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第二百十話 『異界』の後始末

トモ視点に戻ります

 全員で手を繋ぎ『扉』である壁にかかった桜の写真に触れる。なんの抵抗もなく『異界(バーチャルキョート)』の角部屋に移動した。


 保志と『災禍(さいか)』はこの『異界のなかの異界』に自由に出入りできるから本来は手を繋ぐ必要はなかったが、先に行かせても最後に来させるにしても不安が残ったために全員の中ほどの位置で手を繋がせた。タカさん、保志、『災禍(さいか)』、晃の順。信頼度の問題か、特に文句を言うことも暴れることもなく大人しくしていた。


 タカさんと晃には大人しく対応している保志だが、俺には変わらず憎ったらしい顔で(にら)んでくる。こっちとしてもジジイを許せないから睨み返す。そんなやりとりはすぐにタカさんにバレる。

「カーナータ。そっちは放っときなって。こっち来て」

 そう言って保志を連れて行くときに俺にお叱りの目を向けてくる。俺は悪くないぞ。悪いのはそのジジイだ。


 フン。と睨み返す俺に愛しい妻がそっと寄り添ってくれる。

 心配そうに「大丈夫?」なんてたずねられたらそれだけで(すさ)んだココロが癒される。俺の妻、天使。


「ゴメンね。大丈夫」

「ホント?」

「ホント」


 ジジイはタカさんに一任して、俺は妻のことだけを考えないとな。


 その妻に一番危害を加えそうな『災禍(さいか)』は菊様の命令で桜の写真に手をかざしていた。

「完了しました」

「この写真を『扉』として展開した『異界』を構成していたすべてをエネルギーに変換しました」


 ホントかよ。


 あまりにも簡単にあっさりとしている。

 だが他ならぬ菊様が「ご苦労」と満足そうにうなずいていることから間違いないと思われる。


「じゃあ次の手順に移りなさい」

「はい」


 うなずいた『災禍(さいか)』が窓際に移動する。

 窓と壁は先程蘭様が破壊したが、腰の高さほどまで修復が進んでいた。自己修復機能はちゃんと仕事をしていたらしい。

 その壁際に立った『災禍(さいか)』が壁に触れる。のたりのたりと進んでいた壁の修復が止まった。す

 そのまま『災禍(さいか)』が両手を外に向けて差し出した。


 と、その手のひらからナニカの粒子が広がった。先程言っていた『異界』を閉じたことによって得たエネルギーだろう。

 窓の外に吹き出した粒子はダイヤモンドダストのようにキラキラと夜の闇にまたたき、すぐに空気に溶けていった。


 かたや菊様は鏡を壁面に向ける。と、プロジェクターで投影したように映像が映し出された。

 映し出されたのは上空から見た京都の街。中心部を囲うように出現していた門が粒子になって消えていく。


「京都市中心部に展開していた結界と鬼を呼び寄せる『門』及び『鬼の世界』に展開していた『門』と『鬼寄せの香』をエネルギーに変換しました」

「これにより『鬼の世界』との結びつきは解除されました」

「今後『鬼の世界』とつながることはありません」


 菊様が黄金色の眼でじっと鏡を見つめる。どうやら『災禍(さいか)』の言葉に嘘はないと納得できるナニカが視えたらしい。「よし」とえらそうにうなずいた。


「続いて山鉾巡行の準備に入ります」


災禍(さいか)』の宣言のあと、壁面の映像に動きが起こった。

 ちいさな粒子がどこからか集まりくっついていく。くっつきくっつき、次第に塊になり形を作っていく。

 そうして『現実世界』と同じ場所に同じ山鉾が立ち並んだ。と同時にそれを曳くであろう黒い影のような人形(ひとがた)も現れた。ご丁寧にそれぞれの山鉾の浴衣や法被(はっぴ)を着ている。


「ゲームの『バーチャルキョート』上も山鉾巡行の準備が始まっています」

 ひなさんが菊様に報告する。そういえばゲーム内でも巡行するんだったな。すっかり忘れてた。


「白露」

 菊様に声をかけられた白露様が『災禍(さいか)』になにかを手渡した。―――霊玉?

 先程打合せていたらしく『災禍(さいか)』はなにも言わずそれを受け取り、ぽいっと外に放り投げた。


 え? と疑問が声になるより早く、霊玉が大きくはじけた!

 パアァン! と大きな音と同時に水しぶきが飛び散る!

