第二百十七話 ひなさんによる事情説明
トモ視点に戻ります
社長の部屋の玄関は開けっ放しになっていた。おかげで網膜認証が必要な鍵は関係なく中に入れた。
そのまま社長室へと駆け込んだ。
中はまったく想定していなかった状況になっていた。
保志が床にころがされ、晃が必死に心臓マッサージをしていた。「保志! 保志!」すがりつき叫ぶ女は副社長の三上女史。なんでこのひとがここにいるんだ?
タカさんは社長の椅子に座り必死の形相でキーボードを叩いている。
俺達が飛び込んだと同時にスマホを持ったひなさんがこちらに向け叫んだ。
「黒陽様! 時間停止を!」
ひなさんの叫びに黒陽がすぐさま反応する。保志にすがりつく三上女史が人形のようにピタリと動きを止めた。
え? 部屋全体でなくて三上女史以外の空間に時間停止かけたってことか? 三上女史を時間停止の対象外としたってことか? そんなこともできるのか黒陽。すごいな。
指を動かしていたタカさんがハッとして顔を上げる。力強くうなずくひなさんにタカさんもうなずき、バッと俺の前に移動した。と思ったら。
「頼むトモ!」
目の前で土下座するタカさんにたまげて「は?」と間抜けな声が出た。
「頼む! オレひとりじゃ止められない! 『バーチャルキョート』のシステム崩壊食い止めるの、協力してくれ!」
「はぁ!?」
思わず呆れた声が出た俺にタカさんは「頼む!」と尚も額を床に擦り付ける。が、システム崩壊? なんだよソレ。なにがどうなってんだよ。
「イヤイヤ頭上げてよ」
「頼む!」
「イヤだからさ?」
仕方なく膝をつきタカさんの頭を上げさせる。
「なにがあったの? なんでそんなこと言うの? まずは説明してよ」
俺の申し出に、ようやくタカさんが止まった。が、どう説明すればいいのかと言いあぐねている。
「ひな」
埒が明かないと判断したのだろう。同行してきた菊様がひなさんに命令する。
「説明を」
「はい」
ひなさんはこわばった表情でうなずき、ひとつ深呼吸をした。
保志に心臓マッサージをしていた晃は手を止め、黙ってうなだれている。タカさんもひざまづいたまま拳を握りうなだれた。
「まずはそもそも私達がこちらに来た理由をご説明致します」
そう前置きし、ひなさんは話し始めた。
「先程『オズ』がエネルギーに変換され桜の花びらとなったときのことです。
桜吹雪のなかに滅したはずの『災禍』の姿が――若いときの保志叶多の姿が見えました」
どうやら俺が見たものをひなさん達も見たらしい。
外野が「え?」「気が付いた?」「いや」なんて言ってるところをみるに、気が付いたのは俺を含めても数人のようだ。
「滅び逝く『オズ』の幻かとも思ったのですが―――コウが、『カナタさん』だと判断しました」
『カナタさん』。――つまり、保志自身ということか?
「『カナタさんになにかあった』そう判断した私達が急いで社長室に向かったところ、ちょうどエレベーターから出てきた三上女史と鉢合わせました」
「三上女史はカナタさんから電話をもらい、いつもと違うことが気になったから来たということでした」
なるほど。それで三上女史がいたのか。
「何故私達がいるのか不審がられましたが、それよりも先に鍵を開けてくれと頼み、三上女史に鍵を開けてもらいました」
三上女史がいたから網膜認証の鍵を突破して入室できたと。なるほど。
俺達がそこまで理解したことを確認し、ひなさんは続けた。
「社長室でカナタさんはその椅子に座っていました。―――お亡くなりになっていました」
「「「―――」」」
死んでいた? なんで今? あと三か月残ってたんじゃなかったのか?
