久木陽奈の暗躍 91 話し合い
私達のことと竹さんがあきらめていたらどうなっていたかの報告を済ませ、改めてこれまでにあったこと、『異界』で起こったこと、どんなやりとりがあったかを報告した。
『災禍』が異世界で作られた人工知能であることはトモさんナツさんがが帰還したときに聞いていた皆様だったけど、詳細を説明したら主座様も保護者の皆様も驚いておられた。『良かれと思って』姫様方と守り役様方に『呪い』をかけた話には、どなたもがなんとも言い難い表情になってしまった。
あれやこれや説明して現段階の状況報告まで済んだところで「ふう」とため息が落ちた。
喋り疲れた。ちょっと水分補給しようとコウに目を向けたらすかさずペットボトルを手渡された。
「ありがと」とちいさく感謝を伝えて受け取る私にアキさんがハッとされた。
「お茶にしましょう」と声をかけてくださり、ヒロさんがちゃぶ台を出してくれた。
部屋の隅に準備してあったお茶と軽食を出してくださったのでありがたくいただく。菊様も他の皆様も手を伸ばし、ちょっと一息ついた。
落ち着いたところで「続いての報告ですが」と前置きして話題を変える。
「過去三十年の行方不明者は――私の覚えている限りですが――少なくとも九割は保志叶多の『願い』の関係で亡くなっていました」
「『現実世界』で起こった事件についても、今回新たに保志叶多と『災禍』の関与があるものが判明しました」
はっきりと報告する私にどなたもが黙ってうなずかれた。表情を変えないところはさすがだ。
「詳細はこれからヒロさんにコウの記憶を『視せ』て、リスト作成と確認をしてもらいます。――ヒロさん、お願いします」
「はい」と了承してくれたヒロさんにうなずきを返し、再び菊様に顔を向ける。
「ここからは確認です。
一連の事件――過去三十年の間に保志叶多によって多数の人間が殺されていること、これまで行方不明とされていた者が保志叶多の『願い』のために既に死んでいること、今回二百人の人間が『異界』に連れて行かれ殺されるところだったことを、公表しますか?」
じっと見つめる私に菊様は「それは私が決めることじゃない」とおっしゃった。
ああそうですか。あくまでも『災禍』を滅することが皆様の本旨であり、それ以外のこと――俗世の権力闘争やらひとの生死やら――は『関与しない』と決めておられると。
この『世界』に『落ちて』以降、国造りに関わり政治に関わった結果、姫様方・守り役様方を必要以上に頼りにして依存状態になったことが何度もあると。
だから今回も警察やら官公庁やらへの指示は安倍家に一任していると。後始末も安倍家の――主座様の一存で好きにしたらいいと。
なんか逆に大変ですね。おつかれさまです。
姫様方や守り役様方のご苦労をこっそりと労る私を菊様は無視しておられる。ただ主座様に目を遣られ「晴明」と呼びかけられた。『アンタに一任する』と、その短い一声で伝えられた。
その主座様は平伏された後、姿勢を戻し、しばし無言でおられた。
「――行方不明者が死んでいることは公表してもいいでしょう。遺族にとっても関係各所にとっても区切りをつけることは必要でしょう」
それはおっしゃるとおりですね。
私だけでなく皆様納得のお顔をしておられた。
「既に死亡判定が出ている事件や事故については――」
少し考えて、主座様はおっしゃった。
「――このまま放置しましょう」
放置。
つまり『保志叶多に殺されたと明かさない』ということ。
「今更『これは実は』と明かしても意味がない」
「安倍家が把握していれば十分でしょう」
まあ確かにそうですね。明かしたらあちこち大騒ぎになりそうな気がしますね。
主座様のご意見にはどなたもが納得され、それぞれにうなずかれた。
菊様も「いいわ」「アンタの好きにしなさい」と承認された。
「行方不明者の死亡報告についての問い合わせがあった場合、回答はいかが致しますか?」
晴臣さんの質問に主座様は「余計なことは言わず、ただ『死亡していることが確定した』とだけ報告しよう」とされた。
そこにコウが口をはさむ。
「遺骨や遺品を裏山に転移させています。それをご遺族にお返ししたいのですが」
これまでと比べて大人びたコウの言い方に主座様も保護者の皆様も驚いておられた。驚きつつも前世の――六十歳すぎまで生きた記憶を思い出したということに納得しておられた。
コウの問いには千明様が答えられた。
「『安倍家が別件を調査していたときに見つけた』で納得してもらえるんじゃない?」
