久木陽奈の暗躍 81 竹さんの状態確認と梅様の計画
神棚の部屋に全員が入った。
トモさんは姫様方と同じ位置に居座り竹さんを抱きかかえ離さない。そんな『半身』に竹さんは恥ずかしそうにしながらも大人しく従っている。
これまでもトモさんの竹さんへの執着はひどかったが、それでも人前では取り繕おうとしていた。成果があったかどうかは別にして。
それが今は遠慮も容赦も恥じらいもなくべったりと『半身』を抱え込んでいる。
いくら菊様から「くっついとけ」と言われたからといっても程度がある。現にウチのわんこはちゃんと配慮して私の隣に座っている。ちゃんと『待て』ができている。おりこうわんこだ。まあそうはいいながらもぺったりくっついてはいるんだが。そのくらいは許容範囲だろう。狭いし。
いつものトモさんだったらちゃんと竹さんの隣に座ったはず。それが抱きかかえて離さないって。どうしたの?『異界』でなにがあったの?
《……ものすごく、ものすごぉく大変だったんだよ……》
わんこから思念と一緒に『記憶』が届く。それによると竹さんは文字通り死ぬ寸前だったらしい。それこそあと一秒遅かったら死んでた。そこまで保たせたのはトモさんが文字通り魂を削って霊力を注いだから。
死の寸前だった竹さんも、竹さんを救うために魂を削ったトモさんも、魂が傷ついた状態になっている。それを癒やそうと無意識に『半身』を求めていつも以上にベタベタとくっついているようだ。納得。
実際くっついているだけでもふたりの霊力が循環して回復していっているのがわかる。ウチのわんこも『半身』である私がくっついているから徐々に回復していっている。
それがわかるからだろう。菊様はトモさんに何も言うことなくやるべきことを進められた。ちょいちょい馬鹿を見る目や呆れ果てた目を向けておられたけれど、馬鹿になってるひとは全く気付いていない。ああだったこうだったと報告するときでさえ愛しい妻を抱きかかえて離しもしない。
その報告の折々に晃から《ああだった》《これはね》といった思念と一緒に『記憶』が送られる。
『視えた』情報から判断するに、晃はかなり活躍したようだ。何度も浸入し、知り得た情報を伝え、その精神系の能力を如何なく発揮した。
逆に言えば、ものすごく疲弊しているということ。
実際手をつないでいる晃からはいつものチカラの強さを感じない。かなり弱ってる。
私に甘えたくてすがりたくて、でも人前だから、大事な話し合いの最中だからと気を張ってがんばっているのが伝わってくる。
そのせいもあるのだろう。送られてくる『記憶』は雑然としている。断片的だったりいくつも重なっていたり。これはかなり整理が必要だ。
そうして話し合いが終わり時間停止の結界が解けるやいなやトモさんはさっさと竹さんをさらって飛び出した。竹さんの部屋でイチャイチャするだろう。
「トモさん!」と竹さんの悲鳴が聞こえた気がするがきっと気のせいだ。
誰からともなくため息が落ちた。
「まさか竹が」とはどちらの姫の声だろうか。
菊様が呆れたように「あのふたりは放っときましょう」とおっしゃった。
「それより晃とひなも休みなさい」
「ひな。晃を頼むわよ」
『これで話は終わり』『とっとと行け』そう命じられていることは理解していたけれど、休む前にどうしても確認したいことがある。
「休む前に確認しておきたいことがあるのですが」
「よろしいでしょうか?」と問えば「なに?」と面倒くさそうに菊様がお答えくださった。
「竹さんとトモさんのことです」
そう言うと、皆様話を聞く体勢になられた。
周囲は気にせず、菊様に向けて問いかけた。
「おふたりは魂が傷ついた状態にあると拝察致しますが、いかがでしょうか」
私の発言に、ある方は驚き、ある方は黙っていた。
「……あんた……何者……?」
ポニーテールに紅梅色の袴の姫が驚愕もあらわに私を見つめてこられた。
どう答えればいいのかと迷っていたら、青い髪のショタ少年――蒼真様が「姫。あとで紹介するから」と姫様に耳打ちしてくださった。
その蒼真様が私に目を向けられた。
「ひなは魂の状態まで『視える』の?」
「………まあ………なんとなく、ですけど……」
モゴモゴと言い訳じみたことを口にする。
