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第三十五話 日曜日ータカさんの話 3

「お前は、『半身』を喪う覚悟があるか?」


 タカさんの声は真剣だった。

 いつものへらりと陽気な色も、茶化すような色もなく、真剣に、真摯に俺に向き合ってくれていた。


 だから、俺も真剣に答えなくてはいけない。

 でも。


 彼女を喪う。

 彼女が、死ぬ。


 そう考えようとしただけで拒否反応が出る。

 嫌だ、嫌だと魂が叫ぶ。


 俺の『半身』。俺の唯一。

 喪うなんて耐えられない。許せない。

 彼女を喪うくらいなら、俺か死ぬ。

 そんなことしか浮かんでこない。


 それでは駄目だとわかっている。

 そんなこと彼女は望まない。

 だから『智明』も『青羽』も置いていかれた。

 用事を言いつけられて、彼女のいない世界を生きた。


 彼女のために。彼女の『願い』を叶えるために。



 机の上の亀がうなだれているのに気が付いた。

 そういえばこいつも置いていかれてるんだよな。

 奥さんの――『半身』の『願い』のために生きてるんだよな。



『半身』からの『願い』があれば、生きていけるだろうか?

 それなら、喪った痛みにも耐えられるだろうか。


 ふと開祖の――『青羽』の手記を思い出した。

 苦しい。悲しい。さみしい。会いたい。

 そんなことばかり書かれていた。


 きっと『青羽』は苦しんだ。

 遺されたから。彼女を喪ったから。

 


「――覚悟なんて、できない」

 ポツリと、こぼした。


「どれだけ覚悟してたって、喪ったら苦しむに決まってる。耐えられないに決まってる」


 いつの間にかうつむいていた顔を上げ、タカさんに向けた。


「じーさんだってそうだった」


 そう言うと「そうか」とタカさんは苦笑した。

 いいジジイで、一年以上前から言い聞かせられて、覚悟ができていたはずのじーさんだってあんなに暴れた。あんなに泣いた。


 きっと『半身持ち』には覚悟なんてできない。

『半身』を喪うなんて、認められない。


 じーさんや親父から聞いた『静原の呪い』の話にもあった。

『唯一』と定めたひとと結ばれなかった者や喪った者は、ココロが壊れるか自死したと。

 だからこそ『呪い』なんて呼ばれることになったと。


 目の前のこのひとだってそうだ。

『半身』が妊娠で弱っているときに世話してる息子の気配がついただけで息子を殺そうとした。

 ハルの『先見』で、『半身』を喪ったこのひとは京都を火の海にして何十万もの人間を殺すなんてのが出た。

 それを俺達は『有りうることだ』と納得した。



『半身』を喪うことなど、許せない。考えられない。

『半身』のいない世界なんて、いらない。


 そんな苛烈さが、『半身持ち(俺たち)』にはある。



 彼女に出会うまでは理解できなかった。

 なんでそんなにひとりの人間に固執するのか。

 どうしてそこまでの想いを持てるのか。


 でも。

 彼女に出会って、わかった。


 理屈じゃない。打算もない。

 ただただそのひとのことしか考えられない。

『分かたれた半分だ』と。

『唯一だ』と。

 それしかない。


 ある意味、純粋。

 身分も立場もなにもかも取っ払って、ただただそのままのそのひとを求める。

 そのひとのためなら万難を排する。どんなことでもする。それこそ人殺しでも。


 だからこそ、危険。

 共に滅びる可能性も、世界を滅ぼす可能性もある。

 それが『半身持ち』。



 自分が『半身』を得て深く深く理解した。

 俺もやりかねない。

 俺は竹さんのためならばなにをしでかすかわからない。

 実際やらかした。

 あれだけ言い聞かせられていたのに、納得していたのに、術を破綻させた。


 彼女がからむと俺はポンコツだ。

 正しい判断ができなくなる。

 彼女しか考えられなくて、彼女のことしかアタマになくなって、結果、とんでもないことをしでかす。

 それでは彼女の役に立てない。

 そう理解しているけれど、どうにもならない。

 彼女を前にしてしまうと彼女でいっぱいになってしまう。

『かわいい』『かわいい』と、そればかりになってしまう。



「それが『恋』だ」ツヅキはそう言った。

「誰しもそんなふうになる」と。



 ふと、目の前のひとのことが気になった。

『半身』のためになんでもするこのひとも『そう』だったのだろうか。

 今の俺みたいにポンコツになっていたのだろうか。



「タカさんは」

 気になって、思いきって聞いてみた。

「千明さんに初めて会ったとき、どうだったの?」


「ん?」と疑問を浮かべるタカさんに重ねて問う。


「最初からしっかりしてたの?

