久木陽菜の暗躍 82 分析と有り得た未来
ふたりでぎゅうぎゅうと抱き合い、歓喜と感謝と感動を分け合った。
よかった。よかった。生きて帰ってこれた。『呪い』は解けた。彼女はずっと『半身』といられる。彼女は『しあわせ』になれる。これからもこの愛おしいお姫様と過ごすことができる。
うれしくて、感極まって、涙がこぼれた。
でも抱き合ってるから彼女にバレることはない。だから泣いてもいい。
彼女も私の肩で泣いているのがわかる。だから私も泣いてもいい。
そうやってしばらくふたりで「よかった」「よかった」「ありがとうございます」と涙を落とした。
ようやく落ち着いたところで背中にまわしていた腕をゆるめた。竹さんも気がついてくれてそっとふたり離れた。
涙に濡れた赤い目を細め「えへへ」と照れくさそうに笑う彼女に胸を貫かれた。
たまらずかわいいひとをもう一度抱きしめたら竹さんもうれしそうに抱きついてくれた。
初めて会った春休みは『自分の気配がつく』と一定距離以上は近づかなかったひとが、今はこんなにも近い距離に入れてくれている。それがうれしくて誇らしくて照れくさくてかわいくて、なかなか離れることができなかった。あのムッツリのこと言えない。このお姫様、チョーかわいい。
どうにか身体を離し、顔を見合わせる。
「えへへ」と笑うかわいいひとを愛でていたいけれど、ふと菊様に命じられたことを思い出した。
そうだ。話をしなければ。それで竹さんの魂を少しでも回復させなければ。
やるべきことを思い出したら頭が動きだした。
さて、どう話を進めるべきかしら。
とりあえずはなにがあったのかの聞き取りからかしら。
「ついでだから時間停止かけてる間になにがあったのか聞かせてほしい」とお願いすると、生真面目なお姫様は生真面目に了承してくれた。
ふたりで並んでベッドに座る。
「ええと――どこからお話したらいいですか?」と問われたので「蒼真様に乗ってここを出発したところからお願いします」と答える。
「わかりました」と了承したお姫様は「うまく説明できるかどうかわからないですけど」と前置きしてから話をはじめた。
「蒼真が『バーチャルキョート』に連れて行ってくれて、すぐにトモさんのところに行けたんです」
「トモさん、すぐに抱きしめてくれて。それで私、なんか安心して。いっぱい泣いちゃいました」
えへへ。と照れくさそうに笑う彼女からそのときの様子が伝わってくる。その渇望は『半身持ち』なら誰もが理解できるもので、自分にも身に覚えのあるものだった。
「―――ひなさん」
私に呼びかけたお姫様は、やさしい微笑みを浮かべていた。
穏やかで、気負いのない、自然な笑顔。
これまでの彼女に感じていたこわばりや悲壮さはなりをひそめていた。
そのことに内心驚きつつも「はい」と答える私に、彼女は急に恥ずかしくなったらしい。うつむき、もじもじとためらったけれど、思い切ったように顔を上げ、私の目をまっすぐに見つめた。
「―――私、トモさんに、『好き』って、言えました」
「―――そうですか―――」
あれだけかたくなに「『好き』と言えない」って言ってたのに。伝えることを諦めてたのに。
そうですか。ようやく言えたんですか。伝えられてそんなにうれしかったんですか。
「―――よかったですね―――」
なんだか感極まって涙が出そう。よかった。よかった。
ぎゅ、と彼女の両手を握ると、竹さんもぎゅっと握り返してくれた。
「ひなさんが言ってくれたとおりでした」
つないだ手から、見つめるその目から彼女の思念が視えてくる。
「あのとき――トモさんが消えたあのとき。
私、すごく、すごく後悔しました」
その喪失感。その焦燥。
暗闇に呑まれるような。半身を削がれるような。
その苦しみ。その痛み。そのかなしみ。
「『好きって言えばよかった』って」
そうして彼女は自覚した。
己の『半身』への想いを。
あのひとに会えるならこの生命もいらない。
あのひとのいない『世界』なんて、いる意味がない。
責務も、罪も、王族としての責任も、どうでもいい。
