久木陽奈の暗躍 90 報告
トイレを済ませて顔を洗う。やっぱり浄化よりも水で洗ったほうがさっぱりする。気合も入った。
洗面所から部屋に戻りまた時間停止の結界を展開させてから身支度をする。コウは安倍家の戦闘服。軽鎧は今はいらないでしょ。ウン。それでいいわ。かっこいいわよ。私はTシャツにジーンズ。これから食事だから今はこれでいい。次に休憩取ったあとはブラウスとスラックスに着替えよう。
菊様への報告を先にするか食事を先にするか迷ったけれど、先に食事にすることにした。報告のあとは怒涛の指示出しと確認に追われることは間違いない。そのまえに腹ごしらえしとくほうがしっかりと頭が動くだろうし働ける。
そう考えてコウとふたり食堂へ向かった。
食堂はなごやかな雰囲気だった。
黒陽様と蒼真様もつい先程食堂に来られたばかりだという。
軽く挨拶を交わしながら互いの状態を確認し合う。
皆様「しっかりと回復した」とおっしゃる。
竹さんもトモさんも傷ついていた魂がかなり修復されている。しっかりと休んでしっかりとイチャイチャしたのだろう。まだ完治とはいかないようだけど体調も霊力も問題ないようだ。
そしてふたりの雰囲気がまた変わっている。
休憩に入る前と比べて格段に結び付きが強くなっている。甘々ラブラブ度が増している。熟年夫婦のようなしっくり具合に『もう大丈夫』と自然に思えた。
《『太陽』、宿ってるね》
コウが思念で伝えてくる。こっそりと目を合わせうなずき合う。
この調子なら『あの子』を救うのも計画どおりイケるだろう。菊様に進言すればあとは菊様がいいように取り計らってくれるに違いない。
やるべきことを頭に浮かべ、再度気合を入れた。
梅様蘭様が来られるのを待っていたら、まさかの菊様と白露様緋炎様も登場された。
まさか姫様方と守り役様方が勢揃いするとは。
そこで食事しろとか、なんの嫌がらせですか!
そうですか。キッチリ回復された梅様が「先にこれまでの確認と主座様へのご挨拶が必要だ」と判断されましたか。お風呂を済ませて四人部屋でお休みになった菊様と紅白美女と合流して神棚のお部屋で時間停止かけて話し合いされてましたか。有能で仕事のできる方だと感じていましたが、ホント有能ですね梅様。
そして梅様蘭様が食事に向かわれるならついでにと菊様達もついてこられたと。
離れ専属の式神ちゃん達が別に席を作ってくれたので私はさっさとそちらに逃げますね。
美女は遠くから拝むくらいがちょうどいいです。同席とか畏れ多いです。
どうにか自己紹介も済ませてようやく食事をいただけた。ナツさんのごはんはやっぱり最高。あったかい味噌汁が沁みる。
私もコウも情報処理したり昔の記憶取り戻したりで疲弊してたから、より沁みる。回復する。
ああ。このごはんのために生きている。
「大袈裟だなあヒナは」
なにが大袈裟なものですか。そういうアンタこそそのごはん何杯目よ。
大満足の食事を終えたあとはテーブルを片付けてご挨拶に伺うための打ち合わせ。
申し上げるべき一番大事なことは、これまでのご加護に対する御礼。おかげで今回あれやこれやとうまくいき、『災禍』をどうにかできそうな上に『呪い』まで解けた。
全部片付いたら改めて御礼に伺うけれど、これまでの御礼と、これからのご支援をお願いしたいことをお伝えするよう徹底した。
聞かれるであろう今回の件について、神様方や『主』様方には正直にご報告することにした。姫様方と守り役様方が御礼にあがったときにこれまでのこととこれからのことをご報告することとし、どういう説明をするかも確認しあった。
このあとの長刀鉾の注連縄切りと同時に高霊力があふれることも忘れずお伝えするようお願いする。お伝えしておけばその霊力を取り込むなり防ぐなりは各自対応されるだろう。
打ち合わせを終えたら姫様方と守り役様方、竹さんの護衛のトモさんはあちこちにご挨拶に向かう。
ヒロさんとコウは『異界』に連れて行かれた人間のリストアップやらこれまでの報告やらを受け持ってもらう。私もその情報分析班に加わる。
ナツさんと佑輝さんは差し迫ってやってもらうべきことはない。なので竹さんと黒陽様に出発前に水を出してもらい、おふたりに水の小分けとおにぎり作成をお願いした。
そうしてやるべきことを確認し合い、それぞれに動き出した。
他の面々が転移されたのを見送った菊様は白露様緋炎様を従えて二階のリビングを出られた。ナツさんと佑輝さんを激励したヒロさんがそのあとに続き、私とコウがさらに続く。