浮かぶ疑問は声にならず、ひなさんの説明を待った。
「ご遺体に遺っていた思念をコウが読みました」
ひなさんは淡々と説明していく。
「カナタさんはご自分の余命をご存知でした。私達がいなくなってから『オズ』に確認して知りました」
そうか。と納得していたらトンデモナイ話が飛び出した。
「そこでカナタさん自身が『願い』をかけました。――『オズ』消滅と同時に自分の生命と魂を『贄』とすることを」
「は?」「へ?」
自分を『贄』にする!? なんで!?
驚愕している周囲に構わずひなさんは話を続ける。
「カナタさんを『贄』とする術式は『オズ』が消滅することを『鍵』として自動展開していました。なので『オズ』消滅後でも術式は起動し、カナタさんを『贄』としました」
あいつら―――!
やっぱりやらかしてやがった! なにが『「願い」の破棄』は『すべて完了』だよ!
………いや、待てよ。
そういえば「自動展開が設定されたシステムは『残っていない』と判断してもいいか」とか聞いてたな。こういうことか! くそう。やられた!
おまけに「先程『管理者』に命じられた分の『保志叶多の願いの破棄』」と言っていた。つまりはあの『異界のなかの異界』で『命じられた分の願い』は間違いなく破棄したが、その後――俺達がいなくなった後で新たにかけられた『願い』は残っていたということ。
くっそぉぉぉ! やられた! 違和感にひっかかったのに! 読みきれなかった!
『災禍』消滅や妻に関係ない事柄だったからよかったが、そんなものは結果論だ。もしも保志が違う『願い』をかけたならば妻に危険が及んでいた可能性がある。そんなことになっていたら俺は悔やんでも悔やんでも悔やみきれない!
己の未熟に憤慨している間にもひなさんの話は続く。
「おそらく『オズ』消滅後に目にしたのはカナタさんの霊魂です。
高校生の頃の姿だったのはおそらくは『オズ』と混同させるためでしょう。カナタさんと『オズ』と、どちらの発案かはわかりませんが」
そうして発見を遅らせるつもりだったと、そういうことか。
「カナタさんを死亡後すぐに『贄』に――エネルギーに変換しなかったのは、おそらくは『オズ』の術式です。
自分の最後を見せたかったのだと推察します」
もしくは保志が見たがったか、だな。タカさんが上がってきたときにそんなこと言ってたもんな。
「このカナタさんがすでに死亡していること、魂はもう存在しないことは私達にはわかりました。でも三上女史には理解できなかった。タカさんは諦められなかった」
「そして、タカさんがカナタさんのご遺体をこちらへ横たえ、心臓マッサージを始めました。それを見て三上女史が救急車要請の電話をかけました。救急隊が入れるように玄関を開けたままにしたのは三上女史です」
そのおかげで俺達もすんなりここに来られたと。
そしてこのあと救急隊が来ると。面倒だな。
まあ救急隊やら警察やらはヒロがどうにかするだろう。俺は妻とトンズラここう。
「こちらに戻ってきた三上女史に電話がかかってきました」
「デジタルプラネットのシステムエンジニアさんでした」
「オンライン版の『バーチャルキョート』のデータが消えはじめたとの連絡でした」
「は!?」「え!?」
思いも寄らない話にスマホを取り出す。が、時間停止の結界のなかではオンライン版のゲーム画面も固まったまま。『消えはじめた』という状況を確認することはできなかった。が、ひなさんがそう言うなら間違いないんだろう。
「オンライン版『バーチャルキョート』は『現実世界』と同様、長刀鉾の注連縄切りと同時に桜の花びらが降っていました。それが、ある時間を境として、花びらが触れたところからデータが消えていったそうです」
「記憶を『視た』コウによると、カナタさんの絶命を『鍵』として発動するようシステムが組まれていたそうです」
「システムを設定したのは先程『異界のなかの異界』にいたとき。桜吹雪を降らせるシステムに組み込んだと」
「デジタルプラネットのひとが必死に対応したのですがまったく歯が立たず、データがどんどんと消えていく。『助けを呼ぼう』と思いつき、浮かんだのがタカさんだったそうで、三上女史に『タカさんに連絡を取って欲しい』と電話がかかってきました」
「すぐさまタカさんはこのパソコンで対処に取り組みました。カナタさんの心臓マッサージはコウが代わりました」
「ですが、タカさんでもデータ消失を止められなかった。そこでタカさんが『トモを呼んでくれ』と指示を出し、私がヒロさんに電話をかけた、ということです」
「以上です」と話を締めるひなさん。
「つまり?」
菊様のさらにまとめろとの言外の指示に、ひなさんは再び口を開いた。
「保志叶多は死亡しました。
その身はこのあとの手続きに必要なため遺しましたが、残っていた霊力も魂もすべて自ら『贄』とし、元素に還りました」
「現在の問題は『バーチャルキョート』のシステム崩壊です。タカさんだけでは止められない。ですね?」
ひなさんの確認にうなずくタカさん。
そしてまた俺の前で土下座してきた!