あのひとのそばに。あのひとと共に。
それは、このひとにとって初めての想い。
『誰かのため』でもなく。『成すべきこと』でもなく。ただ『自分のため』に。『自分のしたいこと』のために。
これまでの竹さんは『自分のこと』は二の次だった。優先すべきは他者であり、責務だった。
『王族たるものそう在るべき』と黒陽様の奥様から教育されていた。彼女自身が持って生まれた善性がその教えを納得させた。そうやってこれまでの五千年を生きてきた。
その彼女が、それまで培ってきたすべてを捨てて『願った』こと。
『半身』と共に在ること。
『半身』に『好き』と伝えること。
同じ『半身持ち』の私にはその『願い』は当然だと断言できる。
『半身』と共に在ること。『半身』に愛を伝えること。『半身』と結ばれること。どれもが『半身持ち』にとっては願って当然のことだ。だって『半身』なんだから。
それでもこの生真面目なお姫様がかたくなに『好き』と言わなかったのは、彼女に『呪い』があったから。遺していく彼のために『好き』と言いたくても言えなかった。
言ったが最後、彼を一生自分に縛り付けることになると彼女は理解していた。頭ではなく、本能で。
『半身』に負担を強いることを『半身持ち』は許さない。
無自覚なお姫様にも無自覚ながら『半身持ち』特有の思考があり、そのためにどうしても『好き』と言えなかった。
さらに彼女には責務があった。その上彼女は自分のことを『罪人』だと思って『しあわせになってはいけない』と思い込んでいた。
だからこそ、『半身』と結ばれる『しあわせ』を受け入れることは『許されないこと』だと頑固に思っていた。
その彼女の考えを、価値観を、全部ぶっ壊すくらい『半身』を『喪った』と感じたことは衝撃だった。
文字通り身体の半分、魂の半分を失うくらいの衝撃。
そうして残ったのが、純粋な想い。
『好き』。
ただ、それだけ。
「トモさんに逢えたとき、トモさんが『生きてる』って、『無事だ』って思って、私、安心して、うれしくて―――『好き』って、言っちゃいました」
「えへへ」と照れくさそうに笑うかわいいお姫様に、やっぱりこのひとも『半身持ち』だったか。とか、そこまでいかないと素直になれないのか。とか、ツッコミたいことは色々あったけれど、全部飲み込んで「よかったですね」とだけ伝えた。
「トモさん喜んでくれたでしょう?」
あのムッツリがどれほど喜んだかと聞いてみたら、竹さんはキョトンとした。そしてハッとしたあとアワアワとうろたえた。そうして「……それが」と竹さんは情けなく眉を下げた。
「私、自分のことでいっぱいで、トモさんの気持ち考える余裕、なかったです」
「どういうことですか?」とたずねると、お姫様はしょんぼりとうつむいた。
「トモさんに『好き』って言ったら、トモさん私のことぎゅうって抱きしめてくれたんです。それで私、なんだかすごくしあわせな気持ちになって。安心して満たされて、いつの間にか眠ってしまったんです……」
生きていた安堵とまた逢えた『しあわせ』に満たされて安心して、それまで張り詰めていたものがプツリと切れて意識を失ったと。
「だから、トモさんが喜んでくれたかどうか、私、ちょっとわかんないです」
「今考えたらもったいなかったですね」
「トモさん、喜んでくれたんですかね」
情けない顔を上げて笑う彼女からそのときの様子が伝わってきた。
何度も何度もキスをして、何度も何度も「好き」「好き」言い合って、ぎゅうぎゅうに抱き合って、『しあわせ』で満たされていた。
……………。
あのムッツリめ………。
どれだけむさぼってんのよ……。
伝わる思念からキスより先には進んでいないとわかった。その点は一安心。
ていうか、そこまでイったならディープなキスをかませばいいのに。ヘタレかムッツリ。
そう思いながら彼女の思念を視ようと集中してみる。と、どうも彼女はそういった知識や情報を持っていないことがわかった。
おそらくは過保護な守り役様が厳しく情報規制をかけてきたんだろう。ガッチガチに守ってきたんだろう。
