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久木陽奈の暗躍 97 『炎の龍』

 進捗やら『白楽様の高間原(たかまがはら)』でのことなどを報告し合っていたら蒼真様と黒陽様、梅様蘭様が戻ってこられた。皆様にもこれまでのことを報告。『白楽様の高間原(たかまがはら)』から人員が来ていることにも、陣を展開してきたことにも皆様驚いておられた。


 皆様のご挨拶も無事完遂された。その報告を聞いていたとき「そういえば」と蘭様がサラッとおっしやった。


「ウザいヤツらが動いてたから、ついでに滅しといたぞ」


 どうも祇園祭という祭礼の夜であること、たくさんのひとが集まったために霊力の渦が発生したこと、そして姫様方と守り役様方が神域やら『(ヌシ)様の異界』やらに出入りしたことなどから予想よりも早く低級霊や低級妖魔が活性化してしまっていたらしい。

 通りすがりにそんなモノに気付いた蘭様が『ぷちっ』と滅しといたとのこと。素晴らしい。仕事早いですね。


 蘭様の報告に菊様が鏡を取り出しなにやら探り始められた。

「チッ」と舌打ちされた菊様は「めんどくさいわね」と美しいお顔をしかめられた。


「レベルの低いのがかなり動き出してるわ」

「調子こいて気が大きくなってるみたいね」


「ぼくらが行きましょうか?」

 ヒロさんの提案に菊様は眉を寄せられた。


「アンタ達が出るほどじゃないわ。普通の能力者で十分。とはいえ、出現してる範囲が広い上に数が多いから……」


「どうしようかしらね」と菊様はため息を落とされた。


 どうも、普通の能力者さんでは見落としてしまうレベルの低低級達が調子に乗って浮足立っているらしい。

 能力者さん達が認識できるくらいの低級以上は能力者さんだけではなく姫様守り役様までが動いていることを察して身を隠し大人しくしていると菊様が教えてくださる。


 主座様も緋炎様も式神を飛ばされた。あちこち確認されたようで「うーん」と思案を始められた。


 正直今動き出している低低級は放置しておいていいレベル。ただ数が多い。さっきの遺物みたいに集まるとなにが起こるかわからない。一箇所に集まって合体するとか、影響しあって突然中級までレベルアップするとか。


 今は深夜と明け方の間の時間とあって動いている人間は少ない。けど少ないだけでいないわけじゃない。そんな人に取り憑かれても困る。

 となると誰かに対処させないといけないけど、とにかく範囲が広い。数が多い。安倍家の能力者達も他家の能力者達も今は注連縄切りに備えて休んでいて動いている能力者は少数。そのひと達みんな動員する? でも下手に動いて低級以上まで活性化したらマズい。菊様なら鏡で位置情報得られてるだろうから式神飛ばして滅してもらう? それとも蘭様に走り回ってもらって『ぷちっ』としてもらう? また時間停止かけてお休みになれば回復するとはいえ、低低級に『姫』を出すのはどうなの?


 どうするのが最良かわからなくて、浮かんだこと全部口に出してみる。皆様「うーん」と考えてくださった。と、緋炎様がハッとされた。そのままなにかを検討されていた緋炎様がにっこりと微笑まれ、ぐるりと全員を見回された。


「……こういうのはどうです?」


 いたずらっ子の顔をしておられた。



 緋炎様の提案は、緋炎様とコウの『火』で『炎の龍』を作り、京都の結界の内側を縦横無尽に走らせるというものだった。

「なるほど」「いいかも」と皆様賛成された。

 大まかな打ち合わせをして「早速やってみよう」と外に出た。


 菊様が左手に持った鏡に右手をかざされる。しばらくそうしておられたけれど「オッケー。全部繋がった」と顔をあげられた。


「緋炎。準備はいい?」

 確認に「いつでも」と答えられた緋炎様。菊様は魔王もかくやといわんばかりの笑みを浮かべられた。


 楽しそうですね。他の方だと『いたずらっ子』になるであろう笑顔が『魔王』になるのは格が違うからですかね。生まれながらの女王だからですかね。それでも美しいのだから美人は得だ。


