久木陽奈の暗躍 93 統一見解の確定
「では、今回の件をおこした犯人は『誰』にしますか?」
私の質問にタカさんが答える。
「『名』までは決めなくてもいいだろう。『よくわからない』『悪しき存在』くらいにしておいたらいいんじゃないか? ――それこそ『姫と守り役が長年追っていた悪しき存在』がカナタの身体を乗っ取ったってことにしたらどうだ?」
『姫と守り役』の存在は『知る人ぞ知る』レベルであちこちに知られていた。神社仏閣はもちろん、京都の古い家にも。
これまでに五千年という長い時間を生きてこられた姫様方と守り役様方。生まれ落ちた家に、関わった神社仏閣や人々に、その存在は伝えられていた。
『ナニカを追っている』ということも。
だからタカさんの提案する『姫と守り役が長年追っていた悪しき存在』に納得するひとはわりといると考えられる。
「どうだ?」と振られた主座様も「そうだな」とおっしゃる。千明様もうなずいておられるから大丈夫だろう。
「それならばゲームの『バーチャルキョート』にもデジタルプラネットにも大きな影響はないでしょうね」
ゲームや会社に影響がなければ社会や経済にも影響はないだろう。
そう考えていて、ふと気が付いた。
「ゲームや官公庁に『災禍』が仕込んだシステムは『災禍』が破棄するとのことですが」
菊様に視線で確認すると「そのはずよ」とおっしゃる。コウの『記憶』からもほぼ間違いなく実行するだろう。
「その部分が破棄されたことによる影響はないですかね?」
システムのことは私にはわからない。でも前世のパソコン導入時にちょっとしたアップデートでシステムダウンとかデータが消えたとかあった。今回は昔よりも規模が大きいわけで、そういう事態が起きる可能性もあるんじゃないだろうか。
全員がシステムエンジニアでもあるタカさんに目を向ける。
注目を浴びたタカさんは腕を組み、難しい顔をした。
「どうだろうな。
アシがつかないような部分にシステム入れ込んでるとは思うけど、こればっかりは実際運用してからでないと確認が取れない」
それはそうですね。
納得する面々にタカさんは腕をゆるめ「一週間くらいは関係ありそうなところのシステムチェック入れるよ」と請け負ってくれた。
「なにか問題が発生したら対処する」と。
じゃあこの件もこれでいいだろう。
タカさんに「よろしくお願いします」と頭を下げた。
では次。
「保志叶多はどうしますか」
私の質問に「『どう』とは?」と主座様が問いかけられた。菊様も無言で先をうながしてこられる。
「保志叶多がこれだけのことを起こし多くのひとを殺したのは間違いのない事実です」
私の言葉に皆様首肯される。タカさんも口をひきむすびうなずいた。
そんな皆様に淡々とたずねた。
「余命が『あと三カ月』とコウが言うなら間違いないでしょう。――どんな状態で三カ月過ごせるかはわかりませんが――」
霊力を酷使してきた反動で寝たきりになる可能性も、『願い』が潰えた喪失感で痴呆状態になる可能性もある。そこを含ませ言葉をつむぐと皆様それぞれに察してくださった。
その上で言葉を続ける。
「保志叶多の身柄はどこに置きますか?
安倍家の監視下に置きますか?
