表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
405/574

久木陽奈の暗躍 85 菊様の命令

被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます

一日でも早く復旧するよう願っています

 お風呂を済ませた面々が休息のために部屋を出ていった。

 私達も続いて部屋を出ようとしたら「ひな。晃」と菊様に止められた。


『こっちに来い』と手招きされたので晃とふたり菊様の御前へ。なんだろうと思いながら正座で並ぶ私達を一瞥(いちべつ)された菊様はその大きな目を晃に向けられた。


「晃」

「はい」と答えるわんこに菊様は淡々と指示された。


「アンタがみたもの、聞いたこと、すべてひなにみせなさい」


 晃は黙っている。でも一瞬、身体がこわばった。

 チラリとその目を見ると迷いに揺らいでいた。


 菊様は厳しい視線を晃に向けておられる。思念でなにか命じておられるのかもしれない。なにかをためらう晃を叱咤されているのかもしれない。

 でもそれ以上はなにもおっしゃらず、私に顔を向けられた。


「そのうえで、誰になにを『視せる』か、ひなが決めなさい」


「いいわね」と菊様に命じられ「はい」と答えた。


 晃が膝に置いた手をぎゅっと握ったのを視界の端にとらえた。

 晃は黙っていた。

 なにか言いたそうにしている。でも、晃は結局なにも言わなかった。



 なにをそんなにためらうことがあるんだろう。



 晃は安倍家であったことを私に言わない。

 どんな厳しい修行をしてきたのか。どんなつらい任務をこなしてきたのか。どれだけ大変だったのか。私に言わない。『視』せない。


 それを私が知ったらこわがると理解しているから。

 私をこわがらせないために。私に心配させないために。私に負担をかけないために。

 晃は、私に『全部』を『視せる』ことは、しない。


 今もそうだ。

 さっきから《こんなことがあって》《これはこういうことで》と情報を『視せて』くれているけれど、それが全部ではないと私にはわかる。

 あくまでもやりとりされる話の補足をしているだけだと。開示されていく情報に関する必要な部分の事実だけを『視せて』くれていると、わかる。


 帰還後抱きしめてくれたとき、晃のナカはぐちゃぐちゃだった。私に逢えたことで張りつめていたものがはじけて、感情も記憶も爆発していた。

 そのときは私も晃の無事と逢えた安堵でぐちゃぐちゃになってたから気に留めてなかったけど、竹さんと話をしてお風呂に入って、と、私自身も落ち着いてきた今ならわかる。


 晃はまたなにか抱えてしまった。

 中学二年の春休みに『彼』を抱えたときと同じく。


 カナタさんのことじゃない。カナタさんのことは私と共有している。晃はとっくにカナタさんを抱えていた。

 カナタさん以外の、別のこと。

 私に『視せ』たら私が負担になるとわかっていること。



 つい、ため息が落ちた。


 仕方ない。それが晃だ。私の愛する唯一だ。

 善良で、お人好しで、正義感が強くて、信念を持ってて。

 そのくせ私が大好きで、私のことが大切で、私を傷つけることは許せなくて、私が苦しんだり傷ついたりしないようにしてくれる。


 何よりも私が一番。自分よりも。自分の正義よりも。

 だからこそ無理をする。自分ひとりで抱えようとする。

 ホントは私に甘えたくてすがりたくてたまらないのに。こんなに弱り切ってるのに。私達は『半身』なのに。



 おそらくは菊様には『視えた』のだろう。

 あのまま退室させたら晃が私に全部『視』せないことが。

 そうなったら晃は完全回復しない。抱えた情報が整理されないのだから。

 ぐちゃぐちゃのドロドロのまま最終決戦に向かうことになる。そうなった場合、最後の最後でなにか起こったときに対処できない可能性が高い。


 それほどに晃はキーマンだ。

『火継の子』と指名されるほどの『神の(いと)()』であり、今回数多(あまた)の神々からありえないレベルの『強運』を授けられた、『記憶再生』なんて特殊能力を持つ精神系能力者。

