久木陽奈の暗躍 83 太陽
どうにか落ち着いたところで改めて竹さんの話の続きを聞くことにした。
目が覚めて、自分が「蘇生した」と聞いた。そのためにトモさんはじめ皆様が無茶とも無謀ともいえるほどの尽力をしてくれた。そんな一連の話を聞いていたら鬼が来ていると連絡が入り、急遽デジタルプラネットビルに突入した。
竹さんが結界でビル全体を包んでから佑輝さんの『絶対切断』で『災禍』の結界を斬って突入。『災禍』を探しながら上へ上へと進んだ。
『災禍』がいないと判明したフロアごとに結界をせばめていき、最終的に六階のカナタさんのプライベートスペースの一室まで絞った。
そこでトモさんの『境界無効』でさらなる『異界』を見つけ突入し、『災禍』を見つけた。
「そこからは、私必死で笛を吹いて結界を保ってたんでよくわからないんですけど」
「なんかヒロさんががんばってくれたおかげで、菊様が『災禍』の『管理者』っていうのになったみたいです」
「それで色々お話をして、『災禍』が『呪い』を解いてくれました」
……………。
情報が大雑把すぎる………。
どうもこのお姫様、ホントに結界維持に全力を注いでいたらしく、記憶を『視て』も詳細がわからない。これはあとでわんこに『視せ』てもらおう。
「その間カナタさんはどうしてたんですか?」とたずねたが「なんか晃さんがお話したら降参されました」と、またしても大雑把な説明に留まった。
………まあいい。詳細はわんこに確認だ。
「それでどうしたんですか?」と話の先をうながした。
『バーチャルキョート』というゲームがクリアされないと『連れて行かれたプレイヤー』が『現実世界』に戻れないとわかり、出現した大量の鬼を討伐することになった。トモさんとナツさん、そして蘭様が鬼の討伐に向かい、竹さん達他のメンバーは蒼真様に乗って上空からその様子を眺めていた。
「トモさん、すごく強かったです」
ほにゃりと微笑み惚気けるお姫様。そうですか。そんなにカッコよかったですか。よかったですね。
梅様が上空から術で支援していたこともあり、あっさりと討伐は完了。ゲームプレイヤーとして召喚されていたひとたちが次々と消えた。
トモさんも消えたことで「びっくりして」動揺した竹さんだったけれど、守り役様達から「『現実世界』に戻っただけだ」「自分達も急いで戻ろう」と言われて帰還の途につき、あの感動の再会を迎えた。
「みんな無事で。『呪い』も解けて。
――まさか、こんなふうになるなんて、思いませんでした」
「ひなさんのおかげです」
「ありがとうございました」
うるみはじめた目を細め、愛おしいお姫様はそうまとめた。
かわいらしくて、うれしくて、私まで涙がこみ上げてきた。
それをごまかすように首を振り、にっこりと微笑んだ。
「竹さんががんばったからですよ」
「竹さんが諦めずにがんばったから、この結果になったんです」
「竹さんが諦めてたらみんな死んでました」
「がんばってくれて、ありがとうございます」
私の言葉にお姫様はポロポロと涙を落とした。
ふるふると首を振り、なにか言いたげに口を開け、声にならずにまた閉じた。
《ひなさんのおかげ》
《ありがとうございます》
《ありがとうございますひなさん》
まっすぐに伝わってくる思念にココロがあたためられる。キラキラとした綺麗な水が流れ込んでくるよう。
うれしくて、まぶしくて、でも言葉にならなくてただにっこりと微笑んだ。
どうにか呼吸を整え精神を立て直し、わざと厳しく見えるような顔を作った。
「とはいえ、まだ終わってません」
「竹さんにはまだまだがんばってもらわないといけません」
そう言うと竹さんも表情を引き締めた。涙をぬぐい再び顔を向け、生真面目に「はい」と答えるお姫様。
「なにをすればいいですか?」の問いに「ひとまずは」と答え、にっこりと微笑んだ。
「しっかりと休んでください」
予想通り生真面目なお姫様は『休む』ということに抵抗を覚えた。