それともあのデジタルプラネットビルの自宅に幽閉しますか?」
私の質問にどなたもが「なるほど」と検討をはじめられた。
「『災禍』が消滅したならばもう『宿主』にはなにもできないんじゃない?」
「そうね。今までも『災禍』を失った『宿主』は自滅していってたし。今回もそうなるんじゃない?」
紅白美女の言葉はもっともだ。確かに昔の事例を聞き取りしたときにそんな話を聞いた。
今回のカナタさんはおそらく寿命で亡くなるだろうけど、そうでなくても『災禍』を失った『宿主』は例外なく数ヶ月で死んでいた。
「その『自滅までの期間』をどうするかなのですが」
「そうねえ」
再度の問いかけに「うーん」と首を傾げる紅白美女。そのまま菊様に目を向けられた。
菊様は菊様で「うーん」と腕を組んで考えておられた。
「安倍家の監視は――念のために置いときたいわね」
目を向けられた主座様も「ですね」と答えられる。
と、千明様になにごとか耳打ちしていたタカさんが挙手した。
「オレがカナタのところに行きます」
案がありそうなタカさんの話を全員が聞く。
「今回『バーチャルキョート』のバージョンアップが済んだ。ということは、社長を引退するいいタイミングだと思う」
「余命三カ月ならなおさら、カナタは引退すべきだ」
それは確かにそうですね。
「後継者を定めて引退して。
そのあとは身体が許すかぎり社会貢献させます。
これまで奪った生命に対する罪滅ぼしとして」
「どうやって?」
ヒロさんのツッコミにタカさんはすらすらと答える。
「いろんな慈善団体にカナタのポケットマネーから金を送るようにしたり。
『バーチャルキョート』関係で得た特許から継続的に社会的弱者を支援できる仕組みを作ったり」
「つまりオレが『安倍家からの監視』としてカナタを見張りつつ『贖罪として社会貢献させる』ということです。――どうですか?」
「それはいいかも」とどなたもが賛成された。
「余命が三カ月なら霊的な拘束をかける必要もないだろう」と主座様と菊様もお認めになった。
こうしてカナタさんは自宅でタカさんに監視されながら社会貢献に励むことが決定した。
カナタさんに課す『償い』の話題になったので「それについてですが」と挙手して一旦話を止める。
コウに指示してタカさんにカナタさんとのやりとりの『記憶』を『視せる』。その間に他の皆様には私が口頭でどんなやりとりがあったかを説明する。
晃とタカさんは昨日――感覚的には数日前だけど暦的には昨日――『最後の挑戦』としてデジタルプラネットに行った。カナタさんに会うために。彼を説得し『願い』を破棄させるために。
でもそれは叶わなかった。
会うどころか電話越しに話すこともできず帰還したタカさんに『念の為に』とひとつの策に協力してもらった。
その策とは、タカさんがカナタさんに伝えたいこと、『視せたい』ものを晃にそのまま預けるというもの。
晃は『白楽様の高間原』で『記憶再生』の特殊能力の修業もしてきた。
その修業で得た能力のひとつが『対象の人物を再生する』というもの。
いわゆる残留思念とか疑似人格とか、そんなもの。
読み取った情報から『そのひと』を再現し『再生』する。
そのひとの生きてきた歴史。そのひとが大切にしていたもの。そのひとが守りたかったもの。
そんな情報を読み取り再構成し、そのひとの言いそうなこと、やりそうなことを『再生』する。そうしてそのひとが伝えたかったもの、遺したかったものを『再生』する。
そうして会えないひとや遺されたひとを救う能力。
晃がそんな能力を得て帰ってきたことを知っていたから、会社訪問が不発に終わったあとでタカさんに「伝えたいこと、言いたいことを全部晃に『視せて』ください」と依頼した。
そうしてタカさんは自分自身の過去をすべてさらけ出した。そのうえでカナタさんに伝えたいことを晃にさらけ出した。
おかげでカナタさんに『視せた』タカさんは本物と遜色ない存在に成った。
それだけの存在だったから説得力もハンパなくついた。だからこそカナタさんを救うことも説得することもできた。
そんな説明をし、カナタさんにどんな話をしたか、どんな提案をしたかを説明していく。
どなたもが納得し、提案に賛成してくださった。
当のタカさんにはコウがそのときのやりとりをそのまま『視せ』ていた。手を繋ぎ目を閉じていたふたりがその瞼を開く。