 はっきり言ってチート。ジョーカー。

災禍(さいか)』にとっての不運は『晃の存在』と断言できるくらいには晃はキーマンだ。


 菊様もそれをわかっておられる。

 だからこそ最初に竹さんとトモさんに休息を命じられたときに私と晃にも休息をお命じになった。

 そして今も優先的に休息に行けと命じておられる。そして()えて『全部視せろ』と明言された。


『全部』に晃は不満そうにしている。つまりは、それだけ大変ななにかを抱えているということ。

 そしてそれを解きほぐして(つまび)らかにすることが、菊様が私に求めておられること。

 その上で晃を回復させることも。



「すべて了解いたしました」

 平伏して顔を上げ、 まっすぐに菊様の瞳をみつめる。

 思念で私のすべきことをお伝えする。

 晃の抱えているものをすべて引き出すこと。情報を整理し分析すること。晃を回復させること。それが私の役割。私の為すべきこと。


 伝えたいことはちゃんと伝わったらしい。菊様は満足そうにニヤリと笑みを浮かべられ、うなずかれた。



 ご満足いただけたようなので「では」と退室しようとしたら「待ちなさい」と呼び止められた。


「これ持って行きなさい」

 雑に突き出されたものをなんだろうと受け取った。それは畳まれた布だった。


「? なんですか?」

「前に使ったやつ」


 なんのことかと広げて―――絶句した。


「……………」


 ……………これ、あれですよね?『まぐわい』のときに使った、お布団の下に敷いてあったやつですよね?

 なんで?

 なんで今これ渡されたの?


「あとこれ。念のため。蒼真の霊力増幅薬と避妊薬」


 絶句して固まっていたら《さっさとしろ》と思念が飛んできた。あわてて晃が受け取る。


『まぐわい』を行ったときに使った布と薬。

 つまり。

 つまり―――。


 思わず晃と顔を見合わせた。

 同時に顔を向けた私達に菊様は黙ってうなずかれた。


 理解した途端に喜色をうかべるわんこ。尻尾がブンブン振られているのがわかる。

 そのわんこがバッと私に顔を向けた。ヤる気に満ちたその目に『ヤバい』と顔が引きつる。


 さっきからずっと理解していた。晃はものすごく弱っている。疲れ果てているし、なにを『視』てきたのか精神的にもかなりまいっている。

 ホントならすぐにでも私に甘えたいのを『人前だから』『任務中だから』とがんばって気を張っているから余計に弱っている。


 修行に行く前の晃だったら絶対すぐに「ひなぁ」と甘えてきていた。それがここまで弱っているにもかかわらず表面上はなんともない顔と態度を作れているのは、それだけ晃が成長したということだろう。修行の賜物(たまもの)というヤツだろう。


 だからふたりきりになったらいっぱい褒めて甘やかしてやろうと思っていた。

 晃はがんばった。晃のおかげでなにもかもがうまくいった。この短時間のやりとりでそれは充分伝わった。だから私が晃をいっぱい褒めていっぱい甘やかしてやろうと思っていた。


 思っていたけれど。

 コレは想定外です菊様。


 元気なときでもあんなにむさぼられて死にかけたのに、こんな弱りきって『半身』を求める状況でそんなコトを致したら―――。

 あれ? 私に『死ね』とおっしゃる?


