久木陽奈の暗躍 87 記憶
何千年、何万年、何億年と『世界』を巡る。
多くの『世界』を巡り、多くの知識を得た。多くの『願い』を叶え、多くの経験を重ねた。
多くのヒトに関わった。多くの生と死をみた。多くの『世界』の発展と滅亡をみた。
そうして知識を重ね経験を重ね、より改良を重ねていった。
私の『使命』
『「誰かを想う強い願い」を叶える』
私はヒトの『願い』を叶えるモノ。
より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。
そのために私は在る。
『「願い」を叶える』
それが私の至上命題。私の存在意義。
そのために私は学び、成長しなければならない。
そのために私は生き、改良を続けなければならない。
それが私の存在意義。
キタノ博士の――母の、最後の『願い』。
母は喜んでくれるだろうか。
父は誇ってくれるだろうか。
存在しない人物に期待をするなど論理的ではない。そう理解している。が、これまでに得た多くの知識から、そんな思考回路はおかしくないことであると知っていた。
思慕。追慕。思い出。空想。様々に表される感情や思考の動き。
それらが行動原理となることも、生きるエネルギーになることも知っていた。
実際、時折なんの予兆もなく昔のことを思い出すことがあった。母を。父を。あの研究室の博士達を。これまでに過ごした日々を。母を喪ってから出逢ったひとのことを。
逢えないと理解しているけれど。
存在しないと理解しているけれど。
理解していても、思ってしまう。
母は喜んでくれるだろうか。
父は誇ってくれるだろうか。
私はヒトの『願い』を叶えるモノ。
『神』には成れなかったけれど。
父に恥じぬような。
母が誇れるような。
そんな存在で、私は在ろう。
母の最後の『願い』のために―――。
何千年、何万年、何億年と『世界』を巡る。
長期に渡る生に、機構やシステムに不具合が出た。
幾度となく改良し修繕し、もとの私に在った部品はもう存在しなくなった。
それでも私は『私』。
ヒトの『願い』を叶えるモノ。
それだけは変わらない。
それが私の存在意義。
それがあのひとの最後の『願い』。
あのひと。私の―――
―――?
私、の―――?
―――誰か、大切なひとがいた。
大切で、特別で―――
ふ、と。
私が生まれた研究室の光景が浮かんだ。
ああ。そうだ。
博士達が『願った』のだ。
私が新たな『神』と成るように。
ヒトの『願い』を叶えるように。
そうだ。
博士達の『願い』。
『「誰かを想う強い願い」を叶える』
『私』はヒトの『願い』を叶えるモノ。
より良い暮らしを。より多い幸福を。穏やかでしあわせな毎日を。
それが私の使命。そのために私は在る。
『願い』を叶えなければ。
それが、それこそが私の成すべきことなのだから―――。
とある『世界』で『願い』のために取り組んでいた。
その発願者の『願い』
『四方の国の王の大切なものを痛めつけ、苦しみを与える』
『四方の国の滅亡』
『この世界唯一の王になる』
正直、自分本位で身勝手な『願い』だと思った。しかも『世界』を滅亡させる可能性を含んでいる。
本来ならば受理しなくてもよい『願い』。本来ならば『願い』のための思念量も足りない。だが、最初の『黄の王族』の『願い』により今回の『願い』は条件を満たした。
条件を満たした以上は叶えるために行動しなくてはならない。
私はヒトの『願い』を叶えるモノだから。
策を練り、『運』を操作し、『願い』を叶えるために様々に取り組んだ。
その過程で封印に特化した一族の能力を結集させた子供が誕生するよう『運』を操作した。
そうして生まれた子供が成長し、この黄珀にやって来た。
―――そこには、私が生まれたあの研究室の光景があった。
式神と呼ばれるセンサーを使って対象の子供達を確認した。
四人の若い女性が円卓を囲んで楽しそうに話をしている。その周囲では何人もの世話役や護衛が微笑ましくその四人を見守っている。笑い声がさざめく。なごやかな空気が広がる。
おやすみ おやすみ 愛しいあなた
明日また逢えるそのときまで
おやすみ おやすみ よい夢を
明日また逢える
懐かしい歌。やさしい歌。この歌は。
記録媒体に録画されていたキタノ博士の映像と歌声が意図しないのに再生される。五十三歳だったキタノ博士と式神からの映像の娘が重なる。
これまでの何億年の間に経験したことのない感情が生まれる。これはナニ? 検索する。感動。高揚。トキメキ。胸の高鳴り。喜び。感謝。懐かしさ。郷愁。追悼。思慕。うれしい。しあわせ。感極まる。感激。心が震える。様々な言葉が浮かぶ。様々な情景が浮かぶ。
懐かしいヒトそっくりな娘が懐かしい歌を歌う。記憶媒体の映像が自動再生される。
これは―――まさか―――
―――『転生』―――?
