表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
412/573

久木陽奈の暗躍 92 タカさんの決意と主座様の決定

 主座様はどう答えを出すか思案しておられる。

 お気持ちはほぼ固まっておられるようだけれど、気になることがおありのようだ。


 わかります。私も気になります。

 ―――ここはやはり私が突っつくべきでしょうね……。

 ということで、表情を変えずタカさんに顔を向けた。


「タカさんはどう思いますか?」


 タカさんは黙っていた。

 私の問いかけに千明様が心配そうにタカさんの横顔を見つめていた。


「タカさんはどうしたらいいと思いますか?」


 アキさんがなにか言いたげに口を開けたけれど、すぐに閉じた。菊様も白露様緋炎様も黙っておられる。

『主座様の決定に従おう』なんて止められるかもとも思っていたけど、どなたもが私の好きにさせてくださる。タカさんと話をさせてくださる。


 このまま主座様に(ゆだ)ねることはできる。タカさんの意思確認なんてしなくても話は進められる。

 でも『それではダメだ』と私のカンが言う。

 今タカさんの気持ちをはっきりさせないと『ダメだ』と。



 以前カナタさんの過去を『視た』ときには菊様にお願いして皆様にカナタさんの過去を追体験していただいた。そうすることで数十年にわたる記憶を一瞬で理解してもらった。同時にどれだけカナタさんが苦しんだのか、どれだけカナタさんが傷ついたのか『肌感覚』で知ってもらった。


 けど今回の報告は私が口頭で行った。

 直接『視せ』なかった理由のひとつは皆様への負担が大きいこと。

 前回カナタさんの記憶を『視た』直後、保護者の皆様はフラフラになっておられた。今回は前回よりも情報量が格段に多い。このあともやらなければならないことが山積している皆様を体調不良に(おちい)らせるわけにはいかなかった。

 たとえ時間停止をかけて休息をとれるとはいっても、完全復活を遂げるまでには回復しないだろうことは予想に(かた)くない。ならばリスクは避けるべきだ。


 もうひとつの理由は客観的に判断してもらいたかったから。


 前回は『災禍(さいか)』の居場所特定と『宿主』の事情開示が目的だった。記憶を『視た』あとは『災禍(さいか)』打倒のために策を練り対策を講じなければならなかった。ひとつでも打開策をみつけるために皆様に同じ記憶を『視て』もらった。


 けれど今回は状況が違う。


 現在、状況は収束期にある。

 姫様方と守り役様方が果たすべき責務である『災禍(さいか)』滅亡は目前となった。『京都の人間をすべて抹消する』なんて『願い』も破棄された。皆様にかけられていた『呪い』も解けた。

 今考えなければならないのは「すべて終わったあとになにが起こるか」ということへの対応であり「今回起きた件の説明をどうするか」についてだ。


 そこに『主観』はいらない。必要なのは『客観』。

 冷静な分析力と判断力。将棋やチェスのように、盤面全体を見下ろし駒を動かす力。最後に(キング)を奪ったあと、整然とした盤面を作り上げる力。


 私が整理して選んだ『記憶』を『視せ』れば話は早いと理解している。でも、今回はそれではダメだった。あくまでも客観的に、冷静に話を聞いて分析し、次につながる判断をしてもらわないといけない。


 姫様方と守り役様方は「俗世に関わらない」と常々言っておられた。実際今回も諸々の判断は主座様に一任された。

 つまり、今回の一連の事件をどう収束させるかは、主座様と保護者の皆様にかかっている。


 どんなにエラい政治家も、どんなに影響力のある人物も、各省庁のトップも、今回の件に関しては『安倍家の指示を受ける立場』だ。

 その『安倍家の指示』を出すのがここにおられる皆様。

 最終決定権を持つ主座様と、彼を支える側近。


 保護者の皆様は主座様がお生まれになってからずっと彼を支えておられる。特にヒロさんの余命宣告が出てからはなりふり構わず影になり日向になり動いてこられた。その努力が、時間が、立場が、彼らを鍛え上げた。


