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第二百十二話 注連縄切り

 ひなさんにそれぞれがやるべきことを指示される。ナツ、佑輝、晃は高霊力が放出されたあと『悪しきモノ』が暴れ出した場合に備えるよう指示された。それを見張るために俺と白露様は今から『風』を展開し、緋炎様とヒロは式神を飛ばし、各地をくまなく見張ることを求められた。


 言われたとおりザッと『風』を展開。郊外はいつもどおりののどかな光景が広がっている。が、市内中心部はこれから始まる山鉾巡行への期待に盛り上がっている。


 ゲームの『バーチャルキョート』はひなさんが確認しては報告を上げている。ゲーム画面の中ではバージョンアップ後の賑わい以外に山鉾巡行へ向けての準備が行われていた。

『現実世界』のほうは晃がスマホで実況生中継を流している。こちらも着々と準備が進められていた。


「菊様」

 ひなさんに声をかけられ菊様が目を向けた。


「『異界』のほうの『バーチャルキョート』の様子を視ることはできますか?」

「できるわよ」


 あっさりと答えた菊様は鏡に手をかざした。しばらくなにかしていたが、その鏡面を自分の正面に向けた。

 と、空中にモニタが現れたかのように映像が映し出された。


 誰もいないはずの街に動くものがある。

 山鉾とそれを曳くであろう黒い影のような人間の形をしたモノ。それぞれの山鉾の浴衣や法被(はっぴ)を着て巡行のための準備をしていた。



 もう間もなく山鉾が動き出す。

 緊張感に包まれる俺達をよそに『災禍(さいか)』は至って普通の顔をしてただじっとどこかを見つめていた。

 その様子からはなにかをやらかす気配は見られない。が、土壇場でなにが起こるか誰にもわからない。


 もう少し。もう少しだ。

 もう少しでなにもかも終わる。


 緊張で汗がにじむ。日差しは時間が経つにつれ厳しくなり、気温はグングン上がっている。口の中がカラカラなのに気付いた。


 もう少しで終わるという高揚。彼女の責務が果たせるという期待。これからも彼女といられるという希望。そんなものが身体の中に湧き上がる。

 と同時に、少しのミスがこれまで積み上げてきたなにもかもを壊す気がして身体がすくむ。


 ―――ダメだ。これではマズい。一度緊張を取らなければ。

 そう思うがうまく身体が動かない。汗だけが流れる。

 マズい。マズい。どうする!?


 ―――迷ったら基本に返る。

 基本。基本。―――呼吸。


 吸って、吐いて、と意識して深く深呼吸を繰り返す。そうしているうちに自分の霊力の流れも感じられるようになった。


「―――暑いですね」

 ひなさんがポツリとつぶやいた。


「皆様一度水分補給をしましょう。熱中症になってはマズいです」


 冷静なひなさんの指示にそれぞれアイテムボックスからペットボトルを取り出し水を飲んだ。もちろん竹さんの水。飲むだけで水分補給だけでなく霊力補給にもなる。


 水を飲んで軽く身体を動かす。愛しい妻にもうながしてストレッチをさせる。緊張感は必要だが緊張しすぎて動けなくなってもマズいからな。

 そんなことをしていたらひなさんが俺と黒陽に「ミストシャワーお願いします」と指示してきた。


「ミストシャワー?」

「いつも竹さんにしてあげてた霧のヤツです」


 最初は理解していなかった黒陽だがその説明に納得した。

「ふむ」とひとつうなずき、すぐさま霧を発生させる。状況確認の『風』はそのままに新しく『風』を起こし全員に行き渡らせる。

「ひゃー!」「気持ちいい!」

 ご好評いただけたようだ。愛しい妻も気持ち良さそうにしている。実際俺も気持ちいい。暑さに火照った身体が落ち着いていく。


 わあわあと騒いでいたそのとき。ひとが上がってくる気配がした。ミストシャワーを止め屋上入口の扉に目を向ける。他の面々も当然気付いている。誰が上がって来ているのかも。


 姿を現したのはタカさん。保志と一緒にいると言っていたのに、どうしたんだ?


