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久木陽奈の暗躍 80 一同の帰還と解けた『呪い』

時間を戻して、離れから竹達が飛び立ったところから。

ひな視点でお送りします

 青い大きな龍が天に向かって駆け上がるのをただ見送った。

 見えなくなってからも目を離すことができずじっと天を見つめていたけれど「無事突入された」との主座様の声に身体が反応した。


 主座様は淡々と成すべきを成しておられる。蒼真様が動いたことで影響が出ていないかの調査命令を式神へ伝えられたあとは『神降ろし』を成したちびっこの様子を再度確認。タカさんに『バーチャルキョート』の様子を報告させられた。


 ネット上の『バーチャルキョート』はなにも問題なく多くのプレイヤーで賑わっている。

 新たに搭載された『時代転移』システムを試し、違う時代の『キョート』を楽しむプレイヤーが増えてきた。コメントもどの時代がどんな感じか報告するものが多くなってきた。


 最初に「コメントの色が違う」とおっしゃっていた千明様がずっと流れるコメントを確認しておられるけれど、ちびっこの『神降ろし』以降のドタバタで目を離してからは「色がつかなくなった」とおっしゃる。


 おそらくは神様ブーストがかかっていたんだろう。

 皆様が『異界』に行ったことで知る必要がなくなったから見えなくなったんだろう。

 もしくは――。


 こわい考えが浮かびそうになったのを慌てて止める。

 大丈夫。大丈夫。晃は無事に決まってる。

 晃には神様達から『強運』がカンストまで授けられている。絶対に無事だ。


 それでも不安はゾワリゾワリと私に迫る。

 それを振り払うために状況確認に集中した。

 主座様の式神達が京都各地におもむき調査しては報告をあげてくる。晴臣さんは同じく京都各地に配置されている安倍家のひと達からの報告を受ける。それらをアキさんがホワイトボードに書き込んでいく。タカさんは京都の各地を映すモニターを確認すると同時に『バーチャルキョート』のシステムにおかしな動きがないか見張っている。千明様は引き続きコメントに異変がないか注視してくださっている。


『現実世界』の京都も『バーチャルキョート』の中も何の異変もない。霊的にも、人的にも。

 それでもナニカが動いているのを感じる。『ピリピリ』というよりも『ビリビリ』というくらいにザワザワする。


 きっと晃が無理をしている。なにか危険なことをしている。

 手助けしたくても私にできることは何一つない。

 それが理解できるから、状況確認をしながらもただ必死で祈った。


 お願いします。お願いします。

 どうか、どうか晃を無事に返してください。晃を守ってください。晃を助けてください!


 震える手を固く握り合わせ、祈った。

 祈りながらもなにか異変の兆しがあったときに見逃すことのないように次々にあがってくる報告を聞いていた。


 と。

 主座様がふと窓の外に顔を向けられた。

 じっとどこかを見つめ、ちいさく首をかしげられた。


「なんですか!?」

 つい責めるようになってしまったけれど、主座様はそんな私を叱ることなくお答えくださった。


「………蒼真様が『現実世界(こちら)』に戻って来られたようなのですが………」

「『が』!?」

「……どこかに転移して、すぐまた『現実世界(こちら)』に戻り、そのまま神泉苑の『扉』に入られました」

「……………」 


 ―――それは、なにを意味しているのだろうか……。

 主座様も意味がわからないようだ。「なんでしょうね?」と首を傾げておられる。

 それでも「霊的には問題なさそうです」と教えてくださる。


「どっかになんか取りに行ったんじゃない?」

 さっぱりと千明様が答えられる。


「蒼真くんなら違う『世界』を行き来できるんでしょ?

 それなら『バーチャルキョート』だって気軽に行き来するんじゃないの?」


「なるほど。確かに」と主座様は納得のご様子。私も何故かスコンと納得した。

 が、続いて不安が浮かぶ。

 蒼真様が取りに行く『なにか』とはなにか。

 ―――薬?

 誰かが特別な薬が必要な状況になっている? 持参した薬では足りない状況になっている? それはつまり―――。


 ゾワリ。


 血みどろになった晃が頭に浮かぶ。

 ちがう。ちがう。晃は無事だ。『絶対に生きて帰ってくる』って言った。晃は言ったことは必ず守る。絶対帰ってくる!


 不安で、こわくて、いてもたってもいられない。でも今の私にできることは現状確認と祈ることしか―――。


「……すみません。ちょっと、抜けます」

 一言断りを入れ、神棚の前に座った。


 ―――できることがあるなら、それをやるだけだ!