 元々有能なひと達が目的のために一心不乱にがむしゃらに取り組んできた。そして主座様が自慢されるほどの優秀な側近と成った。


 ヒロさんに『修業中』とレッテルを貼れるくらいには保護者の皆様は優秀な側近だ。


 菊様は主座様に『災禍(さいか)』を滅したあとのことを一任された。ならば判断材料としてこれまでの話をし、これから起こり得るであろう問題を提起していくのが私の仕事。

 そう判断して『記憶』を『視せる』ことをせず口頭で話をしてきたんだけど。


 ここにきてタカさんに『迷い』が生じてしまった。



『あり得た未来』の話に――『半身』が死んでいた可能性に、タカさんの『半身』としての本能が反応した。


 それまではカナタさんの過去に引きずられていたタカさん。

 晃が直接カナタさんの過去を『視せた』ことにより、それを『自分の実感』としてとらえた。だからこそ過去の自分と重なり、自分が征くはずだった道を進んできたカナタさんを『救いたい』と強く願った。


 けれど今、私が話を聞かせたことで、事態を客観的にみることができた。

『主観』が『客観』になったため、冷静にとらえることができた。

 そのために、この頭のいいひとは気付いてしまった。


 カナタさんの『罪』に。

 己の『半身』を害していた可能性に。


『半身』を傷つけるモノは許さない。たとえ自分自身であろうとも。

 そんな苛烈さを『半身持ち』は持っている。

 その『半身持ち』特有の苛烈さが私の話で発動してしまった。


 タカさんは頭のいいひとだ。

 その頭の良さで、冷静な判断力で、ここにきて実感してしまった。

友達(ジェイ)をカナタが殺した』と。


 これまでも可能性は高いと考えていた。覚悟もしていた。それでも自分が征くはずだった道を進んだカナタさんを『救いたい』と動いてきた。昔の自分を救うような気持ちで。

 でも私の報告で、具体的になにがあったか知ってしまった。鬼に喰われたか、『水』に沈められて溶かされた、と。

 そうしてこの頭の良いひとは考えてしまった。どれだけこわかっただろうかと。どれだけ苦しかったかだろうかと。どれだけ無念だっただろうかと。


 同時に気付いた。『もしも殺されたのが自分の家族だったら』『自分の(半身)だったら』

 そうだった場合、タカさんは絶対に復讐する。どんな手を使ってでも相手を追い詰め、苦しめ、考えられる最も残忍で残虐で残酷な方法で殺す。


 それが自分で理解できるこの頭の良いひとは、今『迷い』が生じている。

『カナタを赦していいのか』『カナタを赦すことは身勝手なオレのエゴじゃないのか』『それは「正しいこと」なのか』『カナタは昔の自分と同じ』『救いたい』『救いたいと思うこともオレのエゴじゃないのか』『本人や遺族の立場に立ったら赦せることじゃない』『オレなら赦さない』

 そんなことを考えてしまい、身動きが取れなくなっている。


 このまま主座様の決定に従って事態を進めることもできる。でもそうやって流されて動いた人間は『イザ』というときに揺らぐ。例えば最終決戦の最終局面に。例えば自分の家族の危機に。


 そして流されるままに行動したら、どんな選択をしてもどんな結末を迎えてもタカさんは後悔に(さいな)まれる。『罪』を抱えてしまう。

 そんなこと、させたくない。


 だからこそ。

 今、はっきりさせなくてはいけない。


 彼の信念を。

 彼の目的を。

 彼の『願い』を。



「保志叶多は、あなたの友達を殺した人間です」

「あなたを、あなたの家族を、殺そうとした人間です」

「あなたの『半身』を殺そうとした人間です」


 敢えて厳しい現実をぶつける。それでもタカさんは表情を動かすことなくじっと私と目を合わせていた。


「罪を公表し、(おおやけ)に罰することも。罪を償わせることも。保志叶多の名誉を(おとし)めることも。できますよ?