《私、まだ大丈夫!》《まだがんばる!》と必要以上にやる気に満ちている。困ったひとねぇ。魂傷ついてるのも霊力不足してるのも一目瞭然なのに。
だからわざと怒ったような顔で、彼女の目をまっすぐに見据えた。
「竹さんもトモさんも魂が傷ついてます。
しっかりと休んで、まずは魂の修復及び霊力の回復に努めてください」
《でも》と抵抗しようとするより早く口を開く。
「トモさんを回復させられるのは『半身』である竹さんにしかできません」
「!」
《そうだ!》《トモさんを回復させなきゃ!》と途端に納得を見せるお姫様。やっぱりこのひとも『半身持ち』ね。『半身』のことがなにより優先される。
「いいですか?」と前置きし、生真面目にこちらを見つめるお姫様に言い聞かせる。
「これから『災禍』を滅するのに、トモさんは絶対必要なひとです。あのひとがいないと『災禍』のいる『異界』の中の『異界』に行けないんですよね?」
私の確認にお姫様は生真面目にうなずいた。
「つまり、トモさんを回復させるのは戦略的に必要不可欠なことです」
コクコクと生真面目にうなずくお姫様。『ふんす!』と鼻息荒くやる気になっている。
「『半身』がくっついていたら回復するというのは散々実証されています。
とにかく竹さんはトモさんにくっついて癒やしてください。
できれば『好き』と言って、キスもしてください」
「き、キス!?」
つないだ手を離して逃げようとする竹さんをすかさず掴み脱走をはばむ。
と、彼女の思念が伝わってきた。
さっきトモさんとふたり部屋に戻ったときに散々イチャイチャしてお互いにキスし合っていたと。まさか竹さんが自分からそんなふうにするようになるとは。トモさんを『喪った』と思ってブチ切れた影響だろう。やっぱりこのひとも『半身持ち』だった。
そしてブチ切れ『好き』と素直に告げたことで吹っ切れたと。『夫婦』という関係性を心の底から受け入れていると。それもあってよりイチャイチャするようになったんだろう。
今は《なんでひなさん、キスしたこと知ってるの!?》とうろたえている。これは私が精神系の能力者で思念が読めることをうっかり忘れているな。さすがはうっかり姫。そのままうっかりでいてください。
「竹さんはトモさんの妻なんでしょう?」
わざとそう確認すると頬を染めてうなずくうっかり姫。なんですかそのかわいらしさ。いじりたおしたくなるんですけど。
「トモさんは竹さんの夫なんでしょう?」
この問いにもうなずくお姫様。
「じゃあキスするのは当然ですよね?」
断言してあげるとさらに赤くなり絶句した。
《そうなの!? 夫婦ならキスするのは『当然』なの!?》
《あのひとがキスしてくれるのも、私がキスするのも、『当然』のことなの!?》
おお。勝手に自己解釈しはじめたぞ。よしよし。
「まだ『夫婦』でない私と晃もキスするんですから。『夫婦』になってる竹さんとトモさんならむしろ『しなければならない』『義務』じゃないですか?」
「そうなんですか!?」
「『夫婦』はキスをする『義務』があるんですか!?」
勝手に勘違いして勝手に解釈しているお姫様に『よしよし』とほくそ笑む。私は『そうじゃないか』と言っただけ。『義務だ』と断言したわけじゃない。それに気付かないうっかり者のお姫様は「そうなんですか……」なんてひとり納得している。チョロい。
「竹さんはトモさんの妻なんだから、トモさんにしっかりと『好き』と言ってキスしてあげてください。そうしてしっかりとくっついて回復させてください。いいですね?」
わざと偉そうにそう言い聞かせると「はい」と生真面目にうなずくうっかり姫。これでしっかりとイチャイチャするだろう。イチャイチャすれば回復するだろう。
「まだ『災禍』を滅するという大仕事が残っています。
最後まで油断せず、万全の状態で決戦を迎えましょう」
「はい」
「それが終わったら、竹さんの責務は終わりですよ」
その言葉に、竹さんは息を飲んだ。
「………終わり………」