なるほど。『ワケのわからない』『アヤシイ事案』は『安倍家が扱っている』と京都では知られている。ならば下手に説明するよりも『安倍家の取扱案件』で通して説明しないほうがいいかもしれない。
なにより『千明様が』そう発言されたということは、もうソレで決まりだ。
千明様のこと――おそらくはどちらかの神の『愛し児』であろうこと、彼女の発言は『神託』レベルなこと――は菊様にもご報告がいっている。
だからだろう。菊様も「じゃあそうしましょう」とあっさりと決められた。
ということで、過去三十年の行方不明者が既に死んでいることを公表する件については『安倍家が別件を調査していたときに見つけた』遺骨や遺品で死亡が確定したということにすることにした。
「なんで遺品がそのひとのものだとわかるのか」って聞かれたら「安倍家の能力者が『視た』」と説明することも決めた。
『記憶再生』はコウが生まれ持った特殊能力だけど、修業で同じような能力を身につけたひとはわりといる。
『記憶再生』レベルでなくても、モノやひとといった対象に触れたり相対したりして記憶や考えを『視る』ことができるひともわりといる。黒陽様や主座様だってできるし、なんなら私レベルでもできる。『視える』レベルはひとそれぞれだけど。
だから「『安倍家の能力者』が『視た』」の説明で、ほとんどのひとは納得するだろう。実際あとで遺品や遺骨をラベリングするときはコウがひとつひとつ『視て』いくわけだし。
遺骨や遺品がないひとに関しては『他のひとの遺物からわかった』と説明することにした。
まあぶっちゃけ『安倍家の能力者が』の力技でなんもかんも押し通すということだ。
過去三十年の間に『現実世界』で保志叶多によって殺されたひと達については放置。
『暴走族同士の抗争の結果』とか『突発的な心臓発作』とか、どんな形であれ結論が出ているわけで、今更それをかき回すのはよろしくないだろうとなった。
亡くなったご本人やご遺族の気持ちとか考えたら色々申し訳なくなったりご無念に胸が痛くなったりする。
だけど、だから。
私は、考えない。
今は、考えない。
今は『災禍』を確実に滅することを第一義とする。しなければならない。
神々に『願い』をかけている私がブレては『願い』が分散する。
万が一そのせいで『願い』を叶えるための思念量や対価の量が足りなくなったら『災禍』の『運』に負ける可能性がある。
まだまだナニが起こるかわからない。
最後の最後の瞬間にとんでもないどんでん返しが起こるなんて、よくある話すぎる。
竹さんの蘇生でコウにかけられていた『強運』は使い果たしたと神様方はおっしゃった。私にかけられている『強運』もかなり使っている。
だから、私は『災禍』を滅することを第一義にしないといけない。
確実に、今、滅するために。
他に気を取られない。『災禍』消滅だけを強く『願う』。
姫様方も守り役様方も『呪い』が解けた。姫様方は『記憶を持ったまま転生』するとは限らない。不死ではなくなった守り役様方はいつか死んでしまう。
つまり、今この機会に『災禍』を滅しなくてはならない。
万に一つでも取り逃すことになったならば、あとはもう誰にも『災禍』を止められない。そうなったら『災禍』は永遠に『世界』を彷徨うことになる。
そんなこと、させたくない。
『災禍』も、私達が必ず救う。
決意を新たにしたところで、残った確認事項を話し合うべく淡々と話題を切り替えた。
「今回の二百人の件、警察や官公庁にはどう報告しますか?」
万が一『現実世界』で鬼が出現したり何らかの戦闘があった場合を考慮して、警察や消防、官公庁へ安倍家から通達を行っていた。
「七月十七日の零時以降、京都市内で大きな災いが起こるとの『先見』が出た」
「多数の行方不明者及び死者が出る可能性がある」
「万が一に備え、警備体制及び避難者対応準備を整えておくように」
京都での安倍家の存在は大きい。
『神隠し』や『落人』なんてものがしょっちゅう起こっていて、そのたびに安倍家が対応したり指示を出したりしている。『先見』や集めた情報からテロや大事件を知り、関係各所に通報して未然に防いでいる。
だから警察や消防、官公庁の偉いひとほど安倍家の指示を聞く。偉いひとが指示を聞いて下のひとに命令を出したら、命じられた下のひとは言うことを聞かないといけない。
そうして今日までに各省庁でそれぞれに対応してきた。