 集中しろ! 現状確認は放棄!

 パン。パン。柏手を打ち、両手を合わせ、必死に祈った。


 どうか。どうか。晃をお守りください。晃をお助けください。晃を無事に私に返してください!

 授けてくださった『強運』をすべて使い果たしてもいいです。足りなければなんでもします。だからどうか。どうか。

 晃を守って! 晃を助けて! 晃を返して!!


 必死で祈りを捧げていた。

 どのくらいそうしていたのか。


「トモ!? なっちゃん!?」

 タカさんの声に顔を上げると、トモさんとナツさんがいた。―――晃は!?


 いない。晃が。なんで。


「今何月何日何時何分だ!?」

「七月十七日、午前零時二十三分。――お前達だけか!? 姫宮達は!?」

「説明する! 時間停止を!」


 トモさんの叫びに主座様が冷静に応えるのをどこか非現実的な感覚で耳に入れていた。

 ゴクゴクとアキさんから受け取った飲み物を飲むトモさんとナツさん。早く説明してほしい。なんでふたりしかいないの。なにがあったの。晃は。晃は無事なの!?

 膝を突き合わせて質問したいのをグッとこらえてふたりの言葉を待つ。


「全員無事だ」


 トモさんの言葉に皆様はホッと息をつかれた。けどそれじゃあわからない。もっと詳しく説明しろ。晃は!?

 そう思ったのが伝わったのか、苦笑を浮かべたトモさんが言葉を重ねた。


「晃も。ヒロも佑輝も。姫達も守り役達も。安倍家の人間も、他の連れて行かれた人間も。誰一人死んでない。重傷者は治癒術で完治した。全員生きてる。怪我もない」


 ―――晃は無事。怪我もない。

 その説明に嘘もごまかしもないとわかって、本当に晃は無事だと納得できた。

 途端に身体中のチカラが抜けた。

 どうにか両手をつき、醜態をさらすのは回避した。


「……………よかった……………」


 勝手に言葉がこぼれた。ついでに涙もこぼれた。

 よかった。よかった! 晃は無事! 帰ってくる。私のところに!


 私に構うことなくトモさんとナツさんがなにがあったかを報告する。それを聞いているうちに私も落ち着いてきた。


 落ち着いたらやるべきことが浮かんだ。

 遅ればせながらノートとペンを取り、報告されることを書き込んでいく。


 トモさんとナツさんは淡々と起こった出来事だけを報告していく。感情を入れない、おそらくはかなり省略された報告を書き込んでいくうちに私もようやく通常モードに戻っていった。

 ツッコミどころ満載の驚きしかない報告を聞きながら、ふと気がついた。

 トモさん、かなり疲弊している。


 疲れているのはナツさんも同じ。四日過ごしたと言っていた。かなりの戦闘を経験したみたい。報告するおふたりから『視える』記憶からも苛烈といえる日々を送っていたことがわかる。

 それをふまえてもトモさんの疲弊度合はひどい。まるで、そう。魂を削ってきたかのような――。


 そう考えていると報告が終わった。

 時間停止の結界を解除した途端に白い小鳥がやって来る。すぐにふたりの『姫』が現れた。


 ナニこの『圧』。この威厳。魂の『格』がちがう。『強さ』が違う。

 久々に感じる。これは、ダメだ。ヒトが相対してはいけないモノだ。本能が叫ぶ。

 竹さんと菊様でだいぶ慣れたと思っていたけど、いきなり、しかもふたり同時とあって『圧』がハンパない。おまけにおふたりともピリピリしてるから威圧が容赦なく吹き出してるし。


 それでもそれぞれの守り役様を求めるご様子にかろうじて「外では」と答えるとおふたりはそれぞれに飛び出していかれた。トモさんナツさん主座様が後を追う。私もその後を追って窓際に張り付いた。


 その途端! 炎の塊が天から落ちてきた!

 え!? と思った次の瞬間にはドドン! と雷が落ちた!


 目の前で次々に起こる衝撃に思わず腕で顔を守っていた。

 何が起きたのかわからずただただこわばっていた、そのとき。


 ふわりとした浮遊感。

 ぎゅっと抱き締められ感じる強い安心感。

 このぬくもり。このニオイ。この霊力。この『火』は。


「ひな」

《ひな》


「―――晃―――!」


 晃。

 晃。

 私の晃。

 帰ってきた。帰って来た! 生きてる! 晃! 晃!!