昔から、それこそ前世から相対する相手がどんな人間か察することができた。それこそが精神系能力者である私の能力。
魂が清浄か濁っているか、元気か傷ついているか、なんとなくだが、察することができる。
「私のことはいいんです」と話を元に戻す。
「おふたりとも、かなり魂が傷ついているように見受けました」
私の言葉に蒼真様はうなずいた。
「ひなの言うとおり、あのふたりの魂は傷ついてる。――今生命を落としたら百年単位で転生できないくらいに」
魂が傷ついていたら転生は叶わないと。霊魂の状態で霊界にただよっているうちに傷ついた魂は修復されるけど、その修復にかかる時間がかなり長くなるレベルで傷ついていると。
「回復薬や治癒術で治せないんですか?」
そうたずねたら「回復薬や治癒術で外傷は治せるけど、魂の修復となると特級レベルの薬でないとムリ」とおっしゃる。
その特級薬は現段階では蒼真様でも東の姫様でも「作れない」という。
「材料がない。必要な道具がない。『世界』の霊力量が足りない。
上級まではどうにか作れたんだけど、特級はいまだに成功してない」
霊力をためる『器』の修復は上級薬でも治癒術でも可能だけど、魂の修復となると、それもあそこまで傷ついていると「難しい」とおっしゃる。
「『賢者の薬』で治ったんじゃなかったのか?」
「『賢者の薬』をもってしてもあそこまでしか修復できなかったのよ」
並のひとならば身体も『器』も魂も治してしまうような奇跡の薬を用いて死にかけた竹さんを蘇生させたと隣のわんこが思念で補足してくれる。
けど規格外のお姫様を蘇生させるにはそんな奇跡の薬でもギリギリだった。逆に言えば、そんな奇跡の薬だからギリギリ助けられた。
さらに言えば、薬を投与したからといってすぐに復活できるようなものでもないらしい。
例えば増血剤を投与してもすぐに血が増えるわけじゃないように「治癒に時間が必要な場合もある」と説明される。
今回のおふたりの魂の修復はそのパターンだと。
「つまり、竹さんとトモさんの魂は薬や治癒術で今すぐどうにかできるものではないと」
私の確認に蒼真様とポニーテールの姫様が「そう」と首肯される。
「『時間が薬』ということですか?」
「そうそう」
「そのとおり」
「それで時間停止をかけて休養するようにお命じになられたのですね」
菊様にそう確認すれば「まあね」と軽くお答えくださる。
「時間停止かけとけば、何日でも何年でも休めるでしょ。そのうちに魂も修復できるでしょ」
なるほどです。
休養に向かう前に投薬なり施術なりすればと思っていたから口を出したが、余計な心配だったようだ。
「差し出がましいことを申しました。申し訳ありません」と頭を下げたが「構わないわ」「今後も気になったことがあれば遠慮なく言いなさい」と逆に言われてしまった。
「とにかくあのふたりが『鍵』なのよ」菊様が重ねておっしゃる。
「ようやくここまで来たの。ここで、絶対に、確実に『災禍』を滅する」
「『呪い』が解けたということは、私達はもう『記憶を持ったまま転生』することはなくなった。
ここで『災禍』を滅することができなければ、もう誰も手出しができなくなる」
「『災禍』の封印を解いた私達が、責任を持って『災禍』を滅しなければならない」
菊様のお言葉はいちいちごもっともだ。姫様方も守り役様達も、私達もうなずいた。
と。
ヒロさんがなにかに気付いた。
なにかと思えばスマホを取り出し「トモです」と菊様に報告した。
「『連絡くれ』ときました。――いかが致しましょうか」
ああ。時間停止かけてしっかりと休養を取ったという報告かしら。
菊様もそう考えられたらしい。「ここで電話しなさい」と指示されヒロさんが電話をかけた。
「――もしもし?」
『ああヒロ。悪い。今いいか?』
スピーカーモードにしたスマホからトモさんの声が流れる。
「いいよ。――もう済んだの?」
『――いや。ちょっと時間停止かけずに話し込んでしまって……』
「はあ!?」
菊様。お顔が般若のようにおなりです。それでも美しいのだから美人は得だ。
守り役様達は『やれやれ』といった呆れムードになっておられる。
『それより、今、風呂使えないか?』
「お風呂?」
「お「風呂!!」」
トモさんの声におふたりの姫様がぴゃっと反応された!