春から安倍家により『過去三十年の行方不明者の情報』を提供させられていた各省庁。当然「なにか関連がある」と考える。
それもあって各省庁は安倍家からの通達を真摯に受け止め、対応に取り組んできた。
日付が変わって間もなく、警察と消防には「一緒にいたひとが突然消えた」とか「一緒にゲームしてたひとが急に反応しなくなった。急病で倒れてるかもだから助けに行って欲しい」と言った通報が何十件も入った。その中には各省庁の職員もいた。
各省庁は安倍家からの通達どおり、通報に対して聞き取りをし、現場に職員を向かわせると同時に安倍家に報告を上げた。その報告はメールで送られタカさんがまとめた。リストにされた報告をもとに晴臣さんが安倍家に指示を出し、明子さんと千明様がホワイトボードや地図に書き込んでいった。
ちなみに主座様はそれらの報告を確認しつつ式神達からの報告を受け、あちこちに指示を出しておられた。そちらも明子さんと千明様が書き込んでいった。
それだけの対応をし、実際通報を受けている以上、各省庁になにがあったかの説明は必要だろう。同時に、神社仏閣やら『守護者』への説明も。
神社仏閣や『守護者』へは『ボス鬼』と呼ばれる存在が出現する可能性があると伝えられていた。
実際下鴨神社に鬼が現れたり安倍家に龍が降臨したりといったことは京都に住むチカラのある能力者ならば誰もが感知できた。
「それらよりも強くて恐ろしい『ボス鬼』が出現するかもしれない」と知らされ、能力者達は戦慄した。
でも「安倍家で対応する」「主座様直属の者を全員出す」「姫と守り役が協力してくれる」と聞いて落ち着いた。
さらには「万が一に備えて」と安倍家から様々なアイテムを下賜された。聖水や特別なおにぎり、時間停止がかかる箱、霊力を補充できる霊玉やクリップなどなど。
それで神社仏閣や能力者達からの協力体制ができた。
その神社仏閣や能力者達には『バーチャルキョート』のことは伝えていない。
「主座様の『先見』でわかった」ことになっている。
だからそちらの関係者には安倍家から「『ボス鬼』が出る事態は防げました」「主座様の直属の者が対応しました」と報告すればそれで終わりでいい。ついでに高霊力が放出されることも伝えて「高霊力については各自でお好きに対応してください」としておけばいいだろう。
でも警察などの各省庁には『ボス鬼』のことは伝えていない。いくら安倍家からの通達とはいえ、霊力を感知できないひとの多い集団に「『ボス鬼』が出現するかも」というのは荒唐無稽すぎて逆に話の信頼度が下がる可能性があった。
『ボス鬼』のことは伏せておいて、テロとか自然災害とかだと思ってもらっていたほうがよく動いてくれるだろうとの考えから通達しなかった。
だから、各省庁へどのように説明するか、統一見解を定めておく必要がある。
先程菊様が術をかけた二百人のプレイヤーの中に各省庁の関係者がいた。
「『異界』でのことを覚えていたいか」の質問に、全員が「覚えていたい」と希望した。
その当事者達からも報告が上がるだろうから『異界』のことは報告したほうがいいだろう。ただ『どこまでを』『どう報告するか』が問題だ。
「『特殊な術によって二百人の市民が別の場所に連れて行かれた』ことは伝えますか?」
「……そうですね。それは伝えましょう」
私の質問に主座様が回答くださる。
「実際通報がいっていることでもありますし」
ですよね。
で、ここからがポイント。
「その術を行使したのは『誰』としますか?」
ぐるりと主座に、保護者の皆様とヒロさんに目を向ける。
「保志叶多が犯人だと公表しますか?」
「保志叶多のたくらみを公表しますか?」
今や世界中にユーザーのいる『バーチャルキョート』。その創始者である社長がこれだけの犯罪を行ったとなれば、ゲームも会社も大ダメージを受けるのは間違いない。
それだけではない。『バーチャルキョート』は現在、京都の経済にも大きな影響を与えている。「たかがゲーム」と言えない存在になっている。
それが大ダメージを受けるとなると、京都の経済も、場合によっては日本の経済にも影響が出る。
経済やら社会やらのことを考えるならば、カナタさんのことは隠蔽しておくほうがいいだろう。
でも。
「保志叶多は罪を犯しました
たくさんの人間の生命を奪いました
それは間違いない事実です」
カナタさんはたくさんのひとを殺した。
それは動かしようのない事実。
どんな理由があったとしても。
「その罪を問いますか」