「おつかれー」といつもの調子で軽く手を上げたタカさんはまっすぐに菊様のところへ向かった。


「カナタ疲れて寝ちゃったからこっちに来ました」

 菊様に報告し「一緒に見届けてもいいですか?」と許可を取る。


『風』を社長室に飛ばす。タカさんの言う通り保志は椅子に身体を預け眠っていた。


「目が覚めたらなんかしでかすんじゃないの」

 そう指摘したらタカさんは苦笑を浮かべ「かもな」とあっさり答えた。


「でも、カナタが願ったんだよ。『三十年付き合わせたソイツの最後を見届けてほしい』って」


「だから来た」とタカさんは言った。

 視線を向けられた菊様が「まあいいんじゃない」と許可を出してしまった。

「ありがとうございます」と頭を下げるタカさんについ不平不満が湧き出る。


「自分で来ればいいじゃないか」と文句を言えば「もう動くのもしんどいって」と返ってくる。こんなときだけジジイアピールしやがってあのジジイ。


 ムカついていたらひなさんの声がかかった。


「巡行開始しました」


 その言葉にピリッと緊張感に包まれる。


「『異界バーチャルキョート』、ゲーム『バーチャルキョート』、同じタイミングで進行しています」


 ひなさんが報告を上げる。『風』で俯瞰(ふかん)で視ていると大きな山鉾がギシリギシリと音を立てながらゆっくりと動いているのがわかる。一様に四条通のスタート地点を目指している。



 緋炎様と蘭様が刀を取り出した。それを見た黒陽も同じように『紫暮(しぐれ)』を取り出す。霊玉守護者(たまもり)の仲間達も霊力の刀を出し握った。


《『紫吹(しぶき)』》

 俺も『紫吹(しぶき)』を取り出し握る。


《頼むな》

 念じると《まかせろ》と返ってきた。


「竹さん」

 コソリと妻に耳打ちする。

 緊張でこわばっている妻が目だけを俺に向けた。


「念の為に笛、出しといて」

 俺の言葉に『そうだ!』と顔中に書いた妻がびょっと跳ねた。そしてあたふたと笛を取り出す。

今度はしっかりと俺に顔を向けた妻が力強くうなずく。かわいい。


「もう少しだよ」

「がんばろうね」


 そっとささやくと笛を構えた妻が「うん」とうなずいた。



 誰もが緊張しながら見守る中、ゆっくりと、ゆっくりと山鉾は進む。やがて四条通に数台が連なった。その先頭を進むのは稚児を乗せた長刀鉾。ギシリ、ギシリときしむ大きな車輪。軽妙なお囃子。見物客からはさかんな拍手が起こる。


 ゲームの『バーチャルキョート』では参加希望のアバターが山鉾を曳いていた。こちらのお囃子はNPC。鉾に付随しているかのように各鉾町の浴衣を着た同じ顔の人形が『現実世界』と同じメロディを奏でている。


 菊様が映し出している映像で『異界(バーチャルキョート)』でも同じタイミングで巡行が進んでいるとわかる。


 それぞれの『世界』で同じタイミングで巡行は進む。やがて長刀鉾が四条通を横切る注連縄の前に到着した。

 鳴り続けるお囃子をバックミュージックに、紙垂(しで)がいくつも下げられた注連縄が斬りやすいように稚児の前に置かれた台の上に引き寄せられた。

 大人に支えられた稚児が手にした刀をゆっくりと抜いた。抜き身の刀を両手で握り、右へ左へと動かし、正面に構え―――


 ―――タンッ!


 三つの『世界』の注連縄が同時に切れた!

 ワッと歓声が起こるより早く『異界(バーチャルキョート)』と『現実世界』の街中に張り巡らされた陣が淡く光った!


 映像の中の『異界(バーチャルキョート)』の街並みが地面に光る陣に足元から照らされる。――いや、違う。照らされているんじゃない。実際光っている。


 道路が、ビルが、街路樹が。

異界(バーチャルキョート)』を構成するすべてが淡く光り粒子になっている!

 まるで細胞分解が行われているかのようになにもかもが光る粒になり地面の陣に吸い込まれていっている。

 みるみる街並みはなくなり、光る粒も消えた。淡く光っていた陣も消え、映像はただの真っ暗な画面になった。


 それに反比例するように目の前に広がる『現実世界』の京都の街に広がる陣の光は強さを増し、映像が真っ暗になると同時にカッと光った!

 街中に張り巡らされた陣から強い光が放たれる! 高霊力がドッと吹き出した! 咄嗟に身構える。展開している『風』に集中! ―――が。


「―――あれ?」


 突風のような衝撃は一瞬で終わった。

 

「………え?」

「終わり?」


 蒼真様が、佑輝が、思わずといった様子でつぶやきを落とす。それは全員の内心を代弁したものだった。


 え? あの一瞬だけか? これで終わりか? あれだけの『異界』を構成してたのならこんなもんじゃないだろう。まだなんかたくらんでるのか? なにかやらかすために霊力取ってんのか?


 キョトキョトとあちこちをうかがう俺達に構うことなく『災禍(さいか)』はくるりと振り向き菊様に告げた。


「完了しました」


「『異界(バーチャルキョート)』を構成していたすべてをエネルギーに変換し、『現実世界』に放出しました」


 なるほど。『異界(バーチャルキョート)』を映していた映像が真っ暗になったのは存在が無くなったからだと。そして『異界(バーチャルキョート)』を構成していたすべてを放出したのがさっきの光だと。


 だが、本当にエネルギー放出があったのか? それにしては街の霊力量、そんなに変化なくないか?


