霊力が暴走してどうにもならないくらい苦しい時も、この地蔵を抱きしめた。
いつもニコニコ微笑んでいた。
『がんばれ』『がんばれ』と励ましてくれていた。
「……竹さん……」
そっと名を呼んでみた。
不思議なくらいしっくりきた。
きゅ、と抱く腕に力が入った。
『がんばれ』『がんばれ』
童地蔵が、胸の守護石が励ましてくれる。
そうだ。がんばらないと。
あきらめないって決めたから。
そばにいたいって気付いたから。
「……俺の部屋に来てくれますか……?」
抱く腕をゆるめてたずねると、童地蔵はにっこりと笑ったように見えた。
パソコン用モニタの横。ベッドの枕元。
机のそこが、童地蔵の定位置になった。
夜、ハルから電話があった。
『バーチャルキョート』の情報提供の礼を言われた。
霊玉を渡す件は『これからヒロから連絡させる』という。
少ししてグループメッセージが入った。
『火曜の夜に集まれないか』とのメッセージに了解を送る。
年少組も了承し、火曜の夜に再び術を執り行うことになった。
もらった守護石の件は「諦めてもらっておけ」と言われた。
「僕達ももらったから」と。
なんでも俺のを作るときに「ついでだから」と家族全員分の守護石を作ってくれたという。
もちろん全部四重付与付。
「あのひとたちにとってはスマホよりもパンよりも価値の低いものらしい」
ハルが苦々しいのを隠しもしない声で言った。「あの『うっかり主従』め」
ぴったりの名付けに吹き出した。
月曜の夜はホワイトハッカーの仕事があった。
フジとツヅキに週末に彼女が来た話をした。
「一緒にでかけて」「一緒に家事をして」なんて報告したらフジに「うらやましいぃぃぃ!」と叫ばれた。
「彼女の守り役にも友達の父親にも色々指摘されてヘコんだ」と正直にバラしたら、ちょっとだけココロが軽くなった気がした。
「今はポンコツでもいいよ」ツヅキがそう励ましてくれた。
「理想があって、現実がある。
その差が大きければ大きいほど落ち込むけどな。
目指す目標があるならば、そこに向かってがんばればいいだけだ」
「『彼女のためにがんばろう』って、がんばれるよ」
「そうやってがんばったら、トモはもっといい男になるよ」
オミさんもそうやってがんばって今のオミさんになったのかな。
なんとなくそんな気がして、俺もがんばろうって思えた。
火曜の夜。
北山の安倍家の離れに行った。
「先日は申し訳ありませんでした」とひとりひとりに頭を下げた。
年少組も白露様も「いいよ」と許してくれた。
ヒロはビミョーな顔をしていたけれど、ペチンと頭をひとつはたくだけで許してくれた。
この間と同じように祭壇の部屋で丸くなり、彼女と黒陽と白露様が結界を張った。
一時停止と言っていたのはそのとおりだったようで、すぐにあのとき同様の高霊力に満たされた空間に四つの霊玉が浮かんだ。
「汝、『金』の霊玉守護者」
彼女の呼びかけに「はい」と答える。
「霊玉を手放すことに、同意してくださいますか?」
ザワリ。
一瞬、ココロがざわめいた。
でも。
「――はい」
決めたから。
なにがあっても、どれほど無謀でも。
絶対に強くなって、彼女を追いかける。
そう、決めたから。
彼女を諦めるなんて、できないから。
彼女は、大丈夫。
ハルとアキさんが留めてくれる。
安倍家から出ていって黒陽とふたりでフラフラなんてことにはならない。
だから、霊玉を渡しても大丈夫。
大丈夫、大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせる。
その間に彼女は俺の同意を得て、術を進めた。
霊玉を取り囲んだ陣が俺の周囲にも展開する!
俺と霊玉とのつながりが切れたのがわかった。
ごっそりと霊力が削がれる感覚に、ぐらりと倒れそうになる。が、がんばって踏みとどまる。
彼女の前では少しでもカッコつけたい。
情けない男の情けない意地だ。わかってる。
わかってても、情けない。
そんな情けない男に、最後まで術を執り行った彼女はやさしく微笑んでくれた。
「ありがとうございました」
俺の前できちんと正座をして綺麗な拝礼をしてくれるから、俺も正座で礼を返した。
「……すぐに同意できなくて……ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
彼女は微笑んだままふるふると首を振った。
「勝手を申したのはこちらです。
これまでずっと霊玉をお守りいただき、ありがとうございました。
今回同意くださり、ありがとうございました」
そのやさしさに、礼儀正しさに、胸がキュウゥゥン! と締め付けられる!