だからこそ彼女はその先にある悦びを知らず、唇を重ねるだけで充分満足できている。
抱き合うことで密着する身体。互いのぬくもりを感じ、霊力が混じり循環する。太陰太極図さながらにひとつに溶けるあの感覚とあの歓びは『半身』だからこそ得られるもの。
そこにさらに『好き』という気持ちが乗る。唇を重ね合わせ互いに受け入れ受け入れられる。その歓び。その多幸感。充足感。
あの歓びは、あの『しあわせ』は『半身』でないと理解できないだろう。
そしてそんな『半身』にトモさんも満たされているから、彼女に対して無体を働くことなく紳士的な対応にとどまれているんだと思われる。
ウチの阿呆は父親に『浸入』したときに夫婦の営みを追体験して知ってしまったから『受け入れた』途端にむさぼりついてきたけれど、トモさん経験ないだろうからウチの阿呆のような渇望は起こらないんだろう。
けど一般的な男性として、トモさんには『その先』の知識はあるはず。となると、ディープなキスしたら最後、トモさんは止まれない。断言できる。『半身』との愛の交歓と粘膜接触はどんな堅物の理性も配慮もぶっ壊す。それこそ知識のない竹さんがどれだけこわがっても止まれない。絶対に。
そう考えると、現段階ではこのふたりは現状維持が望ましいでしょうね。ヘタレとか思ってゴメン。竹さんが準備できるまでそのままヘタレててください。
そんなことを考えていたら「ひなさんのおかげです」と竹さんがつないだ手をぎゅっと握ってきた。
「ひなさんがいっぱいアドバイスしてくださってたから、私、トモさんに『好き』って言えたんです」
「言えて、よかった」
目をうるませ、彼女がしあわせそうに微笑んだ。
「ひなさんのおかげです」
「ありがとうございました」
彼女が心の底から感謝してくれているのが伝わってきて、私もうれしくなった。でも照れくさくて「私は大したこと言ってません」と首を振った。
「竹さんががんばったんですよ」
「竹さんのトモさんを想う気持ちが『好き』って言葉になったんですよ」
「よかったですね」と微笑む私に愛しいお姫様は「ありがとうございます」と穏やかに微笑んだ。
―――なんか、竹さん――成長した?
素直さも愛らしさも変わらない。けど、これまでの幼さや精神的な未熟さが薄れている。
艶が出たというか――華やかになったというか――。
『ただひとりに向ける特別な感情』を知り、それを認め受け入れたことで、人間として、いや、女性として成長したらしい。
といっても、小学校低学年レベルから中学生レベルになった程度だけど。それでも成長には変わりない。
これもトモさんの効果だろう。良いことだ。今後もしっかりと竹さんをかまってもらおう。
「で? それからどうしたんですか?」
話の先をうながすと『そうだった!』と跳ねるうっかり姫。私に感謝を伝えることで『やりきった感』に浸っていたらしい。
「ええと、ええと」とあわあわしていたけれど「トモさんに会って寝ちゃって、それから?」とうながすと、落ち着いて話し始めた。
「いつの間にか寝ちゃってたんですけど、目が覚めたときにはトモさんまだ寝てて。
黒陽と一緒に皆様がお話されてるところに行ったんです」
「梅様と蘭様がおられてびっくりしました」
「色々お話して、伏見のデジタルプラネットに行こうってなったんです。
で、トモさんが必要だって言われて、じゃあ私トモさんが起きたら連れて来るって、一旦トモさんのところに戻ることにしたんです」
「そしたら途中で知らないひとに声をかけられて」
「気がついたら知らないところで。
目の前に『宿主』と『災禍』がいて。
逃げようとしたんですけど、全然逃げられなくて」
その光景が『視える』。彼女の感情が伝わってくる。
「そしたら黒陽だけどこかに飛ばされて。ひとりでこわかったけど、トモさんと『絶対最後まであきらめない』って約束してたから、がんばったんです」
ほにゃりと笑ってあっさりとそう言う竹さん。でも精神系能力者の私には『視えた』。
―――なんて、非道いことを―――!
