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第三十七話 日曜日 タカさんの話 5

「彼女を諦めるなんて、できない!」


 覇気のこもった宣言に、タカさんも黒陽も黙って俺をじっと見つめていた。


 と、黒陽の表情が変わった。


「……………はあぁぁぁぁ〜………」


 黒陽は目を細め、生温かい眼差しを俺に送ると、それはそれは深ぁーいため息を吐いた。

 そしてふるふると首を振る。


「……………またしてもお前は……………」


 何だよ? 何なんだよ!?


「――変わらない変わらないとは言ったが、ここまで変わらないものか…」


 は?


「人間、一、二度死んだくらいでは変わらないと理解していたつもりだったが。

 まだまだ私も甘かったな。よくわかった」


 ウンウンとひとりで納得している。

 何だよ? 何なんだよ!?


「前も?」

「そう」


 タカさんの短い問いかけに同じように短く答える黒陽はガックリと首を落とした。


「智明のときも青羽のときも。

 同じように『諦められない』と言って。

 同じように『生まれ変わるなら待つ』と言って。

 実際こうしてまた巡り会い、そして同じことを言う。

 お前がしぶといのか、しつこいのか、はたまた『半身』だからなのか……」


 ブツブツとつぶやいて、また「はあぁぁぁぁ……」とため息を落とす。


 そうしてグッと頭を上げた。


「仕方ないな。『半身』だものな」


 諦めたような、納得したような声だった。

 なんか馬鹿にされてる気がするが、大人しくうなずいた。



「じゃあ、どうする?」

 タカさんの唐突な問いかけの意味がわからず黙っていると、タカさんは続けた。


「『諦められない』『強くなる』

 で、そのためにどうする?」


「―――」


 どうする? どうしたらいい?

 ああ。また元に戻ってしまった。

 ここ数日ずっとこんなかんじだ。

 どうにかしたいのに、どうにかしなきゃと思うのに、どうしたらいいのかわからない。


 ぐるぐるしていたら、黒陽が言った。


「とりあえず、霊玉を渡せ」

「―――!」


 息を飲む俺に、黒陽は冷静に言った。


「霊玉を渡すことで霊力が変化する。

 一度落ち込むが、元の霊玉があった状態を覚えているお前の身体ならすぐに元に戻せる。

 うまくいけば今以上に上げることができる。

 強引なやり方にはなるが、とりあえずそれで霊力を上げろ」


 霊玉を手放すことで霊力を上げるきっかけにしろと言うことらしい。


「……それ……だって……竹さんは……」


 霊玉の件が片付いたら、またひとりでどこかに行くんじゃないのか? 疲弊するんじゃないのか?

 心配でおそるおそる問いかけたら「しばらくは大丈夫だ」と黒陽は答えた。


「昨日今日とお前の話を聞いて『バーチャルキョート』が関わっている可能性がより高まった。

 調べるのも追い詰めるのも、晴明と保護者達の力がないとできない。

 だから姫が今いる離れから出ていくことはない」


「ちょうど昨夜西の姫からもきつく念推しされたしな」と黒陽が言う。


 先日の約束どおり、ハルが西の姫に連絡をとってくれたらしい。

『きつく』というところに力が入っていた。

 相当強く言われたようだ。


 それなら、大丈夫か?

 安倍家を出ていくことは、ないか?


 それでも心配でぐるぐるしていたらタカさんも口を開いた。

 