「ただいま。ひな」

「晃―――!」


 ぶわりと涙があふれた。心配した。不安だった。こわかった。帰って来た。よかった。安心した。大好き。晃。私の晃。無事でよかった。好き。愛してる。離さないで。抱き締めていて。もうどこにも行かないで。


 いろんな気持ちがあふれ出す。なのに言葉にならない。ただ晃に抱きついた。

 泣くつもりなんかないのに涙が勝手に落ちる。好き。好き。晃、大好き。

 帰って来た。無事だった。よかった。心配してた。もうどこにも行かないで。私だけの晃でいて。ずっと私のそばにいて。


 ワガママな小娘みたいな自己中な考えばかり浮かぶ。自分がこんな浅ましい人間だとは思わなかった。こんなちっぽけな女、晃にふさわしくない。

 そう思うのに止まらない。晃が好き。晃が無事でよかった。私の晃。私だけの晃。離さない。離れない。愛してる。愛してる!


「ひな」

「ひな」


《帰ってきた。おれの場所に》

《おれのひな》

《おれだけのひな》

《愛してる》


 晃の思念が流れ込んでくる。晃の『火』が注がれる。晃のぜんぶに包まれてる。あたたかい。安心する。大好き。大好き。


 ホンの十分十五分しか離れてなかったのにもう何年も何十年も逢ってなかったみたいに互いを求めてしまう。触れ合っている身体から流れ込む『火』が冷え切った身体の内側をあたためてくれる。『晃がいる』と教えてくれる。

 愛してる。私の晃。私の唯一。私だけの晃。

 どこにも行かないで。私を離さないで。私だけを愛して。ずっとずっとそばにいて。


《ひな―――!》


 キスしようと顔を上げた、そのとき。

 信じられないものが目に入ってきた。


 青い大きな龍が、赤い鳥が、白い虎が、ちいさな黒い亀が、見る見るうちにその姿を変えていく!

 唖然として見つめる私につられて晃もその様子を目にし呆然とする。


 そうして現れたのは。

 ショタ()のある青い髪の男の子。

 黒い髪の渋いイケオジ。

 スタイルバツグンの赤い髪のお姉様。

 銀の髪の超絶美人。


 ナニコレ?

 誰?

 ナニが起こったの?


 ――まさか。


「蒼真!」

 ポニーテールの姫様が叫び青い髪のショタ枠少年に抱きついた。それを皮切りにあちこちで感動の抱擁が繰り広げられている。

 つまり。


 このひと達が、守り役様達。

『呪い』が解けた。『獣の姿になる』という『呪い』が。そうしてヒトの姿になった。


『呪い』が――。


『呪い』が―――解けた―――!


「―――!!」


 ようやく理解して感動と歓喜に震えていたら、銀髪美女が私達の前にやって来た。


 間近で相対するとその霊力量がビシビシと刺さる。なんですか。これまでは『呪い』で制限されてたんですか。あれでですか。それとも『呪い』が解けたばかりで普段してる制御ができてないだけですか。どちらにしてもトンデモナイ方ですね。イエ知ってましたけど。でもこれほどどは。


 そしてこれほどの至近距離だとその(かんばせ)の美しさがより際立ってわかる。芸能人か。モデルか。なんですかそのきめ細やかでぷるんぷるんのお肌。三十二歳って言ってませんでしたか? 奇跡のひとですか?

 ほんの少し目尻が下がった二重の目。それを縁取る長いまつげ。形のいい眉。整った鼻に弧を描く唇。そのどれもが完璧な場所に配置されてる。神の創造物ですか。軽くしかお化粧してないように見えるのにそれですか。

 癖のある銀髪もすごく綺麗。部屋からの光があたってキラキラしてる。鎧をまとっておられるからスタイルはわかりにくくなってるけど、晃に抱かれた私と目線がほとんど変わらないということは私よりも背が高いはず。それをふまえても腰の位置が明らかに高い。


 これは、神の作り給うた女神像だ。


 そう放心していたら、女神像が私ごと晃を抱き締めた!


「ありがとう。晃のおかげよ。ありがとう。貴方は自慢の息子よ」


「え」「あの」「その」と目を白黒させる晃はそれでも私を離さない。だから私も銀髪美女のハグから逃げられない!

 めっちゃいいニオイするんですけど! 色っぽさにノックアウトされそうなんですけど!!


