久木陽奈の暗躍 88 裏話
それにしても。
なんで突然こんなものが『視え』たのかしら。
――ああ。神様方の御業でしたか。
まあそうでしょうね。
でも、なんでまた。
はあ。今回もご満足いただけましたか。それはよかったです。
で?
はあ。霊力を献上するためのこの陣で神域とつながったと。バッチリ献上できた霊力にご満足いただけたから、つながってる間だけちょっぴり裏話教えてあげると。
………裏話……。
イエ。おっしゃるとおり大好物です。ハイ。ヲタクなので。
ただちょっとその、スケールが大きすぎるなぁー、なんて……。
あっ! スミマセンスミマセン! 大好物です! めっちゃ萌えました! ハイ! ありがとうございます!
え? ついで?
イエもうおなかいっぱ………いじゃないです! ハイ! ありがとうございます!
ハイ! ヲタクなんで! 裏話とか裏設定とか大好物です! ありがとうございます!
ただ、今回の献上は、このたびのあれやこれやの御礼でして、そんな裏話教えていただけるようなことじゃないっていうか、申し訳ないかなー、なんて…。
は? ご褒美? なんの。
――はあ。晃があそこで神域を作り出したから神様方が介入できたと。さらにはナツさんと一緒に強く強く『願い』をかけたから『降臨』――菊様への『神降ろし』が実現できたと。そうでなかったら竹さんは助けられなかったと。まあそうでしょうねぇ。
ああ。竹さんは皆様の『愛し児』ですものね。『愛し児』を助けられてうれしかったですか。さらには『愛し児』のあんなしあわせな様子が見れてうれしいですか。よかったですね。
は!? イエ! そんな!
私はただ『もったいない』って思っただけです!
そんな、『吉野の桜』を晃のアイテムボックスに保管させておいた私の手柄とか、違います! たまたまです!
もし『手柄』だとしたら、それは思いついて実際使った晃の手柄です! 私は違います!
『慎ましい』とか、違いますから! ホントに!
え? 私の『祈り』も届いてたんですか?
お授けいただいた晃の『強運』があの『神降ろし』と竹さんの蘇生で尽きたけど、そのあとは私の必死の『祈り』に応えてくださってたんですか。それで『異界』のなかの『異界』に気付けたり『災禍』を菊様の管理下に置いたりカナタさんを説得できたりしたんですか。それはホントありがとうございます。
イエですから感謝するのは私のほうです。御礼を……。
イエ。そんな一回だけじゃ御礼には足りないと思います。晃を助けてくださったのに。
はあ。また献上したらよろしいですか。そうですか。そうですね。じゃあまた献上しますね。
で?
はあ。助けられた『愛し児』がしあわせそうだし、晃は良い働きを見せたし、今回私達が献上した霊力もすごく上質で大満足だと。ゴキゲンだと。
テンション上がってるから裏話バラしたいと。
………もう充分おうかがいしたと思うんですが………。
え? 違う?
私達の裏話?
……………は?
裏話?
私達に?
………そりゃ気になりますよ。そんなふうに言われて気にならないわけないじゃないですか。
……………ええぇぇぇー……………。
……………じゃあ……………ハイ……………。
おうかがいします……………。
了承した途端にぐらりと目眩がした。
ぐらぐらと揺れるなか、どこかに沈み込んでいくのがわかった―――
――――――
―――私は―――
―――そうだ。私は伊勢の神に仕える巫女。
『日の巫女』と呼ばれる、特別な巫女。
浄化やらなんやらの術も使えるし、霊力量も歴代トップクラスに多い。
豊富な霊力を神様方に献上し、世の平穏を願う日々のなかで『半身』のコウと出逢い、愛し合い結ばれた。
コウは『火継の子』として神々に愛される能力者。さらには『記憶再生』の特殊能力を持っていた。
優れた『火』の能力者でもあったコウは神職であると同時に私の護衛でもあった。
そんなコウが修行を重ねていたある日、突然現れた霊玉を手にした。
その霊玉にコウの『記憶再生』の能力が発動した。
「マカラ」
『そのひと』は『昔のコウ』の友達だった。
異世界からの『落人』だったひと。元の『世界』で奴隷だったひと。道具のように扱われ戦に連れて行かれ、理性を奪われたくさんのヒトを手にかけてきたひと。
この『世界』に落ちて、兄弟子である儀浄様に救われた彼は、儀浄様を看取ってコウの住む房にやって来た。
赤い髪に蘭陵王のような面をつけた彼を、病床のお師匠さまは受け入れた。お師匠さまが受け入れたからコウも受け入れた。
偶然彼に触れたときに彼の『記憶』を『視た』。