 ―――残虐に殺すことも」


 タカさんのココロの隙に可能性を流し込む。

 揺らぐココロをさらに揺さぶる。

 表面上は冷静なタカさんに、わざとにっこりと微笑んだ。


「『敵討ち』、したくないですか?」


 私の言葉に、タカさんは膝の上の拳をさらに握り込んだ。千明様が重ねていた手でその拳をしっかりと支えた。


 タカさんは黙っていた。

 感情を顔に出すことなく、黙って、ただ私の視線を受け止めていた。

 誰もがタカさんに注目していた。

 そんな視線を気に留めることなく、タカさんは黙って私を見つめていた。


 私を通して己のココロを見つめていた。


 だから私もじっとタカさんを見つめた。

 私の『光』を注いだ。

 タカさんが迷いを晴らせるように。

 己の進むべき道を選べるように。

 選んだ道を進めるように。



 やがてタカさんが顔を伏せた。

 自分の拳に乗せられた妻の手を取り、両手で握り締めた。すがるように。

 千明様もすぐさまもう片方の手を伸ばし、夫の手を握る。

 固く固くつながれたふたりの手は震えていた。


「タカ」

 千明様がそっとささやく。

 ちいさな妻に身体を寄せ、頭を預け、タカさんは思考を巡らせていた。

 渦を巻く感情から一番大事なものを選び取ろうとしていた。


 菊様も、白露様も緋炎様も、主座様も、タカさんをじっと待ってくださった。永い時間を生きてこられた皆様には『今急かしてはいけない』とご理解いただけるようだ。


 晴臣さんもアキさんもヒロさんも、ただじっとタカさんを見守っておられた。タカさんがどんな答えを出そうとも受け入れようと覚悟されているようだった。


 その間、私は『光』を、コウは『火』をタカさんに注ぎ続けた。少しでもタカさんの助けになることを祈って。タカさんの迷いが晴れることを祈って。



 どのくらいそうしていたのか。

 タカさんの肩から力が抜けた。


 固く握っていた手からも力が抜け、自分を支えてくれていた妻の手をそっと撫でた。

 そうして顔を上げ、愛する妻に目を向けたタカさん。

 おだやかな、やさしい目をしていた。


 いつもつけている軽薄な仮面を剥ぎ取り自分を見つめるタカさんに、千明様はグッと歯を食いしばられた。

 そうして力強くうなずく千明様。

 その強さに励まされ、タカさんもうなずいた。


 ゆっくりと妻の手を離したタカさんは、姿勢を正し、私をまっすぐ見つめた。



「―――カナタは」


 絞り出すような声。千明様がそっとタカさんの背に手を添える。


「カナタはジェイを殺した。他のエンジニアも殺した。――そうなんだな?」


 答えようとしたコウを制し、私が「そうです」と答える。

 

「オレの家族を――ちーちゃんを殺そうとしていた」

「そうです」


 はっきりと言い切る私をじっと見つめたタカさんは、そっと目を伏せた。


「―――本人や遺族の立場になったとしたら、赦せることじゃない。

 なんの罪もなかった家族を理不尽に殺されたんだ。犯人を引っ張り出して世間にさらして八つ裂きにしたって足りない」


 うなずく私を視界に入れることなくタカさんは続ける。


「でもオレは」


「『今のオレ』は」


 グッと拳を握り、タカさんは顔を上げた。


「カナタを救いたい」


「カナタを『犯罪者』にしたくない」


 その目にもう迷いはなかった。

 しっかりと背筋を伸ばし、まっすぐに私に視線をぶつけてきた。


「これはオレの勝手な言い分だ。

 オレと同じ苦しみを持つカナタを、オレが進もうとした道を進んだカナタを、オレが『犯罪者』にしたくないだけだ。オレのエゴだ。わかってる」


「仮に殺されたのがオレの家族だったら、オレは絶対にカナタを赦さない。それこそ八つ裂きにしてやる。わかってる」


「それでも、」


「カナタを『犯罪者』に、したくない」


 タカさんは、決断した。

 なにが一番大事かを。

 そうして、選び取った。

 己の信念を。目的を。『願い』を。


 タカさんはザッと身体の向きを変え、菊様に正対した。

 そうして両手をつき、頭を下げた。


「お願いします

 どうにか、カナタの関与がなかったことにして話を進めてください」


「身勝手だと、利己的だと言われても構わない。

 カナタが償わないといけない罪はオレも一緒に償います。

 だから、どうか。

 どうか、カナタを赦してください」


 頭を下げるタカさんの横に千明様が並び、同じように頭を下げた。

 そんなおふたりに菊様は苦笑を浮かべられた。


「だからそれは私が決めることじゃないって」


 顔を上げたおふたりに菊様は視線で主座様を示す。

 菊様の視線に誘導されたタカさんと千明様は、主座様に向け平伏された。

「お願いします」

「お願いします!」


 頑なに頭を下げた姿勢のままでいるおふたりに主座様は眉をひそめられた。そんな主座様に晴臣さんが目を向ける。楽しそうに笑みを浮かべたその目が『どうするの?』と問いかけていた。