かわいい、かわいいとそればかりになる。
ごまかすように深々と拝礼したら、彼女も同じように礼を返してくれた。
その夜は離れに泊まった。
ハルも含めた六人で武道場に布団を並べ、これまでの話を聞いてもらった。
俺がどれだけポンコツになっているかも正直に話した。佑輝だけがびっくりしていた。
なんでナツと晃は納得してんだよ。くそう! 情けない!
ヒロが面白がって「彼女のことどう思ってんの?」と根掘り葉掘り聞いてくる。
うまく流すこともかわすこともできず、しどろもどろに話をした。
「かわいくてたまらない」「胸が苦しくて」「他になにも考えられなくなって」とポソポソ言葉を落とした。
ヒロはキラッキラな笑顔で俺を見ていた。くそう!
晃だけは「わかる」と真顔で受け止めてくれた。
「ああでしょ?」「こうでしょ?」と返してくるのがいちいち的を射ていて「そうなんだよ!」と激しく同意してしまった。
「それ、相手に『受け入れて』もらったら落ち着くよ」と晃がアドバイスしてくれる。
彼女が俺を『受け入れた』ら、このフワフワした状態も恥ずかしくて目も合わせられないポンコツ具合もウソのように落ち着くらしい。
そのかわり、今度は始終くっついていたくなるとか。
それから晃がいかにやらかしているかの話になり、やっぱり佑輝がびっくりしていた。
俺もびっくりした。
晃に自分が彼女とそんなことになる可能性を指摘されて想像してしまい、脳味噌が爆発した。
わあわあと話をしていたら夜遅くに黒陽と白露様が来た。
俺の話を聞いた白露様は「もちろん協力するわ!」と修行を請け負ってくれた。
「ただ、私も今はちょっと忙しいから、たまにしか見てあげられないわ。それでもいい?」
そう聞かれ「もちろん」と答える。
勝手を言っているのはこちらだ。
「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「とりあえず霊力量を増やせ」と黒陽に指示される。
「私も時々見に行ってやる」と黒陽も約束してくれた。
ハルも協力を約束してくれた。
「お前がそばにいれば姫宮は安定するから」と。
俺が彼女の『半身』とバレないようにしてそばにいさせようと黒陽達と相談していた。
「なんでもするよ」と申し出たら「当然だ」と笑われた。
日曜日に別れてから彼女とゆっくり話をしていない。そもそもゆっくり会うことができない。
あれから会えたのは霊玉を渡した火曜日の夜だけ。
その夜も彼女は術が終わるなり「これからやることがある」とさっさと自室に引き上げてしまい、ロクに話もできなかった。
朝には彼女はもう南の『要』に向かっていて会えなかった。
それから彼女に会っていない。
もしかしたら来てるかも、と期待して帰宅する。
もしかしたらもうすぐ来るかも、と期待してソワソワする。
そうやって期待して、夜寝るときに「やっぱり来なかった」とがっかりする。
会いたい。
そう、思う。
会ってどうするとかはない。
会ったらロクに話もできなくなるのはわかりきってる。
それでも、会いたい。
そう思う。
ふとハルに聞いた話を思い出した。
『半身』に会えるんじゃないかと、会いたいと夜出歩いていた竹さんの話。
彼女もこんな気持ちだったのかな。
会いたくて、会ってもどうにもならないってわかってて、それでも会いたいって願ってたのかな。
こんな気持ちを抱えて存在するかどうかもわからない相手を探すのは、どれだけ疲弊するだろう。
彼女が『いる』とわかっている俺でも、寝るときに『会えなかった』と思っただけでドッと身体が重くなる。
それを、何日も、何年も、何十年も。
彼女の痛みを想っただけで胃が締め付けられるようだった。
彼女がどれだけ苦しんでいたか考えただけで怒りと情けなさで暴れたくなった。
パソコンデスクの上の童地蔵に手を伸ばす。
きゅ、と抱きしめるとそれだけで安心する。
「――会いたいよ」
そっと彼女へ語りかける。
「大好きだよ」
本人にはとても言えないけれど。
言葉を口に乗せるだけでしあわせな気持ちになる。
「俺、がんばるから」「まってて」
そうつぶやいて、祈りを込めて童地蔵の額をなでた。
水曜の夜も木曜の夜もハルが転移で来た。
俺の霊力の様子を診てくれた。
「まあ順調な回復じゃないか?」と保証してくれた。よかった。
授業中も霊力操作の修行してるのがバレた。
「一般人にバレないようにやれよ」と他にもいくつかやり方を教えてくれた。
「この調子なら週末には北山で修行できるかな?」
『禍』のときの地獄の修行をつけてくれるらしい。
ありがたいやら恐ろしいやらで一瞬硬直したが、なんとか再起動して「お願いします」と頭を下げた。