 熱い眼差しを向けてくるわんこに青くなる。と。


「晃」


 私が口を開くよりも早く菊様が呼びかけられた。「はい」と返事をするわんこに菊様は鋭い視線をぶつけられた。


「一回だけ。それ以上は許さない」


 菊様の威圧をモロにぶつけられ、わんこは背筋を伸ばし口を引き結んで固まった。

 そんな阿呆に菊様はキツいお顔で懇々(こんこん)と言い聞かせられる。


「ひなはこれから活躍してもらわないといけない」

「とはいえ、アンタはこれまで充分すぎるほど働いてくれた」

「今のこの結果はアンタのおかげと言っても過言ではない」

「だから、アンタを回復させるためにひなを使うことを許可する」


 ……………。

 ………『使う』………。


 なんとも形容しがたい気持ちになってしまった私を無視して菊様はお言葉を続けられる。


「ついでに神仏に霊力献上しなさい。

 これだけの結果を引き寄せてくださった御礼は必要だから」


 それはそうですね。竹さんとのやりとりでそれは激しく理解しました。


 ………仕方ない。生贄(いけにえ)になろう。

 そう諦め覚悟を決めた。

 が、菊様はさらにお言葉を重ねられた。


「―――ただし、一回だけ。それ以上はひなの負担になる」


 思わずうなだれていた頭を上げる。菊様は厳しいお顔のまま私に目を遣り、再び阿呆をにらみつけられた。


「もし調子に乗ってひなを潰したら―――」


 ジロリと向けられた視線の先は、阿呆の股間。

 思わずといった様子で阿呆がサッと両手で股間を隠す。

 そんな阿呆を再びにらみつけられた菊様は、それはそれは美しい笑みを浮かべられた。

 そうして一言。


「―――潰すわよ」


《ひいぃぃぃ!》と声なき声をあげた阿呆は即座にガバリと平伏し「承知致しました!」と叫んだ。

 これだけ文字通り肝に銘じられたら一回で済むだろう。釘を刺してくださった菊様に《ありがとうございます》と頭を下げた。


「フン」と偉そうにうなずかれた菊様に、念の為にと浮かんだ疑問をあれこれ確認していく。難しいことは考えず、とにかく床にこの布を広げてヤることヤればいいらしい。承知致しました。


 私が納得したところで菊様はお側に控えておられたふたりの美女に目を遣られた。

 苦笑で見守っておられた美女達はそれだけでちいさく頭を下げ、立ち上がられた。


 菊様も立ち上がられる。お風呂にむかわれるとわかったので晃とふたり平伏する。

 私達を見下ろした菊様に「ひな」と呼ばれ、顔を上げた。


「晃を回復させること。晃の『記憶』を整理すること。これがアンタのすべきことよ」


「いいわね」と念押しをして菊様は部屋を出ていかれた。




 晃とふたり、いつも泊めていただく個室に入る。

 すぐに晃に指示して主座様からいただいている霊玉を起動させて時間停止をかけた。これで一安心。


 それから晃にベッドを持ち上げさせ、床に菊様から渡された陣の描かれた布を広げる。方角もちゃんと確認して設置。真ん中に来るようにベッドを下ろさせたら丁度いいカンジに仕上がった。


 菊様のお導きや守り役様達の陣があるわけじゃないから前回みたいに神域に行って直接神様方に霊力をお渡しすることはできない。でもこの広げた陣が神域に霊力を送ってくれるらしい。「この陣に描かれているこの部分が霊力集積回路、この部分が位置指定になってて」白露様が細かく説明しようとしてくださったが「あ。もういいです」とお断りした。


 とにかく私達は神様方にしっかりと感謝を捧げ、霊力を献上すればいい。そうすればあとはこの陣と菊様がいいように取り計らってくれる。



 蒼真様の霊力増幅薬と避妊薬を飲んで準備完了。

 部屋の隅に寄せたサイドテーブルの上に空き瓶を置き振り返ると、晃がじっとこちらを見つめていた。


 珍しく疲れ果てた顔をしている。

 ふたりきりになって気が緩んだらしい。

 頼りない、情けない表情にキュンとするなんて、我ながら重症だ。


 黙って両手を差し出すと、わんこはそっと近寄ってきた。

 いつもなら遠慮なく飛びついてくるのに。おずおずと、恐る恐るというように近寄ってきて、抱きつくことなくじっと私を見つめてきた。


 腕を伸ばし抱き寄せる。晃はされるがままに私にもたれてきた。

「おかえり」

 ぎゅっと抱き締め、ささやく。

 わんこがほろりと涙を落としたのがわかった。


「無事で、よかった」


 私の肩に顔を埋めた晃は「うん」とだけ言い、私の背に腕をまわしてきた。


「………ひな」

「うん」

「ひな」

「うん」


 緊張の糸が切れたわんこが甘えてくる。愛おしい。かわいい。私の晃。私の唯一。無事でよかった。生きててよかった。心配した。安心した。大好き。大好き。愛してる。


 言いたいことも伝えたいこともたくさんあるはずなのに言葉になってくれない。思念も《よかった》《大好き》だけになる。抱き締めているだけで満たされていく。霊力が循環する。