 菊様が左手に持った鏡の上に右手を差し出される。その手にはハンドベルのような鈴。それを鏡面に向け「リリン」と鳴らされた。


「リリン」「リリン」涼やかな音が鏡に吸い込まれていく。

 三度鈴を鳴らされた菊様はじっと鏡面を見つめておられたが、口元に満足そうな微笑みを浮かべられた。


「ヒロ」

 声をかけられたヒロさんがうなずき、菊様の前へ。

 鏡面を自分に向けられたヒロさんは息を整え、にっこりと微笑んだ。


「―――失礼致します。こちらは安倍家です。突然お声がけをする非礼をお詫び致します」

「これより京の地全体を清めるべく炎の龍を展開致します。皆様に害を為すものではございません。ご理解いただき手出し無用でお願い致します」


 ヒロさんの穏やかな口調でアナウンスをかける。菊様の鏡を通して関係各所――神々や『(ヌシ)』にまで――この映像は届けられた。

 これで騒ぎが起きたり撃退されることはないだろう。


 同じ台詞を二回繰り返し、ヒロさんのアナウンスは終わった。

 どこかから反応があるかしばらく待ってみる。が、特段問い合わせも式神も届かない。菊様が『視て』くださったところによると、どこも今のアナウンスで落ち着いておられるようだ。むしろなにが起こるのかワクワクしておられる方が多いと。


 見世物ですね。突発イベントですね。それはワクワクしますね。私もちょっとワクワクしてます。


「じゃあ晃。頼むわよ」

 緋炎様に「はい」と答えたわんこが衣装チェンジする。緋炎様も『赤』の神職の衣装にチェンジされた。



 緋炎様は元々は神職の一族のご出身。

『赤』は国家というよりは傭兵集団としての側面が強く、部隊を組んであちこちの魔物討伐をしていた。

 その部隊には戦闘後の土地と仲間が受けた瘴気を浄化するために神職が必ずひとりは組み込まれていた。


 神職の一族に生まれた緋炎様も早い段階からそんな部隊に参加し浄化や回復に活躍していた。

 常に生命のやりとりをしている『赤』では仲間意識が強く、また年少者をかわいがり育てる気風があった。そうして年長者達からかわいがられ色々教えられた緋炎様は周囲の期待以上に強くなり、神職のはずが気がついたら誰よりも強い戦士になっていた。ゲームで言うなら僧侶戦士(モンク)とか神官戦士、聖騎士みたいな。

 その強さが認められて王の末娘の守り役になり、その末娘が部隊をひとつ任されるとその副部隊長になった。


 守り役としても副部隊長としても優秀だった緋炎様は主の足りない部分――戦略立案とか後方支援とか――をフォローしてきた。そのために神職としての側面はあまり表に出ることはなかったけれど、根底は神職であることには変わりない。

 だから晃の指導もできたし、今回のような術の提案もできる。



 緋炎様の横にコウが並ぶ。

 ふたりは息を合わせ『パン』と柏手を打った。


「我、火を操るモノなり」

「我、火を操るモノなり」


 緋炎様の言葉をコウが復唱する。

 そしてまたふたり揃って『パン』と柏手を打つ。


 緋炎様の言葉をコウが復唱し柏手を打って、を繰り返しているうちにふたりの周囲に火の粉が広がる。ちいさかった火の粉は次第にその量を増やし、炎になる。柏手を打つたびに花火のように火花が散る。まるで線香花火が踊っているかのようにふたりの周囲を火が包んでいた。


 その火を緋炎様がまとめていく。大きく腕を広げるとぶわりと炎の帯ができる。コウも同じように舞いながら炎を注いでいく。ふたりによる火の舞が進むにつれ炎の帯は龍を形作っていった。


 やがて立派な炎の龍ができあがった。

「ウン。上出来じゃない?」

 満足げな緋炎様が「どうですか?」と菊様に確認を取られる。菊様はこれまた満足そうに合格を出された。


「じゃあ白露」

 緋炎様の声に「はいはい」と呑気な返事を返す白露様。一歩前に出ると、白露様の足元からブワリとつむじ風が吹き出した。

 渦巻いていたつむじ風はすぐに広がり、周囲の木々をザッと揺らす。なんか某アニメの動物型バスを連想させますね。

 その風に緋炎様が作った炎の龍を乗せる。あっという間に炎の龍は姿を消した。


 菊様が鏡から映像を出してくださった。プロジェクターを使ったかのように中空に浮いた画面が炎の龍の様子を映し出す。同時に菊様は腰の高さに京都市の立体地図を出された。ちいさな点が光っているところが今回のターゲット。そのうちのひとつの色が変わり、ピコンと飛び出た。