菊様と白露様緋炎様は私達が休んでいる間にお風呂を済まされ睡眠も取られていた。お三方とも他の皆様と同じく体調にも霊力にも問題なさそうだ。
階段を降りていたら、後ろに続く私達を振り返ることなく菊様がお声がけくださった。
「―――で?」
短い問いかけでもおっしゃりたいことは十分伝わったのでその背に話しかけた。
「ご報告したいことと、確認したいことがございます」
「―――誰に?」
「まずは菊様と白露様緋炎様、それと安倍家の皆様に」
「そう」
あっさりと答えた菊様はそのまま神棚の部屋に向かわれた。
ヒロさんが一声かけて襖を開き、菊様が部屋に入られる。白露様緋炎様がそれに続く。
私達も続いて部屋に入ると、主座様と保護者の皆様は平伏で菊様をお迎えされていた。
神棚を背にお座りになる菊様の両脇に白露様と緋炎様が座られる。
時間停止の結界は白露様が展開してくださった。
「時間停止かけたから。晴明も明子達も手を止めて一緒にひなの話を聞いて」
白露様にそうお願いされ、皆様が私に目を向けられた。
襖の前にコウと並んで座った私に注目が集まったのを確認して、にっこりと微笑んだ。
「皆様、お時間を頂戴しありがとうございます」
そうして、コウとふたり頭を下げた。
「まずはご報告したいことがございます」
そう前置きし、話を始めた。
「私とコウは、昔の記憶を思い出しました」
「『昔』?」
書記役のヒロさんがパソコン入力の手を止め復唱する。そのヒロさんにひとつうなずき、皆様に説明する。
「私には前前世にあたる記憶。コウには前世にあたる記憶と、ずっとずっと昔――奈良時代にあたるときの記憶を思い出しました。
私達は今、三回目の人生にあたると認識しています」
「じゃあ」
白露様のちいさなつぶやきに、にっこりと笑みを向ける。
「その節はお世話になりました」
それだけで白露様には伝わった。
「ひな―――!」うれしそうに頬を染める白露様に「はい」と答えしっかりとうなずきを返し、菊様に向けて両手をついた。隣のコウも同じようにした。
「改めまして。
今から約百年前、伊勢で『日の巫女』と呼ばれていました、ヒサキヒナでございます」
「同じく。百年前の伊勢の『火継の子』、ヒムラコウです」
ふたり揃って頭を下げる。白露様は「ふたりとも、あの頃のことを思い出したのね!」と喜び、菊様はそんな白露様をジロリと睨みつけられた。
「―――白露?」
『どういうことか』『説明しろ』の意味のこもった威圧にも長年の守り役様は平気な顔で「あら? 言ってませんでしたか?」なんてケロッとしておられる。
「聞いてないわね」
「ちょうど姫がいないときだったかも?」
「白露」
「だって姫」
主の怒気にも平気な顔で銀髪美女が微笑む。
「本人達に前世の記憶がないのに『この子実は前世でこんな子だったんですよ』なんて報告したって意味がないじゃないですか」
それは確かにそのとおりだ。そう理解できるからだろう。菊様は美しいお顔を般若のようにしかめるだけで口を閉じられた。それでも美しいのだから美人は得だ。
守り役様に向けておられた目を私に向けられた菊様。
『詳しく説明しろ』との視線にうなずき、口を開いた。
「実はこのコウは前世でも霊玉守護者でした。
修行を重ねて霊玉守護者となるだけの能力を得て霊玉を迎えたのですが、初めて手にしたときに霊玉の記憶を『視』まして。そのために自分の前世まで思い出してしまったんです」
そうして説明した。奈良時代に生きていた頃のコウが霊玉のもととなった『禍』の友達だったこと。殺されたコウの亡骸を彼が食べたために憎しみにとらわれ炎を使うようになったこと。霊玉の記憶と自分のその頃の記憶を『視た』前世のコウが「自分のせいで」とひどく嘆き悲しんだこと。コウのために伝手をたどって白露様に話を聞き、私が策を立てたこと。その後も白露様と親しくしていたこと。当時の私の立てた策。そのために霊力を献上したので前世と今生の私は一般人並の霊力しかないこと。
「――つまり、ヒロ達が同い年なのも、三年前に『禍』の封印が解けたのも、前世のひなちゃんの『願い』を神様達が叶えてくださったからなんだね」
タカさんの確認に「そうです」と答える。
「そしてそのひなちゃんの『願い』のおかげで竹ちゃんが『半身』に出会えた。霊玉守護者達がいたから今回『災禍』が叶えようとしていた『願い』を阻止できた。京都は滅びなかった。皆様の『呪い』が解けた」
そう並べると私が大金星あげたみたいじゃないですか。そっちはたまたまですよ。
そう思うのに阿呆が「そうです」と勝手に答えた!