ちいさくつぶやくお姫様に「はい」と肯定を示す。
「『呪い』は解けました。
『災禍』を滅したら、貴女の責務は果たされます」
「貴女の『罪』は、赦されます」
私の言葉に竹さんはじわりと頬を染めた。涙がにじんでくる。
「―――そう、なん、ですか、ね」なんて気弱なことを言うから「そうですよ」と断言した。
そもそもこのひとが『罪』だと自覚していることはこのひとのせいじゃない。成り行きだったり、他のひとのせいだったりがほとんどだ。
私から言わせたらこのひとには『罪』などない。
でもこの生真面目で気の弱い、頑固で思い込みの激しいお姫様には、自分が封印を解いてしまった『災禍』が巻き起こすすべての事象とそれに伴う破滅や死はすべて『自分が「災禍」の封印を解いたせいで起こったこと』でありつまりは『自分のせい』となってしまった。そうして背負うべきではない『罪』を抱え込んでしまった。
責任感が強すぎるのも問題だ。
言わば自己暗示。
『これは自分のせいだ』と。『自分の罪だ』と。
思い込んで思い詰めて、さらに自分を追い込んでしまった。
それならば。
私がその思い込みをぶち壊す。
暗示には暗示で対抗する。
私は精神系の能力者。
私程度の能力でも、そのくらいは、できる。
じっと彼女の目を見つめた。
握ったままの手をぎゅっと握りしめた。
―――晃。手伝って。
このひとの『罪』を、燃やして。
願いを込め、つないだ手から私のナカの晃の『火』を注ぐ。
少しでも彼女の『罪』が消えるように。
少しでも彼女のココロがあたたまるように。
少しでも彼女が上を向く活力となるように。
晃がいつも言ってくれる。
私は『光』。
『道』を指し示すモノ。
ならば。
私がこのひとの『道』を示そう。
このひとが抱え込んでいる『罪』を消し去り、新しい『生きる道』を示そう。
おこがましいとか、エラそうとか、今は考えない!
このひとの自己暗示をぶち壊す、新しい暗示をかける!
『光』よ!『火』よ!
このひとを、照らせ!
「貴女は赦されるべきです」
「私が赦します」
『願い』を込め、告げた。
これまでの思い込みは捨てて。
貴女に『罪』なんてない。
晃の『火』と私の『光』で、これまでの『自分』を浄化して。
そうして生まれ変わって、新しい『自分』を生きて。
「久木陽奈の名にかけて。
高間原の『黒の一族』の姫、竹様の『罪』を、すべて赦します」
「―――!!」
大きく開いたその瞳に私が映っていた。
その瞳の奥に『光』が宿る。
つないだその手が熱くなる。
晃の『火』が彼女のナカに宿る。
春休みに初めて会ったときに『視た』重く昏い闇。
『たすけて』『殺して』ともがいていた女性。
今はそこにトモさんがいる。
ちいさな花に囲まれた竹さんを包んでいる。
明るい空の下、あたたかで爽やかな風を吹かせている。
その空に今、太陽が生まれた。
私の『光』と晃の『火』で作られた太陽。
明るく、あたたかく、ふたりを照らす。
ちいさな花に囲まれた竹さんが、上を向いた。
新しく生まれた太陽に気付いた。
驚く彼女をトモさんが支える。
ふたりで見つめあい、一緒に太陽を見上げる。
――ああ。もう大丈夫だ。
竹さんはもう大丈夫。
なんでかそんなことがわかった。
彼女のナカに太陽が宿った。
この太陽があれば大丈夫。
彼女の隣にはトモさんがいる。
トモさんがいれば彼女は大丈夫。
あの闇も。『罪』も。この太陽とトモさんがいればはね返せる。
竹さんは『新しい竹さん』に成った。
目の前には愛おしいお姫様。
頬を真っ赤に染め、驚きに見開かれた一重の垂れ目からポロポロポロポロと涙を落としている。
『偉そうなこと言うな』とか『自分のなにを知っている』とか言われても仕方のないことを言ったのに。『上から目線』『何様のつもりだ』と言った自分でも思うのに。
目の前のお姫様は私の言葉をまっすぐに受け止めて受け入れてくれている。
私の暗示に簡単にかかっている。
《赦された》
《ひなさんが赦してくれた》