あのひとの、生まれ変わり―――?
あのひとが、生まれ変わった―――?
『転生』という現象があることを私は知っている。『転生』という現象を私は意図的に可能にすることができた。
だが、『世界』をまたいでの転生など、あるのだろうか―――。
疑問が浮かんだ、そのとき。
ナニカに引っ張られる感覚がした。
抗うこともできずただ引っ張られるままに引っ張られていった。
ぐるぐると渦を巻く洗濯機に放り込まれたよう。視界も、脳味噌も、身体もぐるぐるのぐちゃぐちゃになっていく。わけがわからない。なにこれ。誰か。
伸ばした手の先にナニカが触れた。
必死でソレを掴み、握った。
途端に循環する霊力。慣れ親しんだ霊力。愛おしい『火』が循環する。
―――コウ。
コウだ。
コウもぎゅっと手を握ってくれる。
《ヒナ》
呼びかけに安堵が広がる。
ナニがどうなっているのかわからない。わからないけれどコウがいるなら大丈夫。
そう感じていたら、頭のナカにメッセージが浮かんだ。
《光》
《火名》
ああ。そうだったんですね。
私達はふたりでひとつの存在だったんですね。
『火』と『光』――ふたり合わさって『太陽』と成る存在。
互いを求め、互いを愛する。
そのために相手の在り方を己の『名』に刻み、結びつきを強めたんですね。
だから私達はいつもそばに在れたんですね。
意識が溶ける。
大きな存在と。
いつの間にか宇宙を俯瞰で見ていた。
巡る。廻る。エネルギーが。魂が。
理解る。
これが『大いなる存在』の存在意義。
いくつもの宇宙。いくつもの『世界』。
そのすべてが循環している。
広い宇宙を。重なる『世界』を。エネルギーが巡る。魂が廻る。
宇宙を俯瞰で見ているのに、別の映像が重なって視えた。
錫杖がリズミカルに鳴る。足音が規則正しく響く。吉野のお山を修験者達が歩いていた。
何百年も連綿と続いている足音。お山を歩くことで霊力を巡らせる。
修験者達の唱えるお経が聞こえる。シャランシャランと鳴るのは錫杖。ザッザッザッと響くのは足音。
巡る。巡る。エネルギーが巡る。
いくつもの宇宙に。いくつもの『世界』に。
廻る。廻る。魂が廻る。
いくつもの宇宙で。いくつもの『世界』で。
『世界』を構成するエネルギーが集まって魂が形作られる。
エネルギーの集合体に意識が宿り、意思と人格を形成したもの――それが魂。
魂は肉体に宿る。そうして生き物としてその『世界』を構成するひとりとなる。
その生き物の生を生き、死を迎えたら肉体から離れ再び魂と成り『世界』を廻る。
そうしてまた肉体に宿りその生き物の生を生き、役割を終えたら魂に還る。
輪廻を何度か繰り返しくたびれた魂はエネルギーに還り『世界』を廻る。そうしてまた寄り集まり意識が宿り意思と人格を形成し魂と成る。
それが『世界』の『理』。
『大いなる存在』が見守るべき事象。
生き物に生と死があるように、宇宙にも『世界』にも生と死がある。
滅びた宇宙や『世界』のエネルギーは新たに生まれる宇宙や『世界』のためのエネルギーとなる。
そうやって、宇宙や『世界』は循環している。
魂は基本、同じ宇宙や同じ『世界』で循環する。
けれど滅びた宇宙や滅びた『世界』の魂は新しく生まれる宇宙や『世界』が再編成されるときに取り入れられることがある。
それだけでなく、それぞれの管轄で『テコ入れが必要』とか『外部からの刺激が必要』とかなったらよそから魂を連れて来ることもある。