「白露」

「はい」


 菊様の指示に白露様が風を操作し、炎の龍を色の変わった輝点の場所へ連れて行く。映像には調子に乗って騒いでいる低低級妖魔が映っていたが、画面が炎に覆われた一瞬後にはなにも無くなっていた。


「問題なさそうね」

「特にこっちから干渉しなくてもあの龍だけでイケそうね」

「浄化もできてちょうどいいわね」


 ふたりの美女と美しい女王は満足そうだ。

「白露。どんどんやっちゃいなさい」

 菊様の命令に「はーい」とのんきに答えた美女は至って簡単に風を操る。立体地図の輝点がすごい速さで消えていく。

 そんな地図を見ながら退屈そうな蘭様がボヤかれた。


「オレが全部滅してもよかったのにー」

「どれだけ時間かかると思ってるんですか」

「すぐだって」


 軽口を叩き合う『赤』の主従。


「オレもあの龍作れるかな!? やってみていいか!?」

「やるだけやってみたらいいんじゃないですか」

「あ。なんだよその『どうせダメだろう』みたいな言い方」

「どうせダメでしょう?」

「ひでぇ!」


「そこまで言うなら見てろ!」とやってみた蘭様だったけど、炎は出たけれどうまく形にならない。

「晃が手伝ったからだ! 晃! 手伝え!」とコウに協力させた。今度は形にはなったけれどすぐに炎に飲まれてしまった。


「だから言ったでしょう」と緋炎様は呆れたお顔を隠さない。


「貴女は私が直々に、何年も、何十年も何百年も指導しても神職系の術を一切身に着けられなかった類稀(たぐいまれ)なる武闘派なんですから。

 晃が手伝ったくらいでできるわけないじゃないですか」

「なんで晃はできるんだよ!」

「才能ですよ」

「オレが『才能ない』って言うのか!?」

「そう言ってますよ」

「ひでぇ!」


 ギャーギャーわめく蘭様をどなたもが放置しておられる。つまりいつものことなのだろう。


「何度も言いますが、貴女は小細工とか神々の御力をお借りしての術とかはできません。そういうひとです。その分体術剣術が特出してるんです。

 できないことに労力を()くよりもいいところを伸ばして磨いていったほうがいいです」


 ごもっともな緋炎様のご説明。そうやって五千年磨いてきたのが今の蘭様なのだろう。

 できないことは『できない』と切り捨て、いいところを伸ばして磨く。緋炎様はなかなか良い教育者であらせられる。


 実際コウを含めた霊玉守護者(たまもり)達も緋炎様のご指導でぐんぐん伸びたと聞いている。全部終わって落ち着いたら安倍家で教育係になっていただくのもいいかもしれない。


 目の前では緋炎様に今生の努力を褒められた蘭様がごきげんをなおしておられる。素晴らしい。蘭様は緋炎様の手のひらの上でくるっくるに回されても気が付かないご様子。なんというか、微笑ましい主従ですね。


 そんなやりとりをしているうちに白露様のお仕事は終了。京都中のうごめいていたモノは消滅。様子をうかがっていた低級以上はビビって奥底にひっこんだ。京都を取り囲む結界の中が浄化されたので『悪しきモノ』とか妖魔とか言われるモノは出てきにくくなっただろう。


 炎の龍が私達の前に戻ってきた。飛び出していったときよりも二回りくらいちいさくなっていた。

「思ってたよりも霊力つかわなかったわね」と緋炎様。

「晃のチカラが増えてるおかげかしら」


 さすが緋炎様。コウが伊勢のときの記憶を取り戻してレベルアップしたのにお気付きでしたか。

 ただにっこりと微笑むウチのわんこに緋炎様もうれしそうに笑みを向けられた。

《この晃ならあれもこれも教えられるわね!》なんてウキウキしておられる。

 そうですか。まだ色々お持ちですか。ハイスペックな方ですね。そしてコウはそんな緋炎様に厳しい修行を予感して苦笑を浮かべている。まあがんばれ。


 緋炎様が「ご苦労様」と龍の頭を撫でられた。

 数歩下がった緋炎様が「パン」と柏手を打った途端、炎の龍はブワッと燃え上がった。

 炎は緋炎様の両手の間に集まっていき塊になる。全部集まったところで緋炎様が両手を近づけていくと炎はどんどんとちいさくなったいき、両手を合わせると炎は完全に消えた。

次回は4/9(火)投稿予定です

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