壮絶な過去に言葉が出なかった。
彼がヒトを喰う存在だと理解したけれど、恐怖は起きなかった。
どれだけ儀浄様が好きかも理解したから。
「おれ達の前にいるときは面をはずしてもいいよ」
「おまえの青い目も赤い髪も、綺麗だと思うよ」
そう言ったら、面を外した彼は照れくさそうに微笑んだ。「お師さん以外で初めてそんなこと言われた」そう言って。
コウは捨て子だった。
生まれてすぐにお師匠さまの房の前で拾われた。
同じように拾われた翔浄とふたり一緒にお師匠さまに育てていただいた。
年齢を重ねられたお師匠さまが病に伏せられてからはふたりでお世話をしていた。
お元気なときはお勤めに励んでおられたお師匠さまだったけれど、病に伏せられてからは房を出ることもできなくなった。
年若い自分達ではお師匠さまの代わりにならない。お師匠さまの他の弟子は皆市井の民を救おうと房を出ていた。
清廉なお師匠さまは元々他の方々から煙たがられていた。それもあって待遇はどんどんと悪くなっていった。
自分達が捨て子だということは広く知られていた。それは別にどうということはない。だけど、後ろ盾のない自分達を日頃の鬱憤のはけ口にする連中が現れた。抵抗すれば「お師匠さまに言いつける」「お師匠さまの食事を減らす」「お師匠さまに心配させるのか」と言われ、まだ幼かった自分達は抵抗できなかった。
最初はちょっとした嫌がらせに過ぎなかったものが次第にひどくなっていった。それでもお師匠さまのためにと我慢していた。
彼が来たのはそんな頃だった。
彼は自分達の置かれた境遇にすぐに気がついた。
「そんなのおかしい」と怒った。「我が倒してやる」と。
彼がヒトを喰う存在だと理解していたコウは彼を止めた。「自分達は大丈夫だから」と。
寺でヒトを殺させるわけにはいかなかった。
彼を罪人にしたくなかった。
彼はようやく傷の癒えた獣。コウはそう理解していた。
賢くてやさしい獣。儀浄様のことが大好きな穏やかな獣。だけど獣だからその牙も爪もニンゲンを簡単に傷つけてしまう。そうなれば彼は排除されてしまう。殺されてしまう。
そんな目に遭わせたくない。
儀浄様のおかげでようやく救われた彼を苦しめたくない。
そう思って、彼をなだめた。
「悔しいけど、あいつらの言うことを聞かないとお師匠さまの食事がもらえないんだ」「だから我慢してくれ」
そう言った自分達に対して、彼は簡単そうに言った。
「それなら自分達で食べ物を採ればいい」
「ちょっと採ってくる」
なんのことかと首をかしげている間に彼は姿を消した。
しばらくして帰ってきた彼は両手いっぱいの米と野菜を持っていた。
「山で猪を狩った」「寺では肉が食えないから交換してくれと商家に持ち込んだ」
こんな舞楽面をつけた怪しい子供の言うことを信じる商家があるのかと思った。
あとでその商家に聞いたら、どうやらたまたま参詣からの帰り道に猪に襲われたところを彼が助けたそうで、舞楽面に赤い髪という異形は「神の御使い」と理解されたらしい。「御礼を」と食料をタダでくれようとしたから猪を置いてきたというのが真相だった。
それからも彼は山で獣を狩ってはその商家に持ち込み食料に変えてきた。ときには薬や金にも変えてきた。彼のおかげで寺の支給に頼る必要がなくなった。コウと翔浄が本坊に行く回数が減ったから理不尽な暴力を受けることも減った。
減ったけれど暴力がなくなることはなく、むしろ回数が減った分ひどくなった。彼は怒ったけれど自分達のために反撃せずこらえてくれた。
その商家の伝手でお師匠さまを医者に診せることができた。薬も適切なものをもらえた。「滋養のあるものを食べさせたほうがいい」と助言を受けた。それでも肉を食べようとしないお師匠さまのために彼は滋養が多いと言われる芋や木の実を山で採ってきた。
「お師さんに教えてもらった」と得意げな彼にお師匠さまもうれしそうだった。
そうやって三人でお師匠さまのお世話をしていた。
「もう少しで春が来ますよ」「春になったら皆で山菜を食べましょうね」そう話していたのに。
春間近のある日。
お師匠さまは御仏の国へと旅立たれた。
お師匠さまのいらっしゃらない寺にいる理由はなかった。
お師匠さまの弔いをし、遺品と房を本坊の責任者にお願いした。
その足で兄弟子である律浄様のところに向かう予定だった。彼とは住んでいた房で合流する約束だったから房に向かって歩いていた。
その道を、数人にふさがれた。
いつもコウ達を鬱憤晴らしに虐げていた連中だった。
彼は世話になった商家に旅立ちの挨拶に行っていて不在だった。