「アキちゃんが竹ちゃんのこと縛りつけてるから。

 ちゃんと朝ごはんと夜ごはんは食べるように言いくるめてる。

 そこはアキちゃんを信じていいと思うぞ」


 なんでも『竹さんの家族から竹さんを預かっている責任がある』『これは家と家の契約だ』と竹さんに詰め寄って納得させたらしい。すごいなアキさん。


『自分がいなくなったらアキさんに迷惑がかかる』と竹さんは思っているらしいとふたりとも言う。

 だから安倍家を出ていくことは今のところ無いだろうと。



 そこまで説明されて、やっとココロが納得した。

 彼女はあの離れを出ていかないと、無茶はしないと、大丈夫だと、やっと心の底から納得できた。


「……それなら、渡す」


 スコンと、言葉が落ちた。

 ココロもようやく落ち着いた。

 そんな俺に黒陽もタカさんもホッとしたようだった。



 黒陽がやるべきことを教えてくれた。

「霊玉を渡して、まずは『(うつわ)』を大きくする修行。それで霊力を増やす。

 増やせるだけ増やしてから戦闘訓練や術の修行をしよう。

 青羽のときは白露が休眠していていなかったが、今は白露がいる。

 金属性のお前に修行をつけるならうってつけだ」


「もちろん私も協力するし、緋炎にも協力させる」

 黒陽がそううけおってくれる。


「……ありがとう」

「なに。姫のためだ」


 フン。とえらそうに首を上げる黒陽になんだかおかしくなった。



「修行もいいけどな」

 と、タカさんが口をはさんできた。


「竹ちゃんとも話をしろよ?」

「話?」

 なんの? と思ったのは伝わったようだ。

 タカさんが苦笑をうかべる。


「彼女がどんなことを考えていて、何を必要としているのか。

 どんなことに苦しんでいて、何を求めているのか。

 それは、本人にしかわからない。本人と話さないとわからない。違うか?」


「……違わない……」


 考えてみたら、俺、彼女とロクに話をしていない。

 初めて会った船岡山では俺はが名乗っただけだし。

 次に会ったときは術を破綻させた。

 一昨日、昨日と彼女に会えたけど、話らしい話をしていない。

 今日だってそうだ。一緒に家事しただけで、話はロクにしていない!


 ていうか。


「話……って、どうやればいいの……?」


 何を話せばいいのか。どんなふうに話を持っていけばいいのか。何を話題にすればいいのか。

 いざ話をしようとすると、何ひとつわからない!


 あああ! 顔が赤くなる! でもどうにもならない!

 そんな俺に黒陽もタカさんも呆れた顔を隠さない。


「コホン」タカさんがわざとらしい咳払いをした。


「ここ三日、竹ちゃんとはナニ話したんだ?」

「……竹さん、すぐに寝たから……」

「「……………」」


「……そういえば私とお前は話をしたが、姫は聞き役に徹していたな……」


 そうなんだよな。

 俺と黒陽が話してるのを竹さんはニコニコ聞いてたんだよな。

 それだけでうれしくてしあわせで満足して、話す必要性を感じなかった。


 俺は余程情けない顔をしていたのだろう。タカさんは苦笑を浮かべ、腕を組んだ。


「そうだなぁ……。『普段なにしてんの?』とか『好きな食べ物は?』とか」

 ガッ! と前のめりになる俺にタカさんも黒陽もどん引いた。が、構っていられない!


「それで!?」

「そうだなぁ……。自分のことも話したり?」

「なんて!?」

「パソコン関係が得意とか」

「うん」

「得意料理とか」

「!」

 なるほど!

 ウンウンとうなずく俺にタカさんがまた笑う。


「責務のこととかはあまり話さないほうがいいかもな。

 竹ちゃん、真面目だから思いつめるかも」

 なるほど。


「昔のことを聞くのはアリです?」

「別に構わんと思うぞ。

 聞かれないから話さないだけで、秘密にしていることはなにもない」

 タカさんの問いかけに黒陽がそう答える。


「ただ、智明や青羽のことは言わないでほしい。

 なにがきっかけで記憶の封印が解けるかわからない」

 なるほど。


「わかった」と了承すると、タカさんが「よし!」と膝を叩いた。


「じゃあさっそく実践しよう!」

 は?


「黒陽様。結界解いてください」

「ウム」

 俺が下に行っている間に竹さんの周囲に黒陽が結界を張っていたらしい。

 防音結界? それであんなにしゃべっても騒いでも竹さん起きなかったのか。


 パチン。ナニカが解ける感覚がした。


「さーて。一段落ついたし。おやつでも食べようかなー」

 わざとらしい大声に竹さんが身じろぎした!

 起きる!?


「黒陽様。アキちゃんが渡してたおやつ出してください」

「ウム」

 黒陽が取り出したのはパウンドケーキだった。


「トモ。皿貸して。ついでにコーヒーおかわり」

「わ、わかった」


 空いたカップを盆に集めていると。


「んん……」

 竹さんがちいさく声をもらした。


 見ると竹さんは眉を寄せて口をへの字にしていた。

 しかめっ面! かわいい!