 それとも千明さんでいっぱいになってポンコツになった?」


 タカさんは「ああ」とちいさく笑い、なつかしそうに言った。


「ポンコツになったよ」


 ほんとかよ。

 そう思ったのは伝わったようで、いつものように「二ヒヒッ」と笑ったタカさんは続けた。


「ちーちゃんをこの目に入れた途端、とらわれた。

 すぐさま自己紹介して迫ったんだけど、強引すぎたみたいでオミに殴られた」


 ……どんな自己紹介だよ。


 そういえば前に一乗寺の山の手伝いに行ったときにヒロのじーさん達が話してた。

 最初はオミさんと千明さんの見合いで、タカさんとアキさんは付き添いだったって。


「そこからはもう必死だよ。

 アピールしまくって、なんとかもう一度会う許可をもらって、会えたらまた次会えるようにして、って。

 ちーちゃんのために時間やりくりして何度も会って、ちーちゃんのためになることならどんなことでもした」


「その結果が『目黒』?」

「そ」


『華道家になりたい』という夢を持っていた千明さんの活動を支援するためにタカさんは全面サポートを買って出た。

 千明さん達が管理に四苦八苦していた山を管理し活かすために、千明さんが華道家として活動するために、会社を設立した。

 それが『目黒』。

 今では森林再生のお手本とか言われて、山から産出される素材やそれをもとにした作品の販売をしたり、華道家を派遣して定期的に花を生ける契約をしたりしている。

 社長である千明さんはテレビにも出演したりして、それなりに有名人になった。

 それもこれも『半身』のためにと尽くしまくったタカさんのチカラが大きいという。



「……ホントにポンコツになったの?」

 有能すぎるくらい有能にサポートしまくったとしか思えない。

 それなのに「なったなった!」とけろりと笑う。


 信じられなくてじとりと見つめていると、タカさんはふっと笑った。


「トモを見てると、オレよりも昔のオミを見てるみたいだよ」


 どういうことかと視線で先をうながすと、タカさんは懐かしそうに話を始めた。


「オミはずっとアキちゃんが気になってたけど、全然気付いていなかった。

 それがある日突然『恋』に堕ちた」

「『恋』に」


 あの冷静沈着な敏腕弁護士が。

 確かに普段はアキさんにデレデレなところもあるけれど、あのひと『安倍の黒狐』なんて言われて恐れられているのに。


 そんなひとでも『恋』に堕ちた。


「そこからのオミはもうひどいもんだったよ。

 明らかにアキちゃんが気になるのに気にしてないように振る舞ったり。

 そばに行きたいのにアキちゃんが近寄ったら恥ずかしいって逃げたり。

 アキちゃんがちょっと笑いかけるだけで真っ赤になって固まったり。

 ポンコツってのはああいうのを言うんだろうって、目黒の義父(とう)さん達と笑ったもんさ」


「あのオミさんが……」

 いつも穏やかに微笑んで、冷静に物事に対処して、頼りになる弁護士のオミさんがそんなになっているところなんて信じられない。


 でも。

 ポン、とツヅキの話を思い出した。


「『恋』したら誰しもそんなふうになる」

 ツヅキはそう言った。

 オミさんもそうだった。


 それなら、俺もポンコツでも、いいのか?


 ――いや。駄目だ。

 ポンコツでは彼女の役に立てない。


「それ、オミさん、どうやって今のオミさんになったの?」


 参考になればと聞いてみる。


「アキちゃんのおかげだよ」

 タカさんはやさしい顔でそう言った。


「オミはアキちゃんを諦めようとしてたんだ」


 あのオミさんが!?