翔浄とふたり逃げようとしたけれど囲まれた。相手が多かった。なすすべもなく殴られ、蹴られ――死んだ。
肉体から魂が離れ、それでもそこに留まっていたのは彼のことが気がかりだったから。
だから彼が戻ってきて魂の自分達に気がついて別れの言葉を告げられたら、吸い込まれるように昇天した。
―――だからコウは知らなかった。
遺体にわずかに遺っていた『記憶再生』が彼の霊力に反応して発動し、コウの亡骸に触れた彼がふたりの最後になにがあったか知ったことを。
コウの亡骸を喰べた彼が、そのときは顕現していなかったけれど内包していたコウの『火』の能力を得たことを。
そのために復讐を決意し、黒い炎を使うようになったことを。
あんなに嫌っていた『人喰い』を重ね『ヒトならざるモノ』に成り『禍』に成ってしまったことを。
ずっと黒い炎に灼かれ続けていたことを。
殺され、封じられてしまったことを。
「―――おれのせいだ」
ボロボロと涙を流し、コウが霊玉を握りしめた。
「おれのせいでマカラを苦しめた」
「おれの能力がなければマカラはこんなことしでかさなかった」
「おれがマカラに罪を犯させた」
「おれのせいで」
「あんたのせいじゃない」「そんな何世前になるかわからないことまで背負うな」「今のあんたは前の記憶がなかったんだから」「生まれ変わったあんたには関係ない」
どれだけ言っても、なにを言ってもコウは聞かなかった。
『記憶再生』で完全にそのときの記憶を取り戻したコウには捨て置けないことだった。
嘆き悲しむコウを救うためにはどうすればいいのか。
私は考えた。
まずは事情を調べる必要がある。
コウの記憶を『視た』から、彼を封じた人物はわかっていた。
様々な伝手を頼り、異世界の姫の守り役様と接触することができた。
大きく美しい白虎に事情を話した。
私の『半身』が霊玉を手にしたこと。
霊玉の『記憶』に当てられて嘆き悲しんでいること。
特殊能力のことは軽々しく口外できない。だからただの精神系能力者として話をした。
怪しまれるかと心配したけど、コウ本人に会ってもらい霊玉を見せたら白虎は納得した。
そして話をしてくれた。
この霊玉の持ち主がいかに大きな霊力を持っていたか。
封印に特化した姫をもってしても封じられなかったために魂と霊力を分けて封じたこと。
常人ならばそれで十分だが彼の霊力は大きすぎたので、霊力を五つに分け五行の理で包み封じたこと。
霊力は魂に影響を与えるから、霊玉に封じた五つの霊力が受ける浄化の力で魂の浄化をはかったこと。
霊玉は五行それぞれの属性の強い清らかな場所へ送られるが、たまにヒトの手に渡ること。
霊玉を持つ人間は『霊玉守護者』と呼ばれること。
数百年前――豊臣秀吉全盛の時代に一度封印が解けたこと。当時の霊玉守護者が五人集まり再封印したこと。
現在の霊玉守護者は、白虎の知る限りコウひとりなこと。
「―――つまり、この霊玉をコウが持っているだけで彼が浄化されるということですね」
私の確認に白虎は「そうよ」と答えた。
「何百年、何千年かかるかわからないけど、いつかは浄化されると思うわ」
「前回みたいに途中でそれまで蓄積した浄化が無効にならなければの話だけど」
白虎の余計な一言にコウは愕然とした。
「そんなに長い間苦しめていたくない」
「おれひとりでもマカラを助けに行く」
そう言って飛び出そうとするから「阿呆」と止めた。
「ひとりでなにができる」
「情報を集めて戦略を立てて事に当たらないと無駄死にだ」
「無駄死にしたら彼を救えない」
懇々と言い聞かせた。
私の説明はコウにも納得のものだったから出ていくのは諦めた。けれど今度はなにもできない無力な自分に泣き暮らすようになった。
気晴らしになればと仲良くなった白虎と修行させたり三人で話をしたりした。
白虎はおっちょこちょいでうっかり者だった。
自分の身体の大きさを把握せずあちこちを破壊した。すぐに術で修復してくれて事なきを得た。
見事な術式展開に相当な術者であることがわかったからコウとふたり白虎に師事した。
おかげで元々多かった私達の霊力はさらに増えた。使える術も増えた。精度も上がった。
日頃の雑談の中で白虎の事情も知った。
約五千年前に異世界から落ちてきた『落人』であること。仕える姫がいること。自分達と同じ立場の姫と守り役が他にもいること。自分達に『呪い』を刻み、何度も『世界』を滅ぼしている存在のこと。それを滅することが自分達の責務であること。京都の安倍家が協力してくれていること。
白虎の話を聞いて、思いついた。