「んん」とうなりながら竹さんはモゾモゾと布団の中に潜り込んでいく!

 俺のベッドの上に丸い団子が出来上がった。


「あー。起きないかー」

「……姫がこんなに寝るなんて……」

 黒陽はなんか感動している。目がウルウルしてるぞ?


「――とりあえずコーヒー入れてくるよ」

「だな。頼む」

「姫はミルクティーで」

「了解」



 竹さんを起こさないようにそっと階段を下り、大急ぎでコーヒーを淹れる。

 二階に戻ったときには、彼女はベッドの上でぼーっと座っていた。


「サンキュ」

 タカさんに声をかけられ、テーブルにタカさんのカップと黒陽の猪口(ちょこ)と皿を置く。


 自分のカップはモニタを並べている机に置く。

 竹さんのカップはどうしようかな?

 チラリと竹さんをうかがう。と、目が合った!


 へらり。


 俺の顔を認識したらしい竹さんが、笑った。


 笑った!

 かわいい!


 笑顔になったかわいいひとは、笑顔のまま目が細くなっていき、またベッドにパタンと横たわった。


「こりゃ起きないな」

「姫がこんなに寝るなんて……!」


 黒陽が感極まったように喜んでいる。

 寝ただけで喜ばれるとか。普段どんなだよ。


「霊玉渡す話とかしときたかったけど、これじゃあ無理かなぁ」

 ポツリとタカさんがつぶやいた。


 と。


 パチッと竹さんの目が開いた!

 あ。と思った途端、ガバリと竹さんがその身を起こした!

 そのままキョロキョロと辺りをうかがい、じっと見つめる俺と目が合った!


 パチパチとまばたきをしていた竹さんはカチンと固まり。

 サーッと顔色を変えた。


「………私………、また、寝てました………?」

 答えられなくてそっと目をそらしたら、彼女はさらに青くなった。


「ご……ごめんなさい!」

 ガバリと土下座する! なんか昨日もみたぞこれ!?


「ごめんなさい! ごめんなさい!

 皆さんがお仕事されてるのに、寝てしまうなんて私……! 本当にごめんなさい!」

「だ、大丈夫です! 気にしないで!」

 あわてて手を振ったけど、彼女は頭を下げたままで見てくれない。


「竹ちゃん竹ちゃん。大丈夫だよ!

 黒陽様がしっかり働いてたから。ね! 黒陽様」

「ええ。といっても私もやることはなかったです。

 ですがヒントを得ました。

 来た甲斐はありましたよ姫」


 タカさんと黒陽にそう言われ、竹さんはおずおずと頭を上げた。

 眉が下がってるよ。かわいいなぁ!


 しゅんとして「ごめんなさい」て言うのかわいすぎ!

 抱き締めてなで回してなぐさめたくなる!


「それより竹ちゃん。アキちゃんが作ってくれたパウンドケーキ食べよ。おいで」


 タカさんにうながされ「はい」とベッドから下りる竹さん。素直か。かわいいか。


 彼女の前にカップを置くと「ありがとうございます」と恥ずかしそうにお辞儀をする。

 あ。髪ボサボサになってるな。結び直してあげたいな。


 俺がじっと髪を見つめているのに気づいたのだろう。「ちょっと、失礼します」と竹さんが言い、スルリと髪を結んでいたゴムをといた。


「―――!」


 ――っか、かわいい!!


 髪おろしたのもかわいい!!

 いつもと感じがちがう!

 髪サラッサラだな!


 俺がひとりでアワアワしている間に彼女はササッと髪を手櫛で整えて結んでしまった。


「ハイ」とタカさんにパウンドケーキの皿を渡され「いただきます」とフォークを入れる。

 一口はこんでにっこりと微笑む。

「美味しいです」「よかったね」タカさんと話をする。


 かわいい。

 何してもかわいい。

 あ。またかわいいでいっぱいになってる。

 どうしたらいいんだコレ。


「あ。竹ちゃん。トモ、霊玉渡すって」

「ホントですか!?」


 パアッと笑顔を向けられる! まぶしさに目が潰れそうだよ!