「お風呂! そうよ! お風呂入りたい!」
「もう四日入ってないもんな! 入りたい!!」
「浄化はしてたけど、やっぱり湯船にしっかりつかりたいのよ!」
「言われたらすぐ入りたくなった! 晴明! ここ、風呂あるか!?」
わあわあと姫様方が騒いでしまい、守り役様達も菊様も「確かに」と希望されたので急遽お風呂に入ることになった。
ヒロさんが離れ専属の式神ちゃん達に指示を出す横でアキさんが「お召し替えはいかがいたしましょうか」と主座様に確認された。が、姫様方は「一回自分の部屋に取りに帰るからいらない」とおっしゃり、守り役様達も「着替えはアイテムボックスにあるから大丈夫」とおっしゃった。
「では」と姫様方にお風呂を使ってもらうべくアキさんが案内しようとしたら菊様から「待て」がかかった。
「すぐ竹が来るでしょ。それから案内して」
菊様のお言葉に「承知致しました」とアキさんが答える。
うなずいた菊様はそのまま指示を続けられた。
「最初は梅と蘭と、竹とひなで入りなさい」
はあぁぁぁぁ!?
「おっけー」
「いこうぜ! 案内頼む」
「姫様方。竹様がもう来られるでしょうから、もう少しお待ちいただけますか?」
ふたりの姫様がアキさんとやり取りしている間に私はザザッと菊様の前へ。
「なんで私まで!?」
あまりの衝撃に言葉も態度も取り繕う余裕はなく、素で詰め寄った私に菊様は面倒くさそうにおっしゃった。
「竹と話をしなさい」
《アンタが話を聞いてやったら竹は落ち着くでしょ》
《竹の魂の修復に、アンタが必要なのよ》
「……………」
目で、思念で、本当の目的を開示される。
《アンタと話をしたら竹は前向きになるでしょうが》
………それは………これまではそうでしたが、それは偶然というかたまたまというか………。今回もお役に立てるとは限りませんけれど………。
「ごちゃごちゃうるさいわね。いいから竹とお風呂行きなさい」
バッサリと雑に命じられてしまった。
ここまではっきりと命令されては従うしかない。非常に不本意だが「かしこまりました」と頭を下げた。
トモさんと竹さんが再び現れた。先程出ていったときと同じ格好。でも先程よりも少し回復しているのがわかる。魂の状態もホンの少しだけだけど回復しているように視える。
伝わってくるおふたりの思念から相当イチャイチャしたことがわかる。竹さんが喜んで受け入れているから黙っておくけど、普段との落差が激しすぎるんだけどこのムッツリ。これだから『半身持ち』は。
菊様に追い出されるように神棚のお部屋から出る。東の姫様、南の姫様、竹さんに続き私がお部屋を出た。
お部屋に向けて正座をし一礼し、そっと襖を閉めた。
振り向いたときには東の姫様と南の姫様は離れ専属の式神ちゃん達によってお風呂へ向かい進まれていた。
律儀に私を待ってくれていた生真面目なお姫様を見上げる。
いつもと変わらない、穏やかな姿。
―――ああ。生きてる―――。
なんだか急にそんなことを実感して、胸がつまった。
つい一時間にはこんな未来考えられなかった。
『生き延びられますように』と願ってはいたけれど、『きっと大丈夫』と信じてはいたけれど、やっぱり不安は消えなかった。『竹さんはこの離れに戻って来られない』と覚悟していた。それが。
じっと見つめるうちにじわりと涙がこみ上げてきそうになる。そんな私の内心にうっかり姫は気付かない。
「行きましょうひなさん」
「早くしないと菊様に叱られちゃいます」
にっこりとそんなことを言う。
いつもどおりのうっかり姫に「そうですね」とどうにか笑顔を作り、立ち上がった。
「行きましょう」
「はい」
素直なお姫様は笑顔で答えた。
お風呂の脱衣所ではふたりの姫様がなにやらやり終えられたところらしかった。
「あ。竹―――と―――?」
ポニーテールの姫様に誰何されたので姿勢を正し頭を下げる。
「お初にお目にかかります。久木陽奈と申します。
『火』の霊玉守護者である日村晃の『半身』です」
そう自己紹介すると「晃の!?」「『半身』!?」と驚かれた。そうですか。『半身』ってそんなに珍しいんですか。そのわりには私の周りゴロゴロいますけどね。
そして晃は大活躍でしたか。お役に立ててよかったです。あとでしっかりと褒めておきますね。
「ひなさんはすごいんですよ! 作戦立案とか本拠地設営とか、ひなさんが色々してくださったんです!」
ごるぁぁぁぁぁ! うっかり姫ぇぇぇ! なに余計なこと口にしてんだぁぁぁ!