 晃もなにも言わない。ただ私にすがりついてくる。


 精神系能力者の私達だからお互いの考えていることも感じていることもわかる。だから私がどれだけ晃を愛しく思っているかも愛しているかも晃には伝わっている。


 晃の感じていることも考えていることも私に伝わってくる。

《ひな》《ひな》と、ただ私の名前だけを繰り返す晃のナカはぐちゃぐちゃだった。情報過多になっている。肉体的な疲労だけでも大変だったろうに、特殊能力を何度も使ったことでかなりの負担を負っている。

 それなのにそんな負担を私に負わせまいとするから余計に負担がかかっている。


 自分はこんなに苦しいのに。

 どこまでも私を大事にしてくれる。

 どこまでも私を愛してくれる。

 私の晃。私の唯一。愛おしい私の『半身』。


「ありがとう」

 そっとささやき、耳に唇で触れる。


「晃ががんばってくれたから、私、晃を喪わずにすんだ」

 頭を撫でながら「ありがとう」ともう一度伝えた。


 それでも黙っているわんこに「『視て』もらいたいことがあるんだけど」と言うと意識がこちらに向いた。

「いい?」と確認を取るとわんこは黙ってうなずいた。


 それを受けて額を合わせ、さっき竹さんから得た情報を晃に伝える。

 広い砂漠から正解の一粒を選び取るような奇跡が重なったこと。竹さんが死んでいたらどうなっていたか。


 ひとつ選択が違っただけで全員死んでいた上に京都が滅亡していた可能性を示され、さすがのわんこも唖然として顔を上げた。


「ありがとう晃」


『視た』ことをじわりじわりと理解していった晃は完全に理解してガタガタと震えだした。

 自分が死んでいた可能性に。自分がひとつ選択を間違えていたら何百万人も死んでいた可能性に。私も死んでいた可能性に。


 震える晃の頭を、背中を撫でる。

 抱き締めて私の『光』を注ぐ。


「がんばってくれて。私のところに帰ってきてくれて。

 ありがとう。ありがとう晃」


 ぎゅうぎゅう抱き込み「ありがとう」と「大好き」「愛してる」を伝えているうちに晃もどうにか落ち着いた。



 ふたりでしばらく抱き合っていた。

 互いのぬくもりが、循環する霊力が徐々に互いを癒す。

 晃のぬくもりを。その身体を。霊力をただ感じていた。

 生きてる。無事だった。よかった。愛してる。大好き。

 そんな気持ちでいっぱいで、晃も《ひな大好き》って伝えてくれるからまた満たされて、ぽかぽか穏やかになっていった。


「――きっと、私達にかけられていた『強運』がはたらいたんでしょうね――」

 ふと思いついた私の言葉に晃もうなずいた。

 言葉にしたらやるべきことが浮かんだ。

 抱き合っていた腕をゆるめると晃も同じように私を開放した。

 そうしてふたりで見つめあった。


 その目の奥に宿る『火』をじっと見つめた。

 私の愛する『火』。

 この『火』を守るのが私の存在意義。この『火』を導くのが私の役割。


 私の『半身』。私の唯一。私の愛しい晃。

 その晃を守ってくださった、助けてくださった神様達に感謝を捧げなければ。

 ようやくそう思い至った。


「晃を守ってくださった神様方に御礼をしなきゃ」

 私の言葉に晃はうつむいたままやっぱり黙っていた。


 まだお互いに腕をまわしているから晃の思念が伝わってくる。

《神様方に御礼するのは当然だ》《ひなとまたデキるのもうれしい》《でも》

《でも》


《『視せ』たくない》《ひなに大変な思いをさせたくない》《おれでもあんなにしんどかったのに》《『視せ』たら、ひな、どうなるの?》《でも菊様に命令された》《必要なことだって、わかる》《でも》