 あの竹さんをとらえていたワンフロア分の『水』が出てきたときの再現のように水の塊がドッと中空に広がった。

 滝もかくやとばかりに落ちていった水は三階あたりから雨に変じ広範囲の地面に吸い込まれていった。

 激しい雨粒が地面に消えるのを『災禍(さいか)』はじっと見つめていた。


 と、壁面の映像に変化が現れた。

 京都の街を碁盤の目に区切る道路が淡く光りはじめた!

 回路に光が走るように道路を光が走る。その様子に『もしや』と気付いた。


「―――例の『陣』か?」

 そっと黒陽にたずねると「そうだ」と答えが帰ってきた。


「例の『霊力水』の代わりに私が生成した水を流し込んでいる」


 やっぱり黒陽の出した水か。はじけたときにかすかだが黒陽の霊力を感じたのは勘違いではなかったらしい。

「菊様に命じられて先程用意した」

 俺達がご挨拶にひいこら言ってる間、先に戻った黒陽はアイテム作りやらなんやらとこき使われていたようだ。人遣い荒いなあの女王。


「『現実世界』にも同様に水を流し込む。そうすることで術のかかりが良くなるし、ムラもなくなるはずだ」


 なるほど。要は回路の詰まりが起きる可能性を減らすと。同じ『水』を浸透させた陣ならば親和性もより強くなるから術の効きも上がると。

 念には念を入れた対策に感心する。妻も「ほわあ!」と感心しきりだ。


「黒陽、すごい!」

 手放しで褒める妻に守り役は生真面目に「イエ」と首を振った。

「私ではなく、ひ「ゴホン」


 ひなさんが咳払いをする。不自然に。

 ははあ。ひなさんの策か。そして『言うな』と。『黙ってろ』と。ハイハイわかりましたよ。まったく。自分の功績をもっと誇っても自慢してもいいのに。


 笑顔でギロリと(にら)んでくるひなさん。ハイハイ黙ってますよ。

 そんなひなさんに愛しい妻は気付かない。言葉途中だった守り役にキョトンと首をかしげた。


「『ひ』?」

「ひ………ひ………姫の代わりに私が作っただけのことです。ですから、ええ、褒められるほどのことでは、ないと」


 苦しそうな言い訳にもうっかり者の妻は納得した。

「ありがとう黒陽」なんて純粋に感謝を述べている。かわいい。

 黒い鎧のオッサンは明後日の方向を向いて冷や汗を流している。亀のときよりも表情がわかりやすいのはいいことなのか悪いことなのか。まあ妻は気付かないからいいとしよう。


 そんなやりとりをしている間に水は陣のすべてに行き渡った。

「完了しました」あっさりと『災禍(さいか)』が報告してくる。白露様緋炎様に加えヒロもうなずいていることから式神かなんかで確認したんだろう。報告を受けた菊様も黄金色の瞳で鏡を見つめたあと報告をあげた面々に向かってうなずいた。


「これで『異界(ここ)』ですべきことは全部終わりね」

 菊様の確認に「はい」と『災禍(さいか)』が答える。

「『現実世界』の巡行開始と同時に自動展開を設定しているすべてのプログラムが開始します」


 菊様がチラリと目を向けたのはひなさんとタカさん。ふたりも『問題なし』と判断したのだろう。しっかりとうなずいた。


「じゃあ竹」

 突然呼ばれて愛しい妻がピョッと跳ねる。

「結界解除して」

 そういえばここにも結界自動展開したままだったな。『災禍(さいか)』と保志が逃げ出す可能性が万に一つとはいえあったからそのままにしていたんだった。


 菊様の指示で結界が解除された。ホッとする妻の手をこっそりと握り、耳元に口を寄せた。


「おつかれさま」

「ありがとう」


 そっと俺を見上げた妻は、それはそれはしあわせそうに微笑んだ。

 どこか得意げな、それでいて安心したような笑顔に、またしても胸を貫かれた。俺の妻がかわいすぎる。俺のこと殺しにかかってる。どうしよう抱きしめていいかな? むしろキスしていいかな?


「オイ」

「スミマセン」


 パッと妻の手を離し直立不動の姿勢を取る。イカンイカン。妻がかわいすぎておかしくなってた。

 守り役に絞められて挙動不審な俺に愛しい妻は不思議そうにしながらも笑みを浮かべている。うれしそうな彼女を見ているだけで俺もうれしくなる。そうだ。この笑顔を守るんだ。これからもずっとそばにいるんだ。そのために今、確実にやるべきことをやらねば。これからもずっと愛しい妻と共に在るために。


 改めて決意し気合を入れる。集中!

災禍(さいか)』のやること。保志の動き。おかしなところはないか、洩れはないか、見逃さないようにしなければ!