キラキラした目で力説するうっかり姫。
「ひなさんのおかげです!」とか、言うな! 黙ってろ! 違うから!! 私は大したことしてないから!!
ブンブンと首も手も横に振る私と、拳を握って力説するうっかり姫とを見比べたおふたりの姫様はだいたいの関係性を理解してくださったらしい。
「じゃあ全部終わって落ち着いたら、その話、聞かせてね」
楽しそうなポニーテールの姫様のお言葉に「はい!」とうれしそうに答えるうっかり姫。
でも待てよ。うっかり姫のことだからこのやりとりもうっかり忘れるに違いない。いやきっとそうだ。このままそっとしておこう。ウン。それがいい。
笑顔で固まっているとうっかり姫がうれしそうにおふたりの姫様を紹介してくれた。
「ひなさん。こちらが蒼真の主の梅様。こちらが緋炎の主の蘭様です」
「梅よ。よろしくね」
「オレ、蘭! よろしく!」
どうやらおふたりとも気さくな方のようだ。
「こちらこそよろしくお願い致します」と頭を下げると「気にしないで。フツーにして」と返された。『ひな』呼びに同意したらお名前呼びを許されてしまった。恐れ多くても文句も言えない。なんでこうなった。
「着替えを取ってきます」と言うとおふたりの姫様も「私達も取りに行ってくる」「ついでに偽装工作してくる」とお話くださった。
おふたりとも素直な方らしい。なにをしようとしているのかのイメージが伝わってきた。
おふたりとも寮住まい。どちらの寮でも朝の点呼があるし朝食は食堂に行かねばならない。だが、これから行われる『災禍』との決戦に赴くおふたりには点呼も朝食も対応できない。そこでおふたりそっくりの式神を仕込んでおくことにした。
その式神は梅様特製のもの。体温心音脈拍呼吸すべて本物と遜色ない仕上がりになる。その本人そっくりな式神を、叩き起こすのはダメだが医者に診せたり救急搬送の必要があると判断するほとではないという絶妙な状態で寝させておく。発熱、発汗、呼吸。それらに加え枕元にいかにも水分補給しましたと示す空のペットボトルを数本置く。それで病人の出来上がり。看護師の卵の集団も、体調管理が重要なスポーツ選手を預かる寮母も『寝させておいてしばらくしたら再び様子見』と判断するだろう。
《『災禍』を滅するのにどのくらいかかるかわからないけれど、最低でも丸一日はこれでごまかせるはず》
梅様はそう計画しておられた。
なるほど。用意周到ですね。素晴らしい。
そして私達がこの脱衣所に入ってすぐに時間停止の結界も展開してくださってましたか。ありがとうございます。
蒼真様が自慢するだけあって、この梅様という方は視野が広く細かい配慮ができる優秀な方のようだ。
先程なにやらされていたのは、戻ってくるときの目印をこの脱衣所の床に設置しておられたとわかった。
おふたり一緒にそれぞれのお部屋に行き、諸々手配してこの場所に戻って来ると。ホントに有能ですね梅様。
「私達が戻ってなかったら先にお風呂入ってて。ちゃんと時間停止かけるのよ」
そう指示された梅様はパチンと指を鳴らされた。おそらくはこの脱衣所にかけられた時間停止の結界を解除されたのだろう。
そうして蘭様とおふたりで転移していかれた。
「じゃあ私達も行きましょう」と竹さんを連れて二階へ。それぞれの部屋へと分かれた。