「頼むトモ! お前の協力がないと止められない! 『バーチャルキョート』のシステム崩壊食い止めるの、協力してくれ!」
「イヤだから頭上げてよ」
「頼む!」
「イヤだからさ?」
なにを言っても頭を上げないタカさんの頭に話しかける。
「『バーチャルキョート』のシステムのことはデジタルプラネットの担当者が対処すべきでしょ? 俺は部外者だよ?」
そう説明したのに顔を上げたタカさんは「無理だ」と断言する。
「カナタの組んだ崩壊システムだ。食い止められるのは世界でも限られた人間しかいない」
「この場で対処できるのはオレとトモだけだ」
「……このシステム崩壊は保志の仕業だと?」
「そう」
普段は見られない真剣な顔でタカさんは肯定する。それなら。
「なら崩壊させたらいいんじゃないの?」
「保志がそう望んだってことだろ?」
そう判断したのにタカさんは「違う」と言う。
「オレを信じてくれたからだ」
「オレとトモなら止められると信じてこんなシステム組んだんだ」
「なんだよそれ」
「意味わかんないんだけど」
ムスッとそう返せばタカさんはキチンとした正座の姿勢になり、眼光鋭く告げた。
「これはカナタからの挑戦状だ」
その迫力に気圧されて黙っていたらタカさんはさらに言った。
「カナタはオレ達がシステムに侵入していたことに気付いていた」
「『異界』で自分の攻撃に対応していたのがトモだと知っていた」
「オレとトモならこの崩壊システムを止められると信じてくれたから実行したんだ」
「意味わかんないんだけど」
正直にツッコミを入れたがタカさんは揺るがない。
「会社を――デジタルプラネットと『バーチャルキョート』を守るためだ」
きっぱりと断言し、説明した。
「今回二百人の人間が一度に行方不明になった事件。これまでの行方不明者の件。
そのすべてを『姫と守り役がずっと追っていた悪しきモノ』を元凶とすることで話がついている」
「誰と」
「ハルと菊様」
「いつそんな話したんだよ」
「お前が竹ちゃんとご挨拶行脚してる間」
「教えてよ」
「時間無かっただろ」
「……………まあ、そうだけど」
ブスッと黙ればタカさんは話を続けた。
「カナタはそいつに身体を乗っ取られて利用されただけだとすることをさっきカナタに説明した」
「聞いたカナタは『だろうな』と言った。――今回の事態をそう片付けると予測していた」
あの時間でそんなところまで考えてたのかよあのジジイ。
「結末を予測したカナタは話をそう持っていかせようとしたんだ」
「『身体を乗っ取られたカナタがせめてもの抵抗として足掻いた』と見せようとしたんだ」
「『悪しきモノ』に『バーチャルキョート』を利用されるくらいなら、これ以上生命を奪われるくらいなら、『利用されないように壊してしまおうとした』と見せようとしたんだ」
「そうすることでカナタを『殺人犯』や『サイバーテロ犯』ではなく『身体を乗っ取られた被害者』とし、カナタ個人やデジタルプラネットへの批判も責任請求も減らそうとしたんだ」
「遺される社員達のために」
そんな身勝手な。と俺は呆れたのに他の面々には納得の理屈だったらしい。誰からも責める言葉も罵倒の言葉も出なかった。