 意識を広く。俯瞰で。客観的に。冷静に。多角的に。

 じーさんばーさんに言われたことを意識して状況を判断する。菊様やひなさんタカさんが判断したとおり、今のところは問題なさそうだ。


 他の姫達も守り役達も『ここでの用事は済んだ』と判断しているのが態度でわかる。じゃあ次の行動にうつそう。まずは『現実世界』に戻らないとな。


 そう考えていたら。


「ちょっと、いいですか」


 挙手した晃に全員の注目が集まった。

 そんな中、晃が言った。、


「この『異界(せかい)』の浄化をさせてもらえませんか?」


「『浄化』?」

「は?」


 誰もがキョトンとするのに晃は当然のことのように続けた。


「ここで亡くなった方の供養がしたいんです」

「ここで亡くなった方の魂とか思念とか、残ってるかもしれない」

「そういうのをぜんぶ浄化して送りたいんです」


 真摯に訴えた晃はじっと菊様を見つめた。

 釣られるように全員が菊様に注目する。


 じっと晃を見返していた菊様だったが、やがて億劫そうにため息を落とした。


「……まあ、いいでしょう。手早くね」

「! ありがとうございます!」


 パッと顔を上げた晃は緋炎様のそばに行き、なにやらボソボソ相談している。

「いいわ」「やってみなさい」と許可を受け、晃が衣装チェンジした。あれは確か『赤』の神職の衣装。

 一体何をするのかと見守る俺に晃が声をかけてきた。


「トモ」

「この『異界』ぜんぶを巡るように『風』を吹かせること、できる?」


「そりゃ……できるが……」

 なにをするのかと(いぶか)しみながらも答えると「じゃあお願い」と晃は簡単そうに言う。


「トモの『風』におれの『火』を乗せる」

「『風』で動かして『火』で浄化する」


 ………説明されても意味がわからない。

 ただ、やるべきことは理解した。

 了承すると「ありがとう」「お願いね」と微笑む晃。

そうして晃はパンと両手を合わせ、なにやらブツブツ唱えた。


 柏手を打ちながら晃が舞う。ブワリと広がる炎は次第に塊になり細長くなり、二メートルくらいの炎の龍が出来上がった。

 フヨフヨ浮かぶ炎の龍に晃とひなさんが近寄る。

 その頭にふたりのが手を添える。霊力を込めているとわかった。


 やがて手を離したふたり。

「トモ、お願い」

 晃にうながされ、『風』で炎の龍をすくい取る。そのまま操って外に出し、京都の街をまんべんなく暴れさせた。


 その間も晃とひなさんは手を繋ぎなにやらブツブツ言っている。祝詞(のりと)だろう。

 戻ってきた炎の龍はちいさくなっていた。いつもの蒼真様くらいの龍の頭を晃が「ありがとう」と撫でる。そのまま晃の手のひらに吸い込まれるように炎の龍は姿を消した。



「ありがとうございました」と菊様に頭を下げる晃は満足そうだ。やりきった感が顔中に出ている。そんな晃に菊様も鷹揚にうなずいた。


「もういい?」

「はい。ありがとうございました」

「じゃあ、次行きましょう」


 菊様の言葉に全員で動き出す。

 保志の寝室にある『扉』から『現実世界』に移動した。

 そのままゾロゾロと移動する。目的地はデジタルプラネットビルの屋上。まずは黒陽の作った水を『現実世界(こちら)』の陣にも浸透させなければならない。


 応接室を出ようとしたところで保志が「おれはここで待っている」と言い出した。

「タカと話したことを実現するために調べたいことがある」と。


 なんか裏があるんじゃないか? 俺達の目が離れた隙になんかたくらんでるんじゃないか?


 そんな懸念を誰もが(いだ)いたのだろう。お互いにチラリチラリと目配せをしていた。

 そんな中タカさんが軽い調子で言った。


「じゃあオレも一緒に残るよ」


「いいだろ?」

「なんか手続きとかあったら一緒にしちゃおうぜ」

 軽い調子を装いながら保志の様子を探っているのがわかった。

 そんなタカさんの内心を知ってか知らずか、保志は意外なほどあっさりとタカさんの同席に同意した。


 ……疑いすぎか? 考えすぎか?

 これまでのことがあるから余計に保志の行動ひとつひとつが怪しく思えて仕方がない。

 とはいえタカさんが見張っているならば大丈夫か?

 菊様もひなさんもタカさんが保志について残ることに許可を出した。ならば俺が口出しすることもないだろう。

 そう考えて部屋を出る一同についていった。

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