「………晃………」
記憶を『視た』影響でぼんやりしていたタカさんだったけど、覚醒していくにつれ涙がせりあがってきた。
ついにはガバリとコウに抱きついた。
そんなタカさんをコウは黙って抱き締めた。
「………ありがとう。ありがとう晃。ありがとう」
「おれは大したことしてないよ。カナタさんを救ったのは、タカさんだよ」
「タカさんの誠実さが、これまでの苦しみが、カナタさんを救ったんだよ」
コウの言葉に「晃………!」とタカさんはさらにコウにしがみつく。
肩に顔を埋めているのは泣いている顔を見せないため。
それでも、よく抱きつけると感心する。
普通のひとは相手が『触れるだけで自分の記憶を「視る」ことのできる人物』と知ったら触れることをためらう。ひとによっては邪険にしたり攻撃してきたりする。だって気持ち悪いから。こわいから。
その気持ちもわかる。誰だって、私だって自分自身をさらけ出すことは抵抗がある。なに考えてるか『視』られるのも知られるのもイヤだ。
だから精神系能力者は迫害される。
だから精神系能力者は極力能力を隠して暮らす。
昔から『そういうモン』だった。
なのにこのひと達は私達の能力を知ってもなにも変わらない。平気で触れてくるしハグしてくる。人間の器が大きいひと達だと尊敬していた。
今回のタカさんへの依頼で修業後の晃の能力を皆様は知った。修業前よりもはるかにレベルアップしたことも危険度も増したことも知った。タカさんに至っては実際体験して肌感覚でその能力を知った。
知ったうえで、変わらずこうして抱きつけるなんて。
伊勢のときの記憶を取り戻した私達はよく理解している。精神系能力者であることを認めてくれたうえで触れてくれることがどれほど稀有なことか。
きっと皆様は知らない。
変わらず接してくれることが、触れてくれることが、どれほど精神系能力者にとって救われることか。
―――神様方。ありがとうございます。
今生、素晴らしい方々とのご縁を結んでくださったことに深く感謝致します。
この場にいらっしゃる皆様はそれぞれに私達に感謝を抱いてくださっている。
でも本当は私達こそが皆様に感謝を抱いている。高能力を持つ精神系能力者であっても普通に接してくださる皆様に。『ただの子供』や『普通の友達』扱いしてくださる皆様に。
きっとこの感情は精神系能力者以外には理解できないだろう。それでいい。
私達はただ感謝を忘れず『普通』のフリをして、『ただの人間』として少しでも皆様の恩に報いるだけだ。
それが『正しい精神系能力者』というものだ。
そうやって話し合いを重ね、決まった最終的な筋書きは次のとおり。
約三十年前。
『姫と守り役が長年追っていた悪しき存在』が『バーチャルキョート』というゲームに目をつけた。実際の京都にそっくりな『世界』。これを利用すれば誰にも気付かれない『異界』が作れると。
そうして『ゲーム』という新しい概念の『異界』を作り上げた『悪しきモノ』。そこにひとを連れて行き鬼に喰わせた。そうすることで『悪しきモノ』のエネルギーにしていった。
最終的には京都中の人間を喰わせ己のエネルギーにしようとした『悪しきモノ』。効率よくエネルギーを得るために『バーチャルキョート』の開発者である保志叶多の身体を乗っ取ることにした。
自分の身体が乗っ取られそうだと気付いた保志叶多だったけれど抵抗むなしく身体を奪われた。
そうして今回の大型バージョンアップに大きな仕掛けを組み込んだ。
それが『現実世界』の京都と『異界』に同じ陣を展開し、陣の中の人間を『現実世界』から『異界』に連れて行く、というもの。
これまではひとりずつ連れて行って鬼に喰わせていたが、今回はこれまでためたエネルギーを使い、一気に二百人の人間を連れて行った。
この二百人のエネルギーを使いまた次の数百人を連れて行く。その数百人のエネルギーを使いまた次の数百人を連れて行く。
そうして京都中の人間を喰らい尽くす計画だった。
だが主座様の『先見』によりその計画を知った安倍家が事前に対策を取った。運良く『連れて行かれた二百人』の中に安倍家の人間がいた。その安倍家の人間を目印にして姫と守り役が『異界』へ行き『悪しきモノ』を討伐。
『悪しきモノ』――『ボス鬼』が討伐されたことにより二百人の人間は開放された。