カナタさんは直接悪意をぶつけていた。物理的な暴力もふるっていた。
竹さんは暴言を受け、馬乗りになられ、頭を殴られ髪を引っ張られていた。
これまでの五千年、彼女は常に黒陽様に守られてきた。直接的な暴力とは無縁だった。
それに彼女には結界があった。常に自分の周囲に展開されている、自分を害するモノは寄せ付けない結界が。
それが、こんな。
カナタさん相手には何故か結界が通用しなかった。おそらくは『災禍』がなにか作用していたんだろう。
生まれてはじめて他人から強い悪意をぶつけられ、殴られた竹さん。
どれほど痛かったか、どれほど恐ろしかったかが伝わってきて怒りを覚えた。
グッと歯を食いしばる私に気付かないうっかり姫はそのままの調子で話を続けた。
「がんばったんですけど、なんでか息ができなくなって。で、気がついたらお水に沈んでたんです」
その『水』はさっきウチのわんこからの情報にあった。
沈めた人間から霊力を奪い、術を行使するエネルギーにするための『水』。
そこに沈められた竹さんは霊力を奪われた。あと一歩救出が遅かったら死んでいた。
へにょりと眉を下げていた竹さんだったけど「でも」と顔を上げた。
「トモさんと約束したから」
「『絶対にあきらめない』って。
『絶対にトモさんのところに帰る』って」
「だから私、がんばったんです」
「えへへ」と照れくさそうに微笑むお姫様。なんですかそのかわいらしさ。かわいいがレベルアップしてるじゃないですか。それもトモさんの効果ですか。やりますねあのムッツリ。
そのときのことを思い出しいる竹さんの思念が『視えた』。
カナタさんに殴られているときも。『水』に落とされたときも。彼女のナカにはトモさんがいた。
『がんばれ』『がんばれ』とやさしく微笑み、あたたかな風を吹かせていた。
きっとそれはそれまでに彼が彼女に注いできたモノ。
霊力。愛情。言葉。想い。
それらが『半身』の危機に発動したんだろう。
私も晃と離れていても晃の『火』を感じることがある。晃の『火』が私をあたためてくれることもあれば、私を通してほかのひとに晃の『火』を注ぐこともある。
今回の竹さんにも同じことが起こったらしい。そのおかげで彼女は踏ん張れた。最後まで諦めることなく足掻くことができた。
きっとこれまでの竹さんだったらすぐに諦めていた。諦めて自分の生命にしがみつくことなく、すぐに死んでいた。
それがこうして生きているのは『半身』であるトモさんのおかげ。
トモさんが竹さんに注いできた霊力と愛情のおかげ。
―――よかった。
本当によかった。
改めて感極まって涙ぐんでしまう。それをどうにかこらえ、かわいらしいお姫様に話の先をうながした。
「具体的にはなにをどう『がんばった』んですか?」
「身体の周りに薄い結界を展開してました」
「いつもの自動展開してる結界だけじゃなくて?」
「そうなんです」
またへにょりと眉を下げ「いつもの結界だけじゃ足りなくて…」とお姫様がボソボソ言う。
………それはつまり、竹さんがこれまでのようにすぐに諦めていたら竹さんはそこで死んでいたということですよね……。
トモさんとの『約束』を思い出して『がんばろう』と思ったからギリギリでも生き延びられた、と………。
……………。
………まあいい。検証はあとだ。
ていうか、竹さんで『そう』なら、一般人はひとたまりもないでしょうね。ちょっとイヤな予感がしますね。あとで確認ですね。
頭の中にメモをしつつ、お姫様に話の先をうながした。
「気がついたらトモさんが助けてくれてたんです」
「でも私、『もうダメだ』ってわかったんです」
「何回も死んでるんで、どのくらいになったら死んじゃうか、わかるんです」