 どこまでも私を心配して、どこまでも私を大切にしようとしてくれる晃にキュンとする。でも。


 私は守られるだけの人間じゃない。


 そりゃ戦闘力なんてないけど。戦えるチカラなんてないけど。

 でも、私は。

 私は、晃を守りたい。

 私が、晃を守る。


「見くびらないでよね」


 わざとムッとしてケンカ腰に言い放つと、ようやく晃と目が合った。

 びっくりして目を丸くしているその顔が幼く見えてかわいくて、作ってた怒り顔は一瞬で消えてしまった。


「私はこれでもあんたの『半身』よ」

「あんたが背負うものは私も背負う」

「私はあんたの『半身』なんだから」


 それでもわんこは黙っている。

《でも》なんてためらっている。

 仕方のないわんこ。どこまでも私のことを守ろうとしてくれる。愛しい唯一。私の晃。


「あんたは私を守らなくていい」


 きっぱりと断言する私にわんこがまた目を丸くする。

 ニヤリと笑みを浮かべ、続けた。


「私があんたを守るんだから」


 晃のナカに一筋の光が差した。

 私の『光』が晃を照らす。


『目から鱗が落ちた』みたいな顔をしていた晃だけど、じわりじわりと表情を変えていった。


《――すごい》

《ひな、すごい》

《ひな、強い》

《やっぱりひなにはかなわない》


「そうよ」

「これまでどれだけ私があんたを守ってきたと思ってんの」

「あんた、忘れたんじゃないでしょうね」


 わざとにらみつけると「忘れてない。覚えてる」とわんこは返事をした。幼いときからのいろんな場面が伝わってくる。


「だから、大丈夫」

「私は大丈夫」

「菊様もおっしゃったでしょ?『私に全部視せろ』って」

「つまり、私に全部視せても『大丈夫』ってことよ」


 この説明にようやくわんこは《そっか》《確かに》と納得した。

 私に『全部視せる』覚悟ができた。


「私の『半身』。私の唯一」

 愛しい男の頬をそっと撫で、その目をまっすぐに見つめた。


「あんたは私が守る」


 私の宣誓が晃の胸を貫いた。晃が息を飲んだ。

 《ひな――!》


 晃の目の奥の『火』が燃え上がる。

 私の『光』が晃を照らす。


《好き》《大好き》《ひな、大好き》

 頬を染め、私への愛でいっぱいになっていくわんこ。

 愛しくてかわいくて、頬を両手ではさんで唇をついばんだ。


「全部『視せ』て」

「私は大丈夫だから」

「私はあんたの『半身』だから」

「私があんたを守るから」


 まっすぐに目を見つめて伝えたら、晃がぎゅうっと私を抱き締めた。


「―――うん」

「『視せ』る」

「全部『視せ』る」


 私の肩に顔を埋めたまま晃が言った。

 晃の背中に腕をまわし、私も思いっきり抱き締めた。


「ひな」

「うん」

「ひな大好き」

「うん」

「ひなかっこいい」

「当然でしょ」


 偉そうに返事をしたら晃が顔を上げた。

 またびっくりしたような顔をしているからおかしくなった。


「私はあんたの『半身』なのよ?」

「あんたの『半身』なんだから、かっこよくて当たり前でしょ?」


「なにそれ」といいながら、かわいいわんこはようやく笑った。

 そうしてまた私の肩に顔を埋め、今度はすりすりと甘えてきた。


「ひなかっこいい」

「はいはい」

「ひな大好き」

「黙れ」


 いつものやりとりにわんこが笑うから、髪をぐしゃぐしゃにかきまわしてやった。


 