京都中に展開されていた陣と『悪しきモノ』がためていたエネルギーは長刀鉾の注連縄切りのときに開放される。
姫と守り役の責務は果たされ、京都は平和なまま。
エネルギー開放によって低級霊や妖魔が活発化する可能性があるけれど、各所の守護者や安倍家の能力者で対処する。結界やらなんやらはしばらくの間姫様や守り役様方が見守ってくださるとお約束いただいた。
オールオッケー。問題ナッシング。
『異界』に連れて行かれ殺されたひとの遺品や遺骨は安倍家の能力者達が持ち帰った。その遺物を安倍家の能力者が『視て』どこの誰のものか判明した。遺物のないひともいるが、遺物からの情報で知ることができた。
『行方不明者』とされていたひと達のご遺族への連絡やらなんやらは警察におまかせする。
保志叶多は長年『悪しきモノ』に身体を乗っ取られいた。と同時に生命力を奪われ続けていて、本来ならば四十九歳なのに八十代後半の身体になっている。そのため余命三か月。
この三十年、多くの生命が奪われたことについては本人が意図してやったことではなく、また立証もできないため罪を問うことは難しい。が、本人から「なにか償いを」と意見が上がっている。
念の為安倍家から主座様直属の者を監視に立て、死ぬまで社会貢献活動に従事させるとともにその遺産の一部を社会に役立つよう寄付させる。
今回のようなモノは現在のところ他に存在が確認されていない。だから今後今回のように数百人規模の人命が危険にさらされるような事態が起こる可能性は低いと考えられる。
とはいえ万が一に備えて安倍家は能力者の育成とアイテムの作成を今後も続けていく。
ウン。綺麗におさまったんじゃないかしら。
菊様も主座様も「いいんじゃないか」と承認してくださる。紅白美女も「問題なさそう」と賛成してくださる。じゃあこの見解で統一しましょう。
「行方不明者の遺族に死亡を知らせたら、絶対に詳細説明を求められるでしょうね……。いくら警察が『わからない』と言っても、調べるひとは必ず出てくるでしょう……」
かなしそうなヒロさんの意見にどなたもが「だろうな」「でしょうね」と首肯される。
それは当然考えられることだ。もちろん私は考えてましたとも。だから対応策も考えてます。
「その場合は私とコウが対応します」
行方不明者のご遺族に死亡を知らせても詳細な説明は行わない。ただただ「安倍家の能力者が別件を調査中に偶然わかった」とする。「どこで」「どんな状況で」と聞かれても「わからない」「知らされていない」としてもらう。最終的には「安倍家に問い合わせてくれ」と丸投げしてもらってもいいとした。
普通のひとには安倍家へのパイプなんてないけど、どこにでもガッツのあるひとはいるものだ。
もし安倍家に接触があったならば私達が対応する。
ご遺族の心残りや悔しさや無念を燃やし、ココロに『光』を当てる。
それは私達が為すべきことだ。
『カナタさんのことを公表しない』『公に罪に問わない』と決めた私達が引き受けるべきことだ。
それが私達の『償い』。
亡くなった方への、ご遺族への『償い』。
同時にそれは『日の巫女』としての責務。
私の説明にタカさんは頭を下げてこられた。千明様も。
「気にしないで」「おれもカナタさんのことを『救いたい』って動いてるだけだから」「救えなかったマカラの代わりにカナタさんを救いたいっておれが『願った』んだから」「タカさんが背負うことじゃない」「おれが決めたことだ」「亡くなった被害者も、被害者のご遺族も、おれが救うのは当然だ」「おれは『魂守り』だから」
いつものように言うコウにタカさんはさらに頭を下げられた。
こういう男なんですよ。いつでも誰かを救うことを考えてるんですよ。そりゃもうはるか昔から。だからこその『魂守り』で、だからこその『火継の子』なんですよ。『日の巫女の伴侶』になれるんですよ。いい男でしょう。自慢の『半身』です。えっへん。
得意になってるのもコウを愛しく想ってるのも全部伝わってしまった。滅多にない私からのべた褒めにわんこは喜色満面になっている。
「ヒナ」
でれでれわんこが顔をのぞきこんでくるのをそっぽを向いてかわす。
「ありがとヒナ」
「はいはい」
「ヒナ大好き」
「黙れ」
私達のいつものやりとりにあちこちから笑いがこぼれた。
次回は3/12(火)投稿予定です