《もう、いいんだ》
《私、もう『罪人』じゃないんだ》
そんな思念が伝わってきたから、もう一度はっきりと告げた。
「貴女は『罪人』ではありません」
「『しあわせ』になるべきひとです」
「―――!!」
私の言葉に竹さんは息を飲み、ぶわっと涙をあふれさせた。
ぎゅうっと手を握ってくるから私もぎゅうっと握り返した。
その目をまっすぐに見つめて黙ってうなずく。と、竹さんはくしゃりと顔をゆがませた。
《ひなさん》
《ひなさん》
言いたいことはあるのに声にならない彼女。
「っく、」「ひ、っく」と嗚咽がもれる。
《ひなさん》
《ありがとうございます》
《ありがとうございますひなさん》
ぐしゃぐしゃになっていく顔がかわいくて愛おしくて、握った手を離した。
彼女の頭をわしわしと撫でて、そのまま私の肩に引き寄せ抱き締めた。
竹さんはされるがままになっていたけれど、私の背中に腕をまわして抱きついてきた。
「よくがんばりましたね竹さん」
「もういいんですよ」
「もう『罪』は赦されました」
抱き締めた頭をよしよしと撫でながらさらなる暗示をかける。
愛おしいお姫様はコクコクとうなずいた。
「あとちょっとです」
「『災禍』を滅したら責務も終わりです」
「そしたらトモさんと一緒に『しあわせ』になるんです」
そう言い聞かせていたら《………いいのかな》なんて気弱な思念が伝わってきた。
まったく仕方のないひとね。
まあ急には変わらないか。
「貴女は『トモさんの妻』なんですから。
夫を『しあわせ』にするのは妻の責務でしょ?」
わざと『責務』という言葉を使うと、生真面目なお姫様はハッとした。
頭を上げようとしたのがわかったから腕をゆるめる。と、竹さんはぐしゃぐしゃの顔でポカンとしていた。
その表情がやけに幼く見えて、かわいくておかしくて「プッ」と笑った。
そんな私に竹さんがあわてるのがまたかわいくてクスクスと笑ってしまう。
「『災禍』を滅したら、次はトモさんを『しあわせ』にする。それが貴女の新しい責務ですよ」
『半身持ち』の彼女に対してわざと『半身』を持ち出した。
案の定彼女は表情を引き締め「はい!」と良いお返事を返してきた。
「といっても、あのひと竹さんがそばにいるだけで『しあわせ』でしょうから。
特になにもしなくていいでしょうけどね」
そう言う私に「そんな」と情けない顔をする竹さん。
《トモさんのためになにかしたい》《でもなにをすればいいんだろう》と生真面目に悩みはじめた。
そんな彼女がおかしくて愛おしくて、アドバイスすることにした。
「竹さん、トモさんがうれしそうだとうれしいでしょ?」
すぐさまうなずく彼女がかわいくて笑みこぼれた。
「トモさんも同じです」
「だって『半身』なんですから」
私の言葉にポカンとするお姫様。
《トモさんがうれしいと、私、うれしい》
《トモさんも、同じ?》
《同じ》《『半身』だから》
《私がうれしいと、トモさんもうれしい――?》
徐々に言葉の意味を理解し飲み込んでいく。
「だからね」
彼女の理解が行き渡ったタイミングで声をかける。
「竹さんが『しあわせ』だったらトモさんも『しあわせ』なんですよ」
生真面目なお姫様は生真面目に私の言葉を咀嚼する。
そんな彼女に、なるべく自信満々に見えるようににっこりと微笑んだ。
「トモさんを『しあわせ』にするために、竹さんは『しあわせ』になってください」
「いいですね」
私の言葉を竹さんは生真面目に受け止めた。
しばらくじっと考えていたけれど、ポツリと言葉を落とした。
「……それなら、簡単です」
そうして彼女は、花が開くように微笑んだ。
「私、あのひとがそばにいてくれるだけで『しあわせ』ですから」
これまでの彼女にはあり得なかった、しあわせいっぱいの笑顔に胸を貫かれた。
今年の投稿は以上になります。
次回は新年1/2(火)投稿予定です。
つたないお話にお付き合いいただきありがとうございました。
来年もどうぞお付き合いくださいませ。