 黙ってコクリとうなずくと、彼女はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」とまっすぐに言われると、すぐに渡さなかった罪悪感で後ろめたい。


「……すぐにお渡しできなくて、スミマセン……」

 かろうじてそう口にすると「いえ」と彼女は微笑んだ。


「じゃあ、いついただくことにしましょうか」

「帰って晴明達に相談しましょう。他の四人も集めないといけないでしょう」

 竹さんと黒陽が話をする。

 また日程が決まったらヒロから連絡をもらえることになった。


「隆弘さんはすごいですね」

 竹さんがタカさんに尊敬のまなざしを向ける。

 それだけで腹の底にモヤッとしたものが溜まる。


「オレはなにもしてないよ。黒陽様が色々話してくれたからだよ」

 サラッとタカさんが言うと、ちょっと驚いたような顔をした竹さんはにっこりと微笑んだ。


「ありがとう黒陽」

「とんでもないです」


 なんだろう。キュンてなる。

 彼女がかわいすぎて胸が苦しい。

 かわいい主従を見ているだけでさっきのモヤッとしたのが浄化されたように消えていく。


「トモの霊玉受け取ったら、朱雀様に渡すんだっけ?」

「はい。それで京都の結界は大丈夫になると思います」

「竹ちゃんすごいんだねぇ」

 タカさんに褒められて「えへへ」と微笑む彼女。かわいい。


「ハルと竹ちゃんって、どっちがすごいの?」

 タカさんの失礼とも言える質問に、竹さんは嫌がることなくあっさりと答える。


「もちろん晴明さんです」

「そぅおー?」

「そうですよ。

 私は封印や結界に特化しているだけですけど、晴明さんは何でもできますもの。ね。黒陽」

「まあ、そうですね。――ですが、封印や結界に関しては、姫や私のほうが上ですね」

「それは、私達は『黒の一族』だから」


 クスクス笑いながら竹さんが答える。

 と、彼女がハッとした。


「忘れてた」とつぶやいて、どこからかちいさな袋を取り出した。


「トモさん」

「!」

 突然呼びかけられてビシッと背筋が伸びる!


「これ、差し上げます」

 はい。と差し出されたものを反射的に受け取る。

 ちいさな袋には紐がついている。首から下げる御守袋のようだ。

 中に丸いものが入っているのがわかる。石?


「昨日のパンのお礼です」


 ……そういえば言ってたな。

 パンおごる礼に守護石作るって。

 え? ホントに作ってきたのか!?


 バッと黒陽をうかがえば『そのとおり』みたいな顔でうなずいている。マジか!?


「………ええと……これは………」

 まさか四重付与なんてトンデモナイものじゃないよな? という意味で問いかけると、彼女は無邪気に微笑んだ。


「お守りです」

「………」

 駄目だ。伝わらない。

 再び黒陽をうかがうと、優秀な守り役は俺の言いたいことをきちんと察してくれた。


「あの童地蔵と同じ、物理守護と霊的守護と毒耐性と運気上昇が付与してある」

「―――!」


『阿呆か!』と怒鳴らなかった俺を褒めてほしい。


「あ。オレらももらったヤツ?」

「!?」

「はい」とあっさりと竹さんは答える。

 四重付与なんてそんなホイホイあげていいのかよ!? 市場に出したらトンデモナイ金額するだろうコレ!?


「オレらももらったんだよトモ。だからお前ももらっときな」

 言外に『礼を言え』と言われているとわかり、ハッとする。そうだ! お礼!


「……あ、ありがとうございます」

「こちらこそ。パン、ありがとうございます」


 うふふ。なんてかわいく笑わないで! 倒れそうだよ!

 くそう! かわいい!!


「よかったら身につけていてください」と言われ「はい」と答える。

 すぐに紐を首に通して胸に下げる。

 じんわりとあたたかな霊力を感じた。


「これで安心しました」と彼女はホッとしたように微笑む。

 俺はなんか肩が重くなったよ。あんなパン少しでこんなモノもらっていいのか?


 あとでハルに相談しようと、とりあえずコーヒーを飲んだ。

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