そんな淡々と。
つまりそれだけの死を重ねてきたということ。
それはどれほどの苦しみだろうか。
前世一回死んだだけの私だってあれほどつらかったのに。
眉が寄りそうになったけどグッとこらえる。本人が淡々と話してるんだ。今は話を優先させるときだ。私の感情は後回しでいい。
「それで?」と聞くと、生真面目なお姫様は生真面目に話を続けてくれた。
「トモさんにお礼とお別れを言えて、満足したんです。――けど、トモさんが」
クスリと、困ったように、でも愛おしいのを隠すことなく竹さんは微笑んだ。
―――そんな表情、できるようになったんですね―――。
驚く私に気付かないうっかり姫は、それはそれはしあわせそうに口を開いた。
「―――トモさん、『イヤだ』って言ったんです」
「『終わり』なんて『認めない』って。
『あがいてくれ』『諦めないで』って。
すごく必死に、言ってくれたんです」
「それで私、『仕方ないなぁ』って思って。
もうダメなのはわかってるけど『もうちょっとだけがんばろうかなぁ』って、思ったんです」
「ふふ」とちいさく笑い、彼女はまっすぐに私を見つめた。
「トモさんに言われてたんです」
「『最後の最後まであきらめないで』って」
「ひなさんにも言われましたよね。
私に足りないのは『生きようとするしぶとさ』だって」
「『しぶとく諦めずに足掻くことも大事だ』って」
「―――」
黙ったままの私に構わず、彼女はどこか楽しそうに続けた。
「なんでかわからないんですけど、あのとき、ひなさんにそう言われたことを思い出して。
もう目も開けられないし霊力も消えていってるからダメなのはわかってたんですけど、トモさんとひなさんに言われたことを思い出して。
それで、『もうちょっとだけがんばろう』って、思ったんです」
……………。
……………!
「―――!!」
息を、飲んだ。
理解した途端、全身に痺れが走った!
『視よう』と集中して『視てる』から、そのときの竹さんの見ていたものが『視える』。そのときの感情が『視える』。
理解る。トモさんがそこで「嫌」と言わなかったら竹さんは死んでいた。竹さんがその言葉を受けて「もうちょっとがんばろう」と思わなかったら竹さんは死んでいた。
トモさんから何度も何度も「あきらめないで」と言われていたこと。私の「しぶとく足掻け」の言葉。たまたまその言葉を思い出したことで竹さんは前向きになった。生命にしがみついた。そうでなければ竹さんは死んでいた!
トモさんはこれまでに彼女の弱気をつぶし愛情と霊力で満たしていた。それが彼女の考え方を変えた。生きる姿勢を変えた。『夫婦ごっこ』を提案され結婚式を挙げ『夫婦になった』と自覚したことで彼女に『生』に対する執着が生まれた。
これまで重ねてきた様々なことが。
これまで積み上げてきた様々なことが。
ゼロに近い可能性の糸を手繰り寄せ、彼女の死をくつがえした―――!
ああ! 鳥肌が!
鳥肌がおさまらない!!
ナニその奇跡!
砂漠の中からたった一粒の正解をつまみ上げるような。断崖絶壁に渡された細い糸の上を歩いて渡るような。そんなトンデモナイ奇跡が重なってるじゃないの!!
わんこからの情報はザッとしか得ていないけれど、竹さんがいつものように死を受け入れていたらあの『水』の時点で彼女は死んでいた。『水』から助けられたあとのやりとりで死を受け入れていたら奇跡の薬でも蘇生できなかった。なんでか理解る。それが菊様のおっしゃるところの私の『特殊能力』なんだろう。
これまでずっとトモさんが注いできた言葉と愛情。私や皆様からの言葉。そしてなにより、神様方のご加護。
それらが作用して、文字通り奇跡的に、竹さんは蘇生し、生き延びられた―――!