 警戒していたそのとき。


 ふわりと。

 なにかが舞い落ちてきた。


 ふわり。ふわり。

 天高くからなにかが舞い落ちる。

 まるで雪のように。はらはらと。ひらひらと。


「―――桜―――!」


 巡行する山鉾の上にも、見守る見物客の上にも桜の花びらが舞い落ちる。

「えー! すごい!」「なにこれ!」「観光協会の演出!?」見物客のあちこちから感嘆の声が上がる。


 街中に。山の中に。川面に。神社仏閣の境内に。道路に。線路に。住宅街に。京都のありとあらゆる場所に桜の花びらが降り注ぐ。


「ふたつの『異界』のすべてと鬼の『世界』に展開していた門。これらを純粋なエネルギーとして一気に放出するのは危険だと判断しました」


 菊様に向け『災禍(さいか)』が淡々と報告する。


「そこで極微量のエネルギーで花びらを構成し、時間をかけて還元する方法を採用しました」


「つまり、この花びらは霊力の結晶なのね」

「はい」


 ほとんどの花びらは上空の高い位置に留まっている。地上から何も知らない人間が見たらただの雲にしか見えない。そこからこぼれた一部の花びらが俺と白露様が状況把握のために展開している『風』に乗ってゆっくりと中空を舞い、現在も降り落ちている。


「これならば『管理者』の希望する場所に希望する量のエネルギーを注ぐことが可能です」


「気が()くじゃないの」

災禍(さいか)』の提案に菊様は満足気だ。

「ご苦労」とニヤリと笑い、俺と白露様に顔を向けてきた。


「智白」

「は」

「アンタは『風』を収めなさい。―――白露」


 指示に従い展開していた『風』を止める。白露様は菊様の指示に従い『風』を操作する。神社仏閣や『(ヌシ)』のいる『場』などに多く届けているようだ。


 そうはいっても薄くちいさな花びらなので、白露様の『風』からこぼれてあちこちに降り注ぐ。はらはらと。ひらひらと。

 俺達のいるデジタルプラネット屋上にも桜の花びらが舞い落ちてきた。


 まるで映画のワンシーンのような、幻想的な光景。

 ゆっくりと降ってくる桜の花びらを手のひらで受け止めてみる。と、雪のように消えた。

 ほのかに霊力を感じる。が、本当に微々たるものだ。なるほど。これならば一般人にも影響はないだろう。


 ふと隣に目を向けると、愛しい妻が楽しそうに桜降る空を見上げていた。

 俺の視線に気付いた妻が顔を向けた。そして。


 ふんわりと、微笑んだ。花がほころぶように。


 ―――ああ。あのときみたいだね。

 初めて逢った、あの船岡山。

 あのときも貴女は桜に囲まれてた。


 貴女の姿をこの目に入れたあの瞬間、俺はとらわれた。

 貴女のことしか考えられなくて、そばにいたくて、ただただ貴女が愛おしくてたまらなくなった。


 貴女を好きになった。ひとを愛することを知った。ポンコツになった。自分がどれだけ駄目か突きつけられた。

 情けなくて、悔しくて、でも諦められなくて。

 がんばった。がんばってがんばってがんばった。

 その甲斐あって貴女といられるようになった。


 そばにいられるようになった。一緒にメシ食って、話をして。知らなかった貴女をどんどんと知ることができた。

 知れば知るほど好きになった。愛おしさに底はないのだと知った。恋人ごっこをし、恋人になり、夫婦ごっこを経て夫婦になった。


 俺の妻。俺の唯一。ただひとりの愛しいひと。


『呪い』は解けた。責務もあと少しで完全に終わる。これでこれからも一緒にいられる。この愛おしい妻と。


 ああ。いつか誰かに言われた。『願い』はいつか『叶うこともある』。


 本当だな。

 あれだけ絶望的に思えたことが、すべて叶った。

 彼女のそばにいることも。彼女の責務を果たすことも。『呪い』を解くことも。彼女に好きになってもらうことも。すべて。


 そっと左手を差し出す。彼女はすぐに気付いてくれた。

 そっと彼女の右手が俺の左手に触れる。ぎゅっと握り締めると彼女はうれしそうに微笑んだ。


「綺麗ね」

「そうだね」


 しあわせそうな彼女に頬が勝手にゆるむ。

 彼女はそっと頭を俺にもたれさせた。

 愛おしくてしあわせで、胸がいっぱいになった。 

 世界中のありとあらゆるものに感謝したくなった。


 ふたりで一緒に空を見上げた。

 舞い降る花びらはあの結婚式のときのよう。

 まるで俺達を祝福してくれているようだった。

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