《余計なこと言うな!》と叱ったけれど阿呆は阿呆なので私を褒められてニコニコしている。この阿呆!
「―――やっぱり竹様が『鍵』だったわね」
ため息まじりに緋炎様がつぶやきを落とされる。
「――そうですね。竹さんが『彼』を封じたから霊玉が生まれて、それをコウが手にしたから私がこんな策を立てて『願い』をかけたのですものね」
「そして晃が巻き込まれ、ひなちゃんも参戦することになった」
私のまとめにタカさんが付け加える。
「私は別に――」
大した戦力にはなってないでしょう、と続けようとしたのに、紅白美女も保護者の皆様も「ホントね!」「すごいわね竹様!」なんて言い出して訂正しきれなくなった。まあいい。放置だ。
「とにかく。
私もコウも、伊勢のときは六十過ぎまで生きました。それなりに術やらなんやらもたしなみました。その記憶も思い出しましたので、これまで以上にお役に立てるかと存じます」
「私達に関する報告は以上です」とまとめ、コウとふたり揃って菊様に頭を下げた。
「ご苦労」と菊様は鷹揚にうなずかれた。
「ホント、いい『駒』を手に入れたわ」と菊様はゴキゲンだ。
「ふたりとも。これからも働いてもらうわよ」と命じられたので「はい」と頭を下げた。
今コウがこうして生きているのは、あのとき菊様が『まぐわい』を提案してくださったから。
その案をいただくために私は私自身を『対価』として差し出した。それを忘れてはいない。
たとえ実は伊勢の『日の巫女』だったとわかったとしても、私自身が菊様への『対価』であることは変わりない。
コウが無事帰ってきたからと言って、もうすぐ全部片がつくとはいえ、それを忘れてはいけない。ないがしろにしてはいけない。
『日の巫女』だった私は『誓約』の意味もしっかりと理解している。
だから、今後も私は菊様の『駒』として働かなくてはならない。
とはいえ、この『主』にお仕えするのは案外悪くない。白露様が五千年の長きに渡ってお仕えしておられるだけある。
今後もお役に立てるよう、精々精進するだけだ。
「竹さんが『鍵』という点に関しててすが」と『竹さんがあきらめていたらどうなっていたか』の報告をした。どなたもが、菊様までもが絶句されていた。
「トモさんのおかげで竹さんは良い方向に変わりました。
そのおかげで今回なにもかもがうまくいったようです」
「確かに」と皆様が納得される中、菊様だけは「それだけじゃないでしょう」とおっしゃった。
「確かに智白も竹を変えたけど、他にも竹を変えた人間がいるじゃない」
そのお言葉に、皆様が一斉に私に目を向けられた。
全員の視線を浴びてビビる私に、菊様はそれはそれは美しい笑顔でおっしゃった。
「アンタよ。ひな」
「そんな」とついもれたけれど菊様はゆるく首を振り、大きな目を細められた。
「よくやってくれたわね」
「私達の責務が果たせそうなのも。『呪い』が解けたのも。
アンタのおかげだと、よくわかった。
ありがとう。ひな」
『私は大したことしていません』『それは全部皆様ががんばってこられたからです』色んな言葉が浮かんだけれど、白露様と緋炎様まで「ありがとうひな」「感謝してもしきれないわ」なんて頭を下げられるから、下手に謙遜するのもどうかと思ってただ黙って平伏した。
次回は2/20(火)投稿予定です