「保志叶多に罪を犯した、その責任を取らせますか」
これを決めておかないとこのあと動けない。
この方針如何によって、これからどう動くかが決まる。
私達は伊勢で六十年以上生きた記憶を取り戻した。
それまでのアラサーの私と二十歳の晃はただただ『カナタさんを救う』ことだけを考えていた。憎しみにとらわれ、苦しんでいるカナタさんのココロを救おうと。
でも、年齢を重ねた視点で見直すと、カナタさんの犯した『罪』を見逃せなくなった。
どれだけカナタさんが奪われてきたとしても。
どれだけカナタさんが苦しんだとしても。
だからといって、他人の生命を奪っていい理由にはならない。
カナタさんは『罪』を犯した。
その『罪』を公にし、法に問うか否か。
公にしないとすればどう落とし前をつけるのか。
改めておひとりおひとりと目を合わせる。
私の言葉に反応して動くココロを見つめる。
順に目を合わせ、最後にタカさんと目を合わせた。
じっと見つめる私にタカさんは無言で視線を返す。
そのタカさんに、敢えて、厳しい言葉を投げかけた。
「タカさんのお友達も、トモさんのお友達のお知り合いも。みんなカナタさんのせいで死んでいます
―――それを、あなたは、許せますか?」
タカさんの記憶のナカで喪った友人が笑う。過ぎ去った楽しい日々が浮かぶ。彼がいなくなり、闇雲に行方をたずね歩くご家族や苦悩し嘆き悲しむ友人達が『視える』。
同時に家族を喪った少年も『視える』。どれだけ苦しかったか。どれだけかなしかったか。どれだけ『世界』が憎かったか。
ココロのナカにどれほどの嵐が渦巻いていても、表面上はなにひとつ出さないタカさん。眉一つ動かさず、ただじっと私の視線を受け止めている。
そんなタカさんに千明様がそっと寄り添われた。
愛しい妻の手が膝の上の自分の手に重ねられて、タカさんはゆっくりと千明様に目を向けた。
眉を寄せ痛そうな顔の千明様に困ったように微笑みかけるタカさん。そんなタカさんに千明様はますます痛そうに口を引き結ばれた。
「―――晃」
静寂を破ったのは主座様だった。
「保志叶多の余命は、あとどのくらい残っている?」
―――さすが主座様。それにお気付になられましたか。
晃は以前トモさんのおばあさまに精神系能力の修業をつけていただいた。そのときに『寿命で生命尽きる人間の霊力の変化』を教えていただいた。
カナタさんに『浸入』した晃は、当然カナタさんの霊力に触れている。少年時代、中学時代、高校時代、青年時代。そんな変化を『視て』きた。そして現在のカナタさんの霊力にも触れた。
だからあの会社訪問の『浸入』のとき、晃はカナタさんの余命を知った。
『黙っとけ』と命じたのは私。
カナタさんの余命は、今回の件には関係ないと判断したから。
その判断をした私にコウが目を向ける。
うなずくことで発言の許可を出す。
別にどうしても秘密にしておかないといけないことじゃない。ただ諸々の判断に迷いが生じる可能性があったから黙っていただけ。
でも主座様が『必要だ』とお感じになるならば、明らかにするのはやぶさかではない。
私のそんな考えを読んだコウがちいさくうなずき、主座様に顔を向け、はっきりと告げた。
「―――三か月」
アキさんと千明様がちいさく息を飲まれた。
タカさんはただ黙っていた。
主座様は「……そうか」とちいさなつぶやきを落とされた。
「『宿主』の余命が残りわずかだから『災禍』はこれだけの陣を今発動させようとした、ということね」
緋炎様の推測に「そうです」と答える。
「彼らの当初の計画どおりに進めば、最後の仕上げに『贄』とした召喚者二百名の霊力とカナタさんの霊力を使い、京都の人間を『異界』に連れて行き鬼に食わせ『贄』とし、新たな『贄』の霊力でまた次の人間を召喚し食わせ……。
そうして京都の人間がすべていなくなったときに『宿主』保志叶多の生命も尽きる予定でした」
「なるほどね」と菊様と紅白美女は納得を見せておられる。アキさんと晴臣さん、千明様は心配そうな目をタカさんに向けておられた。
当のタカさんはただ黙って私の話をじっと聞いていた。
そんな中、主座様がはっきりとおっしゃった。
「だがその計画は破棄された」
「はい」
うなずく私に主座様は口を閉じられた。
保護者の皆様とヒロさんのおひとりおひとりに目を遣り、菊様に目を向けられた。
菊様はどこか面白そうに主座様の視線を黙って受けておられた。
次回は2/27(火)投稿予定です