とっとと着替えを手にして竹さんの部屋へと突撃すると、案の定どんくさいお姫様は「ええと」「ええと」とモタモタとしていた。
「竹さん。時間停止かけてください」
お願いすると「はい」と素直に従ってくれるお姫様。
「できました」とほにゃりと笑う。いつものことながら、そんな簡単に。
まあいい。
色々飲み込んで「これでゆっくりできますよ」と微笑んであげると、ようやくどんくさいお姫様は安心したように笑みを浮かべた。
下着と、パジャマと、とひとつひとつ指示してようやくお風呂の支度ができた。
「じゃあ」と部屋を出ようとするお姫様に「ちょっと待ってください」と待機をかける。
菊様から命じられた。『竹と話をしろ』。
時間停止をかけた空間でふたりきりというこの状況は『話』をするのに丁度いい。むしろ今しかないだろう。
「竹さん」
改まった私に生真面目なお姫様は「はい」と生真面目に姿勢を正す。
変わらぬかわいらしいお姫様に、頬が勝手にゆるんだ。
生きてる。『呪い』は解けた。彼女のナカに在ったあの重く昏い闇も消えた。
彼女は救われた。これからも生きていられる。
じわりじわりとそれを理解していく。うれしくて、喜ばしくて、安堵して、叫び出したいような、抱きつきたいような、モゾモゾした気持ちになった。言いたいことも伝えたいこともたくさんある。なのに口から出ていってくれなくて、私のナカで晃の『火』がぐるぐるパチパチしている。これは――そう。歓喜。
よかった。
無事に帰ってこられて。
よかった。
『呪い』が解けて。
よかった。
これからもトモさんといられる。
よかった。
よかった。
「―――おかえりなさい」
どうにか絞り出した言葉に、かわいいお姫様は息を飲み、固まった。
でもすぐにくしゃりと微笑み、「はい」と返事をした。
ちいさく小首をかしげた、いつものやさしい微笑み。
ああ。竹さんだ。
竹さんが、いる。
じわりと涙が浮かんでくるのをどうにかこらえ、にっこりと微笑んだ。
「『呪い』の解呪、おめでとうございます」
生真面目なお姫様はにっこりと微笑んだ。
彼女のその目は次第にうるんでいった。
ふっくらとした頬には朱が差し、唇が震えていた。
口を開いたけれど言葉が出ず、二度、三度と口を開けしめしていた竹さんだったけれど、すう、はあと呼吸を整え、再びにっこりと微笑んだ。
「――あり、がとう……ござい、ます」
王族らしく挨拶しようとしたのだろう。
それでもあふれる歓喜は抑えられず、途切れ途切れの言葉になった。
必死に涙をこらえる彼女がかわいくて愛おしくて、私も感極まって思わず抱きしめた。
「よかったですね」
「―――はい」
竹さんも私の背に腕をまわして抱きついてくれた。
互いにぎゅうぎゅうと抱き合った。
「ありがとうございます」
「ひなさんのおかげです」
「ありがとうございます」
私の肩に額を押し付けて愛おしいお姫様が何度も何度もお礼を言ってくれる。
《ひなさんのおかげ》
《ありがとう》
《ありがとうひなさん》
思念で、言葉で、態度で。
彼女のすべてで感謝を捧げてくれる。
そんな彼女に、これまでの苦労がすべて報われた気になった。
「竹さん」
「おつかれさまでした」
「おかえりなさい」
抱き合ったまま背中を撫でる私に、愛おしいお姫様は「ありがとうございます」と何度も何度も言ってくれた。
次回は12/19(火)投稿予定です