 さらには赤髪の美女まで抱きついてきた!! なにこのセクシーダイナマイツな美女! 霊力量もすごいけど、色気が! 色気が!! 田舎の小娘には近寄ることすら不敬になりそうなんですけど!!


「ホント。お手柄よ晃! 晃がいなかったらこんなにうまくいかなかったに違いないわ! ありがとう晃!」


 ふたりの美女にムギュムギュと抱きつかれてもウチのわんこは驚くだけ。照れるとかドギマギするとか異性に対する反応は全くない。さすが『半身持ち』。同性の私のほうがドギマギしてるし照れてるんだけと。


「は、白露様!?」

「ええ」

「緋炎、様?」

「ええ」


 オロオロしながら晃が問いかける。ふたりの美女は私達から離れ涙を流しながらニコニコと答えた。


「びっくりした?」とお茶目に笑うその黄金色の目に、スコンと理解した。


 ああ。白露様だ。


 私達を育てたくれた、ずっとそばにいてくれた、ずっと守ってくれた、白露様。


 白露様だ。


「――白露様――」

「白露様………!」


『呪い』が解けた。白露様の。もう苦しまなくていい。きっとぜんぶの『呪い』が解けてる。よかった。よかった。白露様。白露様。


 腕を伸ばしたのは晃と同時だった。

 晃に抱かれたまま両手を伸ばす私と片腕を伸ばす晃に、白露様はくしゃりと笑い、ふたりまとめて抱き締めてくれた。


「――やっと――。やっと貴方達を抱き締められた」

「―――!!」

「白露、様―――!」



 あれはいつだっただろうか。

 白露様がポツリとつぶやいた。

「この『呪われた』身体では貴女を抱き締められない」「それだけは残念」

 そのときは意味がわからなくて、でも白露様を元気づけたくて「そのぶん私が抱きつくから大丈夫!」と言った。

 それでもモフモフの大きな虎は見事な体幹と器用な前足でハグしてくれていた。それで私達は十分しあわせだった。


 でも。


 きっと虎の姿のときは加減してくれていたんだろう。

 ヒトの姿になった今は遠慮なく抱き締めてくれているんだろう。

 私達が愛おしいと。私達がかわいいと。


《ありがとう》

《ありがとう。晃。ありがとう。ひな》


 白露様の思念が伝わってくる。これまで大変なこともあった。つらいことも苦しいこともあった。『災禍(さいか)』を滅すると決めてからは砂を掴むような日々。手がかりを掴んだと思った端から指の隙間からこぼれていく。手の中には何も残らない。それでも責務を背負い、(あるじ)を守ってきた。途方もない日々。果てしのない日々。何度も何度も親しいひととの別れを重ねた。いっそヒトの世と関わることはやめようと思ったこともある。それでもヒトの世に生まれ変わる(あるじ)のためにヒトの世と関わり、生きた。(あるじ)に付き従い、いつ終わるかわからない使命にまい進した。うれしいことも、喜ばしいこともあった。楽しいことも、奇跡のような出会いもあった。それでもどこか諦めていた。自分は『残されるモノ』だと。いつかは必ず別れなければならないと。いつもどこかで思っていた。自分は『責務を果たせぬ無能』だと。それが。まさか。

『呪い』が解けるなんて!

 ヒトの姿に戻れるなんて!

 もう永遠を生きなくていいなんて!!

 おまけにあと少しで『災禍(さいか)』を滅することができるなんて。夢じゃないかしら。

 それもこれも晃のおかげ。晃ががんばってくれたおかげ。

 晃だけじゃない。ひなのおかげでもある。

 ひなが色々考えてくれたおかげ。純潔を捧げてまで協力してくれたおかげ。

 本当に、本当にふたりには感謝しかない!


《ありがとう》

《ありがとう晃》

《ありがとうひな》

 

 白露様の思念に涙がポロポロ落ちる。

 よかった。よかった。白露様。よかった!


「白露様! よかった。よかった!」

「白露様ぁぁぁ!」

「うわあぁぁん!」


 うれしくて誇らしくて安心して。

 子供のようにわんわんと声を上げ鼻水垂らして泣いたのだった。

しばらくひな視点でお送りします。


先週間違えて「12/4投稿予定」としてしまっていたので(今朝気付いたという…)本日投稿しました(汗)

次回は来週火曜日、12/12に投稿予定です。

相変わらずの週一投稿ですが、お付き合いよろしくお願いします。

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