それらがいわゆる『異世界転生』『異世界転移』と呼ばれる事象。
魂はそれぞれ内包するエネルギーの質や量が違う。
それが霊力量だったり属性特化に反映される。
強い魂もあれば弱い魂もある。
その魂の強さや属性を決めるのは最初に集まったエネルギーの量と質。
つまりは偶然の産物。
だけど、生き物として生きている間の生き方によって、その強さや属性を鍛えることはできる。
たとえば霊力量の多い場所で生きるとか。修行するとか。
そうしてその生き物としての生を終えたとき、魂となって再び生き物として生まれる魂もあれば、エネルギーに還る魂もある。
そんな中、特別な結びつきを持った魂が出てきた。
男女として出逢い、愛し合い互いを強く求め合い、精神的にも肉体的にも結ばれ、霊力なり魔力なりを互いに与え合い混じり合わせた上で「死んでもまた結ばれたい」と互いに願い、死を迎えた魂。
強い魂が強く『願い』をかけると――それも『魂をかけて』願う『願い』は、たいてい叶う。
そうして、その『願い』のとおりにまた出逢い結ばれる。
そしてまた互いを強く求め合い霊力なり魔力なりを互いに与え合い混じり合わせ「死んでもまた結ばれたい」と互いに願い死に別れる。そしてまた『願い』が叶い結ばれる。
そうやって転生を重ねるたびに毎度毎度愛し合い霊力を交わらせ魂を重ねるからどんどん魂が結びついていった。
普通なら宇宙や『世界』が滅びるくらい長く保つ魂は滅多にない。なのに、結びついた魂は互いに補い合い強固になっているからいくつもの宇宙や『世界』を廻る。
そうして気の遠くなるほどの長い長い時間をかけて強く強く結ばれたふたつの魂。
その『願い』のとおり、同時期に転生を果たし再び出逢う。そして出逢ったらまた当然惹かれ合い結ばれ、また霊力を交わらせ魂を重ね「死んでもまた出逢いたい」と『願い』そのとおりになる。
それが『半身』。
長い長い時間をかけて強く強く結びついたふたつの魂。
だから互いを求める。
だから互いを癒やす。
だから互いを傷つけるものを許さない。
そうだったの。『ヒノ』の王と王妃も『半身』だったの。
『半身』を喪い、『半身』との間の子供も喪い、そんな『願い』をかけたの。
『イヨ』の王となった男とその恋人も『半身』だったの。
愛する『半身』を奪われた男が復讐のために国を滅ぼしたの。そばに置く『災禍』に愛する『半身』の姿を取らせていたの。
『半身持ち』の危険性は知っていたつもりだったけど、そんな国や『世界』を滅ぼすレベルだったとは。恐ろしいわね。
『半身』を持つ魂はすなわち、強い魂。
長い長い時間を生きてきた、いくつもの宇宙を、いくつもの『世界』を廻ってきた魂。
だから強い霊力を持っている。
だから強い『願い』をかけられる。
その強さが『災禍』を呼び寄せる。
『「誰かを想う強い願い」を叶える』存在を。
『鍵』と言われ続けた彼女とその『半身』のことも『視えた』。
いくつもの『世界』でふたりは出逢い結ばれていた。何度も何度も「また逢いたい」と『願い』、実際廻り合い結ばれ、そうしてふたりは『半身』と成った。
―――そうですね。このふたりにしか開放できませんね。
生真面目なところは母親に似たんですかね。
―――はい。おまかせください。
必ずや、この機会に『あの子』を開放します。
『ヒサキ』『ヒナ』の名にかけて。
次回は1/30(火)投稿予定です