 信じられなくて絶句する俺に、タカさんはしずかに言った。


「あの頃のオミは世界に絶望していたから」


 意味が分からなくて黙っていたら、タカさんはちいさく笑って続けた。


「京都の能力者をまとめる安倍家において『霊力なし』ってのはかなりのハンデらしいんだ」


 まあ、そりゃあそうだろうな。

 安倍家は京都の能力者の取りまとめを行っている。

 各地の結界の管理も、他の問題事も、安倍家を中心に対応している。

 そんな家で『霊力なし』ってのは、相当なハンデだろうことは容易に想像できる。


「オミはずっと苦しんでた。

 自分は『霊力なし』の『役立たず』だって」


 ――そういえば、以前聞いた。

 晃の父親の真意をオミさんが聞き出すのに、昔の話をしていた。

「毎日毎日苦しかった」と言っていた。


「あの頃の安倍家で、オミは微妙な立場だった。

 何の役にも立たない『霊力なし』。

 そう馬鹿にされ、ないがしろにされていた。

 なのに当主の一人息子として生まれた。

 後継者が決まっていなかったあの頃、まだオミが後継者になる可能性は、低いけどあった。

 でも一族中でオミの存在を認めていたのは、オミの両親と顧問弁護士の一条さんだけだった。

 ――オミは表面上は『当主の息子』として他の誰からも距離を置かれ、裏では一族の誰からも馬鹿にされ(さげす)まれていた」


 タカさんは淡々と話をする。

 オミさんの痛みに気付かせないように。


「そんなオミが『女性と付き合う』ってことは、『一族の悪意をその女性に背負わせる』ってことと同義だった」


 ――ただでさえ歴史ある名家の一人息子なんて重責がのしかかっていたろうに、そんなものまで負っていたのか――。

 オミさんのあのやさしい穏やかな笑顔が浮かんで、胸が苦しくなった。


「おまけに、ハルのことがあった」

 この言葉も意味がわからなくてタカさんをじっとみつめる。


「『オミの息子か孫として主座様が転生してくる』

 大学三年のときに、そう明かされたんだ」


 父親である当主が明かしたという。

『昔、曾祖父である主座様に(しるし)をつけられた』と。


「『自分は種馬でしかなかった』って、オミ、泣いた」


「『霊力なし』でも両親は愛してくれていると思っていた。

 それが違ったって、泣いた」


 そう説明するタカさんにはその時のオミさんの姿が見えているのだろう。

 少しだけ、眉を寄せた。


「だから、自分と結婚する女性は『安倍家のために』『子供を産む道具』にされるって、オミ、思ってた」


「『自分は彼女にふさわしくない』

 『自分は彼女を不幸にする』

 そう言って、アキちゃんを諦めようとしてたんだ」


 オミさんの痛みや苦しみが胸に迫る。

 何も言えずただタカさんを見つめるしかできない。


「――竹ちゃんみたいだろ?」


 顔を上げて、少し困ったようにタカさんは笑みを作った。


「生真面目で、何もかんも背負って、自分ひとりが我慢すればいいって思い込んで。

 手を伸ばせば『しあわせ』になる可能性があるのに、自分のせいで巻き込むことを良しとせずにひとりで苦しんでる」


「オミも、そうだったんだ」


 説明されれば、確かに竹さんみたいだ。

 ひとりで苦しんでいる彼女。

 オミさんもそうだった。


「……それで、どうしたの……?」

 そんなオミさんがどうやって今のオミさんになったというのだろう。

 タカさんはフッと微笑んだ。


「アキちゃんがオミを変えた」

「――アキさんが――?」


 あの細っこい、いつもニコニコしてるひとが?

 控えめでいつも他人を立てるような女性が、どうやってオミさんを変えたというんだ?


 俺は余程驚いた顔をしていたのだろう。タカさんは懐かしそうに、楽しそうに笑った。


「『自分じゃ守れない』って言うオミに『降りかかる火の粉は自分で払う』って言って。

『しあわせにできない』って泣くオミに『しあわせにしてくれなくていい』って言った。

『自分でしあわせになるから』って。

『オミも、生まれてくる息子も、全部自分がしあわせにしてやる』って啖呵(たんか)を切った」


「……カッコいいな」

「だよな」


 タカさんは「ニヒヒッ」と笑って、そっとどこか遠くを見つめた。


「オミは基本自信がないんだ。ずっと(さげす)まれてきたから。

 それをアキちゃんがずっとそばで励まして、自信が持てるような言葉を贈って、愛情を注いだ。

 それでオミは今のオミになった」


 オミさんが『自信がない』なんて信じられないけれど、このひとが言うならそうだったんだろう。

 アキさんの偉大さに感服していると、タカさんはじっと俺の目をのぞき込んだ。



「お前は、注げるか?」


 その言葉に、息を飲んだ。

 タカさんはただ静かに問いかけてきた。


「逃げる竹ちゃんを追いかけて、『好きだ』って言えるか?

 やさしくて誰も巻き込みたくないあの子に『降りかかる火の粉は自分で払う』って言えるか?

 自分は『災厄を招く娘』だと思い込んでいるあの子に『それでもいい』って、『自分がしあわせにしてやる』って、言えるか?」



「お前は、それだけの『チカラ』があるか?」

オミさんの話は《『霊力なし』『役立たず』と一族でうとまれていた僕が親友と奥さんを得て幸せになるまでの話》をお読みくださいませ

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