 からかうような晴臣さんをジロリと睨みつけ、主座様は再び平伏するおふたりに目を向けられた。

「ふう」と、どこか諦めたようなため息を落とされた主座様がようやく口を開かれた。


「……安倍家の記録にも残さない、ということか?」

「できれば」


 顔を上げたタカさんが答える。

 その目はもう揺らいでいなかった。

 覚悟の定まったその目に、主座様も安堵されたのがわかった。


「……まあ、できなくはない、が……」


 ブツブツと言いながら腕を組んだ主座様。


「保志叶多の関与がなかったことにするというのは、どう話を展開するつもりだ?」


「別の犯人を設定する」


 さすがタカさん。今後の策まで検討済でしたか。


「前に『織田信長に取り憑いた異国の神』の話があっただろう。あんなふうに、カナタにナニカが取り憑いて『バーチャルキョート』を利用した、としたらどうだろうか」


 タカさんの案に「なるほど」とどなたもが納得された。


「『バーチャルキョート』というゲームを作ったのはカナタ。それを利用して京都の人間の抹消を企んだ『ナニカ』が『異界』を作りゲームと結びつけた。

 途中でそのことに気付いたカナタが抵抗しようとしたけれど、逆に身体を乗っ取られた。

 ―――どうだ?」


 なるほど。いいシナリオですね。よくある感がするところなんか説得力持たせられるでしょうね。主座様に視線で確認を求められた菊様もふたりの美女もうなずいておられる。

 私も賛成。目で確認してこられた主座様にうなずきを返す。


 全員の意思を確認された主座様は目を閉じて考えを巡らせておられた。

 やがて「ふう」と大きなため息を落とされた。

 そうして瞼を開き顔を上げ、菊様に進言された。


「――自分の人生のすべてを注ぎ込んで取り組んだことが、完成を目の前にしてすべてダメになった。

 それは十分『罰』と言えるのではないでしょうか」


「そうね」

 菊様は鷹揚にうなずかれた。楽しそうな笑みを浮かべておられた。


「……『罰』を決めることも与えることも、人間には許されていない。

 それを許されているのは、神仏及び冥府の役人」


 そうつぶやきを落とされた主座様はグッと顔をお上げになり、全員を見回された。


「保志叶多の『罪』は、死んだあとしっかりとつぐなってもらおう」


 つまり。


 主座様は菊様に身体を向け両手をつき、進言された。


「安倍家主座として、今回の一連のたくらみの全容についても、その主犯が保志叶多だということも、対外的にも安倍家内部にも公表しない方向で進めることを提案致します。

 ――いかがでしょうか」


 主座様のお言葉にコウとタカさん千明様は喜色を浮かべた。

 ヒロさんはビミョーな顔をしていたけれど、晴臣さんとアキさんはどこかホッとしたように表情をゆるめた。


 全員が菊様に顔を向けた。私もコウも。

 注目を集めた菊様は大きな目を細め、にっこりと微笑みを浮かべられた。


「アンタがそれでいいならいいわ」

「私はアンタに一任したんだから。アンタの決定に従うわ」


「はっ」と短く返事をされた主座様が頭を下げられる。紅白美女もニコニコしておられることから賛成らしい。


 というか、この方々には『どうでもいい』ことなんだろう。ヒトの世のことも、たくさんの人間を殺した人物も、『災禍(さいか)』が関わっているから関与しただけで、それ以外のことは『自分達の管轄外』だと割り切っておられるのだろう。


 そうやって五千年の永きに渡り、己のココロを守ってきたんだろう。


 どれほどの苦しみとどれほどの痛みを味わってこられたのか。

 察することもできなくて胸が痛くなった。


 けれどすぐに気持ちを立て直す。今はそのことを考えるときじゃない。『災禍(さいか)』を滅する、その事に集中すべきだ。

次回は3/5(火)投稿予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