 もう陣もベッドも準備できている。

 このまま前回のように陣に入ればいいのかしらと考えていたら晃が「『赤』の神職の衣装ではじめよう」「一応神事だし」と言い出した。

 それもそうだと納得して、ふたりで衣装チェンジした。

 緋炎様から預かったままの『赤』の神職の衣装。

 お化粧とかはしてないけど、まあいいでしょう。


「………いい?」

 一応晃に確認したら「いいよ」と微笑んだ。

 けどすぐに表情を曇らせた。


「ひなは、ホントに………いい、の?」

 おずおずとたずねてくるその表情にキュンとする。

 かわいいわんこに「いいわよ」と微笑みかける。


「全部『視る』」

「私も背負う」

「私はあんたの『半身』だから」


 それでも不安そうにするわんこに「大丈夫」と偉そうに笑った。


「伊達に前世から腐ってないから」


「――なにそれ」

 ようやく肩のチカラを抜いた笑顔を浮かべたわんこに私も笑みを返す。


「ただし!」

 人差し指でドンと阿呆の胸を突き、わざとにらみつける。

 顎を引いたわんこに眉を上げきっぱりと告げた。

「前回みたいなことにはならないでよ!?」


 前回は暴走した阿呆に三日三晩むさぼられボロボロにされた。愛情の過剰摂取は生命の危険があると身に沁みてわからされた。

 阿呆はちゃんと皆様から散々に叱られたことを覚えていた。

「うん」「わかってる」と素直にうなずいた。


 いつもなら『ひながかわいいのが悪いんだ』とか言うのに、どうしたのかと私のほうが驚いた。

 そんな思念が伝わったわんこは困ったように微笑んだ。

 

「菊様に潰されたくないから」


 そうね。あの方ならホントにやるでしょうからね。

 納得する私に、晃は真面目な顔になった。

 私をじっと見つめ、言った。


「ひなが大事だから」


 その真剣さに。

 真摯さに。


 またしても胸を貫かれた。




 陣が描かれた布の前で一礼。

 そうして手をつなぎ、揃って描かれた円の内側に足を踏み入れた。

 陣がポゥ、と光る。

 そうして私は右から、晃は左から、円に沿って分かれて進む。


 円を形作る文字のような文様をひとつずつ踏みしめる。一歩、また一歩と進むごとにポ、ポ、と陣が光る。

 陣を半周し、再び正面から向き合った私と晃。

 しばしじっとお互いに見つめ合った。


「――『我が愛しき貴女』」


 晃がそっと言葉を(つむ)ぐ。

 決められた台詞。前回と同じ台詞。それなのに、その言葉には熱い想いが込められていた。


《おれのひな》

《おれの唯一》

《愛してる》


 晃のそんな思念の奥はぐちゃぐちゃのドロドロになっている。つらくて、苦しくて、そんなもの私に見せたくなくて背負わせたくなくて、ひとりで抱え込もうとしている。


 でも菊様に命じられたから。私が『視る』と言ったから。それを『視せる』と決めた。

 決めたけど、やっぱり私を苦しめることはしたくなくて、やっぱりぐちゃぐちゃになっている。


 どれだけがんばったか。どれだけ大変だったか。どれだけ疲弊しているか。隠そうとしているそんなものは精神系能力者の私の前では隠せない。能力なんてなくても生まれたときからの付き合いの私にはお見通し。

 それなのにやっぱり晃は私を守ろうとする。私に背負わせまいとする。

 私が好きだから。私が大切だから。


 晃はこんなにも私を愛してくれている。

 それが伝わって、うれしくてしあわせで満たされて、胸がいっぱいになった。


 わかってる。晃はがんばった。いっぱい活躍した。晃のおかげで良い結果になった。わかってる。

 そのせいで晃は弱っている。すごく疲れてるしナニカを抱えてしまった。

 だから私が晃をいっぱい褒める。いっぱい甘やかしてやる。いっぱい愛してやる。

 そうして晃の抱えているモノも晃の弱音も苦しみも全部吐き出させる。

 私が晃を癒やす。私が晃を守る。ナニカ抱えたならば私も一緒に抱える。

 ひとりで苦しむなんてさせない。ひとりで背負うなんてさせない。

 私達は『半身』なんだから。

 晃は私の愛する唯一だから。


 晃を癒やしたい。晃を慰めたい。晃を褒めてやりたい。思いっきり甘やかしてやりたい。


「――『我が愛しき貴方』」


 決められた台詞を口に乗せる。

 声が震えていた。

 そんな私に晃はやさしく微笑んでくれた。


 愛してる。愛してる。

 私の『半身』。私の唯一。

 私が守る。私が癒やす。いっぱい褒めて、思いっきり甘やかす。


 晃がそっと手を差し出した。私も同じように手を差し出す。

 ふたりでぎゅうっと抱き合った。


「おれの『半身』。おれの唯一」

「愛してる」


 私も。愛してる。


 晃はそっと私を離した。

 じっと見つめるその眼には熱い火がある。


《《愛してる》》


 ふたりの思念が重なった。

 どちらからともなくそっと顔を寄せ、唇を重ね合わせた。

次回は1/16(火)投稿予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