―――!!
ああ―――!!
神様方! ありがとうございます!!
助けてくださって。加護をくたさって。ありがとうございます!! ありがとうございます!!
ああ! しつこいくらい『お願い』してきてよかった!
あの『まぐわい』から始まり、結婚式、宵山と、たくさんの神様方にお越しいただきご加護をお願いしてきた。その甲斐があった!
ああ! お礼にうかがわねば!
最大限の感謝を示さねば!!
『異界』にまで神様方のお力が届いたのも、これまでに奉納したあれこれと晃に授けていただいたカンストレベルの『強運』のおかげだろう。
いくら晃が『火継の子』だといっても、竹さんが数多の神々から愛された『愛し児』だとしても、これまでのことから鑑みるに、なにもしていなかったら神様方は手出しすることができなかった。
神様方には神様方の『理』がある。なんの『願い』も『対価』もなしに手出しすることはできない。
今回は事前にしっかりと『対価』をお渡ししていた。それも一柱だけでなく、京都中のたくさんの神様方に。
そこに強い強い『願い』をかけた。『強運』を持った『火継の子』が。
それで神様方も手出しができた。
もしあの場で神様方の手助けがなかったら。竹さんが諦めていたら。
この結果にはなっていない。それも理解る。
『水』の中で。助けられたあとで。竹さんが諦めていたら、どんな奇跡の薬をもってしても竹さんは死んだ。
竹さんが死んでもトモさんは霊力を注ぐことをやめず、トモさんも霊力が尽きて死んだ。
そうして『災禍』を見つけ出すことができず、『宿主』であるカナタさんの計画を止めることができず、京都は『死の都』となる。
姫様方も守り役様達も霊玉守護者達も戦い続け――晃は、死んだ。
姫様方と守り役様達の『呪い』は解けることなく、また永遠を生きる。そして未来、生まれ変わった主座様によりまた霊玉守護者として生まれ変わった晃は見つけ出され戦いに投入される。
そんな『未来』が『視えた』。
「―――!!」
ゾゾゾゾゾーッ!!
改めて突きつけられた『有り得た未来』に戦慄が走る。恐怖から息が浅くなる。
このひとが諦めなかったから晃が死ななかった。トモさんがこのひとを変えていたから晃が生きて帰れた。神様方が協力してくれたから晃が無事だった。
そんなことが理解できて、それはまず間違いないと理解できて、全身が震える。鳥肌おさまらない。全身の毛穴という毛穴が開いて汗が出てる気がする。
そんな私の様子にさすがのうっかり姫も気がついた。「ひなさん?」と声をかけられたけど顔を作ることもできない。
だからぎゅうっと抱き締めた。
心配させないために。
感謝を伝えるために。
「―――よく―――、よく、がんばってくれましたね―――!」
「ありがとうございます! ありがとうございます竹さん!」
声、震えてる。身体も震えてる。
そんな私をどう思ったのか、うっかり姫はうれしそうに抱きついてくれた。
「ひなさんのおかげです」
「ひなさんのおかげでがんばれたんです」
「ありがとうございます」
「ありがとうございますひなさん」
うっかり姫は素直に感謝を伝えてくれる。無意識にやさしい霊力を注いでくれる。
自分がどれだけのことを成したのかまったく気付いていない。うっかりなんだから。お人好しなんだから。
「ありがとうございます」
「生きてくれて。帰ってきてくれて」
「晃を連れて帰ってくれて」
「ありがとうございます」
「『ありがとう』は私のほうです」
「ありがとうございますひなさん」
破滅の未来を変えた無自覚姫は、ただただ素直に感謝を伝えてくれた。
次回は12/26(火)投稿予定です