転生を繰り返す姫。転生を繰り返す安倍家の当主。
転生―――生まれ変わる―――。
策が、できた。
あちこちに確認をし、立てた策を聞いてもらう。
かなりの博打になるけれど、どなたもが「可能性はある」と判断された。
可能性が少しでもあるならば実行すべきだ。
コウに私の策略を説明した。
今生はコウが手にした霊玉を浄化することに集中する。
そして来世、霊玉を持って産まれる。
そうなるように『願い』をかける。
神様方に確認したところ、私達が本気の本気で『願い』をかけたならば「まず叶うだろう」と保証してくださった。
もちろん『対価』の量で叶えられるものと叶えられないものはあるけれど、『霊玉を持って産まれる』くらいなら「大丈夫」とのことだった。
赤子の状態でこの霊玉を持つのはかなりの危険を伴う。けれど、霊玉にふさわしい霊力になるまでに他のひとが霊玉守護者になる可能性もある。
確実にコウが霊玉守護者となれるよう、転生するまではどこか清らかなところに封じておいて、生まれ落ちるときに持って生まれるようにする。
そうすれば生まれ落ちる前から霊玉の浄化もできる。確実にコウが霊玉守護者になれる。
もちろん、そんな高霊力を持って生まれる赤子の出産に母体が耐えられるかわからない。だから、この伊勢の娘を母親に選ぶ。私達の流れを汲む血統の娘ならばそこまで反発はないはず。
転生したらおそらく今の記憶はなくなる。
できれば記憶を持って転生したかったけれど、そこまでするには『願いの対価』が足りなかった。
だから、私がそばにいられるようにする。
『半身』である私がそばにいたらコウは安定する。
ふたりで然るべきときまで修行を重ね、彼を救う。
彼を救うためには他の霊玉守護者も必要だ。だから同じ世代で霊玉守護者が全員揃うように『願い』をかける。
「……つまり」
コウが確認する。
彼を救うためにかける『願い』は次の四つ。
コウが霊玉を持って転生すること。
私達の流れを汲む伊勢の娘を母とすること。
私もコウのそばに転生すること。
残り四人の霊玉守護者も同年代で存在すること。
コウのまとめに私も再度検討を重ねる。問題点はないか。改良点はないか。
と、ある一点が気になった。
赤子のコウに私がつくときは私も赤子か幼児だ。それでとうやってコウを支えるのか。
私だけ数年先に転生する?
「その間にヒナを誰かにさらわれたらどうするの!? ダメ!」
「あんた以外好きになるわけないじゃない」と言っても阿呆は聞かない。じゃあどうするか。
「じゃあ私、先に一回人生送っとくわ」
今生献上する霊力量ではあれやこれやの『願い』をかけたら『記憶を持って転生』までは望めない。
だから、私だけ先に転生する。
そのときに献上する霊力を対価として『記憶を持って転生』する。コウのそばに。
そうすれば中身大人だ。十分赤子のコウも幼児のコウのお世話ができる。
「その人生でおれ以外の男と恋したり結婚したりしたらどうするの!? イヤだ!!」
やっぱり阿呆が騒いだけれど、策を立ててみたらこれが一番確実だと思えた。
騒ぐ阿呆は神様方がなだめてくださった。
これまでに数多くの『半身』をご覧になってきた神様方によると、『半身持ち』は己の『半身』以外は恋愛対象として反応しないらしい。たとえ前世の記憶がなくても、『半身』と出逢うまでは異性に興味を持たないとおっしゃる。
「それなら」と阿呆もようやく納得した。
そうして、神々に『願い』をかけた。
『日の巫女』と『火継の子』による本気の『願い』。
対価は日々の霊力献上とふたりのまぐわいで生まれる霊力。そして、『日の巫女』である私のほとんど全部の霊力そのもの。
だから生まれ変わった私には一般人並の霊力しか残らないだろう。それでもいい。愛する男のために捧げられるのだから。
コウも自分の霊力を対価にしようとしたけれど、それは止めた。
コウは霊玉守護者にならなければならない。
霊玉守護者に必要なのは属性特化の高霊力。コウの霊力を一部でも対価とした場合、転生後の霊力量が減る可能性がある。そうなっては霊玉守護者になれるかわからない。
私の策は神様方にも承認された。
そうして私達はそれから毎日霊力を献上した。これまでもお勤めとして献上していたけれど、それに上乗せして『願い』をかけながら献上した。
まぐわいも頻繁に行い霊力を献上した。
コウは日々霊玉を浄化すべく霊力を込めた。
そうして何年も何十年も『願い』を込め対価を捧げた。
『そのとき』のために。
彼を救うために。
次回は来週2/6(火)投稿予定です